第17話 ドローテ来襲

 アンシュッツ子爵の元にはドローテからの先触れが来ていた。ドローテがアンシュッツ子爵に合流して、ドワーフの討伐を行うために準備をしておくようにというものである。

 アンシュッツ子爵は追い込まれて焦っていた。そして、一人自室で悩む。


「私がドワーフの討伐をして汚名を雪ぐつもりであったが、合同軍では手柄も半減。ましてや、あちらの軍に首をとられでもしたら」


 苛つきから爪を噛んでいると、ドアをノックする音が聞こえた。


「旦那様」

「何か?」

「お客様がお見えです」

「今は軍事作戦のことで忙しい。帰らせろ」

「それが、シュタイアー公爵の使いだというのです」

「公爵の?」


 シュタイアー公爵は現在ゲルタのことを指す。そして、先触れのあったドローテではなく、公爵の使いというのが引っ掛かった。

 ましてや、本当に公爵の使いであった場合、会わずに追い返したとなっては大問題である。これ以上の失態は重ねられないため、アンシュッツ子爵は使者に会うことにした。

 アンシュッツ子爵が目にした使者はクレフであった。クレフはアンシュッツ子爵に汚名を返上できる策をもって来たのである。

 そして、子爵はその策を採用した。

 それからほどなくして、ドローテがアンシュッツ子爵領に到着する。深紅の鎧に身を包んだドローテには危険な香りが漂っていた。何度か公爵家のパーティーで顔をあわせていたアンシュッツ子爵であったが、鎧姿の彼女を見るのは初めてであり、そのむき出しの刀身のような鋭さにやや気圧される。


「子爵、すぐにでも親父の仇を討ちに行きたいのだが」

「お疲れでは?」

「戦場に向かう高揚感から、疲れなど感じぬよ。どうした、準備が出来ておらぬのか?」


 ドローテが子爵を睨む。


「我が軍千名が既に準備を整えております。すぐにでも」

「たかだかドワーフ一人と少数のワーフォックスに、こちらと併せて二千人の軍か。実に良いな。戦いは数だよ、子爵。圧倒的数で押しつぶしてやろうではないか」

「承知。すぐに出ましょう」


 子爵はそう返事をした。

 この時、ドローテは意図的にマクシミリアンのことを指摘しなかった。これから轡を並べて戦う相手に対する、彼女なりの敬意であった。

 彼女の指揮する軍は行軍の疲れを見せず、すぐにワーフォックスの集落攻撃のため、アンシュッツ子爵領軍と共に集落へと出発することになった。

 アンシュッツ子爵の居城から出る際に、ドローテは馬上で剣を抜くと、意気揚々と魔の森の方向へとそれを指した。


「行こうではないか。親父を殺した武器を作ったドワーフの討伐へ。進め!」


 その指示で兵士たちは一斉に歩み始める。


 一方、集落の方も見張りをたてていた。木でやぐらを組んで、その上で双眼鏡で周囲を監視していたのだ。そのため敵がテリトリーに侵入したのをすぐに察知した。

 現在の当番はワーフォックスのペンと、ワータイガーのフーであった。


「大勢の軍隊が向かってくるぞ」


 ペンが双眼鏡を覗きながらそう言うと、隣で同じく双眼鏡を覗いているフーは軍隊が掲げている旗を見て驚いた。


「公爵家の紋章じゃないか!」

「公爵家だって!?」

「ああ、間違いない。公爵が軍を送り込んできやがった。急いで知らせに行かないと」

「そうだな」


 ペンがやぐらに残り、フーがおりて虎へと変身して集落に走る。

 集落に着いたフーは人型に戻ってケンを探す。大声でケンを呼ぶと、ケンはジルの工房から出てきた。マクシミリアンとジルも一緒である。見張りが大声でケンを探すというのは、非常事態であることがわかっているからだ。

 フーは三人の姿を確認すると、人間の軍隊を発見したことを伝えた。


「人間の軍隊がこちらに向かってきている。大勢な」

「ついに来たか」


 ケンは忌々しそうに言う。


「掲げられた軍旗には公爵家のものもあったぜ」


 フーは公爵家の旗があったことも伝えた。その情報に三人はさらに驚く。

 マクシミリアンは焦って早口になった。


「公爵家?軍の規模は?誰が指揮しているの?子爵軍もいる?」

「いっぺんにきかないでくれよ」


 フーはマクシミリアンの勢いに困って、両手を体の前に突き出して制した。


「興奮しすぎじゃな」


 ジルはマクシミリアンを諫めた。

 その甲斐あってか、マクシミリアンは落ち着きを取り戻した。


「じゃあ、まず軍の規模は?」

「公爵軍と子爵軍の比率はわからないけど、併せて二千人はいるんじゃないかな。それくらいの規模だったぜ。あ、でも輜重部隊もいるだろうから、実際の戦闘が出来る兵隊はもう少し少ないはずだ」

「なるほどね。指揮官は?」

「それはわからないが、あれだけの大規模な軍を指揮しているんだから、きっとかなりの地位だと思うぜ」


 フーの予想は当たっていた。指揮官はドローテとアンシュッツ子爵である。公爵家のナンバー2と子爵家の当主である。

 マクシミリアンも兄二人が死亡した今、父親が直接指揮をとっているだろうという予感はしていた。


「公爵の軍の指揮官を人質に取って、うまく交渉することは出来ないかな」


 マクシミリアンがそういうと、ケンとジルは頷いたがフーはそうしなかった。


「人質?相手がもし剣神のドローテだったら、捕まえるなんて無理だろうぜ。勝てるかどうかすら怪しい」

「そんなに強いの?」

「ああ。過去に何度も急進派が戦っているが、虎になったワータイガーをものともしない。そんなのを捕まえるなんて無理だろうな。銃や爆弾で殺すのは出来そうだが。いや、まてよ。あいつなら弾丸も切り裂きそうだな」


 フーは公爵領に近い集落出身のため、ドローテの情報も多い。実際に見たわけではないが、耳に入る情報が多いのだ。


「僕も父に連れられて行った公爵の居城で見たことがあるけど、ドレスを着ていたからそんな雰囲気はなかったなあ」

「まあ、そこは俺も実際に見たわけじゃねえけどな」


 昔を思い出すマクシミリアンに、ケンが訊ねる。


「で、どうするんだ。ペンのところまで行くか、それともペンをこちらに呼ぶか」

「そうだねえ、わなを仕掛ける時間が欲しいから、ペンを呼んで欲しい。それと、非戦闘員は荷物をまとめてエルフで避難させて。食糧やらテントやらは今用意するから」

「わかった」


 マクシミリアンは集落で相手を迎え撃つことにした。

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