006 はじめてのダンジョン③-1

扉が閉まりエレベーターの中で一人、1から変わることのない液晶を見上げていると、ヘッドセットがついた側の耳に声が聞こえる。


『――あーあー。まだ聞こえてる?』

「聞こえてるよ。」


『なんか、耳元で人に話されてるみたいで嫌ねこれ。』

「知らねーよ。」


あまりにもな言葉に、呆れながらも応答する。


「電話と同じだろこんなの?」

『なんでだろう。いつも使ってるヘッドホンに知らない声が流れてるのが嫌なのかも、まあそのうち慣れると思うから。』

「そうしてくれると助かる。」


理由になっているような、なっていないような言葉を流すと、改まって説明を始めた。



『いい?まずはそのエレベーターが開いたら適当に根元から中に入って階段を見つけて。後はそれを繰り返して頂上まで登ったら、そこにいる蛇を倒して知恵の実を手に入れる。その後は来た道を下っていけばおわり。簡単でしょう?』

「言葉だけならな。」


『勇者様なら、現実にしてもらわなきゃ。』

「…持ち上げられても、困るだけだぞ。」


どういうつもりで言っているのか調子のいい言葉に返していると、エレベーターのドアが開き、蛍光灯の人工的な光にライトアップされた巨大な木の根元が視界を埋め尽くす。



「降りたよ。」

『そう。じゃあまずはドローンの電源をつけて。』

「分かった。」


中では今も戦いが起こっているだろうに強い空調の音ばかりが響く中、抱えていたドローンをひっくり返してスイッチをONにすると、やたらデコレーションされたピンク色のデザインを胡乱うろんに見て、地面に置く。


「多分大丈夫だ。」

『りょうかい。』


するとすぐに何かとつながりましたとでも知らせるように機械音が鳴ると、思っているよりは音を立てずにゆっくりと浮き上がる。

ピンク色の飛行物体は分かりやすく上下左右に動くと、前面についたカメラが音を立てて、静止する。


『大丈夫そうね。』

「凄いもんだな、最近のやつは。」


空中で静止したそれを見ていると、言葉が返ってくる。


『老けたような事ばかり言ってると、本当に感覚が老けて置いていかれるわよ。』

「そんなもんなのか。」


『さあ、私まだ若いもの。』

「…年下だよ、こっちは。」


他愛も無い会話を繰り返しながら軽くストレッチをしていると声をかけられる。



『そろそろ準備はいい?』

「まあ、一応。」


背中からすでに組み立てていた棒を外すと、

腕を振り回してよく分からない素材で出来たチョッキが邪魔にならないかを確認する。


念のためポーチのベルトに刺さった緑色の液体が入ったそのまま飲み込めるらしい小さな半透明の容器が落ちないか確認すると、前を向く。


「いいよ。」

『それじゃあ行きましょうか。』



§



「何で明るいんだろうか?」


緑の強い匂いを感じながら周りを見渡すと、何故か太陽光のような暖かい光が木から溢れていて空の下を歩いているぐらいの明るさだった。


『そんなことより一応気をつけたら、まあこのダンジョンならそんな心配も要らないんでしょうけど。』

「どんなやつがいるんだ?」


『一階なら、果物よ。』

「果物?」


スマホでも操作しながら話しているのか衣擦れの音が混ざる中、言葉が返ってくる。


『そう、果物。自立して動いてるらしいけど大きさも見た目もそのままよ。林檎やバナナ、イチジクにプラムに。そういう果実。』

「それ持って帰るんじゃ駄目なのか。」


『駄目に決まってるでしょ、ああでもそれも何個か持ち帰ってくれない、とっても美味しいんですって。食べてみたいからお願い。』

「…行けるところまで行って、帰りにな。」


何だか気の抜けてしまう話をしながらゆっくりと歩く。


「で、何してくるんだその果実は。」

『襲いかかったら反撃して体当りはしてくるけど、それだけみたい。』


「…大きさはそのままなんだよな。」

『そ、まあそれに勝てないようなら退学でもした方が良いかもね。』

「そうならないように祈るよ。」


そんな話をしながら曲がり角を一応覗き込むと、丸々とした赤い林檎が3つ並んでふわふわと浮いていた。


『美味しそう!私それが良いわ。好きなの林檎。』

「…帰りだって言ってんだろ。」



オーディエンスを満喫しているカメラの向こう側は置いておいて、棒を構えると。身体から何かを込めるように掴んだその手に力を入れる。

すると、徐々に手に持った金属質の棒が光りだすのを見ながら続ける。


『それが勇者の力?』

「ああ。」


返事も適当に集中して力を込めていくも、上限が見えず怖くなり程々でやめる。

するとまるでサイリウム、というよりは白い光なので蛍光灯のように自分で発光する棒が出来上がった。


『いけそう?』

「多分。」


棒を強く握ってみたり床にコンコンと叩いてみても違いがわからないので、仕方なくそのまま角を曲がる。


明確に林檎と相対してうかがってみるも、前述の説明通り特に襲ってくることもなく変わらずふわふわと浮いていた。


「本当に、何もしなければ無害みたいだな。」

『生きてるみたいで少し可愛そう。』


戦う気をそがれる言葉を無視すると、棒を浅く持ち替え足裏をべったりとつけて、じりじりとにじり寄る。


動かない的に向けて一歩強く踏み出すと、振りかぶりはたき落とすように力を加減して棒を振る。



すると、林檎にふれる感触もなく、ごっそりと身を削るように割いて破裂した。


「あれ?」

『ちょっと!私の林檎が』


唖然として破裂した林檎を置いて逃げ出していくそれ以外を見送ると、しゃがんで破片を手に取る。

見た目の想像通り破片はしっかりとした感触があり、とてもではないが今の力でこんなことになるような硬度ではなかった。


別に悪しき存在って感じでもなかったのにこんなにも効果的なのか。

手に持った光る棒を見れば、光度を落とすこともなく光り輝いている。

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