009 白昼夢
欠伸を噛み殺して。
肩から落ちた鞄の持ち手を引っ掛けなおしながら、目の前にある近い背広を追うように歩幅を小さく歩いていると、人混みの中から手が伸びて背中を叩かれる。
「よ。今日は早いな。」
聞き覚えのあるその声に一歩道を外れてから振り向くと、茶髪の男が朝から綺麗に身だしなみを整えて完成された状態でそこにいた。
「…おはよう。なんか眠り浅くてさ。」
「ふーん、昨日少し暑かったしな夜。」
並んで歩き出すと、勝手に察して納得している男をちらりと横目に見る。
その背後に何度も通り過ぎていく、サブリミナル的に視界に入る柱の映像広告に視線を取られながらも、前を向いて歩き出す。
「あ、飲み物買っていい?」
「…うん。」
半分意識を飛ばしたまま頷いて。
前の人が購入しているのを見て、横歩きに自販機から少し外れて無音の中でマイクに歌うそのPVを見つめる。
同じ映像が短い間に何度も繰り返される、その光に照らされて顔の色を変えていく汗をかいて懸命になる姿を瞳に映していた。
「コンビニに売ってないんだよな、これ。」
「……へぇ。」
聞こえてきた声に気もそぞろに答えていると、早速開いた飲み物を片手に横に並んでくる。
「ふーん、東京公演のライブ映像の円盤ね。好きだったのか、
「…いや、知らないけど。」
確かに知らなかった、一昨日までは。その歌声も、存在も。
「ま、可愛いしな。」
見惚れているとでも思ったのか、肩を叩いて寄りかかってくる香水の匂いに鼻を鳴らす。
鳴らして、黙り込む。
「…なあ、もしこの子に昨日会ったって言ったら、信じるか。」
「都心だし、そういう事もあるんじゃない?どっかで見かけでもしたの。」
「いや、会って話した。それで、俺のために一曲歌ってくれたんだ。」
「なるほど。」
肩から手を離して鞄に飲み物を入れたと思うと、行こうぜとジェスチャーを伝えてくる。
「夢で会ったのか。意外と好きなんだなこういうタイプ。」
「…実はそうだったかもしれない。」
答えるのと広告の前からどいて、同時に二人で歩き出した。
夢だったと言われると、案外納得感がある。
夢の割に夢のない内容だったことを除けば、だが。
「それで、夢で他にはどんな話したんだ?」
「実は休学中なんだけど、通ってたら同じ学校の更に隣のクラスなんだってさ。」
「ふーん、そういう願望があるのかもな、分かるなぁ。」
分かるのか。
§
「このクラスに
放課後、HRを終えて鞄に荷物を詰め込んでいると、外廊下をどたどたと歩く音は遠くから近づいて教室の前に立ち止まり、自分の名前を呼んだ。
その大きな声に振り向くとそこに立っていたのは知らない女生徒だった。
ナチュラルなのだろうか染めた形跡のない綺麗なブロンドの髪を
何だかは分からないが、明らかに視線の集まっている現状に居たたまれなくなり、立ち上がるべきだろうかと一拍の間、
静かな中で先に動いてくれてこれ幸いに続こうと立ち上がると、すたすたと歩いていた見知った後ろ姿は振り返り、その綺麗な顔は微笑みを浮かべてこちらを見た。
「大丈夫ですよ、
「え、いや。」
そういう訳にもいかないだろうと続けようとすると、そのまま鞄を手に入り口まで行き、
「私に用があったんですよね?」
「いえ
と、何やらぼそぼそと話していたかと思えば流れるままに、誰かも知らないその人を引き連れてどこかへと行ってしまった。
「何がどう、大丈夫だったんだろうか。」
静けさの原因も消えて、がやがやと騒がしさの戻った教室の中で取り残され悶々とするも、どうやら帰ってきそうのない程遠くへ行ってしまったらしい、彼女達を一人待っているのもおかしいだろうと立ち上がり、茶髪の男と挨拶を交わして教室を出た。
廊下に出るも彼女達の姿はどこへ行ったやらといった具合で見当たらず、仕方無しに気になったまま帰路につくことにした。
通り過ぎていく前に隣のクラスの窓を少し覗いてはみるも、そこにはアッシュレッドの髪色の生徒の姿は無かった。
「まあ、居ないよな。」
分かりきっていた事だとすぐに視線を前に戻して、今度こそ校門を目指して歩きだした。
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