第5話 スタートライン

 俺は部屋に帰ると、手早く着替えてシャワーを浴びていた。


 シャワーを浴びて身体にまとわりついた彼女たちの匂いを洗い落としながら、今日の出来事を振り返る。


 ……なんか、今でも信じられないな。何が起こったんだ、今日は。


 事故を起こした俺は、周囲の白い視線に耐えかねてこの離島に来た。

 だというのに、俺の異能を知ってもなお、俺と仲良くなろうとする女子五人と出会った。


 高校生活一日目で校外の、しかも年下の女子中学生が友人に加わっていた。


 まぁ彼女たちにとっては、俺なんて無害な珍獣程度の扱いなんだろうけど。


 風呂から上がった俺は、携帯端末デバイスを確認する――ん? メッセージが届いてる。時間は十分前か。


 相手は……由香里ゆかり? でもなんでグループメッセージじゃなくて、個人メッセージなんだろ?



『あの、まだ起きてますか?』



 たった一言のそのメッセージに、画面をタップして返事を打ち込んでいく。



(シャワー浴びてた。何か用事か?》



 少し待つと、返事が届いた。



『明日、二人きりのお時間をもらえますか』



 ……なんで二人きり? まぁいいけど。



(わかった)


『ありがとうございます!』



 なんだろう。相談事かなぁ?


 友達にも話せないような相談なんて、俺が力になれるだろうか。


 俺はグループメッセージを打ち込んでいく。



(今日は楽しかった。おやすみ)


『おやすみなさい、悠人ゆうとさん!』

『おやすみー! 悠人ゆうと!』

悠人ゆうとさん、今日は楽しかったです。おやすみなさい』

『おやすみ!』

『あんた、なんでそういうところまでまめなのよ?!』



 最後のは瑠那るなか。なんでって言われてもなぁ。新しい友達に就寝の挨拶をしただけじゃないか。


 俺は首をかしげながら携帯端末デバイスを無線充電スタンドの上に置いて、頭をタオルで乾かしていった。





****


 由香里ゆかり携帯端末デバイスに残る個人メッセージの履歴を見つめながら、緩む頬を必死に引き締めていた。


 昨年度まで小学校で共学だった由香里ゆかりは、他の三人と比べれば男子との接触に飢えているという訳ではない。


 だがそれまで見聞きしていた男子と、悠人ゆうとという年上の男性では、天と地ほど魅力に差があった。


悠人ゆうとさん、やっぱり素敵な人だなぁ」


 ぼそりとつぶやき、明日のことを思い描く。


 これから六年間、男子との出会いの機会は絶望的に少なくなっていく。


 中高生という貴重な時間に恋愛を経験できないなんて、そんなのはもったいない。


 そう思っていた矢先のこの出会いを、由香里ゆかりは確実にものにするつもりだった。


 自分の心に芽生えた温かい感情には、まだそれほど確信が持てているわけでもない。


 それでも悠人ゆうとなら、自分が期待する恋人の役割を見事に果たしてくれるような気がしていた。


「抜け駆けみたいになっちゃうけど、これは仕方ないよね!」


 ガラティアと並んで、自分が一番幼い自覚はある。女子としての魅力は、他の三人に一歩以上譲るだろう。


 だからこそ、攻めるなら他の三人より先に動かなければならなかった。


 友情も大切だが、女子として生まれたのだから、恋愛に生きるのは不思議ではないはずだ。


 由香里ゆかり悠人ゆうとのメッセージを見つめながら、ニヤニヤと微笑むのを我慢できず、胸の高鳴りを抱きしめながらベッドに横になっていた。





****


 美雪みゆき悠人ゆうとの送ってくれたメッセージを見つめながら、どうしようかと考え込んでいた。


 自分たちのわがままで、夜遅くまでおしゃべりに付き合ってくれたのに、それに対して『楽しかった』と言ってくれる気遣いが嬉しかった。


 男子が女子よりおしゃべりが苦手なことぐらい、美雪みゆきは知っていた。特に悠人ゆうとは、それほど話すのが得意ではない。


 それでも楽しそうに会話に参加してくれて、こうして返事をしてくれた。


「ほんとにまめな人だなぁ」


 男子と疎遠になって一年間。久しぶりに出会い、親しくなれた男子はとびきりの優良物件だった。


 見た目は平均的で無害そうな男子だが、逆にそこが安心感につながっていた。見ただけで女子を惹きつけるようなタイプではない。


 パートナーとして、誠実で優しく、頼りがいがある悠人ゆうとは、申し分がないと言える。


 これからの中高生活をバラ色に染め上げる相手として、悠人ゆうとは充分に候補に挙がると考えていた。


 これを逃せば灰色の中高生活が待っている。選択肢など、一つしか見えなかった。


 迷いながら、高鳴る胸で個人メッセージを打ち込んでいく。



悠人ゆうとさん、まだ起きてますか)


『どうした?』


(明日、二人きりの時間を作ってもらえますか)



 すぐに返事が来ないことで、美雪みゆきは焦っていた。やはり、性急すぎただろうか。



『わかった』



 悠人ゆうとの返事に胸をなで下ろし、美雪みゆきはうれしさで胸を満たしていた。


 親しい友人たちも、悠人ゆうとには好感触を示していた。抜け駆けするような真似は胸が痛んだが、友情と恋愛なら、恋愛が優先だろう。


 これからいかに友人たちを出し抜いて、悠人ゆうとの隣の席を勝ち取るのか。それに思いをはせながら、美雪みゆきはベッドに横になった。





****


 瑠那るなは迷いながら、携帯端末デバイスを見つめていた。


 強さに憧れ、尊敬していた男子と偶然再会できた。その貴重な機会を逃すのはもったいない――頭では理解していた。


 だがあまりに強い憧憬の思いが、彼女に素直な言動を許してくれなかった。


 自分の気持ちを率直に言葉に乗せる他の女子たちをうらやましく思いながら、自分を奮い立たせた。


 指が、ゆっくりと個人メッセージをタップしていく。



(ねぇ、明日一緒にロードワークに行かない?)


『ああ、構わないぞ。五時に女子寮に迎えに行く』



 シンプルな、たったそれだけのやりとり。だがそれは瑠那るなにとってかけがえのない時間に思えた。


 憧れの人と二人きりでロードワーク――その時間、悠人ゆうとを独占できるのだ。


 明日のことを考えて胸が高鳴っている瑠那るなは、なかなかやってこない眠気を待ちながら、ベッドに横になっていた。





****


 優衣ゆいは今日見てきた悠人ゆうとの姿に感銘すら覚えていた。


 ここまで長く一緒に居て自分の異能を嫌がらず、自然体で嘘をつかずに居続けた悠人ゆうとという男性に、深い信頼感すら覚えていた。


 出会ったばかりだというのに不思議なものだと思うのだが、人から忌避されてしまう自分に好んで近寄ってくる、友人以外の、しかも異性の存在だ。


 寂しい心が満たされるのを感じ、その満足感が彼を欲する心に変わっていった。


 彼女の異能ゆえの体質が、彼を信頼できる人間だと確信させていた。


 優衣ゆいの指が、ゆっくりと個人メッセージをタップしていく。



(ねぇ、明日少し時間をもらえない?)



 すぐに返事が来ない。もう、寝てしまっただろうか。


 少し時間をおいて、悠人ゆうとから返事があった。



『わかった』



 一言だけだが、それだけで胸がさらに満たされていく。


 自分の心を占め始めた悠人ゆうとという存在に、優衣ゆいは幸福感を覚えながらメッセージの履歴を見つめていた。





****


 悠人ゆうとは四人からのメッセージを受け取ってしまい、頭を抱えていた。


 それぞれが二人きりの時間を欲しているという。


 一人二人なら都合はつけられるが、四人個別となると無理があるだろう。


 彼女たちが自分に興味を持っているのは理解できるが、軋轢なく物事を進めるためにも、一度腹を割って話をしておいた方が良いように感じた。


 時計を見る――まだ日付は変わっていない。みんな起きているはずだ。


 悠人ゆうとはゆっくりとグループメッセージをタップしていった。



(なぁ、相談があるんだけど聞いてくれるか)


『どうしたの?』


(俺はガラティア以外の四人から、明日二人きりの時間を作ってほしいと言われた。

 お前たちに相談事があるなら応じるけど、それぞれに時間を割くことをお前たちも認識しておいてくれないか)



 メッセージが止まっていた。彼女たちも多分、困惑してるんだろうな。


 しばらく経って、四人から返事が届く。



『わかったわ』

『わかった』

『おっけー』

『はいはい』



 どうやら、納得はしてくれたみたいだ。


 不誠実な真似はしたくない。彼女たちだって、やましいことをしようとしてるわけじゃないはずだ。


 あとは明日、俺たちで相談して二人の時間を作って、個別に話を聞いていけば良いだろう。


「ただ映画を見るだけの話が、なんだか面倒な話になってきたな……」


 気疲れをした悠人ゆうとは、携帯端末デバイスを充電スタンドに置いてから、ゆっくりとベッドに潜り込んでいった。





****


 優衣ゆい悠人ゆうとに返事をした後、少し考えてから四人だけのグループにメッセージを送信する。



(ねぇ、ちょっと私の部屋に集まってもらえる?)


『わかりました』

『いいよ』

『この時間に? 構わないけど』



 しばらくしてドアがノックされ、優衣ゆいは三人を部屋に招き入れた。


 リビングでクッションに座りながら、優衣ゆいは三人の顔を見回した。誰もがどこか緊張してるようだ。


 優衣ゆいが話を切り出す。


「ごめんね、こんな時間に。きちんと顔を見て話したくて」


 瑠那るなが苦笑を浮かべた。


優衣ゆいの場合、メッセージじゃ異能が働かないから不安に感じる、ってのが大きいんじゃない?

 私たちの本心を知りたいってことでしょ?」


 由香里ゆかりがゴクリとつばを飲み込んだ。


「それで、どんな話をするんですか?」


 美雪みゆきが困ったように笑いながら告げる。


「あはは、さっきのメッセージのことでしょ。

 私たちが個人で悠人ゆうとさんにメッセージを送ったの、ばれちゃったからね」


 優衣ゆいが頷いた。


「そう、そのことよ。

 みんな、彼に何か相談事があったの? 良ければ今、私たちが相談に乗るわよ?」


 由香里ゆかりが肩を落としながら告げる。


優衣ゆいさん、そういうところが意地悪です。

 悠人ゆうとさんと二人きりの時間が欲しいって考える意味なんて、すぐにわかるじゃないですか」


 美雪みゆきがため息をついて告げる。


「私たち、男子との出会いが絶望的に少ないもんね。

 この機会に他の三人より先に仲を深めたいって思っても、仕方がないんじゃない?」


 瑠那るなが頭を抱えて告げる。


「やっぱり、この四人で取り合いみたいなことになるの?

 私、友情にひびが入るのは嫌よ?」


 優衣ゆいが頷いた。


「そうね、私たちの友情はなるだけ大切にしていきたいと思ってる。

 でも彼との関係も、とっても魅力的に感じてるはずよ。

 彼と親しい友人となって、もしかしたらそれ以上の関係になりたいと思っても不思議じゃないし、納得するわ。

 全員が抜け駆けみたいなことをしたのだし、個人メッセージを送り合ったことは同罪ってことで、気にするのはやめましょう」


 由香里ゆかりが決意した瞳で静かに告げる。


「……私は友情と恋愛、どっちかをとれって言われたら、恋愛をとります」


 美雪みゆきが唖然と由香里を見つめていた。


「あらまぁ、ずいぶんとはっきり宣言するのね。

 でも優衣ゆいの前で嘘は言えないし、そのくらい覚悟を決めておいた方が良いかもね。

 私も悠人ゆうとさんと仲良くなっていけるなら、友情を諦める覚悟はしてるよ」


 瑠那るなが頭を抱えながら告げる。


「どうしてあいつ、個人メッセージのことをみんなに知らせたのかしら。

 知らせずに個別に対応してくれれば、こんな話し合いも必要なかったのに」


 優衣ゆいが微笑みながら告げる。


悠人ゆうとさんらしいじゃない?

 そうすることが公平だと思ったのよ。

 個人メッセージのことを隠して行動しようとしても、四人に個別に時間を割り振るなんて無理が出るわ。

 彼なりの誠実な行動だと、私は評価をしてるの。

 ――でもそれは、彼にとって私たちが等価な存在だという証明でもある。そこに落胆を感じるのは、私の偽らざる心ね」


 由香里ゆかりがため息をついた。


「そっか、悠人ゆうとさんにとって私たちは、まだ出会ったばかりの女友達ってことなんですね。

 恋人の座は遠いのかなぁ」


 瑠那るな由香里ゆかりを唖然と見つめていた。


由香里ゆかりあなた、恋人って……そこまで本気なの?」


「だって、あんなに魅力的な人との出会いなんて、今後六年間にあるとは思えませんし。

 瑠那るなさんだって、悠人ゆうとさんほど強い格闘家に出会えるとは思っていないでしょう?

 多分、同じ意味だと思いますよ」


「それは! ……確かにそうなんだけどさ。

 あいつと一緒に格闘技の腕を高めて行ければいいなって思ってるし。

 あんなに強い人と一緒なら、私は自分を高めていけると感じてるし」


 優衣ゆいがふぅ、と小さく息をついた。


「なんにせよ、あとは悠人ゆうとさん次第ね。

 明日はお互い頑張りましょう。

 本気の子は、頑張って悠人ゆうとさんの心を狙うのね。

 私はまだ、ゆっくりと彼の心に近づこうと思ってるの」


 美雪みゆきもため息をついて告げる。


「一番女性らしい優衣ゆいさんがそのスタンスなら、ちょっと安心かな。

 私も自分の魅力に自信があるわけじゃないし、悠人ゆうとさんを落とせるかわかんないもん。

 ――でもみんな、悠人ゆうとさんに近づきたいって意味では本気……って考えて良いのかな?」


 三人の女子が頷いた。


「……そっか。親しい友達で終わるのか、もっと深い関係になるのか、どうなろうと恨みっこなし、そんな感じで良い?」


 優衣ゆいが微笑みながら頷いた。


「いいんじゃない? それで友情が壊れてしまうようなら、私たちの関係もその程度だったということよ。

 そうなったら残念には思うけど、恋愛を優先したい気持ちも理解するわ」


 全員が頷き合い、その場は解散となった。


 週末からの外泊でどれだけ悠人ゆうとの心に近づけるのか。他の女子より先んじることができるのか。


 そんな女子校生活では味わえない体験に、全員がどこか胸を躍らせていた。


 彼女たちは不安と期待を胸に、ベッドに入り眠りに落ちていった。

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