第4話 朝餉

 翌日、マクシミリアンは目を覚ますと、そこはジルの小屋だった。まだ温かい時期とはいえ、床に直に寝ると硬くて体が痛くなりそうなので、寝る前に布団を調達していたのを思い出す。会社の仮眠室には布団もあったので、調達は可能だったのだ。

 ジルの姿は見えなかったが、子供たちが自分と一緒に川の字になって寝ていた。彼らを起こさないように、静かに起き上がって小屋の外に出てみると、ジルがまき割りをしていた。

 マクシミリアンは彼に挨拶をする。


「おはよう。昨日あれだけ飲んでいたのに、朝からよく動けるね」

「ドワーフにとって、酒は水と変わらんよ。あの程度の量で次の日動けなくなるようなやわな体はしとらんわい」


 そう言ってにかっと笑う。

 マクシミリアンはその酒豪ぶりに呆れた。


「あれ、それは石斧じゃない」


 まき割りをしているジルが持っているのは石斧だった。


「昨日説明したじゃろう。鉄が手にはいらんのじゃ」

「ああ、そういえばそうだったね」


 マクシミリアンはそう言うと、まき割り用の斧を調達する。


「ほら、これを使ってよ」


 マクシミリアンが斧を手渡すと、ジルはその出来を確認した。


「作りが甘いのう」

「機械による大量生産品だろうからね。ドワーフの職人が丹精込めて作ったものとは比較にならないよ」

「機械による大量生産?」


 マクシミリアンはついうっかり、前世の知識で言ってしまったことを後悔した。

 どうやって取り繕うか考えて、全て妖精の知識ということにした。


「調達するのは妖精がやってくれるから、その知識だよ。こうした製品を機械を使って大量に作っているらしい」

「機械とはなんじゃ?」

「うーん、イメージとしては水車を使って粉を引く臼みたいなものかな。人の力を使わずに動くものだよ」

「そんなもので、ここまでのものが作れるのか。これじゃあ、半端もんの職人は廃業しちまうわい」


 名品ではないにしても、使う分には問題ない出来栄えであり、ジルの目から見ても十分に金が取れるものであった。そして、それは半端な職人が作ったものよりもはるかに出来が良い。


「そうじゃ、昨日の話で鉄も調達できるんじゃろう。自分で作ってみたいのじゃが」

「ああ、そうだったね」


 マクシミリアンはジルに急かされて、調達のスキルを使う。目の前に工場の妖精が出現した。


「鉄が欲しいんだけど」

「鉄っていっても色々とあるけど、どんな鉄がいいんだい?銑鉄、鋳鉄、隕鉄、それともSS400なのか決めてくれないと」

「そう言われてもねえ」


 その時、マクシミリアンは前世で鉄は鉄としか呼んでいなかったことに気づいた。本来は多種多様なものがあり、用途に応じて選ばなければならなかったのである。今までは会社の技術の担当者が決めてくれていたので、あまりそうしたことを気にしなくても良かったのだが、今こうして選ばなければならない立場になり、どれを選べばよいのかわからなかった。


「SS400ってなんか良さそうだから、それにしたい」

「わかった。重量は?」

「100キロくらいあればいいかな。一度に多く調達しておけば、魔力の節約にもなるしね」

「オッケー。じゃあ、目の前に出すね」


 こうしてマクシミリアンとジルの目の前に100キロのSS400が出現した。

 SS400とは一般構造用圧延鋼材であり、炭素含有量が0.2%程度までしかない。そもそも炭素の含有量については規定はないのだが、炭素量が少なすぎて熱処理が出来ない。それがSS400の特徴である。

 ジルは目の前に出現した鉄を触った。そして顔をしかめる。


「柔らかすぎじゃな」

「柔らかい?鉄だよ」


 マクシミリアンはジルの言う柔らかいという意味が理解できなかった。鉄は金属であり、とても硬い。豆腐やウレタンとは違うのだ。


「不純物が少ないんじゃよ。だから、とんでもない高度な技術で作られているのはわかる。じゃが、これを使って斧を作ったら、柔らかくてすぐに駄目になるじゃろうな」

「そういうことか。じゃあ別の奴を調達するよ」

「こいつはどうするんじゃ?」

「倉庫に仕舞っておく」


 マクシミリアンは間違って調達したSS400を貸し倉庫に仕舞うつもりだった。しかし、それをジルが止める。


「いやいや、こんな鉄は初めてじゃ。使わせてくれんか」

「かまわないよ。じゃあ、このままにしておくね」


 そうして、マクシミリアンは銑鉄をあらためて調達した。


「これでいいかな?」


 ジルは目の前に出現した銑鉄を確認し、頷いてみせた。

 そんなことをしていると、子供たちも起きたらしく、小屋の外に顔を見せた。

 ワーライオンの少女、ジーナがマクシミリアンに駆け寄ってくる。


「マー、いなくなっちゃったから心配した」


 ジーナはマクシミリアンという名前が長いので、マーと呼んでいる。他の子供たちもだ。集落の大人たちは皆名前が短い。ジル、ケン、コン、サン、タンなどだ。だから、マクシミリアンという長い名前を呼び慣れておらず、昨日からマーと呼んでいるのだ。

 ジーナは起きたらマクシミリアンがいないので、心配になって飛び出してきたというわけだ。昨日の酒宴でマクシミリアンが集落の人々の胃袋をがっちり掴んで、既に仲間として受け入れられた証拠でもある。

 ワータイガーの少年、アッシュがジーナの髪の毛を乱暴に撫でた。


「ほら、マーはどこにも行かねえって言ったろう」

「うん。だけど、居なかったから」


 ジーナは両手でアッシュの手を頭から遠のけた。

 パメラとミーチャはそんな二人を見て笑っている。


「ごめん、ジルの姿が見えなかったから外に探しに出たんだけど、そのまま話し込んじゃって。朝ごはんにしようか」

「うん」


 マクシミリアンは自分とジル、四人の子供の分のパンを調達し、朝食をとるために小屋に戻った。

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