013 お勉強

「何してんだろう、俺は。」




「楽しくないわけ?私と一緒で。」


土曜日の昼過ぎに丸い机を挟んで正面に座って、店で購入したコーンに3段に積んだアイスクリームを好きなようにつまんで食べながら。

前回と比べれば大分濃淡の薄い、目が微かに透けて見えるサングラスをつけたまま。記憶に残るピンクとも違う別のピンク色をしたパーカーを被った彼女は斜めにこちらを向いて笑う。



「お前の事情を思って言ってるんだけどな。」

「お前じゃなくて、舞華まいかさん。」


首を傾げて、訂正するように話を切る。


「…五線譜ごせんふは、こんな所でくつろいでいいのか。」

「まぁ、どっちでもいいけど。」


好き勝手に言って、澄んだ顔したと思ったら。肘をついたままコーンスタンドに乗ったピンクのマーブル模様のアイスを食べて幸せそうにして、表面に水滴を垂らす炭酸水の入ったストローに口をつける。



「疲れたから、今は休憩中。」

「待ち合わせて早々にアイス食べて、何が疲れるんだよ。」


からから氷を回して、溶け始めたアイスフロートをかき混ぜてガラスを鳴らしながらずっと見ていても、気にもしていなさそうにマイペースを貫く姿を眺め続ける。


「あなたはね。私は朝からずっと勉強漬けなんだからいいの。」

「…そうかよ。」



冷えたガラスのコップを直にあおって、アイスが流れ込んだ甘い液体を飲み込んで。口に含んだ氷を奥歯でガリガリと噛み砕く。

そこまでして、ちらりとこちらを見るとスプーンを指先でつまんだままに呟く。


「そんなに氷食べてたらお腹冷やすわよ。」

「……三段もアイス食ってるやつが言うなよ。」





そのまま、合間合間に会話を挟みながらアイスを完食したかと思うと食休みを取ることもなく立ち上がる。


「じゃあ、出ましょう。」

「ああ…。で、どこでやるんだ。図書館の自習室か?」


すでに中身を飲み干したコップを片手に立ち上がると、机を挟んだ目の前で両手を上に伸ばして伸びをして、こちらを見る。



「そうね、次はちょっと遊びに行きたいわ。」

「は?」



§


街の喧騒の中に消えないやたらと上手い鼻歌を歌いながら、でかでかと目立って光るLED電球が眩しい看板の下へと歩いていき、大きく開いたその入り口から入っていく。



クレーンゲームの筐体きょうたいが並ぶ通りを首を横にして歩いている姿を斜め後ろから見ていると、何かを見つけたように駆け出して止まる。


「可愛い!」



女性に人気のブランドのキャラクターがプリントされたタンブラーを台に手をついて、ガラスに張り付くようにかぶりついている姿を横で見ていると、景品を指差してサングラス越しにこちらの顔を見上げる。


「これ取って。」

「…なんで、俺が。」


「私あんまりやったこと無いんだもの、あなたがやった方が確実でしょ。」

「俺もやったことないんだけど。」


どう操作するのかもおぼつかずに少し遠目にボタンに書かれた手順を確認すると、横を見る。


「そもそもこういうのって誰がやっても確率で取れるとか聞くけどな…、」

「いいから。」


何がいいのか、後ろに回ってきて背中を押されるのを抗わずに筐体の前に立つと、周ってきて横に立って景品を注視し始めるのを見て、尻ポケットから財布を取り出して500円硬貨を入れる。



「勇者の力を使ってちょちょいと取ってよ。」

「…そんな効力はねぇよ。」


分かって言っているんだか、なんだか。横で景品をじっと見ながら騒ぐ声を無視してボタンを押す。




「あれ?」


ラストチャンスで軽くボタンを押したアームが強く掴んだと思うと、運ばれた景品が穴へと落ちていく。

しゃがんで取り出し口に手を入れようとすると、声にならない声を上げて横から掻っ攫われる。


「やるじゃない。」

「…どうも。」


一言口にしてこちらを見たと思ったらすぐに中を開け始めて、こちらの事なんて忘れてしまっていそうな彼女に返事を返す。


底をひっくり返してまで確認すると満足したのか箱に入れて、無邪気ににこりと笑う。


「じゃあ次探しましょう。」

そう言うと、箱を抱えたまま歩きだすのを遅れて後を着いていく。



並ぶ彩り鮮やかな可愛いプライズが入った筐体が並ぶ中を悩みながらスキップでもするように歩きまわって、一本道を挟んでガラスに歪んだ先に見える柔らかな表情を浮かべた姿は画面を一つ挟んだその先のようで。

全てが絵になるみたいなその姿を、ただ追いかけていた。




嵩張かさばるぐらいに膨れた袋を鞄の紐にくくりつけて、満足したのかこちらに近づいて声をかける。


「せっかくだし、あっちにも行きましょう。」

「はいはい。」



アーケードゲームがそこら中に乱雑に並ぶ、ぴかぴかと光る画面が目立つ薄暗い区画に入っていく。

やたら対戦機能のあるものばかり選んでくる彼女に、最初は付き合うぐらいの気持ちでいたのにいつの間にか本気になって遊んでいた。


バスケットボールを息を切らして投げて、カラーボールをまた投げて、銃を狙ってトリガーを引いて、向かい合ってエアホッケーに力を入れてみたり、やたら車体をぶつけられて椅子が揺れる中で必死にハンドルを切って、ダンス対決にボロ負けして、これだけはと筐体に全力で拳を叩きつけてぎりぎり勝って。



何分遊んだのかも分からなくなりながら、戦い続けて疲れまで感じ始めた頃。彼女の行くままに隣に並んで行くと、ワニが飛び出る昔ながらの筐体の前で足を止める。



「これで勝った方が今日の勝者だから。」

「どう考えても、勝ち越してただろこっちの方が。」


サングラス越しに近い距離で顔を近づけてくる彼女にいつの間にか胸を鳴らしながらも恥は消えて、顔を合わせても友達に接するように口喧嘩を交わす。



「じゃあ私からね。」


硬貨を入れると動き出して、叩かれると声を出すワニをクッション素材のハンマーを両手で持って必死になって叩き出す。

終わってみればそこそこ、それなりの結果で終わって若干悔しそうにこちらを見てくる。


「勝てそうだな。」

「言ってなさいよ。」



スタートの文字が光ると、ワニの頭を片手で叩いていく。

さして問題もなく進めていくと、ワニが喋りだして一時停止をして見た画面にはすでに並びそうな得点が表示されていて。


楽に勝てそうだと、手に持つハンマーを掴み直している、その反対の手。

筐体に触れていた手の甲に白い指が重なる。


何だよと腰を曲げたまま横を向いた先で、サングラスを外した赤い瞳が至近距離でこちらを見る。



「……。」


無言のまま見るゼロ距離のその眼は、顔は蠱惑的に笑って惑わす。

驚く程に小さなその輪郭が作るそれは、見ているだけで視界をぼやけさせる。

うるさいぐらいだった音が、耳が詰まったみたいに薄れて。血の流れる音が、心臓の音が耳にうるさくて。

呼吸の仕方も忘れて、魅入る。


―――遠くで機械音が聞こえると表情を一変させて、悪戯が成功したような無邪気な顔で小さく笑った。



「私の勝ち」

「あ。」


視線を戻すと一瞬の間に、ゲームは終わり得点は増えているわけもなく彼女の記録を下回っていた。



「んー、勝って気持ちがいいわ。じゃあ、そろそろ学校行きましょう。」


言い訳は聞かないとばかりに一方的に宣言をすると、荷物を手に歩き出す。


「それで勝って、恥ずかしくないのかよ!」




「聞こえませーん。」


焦ったように怒りを見せたこちらに横顔を見せて、楽しそうにくすくす笑う。


§



「私ちゃんと、見たことなかったのよねここ。」


横に並んでお互いに私服のまま学園の敷地内に入ると、土曜日でもダンジョンに入る学生も多いせいかそれなりに盛況な店々の間を通っていく。

一つの店の前に立ち止まると、じっくりと品物を見つめる。



「なあ、勉強する気が実は無いのか?」

「それはそれ、今は今でしょ。」


目の前の品に集中しているのか微妙に答えになっていない返答を返してくる彼女の隣に立つ。



「うーん、ねえ。お礼何がいい?」

「お礼?」


「そう、先払いで払ってあげる。」

「…いらねぇよ。」


どういう仕組みか涼しい風が吹いているとはいえ屋外のアーケードの下、蒸し暑さは少し感じられて首元を扇ぎながら答えると、こちらを見るその顔の驚いた表情に不服な顔を作る。

店先に並べられた手に持った品物を置いて、少し考えるように俯くと真顔でこちらを見る。



「私とのデートだけで十分だった?」

「…そもそもデートじゃねぇよ。」


まだ二回しか会ってない人間が遊んだとしてもそれは、それは。

デート、ではないはずだ。



「……何にせよ、そんなものを貰う為に来たわけじゃない。」

「ふーん。」


目を品物に向けたまま、いた本音で出した言葉はどういう効果をもたらしたのか。

彼女のその足を店から離していく。



「じゃあ、休憩は終わりにしましょうか。」

「そうしてくれ。」


正午近くで真上を向いていた筈の短針はすでにいくつか傾いていて、最高気温を迎えるピークの時間はもう過ぎていて後は涼しくなるばかり、陽が沈むのもそう遠くなくなっていた。


少し進んだ先の彼女の隣に並ぶと、不意に背伸びをして耳に口を近づける。




「お礼はまとめて終わった後にね。」


ささやくようにそう話した口が遠ざかると、視界に入ってきてウインクを零すと前へと進んでいく。



「……。」


頭をかくと、その後ろへとまた着いていった。



§




ようやく辿り着いた、その先。

休日の人の居ない図書館。


長机が並ぶ自習室の中で、肩が触れる程近くに座る彼女に心臓が跳ねる。

浮ついた思考は、こんがらがって数学の計算式を間違えさせる。




「ねぇ。」


半日見慣れたピンクの服を着飾った彼女は肘をついて。

つまらなそうに正面・・から問いかけてくるその眼は自分ではなく隣を見ていた。



「あなた誰?」


隣を見る。

私服姿ではなく、夏服の制服に身を包んだ、衣替えも久しく見慣れ始めたその姿は麗しく。

眩しい肌の見えた腕の先、その手首にはターコイズの太い鎖のブレスレットが静かに音を鳴らす。



「…何か?」


いつもどおりに微笑んだその笑顔は、その声は。どこか攻撃性をはらんでいて。

ノイズのようなその感情が耳をざらつかせる。



「なんでそこに座ってるの。邪魔なんだけど。」


人の居ない、三人以外誰一人と人が居ない部屋の中。呼吸の音も聞こえるほど近くに座る彼女の袖が触れてはこすれて遠ざかる度に心は跳ねて、思考を鈍らせる。



「個室じゃないんですから、どこに座ってもいいでしょう。」


二人で話していたら急に隣へとやってきて椅子を近づけて座った彼女に、それに対して言葉から感情を消した目の前の彼女に、何をどうしたらいいのか分からずに教科書を開いてノートを見せる。




「…続き、やらなくていいのか。」


ペンを回して、明らかにこちらを見る彼女の目を見ることもなく教科書を指で叩く。



「………なんか、むかつく。」

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