第5話 実戦訓練前に身体の匂いを消す

「さすがですね、アリス候補生。予測では半年はかかると思っていましたが、実際はその三分の一の期間でワタクシの用意した基礎訓練行程を完遂なさいました」


「戦闘教導してくれるミミ教官の教え方が上手かったからだね」

「ご謙遜を。これほど優秀な生徒と出会える機会などまず滅多にございません」


 ここはいつもの伯爵家地下戦闘訓練施設。

 早いもので転生して二ヶ月が過ぎた。

 毎日戦闘訓練漬けだった。


 一応、これでワンダーランド伯爵家の跡取りなので礼儀作法などもするにはした。

 が、デキる女はまず腕っぷし、戦時中なれば貴族は特に武に秀でなければなりませんと、ミミ教官はとにもかくにも戦いのすべを俺に叩き込んだのだった。


 というか、俺、男なのだけどね? デキる女じゃなくてデキる男でしょうに。

 前世との貞操観念の逆転した世界の、男女間の考え方は未だ慣れないな……。


 まあ、それはともかく本日は。


 とうとう実戦を想定した戦闘訓練へと段階を進めていくわけで。

 いやあ、ワクワクするね。やはり戦士は戦ってこそだよ。

 心躍るのは俺が前世の記憶を引き継ぐ人物だからか、ただの戦闘狂か。


 貞操観念の逆転した世界基準でいえば俺は『女々しい男』なのである。なお、この世界のオカマ男たちは『雄々しい男』と表現される。まだ会ったことないけどね。


「先に、武器をお渡しします。残るもう一つの道具は直前にお渡しします」

「うん、わかった」


 渡されたのは、H&K社のUSPにサプレッサーを付けたような大型拳銃だった。


「弾丸は108即眠付与ニードル弾。即効性の強力な睡眠弾がコンバットロードで16発込められています。睡眠効果は約30分。ただしこれは保険の魔道具でございます」


「なるべく使うな、と」


「はい。このような特殊な魔道具を渡された時点でもうお気づきかと思いますが、今回、初めての実戦訓練はスニーキングミッションとなります。アリス特務士官候補生には、相手に気取られないまま、指定のモノを手に入れて頂きたく思います」


「それ、俺の得意分野だよ。まあ、そっと影のように近づいて、敵に気取られないままターゲットどもを全員二度と目覚めぬ地獄へ叩き込むのだけど」


「今世での訓練と前世での経験を生かす良い機会でございますね。ただ、一応、人を殺め取る行為は可能な限り無しの方向でお願いいたします」


「了解、ミミ教官」


 やはりミミ教官は俺をよく見ている。


 同じアサシン属性を持つからだろうか、隠密行動を俺が得意とするのを見越して、最初の実戦訓練にスニーキングミッションをぶち込んできてくれた。


「では、作戦の概要、目的、意図のご説明をいたします」


 作戦概要。

 バル・バロック爵領、同爵家邸宅潜入および工作のこと。

 邸宅敷地図面、および邸内図面、警備(予想)配置図はこちらで用意済み。

 目的。

 バロック爵家はグリムノーツ侯爵家の新参の寄子(手下)である。

 グリムノーツ侯爵家は我らがワンダーランド伯爵家を快く思わない一族。

 その先兵たるバロック爵家の隠し金庫から、とある帳簿を手に入れること。

 意図。

 かの爵家の裏稼業を白日に晒す証拠が当帳簿にすべて記載されている。

 帳簿の具体的な内容は『非合法奴隷売買の取引相手とその売上』である。

 これを手に入れ帝国司法院に提出。爵家を吊し上げ。敵対貴族の弱体化を図る。


「付け加えますと、対象帳簿に記載される商品名は『不法に攫ってきた男性』でございます。それには幼い男の子も含まれます。帝国の法律で認められる奴隷とは『犯罪奴隷と借金奴隷』の二種であり、いずれも対象は女性のみとされています」


 ……幼い男の子って、それ、母上の名前とか書かれてないよね? 大丈夫よね?


「男を奴隷にはできない理由って? 男だって犯罪を犯したり借金を負うでしょ?」


「ご存知のようにX染色体=魔力器官の数の差で、当世界の女性は男性より圧倒的に強くございます。また、それがゆえ男性の社会的地位は低くございます。いわば『女性の三歩後ろを歩く』のが当世界の普遍男性像であり、しかも男性を囲う家は基本的に資産家や権力者が大半で、家の奥に男性を隠して滅多に表に出しません」


「この世界の男がある意味で人生ハードモードなのは知ってる」


「はい。なので男性は仮に犯罪を犯せども、資産家または権力者の女性たちによってもみ消されるのが常で、また、家の奥に幽閉レベルで隠されているため男性は必然的に家から身動きが取れず、ときにその家が没落しても男性方はどこか別の資産家または権力者に拾われてしまって奴隷に堕ちることなどまずあり得ません」


「うん……聞いた感じでは元々から愛玩奴隷みたいな生活を強いられてるっぽいし」


「帝国の後宮に行けば男だらけと聞きますが、貞操観念の違う世界より転生されたアリス候補生の感覚ではそれのどこがいいのか理解できないかもしれません」


「男子校じゃあるまいし。しかも揃いも揃ってオネエみたいなのばかりでしょ」


「うわさでは男が表を出歩かぬよう、男に『纏足てんそく』を強要する国もあるとか」


「あの足の形がヤバい感じになるやつかあ」


 纏足てんそくとは前近代の中国で、女性の足を布で縛り常に小さい靴を履かせて小さな足になるよう変形させる奇習である。美と女性らしさの象徴で、13世紀辺りから社会的地位の高い家の女性に行なっていたらしいが……酷い行為には違いはない。


「話を戻しましょう。最初の実戦訓練にしてはこれはかなり難度の高いものです。何せ、気づかれるな、なるべく殺すな、ですので。しかしアリス候補生ならサイレントアサシンの如く完璧にやり遂げると見越して選ばせてもらいました。……念のためお聞きします。この訓練をお受けしますか? それとも別のものに変えますか?」


「やるよ。得意分野で断る理由がないし」


「はい、承りました」


「もし断っていたら?」


「ワタクシがすーっと出かけてささっと仕事をこなすだけでございます」


「あはは……」


 そんなわけで、実戦訓練となったのだが……。


「……なんで、俺、母上とお風呂に入ってるのだろう?」

「私はただ可愛い息子と入浴したかっただけよ。ぐふふ……良い体つき」

「伯爵さまはただの己が欲求を満たすだけのためについてきただけでございます」


 なぜか作戦前に自室に用意されたバスタブで湯浴みをすることになったのだ。


 そしていざ入浴となった直後、走りながらクロスアウトする母上がざぶんと。


「ミミ、その言い方酷い。ハァハァ、だってこの滑らかな若い男の子が私の息子なのよ? 母として息子の成長を見守らないと。あと、皮被りおちんちん最高」

「もはや伯爵さまには返す言葉もございません……」


「母上、俺の股間に手をやるのはダメ! 親子でも、刺激したら大きくなるから!」

「若いっていいわねぇ」

「母上も二十代前半にしか見えないのだけど。というか姉と弟みたいな?」

「嬉しい! キスしちゃう! 行くわよ、ワンツーキッス!」

「なんなのそれっ!?」

「じゃあ、代わりに母の股間に触れてもいいわよ? 綺麗に手入れしているし」


「伯爵さま……お戯れはそこまでに願いますよ……?」


「うわ、ミミの怒った顔怖い! わかったから、ちゃんと偽装処理を手伝うから!」

「母上、偽装処理ってなんですか?」

「今からアリスちゃんには犬系獣人ですら気づかせない無臭化を施すのよ」

「えぇ……?」


「以前語りましたように、この世界の女性は気配だけで本能的に男性を探査、かなりの精度で居場所を察知します。ただしこれにはカラクリがございまして」


「あの話は誇張じゃなかったのか……男を察知したら即パンツを脱ぐとか」


「一概に人族と言っても多種多様なのよ。私たちヒューマンもいれば、エルフもいれば、ドワーフもいれば、ノームもいる。もっと他にもたくさんいる。魔族もいれば――魔族は人族とは違うけど、ニーナみたいに人の近くでなければ生存が難しい種族はわりと人里に住んでいたりする。そして、ミミのような兎人もいる。獣人は世界の大きなシェアを誇っているわ。そして鼻が特に利くのは獣人の中でも犬種系で」


「この世界の人たちに純粋な種族的人類はほぼいません。みんな少しずつ、他の種族の血を含んでいるのです。となれば結果的に鼻が利く人族が増えて、そこからお気づきのように彼女らの気配察知能力は匂いを介して感知するものが大半でして」


「つまり匂いの偽装処理をしないと即男バレすると。……えっ、じゃあ俺、すでにこの家の全員に性別がバレているってこと?」


「ご安心ください。アリスさまの真の性別を知るのはアリシア伯爵閣下、ニーナ執事長、そしてワタクシだけでございます。というのもあなたさまの食事には常にあるものを含めているのです。それは体臭を抑える成分を含む食品。海藻類、緑黄野菜、大豆類。体内の匂いそのものを抑えます。また、渋柿の皮より抽出した強力な消臭成分も密かに摂取頂いていました。そしてとどめとばかりに保湿クリームに女性臭のラクトンを男性体にも発現させる成分を含め、さらには淡いローズの香水を」


「めちゃくちゃ体臭に気を使われてる!?」


「バレたら邸内であれパージパンツからの即レの恐れがございますれば」

「パージパンツ!? 即レ!?」


「この世界の女性は男にとにかく飢えているのです。女はみんな狼でございますよ」

「俺は赤ずきんちゃんか何かか……」

「いえ、レッドフード侯爵家は関係ないかと」


「えっ、あ、うん?」


「それで今回の実戦訓練の性質上そもそもを無臭にしないといけないため、ワタクシが丹精込めて開発した超消臭成分盛々入浴剤『匂い絶対殺すマン』を使って頂き」


「ネーミングセンスぅ……」


「この入浴剤を使い、湯船によく漬かって身体に擦り込むとあら不思議、最大で72時間は犬の鼻ですら体臭を察知できなくなるほど無臭人間となれます」


「ミミ副執事長がなんとなくノリノリになっている気がする」


「いいえ真剣でございます。ただこの新開発の入浴剤。稀少な薬草を使うため、伯爵家の財力の問題ではなく、材料的な意味であまり多用できないのが実情でして」


「ともかく、母である私が可愛い息子ちゃんの全身を、この手で余すことなく擦り込んであげるってコトよ。さあ、まずはハグをして、背中から行きましょうね♪」

「母上の大きなおっぱいが迫ってくる! ちょ、ダイレクトはマズいって……ああ、自分の母親なのにおっぱいの弾力に逆らえない……っ」


「おっぱい、吸ってもいいわよ?」

「そんな赤ちゃんみたいな真似とか……っ」


「そう?」


「ごめん、嘘。おっぱい好きだし。母上に甘えちゃっても……?」

「もちろんよ。ぐふ、ぐふふっ。これは堪らん。いい子、いい子ねぇ……♪」


 ごめん、こんなのおっき不可避だわ。速攻でエレクトしちゃってるわ。


 遺伝子上の同一存在で、事実上の母となるアリシア伯爵と頭でわかっていても。

 金髪の小柄美人さんが色々たっぷりサービスしてくれるシーンを想像してほしい。


 ね、分かるでしょ?


 しかも母上ったら、おっぱい星人の俺もご満悦の豊満な胸を誇っていて。

 あと、己の肉体の若さとか、前世の記憶やらなんやらで、どうしても割り切れず。


 おっきなおっぱい、気持ちよかったです……!(本能)

 おっきなおっぱい、気持ちよかったです……!(欲望)

 おっきなおっぱい、気持ちよかったです……!(血涙)


 大事なことなので、三度言いました。おっぱいは人の知能を下げるよね……。


 ……乳首を絶妙な当たり具合でスリスリしてくるのって、反則だよ。


 そんなこんなで。


 俺は頭から足の先まで、股間部は匂いが溜まりやすいので重点的にと。

 母上たるアリシア伯爵に全身を徹底的に手で入浴剤を擦り込まれていった……。




【お願い】

 作者のモチベは星の数で決まります。

 可能でしたら是非、星を置いて行ってくださればと。

 どうぞよろしくお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る