第12話 暗殺
シュタイアー公爵は馬車でワータイガーの集落へと向かっていた。話し合いをするためである。公爵が出向いているのは、ワータイガーの方が話し合いが罠である可能性を考えて、公爵の招待に難色を示したからであった。
そうした事情があるため、公爵の護衛も最小限にしており、物々しい軍隊で向かうということはしなかったのである。
さて、時は少し遡る。
ジルが作った剣を手にしたワータイガーの急進派、つまりは人間との闘争積極派たちは、奴隷となっている仲間の解放のためにテロを実行しようとしていた。
ジルはそのために道具を渡したのではない。魔の森周辺に住んでいる獣人たちにとって、森から出てくる野生生物は危険なので、それを撃退するために渡したのだ。
しかし、受け取った側はそれを野生生物ではなく人間に向けることにした。その急進派の三人、ティーゲル、トラ、オウコはシュタイアー公爵領の地方都市に狙いを定めていた。そこで、都市で活動する獣人の手引きにより、奴隷を扱っている商人の店を襲撃する計画だった。
三人とも、ワータイガーということで体格はよい。
商人とその護衛という身分を偽装して、武器を持って都市に入った。三人程度なので特に警戒されるようなことは無かったのだ。
人通りの少ない場所に差し掛かった時、ティーゲルは他の二人に小声で話す。
「この先に奴隷商の店舗がある。中に突入したら店主を捕まえて人質に取り、奴隷と一緒に町から出るぞ」
「その計画で大丈夫なのか?」
トラは大雑把な作戦に不安を覚えた。
「奴隷商は有力者だって話だ。人質としての価値は十分にあるってことよ」
ティーゲルはにやりと笑った。事前に都市の中にいる獣人からの情報は得ている。だからこその計画であった。
そして、いよいよ目的の商店に到着する。
「いくぞ」
「おう」
三人は剣を抜いて店内に突入した。
すると、上から網がふってきて身動きが取れなくなる。
「何だこれは!?」
ティーゲルが叫ぶ。
「計画が漏れていたんだ」
オウコが泣きながらそう叫んだ。
周囲はどこかに隠れていた兵士たちが出てきて、取り囲まれている。
身動きの取れない網の中で、槍を突き付けられた三人は苦しい状況に立たされていた。
兵士の中から一人の小男が出てくる。クレフであった。彼は小さな獣人の女の子クビにナイフを突き立てている。
「獣に変身してくれるなよ。この子の喉を切り裂くくらいの時間はあるからな」
そういって三人を牽制した。
事のからくりは、三人に情報を流した獣人が公爵側の二重スパイであり、襲撃の情報が事前に流れていたというわけである。
クレフがこうした襲撃の鎮圧に加わるというのは本来の仕事ではない。目的は人間を襲ったという獣人が欲しかったのである。兵士たちも全てクレフの用意した人間であり、町の治安を維持している衛兵ではない。
「それにしても随分と良い武器をお持ちだ。どこで手に入れたか、吐いてもらいましょうか」
クレフの指示で兵士たちは三人を捕縛し、いずこかへと連れ去った。
そして、時間は戻り公爵の乗った馬車に矢が撃ち込まれた。周囲は背の高い草が生い茂り、護衛の兵士たちは射手を目視することは出来なかった。
「敵襲!」
護衛の兵士が大声をあげる。
「まさか、獣人の待ち伏せか!」
護衛の隊長の視線の先には、ティーゲルの姿があった。剣を握って馬車の方を見ている。
隊長はティーゲルに問う。
「和平を台無しにするつもりか!」
「うるせぇ!今更人間と仲良しこよしなんてわけにはいかねえだろうが!」
ティーゲルは言い返した。
急進派であるティーゲルの偽らざる本音であった。そして、ティーゲルが馬車に向かって走り出す。それに合わせて周囲の繁みから複数の者が出現し、護衛の兵士たちに襲い掛かる。それは獣人ではなく人間だった。
ゲルタに指示を受けたクレフによる公爵暗殺計画だったのである。
「獣人だけではなく人間もいるのか。貴様らどこの組織の者だ!」
そう問われても、襲撃者は誰一人答えない。
今回ティーゲルが人間と一緒に公爵を襲撃したのは、ティーゲルは仲間を人質にとられており、拒否する選択肢はなかったからだ。それに、元々は人間との融和に反対する急進派であるので、公爵を討つことに反対は無かったのである。襲撃を提示されて悩むことなく引き受けたのだった。
公爵の護衛はトップエリートであり、数では劣勢であったがよくもちこたえていた。しかし、徐々にその数を削られていき、馬車の周囲にくぎ付けにされた。そこに矢が射られてさらに数を減らしていった。
隊長は獅子奮迅の働きで襲撃者を撃退しており、公爵に凶刃は届いていない。
最後の一手まで行かないことを確認し、クレフはティーゲルに指示を出した。
「やれ」
その指示でティーゲルは虎に変身する。巨大な虎となったティーゲルは、その鋭い爪で隊長を攻撃した。
「ぐぉっ」
激痛により、隊長の口から声が出る。
ティーゲルの一撃は受けを許さなかった。受けた腕の骨を折り、剣を手離す。そして、隙ができたその一瞬を見逃さず、次の一撃を顔面に放つ。
隊長の顔に大きな爪痕が刻まれた。そして、地面に前のめりに倒れる。大きな障害が無くなったことで、馬車のドアが開かれ、公爵が引きずり出された。
クレフが目でティーゲルに合図をすると、ティーゲルはその牙で公爵の首を食いちぎった。
これでクレフの目的は達成した。公爵の遺体は誰が見ても獣にやられたものであり、隊長についても同様だった。あとは襲撃者で死亡した者の遺体を隠せば、獣人からの襲撃だったと勘違いさせられる。
あとはこの現場を衛兵に発見させるだけであったが、それについても商人を装った仲間が、公爵の馬車が襲撃を受けていたという目撃情報を伝えることになっていた。
そして、その目的もすぐに達成されることになるのであった。
そして、シュタイアー公爵の三人の娘は父の死を知らされることになる。
ゲルタはドローテとカタリナを前に融和政策の無意味さを主張する。
「父上は話し合いという融和政策を目指して、待ち伏せという卑怯な手段で命を落とすことになった。亜人どもへの甘い顔は無意味であることがこれでわかっただろう」
「御姉様、犯人は捕まったのですか?」
納得のいかないカタリナが訊ねた。ゲルタはゆっくりと頷く。
「いや。しかし、爪や牙による攻撃の痕跡があり、尚且つ刃物や矢が使われていたと報告があった。ならば、獣に変身できる亜人が襲撃したと考えるのが当然だろう。野生動物が道具を使うはずがない」
ドローテは怒りをあらわにした。
「姉貴、一刻も早く犯人を捕まえて、親父の墓前に報告しないと」
「そうだな。現在衛兵に加えて特務も動員している」
特務とは特別高等警察のようなものであり、反体制的亜人取り締まりを任務とした治安維持機関である。
「特務のてにかかれば、どんな亜人も口をわるだろうな」
ドローテは満足そうに頷く。
だが、カタリナは違った。
「特務の拷問は冤罪を生むのではないでしょうか」
「相手は卑怯にも父上を騙し討ちした亜人だ。拷問無しに真実は掴めんよ」
ゲルタはカタリナを睨んだ。
「でも…………」
「くどいぞ。カタリナ、貴様には謹慎を申し付ける」
ゲルタはそういうと警備の兵士を呼び、カタリナの身を拘束させた。
その後、ドローテも退室してゲルタだけになる。そこでゲルタはクレフを呼んだ。
「お呼びでしょうか」
「うむ。父を殺した亜人が持っていた武器の出所はわかったか?」
「はい。アンシュッツ子爵領にある亜人の集落にいるドワーフが作ったそうです」
「そうか。では、アンシュッツ子爵にその情報を伝え、駆除させるとしようか。それで、あれはどうなった?」
あれとはティーゲル、トラ、オウコのことである。事情を知っている亜人はゲルタのアキレス腱であった。
「既に処分しております」
「そうか。ご苦労だったな。これで、やっと権力を手に入れることができた。これからは私の理想とする政治ができる」
そういうと、ゲルタは部屋に掲げられている母の肖像画へと目をやった。
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