第21話 白旗
マクシミリアンは包帯、ガーゼ、消毒液などを調達しようと妖精を呼び出した。
妖精は今回も上機嫌である。
「親を撃った気分はどう?」
「人を殺したのに、罪悪感がほとんどない自分が嫌になるよ」
「これは戦争だからしかたがないよ。時には母親に向かって発砲する時だってあるんだから」
「そんなシチュエーションがあるかわからないけど、僕は今の家族とともに生きる決意をしたからね。生みの母親であっても、家族に危害を加えようとするなら、引き金は引く」
「母親から『お母さんが撃てますか』って訊かれても躊躇しない?」
「たぶんね。既に父親を撃ち殺したんだから、次はもっと気が楽になっていると思う。で、包帯とガーゼ、消毒液が欲しい」
マクシミリアンは本題を切り出した。
「彼女を助けるんだね」
「大切な人質だからね。輸血キットとかもある?」
「流石にそれはないよ。応急処置のやり方が書いてある書籍を調達するくらいかな」
「それがあると助かるよ」
応急処置に必要なものを受け取ると、すぐにドローテの処置にはいる。彼女は意識はあるが抵抗することはなかった。腕も怪我をしているため、マクシミリアンたちで鎧を脱がす。
「剣を抜いたら血が噴き出すよね」
マクシミリアンは刺さったままの剣を見て、ジルにそう訊ねた。
「そうじゃな。刺さった場所にもよるが、あまりにも出血がひどいと死んでしまうわい」
マクシミリアンは妖精に貰った本を読んで、手当の方法を調べる。
そんなマクシミリアンにドローテが弱々しく話しかけた。
「子爵の息子か」
「捨てられましたがね。あまりしゃべらない方がいいですよ」
ドローテはマクシミリアンの忠告を聞かずに会話を続ける。
「殺せ」
「貴重な人質ですから、そういうわけにもいきません」
「私に人質としての価値など無いぞ」
「今はそういう駆け引きをする状況じゃないでしょう」
マクシミリアンはドローテの言うことを駆け引きだと思った。なので、その手にはのらないつもりで会話をする。
「本当だ。子爵が私を殺そうとしたのは姉貴の差し金であろう」
「うっ」
そう言われてマクシミリアンの心が揺らいだ。非常に説得力があるからだ。
「それが嘘か本当か確かめるためにも、治療しますよ」
「そうか。ならば、剣を引き抜いたらすぐに傷口を強く押さえろ。出血が止まったら包帯を巻けばよい。出来れば傷口を洗ってくれ。水が汚いならやらなくていい」
「わかったよ。でも、大丈夫なんですか?」
「剣神のギフトは刃物による傷の耐性がある。ここまで酷い傷は二度目だが、大丈夫だ」
ドローテにそう言われたので、マクシミリアンはその通りにすることにした。
鎧を脱がし終わり、先ずは腕の止血をする。消毒液を使うとドローテの顔が一瞬ゆがんだ。
「っ!」
「消毒液がしみたようですね」
「消毒液?」
「アルコールみたいなもんです。傷口を綺麗にしたんですよ。っていうか、痛みを感じるくらいには冷静何ですね」
マクシミリアンはドローテが痛みを感じたことに驚いた。前世で機械で指を潰した現場に居合わせたことがあるが、怪我した作業者は興奮状態で痛みを感じていなかったという経験があるのだ。
「若いのによくそういうことを知っているな。従軍した経験もなさそうだが」
「本からの知識です」
とっさに誤魔化した。
そうしているうちにも腕に包帯を巻き終わり、今度は背中のほうへと移る。
「服を脱がしますよ」
マクシミリアンは女性の服を脱がすため、許可を求めた。
「恥じらいはない」
ドローテはいちいちそのようなことを訊くマクシミリアンに興味を持った。父親を殺すような人間が、女性の服を脱がすことに許可を求める、その倫理観が不思議だったのである。
ドローテの心のうちなど知らぬマクシミリアンは、許可が下りたので服を脱がした。
そして、あらわになった彼女の腹部を見て驚く。大きな古傷があったのだ。
「うっ」
「いちいち驚くな。手当が終われば話してやる」
ドローテに言われ、マクシミリアンは手当を続ける。刺さった剣を引き抜いて、止血をして消毒して包帯を巻く。誰も気が付かないが、ドローテの額には脂汗が浮かんでいた。やはり彼女もかなり無理をしているのである。
手当が終わったタイミングで、白旗をあげた兵士が集落に近づいてきた。
ケンがそれに気づく。
「白旗をあげた奴が近づいてくるけど。って、この前マクシミリアンと話していた兵士じゃないか」
言われてマクシミリアンも確認すると、それはバーナーであった。
「バーナーか。白旗をあげているし、交渉するつもりなのかな。こちらに連れてきて」
「わかった」
ケンの指示でフーとコンがバーナーのところに行く。
バーナーは丸腰であり、近寄ってくる獣人に恐怖した。
「交渉しに来た。攻撃しないでくれ」
「それはそっちの態度次第だな」
フーがそう言って睨むと、バーナーは縮み上がる。
「見ての通り丸腰だ。マクシミリアン様と交渉させてほしい」
「わかった。ついてこい。ただし、少しでもおかしなそぶりを見せたら、その首を食いちぎるからな」
フーが一瞬虎になって牙をむくと、バーナーは焦ってこくこくと無言で頷いた。
マクシミリアンのところに連れてこられたバーナーは、手当されているドローテを見て、また驚いた。
「ドローテ様と子爵様が戻ってこられないので、こうして私が交渉に来たわけですが、まさか剣神のギフト持ちを捕まえていたとは。子爵様は?」
アンシュッツ子爵の姿が見えないので、バーナーはマクシミリアンに訊ねた。
マクシミリアンは一瞬ためらうが、すぐにわかることだと諦め、正直に殺したことを話した。
「殺したよ。僕じゃなくてドローテ嬢を殺そうとしたところをね」
「あの、理解が追い付かないんですけど。なんで子爵様がドローテ様を殺そうとするんですか」
「それが僕にもわからないんだ。それをこれから訊くところ。で、交渉って何?」
「あの、このままドローテ様と子爵様が戻られない場合、撤退するから追撃しないで欲しいというお願いですね。まあ、状況確認の方がメインですが。それで、マクシミリアン様と面識のある俺が使者に選ばれたわけです。いきなり殺されるようなこともないだろうってね」
「なるほどね。ドローテ嬢がこうして生きているわけだし、彼女の指示に従ったら。でも、彼女は人質だからね」
「剣神のギフトを持った人をよく人質にできましたね」
「それは父が後ろから彼女を襲ったからね。僕たちだけならどうなっていたか」
そういうマクシミリアンであったが、実際ドローテが抵抗できない状態になってくれたからよかったものの、そうでなかった場合にはかなり苦労したであろうと思っていた。
「さて、ドローテ嬢これからどうしますか?」
マクシミリアンに訊かれたドローテは
「この程度で戦うつもりがなくなるとはな。もう一度鍛えなおさねば。降伏だ。しかし、この人数で我らの軍をどう処遇するつもりだ?」
と降伏を宣言しつつも、その後の処置についてをマクシミリアンに訊ねた。
「どうしたものかなあ」
マクシミリアンはそのことを即答できずに考え込む。
そうしていると、また別の白旗をあげた兵士がやって来た。
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