第10話 魔の森へ

 ある日、マクシミリアンとジルが工房で作業をしていると、アッシュが血相を変えて飛び込んできた。


「ミーチャが森の奥まで行きやがった。一緒に行こうとしたジーナを捕まえているうちに、ミーチャだけで行っちゃったんだ」

「森の奥に。まだ、どうして」


 マクシミリアンはアッシュに訊ねた。


「バンたちに鍵を取られて隠されたんだよ。で、どこに隠したかって聞いたら森の中だって言うから、それを探しに行ったんだ」

「あんな安い鍵、また調達すればいいだけなんだがなあ」


 鍵とはマクシミリアンが数字の勉強のために調達した、ダイヤル式のワイヤーロック

のことである。

 百均でも売っているようなものだ。この世界の文字とは違うので変換表を作ってはあるが、十進法が主流なのは共通なので、十分に勉強になるのだ。


「探しに行かないとまずいな」

「わしもいこう」


 マクシミリアンとジルが森に行こうとしていると、工房にケンが入ってきた。


「申し訳ない。息子のバンがやらかしたそうで。パメラから話を聞いて、問い詰めたら森に鍵を隠したと白状した。申し訳ない。これから森にミーチャを探しに行こうと思う」

「それなら僕たちも今から行こうと思っていたんだ」


 そういうと、マクシミリアンは貸し倉庫から銃を取り出そうとして妖精を呼ぶ。

 妖精はどこか誇らしげな様子で登場した。


「銃を三人分貸し倉庫から出してほしい」

「お安い御用さ。君がプチブル的日和見主義で、子供を見捨てて危険な森に行かないことが無くて嬉しいよ」

「プチブル的日和見主義がなんだかわからないけど、失望されなかったならよかったよ」

「そうか、この言葉にも説明が必要か。プチブルとは小ブルジョワの略で、資本家階級と労働者階級の間に位置する下位中産階級のことだよ。まあ、彼らに恨みも無いがそこに日和見主義とつくことで、他のセクトの軟弱な精神を批判する意味を持つんだよ」

「一生使いそうにない知識をありがとう」


 マクシミリアンは礼(?)を言うと、三人分の自動小銃を受け取った。

 それをジルとケンに手渡す。ジルはその時、マクシミリアンの疲れた表情に気づいた。


「スキルを使うと魔力を消費するが、随分と疲れるようじゃの」

「ん、ああこれは魔力の消費とは関係ないんだけどね」


 とマクシミリアンは愛想笑いを浮かべた。

 どうせ、説明してもわかってもらえないだろうしという諦めがそこにはあった。工場の妖精の面倒さをどうやっても伝えられる気がしなかったのである。

 アッシュとジーナが不安そうに大人たちを見た。


「ミーチャ見つかる?」

「大丈夫、見つけて連れて帰ってくるよ」


 マクシミリアンはジーナに微笑んだ。

 大人三人が工房を出ると、丁度帰ってきたパメラと鉢合わせになる。


「パメラ、ミーチャを見つけに行ってくるから」

「わかった。あっちの方に行ったみたい」


 パメラはアッシュから聞いていた方向を指さす。そこで三人は、慌てていてミーチャが向かった方向を聞き忘れていたことに気づいた。慌てていたので、そのことを確認し忘れたのだ。

 マクシミリアンはそのことをおくびにも出さず、パメラに礼を言った。


「ありがとう」

「必ず連れてきてね」

「任せて」


 パメラとの会話が終わると、森を目指した。

 ジルがマクシミリアンに訊ねる。


「どうやって探すつもりじゃ?」

「銃を空に向かって撃てば、音が聞こえるんじゃないかな」

「その音に森の凶悪な生物が寄ってくるかもしれんがの」

「そうなれば、ミーチャの身は安全になるじゃない」

「それもそうじゃな」


 ジルはマクシミリアンの回答を聞いて豪快に笑う。

 臆病な動物は音を聞いて逃げるが、どう猛な動物はむしろ餌があると思って寄ってくる。それが魔の森なのである。


 三人は森に入るとミーチャの名前を呼びながら、空に向かって銃を撃ちながら歩く。


「ミーチャ」

「おるなら返事をせい」


 森の中は背の高い草は無く、視界を遮るのは木の幹である。枝葉は頭よりも高いところにあるため、肉食動物の不意打ちをくらう可能性は低い。

 が、なにせ動きが素早いので、それでも安心は出来ない。相手はいつだって食事の時間であり、皿に乗せる料理を探しているのだ。

 しばらく進むとニシキヘビのような大きな蛇がとぐろを巻いていた。


「ジャイアントマンバじゃな」


 ジルが教えてくれる。


「子供を呑み込んだような腹の膨れ方はしてないな。というか、腹を空かせていて、俺たちを喰う気満々だ」


 ケンは相手の様子を観察して、そう結論を出した。

 それを聞いたマクシミリアンは、躊躇うことなく引き金を引いた。先手必勝である。発射の反動で銃が暴れて、数発は的を外したが、当たった分が致命傷となった。それでも、しばらくはのたうち回っているが、やがて動かなくなった。


「さて、進もうか」


 マクシミリアンがそう言うと、ジルとケンは名残惜しそうにジャイアントマンバを見た。


「こいつの肉はうまいし、皮は高級素材なんじゃが」

「放置していけば、他の動物に食われちまうなあ」


 それを聞いたマクシミリアンは貸し倉庫に収納することを提案した。


「じゃあ、僕が貸し倉庫にしまっておこうか」


 そう言って妖精を呼び出す。


「これを倉庫に」


 そう言うと、妖精はどこか上の空で返事をした。


「うん」


 いつもと違う様子に、マクシミリアンはその訳を訊ねた。


「なんか、心ここにあらずって感じだけど、何かあった?」

「ちょっと昔を思い出してね」

「昔?」

「そう。大学生だったベトナム戦争当時、戦死したアメリカ兵を横浜で受け入れて、手足をくっつけるアルバイトをしていたんだ。土葬するのに体に四肢をつけるっていうね。当時一体一万円の高級なバイトだったんだけど、その時ベトナムの人民を弾圧する米帝に怒りを覚えていたんだけど、死んだアメリカ兵を見て、彼らもまた弾圧された人民だと気づいたんだ。そして、戦争は絶対にやってはいけないという気持ちが芽生えた」


 ベトナム戦争真っ只中の1970年の大卒初任給は約四万円である。学生のバイトとしてはかなり割の良いものであった。

 さて、そんな妖精の話にマクシミリアンは違和感を覚えた。


「妖精さん、大学生だったって何?」

「あ、ごめんごめん。つい他人の記憶が自分のものであると混同してしまったよ」

「そうだよね。妖精が入学できる大学なんてないものね。ところで、戦争は絶対にやってはいけないというのと、暴力革命を進めるのは矛盾しない?」


 マクシミリアンの質問に妖精の口調が強くなった。


「矛盾はしない。力によって抑圧するブルジョワジーに対しては、力で対抗するしかないのだ。非暴力主義などは退廃的な資本主義に毒されたプチブル的日和見主義者や敗北主義者のたわごとだよ」


 話が長くなりそうなので、マクシミリアンはジャイアントマンバを倉庫にしまうと、ミーチャの捜索に戻ることにした。

 まだ喋り足りない妖精は不満そうだったが、役目が終わったので妖精界に戻ったのだった。



【後書き】

まあまあ実話

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