005 はじめてのダンジョン②
「ねぇ、あなた。勇者様だって言うなら、私の願い叶えてくださらない?」
そう言ってサングラスをずらして近づいたその瞳は光に反射して赤く
「出来ることなら手伝わなくもないけれど、まずは聞かない分には叶えられるとは言えないな。」
どうにか答えたその言葉にとりあえずは納得したのか、サングラスを戻して姿勢を戻す。
その動作から視線を外すと一息ついて、もう一度サングラスを見る。
「…で、なんだよ?問題は。」
「問題じゃなくて、お願い。」
聞かされる側としては何も変わらない訂正をすると、巨大なモニターをピンクの袖から僅かに出た指で差す。
「ここの最上階に行って、知恵の実を取ってきてほしいの。」
「…知恵の実?ってことは知恵の樹なのかここ。」
「え?」
「あなた、そういえばなんで
ダンジョンを複数
「…今週、ジョブを得たから試しに来たんだ。」
「外に?」
「……勇者なんて聞いたこともないし。正直、調べてもよく分からないからまず一人で試したかったんだよ。」
「別に校庭の端ででも試せばいいでしょ。」
首を傾げて、ますます不思議そうにこちらを向くその顔に身振りを踏まえて反論する。
「分からないだろ。勇者だぜ?なんか、こう。大層なことが起きるかもしれないじゃないか。」
「…大層なことねぇ。」
感情を込めた熱弁は伝わらなかったのか、若干冷めた様子でぶつぶつと呟き、
子供特有の夢見がちってやつ?
とかなんとか、大して変わらない年齢のくせに独りごちて思考する姿を他所に。
だからと、続ける。
「そういうことだから。今日行けって話なら無理だと思うぞ、急いでるなら別行った方が良いんじゃないか。」
知らない男にわざわざ話しかける位だから急いでいるのだろうと、気を使ってこちらから話すと。
そんな気遣いはなんのその、否定の言葉を落とす。
「別にいいわ、そこまで急いでるわけじゃないから。そんな事より、どうせなら同じ所の学生の方が都合がいいし。」
「そうですか。」
わざわざこんな怪しい格好をしてまで、姿を隠しているのだから何かしらの事情でも有るのだろうと飲み込むと、続きを促す。
「で、いつまでに取ってくれば良いんだ。そもそも俺で行けるのかも分からないけど。」
「行けるかはあなたが頑張ればいいだけでしょ、私の為に。」
サングラスの奥でウインクでもしてそうな仕草に、無言で返せば気にせずに続ける。
「そうねぇ、
「…そんなの今日明日でやれって言ってるのと変わらないんだが。」
もっともらしく考えこんだと思ったら、一瞬で出された答えに脱力して突っ込む。
「なんで?一週間ぐらい休めばいいじゃない。」
「学生を何だと思ってんだよ。」
あっけらかんと話すその姿を睨めば、意味でもわからないと言った具合の顔に呆れる。
風邪のふりでもして休んでいたとしても、一週間も休めば海外にでもいるだろう両親にすぐにでも連絡が行くだろう。
ただでさえ察しが良いあの人達には、そんな嘘すぐにバレるだろうし。
「…休学届けだしてるそっちとは訳が違うんだよ。」
「もう、面倒くさいわね。」
自分勝手な言葉をぼやいたと思うと、突然あらぬ方向へ歩きだしてこちらを向く。
「まあいいわ、とりあえずこっちに来て。」
「…いいけど。」
何か考えでもあるのだろうと階段を登りながら、大小2つの鞄を揺らして鼻歌を歌う彼女へとついていくと、
見たことのないぐらいに分厚そうなガラスの先、大きくぐるりと一周囲まれた中心部。
はるか地底から
「あなたよく知らないんでしょここの事、私が調べてきたこと教えてあげる。」
「それは有難いけど。」
何が楽しいのか、口角を上げて笑顔を見せて。音を刻むようにパイプの上で指を跳ねさせる彼女のずれたサングラスの端から見える赤い瞳と視線を交わす。
「ここで言い合ったって仕方ないじゃない、まずはやってみなきゃ。話はそれからでしょ。」
「そうだけども。」
その返答にお気に召したようで、さらににこりと笑顔を深める。
「じゃあ決まりね。装備は持ってきてるんでしょ?」
「まあ、一応な。」
ずっと背負っていた巨大なリュックサックを下ろすと、ずっしりとした重さを表すように鈍い音をたてて落ちる。
中身を覗こうと頭を少し上げて、こちらを見る彼女にジッパーを開けて見せる。
「それ、あんまり大きそうに見えないけど、武器も入ってるのよね。」
「ちゃんとしたのがな。」
中から分厚い生地で出来たナップサックを取り出すと、パーツに別れたパイプをまとめて取り出して、つなげる。
身長程の長さになったそれの先端で地面に叩いて、しっかりと一本になっているのを確認すると掲げて見せる。
「ま、こんなもんだな。」
「…ただの棒じゃない。」
もっともな言葉に
「一応、学園で貸し出されてるような物だから丈夫なはずだ。」
「丈夫なだけじゃねぇ。」
今更ながら多少不安に思ってきたのか、頬に手を当てて首をかしげる。
「勇者様なら聖剣でも持ってないの?」
「剣術の心得も無いのにいきなり刃物なんて持ったら危ないだろ。」
「あなた、どうして勇者になったんでしょうね。」と身も蓋もない言葉を無視して、逆に目の前に座ったままのピンクのパーカー姿に問いかける。
「こっちのことばかり言ってるけど、そういうそっちは装備は整ってるのかよ。」
「…なんで?」
純粋そうにこちらを見る、その姿に。自分の方が何か間違えたことを言った気になる。
「まさか、行かないのか?」
「当たり前じゃない。」
何を今更とでも言わんばかりにまっすぐこちらを見ると、言葉を続ける。
「私最初から取ってきてって言ってるんだけど。」
「いや、そうだけどさ。…じゃあその大きなボストンバックはなんだよ。」
ずっと大事そうに抱えていた、それほど身長が高いわけではない彼女に色んな意味で似つかわしくない真っ黒のボストンバックを指差すと、「ああ、そういうこと」と、口に出して言うとチャックを開いて中をごそごそと漁って、何かを見つけて電源をつけるように操作するとこちらへと投げる。
「あぶねっ。」
「安くないんだから、壊さないでよね。」
突然のことに慌てて身体を動かしてキャッチしたのにも関わらず、飛び出た罵声にいい加減文句でも言ってやろうかと彼女を見ると、手に収まるほどのハートがデコレーションされた小さなワイヤレスマイクを握っていた。
その彼女が口を開くと、目の前と手元。頑丈そうなメタリックなヘッドセットから二重になって音が聞こえてくる。
『特別に今日は貴方のためだけに歌ってあげる』
そう言って、
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