第36話 ゴブリンたちとの戦い
「さて、ここがクレシア街道か」
「はい、ここからはアルバ岬までずっと徒歩ですね」
辻馬車を乗り継ぎ揺られること半日。
日はすっかり高くのぼり、時刻は正午を過ぎていた。
目の前にはなんの変哲もない街道。
ここが危険地帯だというのはパッと見では信じられなかった。
「もう海が見えるな」
「そうですね! ずっと向こうですけど。私海は好きだから楽しみです!」
街道は小高い丘から始まっていて、ここからすでに海が見えた。
直線距離にすれば大した距離ではないのだろう。
「2日かかるのかここから」
俺にはこのふた月の経験上、1日ちょっとで着くような気がしていた。
「2日というのは今まで行った冒険者たちの平均的な日数だそうです。それだけモンスターに遭遇するということだと思います。気を引き締めて行きましょう」
「なるほど、色々起きるの混みで2日か」
今までの冒険者達はモンスターと闘いまくってようやく岬に辿り着いていたのか。
それで時間が取られていたというわけだ。
つまり、俺たちもおそらく同じ目にあうということだろう。
「さぁ、行きましょうかマコト様!」
「おう」
封書の入った皮の鞄をひしっと抱き寄せ言うエリスに俺は答えた。
そして、エリスと俺は街道を歩き始める。
「風が気持ち良いな」
「そうですね! 景色がすごく良いです」
小高い丘の向こうに海が見えるのはまるで絵本の1ページのようで、実にいい景色だった。
空は高く青く、晴れ渡っている。
わたをちぎったような雲がいくつも浮かび、その間から暖かい太陽が俺たちを見下ろしていた。
ここが危険地帯だというのをひととき忘れるほどだった。
俺たちは丘の稜線に走る街道をしばらく歩いていく。
と、
「エリス」
「はい、私も気づきました。やはりここは危険地帯なんですね」
俺たちの空気の和やかさは一瞬で変わる。
このふた月で養われた感覚が告げている。
モンスターだ。
俺たちは丘の左側に目を向ける。
大きな岩がいくつも転がっている場所。その影から。
「ゴブリン?」
「ゴブリンですね」
出て来たのは4体のゴブリンだった。
みな手に槍や剣や弓を持っている。
ゴブリン、当然ながら下級モンスターだ。
というか、基本的にはザコモンスターだ。
見た目では一気に気を抜けるところだが、しかし俺の守護者の勘がそれを妨げた。
アラートがガンガンに鳴っているのを感じる。
あれらは危険だと。
「エリス!」
「マコト様。そうですね。ここに現れるのがただのゴブリンなわけがない」
俺たちは戦闘態勢に入る。
エリスは杖をかざし、祈りの言葉を口にする。
「女神の遣いよ。私を守りたまえ!」
そして、俺の体に力がみなぎる。顕現したのだ。
ゴブリンたちはジリジリ距離を詰めて来た。
その姿は明らかに。
「陣形を組んでやがる」
「本当ですね。やっぱり普通のゴブリンじゃない」
ゴブリンは槍や剣を持つものが前衛、弓を持ったものが後衛に綺麗に別れていた。
ゴブリンがここまで綺麗に陣形を組んでいるのを見たのは初めてだった。
まるで人間の盗賊のようだ。
そして、
──グギャア!!
叫び声と共に前衛が襲いかかって来た。
「ウラァ!!!!」
俺は拳で応戦する。
守護者マコトの拳はもはや巷では『天下無双の剛拳』と呼ばれているのだ。恥ずかしすぎるが呼ばれているのだ。
それを1発お見舞いする。
普通のゴブリン程度ならこれでカタがつくはず。
しかし、
「なにっ!?」
俺は驚愕した。
下級モンスターであるはずのゴブリン。それが剣で『天下無双の剛拳』を受け止めたのだ。
──ギャアア!!!
そして、返刀でエリスに剣を振るう。
「ウラァ!!!」
俺はそれを拳で弾き返す。
ゴブリンたちは一旦距離を取った。
「どうやら普通のゴブリンたちじゃないな」
「はい。マコト様の拳を受け止めるなんて。人間の達人でもなかなかできないのに」
「これは骨が折れそうだ」
「私も法術でサポートします」
そうこう言ううちに槍のゴブリンと剣のゴブリンが一度に攻めて来た。
「ウラウラウラウラァ!!!!」
俺はラッシュでそれに応じる。
恐るべきことにゴブリンたちはラッシュすらいくらかいなし、エリスを襲おうとする。
強い。
と、その隙にさらに後衛が弓を引く絞り、放った。
「エリス!」
「大丈夫です!」
エリスは防壁の法術でそれを防いだ。
ゴブリンたちは再び距離を取った。
いくつかかわされたとは言えさすがに何発かは入った。
ダメージは負っているはずだが。しかし、ゴブリンたちはまだやる気のようだった。
「かなり手強いな」
「はい、噂に違わぬ、ですね」
俺の守護者としての強さはかなりのものなはずだったがゴブリンたちは食い下がってくる。
確かに並の冒険者ではここに立ち入れないだろう。
正直勝てるのは間違いないとは思うが、かなり時間がかかりそうだった。
厄介なこと極まりない。
さて、どうしたものか。
ゴブリンたちは今の攻防でこちらの強さを理解したのかジリジリと俺の間合いのちょうど外側を動いている。
待つか、仕掛けるか。
しかし、その時だった。
「ゼェイ!!!」
今朝の糸は突如響いた叫びにかき消された。
──グギャアア!!!
そして次の叫びは後衛のゴブリンたちからのものだった。
その2体は突如として斬り殺されたのだ。
そこの現れたのは鎧姿の人物だった。
身の丈を超える鉄塊としか言えないような大剣を背負う、何者かだった。
そして、俺たちもこの隙を見逃すわけにはいかなかった。
「ウラウラウラウラウラァ!!!!!」
エリスが前に出て、俺は全力のラッシュを一気にゴブリンたちに叩き込んだ。
──グギャアア!!!
そして、ゴブリンたちは黒い煙になって消えた。
戦闘終了だった。
「あの、助けていただきありがとうございます!」
そして、当然ながら俺たちの意識は今し方助けてくれた戦士に向けられた。
「うぉおおお! 討ち取ったぞぉおおお!!!」
しかし、エリスの言葉はすさまじい声量の勝ち鬨にかき消された。
「え!? ええと!?」
「おっとすまなかったな。大丈夫だったか君たち」
戦士はひとしきり叫ぶと。
俺たちに向き直る。
それは女だった。
長い銀髪の女だった。
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