第15話 左折前進

 アンシュッツ領軍は指揮官の二人を失って撤退した。マクシミリアンたちは特にそれを追撃するようなこともなく、自分たちも集落へと帰還する。

 途中で待ち伏せ組と合流したが、ワーフォックスたちは戦果に高揚していた。


「やっぱり銃はすげえな。人間たちの軍と戦ってこちらは被害が無い。人数の差なんて関係ないんだ」


 コンがそう言ったことに対し、皆が頷く。しかし、ケンがそれ以上言うのを止めさせた。兄弟を殺したマクシミリアンを思ってのことである。

 皆がしまったという表情になると、マクシミリアンはその空気を打ち消すように


「あ、気にしてないから。というか、僕をさんざんいじめていた兄弟が死んだとき、少しだけ嬉しかったんだ。血のつながりなんてそんなもんだよ」


 といって笑って見せた。

 コンは自分の失言が取り消されたことに気楽になった。そして、トラックについて話し始める。


「さっきの乗り物すげえな。馬がいらないし、あんなに早いなんて」

「エルフっていう乗り物なんだけど、もし、父がさらに多くの軍勢を送り込んできたら、みんなで逃げるためにもあと何台か調達して、いまのうちから運転を覚えておいてもらおうかな」

「俺たちにも出来るのか?」

「馬に乗るよりかは簡単だと思うよ」


 トラックを運転できると聞いて喜ぶコンだったが、ジルは重たいため息をついた。


「そんな事態が現実になりそうじゃな」


 ケンも深刻な表情で頷いた。


「ちょっと、ワータイガーの集落に行って情報を確認して来る。俺たちは何も知らなかったからな」

「そうじゃの。元凶がわしにあるかもしれんとなると、事の真偽を確認しておきたいわい」

「道具が悪いんじゃなくて、それを使った奴の問題なんだけどなあ。辺境で生きるためには野生生物と戦うための武器が必要なんだから」


 マクシミリアンはそう言って魔の森の方をみた。


「人間にはそんな理屈はとおらんじゃろうな」

「だね」


 マクシミリアンは小さくため息をつく。人間側の事情も亜人側の事情もわかるマクシミリアンとしては、この問題は解決しないことはわかっていた。

 そして、集落へと帰る前に、エルフを貸し倉庫に収納することにして、妖精を呼び出した。

 妖精は上機嫌である。


「家族が目の前で死んでしまい、ご愁傷様だね」

「まったくそのような雰囲気が無いけど」

「それは申し訳ない。が、理念のために血のつながった家族との戦いを乗り越えた君には敬意を払っているんだよ」

「理念?」


 マクシミリアンは特に理念を考えず、目の前に迫った脅威を排除しようとした結果であると思っていた。しかし、妖精はそうではないと言う。


「弾圧された人民と共に戦うことが理念でなくてなんなのさ。これが革命への三里塚だよ」

「そう言われるとそうかもしれないけど、そこは一里塚じゃないの?」

「いいや、三里塚でいいんだよ。地元住民と学生の連帯による高揚感。成田空港の建設を阻止するために戦ったのは、まさしく革命への一里塚となるはずだったんだ。ただ、その連帯が全国には広がらなかったけどね」

「あー、あの三里塚か」


 マクシミリアンは納得した。

 三里塚闘争とは新東京国際空港、いわゆる成田空港の建設に反対するための闘争である。ただし、妖精がいうのは反対同盟が新左翼を受け入れ始めた頃の話であり、その後は分裂して内ゲバへと移っていく。

 その闘争はその後の日本の公共事業に大きな影響を与え、国などが力による反対派の排除を止めるきっかけとなった。

 というのが三里塚の歴史であるが、話が長くなりそうなのでマクシミリアンは話題を変えた。


「集落に戻ったらエルフをもう5台調達したいんだけど」

「お安い御用だ。闘争のためだね」

「いや、逃走だよ。集落にいる子供たちまで巻き込みたくないからね。危なくなったらみんなで逃げるんだ」

「そうか」


 妖精はちょっと残念な気持ちとなった。


「それにしても、エルフが右にも曲がれてよかったよ」

「そんな、国防挺身隊じゃないんだから。ちゃんと後退用にバックギアもあるしね。セクトが違うから」

「いろいろと説明が必要な会話だけど、まあいいか」


 マクシミリアンはいよいよ面倒になったので、会話を打ち切って妖精には帰ってもらった。

 そして、集落に帰るとケンがコンとタンを連れて、ワータイガーの集落に行くことを決めた。彼らを見送るマクシミリアンは、もし次にさらなる大軍が押し寄せたらどうしようかと考えるのであった。


 ワータイガーの集落に到着したケンは、さっそく長との会話にはいる。長は穏健派ではあるが、それでも戦いとなればその暴力は一瞬にして人間の命を奪う。人間側もそれを理解しているので、ワータイガーの集落に対して攻撃をするということは、ここしばらくは無かった。

 なので、ケンの集落とは違って大規模な人数を抱えている。そんな圧倒的な力をもった長を前にして、同じ獣人でありながらも、ケンたちは緊張していた。


「ワータイガーがシュタイアー公爵を討ったという理由で俺たちの集落が攻撃されたんだ。何とか撃退することができたのだが、公爵を討ったなどというのは初耳だ。本当に公爵を討ったのか?」


 ケンの質問に長は頷いた。


「急進派の仕業だ」


 ワータイガーの長は吐き捨てるように言った。それだけで、急進派がどれだけ嫌われているかが簡単にわかる。


「急進派の攻撃については知っていたのか?」

「まさか。知っていたら止めていた。公爵は俺たちと話し合いをするというので、最小限の護衛をつれてこちらに向かっていたのだぞ。それを騙し打ちなどしてしまえば、誇り高きワータイガーの名誉を穢す。それに、また多くの血が流れる。戦うことは怖くは無いが、無理に戦うことも無かろう」


 長はケンの質問にそうこたえた。そして、逆にケンに質問をする。


「ワーフォックスがわずか10人程度で人間の軍隊を撃退したのだろう。どうやって撃退したのだ?」

「俺たちの集落にいる人間が用意してくれた武器を使った」

「どんなに切れ味の鋭い刃物を使おうが、ワーフォックスが少数で人間を撃退出来るはずがなかろう。それに、人間がどうしてお前らの味方をする」


 この時、長は切れ味の鋭い剣を想像していた。銃の存在を知らないため、強い武器というのがそれだったのである。


「刃物じゃない。飛び道具だ。あとな、その人間、マクシミリアンって言うんだが、あいつは俺たちの仲間だ。家族と言ってもいい。あいつは俺たちのために攻めてきた自分の兄二人を殺したんだ。領主の子供だけど、俺たちの仲間なんだよ」

「飛び道具だと。人間だって弓矢をもって来たであろう。人数で劣るお前らが、それに撃ち勝ったというのか。ましてや、領主の子供が獣人の味方など」

「だが、それが事実だ」

「にわかには信じられんな。しかし、それがあるなら人間の領地へ逆に侵攻出来るではないか」

「その人間がそれを望んでいないからなあ」


 逆侵攻についてはケンたちも考えたが、マクシミリアンが乗り気ではなかった。その理由として、少ない人数で攻めたところで、戦闘に勝利したところで統治が出来ないからである。ならば、相手が攻めてきた時だけ戦えばよいと判断したのである。

 ケンたちは統治については考えていなかったので、なるほどと頷いて逆侵攻については言わなくなったのだ。


「やはり根っこは人間なのだよ」


 そうした事情を理解していない長は、マクシミリアンが人間であるからだと結論付けた。

 ケンは言い返したかったが、この議論は水平になりそうなのでそれを止めた。


「しかし、ここの集落は公爵の軍が攻めてこなかったのか?」

「ああ。俺たちも当然警戒しているんだが、今のところ動きはないな」


 ワータイガーの集落が攻められていない理由は、公爵軍の準備が整っていないことにあった。領内は公爵の仇をとるべく、獣人滅ぼすべしという論調が高まっていたが、屈強なワータイガーと戦うための準備が出来ていなかったのである。

 これは、ゲルタがあらかじめ準備をしていれば、用意周到すぎるという風に思われるので、そうしなかったのである。そして、いざ準備をしていたら各地で獣人憎しという気持ちから、人間と獣人の間で小競り合いが頻発してしまい、治安維持のために兵士を割く羽目になったのである。

 そんな事情が集落まで伝わってこないため、長も攻めてこないのが不思議だと思っているのだ。

 情報の交換が終わって、ケンは天井を見た。


「困ったな。ジルの作った武器が公爵襲撃に使われたのは間違いないってことだよな。あんたらや他の獣人に今後も武器を渡してやりたいが、人間側はその供給源を絶とうと必死になるよな。となると、狙われるのは俺たちだ」

「それはこちらにも落ち度がある。集落から若者を数人そちらに貸し出そう。遠慮なく使ってくれ。それから、他の種族にも今からでも情報を伝えよう。人間による攻撃がどこに向かうかわからんからな」


 こうして、ワータイガーの集落から五名ほど、ワーフォックスの集落へと兵隊が送り込まれた。

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