007 はじめてのダンジョン③-2


『変わらない景色ね。』


耳に聞こえる気怠げさを隠しもしない声に、歩く足も止めずに言葉を返す。


「同じ木の中をぐるぐる周ってるんだから、そりゃそうだろ。」

『…見える映像が変わらない画面って、こんなに退屈なのね。』


「見てるだけならそうだろうよ。」


何回か階段を登って、すでに一時間半以上歩き通した結果ほんのりと疲労を感じて足取りが少し重くなってきていることに気づきながらも、足を進めてはかどを覗き込む。



『またいた。』


呟いた言葉の通り静かに空を飛ぶドローンのカメラが音を立てて捉える先には、床を這うように小型犬程の大きさの蟻が一匹でバナナの房をくわえてこちらに這っていた。


明確にドローンがはみ出ているので足を止めて警戒する様を見て、呼吸を整えると、すぐに飛び出す。


そうすればバナナを持ち運ぶのを止め、身一つでこちらへと走り出す蟻を前に。

杖のように突いて歩いていた輝きの衰えない棒を構えると、向かってくる先に合わせるように先端を置く。


勢いのない棒を無視して大顎で挟もうと上向きの頭をこちらへと向けて、突撃すべく勢いを増す蟻だったが、想像する未来は訪れない。


光に触れた瞬間、接地面から頭はもげ、音もなく身体を抉るように貫いて。接着する前に動きを止めて、亡骸なきがらというにはもはや何かもわからない小さな黒い塊はそこらに転がる。



「はぁ…。」

『ねぇ』


「なんだよ。」


まだ慣れない跳ねる心臓をしずめるように一息ついて、何も付着していないのを確認しつつも気分で光る棒を振ると聞こえてきた声に、ねぎらいいの一つでもいうのかと聞き返す。


『何か面白い話とかないの?』

「…見てないのか、今。」


『見てるわよ、ずっと。』


ドローンに向けて視線を合わせると、トーンも変わらず返ってきた言葉に。カメラの奥を睨みつけるように見ると、すぐに前を向いてポーチから取り出したゼリー状の経口補水液を口に入れながら歩きだす。



『何、私に褒めてほしかったの?』

「そんな話はしてない。」


面白いものでも見つけたような声色こわいろを含んだ言葉に、こつこつと音を鳴らす杖の動きを大股に足を早める。


『ふぅん、……お疲れ様。』

「やめろ、こそばゆい。」


突然、囁くように伝えてきた音の違和感にむず痒くなって、ヘッドセットを浮かす。


『そこらを歩けばうらやましがる男なんてわんさかといるのに贅沢ぜいたくな話ね。』

「警戒してる時に集中力切らされて褒めるやつなんて居ねぇよ。」



『…何よ。付きまとわれて無駄に時間とられるのも嫌だけど、相手にされないのも私に魅力がないみたいでむかつく。』

「あのなぁ…。」


不服そうな言葉に若干呆れながら、言葉を返す。


「こっちは必死になって戦ってんだよ、そんな余裕あるかよ。」

『そう?その割に随分簡単そうに登ってるように見えるけど。』


「…見えるだけだろ。」



気づけば、一階で帰ろうと思っていたはずなのに随分と奥深くまで来てしまった。

帰り道はおおよそ階段の方向が分かるとはいえ、帰る労力を考えると辟易へきえきとする位には歩いてきてしまっている。


歩いてはいるのだが、確かに。服を見ればほつれもなければ埃の一つもついていない未だ綺麗な状態を維持しているのは間違いなくて。

そこまで考えて、来る前にヘッドセットを渡しながら彼女が言った言葉を思い出して口にする。


「というか、俺のために歌ってくれるんじゃなかったのかよ?」

『必要?今。』


「…まあ、今はな。」

『余裕があるなら良いじゃない、話に付き合ってくれても。』


もっともな話に言い返す言葉も尽きて口をつぐむと、既に見つけていた蟻の背後をついて全身を叩き潰すつもりで振り下ろせば、跡も残らずに消える。


自分の身から出た力ではあるのだろうが、どこか腑に落ちないその結果に目を細めると、息を吐いてまた足を踏み出す。



「…そこから見ていて何か気付いたら、話を止めて教えてくれると助かる。」

『気が向いたらね。』


清々しさすら感じる言いざまに、ちらりとピンク色の飛行物体に目を向けると、こちらを向いているレンズは機械音をたてる。



『もし苦戦でもしてても私が歌ってあげるから、あなたは大船に乗った気持ちで歩いていればいいのよ。』

「……。」


言葉なく、うやうやしく動作を付けて一礼をすると。

すぐに身体の向きを変えて見えていた階段に向かって歩き出した。



§



そこから、また他愛もない日常会話を繰り返しながら歩き回っていると、外縁部から見える外の様子を見て立ち止まる。


『そろそろ頂上?』

「みたいだな。」


傍らに飛ぶドローンに慣れたように声を返すと、

身体も入らない程細く縦に割けた亀裂から下を覗けば、随分と遠くに人工灯の光が見える。


途中行き止まりを見つけて壁を背に軽い休憩を取った位で上り詰めていれば、いつの間にかこんなところまで来ていたようだ。

下を見たから上をと安直に木目ぐらいしか見えない天井を見上げると、ふと思いつく。



「一つ聞いてもいいかな。」

『どうしたの?』


今まで聞いてばかりだった俺が話しかけたのが珍しかったのか、素直に返ってきた言葉に質問を返す。


「なんで知恵の実を取りたいんだ。知恵が欲しいのか?」

『やめてよその言い方、私が馬鹿みたいじゃない。』

「…そういう事じゃないのか?」


ちがうわよ、と一言一言間を離して強調するように言ったと思うと、ヘッドセット越しにはぁとマイクに息を吐いた。


『そもそも、知恵の実みたいな何かであって本物じゃないんだから。知恵なんて授かる訳ないじゃない。』

「は?じゃあ、余計に何のために欲しいんだよ。」


もっともな質問を返した俺に、

自分だけが知っているという優越感になのか、少し得意げになってふふん、と語りだす。


『一度食べたっていう年上の友達に聞いたんだけど、そのを一口かじるとね宇宙が見えるんですって。』

「うちゅう?」


急に胡散うさん臭くなってきた話にあいだもなく言葉を返すと、その胡乱うろんげさが声にも出ていたのか『言葉の綾よ』と否定される。


『ただ。摂取すると、感覚が研ぎ澄まされて身体に力がみなぎって、とんでもない集中力で作業ができるみたいなの。』

「…大丈夫なのか、それは。」


『知らないわ。』

「おいおい。」


洒落にならない回答に言葉尻を強めて答えると、軽い感じのテンションで返される。


『でも、後に残りはしないみたいだし合法だから良いんじゃない。』


そういう問題なのか?と内心思いつつも、話している限りそんなリスクの有るものに手を出すようにも見えなかったので、そういうものかと飲み込む。


そこまで話して、何かを考えでもしているのか急に沈黙した彼女にヘッドセットを耳に押し当ててよく聞こえるようにして耳を澄まし。回線の悪さを疑ってみていると、ぽつりと小さく言葉を吐き出す。



『…納得がいく曲ができないの。』

「曲?」


『スランプってわけじゃないんだけど、なんかのれないっていうか。曲自体は何個も出来てるんだけど…。』

「ふぅん。」


内容はよくはわからないが、相槌を打って真面目に話す彼女の続きを聞く。



『お世話になった人がね、今度アルバムを出すの。

その企画のコンセプトが、関わりのあるアーティストに作ってもらった曲を歌うって話みたいで。私もその一人に選んでくれて直接依頼をしてくれたの。私の曲を作ってくれませんか、って。

それは、嬉しかったんだけれど。』


『その人が歌ってるのを想像して、色々曲を書き上げて見るんだけど。どうしてもしっくりこないの。いい曲は出来たって思うのに、作ってみた曲がリストの中に並ぶって考えると、これじゃ駄目だって。』


『何度も書き直して、演奏して、マイクの前で歌ってみて。録音した自分の声を頭の中でその人だと思って想像して、何回もリピートして聞き返してみても納得ができなくて。』



『そうこうしてる内に締切が近づいてきて、このままじゃ中途半端な曲を渡すことになっちゃうって思い始めて、そんなの絶対嫌だから。どうにかしないとって、焦って。そうしたらここの事を前に聞いたのを思い出したの。すぐに場所とかスマホで色々と調べて、その足で来て。』


『極力知らない人とは関わりたくなかったから。どうにか買い取った物をそのまま購入できないかって交渉してたんだけどまともに取り合ってくれなくて…。今日、貴方が来てくれてよかった』

「…まだ、そう言うには早いだろ。」


階段の壁に触れながらもう片方の手で棒をついて上へ上へと足を踏み出して、長い独白を聞き終えると最後の言葉に、反射的にそう返す。


『早いってことは、少なくとも取ってきてくれるつもりなんでしょ。』

「……勝てそうならな。」


息を切らして、見えてきたその終端を前にただ、聞いた話の感想を述べるように続ける。


「世話になった人への恩返しのために必要なんだろ?だったら、本気で歌ってくれよ。その人のためにで良いから。そうしたら、少しは頑張れそうな気がする。」

『…いいわ、本気で歌ってあげる。』


『貴方のために、全力で歌ってあげるから。…気をつけてね。画面越しでも目の前で死ぬところなんて見たくないから。』


話を終えるのと同時に階段を上り詰めて、これまでと違う大きな広場に辿り着く。



「ここが、頂上?」

『…そうみたい、その奥に蛇が待ち受けてるみたいよ。』


前を示すように少し前に出たピンクのドローンの方を見れば、何故か装備に身を包んだ二人の職員が門番のように立つその奥、大きく開いた先に蛇のような全長になると何メートルになるのかもわからない爬虫類が舌を伸ばして三本・・の尾をくねらせているのが見えた。


「…あれは、蛇なのか?」

『そのはずよ。』


小型犬のサイズの蟻や、酸を飛ばしてくる大型犬サイズの蟻など。

大きさはともかく、これまでに出てきていた既存の虫に似た生物とは違う異形の姿に、ぎょっとする。


「あれに勝てると思うか。」

『…さあ?』


これまでと違い適当なことを言うつもりはないのか、判断をこちらに任せてくるように明確な答えを言わない。


『でも一つ言えるのは、大輪学園の大学生なら、そう倒すのも難しくはないみたい。記録はそこそこ残ってるわね。』

「高校は?」


ちょっとまって、と通話の先でどうやら今調べているようで答えを待つ。


『あった。一応あるみたい、数は少ないけれど。』

「…やった人は居るんだな。」

『数人がかりみたいだけどね。』


行かせたいのか、止めさせたいのか。聞けば聞く程に判断に困る。


『因みにそこにいる職員の人だけど、即死じゃなければすぐに助けてくれるみたいよ。救助代は結構高く付くみたいだけど。』

「ただの学生に貯金なんて無いぞ。」


『そうねぇ。その時は仕方ないから貸してあげる。』


その答えに失敗した時のリスクを思って少し気が重くなりつつも、死ぬ危険性は少ないだけましかと覚悟を決め、大きく呼吸を整える。


「期限は長めにしてくれよ。」


自分に言い聞かせるようにそう言うと、返答を待たずに近づくように前へと進んだ。

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