6-2話【作戦会議、がしたかった】



 持っていない人が居る中、自分はそれを持っている。持ちたいと思ったとしても、努力では持つ事が出来ない。

 それを才能と呼ぶのであれば、僕は神にすら認められる才能があったという事になる。

 愚者とは「しくじって死んだもの」だが、具体的にどんなものを呼び出せるかは、召喚魔法を使う魔法使いでも選ぶ事が出来ない。何らかの「大いなる意思」によって、ほぼ無作為に選ばれるのだ。

 その生物という商品に於ける不良品として選ばれるものも居れば、その生物としての幸福を得られぬまま死んだものが選ばれる事もある。

 僕はそれを喜べない。愚者として選ばれなかったものが数多居る中、僕が愚者の一人として選ばれた事を喜ぶ事なんて出来やしない。もし僕がそういう事ですら喜びに変換出来る人間ヒトであれば、きっと僕は今頃「それでも前を向き続けたもの」として勇者にでも選ばれているだろう。

「……………………………ふむ、なるほどね」

 顎先を指で抑えながらパルヴェルト・パーヴァンシーが納得すれば、少し偉そう「ああ、そういうこっちゃ」と橘光がふんぞり返る。

「………まさかの無策とはね。ラムネくんを除いても六人、ボクはてっきり文殊の知恵が二つぐらいは浮かぶと思っていたけれど」

 そう、作戦会議である。ペール博士の願いを叶える為の、作戦会議である。

 ………内容は簡単。理由は分からないが攻撃性が高まり、昔と違って優しくなくなってしまったという魔王さんに対して、僕らは一体どうすれば良いのか。まずはそれを見付け出す所から始まった。

 問題点は僕らが魔王さんの遠目だか遠耳だかみたいな能力で見透かされている可能性だが、今回はそれを踏まえた上で「気にせず作戦会議を行う」という事になった。僕らの作戦会議を盗み見る事で魔王さんの心に「どうして・・・・」が芽生えれば、それはそれで僥倖だからだ。

 けれど結果は「何の成果も以下略」といった酷い有様である。

「見返してみりゃァ、アタシら揃いも揃ってパワープレイで推し通るタイプしか居なかったわねェ」

 神妙な面持ちをしたジズベット・フラムベル・クランベリーが鼻で笑う。それを聞いたトリカトリ・アラムが「トリカはそんな事ありませんけどね」と嘘みたいな事を真顔で言い放てば、それに便乗するかのように「トトもなのよ!」と不機嫌そうな表情で意見する。

「トトめっちゃスピードタイプなのよ! 高機動を活かして相手を翻弄するのよ!」

「翻弄されてパニクった相手はどうやって倒すのォ?」

「そんなの剣で殴ってぶっこちんなのよ! 頭が割れれば大体死ぬのよ!」

「機動力あるゴリラやん。お前はラ◯ジャンか」

「ハニーじゃあるまいし……剣を名乗るならせめて斬ってくれたまえ。叩いて割るなら鉈だ」

「トリカはテクニカルですよ? めっちゃナイフ投げられても全て指先一つで弾きますし、その上で味方の事を気遣う事も出来ます」

 完全に論破されて「ぐぬぬ……」と歯噛みするトトを見下ろしながらドヤ顔をする。

「しかも戦闘後にちゃっかりそのナイフを拝借しちゃうぐらいにはテクニカルなファイターです」

「なあトリカ、僕あんまし覚えてないんだが、ナイフぶっ刺さってブチ切れてたのって誰だっけ。チルティに蹴られまくって理性飛んだのって誰だっけ」

「誰でしょうね。トリカ知りません、秘書が勝手にやった事です。だからトリカ悪くないです」

「何かしらやらかしたもんは大体躊躇いなく処分されるけどな、そもそもその役目を十分に務めるって踏んだんは他でも無い上司やで? やらかしたもんと目利きミスったもんなら、どっちゃが悪いんやろな。……参考までに、黒田官兵衛は「主の罪の方が臣下よりも尚重い」っちゅーとったらしいで」

 パッと見頭の悪い白ギャルにしか見えない地頭良い系インテリゴリラの言葉に、心身共に元気っ娘なメイド系ゴリラが「ぐぬぬ」と歯噛みする。それのフォローをするつもりでは無いだろうトトが「それ部下が悪いような気がするのよ? 出来るって言ってたのに出来なかったのよ?」と口を開けば「いんや?」と光は即座に否定した。

「部下は自分の事ぉ客観的に見れへんけど、上司は部下ん事ぉ客観的に見れる位置に居る。「出来る」っちゅーた部下がほんまに出来るかどうか、上司は客観的な立場から見てなきゃならんねん」

「……………それでどうして上司『の方が』悪いになるのよ? 『どっちも』悪いじゃ無いのよ?」

「単純な話だよトトくん。上司が「お前には無理だ」としっかり見極め、適切な人材を選出していれば、悔しがったり悲しんだりするのは部下一人………対して上司が目利き違いであった場合、部下は失敗して悲しむし、目利き違いにより上司の信頼も落ちるし、失敗の内容によってはクライアントだの先方だの別部署の人間だのにすら迷惑を掛ける。客観的に損の数を考えた場合、ってお話さ」

 穏やかな表情でトトにも分かりやすく説明するパルヴェルトに「……んむー」とトトが唸る。

「……………トトは部下の子が『出来る』って言ったら、やらせてあげたいのよ。だってその子が『出来る』って言ったのには絶対理由があるはずなのよ? 成功して今より良い位置に行きたいとか、周りから認められたいとか……トトはその部下の子を立ててあげたくなるのよ。そういう気持ちがあっても、上司の方が悪いのよ?」

 少しだけしょんぼりと悲しげな声に「この娘マジで良い娘よねェ。……ほら、おいでェ?」とジズが手招き、トトは力無い足取りながらもジズの元へと向かい「んむぅ……」と甘えるように撫でられた。

「トトの気持ちは間違いじゃ無いわよォ? 上司の役目は部下を顎で扱き使う事じゃなくてェ、そのグループ内でもっと役に立てるよう成長させる事だからねェ。顎で扱き使うだけが役目なら上司はクビにしてくじ引きマシンでも雇ってる方が賢明よォ」

「…………………でも良くないのよ?」

「『出来る』っつった部下が『出来なかった』時ィ、逃げずにキチッと尻拭ってやれるンなら上司ァ何したって良いのよォ。……………つまりィ────」

 潤んだ瞳のトトを撫でるジズが目線を動かす。その先に居たのは身長三メートルのクソデカメイド、トリカトリ・アラム。

「自分は知らねェ、秘書が勝手にやった事ォ。だから自分は悪くねェ。…………そんな無責任な事ォ宣うカスが最高にわりィって話よねェ?」

 相手の理論にある粗を見付けた悪魔が三日月のように口角を吊り上げて笑い掛ければ「うわ矛先こっちに戻って来ました……」と巨大なメイドが嫌そうな顔をする。口でも力でも勝てない相手から狙いを定められたじろぐトリカトリに「まあそもそも」と光が口を挟む。

「大体その手の「秘書が勝手にやった」っちゅーんは、何言っても「そうです私が悪いですー」って言いよるぐらい秘書と上司の間に何かしら確執があるもんやからな。追求するだけ時間の無駄やろ」

「基本的にはお金を握らせるパターンが多い印象があるけれど、賄賂や汚職だけじゃなく性的な弱味を握られているとか、狂信者のように上司を崇拝しているとかで、上司の言いなりになる以外の選択肢が無い場合も多いだろうね」

 パルヴェルトの言葉に僕が「そういう時ってどうすれば良いんだ?」と問い掛けると、彼は「ふむ」と鼻を鳴らして腕組みをする。

「舌戦は時間の無駄だろうから、『上司が悪い理由』『秘書が言いなりになっている理由』の二つを見付けて叩き付けてやる必要がある。………が、無理だろうね」

「………………どうしてなのよ? 探偵さんとか居るの、トト知ってるのよ? お金掛かるけど、探偵さんそういうのしっかり見付けてくれる凄い人たちなのよ?」

「無理やな、見付ける前に探偵さんが『いきなり事故死』するで。もしくは『いきなり行方不明』やな。探偵さんが嗅ぎ回っとるかどうか、上司も探偵さん雇って調べとるもんや。………壁に耳あり障子にメアリー。もしもし私メアリー、貴方は知り過ぎてしまったようね、っちゅーてブスリぃアーオッ! ってなもんや」

「………上司は悪い人なのよ? 探偵さん悪い人にも雇われちゃうのよ? バレたら探偵さんお仕事来なくなっちゃうのよ?」

 何だか今にも泣き出しそうなトトの耳の生え際をジズが「世の中金って言うけどねェ?」と撫でる。

「金積めば大体の奴ァ殺しも厭わねェから「世の中金」って言うのよォ」

「でもっ、でもっ、お金で動かない人もちゃんと居るのよっ?」

「そういう人はきっと『世の中』から外れちゃってる人なのよォ。愛に生きてるとかァ、金持ち過ぎて金銭感覚トチ狂ってるとかァ、金が全ての世界で金に興味が持てないとかってねェ」

「………………トト嫌なのよ、そういうの」

 くしゃりと顔を歪めて歯噛みするトトに「そう思うトトは世の中から外れてるのかもねェ」とジズが顔を近付ける。猫の額さながらトトの額に鼻先をうずめたジズが、優しくトトの後頭部を撫でさすり「でもそれで良いのよォ」と優しく言い付ける。

「貴女は金が全てのクソみてェな世の中から外れてて良いのよォ。………こんな世界に順応しちゃ駄目よォ? 貴女みたいな気持ちの子が居なきゃァねェ」

「………ジズねえは?」

「んァ? アタシィ?」

「ジズねえは外れてるのよ? ジズねえはお金で動いちゃう人なのよ?」

「アタシは金なんて要らないわよォ? 食うモンに困ったら適当に殺して奪うからねェ」

「………もっと良くないのよ。それは……それは、駄目なのよ。……いち、い、一番良くないのよ」

 遂にトトの声が涙混じりになる。しかしジズは悪びれる様子も無く、母親のような優しい手付きでトトを撫で続ける。

「なら貴女がアタシを変えるしか無いわねェ」

「…………トトが? 何でトトが変えるのよ? ジズねえが自分でかわ────」

「それは無理よォ。だって自分は自分一人じゃ変われないものォ。誰かが何かしら動いて初めて、人ってェのは変われンのよォ。………人は一人じゃ生きていけないってェのはそういう事よォ」

 涙ぐんだ瞳で見上げるトトの鼻先に、ジズがちょんと自分の鼻先を当てて『ご挨拶』をする。

 ………自分が間違っているのかどうかは、自分一人では絶対に知る事が出来ない。自分はイケメンだと思っていたとして、それが本当かどうかは周りにもう一人居なければ分からない。鏡を見て自分の顔を見て、その後何と比較して自分がイケメンかどうかを考えるんだという話だろう。

 自分が間違っているのかどうかは、隣に居るもう一人を見て学ぶか、もしくはその人に指摘されなければ分からない。

 それを無責任だと言う事は不可能。だって「その無責任ってのは、一体何と比較して責任感が無いって言ってるんだ?」という話になってしまう………まさしく堂々巡りだからだ。

「……………納得出来ないのよ。理解は出来るのよ、仕方が無いって思うのも分かるのよ。………でも何かもやっとするのよ。本当にそうなのかなって思っちゃうのよ。……………納得出来ないのよ」

 それは当然の気持ち。トトの思いは、抱いて然るべき当然の思い。だからこそジズは「今納得する必要は無いわァ」とトトに頬擦りをする。

「何が正しくて何が間違ってるかってなァ、そんな簡単に分かるもンじゃ無いものォ。どうしたって時間が掛かる…………一朝一夕で出てきた結論なんざァ信じちゃ駄目よォ? もっともォっと、ゆっくり考えなきゃいけないのよォ」

 ゆっくりゆっくり考えて、何千年という悠久にも思えるような時間を掛けて、それでも人間は答えを見付けられていない。もしかすると最初から答えなんて無い引っ掛け問題なのかもしれないが、しかし僕はそんなクソみたいな事をトトに言うような奴では無い。不承不承ながらも涙を止めたトトを見やりながら「まあ取り敢えず」と口を開き、


「今はトリカの賄賂疑惑を晴らす所から始めようか」


「うわまたこっち戻って来ました………。トリカせっかく黙って息を潜めてたのに………やはりトリカのメイドオーラは隠しても隠し切れないのですね」

 心が落ち込んでしまっているトトの気分を少しでも変える為、無理矢理にでも話の腰を曲げる。そんな僕の意図を理解してくれたのか「それよりブラザー、これを見てくれ」とパルヴェルトが更に話の腰を折り始める。その裏でトリカトリが「さすがはトリカ、略してさすトリ」とドヤ顔をしているが、彼女に関してはただの自由人説があり真意が読めないので放置。


「このレイピアを見てくれ、どう思う?」


「凄く……レイピアです……。────じゃなくてな。悪いがパルヴェルト、僕はそれをどう見てもどうも思わない。いきなり何の話だ?」


「ふふふ……実はレイピアを打ち直したのさ! ハニーの法度ルールに合わせられるよう城下の鍛冶屋にお願いして打ち直して貰ったんだ! 代わりに基本の切れ味は酷い事になったけど………まあレイピアだから切れ味は重要じゃないさ! だって突けば良いだけだからね!」

「わざわざ突かんでも適当に振ったら斬れるで? こう……ぃよっ、っつったら大体のもんは斬れるで?」

「やめてくれ、ハニーのザンテツソードと比べるのは流石に可哀想だよ。最低限でもレイピアの形を保つ以上どうしたって硬度も重量も微妙な位置で止まってしまうんだ。あとハニーはザンテツソードの振り方に超慣れているじゃあないか、出来る人と出来ない人を比べるのはやめてくれたまえ」

「つーかァ…………あれェ? お前ェそんな金あったっけェ? 愚者に与えられる金って確か衣食がどうにか出来る生活費とマジで少しのお小遣いぐらいじゃなかったっけェ」

「ええ、ジズ様の仰る通りですわ。ちょっと欲張りしてしまえば一週間ぐらいでお小遣い無くなってしまうような額だったはずです」

「トリカはハラペコキャラで食費がとんでもないから比較にならないとして……僕や光は鍛冶屋でオーダーメイド出来る程の額は受け取ってない。………筋トレがてらバイトでもしてたのか?」

「いやほら、だいぶ前にハニーが「おっぱいぽよぽよしたら武器作ってくれた」と言っていたのを思い出してね。ボクも真似して胸筋ぴくぴくさせてみたら「打ってやるから二度と来るな」と快く受けてくれたよ。因みに二時間ぐらいぴくぴくさせ続けて粘った」

「……トリカ頭悪くなっちゃったかもしれません。どう考えても快く無いようにしか思えませんでした。というかパルヴェルト様に胸筋ぴくぴくとかいう隠し芸があった事が驚きですわ、あれアホほど難しいって聞いておりますよ」

「ボクは日々の鍛錬だけは欠かしていないからね。オーバートレーニングにならないように気を付けつつも、脱げばマッチョなマチョヴェルトを目指している」

「ビビるぐらいダサい名前ですわね。絶妙に語呂良いのが特に腹立ちますわ」

「つかパル打ち直したんなら剥き身で見せぇや。ほっそいし鞘入ったまんまのもん見せられてもそれ短小ほう────」

「やめてくれッ! ボクのデリケートゾーンに触れて良いのはベッドの上でのみだッ! マチョヴェルトは自分の体をまじまじと見られるのは気にしないが唯一股間だけはまじまじ見られたくないッ! だってちんちんに筋肉は付けられないからッ! どうしても見るなら薄暗い部屋のベッドの上でお頼み申すよッ!」

「やめとけパルヴェルト、実際ベッドの上まで来といていざ股間を鼻で笑われたら正気じゃ居られないと僕は思うぞ」

「正気を失って「うるせェしゃぶれオラァッ!」っつってヒカルに喉フ◯ラぶちかますんじゃねェのォ?」

「ウチ歯ぁ全部へし折られた上で噛み千切れる自信ある」

「………ヒカルねえってそんなに顎の力強いのよ? えっちな気持ちの時のちんちんって硬いらしいのよ? 歯茎だけで噛み切れるのよ?」

「人間のちんちんなんざ所詮は肉棒、かたや歯茎の先には顎の骨。ウチに勝ちたきゃ骨通っとる動物系のちんちん持ってきや、獣姦バトルの始まりや」

「やったなパルヴェルト、ペール博士に頼んで馬ち◯ぽ移植して貰う良いキッカケが出来たぞ。これでひとつ上の男になる事を躊躇う理由は無くなったな」

「………ブラザー、もしボクがウマヴェルトになっても、キミはボクを愛し続けてくれるかい? 僕のトレーナーさんとして共に無心で周回してくれるかい?」

「じゃあみんな、ペール博士の頼みを叶える為に本格的な作戦会議といこう。とにかく今後の動きに明確な道標を作る事から始めるんだ」

「酷いやブラザー……最近のブラザーはボクにだけいやに冷たいよ……ボクがウマヴェルトになったらハニーより先に熱いのを飲み干して貰うから覚悟していてくれよブラザー。────そしてその次はハニーが標的だ………逆襲のウマヴェルト、英語にするならUmavelt's Counter Attackだよ。劇場版でまた会おう」

「良い度胸だなパルヴェルト。勝手に愛して、勝手に振られて、勝手に逆襲。まさしくエゴだなそれは。タカがパルヴェルトの金玉二つ、 νニュータクトで叩き潰してやる」

「負けないよ、玉が無くても喉奥を陵辱する事は出来る。防衛本能から粘っこい唾液が止まらなくなってもボクは止まらないさ」

「因みにウチはタクトの喉犯した直後でも関係無く食い千切ったるけえ安心しとき。「これがタクトの中に入っとったんやなぁ……」みたいな展開にはならん。「L◯sa」シリーズのジョイピーポーよろしく容赦無く噛み付いて即死させたるさかい、喜んで人生終わらせや」

「そこは優しくぺろぺろしてくれハニー………キャラロストは嫌だあ…………」

 ………まさしく四面楚歌な状況にしょぼくれるパルヴェルトに内心で謝っておく…………悪いパルヴェルト、僕が馬鹿話に乗ったのはトトをネガティブな気分から遠ざける為でしか無いんだ。そしてトトはさっき光のボケに疑問を投げていた。涙が残る目元ではあったが、あの時のトトに悲しそうな感情は感じられなかった。

 つまりもうボケる理由なんて無いんだ、許せパルヴェルト。もしお前がマジで馬ち◯ぽを移植して僕に襲い掛かったら死ぬまでネタにし続けてやるから安心しておけ。



 やがて僕らは作戦会議を始める。

 あの日は「一切を見聞きしない」という条件があったが、今はそうでも無いはずだ。どこでどういう会話をしていたとしても、基本的に魔王さんには筒抜けになってしまう。それを分かっていたペール博士はあの日が継続している内にトトとトリカトリに説明をしていたようで、僕が語り直す手間は全く無かった。

 途中参戦で混ざったルカ=ポルカと、そのポルカに取り憑いていたラムネも加わり本格的な作戦会議が始まる。………まあラムネに関しては「やっぱりげぼくがいい。おちつく。な、げぼく」と僕に取り憑いてすぐ膝の上で丸くなってしまったのだが、この子に関しては仕方が無い。ラムネの目立つ場所は戦場なのだ、いざ事が始まったら大活躍して貰うとしよう。

「ぼくの法度ルールで動きを止めるのはどうなのお? 通れば確殺デストロイだよお」

 口調や声色こそ抜けているが、至極真面目な表情をしたポルカの提案に「条件あったろ、何やっけ」と光が首を曲げる。

「ぼくが相手を見れる状況でえ、ぼくが相手に害意を向けられててえ、その上でぼくが法度ルールを宣言してえ………」

「多い多い無茶言いなや、それ通るん初見相手だけとちゃうか? どっかのクソデカメイドが全部チクっとるんやから魔王のババアそれ知っとるやろ、徹頭徹尾シカトされるかとばっちりを装って瓦礫辺りで押し潰しに来るんちゃうか」

 呆れ果てた光が溜息混じりで否定すれば「あひぃ……ごめんなさい、トリカこんな超展開になるとは思いもよらず……」とクソデカメイドことトリカトリ・アラムがしょんぼりと俯いた。

「因みに害意の定義は曖昧だけどお、多分妖精とかみたいな「向こうにとっては悪意なんて無い」みたいな感じの奴は対応出来ないと思うなあ」

「どういう事なのよ? ………トト定義てーぎとか難しい事は良く分かんないのよ」

「ポルカ、僕にも教えてくれ。参考までに知っておきたい」

 トトの言葉に同意した僕の疑問にポルカは「わあタクトくんにレイプされちゃう〜。幸せえ」と何故か喜んだ。

「………いやどういう事だよ、意味分からん。いきなり何だよお前」

「だってぼくが対応出来るのは害意だからさあ、向こうの心理依存なんだあ。だからタクトくんが本心から自分の事だけ考えてぼくにえっちな薬を飲ませてレイプしようとしてたら法度ルール適応出来ないんだよねえ。ぼくがタクトくんとお喋りしてえ、ちゃあんとそれは悪い事だよおって自覚させないといけないんだあ」

「そう考えるとすっごい不便なのよ………」

「………要は『殺す』って思ってる相手しか対象に取れないのか。………なるほど、参考になった。ありがとう」

「何の参考になったんだろうねえ。………タクトくんに攻略されちゃうのかなあ。でもぼくタクトくんが相手なら攻略されても良いよお、表情差分だけで百枚超えるぼくのえっちシーンのCG全部コンプしてねえ? セーブデータ拾って上書きとか駄目だからねえ?」


「バグを装ってフラグ潰しとくからルートには入れない。ポルカに関わるifイフ文は全部誤字を装ってlfルフにしておくつもりだ」


「酷おいっ! えっちシーンのイベントCG一枚幾らすると思ってるのおっ!? 全部ボツにするとか最低だよおっ! しかもそのやり方だと最悪他のルートにも影響出るよおっ!」

「社長が開発資金パクって夜逃げするよりマシだろ。そうなったら絵師さんもシナリオライターさんも雇えなくなるから途中でスタッフが書くしか無くなるんだ。それと比べたらマシだろ」

「なんやイヤに具体的な例やな、ウチそれは元ネタ知らん。ツッコめなんだ詫びで今夜ウチに突っ込んでええで。ここしばらくタクトとイチャ付けとらんから、ちょっと最近ムラムラするんよ」

「話逸れてるよハニー。あとハニーはほんの少しで良いからボクに対して愛を提供してくれたまえ。こっちの勝手な思いとはいえ、最近この手の話題が辛過ぎるんだ」

 軌道修正に見せ掛けてラブコールをするパルヴェルトに光がちらりと目をやり、僕を一瞬だけ見てから大きく溜息を吐いてから「チッ…………根性に免じて撫でたる。頭出しゃね」と口を開けば、無表情だったパルヴェルトが「───うんッ!」と頷く。そのままパッ笑顔になったパルヴェルトが腰を曲げて頭を突き出せば「………何でお前ウチより髪質サラッとしてんねん引っこ抜いたろか」だなんて言いながらも、何だかんだ優しい手付きで彼の頭を撫でてやっていた。

 嫉妬は無い。口から出た愛に対する裏切りだなんて思わない。

「パルにい嬉しそうなのよ。見てるトトも嬉しくなるのよ」

 トトの言葉に全面同意する。少しは報われて良かったな、と素直に思った。

 彼は努力の天才でありながら、その努力が報われる事は殆ど無かったんだ。こういう小さな幸せぐらい茶化さず見守ってやるべきだろう。

 玄関先で飼い主の帰りを待っていた殊勝な犬のように光に撫でられるパルヴェルトを見ながら「……さて」と周りをまとめる。

「そもそも、僕らの目的は打倒じゃない。目的は昔みたいな状態に戻って貰う事だろ。………多分だけど、あの人をただ正面から倒した所で何も変わらないと思う」

「それはそうですわね。むしろ下手にトリカたちが勝つだけでは、逆に攻撃性が高まる可能性が高いでしょう。何かしら策を講じる必要があります。そしてトリカは策講じられるタイプではありません」

「トトもなのよ! トリカねえねと仲間なのよ!」

「いえーい、トト様もナカーマー」

「何でお前ェらはドヤってんのよォ。………つーか半端な策ゥ弄した所であの人素直に話聞くとは思えないわよォ? 絶対ぜって金陽きんよう銀陽ぎんようが出しゃばってダルい流れになると思うわァ」

 そんなジズの言葉に、みんな揃って黙ってしまった。


 ………金陽さんと銀陽さんは少しだけだが面識がある。


 ルーナティア国における最重要存在である魔王チェルシー・チェシャーは勤勉かつ民の為に自らの身を削る事が出来るもの……として一般的には認識されている。実際はペール博士が思うままに研究を行えるようにと、わざわざ武力一本で前魔王を殺し下克上を成し遂げたのだが、民からすればそんな事は関係無い。事情では無く実情が大事、魔王さんの思惑が何であれ、結果として自分たちが重税から解き放たれ平和に生きているのであれば何も文句は言わないのだ。………最も、仮に文句を言った所で不機嫌を隠しもしない魔王さんに殴り殺されるから黙るしか無いのだが。

 そんな魔王チェルシー・チェシャーだが、何も自分一人で全てをどうにか回している訳では無い。国家の運営ともなれば到底一人では回す事なんて出来ず、どこかで必ず誰かの手を借りなければままならない。

 その誰かの手が金陽さんと銀陽さん。要は魔王さん直属の部下という訳だ。

 長い金髪を後ろで一まとめにした金陽さんは、軍帽からちょっとはみ出た猫耳が特徴的な軍人女性。しかしその猫耳の可愛さに反して異様に冷めた瞳で冷徹に物事を進める金陽さんは、主に軍周りの総指揮を任されている。立場としては中将だが、少しでも規律に反するものが居れば問答をする間も無くその場で焼き払い粛清する無慈悲さから、ルーナティア軍人たちに恐れられつつも崇められ、魔王さんからは強い信頼を得ている。

 対して銀陽さんはまるで対になるような銀髪の犬耳お爺さん。金陽さんとお揃いで長い銀髪を後ろで一まとめにしている銀陽さんは、かなり歳を重ねているようにも思える老執事であり、金陽さんとは異なり主にルーナティア城内の全てに関する総指揮を務めている。ルーナティア城内では銀陽さんが頂点に居て、その下に兵士長とメイド長、その下に兵士長補佐とメイド長補佐────トリカトリ等が居て、その更に下に有象無象………と、そういう形になっている。

 ルーナティア城から出た軍周りには金陽さんが居て、ルーナティア国全体やその領内に関する政治関係では魔王チェルシー・チェシャーが手腕をふるい、城内に関する細々とした事柄には銀陽さんが動いている、とそういう訳だ。

 様々な異種族が入り乱れるルーナティア国は魔王チェルシーが良い例であるように、力が全てを支配する。今の城下は非常に平和だが、それも魔王さんが力で物理的に抑え込んでいるからであり、それまでは店で何か買うのに金では無く拳が必要とかいう世紀末のようなアホさ加減だったそうだ。

 そんな状態だったのだから、当然ながらルーナティア軍は笑えるぐらいの荒くれものが揃っている。基本的には欲望に忠実な種族ばかりであり、飴と鞭の使い方を間違えるとすぐにストライキやデモ行為、謀叛の影が見え隠れするような酷い連中ばかりだが、金陽さんは魔王チェルシーと同様、それらを単純ながらも圧倒的な力で押さえ付けている。

 当然ながら金陽さんに対する叛意もあるはずだが、そこは銀陽さんが上手くフォロー。銀陽さん自身は金陽さんを嫌っていると公言しているが、実際にお互いが喧嘩をしているような話は全く聞かず、むしろ力任せで反感を買いやすい金陽さんを誰に言われずとも上手く援護している辺りから、実はデキてるのでは説がメイドたちの中では広がっているそうだ。

「トト金陽さんと銀陽さんの事は全然知らないのよ。ご挨拶はしたけど、それからは殆どお喋りもしてないのよ。どれぐらい強いのよ?」

 トトの問いにジズとトリカトリが「「んー」」と口を揃えて唸り出す。ここで実は弱い説が出てくれれば幸せなのにな、という甘い考えが浮かび出すが「取り敢えずクソ理不尽かしらねェ」というジズの言葉に、僕は自分の甘ったれ具合を痛感させられた。

「銀陽様は、まあ……その、割と温厚な方なので、陛下からの勅命であっても、その上でかなり手加減なさってくれると思います。若い頃はとんでもなかったそうですが、本人曰く「今は若くない」そうなので」

「見てる限りだと優しくてジェントルなおじいちゃんなんだけどお、やっぱり実力は健在なのかなあ。………というかどんな風に戦うかは分かんないのお? それによって少しは対策立てとかないとお、一切情報無しの初見プレイじゃモタ付いてコメント欄が荒れるよお?」

「ボク的にはそれが良いと思うんだけどね。………初見でモタ付いて、それでも少しずつ相手の戦い方を覚えて勝つ………そこまでの過程が一番面白いと思うんだ」

「つってそれで死んでキャラロストしてもおもんないわ。パルがロストしてもお前に似せたキャラ作り直すとかせんからな」

「みんな、至急対策会議だ。トリカ嬢とジズくん、銀陽殿の戦闘スタイルを教えてくれ。ボクはまだロストしても良いとは思えない。だってまだハニーとえっちしてない。せめてキスぐらいしてからロストしたい」

「コイツ超必死じゃないのォ。………でも残念ねェ、銀陽相手じゃ対策取れねェのよォ」

 ひらひらと両手を広げてお手上げを示すジズに「どういう事だ?」と口を開く。

「アイツ金陽の趣味に合わせて対になる戦い方すっからさァ。金陽が剣で戦うなら銀陽は盾だけで戦場に出張るしィ、金曜が物理で戦うなら銀陽は魔法で戦うって感じねェ。………お遊びみてェに思えンだけどォ、基本的にァセンスずば抜けてっからお遊び感覚でもかなり暴れんのよねェ」

 何でも金陽さんがそれを求めるらしく、金と銀、太陽と月に合わせて戦い方も対になって欲しいと銀陽さんに要求するのだという。………戦場での事柄ですら金曜さんを立てる辺り、メイドたちがデキてると噂するのも分かる気がする。

 そして銀陽さんは持ち前のテクニックだけで勝ち戦に持っていっては毎回金陽さんより目立ってしまうらしい。しかし金陽さんは自分より目立った銀陽さんを僻むような事はせず、素直にそれを褒め称えるのだとか。相思相愛かよ。

「じゃあ金陽さんはどうなのよ? 軍人さんっていうから弱くないのだけは分かるのよ」

「金陽ォ、はねェ………」

 トトの疑問にジズが微妙な声色を返す。そしてトリカトリに目を向ければ、トリカトリも同じように「うーん……表現が難しいですわね」と微妙な顔。

「何やよう分からんけど、取り敢えず「物理的に強過ぎて表現出来ん」のか「めっちゃ意味不明な小細工してきて表現出来ん」のかで絞ってや。そんぐらいなら出来るやろ」

「物理的に強過ぎかしらねェ。小細工は何一つ使わねェんだけどォ…………アイツ大魔術で大体根こそぎ吹っ飛ばすタイプだからさァ」

「ほえー、魔法使いなんやな。………つーとウチ終わったかもしれんわ、魔法って非物理やし長ドスで受けれん相手にゃ近付けんで」

「トトのちょっぱやはどうなのよ? トトあんよには自信あるのよ」

「金陽様は敵が視界から消えた瞬間、無差別に周囲を攻撃し始めます。思考を放棄した完全なランダム攻撃を辺り一帯にバラ撒くようなものなので、狙いの予測や気配、直感での回避が極めて難しいですわ」

「何それ辛あ、それどうするのお? 嘘避けお祈りしながら気合避けでもするのお? そういう遊び方は良くないと思うなあ、ちゃんと避ける方向とボム使うタイミングぐらいは決めておきたいなあ」

 突き付けられた現実に諦めを見せ始めたポルカに「待ってくれ」とパルヴェルトが割って入る。

「みんなの士気を削ぐつもりは無いんだが…………仮にそんな金陽殿と銀陽殿を突破したとして、その後に太陽と月を従える魔王が待っているんだろう? 中ボスが倒せたとしてラスボスはどうするんだい。策を立てるならそっちの方が重要じゃあないかい?」

「心配無いやろ、中ボスが強い場合ラスボスは弱いってラプソ◯ンとドルマ◯スでウチ学んだもん。他のナンバリングは知らんけど、何とかなるやろ」

「ヒカルねえがもし本気で言ってたらトト尊敬するのよ。マジリスペクトなのよ」

「本気やで。だって物理通るもん」

「ヒカル様、陛下は物理も魔法も両方使いこなしますわ」

「あと陛下ァ淫魔サキュバスの王だからねェ? かなり小細工多用してくるわよォ。当然物理も強ェけどねェ」

「もうあかんお終いや。開幕掛けられたメダ◯ニで味方殴りまくる未来が見えるで。パルヴェルト、今の内に謝っとくわ。すま◯こ」

「何でボクを殴る前提なんだいっ!? ボクにだけ謝るって事は混乱中ボクだけ的確にスナイプするって事だよねっ!? しかもその時のハニー絶対百パーセント中の百パーセントだろうっ!? 嫌だよそういう方向性のオンリーワンは嫌だよっ!」

 口調はさておき本当に申し訳無さそうな表情で謝る光にパルヴェルトが「ぽひーっ!」と意味不明な声と共に憤慨すると、一切の脈絡無く「んひひ」と光が柔 柔らかく微笑み、


「………なあパル、ウチの事────好き?」


 淫靡な表情で少しだけ目元を潤ませた光が囁くように呟き、パルヴェルトの頭をそっと抱き寄せる。そのまま光が「ウチはパルの事、結構気に入っとるねん」と甘えた声を出す。普段の光を見ている身からすれば「お前は一体どこからそんな声を出してるんだ」と問い詰めたくなるように甘い甘い声色だが、恐らく後々聞けば「子宮からや。やれば出来るもんやで」とかそんなような答えが返ってくるのだろう。

「っ、ハニーっ? …………いきなりどうし───」

 これがまさしくキス距離。今にも唇が合わさりそうな程に近付いた二人に、僕は思わずなるほどと納得。反面教師という奴だ、これ見せ付けられる側かなり気恥ずかしい。やるのは控えよう。

 そんなような事を思っていると「好き? ウチの事、好き?」と光がぷるっとした唇を薄く開いて囁き掛ける。それを真正面から受けたパルヴェルトは────、

「好きだよっ! 大好きっ! 愛してるともっ!」


「なら────ウチに殴られて、ようさん気持ち良うなってくれる?」


「それとこれとは話が別ッ!」


「あかん通じん。ちっと試してみたけど駄目やったわ」

 真っ向から強気に突っ撥ねる。もしかせずともパルヴェルトは将来良いお婿さんになるかもしれない。浪費癖のある馬鹿女を娶っても上手く手綱を握ってやりくり出来る、それでいてパルヴェルト自身も浮気なんてしない忠犬気質。

「ウチにお色気キャラが向いとらんのか、それともパルに誘惑が効かんのか。ジャッジタイム」

「僕的に「殴らせてくれ」って正直に言ったのが大きいと思う。あといきなり過ぎだな、もうちょっと時間掛けてムード作れ。という事で光が下手説に一票」

「パルヴェルト様は普段のヒカル様の事を良く知っておりますからね……中々難しい所ですわ」

「ううん……悪くないとは思ったけどなあ。向いてないって言うよりはあ、………そうだねえ、知らないおじさん相手ならコロっとイケてた気がするなあ」

「頭空っぽでち◯こ握っときゃァ飛ばせてたんじゃねェ?」

「というかヒカルねえ凄いのよ。どこからあんな甘い声出せるのよ? トトもいつかにいにやってみたいから教えて欲しいのよ」

「子宮からや。やれば出来るもんやで」

「ボクでも出来るかな……ボクもブラザーをたらし込んでみたいよ。ボクも子宮欲しいな」

「言いたい事が多過ぎるんだよパルヴェルト。純情だった昔のお前はどこ行った」

 そんな下らない馬鹿話によって、今回の作戦会議は軌道修正不可、お開きとなってしまった。


 だから僕は頭をひねる。僕が頭をひねる。

 これが僕に求められている事、これが僕が求めるべき事。…………頭が勝手にそう認識する。

 けれどそれは不思議な事に重くなく、とても軽くて心地の良いものだった。

 橘光は聡明だ。ヘラヘラとした笑い顔や口の悪さに騙されそうになるが、彼女は何かに付けてやたらと頭が回り機転も効くし、何よりも光は躊躇わない。法度ルール無しで脳のリミッターを外していくなんて芸当を………自分の身を自らの意思で壊していく事すら躊躇わなかった。

 ジズベット・フラムベル・クランベリーは柔軟だ。機転が効くという点は光と同じだろうが、ジズは対応力が異様に高い。首折れ様に追い掛けられている時僕の叫びに躊躇い一つ持たず窓を突き破り、即座に法度ルールを適応して壁をよじ登れるぐらいには対応力が高い。そして首様を黙らせる為、何の躊躇いも無く僕を城の屋根から投げ捨てれるぐらいには柔軟だ。

 トリカトリ・アラムは賢明だ。荒事にさえ巻き込まれなければかなり理知的であり、知識量も多く周りの事────僕らの事を最優先に考えてくれる。それが何の為なのかは未だ僕には分からないが、別に分かる必要なんて無い。

 パルヴェルト・パーヴァンシーは懸命だ。自らの実力不足から法度を得たという事は、言い換えれば自らの実力不足を魂に焼き付けるレベルで自覚、理解、受け容れているという事に他ならない。僕と同じく実力不足に苛まれながらも、それでも懸命に自らの役目を全うしようと動き回る。光の法度ルールと自らの法度ルールを組み合わせる事で得られる圧倒的理不尽に胡座をかかず、今日の朝も懸命に鍛錬しているのを僕は知っている。

 ラムネ・ザ・スプーキーキャットは出しゃばらない。混ぜて欲しいと駄々をこねる時もあるが、それでもラムネは決して出しゃばるような事をしない。自分が今何をするべきなのかをパルヴェルト以上に良く理解し、自分が今必要とされていないと分かるや否や即座にうたた寝を始める理解力の高さはとても猫とは思えない。しかしラムネは自分の力が求められた時は、光と同じぐらい身を削って僕の力になってくれる………ペール博士に連れられてサンスベロニア帝国に向かう際、ラムネは自分の苦手分野である長距離移動でも一生懸命になってくれた事を僕は忘れていない。

 ルカ=ポルカは………正直分からない。付き合い自体はルーナティアに呼び出されてからすぐあったが、どうしてここに来てみんなと打ち解けようとしたのかは未だ分からないし、何でそんな簡単に僕に好き好き言ってくるのかも分からない。けれどポルカは自らの持つ唯一の武器であり盾である法度ルールの弱点を、わざわざ僕らに曝け出したのだ。それは彼女なりの信頼の証、心を開いて欲しければ先ずは心を開く所からと、そういう事なのだろう。


 共通しているのはどいつもこいつも頭の回転が異様に早いという事。シモネタでもそうだが、そうで無い時の馬鹿話一つ取ってもボケが意味不明過ぎる。何で急場のアドリブでそんなボケとツッコミが出来るんだと尊敬してしまうぐらいには、まあくるくると頭が回る。

 そんなみんなが大事を前に何も策を出さない訳が無い。僕ですら浮かぶような作戦如き、みんなが考え至っていない訳が無いはずだ。

 ではそこに「何故」と一言足してみる。

 何故、みんなはこの作戦を敢えて考えないのか。

 何も作戦が無い完全な無策のような状態で馬鹿話に興じ、どうしてそのままお開きにしてしまうのか。僕のような人間がこのままで大丈夫なのかの心配するのが分かっていながら、それでも放置するのは「何故」なのか。

 これはきっと優しさだ。僕から存在価値を奪わないようにという優しさ、僕に考えさせてくれるという事だろう。

 …………数日前の僕だったらきっと押し潰れていた。失敗した時の怖さに怯え、駄目だった時の責任に潰れ、もしかしてこれは全てみんなの仕込みなのかと、勝手に一人で迷い込んで天井からぶら下がる道を選んでいた事だろう。


 けれどどうした事か、今の僕はとても肩が軽い。


 作戦は一つだけ浮かんでいる。余りにも卑怯で、余りにもしょうもないが、もう僕は学んだ。

 綺麗事は要らない。綺麗事で腹は膨れない。綺麗事では誰も救われない。本当に誰かを救いたいのなら、見苦しいまでの小狡こずるい戦い方をしてでも生き残らなければならない。

 堂々と戦って勝手に死んでいった英雄たちは僕をヘタレと呼ぶかもしれないが、それでも何ら構わない。生憎と霊の言葉が聞こえる特殊な耳は持っていないのだ、聞こえない所で何を言われようが知った事か。

 …………もしこの作戦が成り立たなければ正面突破しか残らないが、それでもきっとどうにかなると思えてしまう。

 肩が軽い。こんなにも気が楽なのはいつぶりか、そう思える程に僕が何も気負っていないのは、みんなが本当に僕を信じ、僕が本当にみんなを信じているから。

 ならば僕は応えるだけ。役に立てない僕を、しかしそれでも立てようとしてくれているみんなの為に。

 信頼という言葉の気持ち良さに胸の周りがじんわりと熱くなる。それはすぐに肩周りに熱を帯びさせ、僕の目頭を熱くする。


 パルヴェルトは前に言っていた。

 死んで良かったと。

 あの時の僕は否定したが、今ならあいつの気持ちが分かる。

 死んで良かった。

 あの世界で生きていなくて、本当に良かった。

 今も生きていて、本当に良かった。



 ──────



 その子供は奇病を患っていた。

 生まれながらにして患っていた先天性の奇病、治し方は当然ながら、そもそもどういう原理や理屈でその症状が起こるのかすら解明のいとぐちすら見出だせていなかった。

 その奇病に、ある探求者は便宜上『先天性全身筋肉剥離』と名付けた。

 症状は病名が指し示す通り、全身の筋肉が骨から剥がれたがる・・・・・・というもの。

 筋肉とは皮膚の内側に存在しており、筋膜と呼ばれる薄い薄い皮に包まれながらも、その上で骨を包み込むように存在している。そしてその上下端は少しずつ軟骨質に変化し、やがて骨に張り付いて固定される。

 ……剥離骨折が最も分かりやすい例だろうか。普段のランニングや全力疾走では起こり得ないが、例えば高所から着地する際等の衝撃で筋肉が急激に引っ張られると、その勢いに耐えられず骨と筋肉を繋げる境目が文字通りベリッと剥がれてしまうという症例がある。

 先天性全身筋肉剥離はそれの全身版。加えて、何一つとして衝撃が無くとも勝手に剥がれてしまうのだ。

 ………いや、衝撃はあった。大きな振動があった。


 心臓が動く衝撃で、筋肉が骨から剥がれてしまうのだ。


 例に挙げた剥離骨折、場所や剥がれ方によっては一生治らないし、年単位で『古傷』のように痛み出し、腫れ上がってまともに動かせなくなる日が訪れる。

 少女はそれが二十四時間続いていた。

 当然ながら浮かぶ治療法は全て試した。製造コストが笑えないものの最もお手軽な妖精の魔法薬を塗布したり、医療用ステープラーで強制的に骨と筋肉を固定したり、果ては胡散臭いお祈りと呼吸法まで全て試した。

 胡散臭いお祈りと呼吸法はクソの役にも立たなかったが、妖精の魔法薬と医療用ステープラーによる固定は一時的ながらも効果があった。

 けれどそれは本当に一時的。骨に寄り添うようになったはずの筋肉は、まさしく骨から剥がれたがる・・・・・・ようにすぐ離れて、数分も経てば支えを失って歪み始める。

 息をするだけで涙が出る。息を止めても涙が出る。

 まだ幼かった少女はとうに心が折れ、全てを諦めて「死にたい」「殺して」と呟く事が癖となってしまう程だった。

 でも周りは「諦めるな」「生きろ」と無責任に野次を飛ばし続ける。少女はもう諦めていたのに、周りが諦めないせいで少女は生かされ続けていたのだ。

 何度もう楽になりたいと思った事か分からない。痛い辛いと泣き出せば、親は下手糞な笑みを浮かべながら少女の首筋に注射器をあてがった。

 ────それは気持ち長めのボールペンを二本並べたようなサイズと長さの特殊な注射器。薄さは足りないが、妊娠検査器のような形状だと言えば分かりやすいだろうか。あれに厚みを足したような形の注射器を、親は毎回少女の首筋に打ち込んだ。

 先端のキャップを開くと片側に寄った太めの針があり、首筋に強く叩き付けるようにして注射針を差し込めば内部の機構が作動。針とは反対側にある超小型の真空管が開封され一気に空気を吸入、その際に発生する空気の流れによりピストンが押し込まれ、薬剤が注射針を通って使用者の体内に入り込む。

 通常この手の自己注射器は高圧ガスを使用したり、毛細管現象を利用したりして細い注射器を薬剤が勝手に通るようになっている。しかし前者は高圧ガス代がチリツモであり、後者は薬剤が全て注入されるまでかなりの時間が掛かる。故に太めの針を使用して、一気に薬剤を流し込むようなやり方にされているのだそうだ。

 デメリットとして、かなりの圧力で一気に薬剤が注入されるので注射部分は結構な激痛がある。また小型の真空管に空気が入り込む際の圧力を利用しているので、乱暴に扱えば簡単に誤動作を起こしすぐに使用済み状態になってしまう。また真空管内の数値を間違えると吸入された空気が針を通って体内に入ってしまうリスクもある。

 そして何より、注射針が太めなので注射痕が隠せない。

 けれどもはやそれを使う他に少女の涙は止められなかった。首筋には数えられぬ程の注射痕が出来ていたが、母親はそこから目を逸らすようにしながら、新たな注射痕を何度も作り続けていた。

「せんせい。あいつはもうダメだろう、わたしがもらっていいか?」

 ある時の事。メルヴィナ・ハル・マリアムネが診療所内で薬剤の調合をしている時、その白衣をくいくいと引いたペール・ローニーはそんな事を言った。

「あらあら、何を言っているのペロちゃん。そういう事は言ってはいけませんよ」

 反射的に否定したものの、もはやメルヴィナも内心では諦めていた。今調合しているものも薬剤とは名ばかり、痛みを抑える為のモルヒネがほぼ全ての割合を占めていた。

 そうでなくともメルヴィナは何度か親に安楽死を推奨していた。けれど親はどういう理念に基づくものなのか「あの娘の為にも、諦めては駄目です」と頑なに首を振り続けた。

 一体何を根拠にそんな事を言っているのだろうか。医学と薬学に精通し、卓越した知識と探究心だけを頼りに、女手一つで魔法学を作り上げた本当のプロの言葉に対して、この素人は何を根拠に「駄目だ」なんて無責任な事を言っているのだろうか。

 メルヴィナは考える事を放棄してしまった。隙あらば「殺して」と願う「あの娘の為に」、それでもお前が苦しめたいというのであれば苦しめ続ければ良いだろうと思いながらも、メルヴィナは「分かりました。でしたらこちらも懸命にサポート致します」と答えるしかなかった。

「それはモヒだろう? せんせいがモヒをちゅうしゃにいれるとき、いつもよりながめにすいだしていた、ちしりょうすれすれ、かじょうなまでにな。…………つまり、それぐらいどうしようもないということだ。あとペロちゃんってよぶな」

 懸命にサポートする。それは決して嘘では無いし、手を抜く気なんて毛頭無い。それは自分のプライドが許さない。自分がこの国に建ち上げた看板に誓って、妥協なんて絶対にして堪るものか。

 けれどもう出来る事が他に無い。仮に奇跡か何かが起こって立ち上がれるようになったとしても、きっと彼女は依存形の高いモルヒネ中毒による禁断症状、気が狂いそうな程に辛い乖離症状で苦しむだろう。それが分かっていてもメルヴィナはモルヒネの分量を増やすしか出来なかった。それが現状残された唯一の「あの娘の為」だったからだ。

 子が死を望んでも、親がそれを縛り続けるのだからそうするしか無い。そしてメルヴィナは、子からは金を貰っていないのだから、そうするしか無い。

 メルヴィナはもう親から金を貰ってしまっている。であればもう、金を払うものに従うしか無いのだ。この瞬間だけは、医師を辞めたくて仕方が無くなる。何が医師だと泣き叫びたくなる。

「もうどうしようもないなら、あいつをわたしにくれ」

「………………………ペロちゃんが貰ってどうするつもり?」

「まほうせいぶつのじっけんにつかう。あいつをまほうせいぶつにつくりかえる。あとペロちゃんってよぶな」

「………………そんな事が許される訳無いでしょう。親の説得はどうするのよ」

「てきとうにすればいい。「せいこうすれば、じゆうにうごきまわれるようになる」とでもいっておけば、あたまのわるいインコのようにくびをふるだろう」

「………子の説得は?」

「しっぱいすればしねる、とかでいいだろう。せいこうすればじゆうのみ、しっぱいすればえいえんのあんらくだ。どっちにころんでも、あいつじしんはそんしない。あいつはどっちでもなっとくできる、あいつはそこまでひへいしてる」

「……………………………………………」

 メルヴィナは悩んだ。悩んでしまった。

 けれどそれはあの家族を思っての悩みでは無かった。

 あの家族は既に手遅れだ。子が「生きたい」と思うのならば生かすのが親の役目。患者が「死にたくない」と望むのなら生かすのが医者の役目。

 しかしあの家族は既に手遅れだ。子が「死にたい」と本気で望んでいても、親は「生きなさい」と自分の勝手を強要する。これがお互いに心を割って話し合った末であればまだしも、少女は全身の痛みに耐えながら口を開き「何で殺してくれないんですか」とメルヴィナを睨むまでに至っていた。

 安楽死には本人の同意だけでなく保護者の同意が必要なのだと、言って分かるような状態では無かった。

「私も貴女を殺してあげたい。でも許されないのよ。殺す事は。それでは私が赦されない。申し訳無いけれど、私は赦されていたいの」

 ぼんやりとした緑色に発光する魔石に繋がった人工呼吸器を付けた少女は、しかし当然の如く納得なんてしなかった。もう頭なんてロクに回っていないのだ。モルヒネの過剰投与オーバードーズ…………呼吸器は少しずつ乱れ始め、既に思考回路は破壊されていた。

「あいつのためをおもうなら、あいつのいのちをわたしによこせ。ゆうこうかつようしてやる」

 これがただの弟子の言葉であれば「さっさと歯を磨いて寝なさい。おトイレは先に行っておくのよ」とデコピンでもして追い払っていただろうが、生憎とこの弟子は弟子入りした時点で既に師よりも遥かに知識量があり、それを知恵へと転換出来る文字通りの天才だった。

 少し前には寒冷地のみに生息するユキオオトカゲを温暖な気候にも適応させた。それを危険視して実験用の生物をことごとく取り上げれば、この弟子は躊躇い一つ無く自身の体を実験台にし始める。副作用で瞳孔が開いて戻らなくなれば、今度はそれの治療薬のテストだと宣いながらまともに前が見えない状態で調合した薬剤を飲もうとする。

 メルヴィナでは到底追い付けず、到底理解してあげられない本当の天才。その証拠に、この弟子はまだ幼いにも関わらず既に法度ルールを得ていたのだ。

 その法度ルールを使えば万物の仕組みが全て簡単に分かるというのに、小賢しい事にこの弟子は「それはつまらん」だなんて言ってそれを否定する。

 ユキオオトカゲの幼体を捕獲しに行く際なんかはその法度ルールを本来の目的とは全く異なる使い方をしていたぐらいだった。

 嫌に頭の回るこの弟子は法度ルールによって生成した口に手を引っ掛け「ちょっとトカゲさがしてくる」と虫採り少年のような事を言いながら空を飛んでどこかに行ったのだ。自身を中心とした一定範囲内から出せないその口に捕まる事で、口をどれだけ移動させても自身の範囲から出られない状態にして、そのま無限に飛び続けたこの弟子は「おっこちた。おれてる、ちょっといたい」少としだけ涙目になりながらも、ユキオオトカゲの幼体をしっかり小脇に抱えて戻ってきた。ふくらはぎの筋肉を裂いて飛び出している骨を見たメルヴィナが慌ててそれを治療しようとすれば、

「ちんつうざいだけちゅうしゃしてくれ。それよりいそいでこのこをいじってあげないといけない、このこあつがってる」

 だなんて事を言ってのけるのだから、突飛過ぎて言葉を失ったメルヴィナは「じゃあ連れてくんなよ返して来い」と思う余裕すら無かった。

 そして一時間後にはユキオオトカゲを温暖な気候に適応させる事に成功していたのだから、きっとこの弟子は本当に天才なのだろう。

 この弟子になら、あの娘の処置を任せても良いかもしれない。

 自分ではもう出来る事が無くなっているが、それでもこの弟子なら出来る事はまだあるように思えた。

「……………………ちゃんと生かしてあげられる?」

「む?」

 メルヴィナの問いに首を傾げた弟子が「どういういみだ?」と聞き返す。

「上手くいかなかったから殺した、とかしない? 最初から最後まで、ちゃんと「生かす」事だけを考え続けてあげられる?」

「しっぱいなんてするつもりはない、あほいうな。よきせぬできごとがなければどうやってもあいつはいきる」

「………予期せぬ出来事っていうのは何? 例えば何がある?」


「せじゅつのとちゅうでわたしがしぬ、ほかにはうかばない。せんせいはだまってみまもっていればいい」


「───────────」

 余りの物言いに思わず目を見張った。調合していた薬剤から手を離して向き直れば、濁った目をしたその弟子は至極真面目な顔でメルヴィナを見上げていた。

 悩んだのは数秒、すぐに答えは出た。

 この弟子に任せる事が正しいのかは分からない。けれど今のままでモルヒネを投与し続ける事だけは間違っている。

 分かるのはそれだけ。それだけ分かれば他には要らない。メルヴィナは懸命にサポートするだけだった。

「………………説得は私がするわ。ペロちゃんは治療をお願い。………良いかしら? あくまでも「治療」だからね? そこを履き違えちゃ駄目よ、それだけは許さないわ」

「たいしてかわらんだろうが…………まあ、まかせておけ。あとペロちゃんってよぶな」

 ……こちらがどれだけ心配しても、この弟子はいつだって威風堂々としていた。

 こちらがシリアスな雰囲気であっても、この弟子は頑なにその呼び方を嫌がった。

 だからこそメルヴィナはこの呼び方で呼ぶ事を好んでいた。

「……おいでペロちゃん、成功のおまじないでキスしてあげるわ。ほら、おでこ出して?」


「いらん。せんせい、いきくさい。ばばあのきすとかころすきか。さばよんでてもわかるぞ、こうしゅうとかんせつのしわですぐわかる。あとペロちゃんってよぶな」


「あらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあらこんのクソ弟子マジいきなり生意気言うじゃない上等よ歯槽膿漏を即日で治す洗浄薬ガブ飲みして爽やかミントキス連打してあげるんだから覚悟してなさいよペロちゃん」

「ついでに『においだま』のじょきょもしておけ、としまのこうしゅうはだいたいあれがげんいんだ。あとペロちゃんってよぶな、まずはそこからなおせばばあ」

「いいえここはむしろ大人のキスでペロちゃんの小賢しいお口を黙らせてあげるのが良いわね。沢山ベロチューされてペロちゃん改めベロちゃんになるのよ、師匠と弟子のイケナイ恋愛はむしろイケるわ王道よ」

「ひとのはなしをきけばばあ。もうなんでもいいんだろおまえ」

「否定しないわ」

「ひていしろ───んむーッ!? ぇむ……ぢゅ────んっむァグッ!」

「─────痛ッでえこの弟子でひきゃみゃーがったッ! ……ああクソ冷静になるのが早いわきっとこの娘IQ高いッ! でも負けないわこれでめげるお姉さんじゃないものッ! 絶対ペロちゃんをベロチュー好きなエロいベロちゃんに仕立て上げてみせるわそれが師の役目だものッ! 明日出来る口内炎にビビって今日のベロチュービビってらんないわッ!」

「うるさいだまれッ! さっさとめげろばばあッ! しのやくめじゃないだろうもっとびびってろッ! ………あーもうくちのなかがねばねばするッ! ごたくはいいからしそうのうろうさっさとなおせこのいきおくればばあッ! あとペロちゃんってよびゅ───んみゅぅーっ!?」

 自分になんて見向きもしていないように思える濁った目をしたこの弟子が、唯一自分の言葉に見向きしてくれているように思える。

 だからメルヴィナはこのあだ名をとても気に入っていた。



 ───────



「……………むーん」

 ルーナティア城内、医務室を兼ねたペール博士の研究室にて、魔法生物である湯気子は無い喉と鼻を唸らせながらペール博士の背中を睨んでいた。

「むーんむむむむむむ…………むむーん、むーむむ、むーんむむ………」

 馬鹿の考え休むに似たり。もはや何を悩んでいたのか忘れ始めた湯気子が悩み声で遊び始めるが、しかしペール博士は何も言わずに放っておく。

 今日はもう湯気子に任せるような案件は全て片付いているし、明日の事を今日やらせるのはペール・ローニーの主義に反する。何か出来る事を探せと言い付けて、自分の把握していない場所で下らないズレ・・を作られるぐらいなら、今のように良く分からない唸り声を上げさせている方がよっぽど良い。

「………………よっ、と」

 ペール博士が腰を屈めてしゃがみ込む。上下段に分かれている金属製のロッカーを横開きで開けて中の機材を取り出そうとすれば「おおう、良いプリケツですう………シコいですう」と背後からうんうん納得するような声が聞こえる。それに思わず「む」と唸ったペール博士がしゃがみながらクッと腰を突き出すようにして尻を引っ込めれば「おおう、騎乗位のスイングみたいですう………シコいですう」と湯気子はめげずにうんうん納得。

 幼い頃からの経験上この手の輩には構ったら負けだと分かっていながら「チッ」と小さく舌を吸って舌打ち。機材を片手に持ったペール博士が立ち上がり、反対の手で自身の腰を軽くさすれば、

「おおう、腰に手を当てるだけでシコいですう。もはや湯気子は何を見てもシコく感じるですう………シコいですう」

「いや何なんだお前はさっきから。シコいシコいって言うが、お前にシコれるような部位なんて付いて無いだろうが」

 耐え兼ねたペール博士が器具を乱雑に机に置いて文句を言えば、湯気子はは待ってましたとばかりに「わあい博士が構ってくれたですう! 湯気子の勝ちですう!」と霧状の体を元気に動かしペール博士にまとわり付いた。

 湯気子の全身は霧状の物質ダストを中心に構成されているが、その密度を変える事で擬似的ながらも肌のような質感を相手に感じさせる事が出来る。湯気子自体は何も感じないのだが、湯気子に擦り寄られたペール博士は「何だ湯気子、一体どうしたんだ」と頬の形をむにむにと変えながらその頬擦りに応じる事が出来るようになる。

「えへへえ」

 それは湯気子なりの甘え方。マトモに触る事も出来ず、マトモに触られる事も出来ない湯気子が行う精一杯の甘え方であり、それを知っているペール博士は「……はあ」と小さく諦めの溜息こそ吐けども、決して振り解くような事はしない。

「えへ〜へえ」

 間抜けた声で甘え続ける湯気子を放置して器具の調整に入るペール博士。こうなった湯気子は何を言っても甘えたがり、乱暴に振り払おうものなら拗ねて数日は研究の手伝いをしなくなる。

 それに元より、湯気子はかなり甘えん坊な性格をしていた。ペール博士によって魔法生物にされた際、真っ先に行った事が「親を殺す事」だったとは思えない程、湯気子はペール博士に対してべったりと甘えたがるのだ。


 ──────やめて、殺さないで、どうして。


 あの時の親は湯気子に向けてそう言っていたが、湯気子はそれを何一つ聞き入れなかった。

「私が殺してって頼んだ時に殺してくれなかったから、殺さないでって頼まれても私は殺してあげる」

 これは自分なりのお礼なのだと親の命乞いを一蹴した湯気子は、最も苦しい死に方であると名高い窒息死によって親を殺害。そのままペール・ローニーの所有物となった。

 当時のサンスベロニア帝国は兎にも角にも魔法技術に排他的であり、当然ながら魔法生物に関する法律もロクに定められておらず、それ故に湯気子は親を殺したにも関わらず無罪放免。まともな聴取すら行われなかったのだ。

 しがらみを断つ意味も込めてそれまで名乗っていた名前を全て捨てた湯気子は「名前はしっかり考えるのよ? 前のにょろ吉くんみたいな安易な名前は駄目よ? あの子そもそもメスなのに」としつこく念を押したメルヴィナをガン無視したペール・ローニーにより「なんかもわもわがゆげっぽいから……ゆげこだな」と雑過ぎる名前を与えられた。これにより湯気子は公式にペール・ローニーの所有物として認められ、永劫泣けぬ瞳を対価に、痛みを感じぬ自由な体を得たのだった。

「でもちゅー出来ないのは誤算だったですう。湯気子も博士とねっちりねっぽり濃厚なべろちゅーがしたいですう」

「いきなり何の話だか分からんが………仮にキスが出来る体であったとしても私はそうほいほいキスなんてしないぞ、ディープキスは不衛生感が強くて嫌いだしな。あとねっぽりの『ぽり』は何なんだ、意味不明過ぎるぞ」

「気にする必要なんて無いですう。フィーリングですう、フィーリングう。ふぃ〜」

「…………はあ」

 ご機嫌な声色で擦り寄る湯気子に再び小さな溜息が出る。それは諦めの溜息であり、ペール博士は「……ほら」と小さく呟きながら湯気子の顔の辺りまで自身の腕を持ち上げた。

「──────っ!? わあいですうっ!」

 途端、湯気子は霧状の全身を懸命に動かしその腕にしがみ付く。手首の辺りから螺旋を描くように肘へと登り、そのまま博士の全身にくるくるとまとわり付く。かと思えば密度を高めた自身の頬で博士の顔へと必死に頬擦りし、博士が「……少し強過ぎだよ、もう少し優しくしてくれ」と湯気子に頼めば、彼女は即座に顔から離れて再び全身に絡まるように螺旋を描く。

「湯気子思わずテンション上がるですうっ! ここ最近ご無沙汰だったですうっ! へっへっへえ、たっぷり可愛がってやるからなあですうっ!」

「新しい肉奴隷を見付けた呑んだくれレイパーのような物言いはやめたまえ。そういう口の悪い所は直せ、趣味じゃない」

 頬擦りしては螺旋を描き。絡み付いては頬擦りする。これはペール博士と湯気子の数少ないスキンシップの一つであり、湯気子からすれば月末に支払われる給料より遥かに嬉しい事柄。

 寝る間を惜しむ所か風呂に入る事すら嫌って研究に費やすペール・ローニーという探求者は基本的には自身が知りたいと思った事柄の結果を知る事を何よりも優先する為、睡眠も風呂も削れば性欲の発散だって当然削る。であれば部下である湯気子との連れ合いすらマトモに行わないのは当然なのだが、飴と鞭の重要性を深く理解しているペール・ローニーという上司は、本当に極まれにこうして湯気子とイチャイチャする時がある。

 ペール・ローニー自身は「する」「される」を問わず、一方的な性的スキンシップをかなり嫌う傾向にある為、性感を得られない体となった湯気子とも当然性的行為には及ぼうとしない。レズビアンの中にはパートナーに対して愛撫をしているだけで自身も達せるという共感力の高いものもかなり多いのだが、湯気子が何度言ってもペール博士は「私がしてやった気分になれないのはお断りだよ」と首を縦には振らない。

 代わりとばかり、ペール博士は愛犬がご主人様すずんと戯れる時のようにこうして二人なりのスキンシップに興じる事があるのだ。

「博士めっちゃご機嫌ですうっ! 何かあったですうって聞きたいけど取り敢えず今はどうでも良いですうっ!」

 文字通り我を忘れてペール博士にまとわり付く湯気子に、ペール博士も「聞かれても答える気は無いから気にしないで良い」と自身の手や足を差し出す。腕を上げれば湯気子は即座にその指先へと向かい、片足立ちになって足先を伸ばせば湯気子すぐにつま先を目指す。

 はたから見ればただのイチャイチャに他ならないが、それは湯気子にとっては給料日よりも心の踊る瞬間であり、年度ボーナスの支払日よりも幸せな瞬間であり、言うなれば借金や延滞金の支払催促で弁護士から毎週届いていた赤封筒が遂に来なくなった時のような感覚。「もしや諦めたか? いや明日にでも玄関蹴破られるかも……いやでも」と葛藤しながら遂に一ヶ月を越した時のような感覚。銀行口座や源泉徴収から一定の収入が得られている事が発覚すれば即座に赤封筒が鬼のように届くと分かっていながらも、それでも小躍りせざるを得ない状態。

 永遠に続くと思っていた痛みと苦しみから自身を解き放ってくれた存在。自死すら許して貰えなかった自分に自由に動ける四肢をくれた存在────いや、通常の生物が持ち得る自由より遥かに自由な存在へと変えてくれた存在。

 そんな存在が机の上にあった飲み掛けのコーヒーカップを手に取り「……ふむ」と鼻を鳴らす。そして「たまには遊んでやろう」と霧状の魔法生物に声を掛ける。

「…………ほら湯気子、投げるぞ。落とすなよ」

 言うが早いかペール博士がコーヒーカップを放り投げる。半分程度残っていた中身を撒き散らしながら宙を舞ったそれは、しかしペール博士から離れた湯気子によってカップも中身も落下せずに空中で静止する。

「わんわんですうっ!」

 触れ合って親愛を確かめられぬ二人の間柄でこそ通じるコミュニケーション。犬の真似、いわゆる「取って来い」である。

 撒き散らされた中身を器用にカップへと戻した湯気子がそれを博士の手元に寄せると、博士は「良い子だ。流体のまとめ方が前より上手くなったな」と受け取ったカップに口を付けて中身を飲み干す。

 しかし湯気子にはいつもと違い喜ばない。コーヒーを飲み終えた博士をしげしげと眺める湯気子に「……どうした。もうじゃれ合いはお終いで良いのかい?」と問うと、湯気子は「んー……」と唸り、


「…………そのコーヒー、湯気子の体の一部がガッツリ入ってるって言ったら博士怒るですう?」


「怒りはしない。しかし自身の体の一部が混ざった珈琲を、「気持ち悪い」とまさしく霧状に吐き捨てられるのは気分が悪かろう。妙に繊細な所のあるお前がわざわざそんな愚行を犯すとも思えんがね」

「………ヤンデレ系ヒロインが手作りチョコレートに血とか肉片とか入れるっていう話を聞いたですう。無許可でやってみて怒られるの嫌だったから先に聞いてみただけですう、実際吐き出されたら湯気子ショックで泣いちゃうですう。涙腺無いけど」

「雑巾の一番搾りがバニラエッセンスに感じられるような隠し味だな。………というかそのヤンデレ系というのは何なんだ? 聞いた事が無い」

「ジズ様が最近買った何とか日記って本にそんなヒロインが出るらしいですう。『病んでるレベルで主人公にデレデレ』っていう感じらしいですう。自分の血とかを飲んで欲しいとか、好き過ぎて殺したいとか」

「まさにキミじゃないか。実行に移していないだけでヤンデレの素質は十分だろう」

「殺して良いですう? 殺されてくれるですう? だったら本当に最高ですう」

「殺せる自信があるなら殺してみると良い。ただし殺される覚悟はしておけよ」

「………ぷう〜、湯気子じゃ博士に勝てる訳無いですう。博士の血を体に染み込ませるのは無理そうですう、湯気子ベスはメタル湯気子より出現率が低いですう………そんなのどう考えてもバグですう」

 戯れる事に満足した湯気子がペール博士から離れていく。しょんぼりと項垂れる湯気子に「それだと血を飲ませる側じゃなくて飲む側ではないか」とツッコミを入れる博士だったが、湯気子は特に気にもしない様子で「病んでも心のお薬飲めない湯気子にヤンデレは向いてないですう……」としょぼくれたまま。

「満足したなら私は仕事に戻るよ、面倒な案件が山積みなんだ。…………ああ、本当に面倒だなクソ怠い死ね畜生めが」

 そう言って机に広げられた書類に目をやり眉間にシワを作るペール博士。

 ………これはルーナティア国内でも魔王チェルシーと湯気子ぐらいしか知らない情報であり、ほぼ魔王チェルシーの就任時から勤めているジズベット・フラムベル・クランベリーですら把握し切っていない事なのだが、ペール・ローニーという探求者はこと何もかもを気にしなくて良い純粋な荒事となれば、ルーナティア国内では魔王チェルシーを差し置き一も二も無く最強を名乗れる位置に君臨している。

 本人が荒事を望まず、穏やかに無心で知りたい事を知り続ける日々を求めているが故に軍にも所属していないものの、しかしその研究に関しては殆どが魔法に関わる分野であり、それを研究し続けるペール・ローニー自身も魔法学の分野をかなり得意とする………というより魔法が扱えなければ話にすらならないような事柄ばかり興味を持つのだから、必然的に魔法に関してはかなり精通する事になる。

 例えば今机の上に広げられている研究テーマは『非対象魔法の指向性制御について』であり、風の魔法を扱う事で発生したプラズマや静電気の威力を増大させた電撃系魔法や、単純に範囲内の温度を上げる炎熱系の魔法といった『特定の対象を絞れない範囲型の魔法』に対して「どうすればもっと指向性を持たせる事が出来るか」について研究していた。

 魔王チェルシーからは「兵器化して軍事転用出来るまでが最低値、理想値は個人単位で兵士たちが習得出来るぐらいが良いわね」と依頼されていたが、ペール・ローニーはこれを「それは無理だ」と一蹴、魔王チェルシーは「 Oppsマジかよ...」と項垂れた。

 炎熱系……いわゆる炎の魔法において、「範囲の限定化」はイコール「威力の著しい低下」であり、火炎放射器の範囲を絞ればちょっと強いガスコンロ程度まで火力が落ち込み、更に範囲を絞ればガスライターとさして変わらない火力まで低下してしまう。個々人の習得に関しては物体の振動による摩擦熱を根源に置いた魔法として組めばどうにでもなろうが、兵士にガスライターを一個握らせて戦場を走って貰った所でただシュールなだけで終わってしまう。かといって火力を求めれば敵も味方も自国も───突き詰めれば星すらもを蝕む核兵器のようなものにしかならなない。その兵器を使えば確かに戦争には負けないかもしれないが、結果として土地が汚染され、勝って得られる利益が殆ど無くなってしまう。

 ゲームでもあるまいし、敵対国との戦争に勝ったからはい次のターン、というような事は有り得ない。仮に少年兵に手を出すとしても生まれてから実用化出来るまで八年は掛かるし、死んだ兵士たちの遺族へ支払う金や負傷兵が治療し切るまで医薬品を投げ続ける必要もある。

 仮に自国の損害がまさかのゼロだったとしても、敗戦国に住む民に対して様々なケアをする必要がある。戦争によって衣食住を失ったものが居れば戦勝国が全て管理してやらねばならないし、怪我人や戦歿者せんぼつしゃの遺族に対しての金も必要。もしそれらを敗戦国に一任してしまえば、有権者がそこから金をちょろまかして逃げかねないし、場合によっては敗戦の痛みに苦しむ体に鞭を打ってデモ運動や集団ストライキ等を起こす事もある。

 それらを抑止、抑制する為には戦勝国が様々な手助けをしながら民の怒りを敗戦国の無能な統治者に向ける為のプロパガンダを行う必要があり、結果としてかなりの手間と金が掛かる。戦争に勝って本当に利益が出るのは戦勝日からおよそ十年は経過してからだろう。

 しかしマトモな勝ち方をしてようやく十年後に手に入り始める利益を、核兵器のような大量汚染兵器で全て無かった事にするのは余りにも馬鹿らしい。戦略兵器と戦術兵器は全く異なるのだ。

 故にペール博士は炎熱系に関しては「現状は進化の袋小路に位置している。私一人での発展は不可能だろう」という判断を下していた。

 となると最も実用性が期待出来る範囲兵器は電撃系だが、これも中々どうして制御が難しい。何しろ特定の対象を絞れない所か、場合によっては使用した瞬間一秒と掛からずに百八十度反転、使用者の指先に向きを変えた電撃魔法によって使用者が感電死するような不安定さだったのだ。

 それを何とかして使用時に使用者を巻き込まないよう調整し、ようやく前方広範囲に対しての無差別攻撃兵器としての利用に光明が見出だせたかと思えば、今度はルーナティア国自体の戦闘スタイルと合わないとかいう意味不明な壁が立ちはだかる。

 ルーナティア軍の理想の戦い方は基本的に飛空挺を使用した高高度からの砲撃による面制圧と、上空からの降下部隊による短時間での拠点制圧だが、どちらも雷系の無差別範囲攻撃は相性が良くなかった。

 仮に現状のまま兵器として扱ったとして、まず飛空挺部隊には配備出来ない。飛空挺の相手は大体が飛空挺であり、キメッキメのドヤ顔で「エレクトリック・ウェブッ!」とか叫びながら雷系の範囲攻撃を行った所で、雷撃が敵の飛空挺の表面上を走り回るだけで内部の船員には全くダメージが入らない。そんな有様なのだから地上への攻撃なんて以ての外、そもそも届きもしない。

 では降下部隊への配備はどうかと問われれば、それも使用頻度とリスクとで釣り合いが取れなかった。

 敵拠点の上空から制圧部隊が落下するという戦法であれば群がっている敵を一掃出来るのではとも思えるが、そも大量の敵兵が割拠している場所に派手な飛空挺をブイブイ言わせながら突っ込んで行くのが降下部隊の役目。その先にある拠点の制圧は決して少人数で行えるような所業では無く、一定以上の人数を有した部隊をかなり多く投入する必要がある。

 いきなり上から降ってきた大多数の部隊を相手にした敵は、まさしく死にもの狂いでそれを撃破しようとする。ゲームでよくあるCPUのように「数発銃で攻撃して来たと思ったら謎の棒立ち」というような事は有り得ず、銃火器は乱射するし持っているグレネードは惜しみ無く投げてくる。降下部隊も「物陰で数秒隠れてるだけで体力全回復」や「回復アイテム使った瞬間全回復」なんて事も有り得ない。止血帯で出血こそ止められるが、受けた傷は日単位で時間を掛けて治療するまで塞がらないし、仮にその場で塞ぐ事が出来たとしても痛みは消えず、傷を受けた場所によってはロクに武器が使用出来なくなる。

 そんな敵味方が入り乱れる空間に、マトモな指向性を持たせられていない無差別兵器を持ち込めばどうなるか。確かに敵は焼肉に出来るかもしれないが、同じ数だけ味方の消し炭が無残に散らばるだろう。味方への誘爆を防ぐ為に部隊の数を減らすのは論外だ、電撃兵器を所持しているものが何らかの理由で戦闘不能になれば即座に降下部隊は蹂躙される。

 かといって隠密部隊に持たせるのも難しい。何せ電撃系の魔法や兵器は使用するだけでバチバチと大きな音を立て、青白い輝きで夜の闇を照らしてくれる。隠密性なんて欠片も無かった。

 それでも、その上で、魔王チェルシーは可能な限り電撃系の魔法や兵器の実用化をペール博士に望んでいた。

 現在ルーナティア国と対峙しているサンスベロニア帝国は金属を中心とした魔導機械による「量より質」の戦い方によって国力を高めている。それに対して最も効果的なのが、電撃系の攻撃手段によって魔導機械内部の駆動系パーツを損傷させる事だったのだ。

 ルーナティア国が飛空挺を中心とした航空戦を得意とするなら、対するサンスベロニア帝国は魔導機械を中心とした地上戦が最も得意な分野。もはや放棄しているレベルで魔導機械の開発に遅れているルーナティア国からすれば、地上を這う金属の虫は悩みの種でしか無く、爆音と共に乱射してくる実弾に対抗する防御系の魔法を使用しても尚、その上から物理で押し潰そうとしてくるサンスベロニア帝国の陸上部隊に効果的な電撃系の攻撃手段は喉から手が出る程に欲しかった。

 最近では個人戦闘機や無人飛行機械の開発が進んでいるようで、このままモタモタしていればそれまで取り続けていた制空権すら奪われかねない。ルーナティア国も必死でワイバーン部隊の育成を急いではいるが、金属があれば即座に組み立てと稼働が可能な魔導機械と違ってワイバーンは生物なまもの。産まれるのにも時間が掛かり、育つのにも時間が掛かるし、躾をするのだって楽では無く、毎年多くの操竜兵が躾の途中でキレたワイバーンに食い殺される事案が絶えなかった。

 そして何より、魔導機械は木っ端微塵に破壊されたとしても、民間人を装ったスカベンジャー死体漁りに部品を回収させれば幾らでも作り直す事が出来る。それに対し、ワイバーンは死んだら死んだままである。


 ここで記憶力の良い諸兄は「あれ? 前タクトくん殺された所を蘇生して貰ってなかった? それ使えば良くね?」と思うかもしれない。


 ペール・ローニー最大の発明であり自身にとっての最高傑作と信じて疑わない『死んだの蘇生出来るマシーン(命名:ペール)』があるが、それの稼働と実用には複数の面倒な条件を満たす必要がある。


 一つ、瞬間的に、頭が痛くなる程に膨大な魔力を使用出来る。

 二つ、可能な限り不純物の混ざっていない、かつ欠損部位の殆ど無い死体(指一本の欠損でも不可)がある。ミンチ化している場合はこれに含まれない(総合的な質量が足りていれば可)。

 三つ、ペール・ローニー本人の法度ルール、またはそれに匹敵する法度ルールないし能力を持つものがその場に居る。

 そしてその後、緊急時に備え即座に魔力の再充填が出来るよう、一般人一人が数年掛けて貯蓄するだろう魔力を一日で補充出来るだけの金がある事。


 ペール・ローニーは確かに命を蘇生する機械を発明したが、それはペール・ローニーの『食らったものの過去と現在を知る』という法度ルールありきの利便性皆無な代物。頭が痛くなる程に膨大な魔力を使って空っぽの魂を精製し、ペール博士の法度ルールを適応する事で得た「その命の生まれてから死ぬまで」の全てを空っぽの魂に流し込み、その死体に入れ直す事で「もう一人造る」のが『死んだの蘇生出来るマシーン(命名:ペール)』の実情。そしてそれは魔王チェルシーのような国家にとって重要な人物の即時蘇生をいつでも可能にしておく為、何かしらの理由で使用した場合は即日中に魔力を再充填して稼働可能な状態にしておく必要がある。

 そんな面倒な代物を、高々ワイバーン如きに使っては国庫が焼き消える。

 だからこそ、ペール博士は地上を這い空中を飛び回るだろうサンスベロニア帝国の金属製兵器に対し、効果的かつ確実な電撃系の攻撃手段の開発を求められているのだ。

 もしこれが開発に成功すれば短期間ながらも圧倒的な有利を築き上げる事が出来る。恐らくは数ヶ月も経たない内に耐電コーティングなり避雷針なり誘雷針なり何なり数多の対策が施されるだろうが、そんな事は関係無い。効果が期待出来る内に全力で押し潰しに行けば良いだけの話。仮に押し潰し切れずとも、敵国の中枢内に愚者を送り込む事だけの隙を作り上げる事が出来れば当分はマトモに戦争なんてやっていられないような状態まで引っ掻き回す事が出来る。

 電撃系の攻撃手段の開発は、それを可能に出来る程に効果的なのである。

「…………………やはり威力を下げて適応範囲を絞るか? ………いやそれでは直線射程まで狭まり、下がった火力によって殺し切れなかった際にそのままこちらが轢き殺されるか…………チッ、面倒臭い案件を持って来やがってマジでクソだな。どいつもこいつも「あれが欲しい」「これが良い」と戯言垂れやがって…………欲しいなら自分で作れというのに、実力的に自分で作れないなら黙っていろクソが。……………チッ、あーもう全く」

 湯気子とのイチャイチャを終えたペール博士が、それまでの穏やかな雰囲気を一気に消す。そして無責任なユーザの意見に発狂するクリエイターのような事をぶつぶつと繰り返し、やがて大きく舌を吸って舌打ちした。淹れ直したコーヒーカップを片手に、反対の指先に意識を向ければそれだけでバチバチと力強い紫電が周囲を青白く照らす。

 魔法に関しての開発と研究を主にしているだけあり、ペール・ローニー自身も魔法に対しての適性が極めて高い。魔力の貯蔵可能量も下手な魔族では遠く及ばず、扱う事に関しては淫魔サキュバスの王チェルシー・チェシャーですら横に並ぶ事を躊躇う程。親指と人差し指の間を通る青白く細い雷光の形状を綾取りのように変えて弄びながら思案していると、その姿を少し離れた位置から傍観していた湯気子が「博士え」とのんびり近付いてくる。

 それに「どうした」と振り返りながら即座に紫電を掻き消すペール博士に、湯気子は「湯気子、博士の事大好きですう」と甘えたような言葉を掛けるが、しかしその声色は甘えなんて欠片も含んでおらず、至極真面目なものだった。

「………………湯気子は博士の言う通りヤンデレなのかもしれないですう。だってそれぐらい、それを自負出来るぐらい博士の事が大好きなんですう。うんこ垂れ共の蔑称なんて歯牙にも掛からないですう」

「………キミが私を好いているのは何百年も前から知っている。今更、いきなり、何をどうしたというんだ」

 いつになく真面目な声色で愛を繰り返す魔法生物に、ペール博士が飲み途中だったコーヒーカップを机に置く。すると湯気子は「………でも、それぐらい大好きだからこそ、湯気子は博士の味方になってあげられないですう」と申し訳無さそうに俯いた。

「何の話だ」

「………………………………怒らないですう?」

「怒らない。叱らない。距離を取るような事も無い。………私の性格は知っているだろう?」

「…………はあい」

「言いたまえ。言い淀まれると気になる。………知りたい、湯気子。お前が何を考え思っているか、私に教えておくれ」

 まるで割った皿を隠した場所を問いただす親のような穏やかな声色をしたペール博士に、観念したのか湯気子がゆっくりと口を開く。

「………博士、この間陛下とえっちした時の事ずっと気にしてるですう」

「………………………そうだな」

「それで、それが、多分博士にとって最近良い方向に向かってるですう。じゃなきゃ博士、湯気子にこんなに甘えさせてくれないですう。湯気子それぐらいは言われなくても読めるですう」

「そうだな、確かにご機嫌だったかもしれない。……まあ良い方向に進んでいるというだけで、理想の目的地に辿り着けるかは皆目検討も付かんが。………それがどうしたんだ」

 あくまで淡々とした声色のペール博士に湯気子がぎゅっと口を引き結ぶ。けれどもうペール博士は答えを急かすような事はせず、ゆったりと力を抜いた状態で湯気子の言葉を待ち続けた。


「湯気子は………湯気子は、博士の味方になってあげられないですう」


 やがて湯気子が悔しげに口を開く。何となく言葉の意味も理由も分かっていたが、それでも本人の口から答えを言わせる為に「それは何故だ?」と問い掛ければ、湯気子は泣きそうな声色で「死にたくないからですう」と答えた。

「博士の味方になれば、それは陛下の敵になるって事だと思うですう。……………湯気子は、あれと戦って殺されずに生き残れる自信なんか無いですう。湯気子、別に強くないですう」

「だろうな。お前は物理に対しては極端に強いが、非物理………魔法に対して極端に弱いからな。そうで無くとも荒事を嫌う傾向が強い」

「………………だからって陛下の味方になったら、湯気子は博士に嫌われて殺されちゃうですう」

「だろうな。私は敵と認識したものへは何も躊躇わない。躊躇えない。敵は敵、邪魔でしか無い。邪魔だとしか思えない」

 歯に衣着せぬ言葉に湯気子は霧状の体を苦しげに縮こまらせる。瞳があればとうに涙で溢れていただろうが、生憎と湯気子はとうに対価を支払った身。


 永劫泣けぬ瞳を対価に、痛みを感じぬ自由な体を得ているのだ。


「だから……だから、湯気子は………どっちの味方も出来ないですう。──────湯気子は、死にたくないですう」

 口にしてから、思わず無い鼻を鳴らして笑ってしまいそうになる。

 あの日は散々殺してくれと願っていたのに、死にたくて死にたくて仕方が無かったというのに、それが今は何だ。

「死んだら、湯気子死んじゃったら、もう二度と博士に甘えられないですう。だから博士の味方にはなれないんですう。湯気子はもっと博士に甘えたいですう」

 それだけは嫌だと、死ぬのだけは嫌だと、今はあの日と真逆の事を願っている。

 滑稽で仕方が無い。朝令暮改と言うには随分と長い時が流れているが、我ながら意志が軽くて嫌になる。

「敵にも味方にもなれない………それがどうした。別に良いだろう、何の問題がある」

 けれどペール博士は至って冷静な声でそう言った。それに思わず顔を上げれば、ペール博士は机の上に置いたコーヒーカップを手に取りそれを飲んでいる途中だった。

 淹れたての熱いコーヒーを飲み、ほう、と白い吐息を吐き出したペール博士が「ヤンデレと言ったか」と思い返すように目線を彷徨わせる。

「好き過ぎて殺したい。食べて欲しいと思うぐらいに好き過ぎて、まるで病んでいるように見える。………だったか?」

 唐突なその言葉に湯気子は困惑するが、経験上この上司は無意味な事を言わない。慌てて「は、はいですう」と頷いた。

「………ジズ様はそんな感じの事を言ってたですう」


「では聞くが………そのヤンデレとやらは、好き過ぎて死んでしまおうとは思うのかい?」


「────え?」

「好きで好きで仕方が無く、一生好きで居続ける為にいっそ自分が死ぬ道を選ぶ。相手の意思に関係無く、「好きだから」という理由だけで逃れられぬ死のリスクを自らの意思で選ぶ。自分が死ねば自分は永劫相手を好きで居続ける事が出来るから……………果たしてそれはヤンデレなのかい?」

「…………それはヤンデレじゃなくてただの病んでる人か愛の貴公子だと思うですう。………というかそのまま本当に死んじゃったら医者から病んでる判定を受ける前に終わっちゃうから、多分病んでる人にはなれないままだと思うですう」

「ならキミは敵にも味方にもならないで良いじゃないか」

 二口目のコーヒーを口にしたペール博士の言葉に湯気子が「どういう……」と言葉に詰まる。

 それを見て、まるで小学生が「ゴジ◯!」とても叫びながらするように、ほーっと白い吐息を吐き出すペール博士。コーヒーでしっとりと潤んだ、リップもグロスも塗られていない唇から吐き出された白い湯気は、そのまま近くに居る湯気子の体に混ざり合い溶け合っていく。

「敵になっても味方になっても殺されるというのなら、敵にも味方にもならず、生きて虎視眈々と私の血潮を狙い続けていれば良いだけじゃないか、という話だ。私だったらそうする。本当に好きなら、敵にも味方にもならず蚊帳の外から首を狙い続ける。…………これ以上は言わずとも読んで欲しいものだがね」

「──────────」

 博士の言葉に湯気子は自身の体が上気していくのを感じ取る。体温なんて無いはずなのに、ペール博士に吐き掛けられた白い湯気に釣られて体が熱くなるような感じがする。

 忘れていた気持ちを思い出す感覚。自分がどうしてここに居るのか、自分がどうしてここに居続けるのか。自分がどうしてこの人を好きになっているのか。

 それをゆっくりと思い出していく。

「大した意味も無く生き、大した意味も無く死んで腐らせるのが余りに勿体無いと思ったから、私はお前を造り替えたんだぞ? それを犬も食わん、こんな痴話喧嘩如きで散らすな間抜けが」

「………………………」

 偉そうな物言いをしている訳でも、鼻に掛けている訳でも、怒っているようでも無ければ慰めるような声色ですら無い。一口だけ残ったコーヒーカップを机に置き、湯気子の事など欠片も気にしていないような冷徹さで言ってのけるペール・ローニーに、湯気子は思わず泣き出しそうになった。

 忘れていた。この人は「湯気子自分の為」の事は何一つ考えない。あくまでも自分の事だけを考え、「自分の為」に周りの事を考えている。


 自分の親と違って、自分を生かそうとしなかった。

 この人は、自分を殺して自分を活かそうとしていた。

 そうだ、だから好きになったんだ。


「間違っても誰かに尽くして死のうなんて考えてくれるなよ。決死奉公なんて流行らんし、そもそも私の趣味じゃない。自己犠牲の精神なんてクソ食らえだ」

「………………やっぱり大好きですう」

ワンフォーオール一人は皆にオールフォワーワン皆は一人にワンフォーワン一人は一人にオールフォーオール皆は皆に………ハッ、全くボンクラ過ぎて反吐が出る。ワンフォーミー一人は自分にの精神が全ての下地にあって、そこで初めて自分が誰かの為に動けるようになるという事を忘れるな。人は一人では生きられない。自分が生きているのは誰のお陰だと思っている」

「やっぱり大好きですう」

「そして何より、お前は私の所有物だという事を忘れるな。私の所有物なら私の趣味にそぐわないでしゃばりはやめておけ。私は神では無い、ただの探求者だ。棄てられても拾ってやらんぞ」


「────────やっぱり大好きですうッ!!」


 ペール・ローニーは唯我独尊。自分が気に掛けたいと思った時にしか周りを気に掛けず、自分が興味を持っていない事柄は一切合切に興味を持たない。

 反面で興味を持った事柄は徹頭徹尾探求するし、一度気に掛けた相手は全身全霊で支え尽くす女。

 感極まって飛び付く湯気子の勢いに圧倒され「うわっ!?」と仰け反るペール博士だったが、湯気子はペール博士の服の隙間から全身に全身をまとわり付かせて倒れるのを防ぐ。

「好きです好きです好きです好きです大好きですうッ! やっぱり湯気子この人大好きですうッ! 何から何まで好き勝手過ぎる所が湯気子の好み過ぎて激シコですうッ! あいつらと違って湯気子の事ロクすっぽ考えてくれない辺りが鬼シコですうッ! 基本変な人なのに時々妙にクールな所なんてノーハンドでイケるぐらい超シコいですうッ!!」

「いや、ちょっ………せめて服の上からにしろ感触が不快だっ、鬱陶しいっ! というかお前シコれる部位なんて無いと言っただろうがシコシコ言うなっ!」

「無いので代わりに博士のシコるですうッ!」

「何を───ひんっ!? ちょ───このクソがッ! 私──ィんっ! 私へのお手付きはやめろッ! 怒るぞッ!」

「怒られるのぐらい上等ですうッ! 今の湯気子はエロスErosすら凌駕するですうッ! 何だったらアメノウズメとかいう異界の神とすら手を取り合ってやるですうッ! エロスとウズメとユゲコでセックスダンサーズを結成ですうッ!」

「ふざ───け……っく、ィんッ! ………このクソ間抜けがッ! 殺されたいかッ!」

「あそれは嫌ですう……殺されたらもう二度と博士のえっちシーン見れないですう。………そうなるぐらいなら我慢するですう」

 声を張り上げて怒鳴り散らしたペール博士に湯気子がシュッと一気に距離を取る。息を見出しながら「この阿呆が……余り図に乗るな。……ったく」とそれを睨み付けるペール博士だったが、湯気子はそれまでの怯えが嘘だったかのように「えへへえ」と笑い出す。

 そのまま霧状の体の指先に一滴の雫を浮かべ、これみよがしに見せ付けた。


「博士のえっちな液体げっとですう。きらきら糸引いてて綺麗ですう」


「……………はあ? 何を───ああ……それは、………今の一瞬で滲み出た私のバルトリン腺液か」

「そしてこれは今日から湯気子の体の一部になるですう。栄養素にはならないですけど、これで常に博士と一緒ですう」

「………………………………底抜けの間抜けだなお前は、それは防衛本能の証……身を守ろうとする意思の証だぞ」

「ぷう〜、別に間抜けで良いですう。間抜けでも馬鹿でも阿呆だって関係無いですう。それでも湯気子はちゃんと幸せに生きてる・・・・ですう」

 ニマニマと笑いながら指先の一雫を自身の体として取り込んでいく湯気子に、しかしペール博士はもう怒るような事は無く「………そうか」と冷静に背筋を伸ばす。


「ならばもう私が幸せを提供してやる必要は無いな」


「────────え?」

「二択だ、選べ。私に棄てられても「一雫の幸せティアドロップがあるから」と強く気高く生きるか、何処かの馬鹿で阿呆な間抜けのせいで疲れてしまった私の代わりにそこの案件を片付けるか。二択だ、好きな方を選びたまえ。選ぶ権利は与えるが、選ぶ事を拒否する権利は無い」

「………え、いや………案件って何の─────げぇっ!? これクソ面倒な奴ですうッ!」

「因みに明後日までだ」

「無理ですうッ! 無茶ですうッ! 湯気子が一人で頭ひねった所で無駄ですうッ! いきなりそんな事言われても避雷針と誘雷針戦場に撒いとけぐらいしか浮かばないですうッ!」

「……はあ? 何を言っているんだ。お前一人では無いだろう」

「………あ、なあんだ、やっぱりですう? やっぱり博士も手伝ってくれるですう? そういう所が大好きなんですうっ! あーいらーびゅー、ですうっ!」


「キミの体に溶けて混ざった私に手伝って貰えば良いだろう。常に私と一緒なんだろう? そのティアドロップはくれてやる。むしろ返さなくて良い、返されても普通に困る」


「許してくださいですうッ! ちょっとした有頂天での出来心だったですうッ! こんなの二日如きでどうにかなる案件じゃないですうッ! 湯気子の頭爆発しちゃうですうッ!」

「安心しろ、お前に爆発するような頭なんて存在しない、二つの意味でな。………………それじゃあ私は若いツバメと遊んで来るとしようか。流石にキツキツとは程遠いだろうが、それでもガバガバにされた部分が程良く縮んだ頃だろうからね」

「…………え本当に湯気子がやるですうッ!? 何だかんだ言いつつ手伝ってくれる「かーらーのー?」「いーつーもーのー?」みたいな流れじゃ無いですうッ!?」

「当たり前だ。もう決めた、そう決めた、私はもうそう決めた」

「ギエピーですうッ! この人どっかの魔王みたいな事言ってるですうッ! 自分がされて嫌だった事は人にしちゃいけないですうッ!」

「間抜けが。勝ち残りたければ、生き残りたければ、やられて嫌だった事はやられる前にやっておくものだよ。そうすれば勝ち残り生き残れる。だから「人生は早いもの勝ち」なんだよ、椅子取りゲームで悠長に椅子を狙うのはただ間抜けだ。さっさと隣の阿呆を蹴り飛ばせ」

「クズですうッ! どんだけ唯我独尊ですうッ! それルール違反ですうッ!」


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