第11話 階級
「ミーチャ」
「おるなら返事をせい」
三人はさらに森の奥へと進んだ。
すると、狼の咆哮が聞こえてくる。
「フォレストウルフの咆哮だな」
ケンが険しい顔で言う。
「フォレストウルフって?」
マクシミリアンはフォレストウルフについて訊ねた。
「群れで狩りをする狼だ。魔の森にいるやつはとにかくでかい。というか、普通の狼はフォレストウルフがいると勝負にならないから、別の場所に移動するんだ。奴らがこれだけ啼いているということは、獲物を見つけたのかもしれないな」
「ミーチャじゃなければよいがの」
「見に行くしかないか」
フォレストウルフが普通の狼よりも強いことはわかった。出来れば避けて通りたかったが、獲物がミーチャの可能性もあるとなると、それもかなわない。
不幸にもフォレストウルフにロックオンされた獲物を確認するため、三人は咆哮が聞こえてくる方向へと進んでいった。
進んだ先では、複数のフォレストウルフが木を囲んで、その上部に向かって吠えていた。ケンが説明したとおり、普通の狼の倍くらいの体格をしていた。
「ミーチャじゃな」
ジルが小声で話す。
木の上の枝につかまっているミーチャが見えた。フォレストウルフは木登りが出来ないので、ミーチャは無事であった。しかし、降りることもできずに震えているだけだった。
「あのでかいのに銃が効くと思う?」
「まあ何とかなるじゃろう。いや、まてよ。一番でかいのはちいと厳しかもしれんの」
ジルが見る先にはひときわ大きな個体がいた。
「あれが群れのボスだな」
とケンが教えてくれる。
そんな会話をしているうちにも、フォレストウルフのボスの指示で、群れのものたちが木に体当たりをはじめた。
木が激しく揺れて、今にもミーチャが落ちそうになる。
「厳しいとか言ってられる状況じゃないな」
マクシミリアンは覚悟を決めると、フォレストウルフに向かって銃を構えて引き金を引いた。
発射音が周囲にこだますると、何匹かのフォレストウルフが地面に倒れた。そして、倒れなかったものたちが、マクシミリアンたちの方向を向く。
「こっちじゃ。こっちに来い」
ジルも相手の注意をミーチャからこちらに向けるために、大きな声を出しながら引き金を引く。
仲間がバタバタと倒れる状況を見て、ボスがひときわ大きな声で吠えた。
すると、ジグザクに走りながらフォレストウルフたちがマクシミリアンの方に向かってくる。
が、それらは全て弾丸の前に動かなくなった。
「今年の冬は毛皮には困らんの」
向かってくるフォレストウルフがいなくなったところで、ジルは笑いながらそう言った。
「あれが見逃してくれたらだけどな。冬を迎える前にやつの腹の中におさまる可能性もある」
ケンがそう言った。ケンは迫ってくるフォレストウルフを迎撃したあと、ボスにも銃弾を撃ち込んだ。しかし、当たったにもかかわらず、ダメージを受けた様子が無い。
相手の攻撃が効かないとわかったボスは、低い声でうなりながら牙をむいて威嚇してくる。
「ねえ、これってひょっとして非常にまずい状況?」
「そうじゃな。もっと強い武器はあるかの?」
「爆弾ならあるけど」
「奴に当てるのが困難じゃな」
マクシミリアンとジルの会話を聞いて、ケンは何かを決意した。
「もとはといえば俺の息子が原因だ。俺が爆弾を持って奴に突撃する」
「だめだよ。全員が無事で帰らないと」
ケンの提案にマクシミリアンは反対した。ミーチャも大切だが、ケンも大切なのである。そして、ミーチャのためにケンが命を落としたとなれば、子供たちは本当に集落にいられなくなるだろう。それくらい立場が悪くなることは容易に想像できた。まあ、それがなくとも知っている人間が命を落とすようなことはさせたくなかったのだ。
そんな会話をしていたら、攻撃が効かないことを理解したボスが突進してきた。
「まずいぞい」
「閃いた!」
ジルの叫びとマクシミリアンの歓喜の声が同時にあがる。
マクシミリアンは妖精を呼び出した。
「トリクレンを調達する。届け先はあのボスの頭の上に」
「お、中々えぐいことを考えつくねえ。公安にぶっかけてやりたかったよ」
「脱脂目的なんだけどね」
妖精は嬉々としてトリクレンを準備した。
トリクレンとはトリクロロエチレンという有機塩素化合物である。脱脂能力に優れており、粘度の高い油も簡単に脱脂してくれる。ただし、発がん性が確認されて使用には多くの制限がかかるようになった。
これが眼球にはいると物凄く痛い。目をあけているのが困難になり、水で洗い流してもしばらくは痛みが消えないのだ。
それがボスにかかる。いかに強靭な肉体を持っていようとも、眼球を鍛えることは出来ない。ましてや、打撃ではない。その痛みにたまらずもんどりうってたおれた。そして、前足で目のあたりをこする。
「いまだ!」
マクシミリアンがそういうと、ケンはキツネへと姿を変えた。そして、マクシミリアンが鉄パイプ爆弾の導火線に火をつけると、それを加えてボスのところへと走る。
苦しみから大きく口を開けて叫んでいるボス。その口へと鉄パイプ爆弾を突っ込んだ。そして素早く離脱する。
ドンッ
鈍い音がして、ボスの首が吹っ飛んだ。辺りに血と肉が飛び散る。
「ISO14001がこの世界になくて良かったね」
妖精がマクシミリアンに微笑んだ。
「ISO14001がなくても、法律で土壌への流出は禁止されているよ」
「日本政府が作った法律なんて無効だよ。それに、人々が良識があれば法律なんていらないんだ。僕はそういう世界を目指したい」
「あ、ごめん。ミーチャが待っているから」
マクシミリアンは妖精の話が、また面倒な方向に行く気配を察知して、ミーチャを言い訳に会話を打ち切った。
周囲が安全になったことで、ミーチャは降りてきた。
「駄目じゃないか。森に入ったりしちゃ」
「だって、マーからもらった大切なものだったから」
ミーチャは泣きながら言い訳した。マクシミリアンはそれを見ると、強くしかることも出来ずに、優しくミーチャの頭を撫でた。
「次からは相談してからにしようか」
「うん」
ミーチャは頷いた。
「まあ、無事でよかったわい。怪我の功名とでもいうか、毛皮も沢山手に入ったしの」
ジルはマクシミリアンとミーチャの会話が終わったのを確認してから、そう言ってフォレストウルフの回収をマクシミリアンに依頼した。一旦貸し倉庫に入れて、集落に持って帰ってから毛皮をはぎ取る予定なのだ。
その後、集落に帰ってからケンの息子であるバンと、彼と一緒になってミーチャたちをいじめていた子供たちは謝罪をした。
マクシミリアンはフォレストウルフを貸し倉庫から出すために妖精を呼び出す。
「全く、人間というのは愚かしい。過酷な環境で助け合っていかなければならないのに、そのような状況でさえ、自分より格下の者をつくっていじめようとする。魂に階級や選民思想が刻まれているんだろうね。やはりそれを無くすための階級闘争と、平等な世界が必要なんだよ」
妖精は集落の人々を呆れながら評した。
「どうだろうね。今回は闘争なんかなしに和解できたじゃないか。必ずしも暴力が必要なわけじゃないよ」
「それは君が暴力の権化だからこうなっただけだよ。押さえつけるような力が無ければ、選民思想が幅を利かせるだけだ」
「共産主義国で秘密警察が必要だったようにかい?」
「あれは共産主義の名を借りた独裁国家だからだよ。真に平等な市民社会には、秘密警察なんて必要ないんだ」
これ以上会話すると、妖精の機嫌を損ねそうなので、マクシミリアンはフォレストウルフを出してもらうと、妖精には帰ってもらったのだった。
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