第22話 真実
白旗をあげた兵士は二名。それを見つけたケンがバーナーに訊ねる。
「あれは何だ?」
「いや、俺も聞かされてない」
「予定外なのか、それともこういう予定なのかわからんな。コン、もう一度拘束して連れてきてくれ」
ケンはそう指示を出した。
今度の兵士も大人しく連れて来られる。一人は普通の兵士であるが、もう一人は鎧を着ておらず、ところどころに包帯を巻いており、みるからに負傷兵であった。
二人は怪我をしているドローテを見て驚いた。彼らにしてもドローテは特別な存在であり、まさか獣人にやられているとは思っていなかったのだ。
「それで、何の用かな。バーナーの帰りが遅いことを心配したっていう時間じゃないだろう」
「ドローテ様と話がしたいのですが」
マクシミリアンの質問に対して兵士はそうこたえた。
「この場でなら許可をしよう。それが駄目なら許可はしない」
マクシミリアンに言われて負傷兵が少し考えるが、この場での会話を選択した。
「ドローテ様、お話を出来ますでしょうか」
「話だけならな。見ての通りで動くことは出来ない」
「それではお話しさせていただきます。実はわたくしは公爵様の護衛を務めており、公爵様が襲撃された時も護衛をしておりました」
「確かに見たことのある顔だな」
ドローテは兵士の顔に見覚えがあった。しかし、父親直属であり、名前までは知らなかった。
「実はあの襲撃ですが、ワータイガーだけではなく、人間も一緒に加わっておりました。しかも、ゲルタ様の部下であるクレフがです。皆殺しとなりましたが、私だけは奇跡的に一命をとりとめました。おそらくは死亡が確認されたのちに息を吹き返したのかと。通りすがりの商人に助けられ、公都に帰ってみればゲルタ様が公爵を継いだとのこと。公都では通報が出来ないと判断し、この真実をなんとかドローテ様にお伝えしようと思っていたところ、今回の遠征を知って追いかけてきました」
「やはりか」
ドローテは兵士の言うことにやはりと言った。兵士は驚く。
「ご存じでしたか」
「状況からして三人だけではないと思っていた。特務の拷問で犯人が自白する前に三人も死んで、そのことを姉貴に問いただしたのだが、その結果がこの様だ。おそらくは子爵を脅して私を殺させようとしたのであろう」
ドローテは出発前のゲルタとのやり取りを思い出していた。そして、アンシュッツ子爵の行動もゲルタのさし金であろうという結論に達した。
「そういうわけだ。これで私が人質としての価値が無いというのがわかったであろう。私が死んだ方が姉貴は嬉しいんだよ」
ドローテはマクシミリアンを見て、自嘲気味にそう言った。
ケンは予定が狂ったことで、マクシミリアンに次の動きを相談する。
「どうする、マクシミリアン。これじゃあ公爵と交渉もなにもないぞ」
「そうだねえ。ここの兵士たちを帰したら、どうせまた攻めてくるんだろうし」
「全員殺すか?」
「それこそ憎しみの連鎖から抜け出せなくなるよ」
マクシミリアンとケンの会話をきいて、ドローテはおやっと思う。
「戦いたくは無いのか?」
「勿論だよ。この先もずっと殺しあって、その先に何があるっていうのさ」
マクシミリアンの言葉にドローテは黙考する。そして口を開いた。
「手を組まないか?」
「どういうこと?」
「そもそも今回の和平交渉は妹のカタリナが言い出して、親父がそれに賛成したことから始まっている。カタリナは融和路線だ。姉貴はそれが気に入らなくて、カタリナを軟禁状態においた。姉貴を倒してカタリナに公爵家を継がせれば、融和路線をとるだろう」
ドローテは自分の家の事情を説明した。マクシミリアンたちはにわかには信じられなかったが、目の前で起こった出来事から想像するに、公爵家の中も一枚岩というわけではなく、むしろどろどろとしているというのは説得力があった。
「それを信じるとして、手を組んで何をしたらいい?」
「姉貴を討つのに力を貸してほしい。そうすればカタリナを救出して、公爵家を継がせる」
「自分で継ぐ気はないの?」
マクシミリアンはドローテに訊いた。すると、ドローテは鼻で笑う。
「先ほど古傷を見たであろう。私はあの傷で女としての機能を失った。お袋が獣人に殺された時、一緒に殺されかけた時のものだ。そんな私が公爵となっても亜人政策は変わらんよ」
ドローテの傷の経緯を聞いて、マクシミリアンはどう返して良いかわからず黙ってしまった。
「そんな顔をするな。負の連鎖を断ち切るためには、乗り越えなければならないことなど沢山あるのだ。いちいち誰が相手にやられたとかで気に病んでいては、大事を成し遂げることなどできぬぞ」
「そうだったね」
ドローテに言われて、マクシミリアンは改めて決意をする。
「それでいい。しかし、お袋の仇をとるため鍛えたのに、その力を姉貴に向けることになるとはな。この傷を負って剣神のギフトを得た時は、亜人どもに復讐する機会を神が与えてくれたと思っていたのに。つくづく人生などわからんものだな」
ドローテは古傷の付近を手でさする。マクシミリアンはその仕草を見て、こうした悲劇を起こさないような社会にしたいと思ったのだった。
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