幸福な蟻地獄

みつまめ つぼみ

第1章:囚われる少女たち

第1話 新生活

 俺は高校生活第一歩を踏み出した。


 と言っても、ただ高校の校門をくぐっただけだが。


 周りは新入生だらけで、俺のことを知る人間は居ない。そのことに胸の中で安堵を覚える。


「えーっと、竜端たつはし悠人ゆうとはっと……」


 昇降口横にあるクラス分け名簿で名前を探し、地図に従い校舎の中に入っていく。


 クラスに行くと、すでにそれなりの生徒たちが席に座って教師を待っていた。


 ……銀髪にサングラス? 不良か? ずいぶんと目立つ奴がいるんだな。


 どうやら俺の座席は、そいつの隣らしい。


 俺が窓際の席に着くと、隣に居た銀髪サングラスが俺に挨拶をしてきた。


「やあ、私は霧上きりがみ狼也ろうやだ。隣同士、仲良くやろう」


「お、おう。俺は竜端たつはし悠人ゆうとだ。よろしくな」


 こいつ、見かけによらず真面目な口調だな。なんでこんな格好をしてるんだろう。


 銀髪サングラス――霧上きりがみが俺の顔を見て少し考え込んでいるようだった。


竜端たつはし悠人ゆうとか。お前は『あの試合』の竜端たつはし悠人ゆうとか?」


「……そうだよ。それがどうした」


「いや、なんでもない。人それぞれ、事情というものがあるだろうからな」


 最悪だ。俺の過去を知ってる奴が居やがった。


 霧上きりがみ携帯端末デバイスを操作して何かを調べているようだ。


「なぁ悠人ゆうと


「いきなり名前呼びかよ」


 霧上きりがみがフッと笑った。


「珍しい名字で呼ばれるより、ありふれた名前の方がお前のことに気がつく奴が少ないんじゃないか?」


 こいつ、気を遣ってくれたのか。


「……好きに呼べよ。それで何だ?」


「学校のサイトで学生名簿を確認できるのを知っているか? そこには異能のランクも載ってるんだが」


 そんなものまで掲載してるのか。


「知らなかったな。それで、それがどうした」


「お前の異能、Xランクとはどういう意味だ?」


 異能は普通、弱い順にCからAが割り振られる。


 Xランクなんて、俺だって初めて聞いたくらいだ。


「俺の異能診断書には『判定不能』って書いてあったよ。エクストラランクなんだとさ」


 霧上きりがみが楽しそうに微笑んだ。


「ほお、興味深いな。SランクならまだしもXランクか。強いのか弱いのかもわからない、か」


 一般的なAを超える超常的な異能者はSランクと呼ばれる。


 俺は自分で異能を制御できない珍しいタイプで、多分そのせいで判定不能と言われたんだろう。


「アルファベット順ならCよりずっと弱いってことじゃねーのか?」


「フッ、そうかもしれんな」


「そういう霧上きりがみはランクいくつなんだよ」


「私はCランク、一般人並だ。スプーンを少し曲げられる程度だな」


「俺はそれすらできないんだから、やっぱり弱い方の意味じゃねーのか」


 教師が教室に入ってきて――あれ? やたら背が小さいな。女子中学生か? なんで中学生が高校に?


 生徒たちがざわつく中、入ってきた髪の長い少女が告げる。


「はい、みなさん初めましてなのです!

 私は烏頭目うずめ美言みことと言いますです!

 一年間、このクラスを担当することになりましたのです!

 一言でいえば、担任教師なのです!」


「先生だったの?!」


 クラス中の生徒が声を上げていた。





****


 烏頭目うずめ先生に指示され、俺たちは体育館に並んで立っていた。


「それでは入学式を始めます。校長先生よりの挨拶です。生徒諸君は静粛に」


 生徒がステージに注目していると、舞台袖から真っ赤なスーツに身を包んだ壮年の男性が姿を見せた――校長、派手だな?!


 校長先生が舞台の中央でマイクを持ち、俺たちに告げる。


「私が校長のくれない厳一郎げんいちろうだ。

 諸君らは魔力に目覚め異能が開花した、日本の貴重な人材だという自覚を持ち、この学校で能力を磨いてほしい」


 数年前、世界をひとつのウィルスが襲った。その病気は『ネメシス・クライシス』と呼ばれ、そのときに世界人口の三割が失われたと言われている。


 ある企業が特効薬を開発し、人類は『ネメシス・クライシス』を克服した。だけど後にとんでもない副作用が明らかになった。


 それが十代の子供たちに起こった『異能』の覚醒だ。


 魔力と異能を用いた新しい産業は『魔導産業』と命名された。


 この南海の孤島、南竜島みなみたつしまは、日本における異能開発と魔導研究の拠点。


 日本全国から異能に目覚めた子供たちが集められ、日夜研究に取り組む街だった――別名『魔導都市』。


 ……武術馬鹿の俺には似つかわしくない街だよな、ほんと。



 長い校長先生の話が終わり、教頭先生がマイクで告げる。


「以上で入学式を終えます。生徒諸君は教室に戻るように」


 俺たちは指示に従って、体育館を後にした。





****


 烏頭目うずめ先生が俺たちに告げる。


「はい、では今日はこれで解散なのです!

 ですが部活勧誘は本日から解禁です!

 帰り道に部活見学をするのはご自由になのです!

 では、気をつけて帰ってくださいなのです!」


 烏頭目うずめ先生、どうしてそうエネルギッシュなのかねぇ。


 それにしても、部活か。どっかに入るかどうするか。


 俺の肩を、後ろの席の生徒が痛いくらいの力で叩いてきた。


「おいお前、竜端たつはしだっけか? 珍しい名前だな!」


「いてぇよ! 加減して叩け! ――それと、俺のことは悠人ゆうとでいい」


「そうか、じゃあ悠人ゆうと、俺は大石って言うんだ。お前一緒に部活見学しないか?」


「なんでだよ?! どこの部活を見るんだよ!」


「空手部だ。俺は中学から空手部でな。高校も空手部に入るつもりだ」


 大石は背が高くてがっしりしてる。鍛え込んでるのが見てわかった。


「……俺はいいよ、そんなの」


「そう言うなよ。お前だって、格闘技の経験者だろう?」


 俺はびっくりして、一瞬言葉に詰まった。


「……何でそう思ったんだよ」


 大石が明るい笑顔で笑った。


「ははは! 歩き方を見るだけでわかるさ! お前は身体と技術を鍛え上げた人間の動きをしてる。体幹がぶれてないからな」


 見るだけでわかるとか、どこの達人だよ……。


 霧上きりがみが楽しそうに微笑んで告げる。


「見るくらいはしてもいいんじゃないか。私も一緒に行こう」


「……霧上きりがみも格闘技やってるのか?」


「いや、今日は空手部に珍しい客人が来てると聞いている。ついでだから、彼女を見ていこうと思ってな」


「誰だよ、その『彼女』って」


「この街でも有数の有名人だ。まだ中学生だが、相手が居なくて高校まで組み手をしに通ってるそうだ」


「女子中学生が高校の空手部に?! 相手になるのかよ、そんなの!」


 霧上きりがみがフッと笑った。


「それを実際に見てみよう、という話さ。どうだ? 興味があるだろう?」


 ……そう言われると、見てみたくなる。


 くそ、武術はやめたはずなのになぁ!


「わかったよ! 付いていけば良いんだな?!」


 俺たちは席を立ち、大石に案内されるままに空手部の活動場所へ向かった。





****


 武道場は、思ったより多くの生徒たちが見学に来ていた。


 俺たちは最前列で空手部の組み手を見ていた。


 部員は案外レベルが高い。ここは東京都とはいえ離島だ、練習相手は多くないだろうに。


 大石が俺に告げる。


「お、煌光回廊レーザー・サーキットが出てくるぞ」


 誰だ? それ。


 きょとんとする俺に、霧上きりがみが楽しそうに笑みを浮かべて告げる。


「例の彼女だよ。中学二年生で空手の上級者、そしてSランクの異能者だ」


 武道場の中央に出てきたのは、少し小柄な女子だった。


 日に褪せた茶色いショートボブと、勝ち気な目で相手の生徒を睨み付けている。


 相手は――体格の良い男子かよ! 男子高校生と女子中学生じゃ、話にならないだろう?!


「始め!」


 開始と共に女子中学生が素早いステップで切り込んでいった。


 相手の男子生徒もなんとか手は出していくけど、機動力が圧倒的に違う。


 簡単にかわされ、懐に飛び込まれて正拳で有効打を入れられ、転ばされていた。


「一本!」


 ほー、男子高生のフルコンタクトルールに参加してくるわけだ。良い腕をしてる。


 あれなら体がでかい分、懐に飛び込まれると男子の方が不利だ。


 そして彼女は飛び込める機動力を持ってる。その自負があるから、組み手に通ってるのか。


 周囲の観客からも拍手と歓声が上がっていた。


「すげーな、あいつ。本格的だ」


 大石が俺に告げる。


「都大会の上位入賞者だ。強いぞ」


 そうだろうな。あれじゃあ同じ女子中学生でも勝てる奴は限られる。


 空手部の先輩が告げる。


「では見学者の中で、彼女と手合わせしてみたい奴は居るか! 女子中学生が相手だ、怪我はしないだろう!」


 周囲が尻込みをしている中、大石が元気よく手を挙げた――俺の手を握って。


「こいつがやりたいって言ってます!」


「おい待て大石! 俺はそんなこと――」


「……女子から逃げるの?」


 女子中学生が冷たい眼差しで俺を見ていた。


 空手部の先輩が俺に告げる。


「そう怖がることはない。彼女も加減はしてくれる」


 まるで俺が意気地なしみたいに言われるのは癪だな。


 癪だが――


「俺はやらない。大石、お前がやれよ」


 大石は肩をすくめた。


「俺じゃあ懐に入られて終わるだけだ。勝負にならねーよ」


 空手部の先輩が俺の腕を引っ張った。


「まぁそう言わず、ただの体験入部だと思ってくれ」


「あ、ちょっと!」


 俺はずるずると引きずられていき、学生服の上着を脱がされて道着を着せられた。





****


 俺は武道場の中央で女子中学生と向き合っていた。


 女子中学生が挑発するように告げてくる。


「心配しなくても、一撃で気持ちよくさせて上げるわよ」


 ノックアウト狙い? 珍しいな、ここは頭部への打撃も有効なのか。


「構えて!」


 先輩の声にあわせ、自然と俺の身体が構えをとった。


 それを見た女子中学生の顔色が変わる。


「始め!」


 女子中学生が、構えをとったまま俺を睨み付けていた。


「何よ、経験者なんじゃない。なんであそこまで言われて逃げようとしてるのよ」


「俺はやる気はない。お前が気の済むまで攻めて来い」


 女子中学生が、険しい顔で俺に向かって踏み込んできた。


 こちらの間合いを躊躇なく踏み越えてくる――俺に攻め気がないからなぁ。


 そして向こうの間合いになると同時に、みぞおちに向かって前蹴りが繰り出され、俺はそれを丁寧に腕で払った。


 驚いて体勢を崩した女子中学生に向かって一歩踏み込み、寸止めで顎に向かって拳を振るう。


 自分の顎先に拳が置かれているのに焦った女子中学生が、慌てて俺から飛び退いていた。


「……ここは寸止めルールじゃないわよ」


「俺は当てる気がない。好きに攻めろって言ったろ。

 だけどお前、無防備に攻めすぎだ。

 自分の機動力を過信してると痛い目を見るぞ」


 顔を赤くしてカッとなった女子中学生が、再び踏み込んできた。


 軽快にステップを踏みながらこちらに近づいてくる――ところを、俺は鋭く足先を差し込んで転ばせた。


「きゃあ!」


 どてん、と転倒した女子中学生に、俺は告げる。


「だから、機動力を過信するなよ。

 その程度の動きなら、どうとでも対処できる」


 悔しそうに俺を見上げた女子中学生が、切れ気味に叫ぶ。


「なめんな!」


 彼女が立ち上がって――低い姿勢からのタックル?! こいつレスリングもかじってる総合タイプか!


 俺は横ステップで女子中学生をかわし、距離をとる。


 女子中学生はタックルからの切り返しで俺にミドルキックを放ってきた。それを俺は足でブロックし――懐に踏み込まれた?! 今度は襟を掴んでの背負い投げ?!

 ミドルキックは俺の姿勢を崩すためのフェイントか。器用だな、こいつ。


 片足で逃げられず投げられかけた俺は、空いている足で彼女の体重が乗った軸足を足払いで払ってやった。


 姿勢を崩されて二人分の体重を支えきれない彼女は、あっさりと転倒した。


 俺は再び軽く飛び退いて距離をとり、両腕をあげて構えた。


 女子中学生はまだ諦めず、素早く立ち上がってステップを踏んで切り込んでくる――今度はこちらが動こうとすると背後に回るようになったな。


 俺に近づいた女子中学生が、細かい正拳突きのラッシュを放ってくる。これはこっちもステップを刻んでかわしていく。


「攻めてきなさいよ!」


 女子中学生が吠えると同時にハイキックを俺の顔面に向けて繰り出してくるのを、俺は腕でブロックした。


 ブロックと同時に俺は彼女の軸足を足で払い、再び彼女を転ばせる。


 転んだ彼女を見下ろして俺は告げる。


「もうわかっただろ。お前のリーチとウェイトじゃ、俺には勝てねーよ」


 それまで呆然としていた先輩が、慌てて声を上げる。


冴月さえづきくん! タックルはルール違反だ! 君の反則負けだよ!」


 おっと、そういえばこれは空手の試合だったな。この女子中学生、冴月さえづきっていうのか。


 俺たちは先輩に言われるがままに武道場の中央に戻り、礼をした。

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