014 お勉強…?<前>

後半部分の内容を大幅に変更しました。

06/08(土)23:30記入


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「偶然ですね。」


駅から一歩外へと出た明るい空の下、目の前に現れたのは柔らかく微笑む天使だった。

こちらを見て立ち止まって、髪も艷やかに制服を身にまとって鞄を手に持つその姿は光に輝いて。ごみごみとした街の中で一人浮き上がって、花を咲かせる。



「…そうですね。」


思いつく言葉はいくつもあるのに、

にこりと笑って隣に並ぶこちらを見るその瞼が薄く開いた瞳と目が合うと、脳は甘く痺れて喉は発声の仕方を忘れてしまった。



「――行きましょう。」


彼女の一言に、

日曜の朝から私服を着飾った楽しげな顔が行き交う街の中へと、制服姿で消えていく。



§




「で、何のつもり?」


正面に座って指をとんとん不規則に机に叩いて、耳から威圧する音を奏でながら。

私服では有るものの室内で帽子もサングラスも外して、透き通るその赤い瞳でじっとこちらを見て、問いかける。



「…どれの事について言ってるんだ。」

「彼女同伴で来たこと。」


机の上に広げたノートと教科書はこちら側だけで、彼女の目の前は至って綺麗なもので乗っているのは、とんとんと叩かれ続ける指と顎を乗せる為につかれた肘だけで。

窓際の席で、差し込んだ朝日に照らされて美しく煌めくその真紅の瞳はこちらを見ている。



「私、言ったわよね勉強を教えてほしいって。あなたがどこの知らない女といちゃつく所を見ても何の知恵もつかないんだけど。」

「………居ても居なくても勉強はできるだろ。」


ノートをひっくり返して机の上を彼女の前まで流すと、下をひと目見てこちらを見る。



「彼女なのは否定しないんだ。」

「…そんな訳ないだろ、俺なんかじゃ釣り合うわけもない。」


下を向いて準備をする、ふりをして。視線を逸らす。

寄り添う程に近い肩に意識が飛んで、どこか香る甘い匂いに頭がくらくらする。



「…釣り合えば、別の回答をしていたって感じね。」

「は?」


大きく顔を上げて正面を向いて目を合わせれば、変わらぬ体勢で半目でこちらを見ていた。


何を言うんだと言い返そうと、前屈みに少しでも顔を近づけてみようとすれば。

急に肩が重くなって熱を帯びる。

心臓が止まりそうになって、大きくついた肩に横目を見れば目をつぶっている彼女の肩がくっついていた。



「……勇志くん。」


斜光からは少しずれた室内の薄暗さに陰るその顔は、頬を赤らめてどこか妖しく笑って。こちらに眼を向けて口を開く。


「…大丈夫ですよ、私がどうにかしますから。」

「どうにかとは、…?」



肩に頭をことんと傾けて、髪越しに微かに擦り付ける彼女に心臓を掴まれる。


…なにが、どう。

その先を聞きたいような聞きたくないような、そのまま黙り込んでまた目を瞑る彼女に、続きを言うべきか聞くべきか悩んで。その甘い匂いが強くなるのも合わせて思考は鈍く停止する。





「…別にどうなろうといいけど、いい加減離れてくれる。始められないから。」


静止した時間の中でざわめく心の声をかき消す、鶴の一声を発した張本人は私は不機嫌ですとありありと顔に出して主に彼女を向いてこちらを見ていた。



「……あなたが離れればいいんじゃないですか?」

「え?」


思いも寄らない言葉がすぐ近くから聞こえて、思わず間抜けな声が出る。



「勉強なんて嘘ばっかり。…そんな理由で誘い込んで本当は二人きりになりたかったんじゃないんですか。」



「は…?」


彼女の一言に。低い声を鈍く発して、机を叩く指を止めて赤い瞳は睨みつける。

空気は一触即発の様相をていして、質量を持ったみたいに増して増して重くなっていく。



「時間がないから、頭を借りるだけよ。変な想像しないでもらえる。」

「そんなに時間が惜しいのなら、遊びに行くなんておかしいじゃないですか。」


ぼそりと呟くように吐き捨てたその言葉を強く否定する。



「それは、気分転換に付き合わせただけで!」

「気分転換に大切な時間を、何時間も使ったんですか。」




「あなたが留年しようが退学しようがどうでもいいんです。でも、勇志くんの貴重な時間を使うなら許せない。」


そこまで言い切ると、首が僅かに動いて。ほとんど鼻が触れる程近くでその睫毛で半分隠された瞳と見つめ合うと、下からすくい出された冷たい指先が頬に触れる。



「あの人が居なくならないなら、一緒にここから離れませんか。頑張って勉強してきたので教えてあげられると思うんです。だからここじゃないどこか静かな所に行きませんか、私と二人きりで。」


至近距離で合わせられるその眼に、どこかから香るその甘い香りに。

視界はぼやけて、全てどうでも良くなって。

促されるままに頷いてしまえば、どれだけ幸福な未来が待っているのだろうと。思考はすでに次を考え始めていて、





「色々言っているけど、ただ貴女あなたのエゴを通そうとしてるだけじゃない。」


音が消えていた耳にその通る声が聴こえて、凍った空気の膠着こうちゃくが溶ける。

輪郭りんかくを撫でていた指先は離れて、ゆっくりと見つめ合った視線は外された。



「聞いてれば一方的なことばかり言って、今だってそいつに自分を押し付けてるだけで返事の一つも返ってきてないし。」


「…後少し、あなたが話し始めなければ答えてくれてました。」

「――どうだか。」




「そもそも、そいつがここにいるのは私の所に来るためにここまで来たの。貴女は今そいつの意思を捻じ曲げて自分を通そうとしてんだけど、それでいいワケ?」

「いいえ、違います!」



「あなたのお願いに勇志くんは優しいから断りきれなかっただけです。本当だったらテスト前の週末から前日までの予定を立てて、復習するのが決まりだったのにあなたのせいでそれが崩れてしまってるんですよ。」

「………いつ、言ったかな。」


小さな独り言はすぐにかき消される。




「いつもがそうだったとしても、もう来ちゃってるんだから話は別じゃない。だったら今すぐにでもここで勉強を始めた方が手っ取り早いでしょ。それなのに、べたべた触ってその上別の場所に行きましょうって。かき乱して邪魔してるのはどっちの方よ!」

「邪魔なんてしてません、あなたに付き合うより私と二人で勉強してた方が絶対勇志くんの為になります!」


ばちばちに睨み合って、視線をぶつけているさまはまるで本当に火花が散っているようだった。





「…そもそもさっきから思ってたけど、ゆうしくんゆうしくん。まるで人の為みたいに言ってるけど貴女こそただ二人きりになりたいだけでしょ、いやらしい。」

「こんな人気のない所に誘い出して、よく言えますね。」


「な…、それは知らなかっただけよ!普通いると思うじゃないテスト前だし。」

「本当ですか…?芸能人だからそういう所探してたんじゃないんですか。」


「それは、同じ学生とはいえ居ない方がやりやすいとは思ったけど。」

「やっぱりそうじゃないですか!」

「それは、対応が面倒くさいって思っただけ!アンタみたいな理由とは違うから!」


「私と勇志くんはもう十年の仲なんです。二人きりで勉強して何がおかしいっていうんです。」



「…ふん、私と話す時はため口なのに、貴女と話す時は敬語混じりで一歩引いて話してるし、関係性があるって思ってるのは貴女だけじゃないの。」

「ちーがーい・ま・す!勇志くんは女の子と話す時はこういう話し方なんです!あなたと話すときだけ違うんですから、あなたが女の子の枠組みに入れてないってだけです!」



「へーそう。…自覚がないって可愛そうね。それって貴女がその他一般と同じだと思われてて、私のことを特別視してるってだけじゃない。ま、私だし当然だけど。」



「自意識過剰なんじゃないですか!」

「どっちがよ!」






そのまま会話は平行線を辿ったままどちらかが折れることもなく時間は過ぎていき、その中で会話が一区切りつくと正面の彼女が椅子に置いていた鞄を乱雑に開き、可愛らしい財布を手に立ち上がる。



「…どこ行くんだよ。」

「喉乾いたの、飲み物買ってくるだけ。」


そう言い終わると、そのまま立ち去ろうとして一瞬の間を空けてこちらに振り返る。


「いい、私が居なくなったからってほいほいその娘に着いていくんじゃないわよ。まだ話は終わってないんだからね。」



それだけ言うと、速歩きで扉まで歩き、外へと消えていく。

その姿を見て、ふと思い立って立ち上がる。



「あーと、ちょっと俺も飲み物買ってきますね。」

「じゃあ、私も。」


と立ち上がる姿を見て、止める。


「あぁいや、深令さんの分は俺が買ってきますよ。お茶でいいですか?」

「…私が居ては嫌ですか?」


少し俯いた視線に慌ててフォローを入れる。


「いや、そんな訳は無いですけど。……。」


頭をかきかき、身体を彼女に向けて正面から視線を合わせると。薄暗い中でも輝くその瞳はこちらをじっと見ていた。




「…ちょっとさしで話つけてきます。」


何を話すとかでもないんですけど、と付け足すように言うと。

彼女はただそのままずらさずこちらを見て、そのうち少し微笑むと返答を口にする。



「きっと、戻ってきてくださいね。」

「…まあ、荷物置いていきますから。」


妖しく煌めいたその瞳からどうにか視線を外すと、財布を取り出して彼女を追いかけるように外に出た。

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