第29話 地下通路の影の嵐

「ウラァッッッ!!!」



 俺は襲いかかる実体化した影を殴り飛ばす。


 影の感触は名状し難い。柔らかいような弾力があるような、それでいて鉄のように硬い。本来あり得ない材質だった。



「はぁっ!!」



 エリスも法術で影を弾き飛ばす。


 エリスは法衣もある。簡単にはやられないはずだ。


 しかし、



「キリがないな!!!」


「すごい勢いです!!!」



 俺たちは2人揃って、この広い通路いっぱいに押し寄せてくる、影たちに抵抗していた。


 影はまるで鋭い触手だ。


 鞭のように、刃のように振るわれて、俺たちは凌ぐのでやっとだ。


 だが、攻めには転じられない。


 エリスも法術でエンリケを直接狙うことはできない。



「どうするんだ? 威勢の割には策はなしか」



 エンリケの腰、そこから顔を出しているのは囚われた人質、ロバートだった。


 エンリケはその気になればいつだってロバートの首をはねられる。


 なので、俺たちはエンリケに強く抵抗することはできなかった。



「ほらほらどうした。そのままだといずれ力尽きるだろう」


「くっ!!!」



 エンリケは余裕だった。


 そして、その猛攻はすさまじかった。


 エンリケは涼しい顔で嵐のように影を使う。


 すさまじい守護者、すさまじい秘蹟、すさまじい聖人としての実力だった。


 強さだけならこの国の聖女にまったく引けをとらないだろう。


 それほどの実力だった。



「ウラウラウラウラウラァッッッ!!!」



 俺は連続ラッシュで影をぶち砕くが、影は影だ。すぐに次が作られる。


 そして、この薄暗い地下通路は影でいっぱいだ。


 崩れた壁、いつから置かれているのか分からない資材。それらが松明に照らされてたくさんの影を作っている。


 このままではジリ貧だ。


 どうにか突破口を作りたいものだが。



「その程度なのか? 第6聖女エリス」



 そう言ってエンリケが手をかざすと影の攻撃はさらに勢いを増した。


 通路の壁を抉り取りながら、影の刃が、槍が、斧が俺たちに襲いかかる。



「ウラウラウラウラァァッッッ!!!」


「はぁぁっっ!!!」



 俺とエリスは必死に応じる。


 もはや、攻撃の対応するだけで精一杯だ。


 さらに、



「くっ、壁から!!」



 影は壁の中を抉り進み、貫通して真横から俺たちを襲う。



「ウラァッッッ!!」



 俺はそれも必死に払いのける。


 俺の守護者としてのパワー、反応速度、精密動作性、あらゆるものを最大に発揮しないととても手が回りきらない。


 防戦一方とはこのことだ。


 なんとか他の聖女が来るまでは保たせたいが、果たしてそれさえ叶うのか。



「くっ、顕現範囲にさえ入れば」



 エリスは悔しそうに言った。


 エンリケ本体は絶対に俺たちに近づいてはこなかった。


 顕現範囲に入りさえすれば、人質を影から引き抜くことだってできるはずだった。


 だが、エンリケがあまりにも遠かった。


 まるで、近づける気がしない。人質を気にしながら勝てる相手ではない。エンリケは強すぎる。



「もっと遊んでやりたいが、こっちも他の聖女に集まられると厄介なんでな」



 そう言ってエンリケが手を振るう。すると、



「!!!!!?? ウラァッッ!!」


「ぐぅッッッ!!!」


「エリス!!」



 唐突にエリスの足元、そこから杭のような影が突き出し、エリスを襲った。


 咄嗟のことで俺でも反応しきれなかった。


 影の杭はエリスの腹に当たり、エリスは弾き飛ばされた。



「大丈夫かエリス!!!」


「大丈夫ですマコト様。法衣が破れただけです」



 エリスの腹の方の法衣、そこが破れて肌があらわになっていた。怪我はないようだ。


 クソ! クソ! このままではエリスを守りきれないのか!!


 状況が悪い。


 俺たちは劣勢だった。



「クハハ、哀れなもんだな第6聖女エリス」



 そんな俺たちにエンリケは余裕たっぷりの笑みを浮かべながら言ってきた。


 なんて腹の立つやつだろうか。


 今俺はこの男に対する感情は恐怖よりも純粋な怒りが上回っていた。


 こんなに卑怯でクソッタレなやつは生前に出会ったことがない。


 本当に悪党というやつなのか。



「マコト様」



 その時、エリスが言った。



「訓練で教わったあの作戦で行きます。霊薬はここにありますから」


「大丈夫か? 賭けになるぞ」


「どうやらそれしかないみたいです。逃げることさえ難しいし、このままではロバートさんがどうなるかも分かりません」


「確かにな」


「それに、私はマコト様を信じていますから」



 エリスはにっこり笑って言った。


 訓練でディアナに教わった、相手の間合いに入るための手段のひとつ。それをやるとエリスは言っていた。


 しかし、それはかなりの危険が伴うものだった。


 何せ、失敗したらエリスが死ぬのだ。


 だが、エリスはそれをやると言った。


 なら、守護者として、それに従うのが当然なのだろう。


 もう、手段を選んではいられない。この猛攻では逃げることも難しい。


 人質がどう扱われるかも分かったものじゃない。



「分かった、それで行こう」


「ありがとうございます」



 エリスと俺は言った。


 やることは決まった。あとはうまくこなすだけ。



「くくく、健気だねぇ。教会なんぞのために命までかけて」



 しかし、そんな俺たちにエンリケは言う。



「俺がこのスペクターを現したのもお前と同じ16歳だった」



 そして、エンリケはニヤニヤ笑いながら言った。

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