第25話 ガリ切り

 ドローテ・マクシミリアン連合軍は公都に向かって出発する。何のトラブルもなく進んでいき、本日も行軍を終えて夕餉の準備をしていた。

 主食はマクシミリアンの調達した米である。この地域では米は一般的ではなく、最初は見慣れぬものであったが、食べてみればその味に兵士たちは大満足であった。さらには、塩も無尽蔵に調達できるため、普段とは違って味の濃い料理が食べられるため、兵士たちは食事の時間を心待ちにしていたのである。

 マクシミリアンはドローテやジル、バーナーたちと料理を囲んでいた。

 マクシミリアンが特別に調達した牛肉のステーキに、ドローテは笑顔だった。


「よもや行軍中に新鮮な肉が食えるとはな。これを経験してしまっては、もう普通の戦争は出来ぬよ」


 ステーキには塩胡椒もふんだんに使ってあり、公爵家の令嬢であるドローテにしても、気軽に食べられるようなものではなかった。

 これを毎日食べられるのなら、人間であるマクシミリアンを獣人たちが受け入れるのも納得だなと思うドローテであった。


「平和な時代が訪れたら、レストランでも経営しましょうかね」


 マクシミリアンも笑顔でこたえる。


「そうなったら、誰が子爵家を継ぐというのだ?」


 ドローテも笑う。


「選挙で政治家を決めてもいいかなと思います」

「選挙?」

「住民による投票ですね。一番多くの得票を得た者が統治者になります。ただし、四年とか五年の任期を決めて、その時また同じで良いかどうかの審判をうけるような仕組みですね」

「動物が群れのボスを決めるのに似ているな」

「まあ、そんな感じです」


 選挙という制度がないため、マクシミリアンの説明を聞いたドローテは、そういうものなのかと想像した。

 マクシミリアンもそれ以上の詳しい説明はせず、肯定して会話が終わる。

 丁度そのタイミングでケンがやってくる。


「酒が無くなった。追加で調達してもらえるかな」

「ちょっとまっててね」


 マクシミリアンは酒を調達するために妖精を呼び出す。妖精はマクシミリアンに残念そうな貌を見せた。


「革命が成功したらレストランをやりたいなんて欲が無いねえ。そのまま中央にいて指導する立場でいいじゃない。政治局員なんてエリートコースじゃないか」

「いや、政治局がそもそもないんだけど」

「じゃあ、中央委員会かな」

「それもない。だから、書記長も委員長もいないからね」

「随分と勉強したようだね」

「差し入れしてもらった機関誌でね」


 マクシミリアンは妖精から頼んでもいない機関誌を差し入れされており、一応それにも目を通していた。

 なお、昔ながらのガリ版印刷である。


「あの機関誌は、創業社長が作ったはいいけど配る先がなかった奴だからね。誰かの目にとまってよかったよ」

「なにそれ」

「元々いたセクトで下っ端だったから、いつもいつもガリ切りばっかりやらされていてね。いつかは自分で考えた文章で機関誌を執筆したいと思っていたのを実現したものなんだ。ただ、配ると公安の目にとまる可能性があるから、ずっと家で眠らせていたんだよ。会社をつくってそこでこっそり武装闘争のための準備をしているのが台無しになるじゃない」


 機関誌の事実が伝えられると、マクシミリアンは呆れ顔になった。創業社長がわざわざ当時を再現するために、ガリ版印刷で作った、誰も読んでいない機関誌を渡されていたのである。

 日本語恋しさについつい読んでいたが、事実を知って一気に読む気が失せたのだった。


「創業者の同人誌じゃない」

「機関誌って言って欲しいけどね。おっと、お客さんだよ。公安みたいに招かれざる客だけど」


 妖精はマクシミリアンに危機が迫っていることを伝えた。

 マクシミリアンは驚く。


「まさか。ドローテの命令をきかないのがいるっていうの」

「みたいだね。命令系統が違うんだろうね。公爵家もセクトでわかれているから」

「たぶん、セクトって言わないんだろうけど。ありがとう」

「ま、危なくなったらなんでも調達するから言ってね」

「うん」


 そう言うと、マクシミリアンはこちらに戻ってくる。

 ドローテもその招かれざる来訪者に気が付いた。


「何者か」


 誰何した相手は、公爵軍の格好をしていた。が、雰囲気が違っているようで、それに気が付いたのだった。


「軍に完璧に馴染んでいると思ったのですがねえ」

「気配の殺し方が完全に暗殺者だ。軍人ではここまで気配は殺せん。それに、気配を殺しながら私に近づく必要もない」

「なるほど、勉強になりました。次に活かすことにします」


 そう言ってナイフを取り出して構えた。刀身は黒く塗られており、それが毒であると容易に想像できる。


「次などあるものか」


 ドローテが暗殺者を睨むと、暗殺者は笑う。


「剣もろくに握れない腕でどうしようというのですか?いかに剣神といえども、剣が持てないのであれば多少身体能力が高い兵士程度のもの」

「剣神も随分と安く見られたものだな」


 その会話の意図をマクシミリアンは察する。ドローテは暗殺者を倒すだけの力が無い。なので会話で時間を稼いでマクシミリアンたちに対応させるための時間を稼いでいるのだ。

 マクシミリアンは直ぐにまた妖精を呼び出す。


「メチクロが欲しい」


 マクシミリアンがそう言うと、妖精は不思議そうな顔をした。


「トリクレンじゃなくて?」

「前回トリクレンを地面に撒いたのが問題だって言われたからねえ」

「メチクロも特定化学物質だけどね」


 メチクロ、メチレンクロライド(ジクロロメタン)も脱脂目的で使用される有機溶剤であり、地面に撒いたときの環境影響は大きい。そして、目に入ると痛い。

 妖精は呆れながらも言われた通りメチクロを調達して、暗殺者の頭上に届けた。


バシャッ


 暗殺者は液体のメチクロを頭から浴びる。


「目があああ、目があああ」


 メチクロが目に入ったため、暗殺者は激痛に悶える。既に攻撃を出来るような状態ではなく、両手で目を押さえる。


「生け捕りにしろ!」


 ドローテの指示が飛ぶ。

 マクシミリアンとジル、それにケンが注意しながら銃を構えてにじり寄る。なお、今持っている銃は護身用のリボルバーであった。

 すると、暗殺者は持っていたナイフで自分の首を刺した。そして、すぐに動かなくなる。


「死んだ?」


 マクシミリアンはジルを見た。


「わからん」


 ジルはそう言うと倒れている暗殺者の足に向かって弾丸を発射した。

 右太ももに命中するが、暗殺者は動かなかった。撃たれた痛みに堪えて死んだふりを出来るものでもないだろうということで、ジルは死んでいると判断した。


「死んでいるようじゃな」

「だね」


 マクシミリアンも暗殺者が死亡しているのは間違いないだろうと思った。

 ドローテも自死されてしまってはしかたがないと諦めた。そして死体に近寄る。


「触っても問題ないか?」

「いや、ちょっと待ってください」


 ドローテが死体を検分しようとして、マクシミリアンに確認をする。マクシミリアンはメチクロがかかっている暗殺者を素手で触るのはまずいと思い、有機溶剤用の手袋を調達する。分厚いゴムの手袋だ。

 それを妖精に調達するように依頼した。


「有機溶剤用の手袋を」

「はいよ」


 手袋が人数分調達されると、マクシミリアンはそれを配る。


「分厚くて指先がうまく動かせんのう」

「まあ仕方ないですよ」


 マクシミリアンとジルで、うつぶせに倒れている暗殺者を仰向けにした。

 ドローテが顔をよく見ようと触ると、皮膚だと思っていたものがずるりと剥けた。


「クレフか」


 暗殺者は変装したクレフであった。ドローテはクレフの顔を知っており、その正体と目的、依頼主を理解した。


「知っている人?」

「姉貴直属の工作員だ。親父の仇でもある。期せずして仇を討てたわけだな。それにしても、姉貴はどうしても私に死んで欲しいらしい」


 ドローテは不敵に笑う。

 マクシミリアンはかける言葉が見当たらず、しばらく死んだクレフを見下ろしていた。

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