第27話 昼食と騒乱
「さすがに見つからないな」
「全部で50ヶ所ほどありますからね。簡単には当たらないと思います」
あれから2ヶ所回ったが、そこにあったのは残滓だけ。エンリケ本人には出くわさなかった。
エンリケに遭遇した報告も上がってこない。
朝から始まったエンリケの拘束作戦は昼をとっくに過ぎていた。
それでも、各員は捜索を続けている。
俺たちは南の街外れを探索していた。
「エリス、あまり無理はするなよ」
「あ、ディアナお姉様」
そんな俺たちに声をかけたのはディアナだった。
今は1人なのか。手には紙袋を持っていた。
「昼食だ。少しは腹に入れておけ」
「ありがとうございます!」
ディアナの紙袋の中身はパンだった。一緒にお茶の入ったポットもある。
簡単だが昼食の時間となった。
エリスはすごく嬉しそうだ。
エリスとディアナは通りの脇に行きパンをかじる。
俺は霊薬を飲んだ。エリスとの繋がりを強める霊薬だ。これで少し動きやすくなる。
「かなりの長期戦になりそうですね」
「ああ、しくじった。ドラゴンに動揺した一瞬の隙をつかれた。私の失態だ」
「そ、そんな! あんなものが出たら誰でも動揺すると思います。ディアナお姉様のせいではないですよ」
「だが、あそこでドラゴンの相手をするのはアルメア様に決まっているんだ。なら、私は代わりにエンリケから目を逸らしてはならなかった。私の判断が遅かったんだよ」
あんな怪物が出て、まだディアナはできることがあったんじゃないかと考えているらしい。俺には完全なイレギュラーとしか思えないが。
ディアナはすさまじい責任感のようだ。
エリスはそれ以上なにも言えなかった。
「人質のロバート様は大丈夫でしょうか」
「大丈夫だよ。エンリケは本当に追い詰められる時まで決して人質を手放さないさ。狡猾なやつだからな。ロバートだってやわじゃない。あいつは出世頭だからな」
「それなら良いのですが」
エリスはまだ人質を思っているようだった。優しいやつである。
「それにしても、エンリケと対峙してうまくやったみたいじゃないか。訓練の成果が出ているようで嬉しいぞ」
「ディアナお姉様のおかげです。あの状況でも自分ができることが分かったんですから」
「それは私のおかげというより、訓練を頑張ったエリス自身とマコト様のおかげだ。もっと自分とマコト様を誇らないと」
「そ、そうでしょうか」
エリスは照れていた。
だが、訓練の前なら、あそこでエンリケに手も足も出なかっただろう。
間合いに入ってエンリケと戦えたのは間違いなく訓練の成果だ。
そして、その訓練を乗り越えたのは俺とエリスなのだ。
「お前のこれまでが身を結んでいるんだ。もう、何も後ろめたく思うことはない」
「そ、そんなことは」
「嘘を言うな。お前はずっと、守護者様が現れないことを後ろめたく思っていただろう。言葉には一度も出さなかったが、知っている」
「ディアナお姉様」
エリスは今まで聖女でありながら守護者がいなかった。だから、ずっとそれを負い目に感じていたのだろう。
昨日見た夢のように。
あのあらゆる人から後ろ指を刺されていたあの夢のように。
エリスは本当に苦しかったはずだ。
「エリス、お前はこれから必ず立派な聖女になる。だから、もう昔のことにとらわれる必要はない」
「あ、ありがとうございます。ディアナお姉様」
そのディアナの言葉はエリスに勇気を与えたようだった。
今までの少し疲労を感じられた顔から生気が戻ったような気がする。
こればかりは俺では無理だ。
ずっとエリスと一緒にいて、ずっとエリスの苦しみを見ていたディアナでなくては分からない。言えないことだ。
ディアナとエリスはやはり実の姉妹のようだった。
作戦中だが、2人の間には少しだけ和やかな空気が流れた。
だが、その時だった。
『報告! 報告! 中央広場でモンスターが出現! エンリケが放ったものと思われます!
一般人も巻き添えになっています! 全てに聖女と騎士団員は集結してください!』
「なんだと?」
中央広場でモンスターが出現。ここからなら近い。
ドラゴンの時と同じか。
エンリケはまた撹乱するために影の中に潜めていたモンスターを放ったのだ。
今度は一般人も巻き添えになる。こうしてはいられない。
「ディアナお姉様」
「ああ、確実に囮だろう。この間にエンリケは街を出るつもりだ。だが、私はどうしても行かなくてはならない」
遠くで何かが砕ける音が聞こえる。
もう戦いが始まっているようだ。
ディアナは、教会の最高全力のひとつである彼女は現場に向かわなくてはならない。
そして、それは俺たちも同じはずだった。
だが、エリスが見ていたのは地図だった。
エンリケの波長を反映したマーキングのある地図。
「お姉様。ここにある印。なにかおかしいです。ひとつだけ動いていない」
エリスが指さしたのはひとつのマーキングだった。他の印は一斉に動いている。この騒動に合わせて脱出しようとするエンリケを表すかのように。
だが、その印だけは動いていなかった。
「エリス」
「大丈夫ですディアナお姉様。無理はしません」
「本当に大丈夫か?」
「はい!」
エリスは元気良く答えた。
「分かった。任せるぞ」
そして、ディアナは振り返らずに言った。
それから、
「なんなら、倒してしまっても良いからな」
一度だけこっちに顔を向け、ニヤリと笑ってディアナは言った。
そうして、ディアナはカリギュラのハンマーに打ち上げられてすっ飛んでいってしまった。
残されたのは俺たちだ。
目的地に向かわなくてはならない。
「行くか」
「はい、行きましょう。マコト様」
俺たちは地図の一点、まるで動きがないマーキングのあるポイントに向かった。
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