7章
7-1話【その獣は嘘を吐かない】
東西南北今昔問わず、奇跡に等しい不思議な現象を意図的に起こす術を人は『魔法』だの『魔術』だのという陳腐な言葉で片付けてしまいがちだが、あの時に
だが鬼たちはそれだけでは飽き足らず、人の社会に溶け込み、数多の娯楽コンテンツに混ざり込む道を選んでしまい、結果としてもう到底覆せない程に、人の世界に『鬼』が居る事は一般常識となってしまった。
魔法の『魔』に隠れ潜む『鬼』は十もの画数がありながらも、見事なまでに人の文字という世界に入り込み、そのまま人の思考を蝕み続けた。
艱難辛苦に挫けそうな人は、本来であれば強い心を持ち膝に手を置きながら力強く立ち上がり、立ちはだかる壁を毅然と睨み付ける力があるはずなのに。隣に居る仲間たちと共に手を取り合って互いに壁を乗り越える力があるはずなのに。
数多立ち並ぶ文字の『林』に隠れる『鬼』に魅入られた人間は艱難辛苦を前にしても「俺も魔法が使えれば」と思考を放棄してしまい、仲間との連携力を著しく欠いてしまう。画面の向こうで雄々しく猛々しく、凛々しくも愛らしく素敵な生涯を謳歌する『剣と魔法』に憧れた人は、やがて画面の向こうの存在に対してばかり無遠慮で口汚く、時として相手を死に至らしめるような呪文を唱えるようになってしまう。
やがて鬼に魅入られた人間は全ての『向こう』へと悪意を差し向けるようになっていく。画面の向こうの誰かに向けていた悪意は、扉の向こうの親へ向けられ、壁の向こうの隣人へと向けられ────いつしか目線の『向こう』の全てに悪意を『向ける』ようになっていくのだ。
それが『
人間の
それでも、それでも、周りに
忌むべき
「────殺せ殺せ殺せェーッ! 怯むなァッ! 撃てェ───ッ!」
喉よ裂けろと言わんばかりの大きな声で有象無象が叫べば、それに呼応した有象無象が「おおおお────ッ!」と空気を震わせる程の声で咆え猛る。眼前に立ちはだかる異形の怪物を撃ち殺す為、量産品のアサルトライフルのトリガーに掛けた指を、まるで手を握るかのように引き続ける。
それは所謂『ダラ撃ち』と呼ばれる愚行。
だからこそ三点バースト銃は新兵向けだと言われるのだが、どういう事か素人ほど「撃ちたい時に撃ちたいだけ撃てない」と妙に三点バーストを毛嫌いする。これが
しかしそれは
そも弾頭を発射した際の衝撃によって、銃を構えている上半身はまるで手押し相撲でもしているかのようにどんどん後ろに押されていく。物理法則が上にしか働かないと思っているものは、小学校の理科でやったろう「キャスター付きの椅子に座ってボールを前に投げるあれ」を思い出して頂きたい。投げたボールが前方に飛んだ際、椅子に座った上半身が軽く上に反ると同時、君の体はキャスターに流されて後ろに下がっていったはずだ。
「ビビるな撃てェェッ! 撃てェェ殺せェェェエエエ────ッ!」
そんな事は「引き金を引いたら弾が出るよ!」ぐらいの常識として知っているはずのサンスベロニア兵たちが、にも関わらず闇雲に乱射しているのにはしっかりとした意味がある。
「恐くないですよ、怖くないですよ。恐くないですよ、怖くないですよ」
上半身だけになった体に取って付けたような双頭の異形。淫靡な女性の体を持った餓者髑髏か、或いはテケテケを双頭にしたような化物に付いた二つの頭の内の片方が、黒く艶やかな長髪を揺らしながら柔和に微笑む。その怪物が壊れた機械のように呟き続ければ、その言葉に勇気付けられたかのようにサンスベロニアの警備兵たちは絶叫、
「恐くない、大丈夫。怖くない、大丈夫」
腰から下を失った異形の魔法生物に、乱射されている鉛弾がビスビスと突き刺さる。しかし双頭の異形は何ら微動だにする事無く微笑み続け、右手、左手と器用に動かしながら少しずつ前進していく。
「恐くな──恐くない、大丈大大大大大丈夫───大丈夫、怖くななななななな──────大丈夫」
やがて狂い始める双頭の片方……長い髪の女性が微笑んだまま、まるで壊れた機械のよう呟きながら血涙を流し始める。それが異変の兆候である事は誰の目にも明らかなはずなのに、警戒心を忘れたかのように叫び続けるサンスベロニア兵士たちは残弾切れになった銃を投げ捨て、ナイフ片手に突貫────双頭の異形に次から次へと叩き潰され、地面に赤黒い染みを作り続けていく。
そんな様子を背後から見ていたジェヴォーダンの獣が「イェイェイェイ来るよ来るよハッハッハァーっ!
それまで無言でニヤニヤとしていたジェヴォーダンに
「そうこれはみんな大好きパーティーの幕開けに等しい大事な大事な儀式なのさ! お友達のお誕生日パーティーは毎回必ずクラッカーでお祝いしたろういやぶっちゃけ今はまだ鳴ってないしまだ鳴らないがもう少しすれば高らかに鳴り響く訳なんだよクラッカーがね! その時に供えて備えるんだよMr.モモノキ!」
今にも踊り出しそうな程にテンションが上がっていく
「いやいやマジかよモモノキ、君はクラッカーでお誕生日パーティーを祝った事が無いのかいさてはボッチかボッチだったんだな誕生日を祝う相手も居なければ祝って貰う事すら無かったボッチだったんだな? いや分かる、分かるよ気持ちは分かる君はアレだろう、ママン以外からバレンタインチョコを貰った事が無いクソ陰キャだったんだろう? スクールライフは全ての昼休みを寝た振りで過ごし『帰りの会』が終われば爆速で教室を出て帰路に着き宿題をやるより先にゲームを起動するようなタイプのクソ陰キャだったんだろう? その帰り際トイレや屋上への階段でバカップルのこっそりセックスに鉢合わせれば我を忘れて自慰に耽ってしまうようなクソ陰キャだったんだろう? イかんねイかん、イかんよそんな風にシコシコセンズリ
………隙が無い。余りにも隙が無い。口を挟む隙が全く無い。
ころころと表情を変えながら身振り手振りを振りまくるジェヴォーダンに圧倒された百鬼童子が「……結局くらっかーって何だ?」と気の抜けた相槌を返せば「おおっとそうだ忘れていたよ今は君が風俗で童貞を捨てた時の話なんてどうでも良かった、どうせなら好きな人で捨てたかったねーという相槌を打っている場合じゃあ無いんだ!」と妙に腹の立つしたり顔へと戻っていく。
「今は肉女のメタモルフォーゼを祝ってクラッカーを鳴らす準備をしなくてはならないんだったよまあクラッカーは無いしその辺に落ちてるBB弾すら撃てない弾切れの銃を代わりに撃ち鳴らす事も出来ないから、ここは素直にスタンディングオベーション。背筋を伸ばして両手で拍手を鳴らすだけで我慢しておくとしようね!」
「……………もう何度言ったか分からねえが、とりあえずマジで横文字はやめろジェヴォーダン、オレ様は
「ウワァーオ本気かモモノキ! 犬、犬と来たかいその呼び方は少し所かメチャクチャ抵抗があるんだやめてくれよMr.モモノキ。何せ僕は生前も死後もイヌ科の
「だったらオレ様に配慮して横文字を減らせ。………何だったか、ぷーどる? だったか? キャンキャン五月蝿い子犬じゃあるまし、余り喋り過ぎると舐められるぞ」
「うおーいプードルと比較するのは論外過ぎるだろうMr.モモノキっ! しかも舐められるだってっ!? それはあれか僕に「プードルカットで玉乗りしながらバター犬プレイをしろ」という意味かいっ!? もし本気で「そうだ」と言うのなら仕方が無いからプードル呼ばわりする事も受け容れてやるが………ハッハ、その時は覚悟しておきたまえよ?」
吊り上がった口角を更に吊り上げ不気味に笑う赤いスーツのエンターテイナー。悪意も殺気も何も隠しもしないその表情に百鬼童子が「へえ? どうしてくれるってんだ」と笑い返せば、ジェヴォーダンの獣は「決まっているだろう答えは一つ」と鋭い犬歯を見せ付け、
「君の事をこれからMr.モモノキでは無くMr.ドウジと呼ぶ事にする」
「ダッサ。やめろお前そっちで呼ぶな、童子は肩書きなんだ名前じゃねえ」
「ではMr.ノキと呼ぶしか無いが………うぅんどっちだろうね、どっちだろう。語感的に北欧神話のロキを思い浮かべるならまだ良いが短髪の女の子がモトラドに乗りながら旅をする作品を思い出したのならもうキミは完全におっさん寄りの陰キャだ行雲流水、時間の流れは残酷だよねぇそうは思わないかいMr.モトラド」
「分かんねえっつってんだろうが横文字減らせってんだ糞犬」
「
銃火が吹き鳴らされ鉛弾が飛び交う。残弾が尽きればナイフを片手に特攻し、数秒後には異形の腕に叩き潰され死んで行く………。
そんな命の安さが窺い知れるような小戦場となったサンスベロニア帝国の城下で「五月蝿えぷーどる殴り殺すぞッ!」「
それに合わせ、その場に集まって異形を迎撃せんとしていたサンスベロニア兵たちの動きがぴたりと止まる。まるで自分が何をしていたかを思い出すかのように周囲を呆然と見渡す兵士たちは、やがてもう一つの異形をその視界に入れてしまう。
「|SCARRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRE《コワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアイ》D」
腰から下を失った全裸の
と同時、それまで淫猥な女性の体だったそれが金属製の骨格へと変貌し、肉女が繰り返していた「恐くない」という言葉とは真逆の言葉を紡ぎ出す。
途端、まるで歴戦の兵士かのように勇猛だったサンスベロニア兵士たちが次々に泡を吹いて失神し始めた。かろうじて意識を保った心臓の強い兵士も居たが、しかし彼らは最早何が起きているのかを理解する事が出来ていない。「恐くない、怖くない」と繰り返していたはずの肉女は既に居なくなり、変わりに顕現した
「………何だこりゃ、………っおぉぉ、凄えなこのオレ様が………震えが止まらねえ。何だこれは…………」
久々に粟立つ肌に懐かしい感覚を覚えながらも、言い様の無い違和感が残る百鬼童子が「おいジェヴォーダン、こりゃ何だ。何が起きてる」と赤黒いスーツのエンターテイナーに声を掛ければ、
「待ってくれそれどころじゃない超怖いおしっこ漏れそうだッ!」
彼は内股になりながら両頬に手を当て、泣きそうな声でそう叫んだ。その言葉に百鬼童子が呆れるより先に、ジェヴォーダンの発した『恐怖を表す言葉』に呼応した骨男が、再び「|SCARRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRE《コワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアイ》D」と掠れ切った男の声で叫び出し、金属製の両手を器用に使い倒れたまま痙攣を続ける兵士を押し潰しながら悠然と進んでいく。
「───と、まあ冗談はさておくとして。そもそも僕に泌尿器は付いていないからね、漏らしたくても漏らせない事を今思い出した飲尿プレイ愛好家はあっちでしりとりでもしていてくれたまえ」
けろりとした顔に戻ったジェヴォーダンがそう呟きながら骨男の後を追う。それに百鬼童子が「だろうな」と同意し、同じように止めていた歩みを再開した。
「………こいつは何なんだ? 新入りの餓者髑髏って奴か? 餓者髑髏ってのは物理特化、ただデケえだけの骸骨だった気がするが」
「いや知らん。僕にも良く分からん」
至って真面目な顔と声で返すジェヴォーダンに「は?」と百鬼童子は間抜けな顔で口を開いてしまった。
「何でお前がこいつの事知らねえんだよ、お前が連れて来たんだろうが」
「いやいや待て待て勘違いするなよモモノキ僕はこれの性質はちゃんと知っているし出自も大体は把握している。しかしこいつが「何なんだ」という君の問い掛けには正しい答えを与える事が出来ない、だって把握してるだけで知ってる訳では無いからな。僕は知らない事を聞かれても「答えられない方がよっぽど恥だ」として自信満々で適当な事を垂れ流す大陸の土民では無いんだ。僕はれっきとしたおフランスピーポー、………いや
「どういう事だ、意味が分からん」
「あそうだふと思った全然関係無いんだが宿題のような提出物を忘れた生徒が職員室に呼び出されるというのは恐らく万国共通なんだろうけど、ぶっちゃけ数多の存在が見聞きする職員室という場所でクドクドとお説教するっていうのは現代で言う所の公開処刑に等しいような気がするんだよね。周りがどれだけ興味を持っているかはさておくとして周囲の好奇の目に曝されている状況で「お前は何でそんな事も出来ないんだ」と晒しものにされながら説教されるというのは正しい教育の在り方なのか甚だ疑問だよ、良い歳した大人が二桁触ったばかりの子供を相手にそういう事をしているからそういうやり方を受けて成長した同類たちがインターネット上で「晒し」を繰り返すんじゃあないかな。どう思うよMr.モモノキ、君確か晒し上げ大国の生まれだったろう何か意見をくれ否定意見だとシーソーゲームが成り立ち互いの成長に繋がるから尚素晴らしい」
「知らねえよクソが」
「おいおいせめて否定してくれシーソーを壊すのは良くないぞ会話のキャッチボールが成り立たない」
そもそも一人で勝手に喋り続けるタイプのエンターテイナーが「キャッチボール」を繋げようとしているのか、というようなツッコミを出来る存在は今ここには居らず、この場は文字通りの地獄絵図。阿鼻叫喚としか言えない酷い様相へと変わったサンスベロニア帝国の中央通りを歩く百鬼童子は「まあ分からんでもどうにでもなるか」と、騒がしいエンターテイナーに付き合う事をやめた。
そんな百鬼童子の姿を見たジェヴォーダンは、だからこそしたり顔で「あれは恐怖を操る魔法生物として生み出されたそうだよ」と、話が完全に過ぎた後で話を戻す。………この話し方は、ジェヴォーダンの獣が最も好きな話し方だった。
「肉女と骨男、あの二人はそう呼ばれている災害のような存在なんだそうだ。どうしてどうやって何の為に生み出されたのかは知らないし知るメリットも無いから知りたいとも思わないんだが、それでも知ってしまった僕が知識の共有としてモモノキに何か教えられるとすれば、あれは『恐怖の操作』の実験の為に造り出されたらしいYO! という事ぐらいかな。僕が腹を満たす為の珍道中と洒落込んでいる時に偶然出逢いそのまま目と目が交差し二人は恋に落ちるというような事にはならず、ああ悲しいかな種族の壁にブチ当たり「お友達で」という感じで今僕と連れ合っている訳で……………まあ僕的には使い捨てのデッカい
再び訪れた早口の説明。最初の方こそしっかりとした説明に感じられたが、その説明をしっかり理解するよりも早く話の腰を意図的に折るのがジェヴォーダンの喋り方であり信条の一つ。何が言いたかったんだ何の話をしていたんだと問い直して来た相手に、再び早口で長文トークを繰り広げようとするのが喋りたがりなエンターテイナー、かつては白いスーツを身に纏っていたジェヴォーダンの獣のポリシーだった。
「……………恐怖の操作、ね」
そんなジェヴォーダンとの付き合いは決して長いとは言えないものの、それでもこれだけ癖の強い野郎なのだから良い加減慣れるというもので。序盤の方に語られた重要な言葉を反芻した百鬼童子が、恐怖を振り撒き抵抗する意思すら消し飛んだ兵士たちを蹂躙する双頭の魔法生物の背中を眺めた。
………肉女と骨男は、二つの姿を持った双頭の魔法生物。二つの姿のどちらでも共通しているのは、全高は地上から凡そ五メートルか六メートル程度で、腰から下は千切れてしまったかのように存在しないという事。両腕を使い器用にバランスを取りながらペタペタと移動する様は二足歩行ならぬ二手歩行とでも言うべきだろうか。
その頭部には二つの頭が存在しており、一つは
そしてその頭は特定の条件下で相互に切り替わり、その切り替わりに合わせて体の外観も変わる。骨男が意識を持っている時は全身金属製の骸骨のような外観だが、肉女が意識を持っている時は全裸の女性そのもの。腰から下が無くなった全裸の女性が、長い黒髪と豊かな胸と───剥き出しになった内臓を引き摺りながらペタペタと両手だけで器用に動き回るのだ。
「さっきその辺に居た兵士たちが特攻すれば全て解決すると思ったアホ戦士の如く頭空っぽでゴーゴー叫んでいただろう? あれは肉女に恐怖という感情を奪われていたようなものだからさ」
腰から下以外の肉体を持った女性である肉女は「その意識が続いてる間、周囲の存在が発する恐怖を全て吸い取る」という性質を持っている。
痛みとは体が伝える危険信号。痛みはその度合いによって、体の持ち主に命の危機を伝える役目を持っている。無視していればやがては死んでしまうぞと、脳が体にする注意喚起が『痛み』なのだ。
そして『恐怖』とは『痛み』以外での注意喚起。このままだと痛みを感じる間も無く死んでしまうかもしれないぞという脳からの注意喚起、危険信号が『恐怖』なのである。
肉女はそれらを全て吸い取る。肉女を視認しているいないは関係無く、肉女の一定範囲内に居る全ての生物が発する恐怖という危険信号を、意識が受理するよりも早く全て吸い取り蓄える。
だからこそ『恐怖』という危険信号を失った兵士たちは異形の魔法生物を前にしても何一つ震える事無く悠然と立ち向かい、残弾が尽きた瞬間ナイフを抜いて突貫した。そしてそんな無謀なものたちが秒も掛からず綺麗な指先で叩き潰される様を目の当たりにしても、彼が恐怖に怯える事無く二人目三人目と肉女の指先で潰され続けていった。
肉女がそこに存在する限り、彼らは恐怖を感じる事が出来ない。恐怖を感じ、死を未然に防ぐ為に生きて逃げ出す事が出来なかったのだ。
「しかし僕やモモノキがカミカゼ隊員のように雄叫び上げながら突っ込むような事が無かったのは、そもそも前に出て戦う必要が無かったというのも確かにあるし骨男が放った恐怖に対して耐性があったからというのも同じく確かにあるが、僕やモモノキはこの状況下において恐怖を感じていなかったからというのが最たる理由だろうかね。あれは自らに対して恐怖をくれたものに対して特に恐怖を『お返し』する存在でありだから僕と「お友達」で居られているという訳なんだ、僕はあれを見ても「お化けなんて無いさ」と歌いながらお化けなんて食べちゃえるような存在だからねHahahahaha!」
肉女は周囲の生物から恐怖という感情を吸い取るが、そもそも周囲の生物が恐怖という感情を抱いていなければ肉女は「ちょっと臓物ハミ出てる系デカい全裸のお姉さん」ぐらいの存在でしか無い。
「因みに肉女に対して恐怖を「吸い取る」や「奪う」というような言い方を選んでいるのにはちゃんと理由があるんだよというかこれが最も大事な部分なんだけどね」
周りから恐怖を吸い取り奪い続ける肉女だが、当然肉女にも
「片方が意識を持っている時もう片方は意識を持つ事が出来ない。どれだけ目立ちたいと思った所でボケ役の相方がボケてくれなければツッコミ役は何も言えないという訳だ。もしくは僕のようにボケ続けてツッコミを入れる隙が無ければ相方は真顔でその時を待つしか無いという事だねHahahahaha言い得て
故に肉女が周りから搾取した恐怖に耐え切れず意識を失えば、その瞬間全ての主導権を得た骨男が「待ち侘びた」とでも言わんばかりに顕現する。
「青少年或いは脳幹からひょろ長い股間がブラブラ垂れ下がっているようなタイプの男性が見たら悦んでしまうだろう肉女の体は、骨男へと切り替わる際にその体も当然の如く切り替わるのさ」
その肉は全て一瞬の間も無く消え失せ、都市伝説に登場するテケテケが如く艶やかだった肉体は、隻腕の妖怪大王が生み出した新参妖怪「餓者髑髏」のような金属製の骸骨へと変貌する。
「現れた骨男はそれまで肉女が溜め込んだ恐怖を一気に放出、本来であれば少しずつ高まっていく恐怖という感情を一気にドカンとぶつけられた周囲の生物はその重圧に耐え兼ね壊れてしまう。………ほら、そこでマリファナをキメ過ぎて痙攣している間抜けそっくりな兵士が良い例だ、筋肉だけでなく内臓器官も痙攣するからゲロは止まらないし泌尿器だって弛緩と萎縮を繰り返すから失禁も止まらない。………どうだいモモノキ、そっちに不運にも巻き込まれて死に掛けているご婦人が居るじゃあないか。糞尿まみれになる事を厭わず彼女の穴に突っ込んでみれば恐らく弛緩と萎縮を高速で繰り返す未知の刺激に相当ハイになれると思うよ。君は僕の話し相手になるという重要な役割を担ってくれている訳だから一時間程度までなら「ご休憩」の時間を取ってあげるのもやぶさかで無いし最近ご無沙汰だと言っていたしちょっと遊ぶぐらいなら許してあげよう」
「遠慮しておく。クソまみれの下半身に腰を叩き付けてクソ汁撒き散らす趣味は無えし、そうでなくともたった一時間如きで済ませる気も無え。どうせやるなら最低でも日単位で時間を寄越せ」
「相当な絶倫じゃあないか、いやいや良かった良かったこの体で安心したよ生前の僕は子を連れたメス説もあったから下手をしたら君に犯され倒して異世界転生所じゃ無くなっていたね。………おお背筋が震えてケツ穴がヒク付いた気がするよこれがいわゆるムシャブルイというやつなのか」
「オレ様は相手が男でも気にしないぞ? 肉で出来た穴がある事に変わりは無いだろ」
「オギャッシュ! 何てこったい勘弁してくれよ僕はゲイだのホモだのに興味を持つ程世俗に関心なんて無いがこと自分のケツ穴を掘り起こされる事には強い抵抗感を示すよ! 何でモモノキはそんな童貞拗らせ過ぎた奴みたいに「ヤれれば何でも良い」とかいう考えなんだいそういう思考だから「もうヤギで良いや」と雌ヤギに突っ込む輩が絶えず「ヤギとのセックスは禁止」だなんて意味不明過ぎる法律が出来る州が生まれてしまうんだよ!」
立ち並ぶ全てを蹂躙しながら進む肉女と骨男を後ろ歩きで追いながらまくし立てるジェヴォーダンに、百鬼童子は「変なのか?」と不思議そうな顔で問い掛ける。
「オレ様の死ぬ前は衆道なんざ常識だったぞ。ヤギは知らねえが、エイに突っ込む奴や
「………………あー、Mr.モモノキ。貴方も経験が? あ因みにヤられる方ねヤる方は僕的にそこまで違和感が無い。しかしケツ穴がヒク付いてしまう事をムシャブルイと呼ぶならヤーパンに居たムシャたちはみんなケツ穴をヒク付かせていたという事になりかねない、そんなサムライスピリットは嫌だ」
「武者震いはそういう意味じゃ無えんだが………ヤられる方っていうと突っ込まれる側か? そりゃあるわ、あるだろ当たり前だ。オレ様的には突っ込む方が好きだが、仲間内じゃあたまにはオレ様を可愛がりたいって言う奴も居たからな。雄雌問わず抱かれてやってた事も多いぞ」
「よし君をMr.モモノキと呼ぶのはやめよう。今日からキミは
「ミスターで良いだろ、いきなり呼び方変えるな。というか何だよ、お前のその態度を見るに衆道は異端なのか? ………思えば宣教師たちも似たような事を喚きながらオレ様に喧嘩を売ってきた事もあったが………普通は男同士じゃヤらねえのか?」
「ああMr.モモノキそれは凄いデリケート過ぎる話題だ。けど見て見ぬ振りをしながら臭いものに蓋をするのは根本的な解決や改善に全く繋がらないから僕が批判を恐れず色々と喋ってあげよう代わりに僕の尻穴を狙うのだけはやめてくれ」
………最も有名な所ではウサギがあるが、ウサギに限らず犬や猫でも同性同士でのセックスは普通に起こる事であり、場合によっては種という垣根を超え人間の女性に「何かヤれそうな感じのメスだから」と発情するイルカさえかなり多い。知能指数的に同性交尾に含めて良いか怪しい所だか、同性で交尾を行おうとするカブトムシなんかは中々有名だろう。
そう、つま「同性同士の交尾なんて生物界では当たり前に起こる事例。それでも同性愛が嫌悪されてしまう理由は、恐らくは宗教が最たる理由だろうか。
我々人間はアダムとイブによって生み出されたと本気で考える宗教家は、
そして宗教とは下手な感染症よりも遥かに伝染力が高く、一度入り込んでしまえばそう簡単には出る事が出来ない。ヤクザのような「出させて貰えない」では無く「出ようと思えなくなる」という方向性で、宗教家は人の思考回路に入り込む。末期的なものでは少しでも批判されれば躊躇い無く他者を「異端者」として殺害するし、自らの親族を教祖への貢物として差し出す事すら躊躇わなくなる。
行き過ぎた宗教家は、言うなればストーカーと変わらない。思う事は自由であり、その思いを周りに広める事も自由。自分が好きなものを周りに好きになって欲しいという気持ちは誰しも大なり小なり持っているものだから、
しかしストーカーと宗教家は、自分がしている事を善だとしか思わない。思うだけなら罪にはならないと思いながら、自らがしている行いを悪だと思わなくなっていく。自らの精子が入った袋をメスに手渡しするイカの如く使用済みコンドームが玄関先に放置されている内はまだ救いがあるが、もたもたしていれば帰り際を教われアメフラシが精莢を打ち込む時のように強姦されてしまう。
「宗教家と全く同じさ。主婦たちが井戸端会議をするかのように集まるぐらいの感覚で始めた「良い教えだから」というその宗教は、偉いお人様がほんの少しでも欲を見せ始めた瞬間一気に全てを破壊し尽くすものへと変貌するのさ。自分の娘を教祖への供物として差し出す事も他宗派の人間を「邪教」だと殺す事も、果ては自身の体に爆発物を巻き付け無差別なテロ行為に及ぶ事すら「良い教え」の為であり「良い事」だと信じて疑わないんだよ」
「………おいジェヴォーダン、結局衆道の話はどこに行ったんだ?」
「ああ思えばサンスベロニアも似たようなものだったね。いやケツ穴国家という訳では無いんだが誰もそれに躊躇いを持たないという点では、独裁国家も一つの宗教と何も変わりやしないか」
「おいジェヴォ答えろ、オレ様は宗教なんざどうでも良い。オレ様は衆道の話が聞きてえんだ、今の衆道はどうなってんだ」
もう考える頭が無くなっているようなものなのだ。何しろそういう風に育て、そういう風に仕立て上げたのだから、国民はまさしく少年兵が如く上の命令に疑問を持たない。
言ってしまえば義務教育で学校に通う事すら『教育』の一環なのだろう。毎朝起きて
そういう風になっている。そういう風にしたのだから、そういう風になって当然なのである。誰も疑問なんて持たない。持たないように
「さぁてではそろそろ進もうかモモノキ考え語った所で結局何が出来る訳でもないこんな無意味な事に時間を割くのはまさしく無駄さ。君の出番ももう少しすれば来るだろうから楽しみにしておいてくれよお城に到着すれば楽しい楽しいパーティタイ─────アーォ待ってくれ何てこったッ! さっき肉女が骨男に切り替わる時にスタンディングオベーションで拍手という名のクラッカーを鳴らすのを忘れていたよ
「おいジェヴォーダン衆道の話はどうなった。オレ様はマジでそっちが気になるんだ、ガタガタ喚いてないでさっさと教えろ」
「
「|SCARRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRED《コワアアアアアアアアアアアアアアアアアアイ》」
「おいジェヴォあれのどこが悲しそうなんだ、表に出られて嬉しそうですら無えぞ。お前本当にあれと意思疎通出来るのか? というかあれ何て言ってんだ、横文字だろあれ。日ノ本言葉で喋らせるか、もしくは女の方に変わってくれ。あっちの方が言葉が分かるから取っ付きやすい」
「ああそうだ取っ付きやすいと言えば骨男はともかく肉女はこちらに対してかなり好意的だから肉体関係を持って欲しいと頼み込めば多分色々ヤらせてくれると思うよMr.モモノあ違うSir.モモノキ。恐怖さえ抱かなければ彼女は切り替わる事が無いからね、君の絶倫具合にも彼女だったら耐えてくれそうな気がするしちょっと一時間ぐらい「ご休憩」でも僕は構わないよ」
「ヤらねえよ穴無えよ。あとミスターで良いっつってんだろ情緒不安定かお前は」
「手や口で致して貰えば良いだろうし彼女はお胸が豊かだから挟んで貰う事だって出来るよ? 何と言ったか、
「どうとも思わねえよお前マジ何なんだよ」
「全然関係無いけど君電マとかに弱そうなイメージあるね。こんなのオレ様の時代には無かったぞーんほぉーとかそんな事叫びそうなイメージある」
「意味分かんねえけど馬鹿にされてる事だけは分かる。お前マジ酒の肴にブチ殺してやるから支払い済んだら覚悟しとけよ」
それはまるで飲み会の一次会を終えた連中が『次の店』に向かう道中のような会話。周りのものなんて見えていないかのような二人は、『かのような』では無くきっと本当に周りなんて見えていない。
生きているものは口から泡を吹きながら汚物にまみれ、それ以外は死んでいる地獄絵図。泡を吹いて失神しているものたちも恐らくもう長くは無い、自身の吹き出したあぶくに肺をやられ「陸地で溺死」するか、或いは異常痙攣する体を止められず不整脈を極めた心臓によって正しく酸素が送り込まれなくなり「息をしながら酸欠で死ぬ」かのどちらか。
しかし骨男は見向きもせず、偶然手を置く位置に横たわってしまったものを圧死させる以外は掠れ切って聞き取り辛い声で「
けれどそれは当然の話。彼らは人に危害を加える存在ではあるが、サンスベロニア帝国の中央通りにもう人は居ない。死んだものも、生きているものも、人の外観こそしているが人として機能していない。彼らの目に映っているそれらはもう人では無いのだ。
ジェヴォーダンの獣は生きる為に殺しているだけであり、百鬼童子は「人を殺す存在」として人に創り出された鬼であり、肉女と骨男はただ向けられた感情を返し命令を聞くだけの機械的な魔法生物。
彼らには悪意なんて存在しない。牛肉や豚肉、鶏肉を刻んでパック詰めする従業員に悪意が無いのと同様、彼らにとって人殺しは「生きる為の行為」でしな無いのだから、そこにわざわざ悪意なんて足す訳も無い。
それでも悪意を持つとすれば人の身を強制的に魔法生物へと作り変えられた肉女と骨男だが、この男女は魔法生物へと作り替えられる際に知能の八割以上を消し飛ばされている。肉女が他者の言葉に友好的なのは開発者が自身の性欲処理として都合良く使う為であり、骨男が恐怖に
「楽しみだ……ああ楽しみだねえ楽しみだよ。遂に挑める、ようやく挑める。「見ようとする」事への対策は取った彼女への対策は取れている…………ああようやくだ」
三人の無害が歩いていく。
本人の意思なんて関係無く「そういうもの」として創られた鬼と、
命令に従い受けたものを返すだけの魔法生物と、
ただ生きる為に腹を満たそうとするだけの獣。
「───
静かな声色でジェヴォーダンが世界に向けて思いを宣言する。普段の軽々しく軽率な声色とは打って変わった透き通るような凛々しい声。こういう声の女性が居ても何らおかしく無いと思える程に綺麗な声で呟くジェヴォーダンに百鬼童子が「………
それは自己型の
そも思いというものは一時的なものである場合が殆どを占める。「お金が欲しい」という思いがあったとして、それは「お金を手に入れたその瞬間」だけは極端なまでに思いが薄まる。そしてその直後「もっとお金が欲しい」という思いを抱くのだ。
だからこそ
「ジェヴォーダン、お前の
その言葉にジェヴォーダンが口角を吊り上げる。三日月よりも遥かに細く鋭く口元を歪めるジェヴォーダンは「何の事は無い、ただ生きていけるというだけのものさ」と嬉しそうに笑う。
「当たり前の事、当たり前過ぎる事。けれど世界には、その当たり前の事が出来ない
「………………千利休か? どういう意味だ、ボヤかすな」
焦れる百鬼童子に「ハハハっ! 確かにゴールデンチャノユボーズの言葉に似ていたかもしれないねっ!」と嬉しそうに笑えば「ごーる───いや誰だよ」と百鬼童子は冷静なまま。
「至極シンプルかつ生物であれば皆当たり前に行う事でありながら、しかし人間だけはそれを罪であり悪だとして認めず否定したがる。何せ生前の僕はそれが理由で殺されたからね」
どこと無く悲しげにも聞こえる声色でそう語るジェヴォーダンはしかしすぐに「因みに僕を殺した相手の名前なんか僕は覚えていないよ」と笑い出す。
「その辺の罪無き無垢な犬っころを無闇矢鱈に殺し続けたダンヌヴァル親子じゃ無いのは確かだが、シャストルとアントワーヌのどちらに殺されたかは僕自身にも分からないね。だってそうだろう? 君はカレーライスに入っている肉に付けられていた「名前」を知っているのかという話さ、豚だか牛だか鶏だかは知っていても殺されたその個体がどういう名前や識別番号を付けられ育てられたかなんて知りもしなければ知ろうとすらしないだろうが。………ああ、だがそれでも個人的な私見を述べるとすれば、僕が信じているのは自分の牙と爪のみであり間違っても聖書なんざ読む宗教家の言葉に聞き入るような事は有り無いというぐらいだね。まあそうだとすれば僕の死体は本当にヴェルサイユで晒されている事になって後の世に語られる僕の姿はあんなにも
そう吐き捨てるジェヴォーダンの獣に「何が言いてえんだ」と問い直せば、彼は「強くなるだけさ」と笑いながら答えた。
「僕が得た
その獣が得た
ただ生きているだけなのに、ただ生きる事すら「悪だ」と赦されなかった獣の願いは『生き抜く為の力が欲しい』というただそれだけ。『人間に殺されずに、生き残るだけの力が欲しい』というだけのもの。
「実際悪いのは僕だから殺された事に対しては何も思う所なんて無いよ。殺されたのは殺された奴が弱かったのが悪いんだからね、抗う術を持っていない弱者は絶対悪なんだよ。そんな事は無いそれは違うというなら人間を殺した結果人間に殺された僕の為に動物愛護団体を動かしてくれたまえ、でなければ殺された僕は被害者になれない」
だからこそジェヴォーダンの獣は強くなる事を願った。食物連鎖の頂点に立てなかった自分が、目的の為なら罪無き無垢なヨーロッパオオカミを大量に殺し続け、時には目の色髪の色肌の色が違うというたったそれだけの下らない理由で同種をも心底から憎み蔑み殺す人間という無差別殺戮種に、もう二度と殺されない強さが欲しいと願った。
しかしジェヴォーダンの獣は、獣である故に「食らわなければ強くなれない」という制約を課してしまった。だからこそ赤黒いスーツを纏った
「…………お前がなんたらかんたらって帝国に挑むのは復讐の為か? 自分をブチ殺した人間に対する復讐の為か?」
どこか暗い声色をした百鬼童子の問い掛けに「いや違うよ?」とジェヴォーダンはあっけらかんとした声で答える。「じゃあ何の為にわざわざ命賭けんだよ」と問えば、獣は「魔法とやらの仕組みが気になるというだけさ」と返した。
「それも結局強くなる為でしかないが魔法を使って大空を飛び回れるぐらいになれれば色々と困らなくなるだろうからね。あの時女騎士と修道女モドキが語り合っていた『破滅色の魔力』とやらに対しての懸念も無くは無いが隣国に呼び出された祟り神は難無くそれを扱えているんだ、恐らく僕も『生粋の悪人』に含まれているだろう。扱える魔法がどれ程のものになるかは夢を膨らませるぐらいしか出来ないが、どこかのクソ長い名前をしたカラフルなスーパードラゴンのようにワウーとか呻きながら足をジタバタさせるだけで空中浮遊したり赤甲羅を食べて火を吹いたり横Bするだけで唐突に現れた大量のカルシウムに包まれて転がれるぐらいは出来るようになると良い───いや待てそれだと場合によっては乗り捨てられて奈落落ちする可能性がありそうだ何か他の能力とか考えておかなくてはいけないね、これも宿題の一つだこういう楽しい宿題ばかりならきっと世の中の
楽しそうにそう語り出すジェヴォーダンの獣からは邪気のようなものが感じられず、本心から人間を憎んでいない事が窺い知れる。彼は本当に弱かった自分が嫌なだけなのだろう。
しかし本来その程度の感情や意志で
きっと彼は全人類が死滅した先でも更に生き残る事を考えている。最も動物的な理念、生きる事に対する欲求が余りにも強いのだろう。全人類が死滅し、全生物が死滅し、木々すら枯れ果て、酸素すら無くなり、星が死んでも尚自分が生き残れるぐらい『強くなりたい』と願ったのだろう。
それは恐らく人間では絶対に願えない程の
「それはさておき、そういうモモノキは何故僕に付いてくるんだい? 幾ら酒の為とはいえ僕に付いて回るのは非効率だろう」
唐突な呼び掛けに百鬼童子が「あ?」と呻く。
「さっきも言ったような気がしなくもないが君は自力でどうにか出来るだけの力がある。適当に
「あぁ………まぁ、そうっちゃそうだな」
ジェヴォーダンの言葉に気の抜けた言葉を返しながらも、百鬼童子は言われたような事をする気にはならなかった。
彼の言うやり方をしている方がよっぽど鬼らしいだろうし、百鬼童子自身の様々な欲求も恐らく満たされる。酒は呑めるし、殺した先に女が居ればそのまま攫って数日は玩具に出来るし、もう何年食べていないか分からない人の肉だって頻繁に食らう事が出来る。
「だが君は敢えてそうしない意図的にその道を選んでいない。それは何故だいMr.モモノキ僕はそれが気になるそっちの方が遥かに気になるどうせなら教えてくれよモモノキ、今思えば僕は君の事を殆ど知らなかった」
そう見詰められた百鬼童子が少しだけ照れ臭そうに「あー……言わなきゃ駄目か?」と目線を逸らすと、ジェヴォーダンは「おい何だその反応まさか僕のプリティな尻穴に惚れたから掘りたいというような話じゃ無いだろうな」と表情をころころ変えれば「そうじゃねえ」と否定する。
「じゃあ何なんだい」
「…………あー、何だ。その……………お前に同調したかった、って感じだな」
「同調? ラブミーアイラブユーって話かい? ごめんなさい」
「そういうんじゃねえっつってんだろ。…………オレ様はお前が人を憎んでるもんだと思ってたんだよ。そうだと思ってたんだよ、だから同調出来ると思って、互いに利害が一致してると思ってたんだ」
「いや僕は人間嫌いだよ? 甘やかされて育ったデブな六歳児ぐらい身勝手だし悲鳴を上げて逃げ回る時なんてまさしく金切り声を発する一桁台のクソガキと変わらないじゃないかつい反射的にグーパンで躾けたくなるよ。ハッハッハ虐待だって? おいおいそれはお前目線での話だろうって話だろう、僕目線ではしっかりとした躾だし価値観の押し付けは良くないってスナフ◯ンに教えて貰わなかったのかいって言いながらそいつもグーパンで躾けたい」
「……………………………」
相変わらずの早口。ころころと表情を変え大仰な身振り手振りでまくし立てるその獣の言葉に、百鬼童子は遂に何を返せば良いかが分からなくなってしまった。
この獣はどうしたいのか。何が目的なのか。
力が欲しいだけならその辺りに転がっている死に掛けの有象無象を食えば良いだろうに、まして肉女と骨男に殺させてはいけないだろうに、獣が自ら食って殺さなければ
「──────………あー、そういうんじゃ無くてだな」
だから百鬼童子は読む事を諦めた。
この獣はこちらが読もうとしてものらりくらりと器用に逃げ回る。或いは逃げてすらいないのかもしれないが、こちらから読もうとすると妙に読み難い。何せ獣なのだから会話の
であれば読ませれば良い。自分の事を読ませて、それに対してどんな反応を返してくるかで相手の考えを読めば良い。この世の中、必ずしも先手で読ませて貰えるような奴ばかりでは無いのだ。そうで無くとも百鬼童子は自信家でこそあれ自惚れ屋では無いのだから、必ずしも自分が先に読めるだなんて思えるようなナルシズムは持ち合わせていない。
「…………何つーか、オレ様が人間を食うとよ、人間共は揃って「人殺し」だの「犯罪者」だのってオレ様を罵るだろ。だからっつって人間食わずに居た所で、結局目線が合っただけで「バケモノ」だの何だの叫びながら石を投げやがる。普段は身勝手にオレ様を振り回す癖に、いざオレ様が身勝手してみりゃ揃って唾を吐きやがる。気に食わねえのはそこだ、有象無象の好き勝手に何故オレ様ばかりが振り回されてやらなきゃいけねえんだって」
どこか過去を懐かしむような声色で「そういう話、そういう同調だ」と締め括る百鬼童子に「アーハン? なるほど?」と小首を傾げるジェヴォーダンは「つまり僕も獣だから、という事か」と頷きながら得心した。
百鬼童子は愚者としてルーナティア国に呼び出されたが、では愚者たらんとする『しくじった』は何なのかという疑問に対する答えがここにある。酒呑童子や茨木童子に劣る
百鬼童子とジェヴォーダンの獣とでは本質的に生まれが異なる。ジェヴォーダンの獣は動物として生まれ動物として生きていたら屠殺されたという話だが、百鬼童子はそれとは異なる。人が作り出した想像の産物が広く認知され強い想像力によって創造されたのが鬼という存在。言葉の『林』に潜む『鬼』と違って表に出て来てしまった百鬼童子は、『鬼は人に対峙される運命』から抜け出せず無為に殺され、あまつさえ歴史にすら記録して貰えなかった。
そんな百鬼童子は人を憎み続けた。生み出しておいて『そういう役回りだから』と道端の蟻を踏み付けるが如く雑に殺す人間を────自らを振り回し続ける人間をひたすらに憎んでいた。
そんな人間に、幾らか前は手も足も出ずに蹂躙された。一寸法師でもリスペクトしているのか針のように細い変な刃物を振るう人間風情と、調子に乗って踊り狂う踊り子風情に、人を凌駕する
まさしく絵物語で囁かれるかのように片手間であしらわれ、それ所かみすみす見逃されたのだから赤や青のように友好的では無い自分がそんな恥辱に耐えられるはずは無かった。
「………お前も似たような感情はあるはずだ。大なり小なり、多かれ少なかれな。だからお前が人間をぶち殺すっつーなら……あぁ、その、………何だ? 良き友にでもなれるんじゃねーかって希望があった訳だよ」
どこと無く照れ臭いような感覚に「お前にそういう感情は無さそうだから、過去形になるがよ」と締め百鬼童子に獣が「それはあれだな理解者と書いて友と読む奴だな」と頷けば、百鬼童子は「そんな感じだな。強敵とは書かねえし親友とも書かねえ」と返した。
そんな青春漫画でも今時やらないようなこっ恥ずかしいやり取りに気恥ずかしくなりちらりと流し目で様子を見てみれば、ジェヴォーダンは「ふむ」と思案しながら頭をゆらゆらと動かし「なるほどな」とひとりごちる。
「今後どうなるかは分からんがぶっちゃけ今の段階でMr.モモノキの事は信用していないんだハハハいわゆる「ごめんなさい」という奴に近いかな」
「そうかよ。そんな気はしてたからどうだって構わんが」
「既に言っているだろう僕は自分の爪と牙以外は信じていないとね。肉女と骨男ですら信用しているというには程遠いんだアレに関しては特に難しい所だがね、何せそもそもどういう理念で僕に付いて回るのかも正直良く分かっていない。ある日突然僕に牙を剥くかもしれないし? ある日突然「フハハハ私がそいつの造物主だフハハハ」とか高笑いする謎のハゲ博士が現れ呪文を唱えてあら不思議あの二人が僕を攻撃するようになるかもしれないし? そうで無くとも窮地に際していつ逃げ出すかも良く分かっていないから愛着こそあれ結局はデッカい
「随分と薄情な奴じゃねえか」
「おいおい何を言うやら君に至っては
再びペラペラと口を回し始めたエンターテイナーに「何言ってっか殆ど分かんねえな、オウイエーワァーオしか耳に残らなかった」と素直な感想を口にすれば「要するに、だ」とジェヴォーダンはその指先をピンと立てて百鬼童子を真正面から見据えた。
「気に入られたいのならそれ相応の働きを見せれば良いだけの話だ。肉女と骨男がこのまま僕の役に立ち続けていれば僕はその内あの二人を気に入りもっと色々な場所へと連れ回すだろう、何せあの二人は大柄だからね肩に乗っていればあんよが楽チン快適極まりない君も似たようなものだよMr.モモノキ、今後の働きや動きに関して君が僕の理想通り或いは理想に近い立ち居振る舞いをしていれば僕は君の事を勝手に信用し始めるだろう当然いつ裏切られるかという懸念は消えないから裏切った瞬間食い殺せるようにはしておくがね」
立てた指をズビシッと向け、反対の手を派手に振り回しながらニヤニヤとした笑みを浮かべる獣。
「君がいつかMr.モモノキでは無くMr.モモ或いは少し前のように「モモちゃん」と呼ばれたいというのであれば、積み木細工が如く健気に信頼を積み重ねれば宜しい、鬼と言えば地獄の獄卒だが
ニヤニヤとした笑み、慇懃無礼なその物言いに「随分と上から目線じゃねえか。言ってるお前は何も積まねえのかよ」と小さな皮肉を投げ掛ければ、獣は即座に「当たり前さ!」と心底楽しそうに笑った。
「言うなれば僕は社長で君たちは社員な訳だ働きに見合う適切かつ適当な対価を既に幾つも積んでいるんだからこれ以上何を積めと言うんだい。雇用契約書こそ無いが雇用期間中は懇切丁寧に接しているだろうこれがヤーパンであれば君にどんな事を言われたとしても「勤務中の私語は控えて下さい」と従業員のやる気を消し飛ばす上司として終わってる対応をしている所だというのに君はこれでも足りないというのかい? 全く欲張りな奴だなそんな
それこそ多面体の百面相が如く表情を入れ替え続けるジェヴォーダンが「僕はふんぞり返るだけで良いんだよ君たちは精々シャッチョサーンとか媚びながら僕に
「…………………」
それを見て百鬼童子は不思議な気持ちになった。
この獣は、どうにもこうにも自分に似ているような気がする。あの時は堕ちた神の下に付いていたが、この獣は神のような存在を目指しこそすれ神では無い獣。異様なまでに分かり難い上に異様なまでに不器用ではあるが、それでもこの獣には小さな優しさが存在している。
獣特有の優しさ。身内に対してのみ見せる、身内同然の
こいつはあの神とは違う。気に食わない事を圧倒的な力でねじ伏せる訳でも無ければ、興味の無い事柄に対して徹頭徹尾無関心を決め込むような事も無い。
この獣は存外優しい。出逢ってしばらくの頃は自分が喋りたいだけの奴かと思っていたが、この獣はこちらの言葉に対して何だかんだしっかり反応して答えてくれる。答えている途中で全く違う方向へとぐんぐん向きを変えていくものの、それでも猥談とサバイバル以外の話題には耳の一つすら傾けないどこぞの祟り神とは全く違う。
それもそのはず。
「……………………………お前は勇者だったっけな」
ジェヴォーダンの獣は『大成して死んだもの』であり、あの祟り神は『しくじって死んだもの』なのだから器のデカさは段違い。あの神は自分が救おうと思ったもの以外は見向きもしない典型的な信じるものしか救わない神だが、この獣は全く違う。
この獣は全てを食らい総てより強くなりたいと心底から願ったのだ。
何と器の大きい事か。
何と度量の大きい事か。
口で救うと
「…………気に入った」
それは百鬼童子の心からの言葉。それは悪魔が人と契約をするに等しい言葉。鬼は余程の事が無い限りその言葉を口にしない。
鬼は人より強い。
鬼は酒が好きで、
鬼は女が好きで、
鬼は力比べが好きで、
鬼は義理堅く、嘘が嫌いで、
鬼は人情深く、交わした約束は破らない。
「良いぜ気に入ったよジェヴォーダン、お前の事が気に入った。勇者サマの仲間にオレ様も加えろ」
そも神は人を
何せこいつはエンターテイナー。
遥か昔は誰かしら何かしらの神を信仰していて当然だったが、こと今の時代にそれは通用しないようだ。
今は神の時代では無い。神代の時では無いのだ。神よりも仏よりも遥かに永く長生きする『娯楽』と共に歩んで笑っている方がよっぽど楽しい生涯が送れる。
だからといって人間に付くのだけは死んでも御免だ。人間は無限に
何せ人間は嘘を吐く。
けれど動物は嘘を吐かない。この獣は巧妙に隠し隠れるだけであり、この獣からは嘘の臭いが全くしない。
この獣は嘘を吐かない。
神は鬼を見棄てた。使いものにならないからと神は鬼を見放した。一度の失敗如きですぐに他者を見限った。
けれど獣は自分が役に立ち続ける限り自分を見捨てない。高々一度や二度の『しくじり』で周りとの
この獣からは嘘の臭いがしない。
この獣はいずれ
その環の中に、自分も交ざりたいと思った。
「付いてってやるよ、お前に。従ってやるよ、死ぬまで」
「いやでもやはり僕はちくきゅうの強引さは嫌いになれないねむしろ好きだと断言してやるともあの力こそパワーみたいな感じはどうにもこうにも動物的で最高だしその上美味いと来ればもう何も言う事は無い。ちくわときゅうりでブッピガァンちくきゅう爆誕ドギャァーンみたいなノリはロボ好きには堪らないだろう酒を片手に素手で抓むのとか最高かもしれないねえ! まあ僕ロボ好きでは無いし酒も飲まないんだが」
「おい何の話だ糞犬」
「Oh Fuck! 犬と呼ぶなと言ったろうがこの角野郎ッ! あんまりそういうお口の悪い事を言っているとお前のその角へし折って僕のペニスケースにでも加工するぞ二本目は予備だ戸棚の奥に仕舞っておこうッ! もしくは何か不思議な魔法の薬とか貰ってお前の角をへにょへにょにしてナメ◯ク星人みたいにしてから「やーいお前ん家ナメ◯ク星〜」って独特過ぎる悪口言うぞお前ッ! 悪質過ぎるイジメに耐え兼ねたお前が一酸化中毒で自殺したナメ◯ク星人みたいな緑色になったら不謹慎にも死体の写真を撮って『グリーンモモノキ』って名前でネットに上げてやる精々トラウマ級のホラー画像として世界に名を残すが良いさッ!」
「意味が分かんねえんだよ端的に言え端的に、お前話長えんだよ」
「ト◯ロ居たもんッ!」
「何の話だ意味分かんねえっつってんだろ。いきなり何なんだよ
「大体何なんだい勇者サマの仲間に加えろとかハッハこの僕が勇者だなんて笑わせてくれるじゃないか良いだろう付いて来たければ好きに付いてくると良いさ!」
「ちゃんと聞いてんじゃねえか」
「当たり前田のクラッカーという奴だよ今でこそ人型だが僕の本質はわんわんおだぞ犬の聴覚を舐めてくれるな舐めるのはバターだけにしておくんだなマーガリンはやめておけ油っこい! ああだが勘違いするな君が僕に付き纏うとしても僕は不定期で酒を与えるぐらいしか出来ないからそれは覚悟しておくんだ僕の職場はブラックだな精々扱き使ってやろう!」
「ハッ、構いやしねえよ。…………お前、魔羅は無えんだったよな?」
「は? …………おい待てモモノキ巫山戯るなよ、ああ何だか嫌な予感がするぞこの野郎。何だろうか、どうしようもないぐらい嫌な予感がするね。具体的に言うなら腐女子が喜びそうな感じの予感がするね、因みに僕は男でも無ければ女でも無い生前から性別の概念が明らかにされていなかったから死後も性別の概念が明らかになっていない」
「って事は雌穴も無えんだな」
「そうだな要するに僕は腐女子じゃないという事だ良いかもう一回言う僕は腐女子じゃない
「でもケツ穴はあるんだろ? なら時々で良いからそっち貸してくれよ。オレ様は酒も好きだがそっちの方が遥かに好きだ。特にここ最近ご無沙汰でよ」
「Holy Shit! チクショウこのうんこ垂れ野郎僕のケツをガバガバにしてうんこ垂れ
「何言ってっか分かんねえけど良いだろ別に。高々穴っぽこ一つ貸すぐらい酒代に比べたら安いもんだろ、オレ様だって時々なら貸してやっからよ」
「安い訳あるかゲイやホモのウリの相場を考えたら圧倒的に値段が違うわ「オトコは度胸、なんでもやってみるもんさ」とか巫山戯るなよ僕の尻をバキュームカーか何かと勘違いしてるんじゃ無いだろうなッ! あとお前のケツ穴なんざ要らん僕には挿れるスティックが無いと言ったばかりだろうがアイドルでも芸人でも大衆に娯楽を提供するエンターテイナーは股間の不祥事を起こしちゃいけないんだ僕はまだ干されたく無いッ!」
「恐くないですよ、怖くないですよ。恐くないですよ、怖くないですよ」
「おおナイスな所で肉女ッ! そろそろ恐怖を吐き出し切って切り替わる頃合いだと思っていたんだ何かちょっと台詞と状況がマッチしていて不穏で嫌な感じがするがああ構うものか僕をたす────」
「よう肉女、ちょっとそいつ拘束してくれ。ドンパチする前に景気付けで一発ヤッとこうかと思ってよ。お前もヤるか? 突っ込む魔羅は無えだろうが指突っ込んで奥歯ガタガタ言わすぐらいは出来るだろ」
「恐くないですよ、怖くないですよ。恐くないですよ、怖くないですよ」
「やめろ肉女微笑みながらこっち来るなお前僕に近寄るなァァァァァアアアアアア───────ッ!」
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