第13話 容疑者

【前書き】

この物語はフィクションです。実在する人物・団体などとは関係がありません。


【本文】

 アンシュッツ子爵はゲルタから受け取った情報に驚愕していた。自分の領地にいる亜人が作った武器で公爵が暗殺されたかもしれないという失態に、どうやってこれを挽回すればよいかと思案を巡らせる。

 そして一つの結論に至った。


「ルードルフとローラントに亜人の集落討伐の命令をくだすか。そして、武器を作ったというドワーフの首を取ったほうに家督を譲り、私が隠居をしてけじめをつけよう」


 アンシュッツ子爵は自分の領地から武器が密輸されていたのを見逃した責任をとり、息子に家督を譲って隠居しようと決断したのだった。

 そうと決めると早速二人の息子をよんだ。


「およびと聞いてうかがいました」

「よく来てくれたな。お前らもシュタイアー公爵が亜人の襲撃を受けて命を奪われた事件は聞いていると思うが、実はその連中が使っていた武器が我が領で生産されたものだった可能性が高いのだ」

「まことでございますか」


 二人の息子は驚く。


「魔の森の周辺に小さなワーフォックスの集落があり、そこにドワーフも住み着いているらしい。そして、そのドワーフが武器を作っては亜人どもに配っているというのだ」


 魔の森周辺という情報にルードルフはおやっと思った。


「父上、魔の森周辺ということは、マクシミリアンを追放した地域の近くではないでしょうか」

「うむ。偶然ではあるがそうなった」

「まさか、奴が関わっているという可能性は?」

「可能性は限りなく低いだろうな。あやつのギフトでは今頃なんらかの動物のフンとなっているであろう」

「そうでございますね。兄上はちと心配が過ぎるところがありますな」


 ローラントは馬鹿にするような目でルードルフを見た。常に自分が何とかして家督を相続しようと狙っており、父親の前で兄の事を下げるような真似は日常茶飯事であった。


「うるさい!俺だって生きている可能性は殆どないと思っている。だが、奴が万が一にも関わっていた場合、我が家の立場が危うくなるではないか」


 そして、この三人の会話からわかる通り、マクシミリアンの生きている可能性については、限りなくゼロに近いと思われていた。いや、可能性はないと考えていたというのが正しい表現だ。


「言い争うのは止めろ。二人のうち先にドワーフの首をとったものを、次のアンシュッツ家の当主とする」


 アンシュッツ子爵の発言に二人は再び驚く。


「兄である私が継ぐべきではございませんか」

「まことでございますか」


 と二人は同時に発言した。


「今回の武器密輸の不祥事、私が責任をとるしかないだろう。ドワーフの討伐が終わったところで引退する。出発時間もなにも指示はしないから、お前らの力量をみせてみよ」


 この言葉に、二人は慌てて部屋を出ていった。出発が相手よりも遅れれば、それだけ不利になる。二人とも、自分こそが次期当主であると考えており、負けるわけにはいかなかった。

 それぞれが直ぐにいままで任されていた領軍の部隊を率いて、情報のあったワーフォックスの集落へと向かう。

 何も知らないマクシミリアンたちは、特に警戒することもなく、いつものように鍛冶をしたり、銃を使って狩猟をしたりしていた。

 本来であれば、ルードルフやローラントは奇襲をすればよかったのだが、最初から少数の亜人であると侮って、特別な作戦もなく正面から対峙することを選んだ。

 彼らが普段目にしている亜人というのは、生きる気力を失ったような奴隷ばかりであり、ギフトを持つ自分達が苦戦するなどとは想像が出来なかったのである。

 当然ながら、そんな彼らの軍勢は直ぐに察知されることとなった。


「マクシミリアン、人間の軍隊がこちらに向かってきているが、知り合いか?」


 とケンは慌てて工房に飛び込んできた。


「知り合いかどうかはわからないけど、僕に用がある人はいないと思うよ」

「じゃあ、敵ってことでいいんだな」

「そうだね。それにしてもどうしてこの集落に向かってきているんだろうね。ひょっとして魔の森にある貴重な資源を狙っているだけで、偶然こちらに来てしまったということだろうかねえ」

「言われてみりゃあそうかもしれねえなあ。この集落が狙いってわけでもないかもしれない」

「ちょっと、僕も行こう」


 マクシミリアンはそういって、ジルの手伝いを止めることにした。すると、ジルも作業を止めると言い出した。


「ワシもいくぞい。戦力は多い方がええじゃろう」

「それもそうか。じゃあ、子供たちは家から出ないようにね。アッシュ、みんなが出ないように見張っていてね」


 マクシミリアンはそういうと、アッシュの頭に手を置いた。

 アッシュは恥ずかしそうに眼をそらす。


「わかった。怪我すんなよ」

「約束するよ」


 こうしてマクシミリアンとジルは子供たちを残して、ケンに案内されて人間を待ち伏せ出来る場所まで移動した。

 そこには既に武装して双眼鏡を持った集落の大人たちがいた。


「ケン、敵は大体500人くらいだな。馬に乗っているのは二人だけ。どっちが偉いかわかんねえよ」


 と、ワーフォックスのタンが偵察した情報を教えてくれる。

 マクシミリアンはその馬に乗っている人物を見てみたかった。ここは曲がりなりにもアンシュッツ子爵領であるため、そこにいる軍隊であれば知っている者かもしれないと思ったのだ。


「ちょっと見てくるかな」

「見てくるって、見つかったら逃げ切れねえだろう」


 ケンはマクシミリアンが何を言い出すのかと呆れた。


「そうでもないよ。車を調達して行ってくる。車っていうのはとても早い鉄で出来た馬車だと思ってくれたらしい。しかも、馬が必要ないんだ」

「なにやらそそられる説明じゃな」


 ジルがマクシミリアンの説明に食いついた。


「ちょっと待っていてね」


 マクシミリアンはそういうと妖精を呼び出した。

 妖精はどこか興奮した様子である。


「会社の納品で使っていたトラックのエルフが欲しいんだけど」

「お安い御用だ。なんというか、バリ封を思い出すねえ」

「バリ封?」


 聞きなれぬ言葉に、マクシミリアンは聞き返した。


「バリケード封鎖の略だよ。かつて全国の大学で学生による自治を求めて行われたんだ。ストライキとあわせてバリストなんて言ったりもしたよ」

「あ、うちのじいさんも言ってたな。大学に学生運動の連中が来るからってんで、運動部の連中を動員して、大学を封鎖していたって」

「へえ、どこの大学だったのかい?」

「日常的に違法薬物を摂取していたアメフト部のあった大学だよ」

「長いなあ。略して日大でいいじゃない」

「それだと勘違いする人がでるじゃないか」

「この略しかたで勘違いする奴が日本に何人いるんだよ」


 妖精の正論に、マクシミリアンはしぶしぶその略称を認めた。


「じいさんは日大の土木だったんだけど、卒業研究のことで大学に行ったら、後に脱税で逮捕されたあの理事長が、当時は校門を守っていたんだ。それで、その彼が『ここには学生運動の奴らが来て危ないから帰った方がいい。大学は俺たちが守る』っていうもんだから、『頑張れよ』って応援して、校内に入らず帰ったんだ。そうしたら、ゼミのドアに卒業研究の発表会場として大学が使えないので、静岡でやるっていう張り紙があったんだけど、読めなかったんだよ。それで、なにもしなくても卒業だって思っていたら、研究未発表であわや留年ってところまでいったんだよ。教授に頭を下げてなんとか卒業できたけど、もう少しで決まっていた就職もぱあになるところだったんだ。あの理事長の逮捕のニュースを見ていたとき、今でもこいつは許せねえって言っててねえ」

「闘争に参加すれば、就職なんて気にしなくて良かったのに」

「いや、それはどうかと。でもね、そのゼミの一人は、卒業後にあの福島第一原発の建築に携わる職場に就職したんだ。ゼミの同期の奴があんな低いところに原発を建てて、津波は大丈夫なのか?と訊いたところ、土砂の運搬を考えたらあそこが効率がいいんだ。原発が稼働する高々30年の間だけ津波が来なければそれでいいんだよって言ったんだけど、結果はあの通り。もし、あの時卒業できていなければ、震災後に後悔と懺悔しながら生きていくことも無かったんだよね。人間万事塞翁が馬だね」

「つまり、学生運動と反原発の精神なら、悩むこともなかったって言うことだね」

「それはどうかと」


 妖精の極端な結論に、マクシミリアンは苦笑いするしかなかった。


「まあ、あのバリ封に大学の自治以外の政治的思想を持ち込んだ辺りから、学生運動はノンポリからの支持を得られなくなったように感じたよ。そして、より先鋭化していくしかなくなったんだと思う」

「随分と客観的に見てるね」


 マクシミリアンは妖精の分析が客観的だったので驚いた。今までの妖精の主張からは考えられなかったのだ。


「そりゃあ、僕だって総括はするさ」

「総括ってあの内々ゲバのこと?」

「どうにもあの事件から、世間では総括というとそのイメージが強いけど、元々はひとつの闘争が終わったときにしていたものなんだよ。闘争の結果を総括して次の闘争に活かすためにね」

「で、総括の結果が今の意見だと」

「そう。民意のついてこない革命など、長続きはしないからね。いかにして人民の支持を得られるかという視点が必要だという結論に至ったんだ。まあ、今となってはその総括も活かせる機会が無くなったけどね。おっと、おしゃべりが過ぎたようだ。エルフを調達するよ。燃料はサービスで満タンにしておくから。集落の周囲にバリケードを築いて籠城するもよし。桶狭間のようにこちらから奇襲するもよし。健闘を祈るよ」

「相手の狙いはこちらで間違いないか」

「そうだね。僕があの時代に機動隊と出来なかったゲバルト。君ならどうするか、見せてもらうよ」


 マクシミリアンは妖精の言動に違和感を覚えつつも、それを圧し殺して調達してもらったエルフの運転席に乗り込む。

 突如出現したトラックに、ジルやワーフォックスたちは驚いた。ジルは窓越しに話しかける。


「なんじゃそれは?」


 ジルがマクシミリアンに訊ねる。


「言ったやつだよ。馬の要らない馬車。エルフっていう名前なんだけど」

「確かに言うとったの。見るからに鉄の塊じゃが、これをエルフと呼んだら本物のエルフが憤死するわい」

「お仕事繁栄のマスコットなんだけどねぇ。本物が鉄が嫌いで憤死したら、繁栄どころか滅亡だね」


 お仕事繁栄のマスコットとは、エルフ発売当初のキャッチコピーである。このキャッチコピーと共にエルフのイラストが添えられているのだが、当然耳は長くはない。


「で、こいつをどうするんじゃ?」

「近寄って確認してみるよ。まあ、話し合いは通用しないんだろうけど」

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