第28話 井戸の底

「ここか」


「マーキングはこの辺りになっていますね」



 俺たちは地図に従い、印のある地点へとやってきていた。


 そこは空き地だった。広い空き地。建設資材のようなものはいくつかあるが、物陰自体が少なかった。



「本当にここなのか?」


「ラキア様の秘蹟は絶対のはずなんです。だから、必ずここにいるはずなんですが」



 しかし、見渡す限りの平地だ。周りの家屋はあるが、どうもそこはマーキングからは外れている。あるとすればこの空き地の物陰ぐらいか。


 俺たちはとにかくその少ない物陰を慎重にあたった。


 資材の物陰が合計3つ。


 しかし、それらはあっというまに確かめられた。


 残念ながらエンリケはいなかった。


 それどころか残滓すら見つからなかったのだ。



「一体どういうことなんだ」


「うーん、このマーキングは確かなはずなんですけど」



 エリスも考えこんでいる。


 ここからそう遠くないところで戦闘の音が聞こえる。


 今他の聖女たちはエンリケが出したモンスターたちと戦っているのだ。


 俺たちはそこには行かずにここにいる。


 ディアナに任されたから、そして、ここに今まさに逃げようとしているエンリケがいると睨んでいるからだ。


 だから、俺たちはエンリケを見つけなくてはならないのだ。


 それが任された役割なのだから。



「もう影らしい影はないな」


「むぅ」



 しかし、探索はあっという間で、エンリケの姿は影も形もない。


 一体どういうことなのか。地図には今も確かにマーキングがこの空き地にある。



「やっぱり、間違いなのか? なにかの誤作動みたいなものでここがマーキングされたのか」


「ラキア様のヘルメスが間違うことなんてあり得ません。それが絶対だからラキア様はこの作戦に参加しているんです。何かを見落としているんだと思います」



 何か、何かとはなんだろうか。


 俺の守護者の勘はなにも告げていなかった。


 戦闘中は働くがこういう時には役に立たない勘だ。


 一体エンリケはどこにいるのか。


 俺にはよく分からなかった。


 しかし、



「マコト様、あれはどうでしょう」



 エリスが指さしたのはひとつの井戸だった。


 この空き地から少し離れたところにある井戸。


 枯れているのか、板が打たれている。


 エリスはそこに近づいていく。ここはもうマーキングの外側なのだが。


 近づけば井戸はだいぶ古いものだった。枯れるのも仕方がないと思えるほどに。



「マコト様」


「ああ」



 俺はその打ちつけらえた板に手をかける。


 しかし、板は簡単に動いた。打ち付けられてはいない。そういう風に見えるようになっているだけだった。


 そして、その板を俺が外すと。



「これは」


「ここで間違いないと思います」



 これは井戸ではなかった。


 板の下には、降りていくための階段があったのだ。










 カツン、カツン。小さな音を立ててエリスは下に降りていく。


 俺は攻撃が来ないか最大限に警戒してそれに従っている。


 そしてほどなくして俺たちは下に降りた。


 そこにあったのは大きな通路だった。


 造りはかなり古いように見える。


 そして、通路の壁には等間隔で松明が燃えていた。


 そして、その先に。



「ここは大昔、戦争のために作られた隠し通路だ。この要塞の人間が外に脱出するためのな。もう何百年も前のものだから、兵隊どもも資料として何人かが知っているだけだろうさ」



 松明の火にユラユラと照らされながら男が立っていた。



「だから、俺が利用させてもらってる。今回だってうまくいくはずだったんだ。このままとんずらして、リスキルとはおさらばの予定だったんだがな」


「そうはいきません。この国の教会を甘く見ないことです」


「どうやらそのようだな。少し舐めすぎてた、お前たちを、そして自分がやったことの大きさを」



 男はクツクツ、と不愉快な笑いを漏らした。



「だが、お前を殺せばこの場の始末はつく。そうだろう? 第6聖女エリス」



 そして、松明に照らされた男は光の元に姿を現す。


 エンリケ・オーハイム。各国で犯罪を犯しながら何人もの人を殺してきた大悪党。


 ここが当たりだったのだ。


 マーキングは性質上平面しか記せない。だが、エンリケは地下にいたのだ。



「おとなしく捕縛されなさい、エンリケ・オーハイム。もう逃げ切ることはできませんよ」


「そいつはどうかな? 本当にお仲間は来るのか?」



 エンリケがニヤニヤと笑う。



「......遠話の法術が使えませんね」


「そういうことだ。大昔の人間はここでは外とやり取りする魔法は使えないように細工したらしい。お前は1人ぼっちなんだよ。第6聖女エリス」



 エンリケの下の影が伸びる。そこから影が立体化する。



「だから言ってるだろう。お前を殺せばここは解決だってよ。追い詰められてんのはお前のほうだぜ」


「それは違います。私とマコト様はお前なんかに負けない!!」


「威勢がいいねぇ!!!」



 そうして、エンリケは実体化させた影で俺たちに襲いかかってきた。


 外部との通信が遮断され、援軍もしばらくは望めない。


 相手の実力は高く、人質も取られている。


 だが、俺たちだけでやるしかない。


 なんとしてもエリスを守り切る。それが俺の役割だった。

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