第5話 猪突猛進

 ジルがマクシミリアンのところに斧を二挺持ってきた。


「会心の出来じゃ」

「どれどれ」


 マクシミリアンはジルから斧を受け取ると、その出来栄えを確認した。


「やっぱり、職人が丹精込めて作ったものは、出来がいいんだね」


 マクシミリアンに褒められて、ジルはまんざらでもない。


「二つとも全く同じ出来じゃぞ」

「そんなことはないよ。世の中全く同じものが出来るなんて、ほとんどないんだから」


 マクシミリアンのその一言で、ジルは不機嫌になった。


「ワシの作品が気に入らんのか?」

「気に入る、気に入らないの話じゃないよ」

「どう見ても同じじゃろうが」

「そこまで言うのなら」


 そう言うと、マクシミリアンはデジタルマイクロメーターを調達した。それを使って二挺の斧を各々測定し、そのデータをジルの目の前で比較してみせることにした。


「なんじゃそれは?」

「マイクロメーターっていう測定器でね、こいつなら0.0001ミリ、0.1㎛まで測定できるんだよ。ほら、同じといいながらも、0.007ミリの違いがあるじゃない。試料が二個しかないからバラツキがわからないけど、ものによってはこれは同じだとは言えないんだよね」

「そんな細かい数字を測ってどうするつもりじゃ」

「斧みたいな道具なら必要ないのはわかっているよ。でもね、世の中にはもっと精度が必要な状況ってのがあるんだよね」


 高精密、微細な寸法を測定する道具があるというのは、それを必要としている人がいるということである。21世紀の地球では0.1㎛の精度が必要とされているのだ。


「そいつをわしにくれんか?」

「別にいいけど、どうするの?」

「同じ寸法の物が出来るように研鑽を積む。どんなドワーフだって10,000分の1ミリなんて精度で物を作れるようになったことは無いはずじゃ。わしがそれに一番乗りしようと思うてな」


 マクシミリアンが見せた数値が、ジルの職人魂に火をつけたのだった。手作業でその精度が出るとは思えなかったが、ジルの心意気に感動してマイクロメーターを渡すことにした。


「みんな焼き入れしているんだろうけど、焼き入れ後の寸法の変化はコントロール出来ないから、仕上げで寸法を揃えることになるんだろうね」

「そこは腕でカバーじゃよ」


 そんな会話をしていたら、集落の方から大声が聞こえた。


「ジャイアントボアが出たぞ!」


 大声で叫んでいるのはケンだった。

 ジャイアントボアとは大きな猪である。体重は平均で200キロ程度であり、獣人が動物の姿に変身しても、その突進を止めるのは難しい。ましてや、ケンたちはキツネである。ゾウやカバみたいな大型の動物ではない。普通のイノシシ程度ならなんとかなるが、その倍はあろうかというジャイアントボアでは勝負にならないのだ。


「こんなところまでジャイアントボアが来るとは驚きじゃわい」


 そう言うジルにマクシミリアンは訊ねた。


「滅多にないことなの?」

「初めてじゃな。森の中で果実を採集するときでも、出会うことなど中々無いわい」

「助けに行かないと。この斧で戦えば勝てるんじゃない?」

「まき割り用の斧じゃあ、やつの体を傷つけるには、ちいとばかり足りんわ」


 バトルアックスならまだしも、まき割り用の斧では筋肉で守られたジャイアントボアに致命傷を与えるのは難しい。


「こんなことなら、何か武器になるものを調達しておけばよかったか」


 マクシミリアンは後悔しつつも、ケンの声の方へと走り出す。ジルもついてきた。

 すると、すぐに黒く大きなジャイアントボアの姿が目に入ってくる。


「でかっ!」


 マクシミリアンは前世で見たイノシシよりも遥かに大きいジャイアントボアの姿に驚いた。

 その声にジャイアントボアが反応し、マクシミリアンと目が合った。


「まずいの。なんかこっちに来そうな気配じゃ」


 ジルがそう言うと同時に、ジャイアントボアが二人に向かって走ってきた。

 猪突猛進といわれるように、一直線にものすごい勢いで突っ込んでくる。


「何か止められるものを」


 マクシミリアンは調達のスキルで、工場の妖精を呼び出す。


「重たいものなら、鉄の塊の定盤かトラックがあるよ」

「じゃあ、定盤で。一番大きいやつをお願い」


 すると、1000ミリ×2000ミリの定盤が出現した。高さも500ミリあり、その重量はおよそ7800キロである。

 突如として目の前にそんな重量物が出たところで、ジャイアントボアは急停止出来るわけもなく、そのまま鉄の定盤にぶつかった。頭を強く打ったことで、ジャイアントボアはそのまま動かなくなる。

 ジルはジャイアントボアには目もくれず、突如として出現した平たい鉄の塊に興味深々だった。


「随分と平じゃな。そして、直角も綺麗じゃ」

「平らなことが求められるものですからね」


 定盤とは製品をその上に置いて測定することや、ケガキ、組み立てに使う。そのため綺麗な平面であることが要求されているのだ。キサゲという技術で職人の手により凹凸を除去する高級品もある。今目の前にあるのがまさしくそれだ。


「ジャイアントボアがぶつかって曲がっちまったところもあるが、これをワシにくれんか?」

「どうするの?」

「工房で使いたい。悔しいが、ここまでなだらかな平面を作るのは難しい」


 ジルの申し出に対し、マクシミリアンは定盤をもう一つ調達することにした。


「これを置く台を作らないとね」

「それもそうじゃな」

「定盤を水平に置くために、足元の高さを調整できる仕組みが必要だし、それもこっちで調達しておくよ」


 定盤を単に床に置くだけでは、折角の平面も傾いてしまう。なので、水平を調整できる仕組みが必要になるのだ。

 二人がそんな会話をしていると、ケンたちがやってきた。


「助かったよ。しかし、でかい鉄の塊だな」

「これくらいじゃないと止められないと思ってね」

「それもそうか。ところで、このジャイアントボアは食ってもいいか?」

「勿論。でも、解体するのが大変じゃない?」


 集落は基本的に道具は石か木で出来ている。縄文人と変わらないのだ。イノシシの解体も石包丁ですることになる。


「ご馳走を目の前に、労力は惜しまない」

「そういうことじゃなくて、金属の刃物を調達しようかっていう話だよ。でも、ジルが包丁を作るって言うかな?」


 マクシミリアンがジルの方を見ると、ジルは首を横に振った。


「間に合わんじゃろ。早いところ血抜きしてやらんとな」

「それじゃあ僕が調達するよ」


 そういうと、マクシミリアンはノコギリや包丁を調達した。ジャイアントボアの肉の味はイノシシと変わらない。大きな収穫に集落は沸いた。

 その中で、マクシミリアンだけは次に似たようなことがあった場合に備えて、野生動物と戦うための武器が必要だなと冷静に考えていた。

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