第2話 竜端悠人

 女子中学生――冴月さえづきが俺を睨みながら告げる。


「その変わった動き、その顔……あんたもしかして、竜端たつはし悠人ゆうと?」


 俺はびっくりして冴月さえづきを見つめた。


「……なんで、名前を知ってるんだよ」


「あんた、中学生大会の有名人だったのよ。自覚なかったの?」


 俺が『あの試合』で引退したとき、こいつは小学六年だったはずだ。それでよく知ってたな。


「多少は顔が知られてるとは思ってたけど、お前みたいな年下に動きまで覚えられてるとは思わなかった」


 冴月さえづきは、まだ俺を睨み付けていた。


「なんであんた、公式戦から姿を消したのよ」


 俺はため息をついて応える。


「俺を知ってるなら、『あの試合』も知ってるんじゃないのか? それならわかるだろ?

 あんな異能を持ってる俺は、もう公式戦に出場できない」


「あんなの、試合中の事故じゃない! 異能を制御できるようになれば大丈夫なはずでしょう?!」


 俺は肩をすくめて応える。


「俺は未だに異能を制御できない。それにあの異能はドーピングよりたちが悪い反則技だ。空手連盟からも参加許可は出せないって言われてる。

 だからもう、あれ以来武術もやめたんだ」


 悔しそうに俺を睨み付け、まだ何かを言いたそうな冴月さえづきに背中を向け、俺は道着を脱いで先輩に返した。


 先輩は戸惑いながら俺に告げる。


「あの冴月さえづき瑠那るなを完封できるのに、空手をやめてしまったのか」


「仕方ないでしょう、そういう異能持ちなんだから」


 この試合で異能は一切使ってない。けど興奮して異能が暴発したら、俺はまた相手に重傷を負わせてしまう。


 そんな人間が、武術を続けられるわけがないんだ。


 俺は戸惑う大石と、微笑む霧上きりがみの元へ戻っていった。





****


 瑠那るなは、歯を噛み締めながら友人たちの居る場所に戻っていった。


 少し長めの黒髪をした少女――美雪みゆきが明るい笑顔で瑠那るなを迎えた。


「お疲れ瑠那るな! あなたが負けるところを見るなんて、初めてかもね」


 黒いショートカットをした、幼い印象の少女――由香里ゆかりが戸惑いながら瑠那に告げる。


「あんなに強い人、この街に居たんですね。どんな人なんですか?」


 瑠那るな美雪みゆきからタオルを受け取り、汗を拭き取りながら応える。


竜端たつはし悠人ゆうと、父親から古武術を習ってるらしいわ。

 組み手をするために都の空手大会に参加してた、大会荒らしよ。

 見ての通り、とんでもなく強いの。

 でも一年ちょっと前に試合事故を起こしてから、大会では姿を見せなくなったんだけど……高校からこの街に来たのね」


 長い黒髪で眼鏡をかけた少女――優衣ゆいが楽しそうに目を細めた。


「ふーん、詳しいじゃない。さては、瑠那るなは彼のファンだったのかしら」


「……そんなんじゃないったら」


「あら、嘘は良くないわ。私に嘘が通用しないのを忘れないで」


 ふぅ、と瑠那るながため息をついた。

 優衣ゆいは嘘を見抜く異能持ちで、他人の嘘を嫌う。

 こんな些細な嘘も、彼女は許容してくれない。


「あの強さに憧れてた、尊敬する格闘家だったわ」


 優衣ゆいは満足そうに微笑んだ。


「そう、憧れの先輩と手合わせした感想はどうだった?」


「……やっぱり強いわね。まるで勝てる気がしなかったわ」


 仲の良い四人のそばで、ぼんやりと彼女たちの話を聞きながら、悠人ゆうとの顔を見る少女がいた。


 桜色のツインテールと色白の肌をした少女――ガラティアは、悠人ゆうとを見つめてつぶやく。


竜端たつはし悠人ゆうと。かっこいいね」


 その一言に、美雪みゆきが笑顔で振り向いた。


「あれ、ガラティアの好みだった? 三歳年上を狙うとか、結構ませてる子なのね」


 優衣ゆいがガラティアを見つめて告げる。


「私たちくらいの年頃は、同い年より年上に魅力を感じやすい子が多いからね。仕方ないんじゃない?」


 由香里ゆかり悠人ゆうとの横顔を見ながらつぶやく。


「確かに、ちょっとかっこいい人ですね」


 美雪みゆきが笑顔で応える。


「そう? 顔は平凡に見えるけど。

 瑠那るなより強いから、かっこよく見えるのかな」


 瑠那るなが顔を赤くし、声を荒げて告げる。


「もうそれはいいじゃない!

 そんなことより、ファミレスでお昼でも食べようよ」


 賛成して移動を開始する四人が、まだ動かないガラティアに振り返って告げる。


「ガラティア、行くよ!」


 振り返ったガラティアが、慌てて四人に追いついて、一緒に武道場から出て行った。





****


 俺は武道場から更衣室に消えていく五人の女子を、横目で観察していた。


「どこの学校の制服だ? あの子ら。ずいぶん仲が良さそうだけど」


 霧上きりがみが微笑みながら俺に応える。


「あれは海燕うみつばめ学院中等部の制服だ。

 ツインテールの子は知らないが、他の四人は『海燕うみつばめの花鳥風月』って呼ばれる有名人だよ。

 Sランクの冴月さえづき瑠那るな、Aランクの花咲はなさき美雪みゆき小鳥遊たかなし優衣ゆい、一番幼いのがBランクの風祭かざまつり由香里ゆかりだろう」


 大石が驚いて霧上きりがみを見た。


「お前、ずいぶん詳しいな。霧上きりがみはいつからこの島に来てるんだ?」


「私は悠人ゆうとと同じで、今年度からさ。

 だが有名人のチェックぐらいはしてある」


 俺は思わず霧上きりがみに尋ねる。


「まさかお前、中学生をナンパしようとか思ってないだろうな?」


 霧上きりがみが楽しそうに笑った。


「ははは! 私はそういうことはしないさ。よく勘違いされるがね」


「勘違いされるっていうなら、その銀髪サングラスをやめれば良いのに」


 霧上きりがみが俺にニヤリと微笑んだ。


「これは地毛だ。染めようとしても、不思議と色が付かなくてね。

 瞳の色も他人と違うから、サングラスで隠してるのさ」


 そう言ってわずかにサングラスを下ろし、俺たちに見せてくれた瞳の色は、ルビーのような真っ赤な色をしていた。


「……珍しい体質をしてるんだな。からかうようなことを言って悪かった」


 サングラスを戻した霧上きりがみは「気にするな。慣れている」と微笑んでいた。


 悪い奴ではなさそうだけど、だからって中学生の情報をリサーチしてるとか、変な奴だな。


 大石が俺たちに告げる。


「俺たちも昼飯を食べに行こうぜ。この近くに学生御用達のファミレスがあるはずだ」


 俺たちは頷いて、大石の後に付いていった。





****


 瑠那るなたちはファミレスの席で、各々の携帯端末デバイスを使って悠人ゆうとの試合映像を見ていた。


 開始のコールと共に悠人ゆうとの姿が消え、直後に防御の姿勢をとる前の相手選手の胸を打ち抜いていた。


 開始わずか一秒足らず――そんな刹那で勝負が付き、相手の大柄な選手は場外まで吹き飛び、口から血を流していた。


 観客たちが大騒ぎをしたところで、映像は終わっていた。


 瑠那るなが退屈そうに映像を眺めて告げる。


「それが一年ちょっと前、あいつが中二の時の、夏の大会の映像よ。

 相手選手は胸骨を粉砕骨折する重傷、今はプレートを埋め込んで復帰してるらしいけど。

 その大会以来、あいつは公式戦から姿を消したのよ」


 レモネードを飲みながら映像を見ていた由香里ゆかりが告げる。


「なんだか、とんでもない異能じゃないですか? 時を止める異能なんですかね」


 瑠那るなが首を横に振って応える。


「私はその場に居たけど、わずかに残像が見えたわ。

 時を止めるんじゃなくて、とんてもないスピードとパワーを出しちゃう異能だと思う。

 あいつは再び相手に重傷を与えるのが怖くて、武術をやめてしまったのね」


 優衣ゆいは映像を巻き戻して見直しながら告げる。


「こんな異能じゃ、大会出場を拒否されても仕方ないわ。

 異能を制御できないんじゃ、武術をやめたのは賢明な判断よ。

 話を聞く限り、武術が大好きな人だったでしょうに。つらい決断だったでしょうね」


 美雪みゆきはサラダをつまみながら携帯端末デバイスをしまった。


「優しくて誠実な人なのかな。自分の趣味を諦めてまで、他人に怪我を負わせたくないって思うなんて。

 今日の試合ではこんな動きをしてなかったから、いつも異能が暴発するわけじゃないと思うんだけど」


 黙って映像を見ていたガラティアも携帯端末デバイスをしまい込み、小さく息をついた。


「やっぱり、かっこいいね」


 優衣ゆいが微笑んでガラティアを見た。


「この現場にガラティアがいれば、悠人ゆうとさんのトラウマも少しは軽くなったでしょうにね」


 美雪みゆきがポンと手を叩いた。


「ああ、ガラティアの慈愛蓮花ゴッド・ブレスなら、すぐに治療できたもんね!

 海燕うみつばめ期待のSランク異能者、由香里ゆかりと二人で一年生の注目株だもんね!」


 ガラティアが困ったように微笑んで応える。


「私はこの時期には居なかったから、それは叶わない願いだよ」


 その言葉の意味を、その場の四人は理解できなかった。

 その場に居なかったのは当たり前じゃないか――そう四人は思った。


 ガラティアがふと店内の席に座る悠人ゆうとを見つけた。


「あ、悠人ゆうとだ! ねぇ、ちょっと話しに行かない?」


 瑠那るながあからさまに嫌そうな顔をして応える。


「え、私は嫌よ? 気まずいもの」


 ガラティアは瑠那るなを無視して立ち上がり、メロンソーダのコップを片手に、遠くに居る悠人ゆうとたちの席へ向かっていった。


 瑠那るなはため息をついて告げる。


「私はちょっとトイレに行ってくるわ」


 席を立った瑠那るなは、反対側の化粧室の方に向かっていった。





****


 俺たちが昼飯を済ませてドリンクバーを飲みながらだべっていると、店内から声が聞こえてきた。


「ちょっと、通してよ!」


 ふと見ると、桜色のツインテールの子がチンピラたちに囲まれているようだ。


 チンピラの一人が告げる。


「よー嬢ちゃん、俺たちと一緒に遊ばねーか」


 俺はあきれながらつぶやく。


「おいおい、中学生をナンパするチンピラかよ」


 周りを見ても、助けに入ろうとする人間は居なさそうだ。


「――まったく、さっきの女子仲間はどこ行ったんだろうな!」


 俺が立ち上がると、大石が俺に告げる。


「待てよ、十人くらい居るぞ。放っておいても煌光回廊レーザー・サーキットがやってきて、蹴散らしてくれるだろ」


「だからって放っておけるかよ」


 俺は一人で、ツインテールの子のところに向かっていった。

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