第4話 ミミ教官とアリス特務士官候補生

 貞操観念の逆転した世界『ドルメシアス』に俺が転生して、一カ月が過ぎた。


 俺という存在。アリシア伯爵母上と同じ遺伝子を持ちつつ、しかし跡取り娘ではなく跡取り息子として現れた俺は、図らずも完全に想定外の存在となっていた。


 というのも男性出生率が異常に低いこの世界で『クローン体』という形で男がのは、この世界に対して激震を与えるほどの大問題なのだった。


 以前、俺も少し疑問にしたように、やはり『ヒトのクローン』技術はこの世界でも人類には過ぎた神々の禁忌の技術であり、しかしアリシア伯爵はこれまでランスレイト帝国と女神ドルメシアスの神殿に多大な功績を上げていたため――


 例外的に、本当に例外的に一人だけ『自らのクローン体』の誕生を認められたのもあって、ならばよけいに『男性誕生』という無用の混乱を世間にまき散らすわけにはいかず、対外的には予定通り『自らの娘』が出来たとするしかなくなっていた。


 ……。


 ……うん。


 まあね、クローン技術は生命の根源に触れる神々の御業みたいなものだし。

 わかるよ。うん。

 人には過ぎた技術だっていうのは、とてもね、わかる。


 わかるんだけどね……?


 そのせいで、俺、まさかの鉄壁本格日常女装ボーイスカートの件。

 皆さま、いかがお過ごしでありましょうか。


 世間に混乱を起こさないため、予定通り『自らの娘』が生まれました……か。


 俺、上下、女の子の格好だよ。もちろん下着もね。あと化粧もするよ。

 AAAバストサイズシルクブラに、繊細なレースのブラジリアンシルクショーツ。

 というか貴族令嬢って普段からこんな清純系エロ下着をつけてるのね……。


 正直、頭抱えるわ! パンツなんてボクサーパンツでいいじゃん!


 女の子の格好をさせられて、女が男で男が女の貞操観念逆転世界であっても、それで貴族令嬢扱いされるのは自分には違和感しかないし、もはや脳が焼かれそう。

 ビバ、男の娘生活――じゃないよこのクソバカ! そんな趣味ないから!

 屈辱だ。最近なんて女装に慣れてしまって股間のムスコも無反応になったよ!!


 ちなみに俺の本当の性別を知るのは、『アリシア伯爵』と『ニーナ執事長』『ミミ副執事長』の三人のみだった。屋敷の他の使用人たちには特秘されている。


 くうう……こんな世界になんで俺は転生させられたの!?


 ……。


 さ、さて。切り替えていこうか……そうしないとケガするからね……。


 ワンダーランド伯爵家、地下階。戦闘訓練場。核シェルター並の防護付与施設。


 転生してからの一ヶ月間、俺は何をしていたか。


 俺はミミ副執事長から戦闘訓練の師事を受けていたのだった。

 彼女がなぜ副執事長の地位にいるか。

 それは、諜報や暗殺など裏仕事の一切を取り仕切るアサシンメイドだったため。


 彼女、麻薬カルテルマフィア絶対殺すマンの俺よりずっと強いから……。


「――ミミ教官、質問があります」

「はい、アリス特務士官候補生。質問をおうかがいいたしましょう」


 対刺突、対打撃、対斬撃、対魔法、対精神、対銃撃、対薬品、対ガス、対赤外線、対紫外線対策の取られた、ピッタリと全身を覆う黒の戦術スーツを着込む俺たち。


 情報端末ゴーグルをつけて訓練を始める前に、俺は以前から気になっていた質問を彼女にぶつけてみた。自らの身に現在進行形で起きている、小さな疑問である。


 この質問。

 別に母親となるアリシア伯爵でも良かった。が、俺はあえて彼女を選んでいた。


 人は強さに惹かれるもの。麻薬撲滅の戦士だった俺なら、なおさら。

 彼女に真摯に戦闘教導されるにつれ、この人は信頼できると判断したのだった。


「この世界に来てから密かに疑問になっていたことで、俺の喋りが……なんというかマイルドで。前世の自分はもっと荒っぽい喋りだったはずなのに」


「なるほど。では質問にお答えしましょう。それはおそらく、言語翻訳権能チートがこの世界の貞操観念上における一般男性の性格に引っ張られているからと思われます」


「この世界の一般男性の性格とは? まだ男性に会ったことなくて」


「そうですね……アリス候補生の視点からすれば、うーん……オカマっぽい?」


「えぇ……?」


「もしくは、精神など肉体の玩具に過ぎないからではないかと。精神に特定の形はなく、まるで水のよう。肉体の形に応じて精神も変動する、という考え方ですね」


「ニーチェの哲学がこの世界にもあるなんて。例えば俺が仮に、バイオレンスマッスルな女性に転生していれば、肉体に合わせてその精神性も荒っぽくなると?」


「はい、まさにそういう考え方です。アリシア伯爵閣下は変態ではあれど穏やかな人柄であるため、男性化した肉体に転生したアリス候補生もそのようになったと」


「うわぁ……そうきたかこの世界……」


 質問は終わった。ちょっとした疑問にも、彼女はきちんと応えてくれる。


 俺、この女性ヒトに惹かれるんだよね。ウサ耳も可愛いし。


 もう少し、雑談してから訓練に入りたいな……。


「……最近は伯爵を母上と呼ぶようになりました。初めて呼んだときは飛び上がって喜んで。それからというもの、母上も身なりにも気を遣うようになって」

「お二人とも毎日ハグする間柄。仲が良くて大変結構でございます」


「たまに、夜も一緒に寝ます。ベッドで並んで、手を繋ぎ合って眠るだけだけど」

「仲睦まじくよろしいかと。ただ禁忌を犯さぬよう、くれぐれもお願いいたします」


「……朝起きたら毎回俺が抱き枕状態になっているのって、マズい?」

「まあ……あのお方は寝相が独特ですので、いっそ誰かに抱きついていたほうがベッドから落ちなくて安心ではあります。嫌でしたらこちらより指摘申し上げますが」


「母上は安らかに眠れているので、問題なければそれでいいかなと……」


「はい。貴族間での親子水入らずは、なかなか得難く尊いものでございますれば」


危ない日若さゆえのアレはニーナ執事長がどこからとも嗅ぎつけて、その、抜いてくれますし」

「良き判断でございます。今後もムラッとしたときは彼女に処理を求めてください」


「……ミミ教官に処理を求めるのは?」


「もちろんワタクシでも結構です。が、実はワタクシ……女の子のほうが好きで」

「そうなの?」


「はい……なので、どうしてもして欲しい場合は致しますが、出来れば」

「あ、はい。俺もそんな無理強いなんてするつもりないので」


「ご理解の程、感謝いたします。あと、なるべくはこのことは内密に……」

「もちろん。人の好みを面白がって吹聴するなどあってはならない行為だし」


 ミミ副執事長兼俺の戦闘教官は、女性を性の対象とする同性愛者だった、と。

 まあ、そういう人もいるよね。前世でもそういう性癖の人はちらほら見た。


 でも少しショックかもしれない。これが淡い恋破れる……なのだろうか。


 ちなみにミミさん――長々と役職を書くのが面倒なので敬称だけで表すとして、彼女の種族は『元兎人族、現灰天使』なのだそう。灰色の翼を持つ天使族なのだった。


 良い機会なので、この天使族について、少し語らせてもらいたい。


 ここから大事なところなので。はい、テストに出ますからね。


 現在、惑星ドルメシアスは、異界から邪神の軍勢に侵略を受けている。


 よこしまなる神の名はインリガシィセン。もしくはイム=リガル=イセンとも。人の口では発音できない特殊な名前のためどの呼び方も正しく、また、間違っている。


 このインなんとか邪神侵略者に従うのは『青い肌をした単眼鬼巨人アルスカリ』ども。

 加えてこの星に住みながら裏切った『小鬼族のゴブリン』『豚鬼族のオーク』『闘鬼族のオーガ』などがいる。なお、現地の巨人たちは我々人類と共に戦う側となる。


 そして、天使族なのだけど――


 女神ドルメシアスとこの星の住人たちは異界からの邪神どもの軍勢と100年戦い続け、一部の地域を占拠されはすれど、なんとか侵攻を押し留めていた。


 が、それも10年前に決定的な変化に見舞われる。


 事実上の最終決戦となった防衛戦で、女神は邪神と刺し違えてしまったのだった。


 もちろん神であるので、双方の神々共々、そう簡単には滅びない。

 二柱の神々は深い眠りに入ったのだった。次、目覚めたとき、再び戦うために。


 そうして、人類に求められるのは、戦況の維持だった――のだが。


 最終決戦で、女神の軍勢はほぼ壊滅し、つまるところ天使軍は失われてしまっていた。対する邪神の単眼鬼巨人アルスカリどもは現地の鬼族を邪神側につけて戦力を増強した。


 人類、ピンチ。


 しかし女神ドルメシアスはちゃんと対策を講じていた。

 この事態を予測し、自らを崇め奉る神殿を通じて『祝福』を授けていたのだった。

 それは、人類の『天使化』の祝福。

 元種族の特性を残しながら、人が人であることを脱却し、強化の機会を得る。


 当初の人類の天使化はバニラ型とも呼ばれる白天使のみだったが――


 神殿の許可を受けて進めた研究で、より攻撃性の高い黒天使の存在が認められた。

 更に、白天使と黒天使の両方の特性を持つ灰天使の存在も確認されたのだった。


 しかも、この偉大な発見は、なんと。


 俺の母上たるアリシア伯爵が大きく関わっているのだった。

 むしろほぼ彼女一人の功績に近い大発見。彼女は、天才的な研究者であった。


 ただ、うん……。


 自分専用の可愛い男の子キューピッド型天使を作ろうとした副産物が黒天使と灰天使という、罰当たりな秘密さえなければプロジェクトX的な感動話で済ませられたのだけど。


 まあこの事実を知るのは本人と俺とミミさんだけなので、黙っていれば問題ない。


 俺の新しい母上はド変態ではあれど、稀代の天才であった、と。


 さて、中座した話の続きを語ろう。


「ミミさんは天使化発現させたら、灰天使族に分類されるんだっけ」


「はい。別名『堕天使』族です。特徴は『白と黒、レベル4までの(初級上中下~中級下まで)魔法が扱えること。魔法使用回数が白と黒の天使たちより初めから3倍多いこと。魔法使用上限も――これはまだ公開されていない情報を申しますと、白と黒の天使たちの魔法使用回数は各レベルごとに9回が限界ですが、灰天使の魔法使用回数限界は現時点では81回まで唱えられること』が確認されています」


「どうして灰天使は、白と黒天使の魔法使用回数の限界を突破できるのだろう」


「アリシア伯爵さま曰く、理論上は9レベルまでの魔法が天使たちは使えて、灰天使はその内のレベル4までという制限で魔法のストックストレージが余るゆえに、しかも魔法レベルが上がるほど逆ピラミッドの如くストレージを使うのにレベル4制限のおかげで魔法の使用回数が格段に増えたのではないか、と推察されています」


「灰天使は『使わない上位魔法の逆ピラミッドストレージが使えるように』なった」


「はい」


「極めたらどこかの赤魔導師みたいに連続魔でも使えるようになるのかな」


「……さすがでございます。灰天使の裏アクティブスキルの存在に気づかれるとは」


「えっ?」


「訓練で身体を仕上げ、神殿より祝福を頂いて天使化してのち、もし灰天使だった暁にはあなたさまにぜひ習得していただきたい恐るべきスキルの話をしましょう」


「あ、ああ……うん。そうだね」


「さて、天使談義はここまでとして、訓練を始めましょうか。アリスさまは皇室と神殿の許可を得て、伯爵家の跡取りとして生まれたアリシア伯爵閣下のクローン体でございます。ですが心配いりません。遺伝子年齢は完全に初期化処理されており、宿る人格もまた転生体であるため、アリシア伯爵閣下とアリスさまは遺伝子上は同一でも別個の存在として確立しています。あなたさまは、あなたさまでございます」


「うん、ありがとう」


「ただ、そうであっても、いえ、そうであるがゆえに付き纏うのが高貴なる者の義務でございます。ノブリスオブリーチェ。アリスさまは閣下のとして従軍経験を経て頂かなければならない。あの青い肌の単眼鬼巨人と戦わねばならない……っ」


「母上も、貴族の義務として従軍していたんだよね」


「はい。最前線で戦った猛者でもあります。お方さまは白天使なのだそうです」


「そうなんだ。そういえば俺、母上を最初は一人の女性と見ていたな……」


「今は……?」


「変態だけど、可愛い母親だよね。三十路っていうけど、二十代前半に見えるし」


「変態だけど?」


「そう、変態だけど。欲求に正直で、それでもどこか憎めなくて、大切にしたい人」


「うふふ。閣下も幸せ者であらせられます。では、いきますよ」


「はい」


 互いに情報取得端末ゴーグルをオンにする。描写していなかったが、もちろん訓練用の防護ヘッドギアもつけている。ただし、実践では戦術スーツはつけることはあってもヘッドギアやヘルメットはつけない。つけても意味がないのだった。


 一般兵ならまだしも、天使化したたちはヒトとは別格の存在になるためだ。


 天使化すると、その現在着ている衣服こそ、最大防御を誇る法衣となる。

 曰く、天使法衣。

 常に不可視の防衛法義を敷き、どんな人間より、たとえ勇者と呼ばれる存在であっても、決して天使には勝てない。なぜなら彼ら天使は神の奇跡の体現者だからだ。


 もっとも、天使化するためには一定以上の魔力才能が必要となるのだけど……。


「たとえ天使化できなくとも、従軍したという事実が必要なのでございます」

「なるほど、高貴なる者の義務への建前みたいなものかな?」


「さようでございます……良い踏み込みです。この組手を30分続けましょう」

「ミミ教官の訓練、米軍のレンジャー部隊訓練よりキツいんだよなぁっ!」


「うふふ……バシバシ厳しく行きますよ」

「俺もマジでいくっ!」


 既に訓練は始まっていた。俺は全力でミミ教官に殴りかかっていた……のだが。

 この人、どれだけ強いの。有効打をちっとも当てられない。

 前世では養父に冗談めかして首狩り兎ヴォーパルバニーとからかわれていたというのに。

 まずは組手が30分。ミミ教官の気分次第では丸一日ぶっ通しで行なう場合も。

 そういえば転生して高貴なる者の義務を知り、軍事訓練をするようになった初めの10日間はずっと歩きと走り込みを続けていた。まずは体力の増強だから、だそう。


 以前の身体なら鍛えまくった全身凶器みたいなナイスボディだったのだが――


 新しい身体は文字通り新品そのもので、満足のいく基礎体力をつけるのになかなかの苦労を必要とした。

 もっともアリシア伯爵の身体が非常によくできているのか、遺伝子上の同一存在であるこの身体も優秀で、しかも魔力強化も感覚的に扱えたのである一定水準まで鍛え上げると後は楽だった。何せたったの10日で満足のいく域まで到達したからね。


 というわけで組手をミミ教官と絶賛行なっているわけなのだけれど。


 さっきも言ったけど、めっちゃ強いわ、彼女。


「はい、腕十字でフィニッシュでございます」

「あだだだだっ、極まってる極まってるっ、ギブギブギブ!」

「うふふ……また勝ちました」


 新しいこの身体には十分慣れたはず。技術は前世から培った戦闘術がある。

 でも勝てない。

 人は、強き者に、惹かれる……か。


「はぁ、はぁ……キツい。……ミミ教官が、強すぎる件について……」

「教える側が弱いとお話になりませんので。うふふ」

「楽しそうだし……」

「だんだん改善されていく生徒を見て喜ばない教師なんていませんよ。うふふ」


 俺は母上のこと、好きだ。もちろん親子としての感情である。

 俺はミミ教官のこと、好きだ。こちらは、その、破れたとはいえ恋心として……。


「5分の休憩後、2時間走り込みをして、お昼からは戦術座学を致しましょう」

「はい……ミミ教官……」


 俺は荒れた息を整えるためにも、休憩に入るのだった。




【お願い】

 作者のモチベは星の数で決まります。

 可能でしたら是非、星を置いて行ってくださればと。

 どうぞよろしくお願いします。

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