第3話 とりあえずビール
宴会でわかったことは、この集落には10家族とジルが住んでいる。10家族はワーフォックスといわれる亜人であり、狐の亜人たちであった。それと、ジルとそこの子供たち。
ジルのところの子供たちはドワーフではない。ワーフォックスでもない種族であった。
年齢順にワータイガーの男の子アッシュ、ワーキャットの女の子パメラ、ワーウルフの男の子ミーチャ、ワーライオンの女の子ジーナである。
四人は孤児であり、ジルが面倒をみていた。亜人達の集落は魔の森の周辺に点在しており、それは人間による迫害から逃げてきた結果であった。その逃げる最中に親とはぐれたのがこの四人であった。
ジルは亜人たちの依頼で道具を作っているので、他の種族がよく訪ねてくる。そして、そのなかで孤児の話が出て、ジルが引き取ったというわけだ。
なお、獣人たちは魔力を使って、動物の姿になることが出来、その間はさらに身体能力が強化される。それでも武装して軍団で攻めてくる人間には勝てなかった。
例えるなら、サッカーで一人だけとびぬけて優秀なFWがいたとしても、組織的なサッカーをしてくる相手には勝てないようなものである。獣人たちは個々の能力に自信を持っており、連携をとるようなことは苦手だったため、人間にしてやられたのである。一部、群れで狩りをするような獣人もいるのだが、こちらも人間の数の暴力に屈していた。
そんな訳ありな集落であったが、この時ばかりは笑顔で肉を口にしていた。
「すまなかった。勘違いで縄で縛ったのに、こんなに肉や酒を提供してもらって。塩も俺たちにとっては貴重品だ」
マクシミリアンを縛った獣人が頭を下げた。
「いや、今までの経緯を考えたら当然の事だから、仕方ないよ。えっと」
マクシミリアンは相手の名前を呼ぼうと思ったが、まだ聞いていないことを思い出した。
「俺はケンだ。一応この集落の族長をしている。一応というのは、この中で戦って決めたわけじゃないからだ」
獣人たちの多くは族長を決めるのは戦いである。強いものが群れを率いるという本能から来ている。命からがら逃げてきた彼らは、そんなことをして族長を決めるだけの気力が無かったのだ。
「ケン、普段はどんなものを食べていたの?」
「主に森で取れる果実だな。他には鳥が時々。道具もないから、中々捕まえられないんだ。まあ、虫なんかも簡単に捕まえられるから、よく食うな」
「ドワーフのジルがいるじゃない。道具は作ってくれないの?」
そういうと、日本酒の一升瓶を持ったジルが近寄ってきた。
「ここにはそもそも鉄が無い。魔の森に一攫千金の夢を見て足を踏み入れた冒険者の亡骸でも見つければ、そいつらの装備を持ってくる者もおるが、それ以外には人間から奪うくらいしかないからの」
「じゃあ、鉄があれば道具を作れるの?」
「勿論じゃよ」
そういってジルは日本酒をラッパ飲みする。
「ちと、酒精が弱い」
「ドワーフって本当にお酒が強いんだね。他の人たちはビールで酔っ払っているのに」
「あんなもん水じゃ。いや、水より酷いな。中途半端に酒の匂いがする分、期待が裏切られるからのう」
ジルはビールを飲んだが、そのアルコール度数の低さからすぐに吐き出した。そして、日本酒を飲んでいるのだが、それでもアルコール度数が低いと不満なのだ。
「ウイスキーがあるじゃない」
「まだ飲んどらんよ。綺麗なガラスの器にはいっとるやつじゃろ。美味いのか?」
「美味いか、不味いかは個人の好みだけど、アルコール度数は高いよ」
「ふむ、飲んでみるかのう。鉄も調達可能だというとったが、それは明日にしてくれ。久々の酒を前にして仕事の話はしたくない」
一方的にそう言うと、ジルはウイスキーのところへと走っていった。
「いつもあんな感じなの?」
マクシミリアンはジルを指さして、ケンに訊ねた。
「酒は偶然木の洞にたまった水が酒になるくらいで、量なんてないからなあ」
「それは酒なの?」
「ごくまれに酒になる。殆どは水が腐っていて腹を壊す」
「あー。でも、ここに来る前はそうじゃなかったんでしょ」
「まあな。森で取れた果実を樽に入れて、女たちが裸足で踏んでた。それがうまい酒になるんだ」
マクシミリアンはその話を聞いて、ワインみたいだなと思った。
「久々に沢山食えるから、みんな嬉しいんだよ。感謝している」
頭を下げるケンをマクシミリアンは慌てて止めた。
「僕はここの代官だから、住民が幸せに暮らせるようにするのが仕事なんだよ。感謝されるようなことじゃないから」
「それなんだが、ここをどうしていくつもりだ?」
「何も考えてない。向こうもここに誰も住んでないと思って僕を送り出しているから、徴税する必要もないしね。それに、僕が生きているとも思っていないんじゃないかな」
「ひでえな。それが親のすることか?」
「子供よりも家が大切なんだよ。まあ、そういう考えがあるのは理解できる。捨てられる方はたまったもんじゃないけどね」
マクシミリアンは肩をすくめてみせた。
「それについては俺たちも部族の名誉を守りたいというのがあるから、わからなくもない。だが、自分の子供を捨てるかどうかは別だ」
「だよねえ」
マクシミリアンは頷きながら、父親の顔を思い浮かべる。前世と比較すると、さほど親の愛というのを感じなかった。シュバルツライヒ王国では貴族の父親が子育てをするのは一般的ではない。
前世の感覚とは違うと思いながらも、ここではそういう常識だということで、それは納得していたのだが、では他の子供たちは親子愛を何で感じているのだろうかという疑問は残った。
結局それがわからぬまま、家から放り出される結果となったのである。
それでも、成人までの生活費を出してくれていたということで、最低限の責務だけは果たしていたとは思っていた。今後仮に顔をあわせることがあっても、そのことに感謝を述べるつもりは全くないが。
ケンと会話をしていると、赤ら顔のジルがやって来た。
「おい、このウイスキーってやつをもっとくれ。これくらいのがいいんだ」
それで二人の会話は中断した。
「わかったよ。ケンも飲んでこないと、他の人に全部取られちゃうよ」
「だな」
ケンは仲間の方を見る。みんな肉を片手に持ち、酒をガンガン飲んでいた。自分の分が無くなってからでは遅いと、ケンはそちらに走っていった。
この日、夜遅くまで酒宴は続いた。
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