004 はじめてのダンジョン①

一週間を終えて週末、

普段使用しているものとは別のいた電車の中で、一人大荷物を抱えて座りながら揺れていた。


聞き慣れない目的地に慌てて電車から降りると、駅の目の前には大きな畑が続いている。

地元よりも更に田舎の光景につけっぱなしだった地図を念の為にもう一度確認すると、自動改札機に手持ちのICカードをタッチし、駅から立ち去る。


手持ちの画面を頼りに十数分歩いていくと、徐々に田舎だった風景は鳴りを潜めて。

どんどんと騒がしくなっていく街のその中心へと歩いていくと、ついに本当の目的地へ辿り着く。



§


「なんだこれ。」


目的地のドーム状の施設へと入り込むと、まずすぐに目に入る巨大なモニターに視線を釘付けにされる。

数十秒で移り変わっていくその映像には、巨大な木のうろの中で戦う人の姿が色んな角度から映し出されていた。


そう、目に映るその場所こそがここの本体。

今日は週末の休日を使って、市街地にあるダンジョンへと来ていた。



正面の巨大モニターの下では、映画館のように画面に数字が並ぶ小さなモニターが複数並んでいる受付があり、等間隔に弧を描いて横にずらっと並んだ職員達は十人十色の物騒な格好をしている入場者たちの対応をしている。


外縁部をそのまま周っていくと入り口では受付があった中心に沿って、大きなステージが一つあり、更に奥へと歩いていくと小粒なステージが立ち並びそこでは、見知らぬ人々がカメラを立てて各々の衣装を身にまとい踊り、歌い、跳ねていた。



戦士や魔法使いといった攻撃的なジョブを得る人間が多数居た一方、歌や踊り、芸能に関するジョブを得る人々がいた。


これらのジョブは当初ただ単に芸能の才として見られ、それらの道を歩む時の箔付けとして使われた。

ただしジョブ、つまり変質した人間たちに与えられた力は決して見かけだけのもので終わることはなく。


実際にそれらのジョブを得た人間はそうでない人々と比べてしまえば圧倒的な程に才能を開花させ、瞬く間にスターへと上り詰めていった。


それによってか、そのせいでか。

本来備わっている超常的な力の方は使われることもなく、人々はただ表面上の美しさに魅了されていく。



それに気付いたのはどんな偶然が働いたのか、


どこかでダンジョンに入ることもなくその近くでその人間を個人を、集団を想い歌った言葉が届いて、力が増したという話が上がった。

当時それ程普及してはいなかったネット上に書かれた情報に半信半疑、一人二人と試しにと真似をする人々が出てきて、どうやらそれが事実だと人の口に立ち始めた時、テレビでも特集が組まれた。


そこで初めて人々はそばに居ずとも、それらのジョブに意味が出ることに気づく。



歌や踊り芸能に関するジョブが扱える力は人々に活力を与える力、人々の判断力を向上させる力、その他様々な能力があったがその殆どがサポート、補助。いわゆるバフを行う力が主だった。


戦う力のない人々を守りながら戦うのとの交換では力不足であったそれらの力だったが、安全圏で扱えるともなれば話は変わり、急激にそれらを活用する仕組みは発展していき今ではそれが当たり前になりました。


と、これらが教科書にも書かれている適当に検索すればすぐにでも出てくる話の一部始終であり、中心を囲むように作られたこのステージ郡はつまりそれの為の補助施設だった。



ただその人間を想って歌い踊れば意味のある筈のそれにこれ程まで金をかけられて彩られているのはなんてことのない話で、ついでに金儲けをしようという様々な人間の思惑が形づくった代物で。


壁際には飲食店や様々な商店が並び、ステージの前には観客席として備え付けられた椅子が並ぶ。

時には売出し中のアイドルが踊り、配信によって世界にその姿を届けて、時には売れっ子のスター達もステージに上る、ここはダンジョンであるのと同時に戦いに関係のない人間にとっては憩いの場。


このドームの中心では人の生死がかかっている一方で、外縁部ではカップルがデートをするスポットとしても使われている。


それは残酷な程に資本主義を感じる作りだった。




「相変わらず悪趣味な施設ね。」



一周回って入り口へと戻ってきた時に、そんな事を考えていた自分と丁度似たような言葉を吐いた人を思わず見つめる。


だぼっとしたスタイルを隠したウォッシュ加工でもされているのか色落ちしたピンクのパーカーを深く被った上に、サングラスをかけたその逆に目立つ姿に少しの間、目を奪われる。


こちらを見ることもなく歩き出したその後ろ姿にはっとして、スマホを確認すれば。もうここに来てからそれなりの時間が経っていることに気付いて、少し気後れしながらもスマホの画面を切り替えて、書いてある通りに受付へと向かう。



意図せずピンク色のパーカーが目立つその後ろに並ぶ形になって少し、順番を迎えると手に持っていた財布を片手に強く掴みながら職員の前に立つ。


「本日はどのようなご用件でしょうか?」

「探索に。」


「かしこまりました、でしたら入場証をご提示下さい。」


指示に従い、学園でもそうしているように学生証を取り出して置く。


「学生証、ということは本日はまず入場証をお作りになられますか?」

「あ、はい。」


間違えていたことを今知って、ただでさえ固まった姿勢に次いで更に表情も固める。


「でしたらあちらの方でこの用紙をご記入していただいて、もう一度こちらの方にお願いいたします。」


どこからか取り出された記入用紙を手に、列を離れるとそれ程書く欄の無かったそれを記入して、最後の免責同意の欄に名前を書くとまた並び直す。


先程よりも早く迎えた順番に、同じ受付の職員の方へと用紙を提出すると、隣では未だ時間がかかっているのか受付の前でピンク色のパーカーを被りながら、指をトントン機嫌悪そうに待っていた。


「あの、」

「はい?」


記入した内容を見ながら何かを確認している姿に時間がかかりそうだとよそ見をしていると、思ったよりも早く呼び出されて正面を向く。


「その。こちらの記入なんですか、勇者でお間違い無いですか?」

「一応、はい。」


そう答えると、隣で勇者?という声が聞こえて、覗き込もうとでもしているのかゆっくりとこちらへと足音が近づく。


「…承知いたしました、少々お待ち下さい。」


近くに感じる気配に気になりつつも、入力を終えて離れていく職員を見送るとそのまま待ち、戻ってきた職員の持つそれに視線を奪われる。


「こちらが入場証になります、本日はそのまま入場されますか?」

「お願いします。」


「かしこまりました。」


そこからは指示に従い提示された料金を支払い、入場証と書かれたカードと写しに様々な冊子が入れられた袋を受け取る。

「入場の前にこちらの内容のご確認を推奨いたしております、今後のご活躍のためにも是非一読下さい。では、お気をつけて。いってらっしゃいませ。」


決められた文言を口にすると下げられた頭に会釈を返すと、受付の前を去る。



すると明らかにこちらを見る隣の受付の前で待っていた隣人は、受付の職員にひと声かけたと思うと追いかけてきた。


特に逃げる理由もないのでゆっくりと観客席と化しているどこかの椅子にでも座ろうと歩き始めると、肩を掴まれる。


「ねぇ、ちょっと。」

「うぁ!」


思ったより強い力に声にならない声が漏れて、足が止まる。

掴まれた肩の腕の方へ振り向くと、案の定そこにはピンク色のパーカーを深く被ったサングラスを付けた、正面に立ってみればどうやら同じ年頃だろう少女がそこに居た。


「気付いてたでしょ、私が見てたの。」

「知ったからってどう声をかけるんだよ、こっちから。」


躊躇ちゅうちょのない物言いに、初対面であることも忘れて言葉を返すと急に手を離されてまた体制を崩される。


「それもそうね。」

「分かってくれたみたいで、どうも。」


皮肉を込めてそう返すと、伝わったのかどうか気にすることもなく話を続けた。



「あなた、勇者なの?」

「ジョブはね。」


別に隠すことでもない上に先程聞かれていたのも分かっていたので、証明しようと入場証を見せよう、としてやめて。先ほど取り出していてそこにあった学生証を取り出して必要な所を隠して見せる。


「ほら、これ。」

「へー、東京大輪学園の生徒なんだ。」

「そこは別にいいだろ。」


「どうでも良くはないわよ、だって私もそこの生徒だもの。」

「生徒?」


明らかに不審者のような色のついたサングラスを見るようにその奥の眼を見ると、その視線に気づいたのかパーカーを外す。


「別に怪しい人間じゃないってば。」


下ろしたパーカーの中から現れたのはこれまた野暮ったい帽子に、その下に隠されていた赤みの混じったアッシュレッドの髪。


「…自分で怪しくないとか言ってもな。」


その言葉にもう、と口を出して言うと小さな鞄の方から財布を取り出して、中から出された物を見ればたしかに学年とクラスぐらいしか見えないが見覚えのある学生証だった。


「同学年どころか、隣のクラス?見覚えがないんだけど。」

「そうでしょうね、休学してるもの。」


「休学、もう?」

「去年からしてるの。」


つまり一応先輩に当たるのか、まあ復帰すれば同学年だろうが。


「それはもういいでしょ。」


先程同じことを言ったような言葉のオウム返しに半目で見ると、一歩こちらへと近づいて傍にあった柱に追い詰められる。



「ねぇ、あなた。勇者様だって言うなら、私の願い叶えてくださらない?」



壁ドンでもされるように追い詰められて、

サングラスをずらした先にあるその赤く透き通った瞳は、こちらを妖しく見ていた。

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