第14話 居場所
ジルが助手席に乗り込むと、ケンや他のワーフォックスたちも乗りたいと言い出した。
「相手の近くにマクシミリアンとジルだけを送り込むわけにはいかない」
「そうだ。俺達も連れて行ってくれ」
マクシミリアンはその申し出に困った顔をした。運転席はまだよいが、大人数を荷台に乗せるとなると、相手の飛び道具でやられる危険性がある。そして、トラックから振り落とされる可能性もあるのだ。
「危ないよ」
「それは承知している。だが、マクシミリアンが敵の前に飛び出せば、俺達が相手の存在を察知している事がばれるじゃないか。それなら、そのまま攻撃したほうがいいだろう」
「それもそうか」
相手を待ち構えるのではなく、信長の桶狭間の戦いのように、こちらから奇襲するという作戦も悪くない。ましてや、こちらは銃と爆弾で武装しているが、相手はそんな兵器を見たことがないのだ。
相手が対処できないうちに叩き潰すのも悪くない手だなとマクシミリアンは考えた。
ロープを追加で調達し、トラックと体の両方を繋いで落下防止とした。それでも荷台に乗るのは5人だけ。残りは狙撃班としてこの場所に残る。マクシミリアン達が攻撃を開始して、敵の注意がそちらに向いたら、援護射撃を行う事とした。
「まあ、それも相手が敵対するならだけどね」
とマクシミリアンが念を押すが、他の誰もが亜人狩りだと思っていた。
かくしてトラックの準備ができると、マクシミリアンはアクセルを踏んだ。なお、オートマチック車なのでクラッチはない。
「おお、動いとる!」
ジルはこれから戦いに行くというのを忘れて、子供のようにトラックの動きにはしゃいだ。
「道が悪いからこんな速度だけど、道がよければ馬の最高速よりもはやい速度で、燃料がなくなるまで走っていられるからね」
「そうなったら馬なんぞいらんな」
「たしかにこれが普及したら馬車の多くは廃業だね」
助手席の楽しそうなジルとは対照的に、荷台のワーフォックスたちは風を切って走るトラックに恐怖していた。
「ケン、馬もいないのにこんな速度で走っているんだけど、こいつは鉄の塊なんかじゃなくて、何かのモンスターじゃないのか?」
「コン、俺もそうじゃないかと思っていたところだ。なんか唸っているしな」
ケンが唸っていると思ったのはエンジン音である。ワーフォックスたちはトラックが何らかの生物で、突如自分達に襲いかかってくるのではないかとビクビクしていた。
そんなトラックが相手に近寄ると、先頭で馬に乗っているのが、ルードルフとローラントであることがわかった。
「馬に乗っているのは僕の二人の兄だね」
と言うマクシミリアンの横顔を見たジルは、視線をトラックの前方に戻す。
「家族とは戦えんか?」
「いや、今ここが僕の居場所だから、そこを害するのは誰だろうと戦うよ。それに、向こうに対して良い思い出も無いしね」
「わしも家族とは色々あったから、その気持ちはわからんでもないの」
二人がそんな会話をしている時、相手からもまた二人を視認出来ていた。
ルードルフとローラントはほぼ同時にジルに気づく。
「なんだ、あのものすごい速度で近づいて来るのは?」
「よくわからないけど、マクシミリアンとドワーフが中にいるのは見えた」
「あのドワーフを先にやった方が次期当主だな」
ルードルフはそう言うと剣を抜いた。ローラントは笑いながら弓を準備する。距離があるだけに、剣よりも弓矢の方が先に攻撃できるからだ。
射手のギフトがあることを、この時ほどありがたいと思ったことは無かった。
「もらった!」
ローラントはそう言って矢を放つ。
しかし、彼の人生のなかでトラックを射たことなど無かった。射程ギリギリで山なりの軌道で飛んだ矢は天井の鉄板により弾かれる。
マクシミリアンは矢による攻撃で、ひょっとしたら戦わなくても良いかという期待が消し飛んだ。
「ケン、話し合いでどうにか出来る雰囲気じゃない!撃って!」
マクシミリアンの指示に、ワーフォックスたちは待ってましたとばかりに銃のセイフティーを解除する。
「遠慮なくぶっ放すぜ!」
荷台から身を乗り出して射撃を開始する。相手は矢がやっと届くくらいであるが、こちらは十分に有効射程である。ただ、走るトラックの荷台からの射撃では、狙った所に弾が飛んでいかなかった。ルードルフとローラントを通過し、後ろの兵士に当たる。
その発射音を聞いた待機組は、戦闘が開始したことを知る。
「よし、あの馬上の奴を狙うぞ」
「じゃあ、俺は弓を持っている方な」
狙撃縦のスコープがルードルフとローラントをそれぞれとらえた。二人は馬が発射音に驚いていうことをきかないので、それをなだめるのに必死であった。そんな二人を狙撃銃から発射された弾丸が撃ちぬいた。
二人の顔から血が飛び散ったと思った次の瞬間、握っていた手綱をはなして地面に落下する。
銃というものを見たことがないアンシュッツ領軍は、何が起こったか理解できなかった。が、地面で動かなくなった二人を見て、どうやら殺されたらしいという事だけはわかったのだった。
そこにマクシミリアンの運転するトラックが到着する。
兄二人が倒れているのを見ても、マクシミリアンには後悔は無かった。むしろ、今までのいじめの体験からせいせいする気持ちであった。
「僕はマクシミリアン・アンシュッツ。父から代官に任ぜられてここを統治している。そこに軍勢を引き連れて侵入し、攻撃してくるとは何事か!」
マクシミリアンは窓を開けてそう叫んだ。
アンシュッツ領軍は既に戦う気力のあるものはおらず、ただ、敵にマクシミリアンがいたことで少しは話ができそうだと考えたのだった。
「失礼いたしました。マクシミリアン様。私はルードルフ様の副官であるバーナーと申します。実は、シュタイアー公爵がワータイガーの一味に襲撃され死亡いたしまして、その襲撃に使われた武器というのが、ここのワーフォックスの集落に住むドワーフが作ったものだという情報があったのです」
「シュタイアー公爵が!?」
マクシミリアンはその情報に驚いた。この地域の貴族のボスであるシュタイアー公爵がワータイガーに殺されたとなれば、それは一大事である。そして、その際に使用された武器がジルの作ったものであるというのは、ついこの前ワータイガー達が集落を訪れていたことから容易に想像出来た。
「それで、子爵様はお二人のお子様にそのドワーフを討ち取った方に家督を譲ると申されまして」
「事情は理解できたが、僕には一言も連絡が無かったが」
「マクシミリアン様が生きているとは思っておりませんから」
「まあ、当然か。しかし、公爵を殺してしまったとなっては全面戦争だね」
その言葉にケンたちは息をのんだ。これから人間による亜人狩りが一層激しくなることがわかったからだ。
「公爵領ではすでに多数の獣人が特務に連行されたそうです」
「特務!それじゃあやってないことまで喋らされちゃうじゃない」
「それについては私に発言する権利はありませんので」
特務の仕事についてバーナーは伝聞でしか知らないので、ここで語ることはしなかった。しかし、特務の悪評はジルも知っており、険しい顔になる。
「公爵殺しで特務まで動いているとなると、今回マクシミリアンの兄二人を殺したわしらも絶対にターゲットじゃな」
「それでなくてもジルは武器を作って渡した容疑がかけられているからねえ」
「わしが集落から出ていけばよいか?」
ちらりとバーナーの方を見た。ジルが集落から姿を消したという情報を持ち帰れという意味の視線を送る。
バーナーはその意味を理解して、首をゆっくりと横にふった。
「無理でしょうな。集落の連中を捕まえて、どこに行ったかを吐かせると思いますよ」
「手遅れじゃな」
「困ったねえ」
マクシミリアンもよい解決方法が見当たらず、眉間にしわを作った。
「とりあえず今日のところはかえってくれないかな」
「指揮官が戦死したんですから、そうさせてもらいますよ。子爵様から何を言われるかと思うと、帰りたくはないですが」
「僕のことも報告するよね?」
「当然です」
「ここでのスローライフを気に入ってたんだけど、代官を解任されちゃうかな」
「解任だけでは済まんでしょうな」
「だよねえ」
マクシミリアンは自身の生活が大きく変わる予感がしていた。そして、その通り状況は大きく変わっていくことになる。
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