第23話 悪影響
公爵暗殺の真実を知った獣人たちにも動揺が走る。
「単にワータイガーの急進派が公爵を襲ったってだけじゃなかったのか」
「人間嫌いの急進派が人間と手を組むなんてどういうことだよ」
特にワータイガーの五人は動揺が大きい。事の発端であり、なおかつ普段から人間嫌いを言っている急進派が、よりにもよって人間と共闘していたのだ。どんな利害があったにせよ、それは容認されるようなことではないと考えていた。
彼らはティーゲルたちが仕組まれた襲撃の失敗により、捕らえられて暗殺の協力をさせられたということを知らないので、裏切られたという気持ちでいっぱいだった。穏健派といえども、人間のことは嫌いなのである。
そんな動揺からいち早く立ち直ったケンがマクシミリアンに訊ねる。
「俺たちはどうすれば」
「正直なところ、一緒に来て欲しいと思っている。僕だけアウェーになるから不安だよ」
「ふん、わしは最初から一緒にいくつもりじゃわい」
ジルは自分を忘れているんじゃないかと抗議する。
マクシミリアンは苦笑いした。
「交渉する予定が大きく変わったから、そこはみんなの意見を尊重するよ。ここから先については、また参加者を募るからね」
「そういうことなら俺は行くよ。公爵の即位に関わったなら、その後の交渉にも影響があるだろ」
ケンはそう言うと仲間の方を振り向いた。
ワーフォックスだけではなく、ワータイガーの全員が頷く。
「ここまで来たんだ。最後まで一緒に行こうぜ」
「そうだ」
と口々に言う。
「ありがとう。これが人間と亜人の共存の第一歩だ」
マクシミリアンは深々と頭を下げた。
それを見たドローテは感慨深そうに
「ここに共存の事例があったか。カタリナに早く見せてやりたいな」
と呟いた。
こうして、ドローテは公都に引き返す指示を出す。
公爵軍はドローテの指示が出たが、アンシュッツ子爵軍は子爵を失い命令を出す者がいなかった。バーナーは自分たちはどうするのかをマクシミリアンに訊ねる。
「マクシミリアン様、俺たちはどうしたらいいですかね?」
「僕に訊くの」
「ええ。子爵様もルードルフ様もローラント様も、みんないなくなってしまったので、子爵家はマクシミリアン様だけですよ。子爵夫人もおりますが、爵位継承は出来ないですから」
「そうかあ」
マクシミリアンは自分が一番上になった実感がわかなかった。親兄弟が攻めてきたので、それを返り討ちにしなければという気持ちしかなく、その後の事を考えていなかったのである。
バーナーに指摘されて初めてそのことに気づいたのだ。
「公都まで一緒に行ける?」
「準備が整ってないので無理ですね。俺たちは領内だけの軍事行動を想定した物資の準備しかしていないので。公都まで帰るつもりのある公爵軍とは違います」
「じゃあ、物資の量から行ける人員を計算して、少数で行こうか。ドローテ嬢との約束があるから、出来る限り兵力を連れていきたい」
マクシミリアンがそう言うと、ジルが隣から
「お主が物資を調達すれば問題ないわい」
とアドバイスした。マクシミリアンは色々とありすぎて、自分のスキルのことをすっかり忘れていたのである。
「それもそうか。じゃあ、全軍で公都まで行こう」
そのやり取りに、調達を知らないバーナーは不思議そうな顔をした。
「物資は大丈夫なんですか?」
「僕のギフトで得たスキルなら、食料品は問題ないよ。」
「そりゃ凄い。なんで子爵様はこんなマクシミリアン様を追放したんですかね」
「追放されてからスキルの使い方が判明したからね。ま、ちょっとした副作用もあるんだけど」
「副作用ですか。ひょっとして寿命が縮まったり?」
「うーん、色々と危うい発言に寿命が縮まることはあるけど、本当にそうなっているわけじゃないとは思う」
と、マクシミリアンは妖精の顔を思い出す。それがわからないバーナーは不思議そうにマクシミリアンを見ていた。
そこに指示を出し終えたドローテがやってくる。
「すまんな。こんな体だから騎乗することが出来ないし、歩みも遅くなる。本当はもっと早く移動したいのだが」
「ああ、それなら」
とマクシミリアンはエアサス仕様のエルフを調達することを思い付いた。傷に少しでも振動が伝わらないようにするためである。
妖精を呼び出すと、いつものように上機嫌で登場した。
「人間、ドワーフ、ワーフォックス、ワータイガーのブントだね。搾取、貧困、抑圧、服従の絶滅と人間の真の解放を意味する世界共産主義革命を目指そう。これは火の試練だよ」
「ごめん。いつものように意味が解らないよ」
「セクトを越えた同盟っていうことだよ」
「セクトじゃなくて種族だけどね」
どこまでいっても例えが学生運動な妖精に、マクシミリアンは思わず苦笑いした。
「エアサス仕様のエルフが欲しいんだけど」
「わかった営業車としての乗用車もあるけど、未舗装路ならトラックの方がいいね」
「真っ赤に塗装されたやつを調達してくるよ」
「いや、それは公安に止められそうだからいいよ」
「公安はいないけどね」
どちらもずれた感覚での会話が終了し、エアサス仕様のエルフが調達された。
ドローテは突然出現したエルフに驚く。
「いきなりこんな大きな箱が出現するとはな。これは先ほどのものとは違うのか?」
「地面から伝わる振動が少なくなっています」
「これをどこからもって来た?」
「さあ。スキルで持ってきてくれますから」
マクシミリアンがとぼけると、ドローテは笑った。
「そんなことはないだろ。先ほどの本といい、この箱の文字といいこの世界のものとは違う。なのに、お前はそれが読めているのであろう。ということは、これが本来ある世界の情報を知っているということだ」
「あっ」
指摘されてマクシミリアンは気づく。
「お前たちが使っている火を噴く筒も、知っていたのであろう」
「ええ、まあ」
マクシミリアンは隠せないと思い、肯定した。
「やはりな。このギフトがあれば世界を征服出来るのではないか」
「それはどうでしょうね。獣人やドワーフと共存する考えの人間は少ない。武力で押さえつけようとしてもうまくいかないと思いますよ。過去の色々な王国だって民衆の反乱がきっかけで滅んでいますから」
マクシミリアンはドローテの意見を否定した。調達だけで世界征服出来るようなことは無いと思っているのだ。
「確かにな。結局のところ我らがどんなに武力を見せつけたとしても、民に反旗を翻されたらお手上げだ。麦を作るもの無くして、貴族や軍の生活も成り立たん」
「そういうことです。世界を征服するには、このギフトだけでは足りないんですよ」
「では、何が必要だと思う?」
「イデオ、ロギー?」
「何故疑問形なのだ?」
「あはは……」
マクシミリアンの脳裏には一瞬妖精の顔とマルクス主義が浮かんだ。そして、毒されているなあと思ったのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます