第16話 嗅覚
息子二人を失ったアンシュッツ子爵は、戦死の報告と同時にマクシミリアンが生きていて、亜人たちと手を組んでいるということに驚愕していた。
報告をしているバーナーは、いつ怒りの矛先が自分に向かうかとひやひやである。
「ルードルフとローラントを討った亜人たちの中に、マクシミリアンがいたというのか」
「はっ。自分は会話をしたので間違いありません」
「何故、貴様は我が息子たちの仇を討とうとせず、マクシミリアンなどと会話をしていたのだ」
早速子爵の怒りの矛先が向いたことで、バーナーは心の中でため息をついた。
「それは、マクシミリアン様が代官であると主張されたためです。代官解任の命令書を持っておらず、あの場所においてはマクシミリアン様が最上位の階級となるため、私では手が出せませんでした。それに、亜人どもは火を噴く筒を持っており、どういうわけか、筒から火が出るとこちらの兵士が死ぬのです」
銃を知らぬバーナーは、火を噴く鉄の筒をうまく説明できなかった。なので、子爵にも伝わらない。
「工房の作業者であるマクシミリアンにそのような魔法が使えるわけがない。魔の森で発見された古代魔法王国時代のマジックアイテムかなにかであろう」
古代魔法王国とは、かつて存在した魔法文明を極めた王国であった。今でも世界各地の遺跡で探索が行われ、そこから当時つくられたマジックアイテムが発見されている。マジックアイテムに関してはほぼほぼロストテクノロジーであり、当時の技術を再現することは出来ていない。
こうした背景があり、子爵が銃をマジックアイテムであると考えるには十分であった。
「我が家にとって非常にまずい状況となったな。貴様がせめてマクシミリアンとドワーフの首を持ち帰っていれば、最悪の事態は免れたかもしれぬというのに」
子爵はさらにバーナーに八つ当たりをする。
ドワーフの討伐失敗に加え、そのドワーフに協力しているのが息子なのである。このことがゲルタに知れたら、どのような罰を受けるかわかったものではない。最悪、お家取り潰しとなることもある。貴族の家を取り潰しとするのは国王の権限であるが、公爵家が口添えすればよいだけだ。
子爵はアンシュッツ家を守るためにどうすればよいかと、頭を高速で回転させていた。
一方、アンシュッツ領軍がドワーフの討伐に失敗したという情報はシュタイアー公爵家にも伝えられていた。ゲルタとドローテはそのことについて話し合っている。なお、カタリナはいまだ謹慎処分となっており、部屋に軟禁されたままとなっている。
「姉貴、アンシュッツ子爵は例のドワーフを討伐するために、二人の息子を送り込んだが返り討ちにあったそうだな」
「そうだ。しかも子爵の三男が亜人たちに加勢しているというおまけつきだ。どうも、亜人にさらわれて無理やり協力させられているというようなことではないというではないか」
「どういう経緯かわからないけど、それじゃあカタリナが願っていた人間と亜人が手を取り合うって状況が、アンシュッツ子爵領では実現されているってことか」
「そうなるな。これは早めに芽を摘んでおきたい」
ゲルタはそう言うと、鋭い視線でドローテを見た。ドローテはその視線の意味するところを理解する。
「ワータイガーの討伐よりも、そちらを優先するということか」
「そうだ。このことが広まることはなんとしても防ぎたい。でなければ、カタリナのような世迷言を口にするやからが後を絶たない状況となるだろう」
「わかったよ。しかし、カタリナの言うような事が実現されたのも事実だ。ひょっとしたら、将来的には力によって押さえつけることが必要ない時代が来るのかもな」
ドローテの言葉にゲルタは機嫌が悪くなる。表情こそ変わりはないが、妹であるドローテには姉の機嫌を損ねたのがわかった。
「ドローテ、お前もカタリナのようなお花畑な理想を掲げるのか?」
「そうじゃねえよ。ただ、現実を認識しているだけだ。将来のことはわからない。言い過ぎたよ。でも、こうしたことがあったなら、もう一度カタリナと話し合ってもいいんじゃないか。いつまでも今の状態にしておくこともないだろう」
「ドローテ、私を失望させてくれるなよ。父上と母上を殺したのは亜人だぞ」
「わかってるよ」
今度はゲルタがドローテが心の底ではわかっていないということを察知した。このままでは、ドローテはカタリナの主張を支持する予感がしたのである。
「にしても、父上を襲ったのは本当に三人のワータイガーだけだったのか?」
「どういうことだ?」
ゲルタはドローテの質問の意図を訊ねた。
「調書によれば三人で襲撃したとなっているが、矢を撃ち込まれた数が多い。それでもって、三人とも拷問に耐えられず死亡とあるが、自供後も拷問をしていたってことだろう。何かしら裏があるんじゃないかと思いたくもなる」
ドローテはゲルタを見た。ゲルタは眉毛一つ動かさず、その質問にこたえる。
「その通りだ。矢の本数からしてもっと襲撃に加わったものがいたと睨んで、種族や人数を聞き出そうとした結果だよ」
「特務にしてはお粗末だな。三人とも死なせてしまったのでは、情報が聞き出せない。いままでこんなお粗末なことはなかったと思うが」
「特務とて我が領の人間。父上を殺した犯人を捜そうとして、つい熱が入ってしまったのだろうな」
ゲルタの木で鼻を括るような説明に、ドローテはそれ以上は何も聞かなかった。
「それじゃあ出発の準備をするから、これで失礼する」
「期待しているぞ」
ドローテはそう言うと、ゲルタの元をはなれた。
部屋に一人残ったゲルタはクレフを呼ぶ。
「お呼びでしょうか?」
「クレフ、貴様失敗したな」
「何をでございますか?」
クレフはゲルタに失敗と言われたことが、何を指すのかわからなかった。
「妹が父上の死に不審な点を見出した」
「たどり着きそうということでございましょうか?」
そう訊いたクレフだが、頭の中は証拠を隠滅し忘れていないかの確認をしていた。
「今はまだだが、あれは中々に鼻が良い。特務の拷問で三人とも口封じのために殺してしまったのが不味かったな。他の組織犯罪であれば、最低一人は残しておいて、他者への拷問を見せつけて自白させるのが通常だ。それが無ければおかしいと思うだろう。あとは、その違和感を調べる行動力が伴うかどうかだが」
「私をお呼びになったということは、そうなると考えてのことでございましょうか」
「そうだ。父殺しを許してくれるほど寛容ではないだろうな。それに――――」
と言うと、ゲルタは一度言葉を切った。
「何か?」
「カタリナに同調するようなそぶりを見せたのも気に入らん。亜人など根絶やしにすべきだろう。共存する道などどこにもない」
「それは問題でございますな」
「とういうわけだ。ドローテはこれからアンシュッツ子爵領におもむき、武器を密造しているドワーフの討伐をすることになる。クレフ、出来るな」
ゲルタは出来るなとだけ言ったが、クレフはその真意を理解している。
「剣神となるといささか骨が折れますな。ですが、可能でございます」
クレフはドローテの暗殺の命令を受けた。
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