第21話 城塞都市シュレイグ

「ここがシュレイグか」


「はい、ここが城塞都市シュレイグです」


 夜の帷が降りた頃だった。


 城塞都市シュレイグは高い山脈の麓にあった。他国、主に山脈の向こうのクロイツェン帝国からリスキルを守る役目を持っているらしい。現在戦争は行われてはいないらしいが。


 周囲一帯は高く強固な城壁に守られており、城壁内の街にも要塞としてのやぐらや尖塔が並んでいる。


 そしてその間を縫うように街が広がっていた。



「ここにエンリケがいるんだな」


「はい、この街のどこかに」



 俺たちは城壁の上、兵士が使う屯所の窓から街を見ていた。町あかりが幻想的で美しかった。








 俺たちはシュレイグに入るとまず、城壁内の兵舎の入った。ディアナもアルメアも、今回の任務につく聖女全員だった。


 そして教会騎士団の代表者。


 それらを前にあの司教のじいさんが作戦を説明した。



「予想通り、エンリケはこの街に来ている」



 一昨日、シュレイグの中でエンリケによる強盗事件が起きた。記録された守護者の波長もシュレイグで確認できたので間違いないらしい。


 エンリケは事件を起こしては憲兵や聖女と戦い、その度街を移動して犯罪を行っているらしい。


 そして、どうやらシュレイグを拠点にしているらしく、この周辺で散発的に行動しているのだそうだ。1週間ほど前、別の街で聖女と戦闘になり、そこから逃げてシュレイグに戻ってきているのだろう。


 守護者の能力で隠れ放題逃げ放題。少なくとも一般の憲兵や兵士では捕まえることはできないと言ってもいいほどらしい。



「探索はラキアに任せる。ラキアが場所を特定したなら作戦を開始する」



 ラキアという聖女の守護者は特定の人物の探索に特化した守護者らしい。


 すぐにというわけにはいかないが、2日以内にはこの大きな城塞都市からエンリケの場所を特定できるのだそうだ。


 見つけ次第作戦開始。そういう段取りらしい。


 前衛と後衛に別れ、攻撃型の守護者の聖女と騎士団兵士の前衛と、サポート型の守護者の聖女と魔法使いの後衛。もちろん俺たちは後衛になる。


 いよいよだった。



「いつも通りにこなせばよい。諸君の健闘を祈る。女神の加護を」



 司教は最後にそう言ってミーティングを締めた。








 そして、俺たちは今日に宿泊地になる城壁の上の屯所にいるのだった。


 シュレイグについたのが昼だったので、半日近くここにいたことになる。


 新しい街だというのにエリスはいつもより静かだった。任務に神経を向けているのか。


 今もエリスは窓から街を眺めたままなにも言わなかった。



「あんまり張り詰めると疲れるぞ。適度に力を抜いとかないと」


「え? ふふ、ありがとうございますマコト様。私こんな大きな任務に就くのは初めてで、どういう風に過ごせば良いのか分からないんです」



 エリスは困ったように笑っていた。緊張のしっぱなしでどうやって力を抜くのか、また込めるのかも良く分からないようだ。なんとなく分かる。



「深呼吸深呼吸」


「すぅー、はぁー、すぅー。ふふ、ちょっと楽になった気がします」



 見るからにリップサービスだったが気休めにでもなったなら何よりだ。



「下手すれば明日だろう。もう休んだ方が良いんじゃないのか?」


「そうですよね。それは分かってるんですけど」



 緊張で眠れないのか。



「マコト様。私うまくやれるでしょうか」


「大丈夫だ。そのための訓練だっただろう」


「そうなんですけど。それに配置だって後衛だから戦闘の危険も少ないのは分かってるんですけど。でも、もし目の前にエンリケが現れて、私が先輩達を守れなかったら....」


「大丈夫だ。エリスも俺ももう強い。もしエリスがどうすれば良いか分からなくなっても俺がちゃんと動く。エリスは訓練を思い出して自信を持って動くんだ」


「ふふ、ありがとうございます。マコト様はお優しいですね」


 

 エリスは笑っていた。なんだか眩しい。屈託のない笑顔。32歳のおじさんにはあまりに眩かった。



「あ、ありがとう」



 俺は照れながら腕を組んでそれっぽい感じのポーズで浮いた。



「頑張りましょうね。マコト様」


「ああ、頑張ろう」



 エリスは言った。そして、エリスはそのままベッドに入り、寝息を立て始めた。良かった。緊張は解けたのか。ちゃんと寝れば頭も働く。きっとエリスならこの任務をやり遂げるだろう。


 そして、俺もエリスと一緒に緩やかに眠りに落ちていった。






 そして、夢を見た。


 少女の夢だった。俺は少女になっていたのだ。いわゆるTSだろうか。女になる夢は初めてだからなんだかワクワクする。


 少女は毎日祈っていた。毎日法術の訓練をしていた。


 一生懸命毎日毎日。


 仲間の聖女の後ろには守護者が居る。


 昨日まで一緒に法術の訓練していた友達の後ろにも気付けば守護者がいる。


 ついこの前教会に来たばかりの子供の後ろにも守護者がいる。


 しかし、少女の後ろにはずっと誰もいなかった。


 守護者を表した聖女たちが陰で笑っている。面と向かって罵ってくる教会の人間もいる。


 少女はこっそり、部屋で泣いたりしている。


 この教会において、少女はなんだか仲間はずれのようだった。


 それでも少女は毎日祈っていた。少女は毎日訓練していた。


 ずっとずっと、少女はそうして毎日を生きてきた。


 そんな夢だった。

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