第38話 3人の会話とゴーレム
クレシア街道は続く。
丘を越え、なだらかな平原に入った。
見渡すか限りの草原で、ここはここで絵本の中みたいな景色だった。
空は相変わらず青く、気を抜くと和やかな空気になってしまいそうだったが、ここが危険地帯だということを思い出し気を引き締める。
しかし、やはり良い景色だ。
「本当に穏やかな景色が続きますね。危険なモンスターばかりと聞いたからもっと荒れ果てているのかと思ってました」
「ははは。そうだな。初めてここに来た人間はみんなそう言うらしい。たしかにピクニックにはうってつけの景色だろう。マコトも気が緩むか?」
「ん? まぁ、油断してるとすぐ気が緩むな」
「はは、守護者でもそうなのか」
なんだかやけに気安いな。
そういえばイリーナは俺を様付けで呼ばない初めての人間だ。
俺たちが活躍したせいもあるのかもしれないが、この国の人間はみな俺を『マコト様』とか『守護者様』と呼ぶのだ。
他の国から来たから信仰の違いとかあるんだろうか。
まぁ、イリーナは話しやすい感じだし、別に悪い気もしないが。
そもそも中身はただのおじさんなわけだし。
「さっきの戦いも少し様子を見ていたが。マコトは拳で戦うのか」
「はい、マコト様には秘蹟はありません。ですが、そんなこと問題にならないほど素の能力が高いんです」
「へぇ。あんまり聞いたことない気がするが、そういう守護者も居るのか。守護者といえば奇跡の力を行使するものだというイメージだが」
「いえ、マコト様は存在自体が奇跡なんです!」
えっへん、言ってやった、とばかりにエリスはまたその豊かな胸を逸らした。
なんか面白い言い回しだったが悪い気はしない。
「おや、なんだかマコトは嬉しそうだな」
「な、なにぃ?」
「え? そうなんですか?」
「いや、少し表情がほころんだように見えた」
「マコト様嬉しかったですか? 私の言葉なんかが」
エリスはその丸い目で俺をうかがってくる。
そんなに真摯に見つめられると言い逃れも出来ないじゃないか。
「う、嬉しかったぞエリス」
「そ、そうなんですか? 私なんかの言葉で喜んでもらえたなら嬉しいです! マコト様ってクールなイメージだったから」
「こう見えて色々考えているし思っている」
「そうだったんですか。知らなかったぁ」
思わぬ俺の感情の発露にエリスは驚くやら嬉しいやらといった様子だった。
一応ボロを出さないためと、守護者のイメージを守るためにクールを装って来たがエリスはもっと色々話して欲しいのだろうか。
しかし、中身が人間なことはバレるわけにはいかないし、難しいところだ。
「ふふ、なんだか君たちは面白いな」
それを見ていたイリーナが言った。
「え? 面白いですか?」
「ああ、良いコンビといった感じだな。私は君たちが気に入った」
「それはなんだか嬉しいですね!」
「マコトもエリスは好きなんだろう?」
やけに絡んでくるなイリーナは。
「ああ、主として大切に思っている」
「そ、そんな。マコト様。そんなにはっきり言われるとなんだか恥ずかしいです」
「そういうものか?」
エリスはなんだか顔を赤くしていたが、俺の正直な気持ちだ。
ここ最近エリスがなんだか親戚の女の子かなにかのように思えてきて、自分の中で見守りたいという気分が高まっている。これも守護者の本能なんだろうか。
「はは、なんだか微笑ましいな。しかし、2人とも。どうやらモンスターのようだ」
そのイリーナの一言で空気が変わった。
俺の守護者の勘よりもなお早い察知だった。
これが歴戦の冒険者ということか。
俺たちの行く街道の横。
そこに積み上がった大きな石の山。
それが音を立てて動き出す。
「マコト様!」
「ああ」
エリスが祈り、俺が顕現する。
イリーナは背中に背負った大剣を抜き、構える。
そして、ごとごと動いた石はやがて大きな人形になった。
──グォオオオオ!!!
「ゴーレム!」
エリスが言う。
ゴーレム、石造りのモンスター。
見上げるような巨体。その体は硬く、武器を弾くような防御力。
俺たちももう何度か戦っている。
しかし、初心者冒険者の最初にぶつかる壁と言われる、ランクとしては低めのモンスターだった。
「また下級モンスターか」
──グォオオオオ!!
ゴーレムはうなりながら俺たちに襲いかかる。
「行きます!」
「おう!」
「よし来た!」
俺たち3人はそれに応じる。
「ウラァ!!!」
まず1発、肩のあたりを思い切り殴りつける。
いつものゴーレムならこれだけで腕が吹っ飛ぶが。
「かってぇ!!」
ゴーレムの腕を殴りつけてもまったく手応えがなかった。
少し表面は削れただろうか。
なんなんだこのゴーレムは。
「ははは。クレシア街道の洗礼を受けてるな」
そう言いながらイリーナはゴーレムを切り付ける。
しかし、やはり表面に軽い切り傷ができる程度だ。
──グォオオオオオ!!!
ゴーレムは叫びながらその大きな腕を振り下ろしてくる。
「ぬぅうん!!」
俺はそれを受け止めて、
「ウラウラウラウラウラァ!!」
ラッシュを叩き込み吹っ飛ばした。
だが硬い。やはり表面にしかダメージがない。
「強いですこのゴーレム」
「硬すぎる。俺の拳でこのダメージか」
「これがクレシア街道のモンスターだ。こいつは魔法にも強いぞ。さてどうするかな」
イリーナの言葉にむむむ、とエリスは考え込む。
しかし、やがて顔を上げる。
「とにかく、ダメージがないことはないです。ひたすら攻撃を続けます。手数で押し切ります!」
エリスは言った。死ぬゲー的思考回路だったが今はもはやそれしかないだろう。
ダメージは通らないがゼロではない。殴り続ければいつかは倒せる。間違いなく。
──グォオオオオ!!!
また、ゴーレムが来る。
「行きます! マコト様!」
「おう!」
俺たちは真っ向からそれに応じた。
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