6-閑話・後【差別と好みと否定の境は】
やがて腹を膨らました僕らは、パチパチと弱々しく燃え続ける焚き火の明かりを頼りに各々で作業を始めていた。
空は既に濃紺を通り越して真っ暗になっているが、しかしこのままではまともに寝られたものでは無い。机と椅子ぐらいしか無い寂れた小屋の中に立て掛けておいた即席箒を再び手に取った僕は、床に散らばる釘やガラス片をぢゃりぢゃりと鳴らしながら、せっせこせっせこ掃いていく。
………しかし、である。この手の廃屋にガラス片が散らばっているのは良く分かるのだが、釘やネジは一体どこから湧いて出たというのだろうか。釘だとかネジだとかなんてわざわざ抜かない限り地に触れる事は無いだろうし、建築の際に余ったものを業者が捨てていくとも思えない。とすると誰か暇潰しで材木から抜いたのかとも思えるが、しかしこの小屋はボロいものの、そもそも組まれている材木に抜けが見当たらない。
「いえーい、でけぽん」
………全く以て不可思議なその釘をざっしざっしと一ヶ所に掃いて集めていると、トリカトリが不思議な掛け声と共に二つの大きな丸太を小屋の中に持ってきた。かと思えばトリカトリはさっさと小屋から出て、今度はトリカトリの身長より少し大きいぐらいの丸太を二本抱き「ぁ重て……しんど……」と呟きながら入ってくる。
「………何に使うのそれ」
太さこそ微妙だが、兎にも角にも長い二本の丸太。
そして長さは微妙だがかなり太めの二本の丸太。
キャンプやサバイバルに慣れている人ならこの時点で分かるのかもしれないが、生憎と僕は素人も素人。トリカトリに「何に使うと思いますか?」と聞かれても「分からん」と考える事を放棄、箒を振るのを再開してしまった。……今ちょっと上手い事言ったと思う。
「これを使っておベッド作るんですよ」
そう言いながら壁際に短い丸太を置いていく。良く見れば、その丸太には半分ぐらいまで窪みが入れられていて、トリカトリはその窪みにスポっとはめ込むように長い丸太をセットしていく。
やがて出来上がるのはベッド………に見えなくもない四辺の枠組み。
そう枠組み。大事な真ん中、誰かが寝る部分は完全に中空だった。
「この長い方にタープを括るんです」
言いながらキャンプ道具が並べられた机の上、丸められた寝袋のように見える何かを開封すれば巨大な一枚布が取り出される。「えっしょ、よいしょ」とゴロゴロ丸太を鳴らすトリカトリに僕は即席箒を置いてすぐに手伝う。「あら、ありがとうございます。お礼に全部しっかり飲んであげますね」と何の事か何も分からない事を言うクソデカ変態メイドを無視して組み立てを手伝えば、
「ほいタープベッドでけぽん! いえーい!」
ダブルベッドより少し狭いぐらいの布ベッドがそこに確かに存在していた。
左右の長い丸太を包むようにタープなる布を回し、それに大量に付いている金属製のハトメにパラコードのような紐を通して縛る。クソデカい担架のような状態になったそれを、上下端にある短めの丸太に作られた窪みにはめ込みグッと固定。
やがて出来上がったベッドに僕が恐る恐る腰を降ろしてみれば、しかし予想に反して壊れて崩れるような事も無く、タープベッドと呼ばれたそれはガッチリ窪みにハマって微動だにしない。
「…………凄え、本当にベッドだ」
「構造はハンモックに近いですかね。タープのサイズと窪みの位置さえ間違えない限り、地面に腰が付かないので底冷えもしません。ちょっと肩が寄るので長期使用は猫背を誘発しますが、短期的な使用であれば寝心地はかなり良い部類です」
「へえ。………これは覚えといても役に立ちそうだ」
「タープベッドを作る時に重要なのは、担架を固定する上下の丸太に作る窪みを結構深めにする事ですかね。浅いとタープがたわんだ際に外れてしまいますから。……でも深過ぎると当然タープの位置が下がるので、とにかく大きい丸太を用意して調節したいです」
即席ベッドを前にフンスと鼻を鳴らして自信満々のトリカトリがタープベッドに寝袋を放り投げる。トリカトリ向けのサイズでかなり大きい寝袋がタープベッドの上でぼよんと跳ねるが、ベッドはそれでも壊れない。調べて知ったのだろうか、それとも自分で考え付いたのだろうか………こういう知識のある人は素直に尊敬出来る。
「あとタープベッドを使用してキャンプセックスをする際は、正常位や後背位のような「前後にピストンする」体位に絞りましょうね。この固定は前後の揺れに極端に強く左右の揺れにも割と頑張れますが、代わりに上下の揺れにはめちゃくちゃ弱いです。騎乗位や種付けプレス的な「上下の動き」が強い体位ですと、おセッセ中にいきなり固定が外れて「アォッ!」ってなってびっくりしますよ。その時に出ちゃったら失笑モノですね」
「そういう所だぞトリカ、お前マジでそういう所だぞ」
「因みにセックス中に「抜けなくなった」という話を聞きますが、あれは行為中に何か予想外の事が起こって超びっくりしてしまうと発生しやすい事態らしいですよ。親バレとかでワアビックリーってなった際に膣内が急激に萎縮するとかなのかもしれません。トリカ抜けなくなった事とか無いので詳しくは知りませんが」
「知らねーよ僕もねーよ聞いてすらいねーよ。お前マジそういう所だぞ、何でお前らって聞いてもいないエロ知識みたいなの息をするように言い出すんだよ」
「自然界ではいつ何が起きるか分からないんですよ? そして性行為は最も敵に狙われやすい瞬間です。だからこそお猿さんが射精するまでの平均時間は十一秒とかいう爆速具合だというのに、人間様は油断し過ぎなんです、速さが足りないッ! という奴ですね」
「ク◯ガ◯さんに謝れ」
「だっていつ誰が来るか分からない状況にも関わらず、悠長にもセックスに夢中になって身内バレしてワーチンチンヌケナーイとかただのアホですよ。野生の警戒心を忘れておいて何が知的生命体ですか。色々な意味で人間は愚鈍なんです、女性的には遅漏より早漏の方が何倍もマシという統計が出ていますよ」
大きく溜息を吐きながら言うトリカトリに、僕は思わず苦笑いをやめて言葉を失ってしまった。
ズレがある。会話のズレ……では無い。感覚のズレというか、認識のズレというか。
…………価値観にズレがある。
前々から感じていた小さな違和感の理由に気が付いた僕は「ちゃんとラブホ行くか部屋に鍵閉めろって話ですよ」と語り続けるトリカトリを無視して、思考の海に入り込む。
トリカトリに限らず『いつものメンツ』は揃いも揃ってシモネタが余りにも多い。光辺りは「口を開けばシモネタか暴言」みたいな所があるぐらいだ。 当初───いや今この瞬間まで、僕は「シモネタ好きなんだろうな」と本気で思っていたが、今この瞬間「そういう訳じゃ無い」という事実に気が付いた。
光も、ジズも、トリカトリも、パルヴェルトやポルカだってそうだ。僕の周りに居る女性は何も頭空っぽでシモネタを言っている訳では無い…………というかこいつらはシモネタをシモネタだと思ってすらいないだろう。
何故ならこういう時の『いつものメンツ』はみんな揃って無表情、笑い一つ無い真顔だからだ。
ヘラヘラしながらシモネタを言う馬鹿男は腐る程居るし、男をからかう目的でニヤニヤしながらシモネタを言う脳足りん女もかなり多いだろうが、『いつものメンツ』はどうしてかシモネタを言う時に全く笑わず、至極真面目な話をするかのように語り始める。
それはどうしてかと考えた時、僕は「もしかして、シモネタだと思っていないのではないか」というぐらいしか浮かばなかった。
思うに真面目なのだ。今のトリカトリで言うなら、笑いの種や茶化すネタとしてタープセックスに関しての話を始めた訳では無い。本当に「◯◯だから気を付けろよ」という注意喚起の意味合いでその話を始めたのだろう。
しかし僕はシモネタとしてしか受け取れなかった。下品で、下世話で、頭の悪い話だとしか思えず会話のキャッチボールを拒否してしまった。だからトリカトリはそれに合わせ、生物的な目線での射精速度の話に切り替えた。………切り替えてくれたのだ。
本当に頭が悪いのはどっちなのだろうか。今後の為の知識の共有として喋っているみんなと、そういう知識を「恥ずかしい事」として否定し無知なままで居る僕。
頭が悪いとは、何なのだろうか。
「………タクト様? どうかなさいましたか?」
動きを止めて考え耽る僕の顔をトリカトリが覗き込む。直前にシモネタを言っていたにも関わらず、彼女からは照れる様子も恥ずかしがる様子も何も感じられない。
「……………多分、なんだけどさ」
「はい? ………はい、お聞き致しましょう」
「エロって呼ぶから駄目なんだよ。トリカはエロってどう思う?」
「は? ………何の話だか分からないんですけど……んと、取り敢えずトリカ的にエロは良い事だと思いますよ? 避妊やら性病やらホルモンバランスのズレやらに伴う肌荒れだの何だのは多少心配ですが、それでも運動不足の解消や発汗による新陳代謝の活発化はそこそこ期待出来ます。順当に行為に繋がりそのままイケれば、意識が明滅するぐらいには気持ち良いので一時的ながらも気分が変えられますし。依存症や飽きによる倒錯に気を付ける必要はありますが………まあ言ってしまえば食事も筋トレもと、ありとあらゆるに依存や倒錯は存在するので気を付けようと意識しても無駄でしょう。性病に関してはしっかりと検査をしなかった───詰まる所、自己管理を怠ったもの及び相手の自己管理能力を見誤ったお互いが悪いので何も言いません」
「……………………やっぱり」
一人で納得する僕に「はい?」と首を傾げるが、僕の疑問は確信に至った。
たった一言「エロってどう思う?」という問い掛けに対してすぐにホルモンバランスの話が出るだけで無く、即座にここまでの持論を展開出来るような奴なのだ。彼女はきっと心底真面目であり、僕はきっと心底不真面目という事だろう。
僕にとってエロと性は区分けされている全く別の話だ。保健体育で習うような小難しい内容が性であり、娯楽やオカズとしてしか見ていないのがエロ。
要するに、僕は性的知識や性的行為に不真面目な感情が混ざっている。性病だとか避妊の失敗だとか、夫婦の性的相性の良し悪しによる不仲の誘発だとかは真面目な感情で考えられるが、しかし他に関しては不真面目な感情が浮かびやすい………詰まる所、性とエロという本来一つであるべき事柄に対して、感情の引き出しが二つあるのだ。
けれどトリカトリや光、ジズは恐らく一つしか無い。こいつらにとっては性もエロも全く同じ枠としてカテゴライズされていて、いわゆる「その手の話題」を不真面目な感情で見聞きしない。
さっきのタープセックス云々がまさしくそう。僕はあれをエロ雑学として不真面目な感情で受け取ったけれど、トリカトリにとっては性雑学であり真面目な知識の一つとしてその引き出しを開いたんだ。
どちらが正しいのかは分からない。分かる訳が無い。けれど少なくとも、トリカトリたちが間違っていない事は確かに分かる。小首を傾げながら「………大丈夫ですか? タクト様、ヤな気分になっちゃいましたか? 元気無くなっちゃいましたか?」と僕の顔を覗き見るトリカトリに、僕は「大丈夫だよ、今日は多分落ちないから」と返せば「……だと良いのですが」と彼女は不安そうに僕を見る。
「…………何を考えていたんですか? 心配するとかそういうのを抜きにして、単純にトリカも混ぜて欲しいです」
「かくかくしかじか」
「まるまるうまうま───いや分かんないです分かんない、分かる訳が無いです無茶言わないでください。それで本気で伝わると思ってたらまさしく馬と鹿で馬鹿ですよ」
呆れた声で言うトリカトリに思わず笑ってしまった。やっぱり彼女は頭が良いのかもしれない。やっぱり僕は頭が悪いのかもしれない。
「トリカは凄いねって事を考えてたんだよ」
「はいぃ?」
「いや凄い、本当に凄いよ。頭撫でさせて、褒めたい。僕頭撫でるの好き」
「は? ………まあ、はい。トリカ褒められるの大好きですから、それは構いませんが………いやマジでタクト様って時々良く分からないスイッチ入りますよね」
不思議そうな表情をしながら僕の前に
「………ジズも似たような事言ってた。僕は自分の中に強いこだわりがあって、自分か誰かがそれに触れるといきなり考え込むとか何とか」
光の髪はふわふわで、ジズの髪はつやつやだったが、生まれて初めて触れたトリカトリの髪は驚く程にさらさらとしていて撫でてる感じが全くしない。撫でても撫でても撫で足りないという不思議な感覚に手を動かし続ける僕に「やはりジズ様もそう思っていましたか」とトリカトリが呟いた。
「でも気にする事はありません、こだわりがあるのは良い事ですからね。こだわらない人生などゴミと相違無いです」
頭を撫で続ける僕が「そうかな」と呟けば「ええ、もろちんですわ」と撫でられメイドが同意する。………今のはどう考えてもシモネタだと分かったが、ここらの線引きが難しい。僕も早く慣れていかなくてはならないのだろう。
「周りが同調出来る出来ないも関係無いのです。そも『こだわり』という事自体が他者から同調され難いものですから、そこに他者の同調という期待を求める方が間違っているのだとトリカは思います」
「そういうもの、なんだろうな。………トリカが言うなら間違い無い気がする」
「何ですかその盲信。トリカ教に入信なさるんですか?」
「御利益ある?」
「トリカの代わりに買い出し出来るようになりますよ」
「言葉の壁があるな………御利益の意味って知ってる?」
「存じておりますよ。トリカの代わりに買い出し行ってくれればトリカは笑顔になりますし、それを見れば貴方も笑顔。ほらスマイルスパイラルですね、これで世界は平和になりますわ」
「何でだろうな、凄い腹立つ。ぶん殴って良い?」
「やがてトリカはメイドをクビになり、溜め込んだまま使う時間の無かった大金を使っておキャンプ三昧。信徒の皆様は要らなくなったトリカのメイド服を着てお楽しみと洒落込めるようになります」
「一部の人は喜びそうだが、僕じゃサイズ合わなくて着れないな。でもブランケット代わりには出来そう」
「因みにトリカがあげるのはメイド服だけですからね。下着類はメイド服に含まれていないのであげません」
「ガッディィィムッ! やっぱり神様なんて居なかったんだッ! ちくしょうめッ!」
「うわうるさっ───何でいきなりそんなキレてるんですか、神がお求めなら首様の所にでも行ってくれば良いでしょう。股間の賽銭箱にちんちん捧げるだけで大抵のお願い事は叶えてくださるそうですよ? タクト様が下着類に強いこだわりがあると仰るならギャルのパンティおーくれ! って言ってくれば良いじゃないですか」
「どう考えてもその後ちんちんもぎ取られるだろ、一点物だぞ世界に一つだけの股間だ。ギャルのパンティ貰ってもシコるちんちんが無くなったら何の意味も無い。僕はアナニーには興味が無いんだ」
「興味を持つ良い機会かもしれませんよ?」
「新世界はもう要らない。この世界だけで十分だ」
アナニーがどうたらに関して否定する気は無い。ドライオーガズムによる連続イキは陰茎を使う絶頂と比べて一回が浅い分、今回の『ガンガゼうに』と同じように大量に脳内麻薬が出るので中毒性が高く抜け出せなくなる危険性が高いと聞いている。
それに僕がケツ穴にハマってしまえば、きっとパルヴェルトが数多のミニパルヴェルトを連れ小躍りしながら現れるだろう。彼の気持ちは心底嬉しいが、けれど僕は男を性的な目で見る事が出来ない。であれば彼と付き合うような事はすべきでは無いだろう。
というか、そもそもの好みとして────、
「ひ………んぁっ……。………………ちょタクト様っ!? いきなり耳触るのは………トリカ耳は敏感なので───んひっ」
────僕はこっちの方が好きなのだ。
他人の性癖を否定する気なんて微塵も無い。というか何処ぞの誰ぞの性癖なんざどうでも良い。愛した相手や親しい間柄でも無い限り、ホモのゲイのバイのレズのと略されたカタカナを並べられても否定や肯定以前にまず興味が湧かないのだ。トランジェスターに至っては余りに聞き馴染みが無さ過ぎて単語の意味すらすっと頭に入って来ない。人は何にでも名前を付け過ぎだ。
ではパルヴェルトが僕を性的な目で見始めている事に関してどうなのかと問われれば、単に僕の『好み』では無いと答えるだけ。もしそれが性癖差別だというのであれば、お前はもう二度と味の『好み』に関して意見をするなと返すだけ。
カレーの辛さはどれぐらいが『好み』なんだ? 甘口か? 中辛か? 辛口か? 激辛か? それとも全部『好み』か? 或いはカレーそのものが『好み』じゃないか?
と、まあそういう話である。これで「良く分からん、何が言いたいんだお前」と思うような奴であれば「取り敢えずお前はもう人の『好み』に関して関わるな」というだけの話。誰かの『好み』を理解出来ないような奴は、自分の『好み』に関しても周りに理解を強要すべきでは無いだろう。きっとそれは揉め事の種にしかならない。誰も幸せにならない、無益な揉め事の種だ。
「………耳弱いの?」
「は……ぁぃっ………。………耳は、あっん………少しよっ、弱いので……っ! とっ、というか……今そんな雰囲気では無かった気がしまっ───ひんっ!?」
「偶然が生む新世界」
「意味不明ですっ! よてっ予定では───ぁっうん……っ! トリカがリードしてお姉さんアピールするはずだったのに……っ!」
「プロットなんてクソの役にも立たないよ、世の中には頭の中でキャラが勝手に動き回っちゃう人が居るらしいからね。敵側の主要人物として作ったキャラが数話で死んじゃった例とかもあるって言うし」
言いながらトリカトリの耳の端を、触れるか触れないかのギリギリを意識しながら撫でていく。強く触れた時の反応は著しく悪いが、上手くフェザータッチが成り立つと「はぁぁぁ……んぅっ」と吐息のような喘ぎ声でトリカトリが体を震わせる。
「………はぁ……ん。………んんぅ……………ん? んん? 何か微妙ですね………タクト様はテクニシャンでは無か─────はぁうっ!? …………ひんっ!」
試行錯誤を繰り返していたら腹立つ事を言われたので耳の端を指で撫でて仕返しをする。
……人間の体において耳は立派な性感帯の一つである。ほぎゃっと産まれたスタート地点からの育ち方で当然感度は異なるが、それは他の部位だって同じ事。乳首や股間だって人によって性的興奮の度合いは様々なのだ、ネットのエロ画像やアダルトビデオに山程ある「取り敢えずク◯ト◯ス弄ってれば女は感じる」だなんて間抜けも良い所。仮に泣ける映画を観たとして、全員同じ量の涙を流すと思っている奴なんてこの世に居るのだろうか。
「ぁ……はぁ……んふ………。………はぁっ、ん……んぅ………ん」
だからこそ色々と試行錯誤を繰り返して知っていく必要がある。
例えば乳首だったとして、乳頭一つとっても感覚神経が異なり得られる快感は人それぞれ。ペットボトルに例えるなら、ラベルの部分とキャップの部分とで通っている感覚神経は違うし、その人はどっちの方が好きかという違いもある。
男だってそうだ、亀頭責めで強い快感を得るのが好きな奴も居れば竿のみでダラダラと感じるのが好きな人も居るし、電動マッサージ器で金玉を暴れさせるのが好きな奴も、エネマグラで前立腺を弄るのが好きな奴だって居る。
男同士が好きな人だって、女同士が好きな人だって、男と女が好きな人だって居るんだ。
そんなの当然の話だ。人それぞれ『好み』は全く異なる。そして当然、それを否定する権利なんて誰にも無い。何せ「そういう風」になろうと思ってなった訳では無いのだ。
死姦でしかイケない奴も、首を絞めながらじゃないとイケない奴も、そんな不便な性癖になりたいと思ってなった訳じゃ無いはずだ。
「はんっ、ぁはっ! ……そ、そこぉっ、ぅんっ………ゾクゾクします……ぅっ!」
耳は立派な性感帯の一つだが、感じ方やその度合いは各々で異なる。トリカトリは特に、耳の上端を上から下に向けてフェザータッチで撫で下ろすのが好みのようだ。上手く出来るととろとろに蕩けた顔で全身を震わせ、今にもよだれが垂れてしまいそうな程に茫然と口を開いて喘いでくれる。
しかし耳の端の中央辺りまで来ると殆ど声が出なくなり、耳たぶまで到達すれば「もうどうでも良いから早く上に戻ってくれ」と言わんばかりに期待した表情で、僕を抱き締める手に力が入る。
耳の中に至っては論外だ。「は? なにそれ」とでも言いたげな顔をしながら無言になる。
生前に聞いた「ASMR」や「耳掻きリフレ」というようなもので夢を見ているものは多いかもしれないが、マジの耳掻きはともかくとして、どいつもこいつも「耳掻き時の音」には過度な期待をし過ぎている節がある。確かに音だけ聴く分にはエグいぐらいゾクゾクするが………耳の中ってのは亀頭やク◯ト◯スと大して変わらないぐらいデリケートな部位だ。加えて快楽神経も通っていないので、実際にやられてみれば、相手がどれだけのプロであってもそこそこの痛みや異物感に邪魔をされ音に集中するのは難しい。
「はぁ……ん…………。………………そろそろ、お楽しみですか?」
耳元から手を離した僕を潤んだ瞳で見上げるトリカトリは、互いの性器になんて指一つ触れていないにも関わらず完全にスイッチが入って準備が済んでいる顔だ。
しかし僕は「まだ。もう少し楽しもうよ」とそれを否定。不思議そうな顔で小首を傾げるトリカトリの耳元に顔を寄せていく。
「ねえトリカ、耳舐めは好き?」
僕の問い掛けにトリカトリが「は……? 耳舐め……?」と怪訝な声色でオウム返しする。トリカトリの大きな体に抱き着くような感じで腕を回し、まるで女の子が好きな相手にハグをする時のように首元に抱き着いた僕は「そう、耳舐め。……知らない?」とウィスパーボイスを意識しながらその耳に唇を寄せていく。
………やられる事を夢見た事はあったが、まさか自分がやる側になるとは思いもよらなかった。けれど僕の吐息を耳で受けたトリカトリが「あひっ!?」と悲鳴のような喘ぎ声と共に背筋をびくんと跳ねさせれば、なるほどこれも悪くない。もっと流行れと思ってしまう。
けれどトリカトリは「いやいやそれは良くない気がします」と懸命に首を動かして僕の口から逃げようとする。
「そもそも耳の周辺は性器に負けないぐらい汚れている部分の一つですよ。中年男性の枕カバーが黄ばむのは耳の後ろから染み出す皮脂が理由とされるぐらいですしとにかく舐めないで良いです、トリカ今日はお風呂入ってませんし舐めないでください舐めるな舐め───ひんっ!? ぬるって、今何かぬるってしましたっ! ぬるって、ぬるってしましたっ!」
「耳触られてるだけで色々ぬるぬるにしちゃってるんだから気にしない。それにご主人様のア◯ル舐めてご奉仕するザ・メイドが何を言ってるのさ、ケツ舐め中にオナラされるような事と比べたら、まさしく屁でも無いでしょ?」
「いやいやいやいや無いです無い無い、有り得ないです。いきなり何を言うんですか、色々ぬるぬるは敢えて何も言わないとしてもメイドイコール性的ご奉仕要員とかいう歪み切った偏見はやめてくださいまし。ケツ舐めとかしたら大量の雑菌が体内に入り込んで、それの対処で白血球の数が尋常じゃないぐらい減るんですよ」
「トリカが免疫力低下で体調崩したら僕がしっかり看病してあげる。それぐらいはするよ、僕にはそれぐらいしか出来ないもんね」
「そんな事はあり────ぃんっ! ………はわっ、あぅ……あっ、あぉっ………ぃひっ!」
トリカトリの答えを待たず耳の上端を唇で挟むと、トリカトリはそれだけで体を大きく震わせた。そのまま舌先で舐めつつ優しく吸い上げ、ちゅっと音を鳴らしながら離す頃にはトリカトリはもう頭を振って逃げるような余裕は無くなり、むしろ大きな両手を回して僕の事を力強く抱き締めながら震え続けていた。
「はっ、あっ……うぁっ……。………あー、あゔっ、んんんう………ひぃっ、ひっ中っ、中っ、ひっ、………おぉっ、ほぉっ、奥っ、きもっ、いひっ、熱いぃんっ!」
歯を当てるぐらいの優しさで甘噛みや吸い上げを楽しんでいた僕が遂に耳の中に舌を挿入すると、トリカトリは僕の服を握り締めながらよがり始める。
耳の中はデリケートこの上無い。だからこそリアルの耳掻きでは痛みを感じてしまいやすいのだ。
………さて、ではここで問題です。オーラルセックスの一つとしてフ◯ラチオやク◯ニリングスと呼ばれる行為がありますが、あれらはどうして一般的なオーラルセックスとして立派に認められているのでしょうか。
「奥っ、おっ、ぉぉぉ………おふ、おっ、んぉっ……………。おぁっ、あっ、………おぅ、ぉっ、おぉ……」
正解は「柔らかい舌と滑りのある唾液とを使う事で、デリケートな部位である性器を少ない痛みで刺激出来るから」でした。
いわゆる「ASMR」や「ゴソゴソ音」が流行ったのは、性器と変わらないぐらいデリケートな耳の中を音という振動だけで刺激出来る心地良さが、当時革新的だったから。元よりそういう音が好きという人は居ただろうが、それだけではあそこまで流行らない。
性感帯と呼ばれるぐらいデリケートな部位だからこそ、振動一つで背筋を震わせる事が出来るのだ。相当慣れていて耳の中が強い人や、そもそも耳掻きどうのこうのでは無く担当のスタッフさんに膝枕されて癒やされる事が目的というような人で無ければ、一回二回耳掻きリフレに行った所で大して心地良くはなれないだろう。
「ぁっ、たく、タクト様、あっあ、駄目っ、駄目ですっ………いけませんっ………、……違っ、いっ、あっやば──────っ、あッ、ぅっぐ、ぃぃぃんッ!」
カップ入りのブラジャーに包まれた大きな胸を強く押し付けたトリカトリが、僕の背中に爪を立てながらぶるっ、ぶるるっ、と大きな痙攣を繰り返す。……どうやらトリカトリはかなり耳が弱いらしい。
トリカトリは指で耳穴を責められるのは『好み』ではないようだが、舌のような極端に柔らかく
「……ぁぁ……はぁ……あ、っ………あぁ……はぁぁ……」
力強く抱き寄せていた腕が徐々に緩んでいく。耳元から顔を離して向き合えば、まさしくトロ顔をしたトリカトリが少しだけよだれを垂らしながら呆然としていた。そんなトリカトリに「当店は申告制だよ。お客様、気持ち良かったですか?」だなんて聞いてみれば「ぁぃ………あぇ、よ、良かったぇふ……」と感情の篭っていない声で返事をする。
「初めての耳舐めでここまで派手に楽しめるなんて凄いな、大体はちょっとゾクゾク程度だし、慣れた奴でも自慰の足しにするぐらいで止まるんだけど。………今度ペール博士に触手系の
「ぃ………ぃらないれふ………ぁっ……ぁぁぅ………はぁ……はひぃ………」
まだ余韻が残るのか時折ぶるると小さく体を震えさせ、跪くようにした自身の腰から下を小さくもじもじと動かす。本人的には多分気付かれていないつもりなのかもしれないが、なまじ体が大きいので一切隠し切れていない。無意識で動かしているのか、それとも誘っているのかは分からないが、蕩けた顔で荒い呼吸を繰り返すトリカトリの余韻が消えない内にそっと右足の靴を脱ぎ、彼女の顔を優しく手で挟む。
「トリカ」
そのまま名を呼んで顔を近付ければ、大きなメイドはぷるぷるとした唇を薄く開いて求め合う事を求める。
「ン……ぁむ、ぇる……じゅ、んく………。………はぷ……、んぢゅ……ぢぅ……ん、ちゅ………」
僕としてはバードキスぐらいで高め合おうと思っていたのだが、もう既に完全に
「ぷぁ……ぁへ………タクトひゃま…………ンんむ……ちゅむ……ぁむ………」
けれどそのぐらいで気を悪くするような僕では無く、むしろ身長三メートルを超える大柄な相手との想定外なキスに魅了されていた。
どこかのボールが友達な少年でも無い限り、身長三メートルもあれば他の様々なパーツも当然それに合わせて僕らよりも圧倒的に大きい。手足の長さは当然ながら、その手足の太さだって段違いに太ましい。
けれどそれはトリカトリがおデブという訳では無い。確かに僕らからすれば大きいが、トリカトリからすれば僕らが小さいのだ。
目線、視点、価値観。フォールス・コンセンサスとはまさしくこの事、「私はそう思います」だなんてクソみたいな保険を
トリカトリと一緒に過ごしていると、そういった考え方がどれ程までに視野を狭めているかを頻繁に自覚させられる。
「あふ………はふ………ん……ふぁ……はぁ……んん、そろそろ……はぁふ。………お楽しみと洒落込みましょうか」
ふくよかに見える胸もトリカトリの種族からすれば比較的平均値らしいし、下手をしたら最近ギャグ寄りになり始めている格闘漫画のスピンオフのように僕の顔ごと唇をバキュームされかねない程に濃厚な口付けだが、トリカトリ目線でものを見ればそうなってしまうのも当然の話。
だから僕は何も言わない。本当に相手目線になれれば言葉なんて出る訳が無いのだ。仮に何か思う所があっても口にすべきでは無いとすぐに分かるはずなのだ。
それをわざわざ口にする間抜けが世界の過半数を占めるから、この世界から戦争は無くならない。
いっそ人間なんて全部死んでしまえば良いのにと思って止まない。人間が全部死んでしまえば、以降もう誰も悲しまずに済む。
そんな事を思って止まない。だって僕は平和の国に生まれ、平和の国で死んだのだから、そんな根本的解決になっていない事を思って止まない。
あの国では平和学が義務教育のカリキュラムに含まれていない故に平和の何たるかを知らないのだから、
「少なくとも、体を許しても良いと思えるぐらいには貴方様を好いている事、ご自覚なさってくださいね」
「…………………うん。ありがとう」
誰も悲しまない代わりに誰も幸せにならない事を本心から願ってしまう僕は、やはり
───────
この世界は中々どうして広く倒錯しているもので、ASMRと呼ばれる耳掻き音やら吐息だとかに限らず、何とASMR用のマイクを膣内に挿入してその音を聴きながら眠る「子宮返り」というものがあるという。
初めてその話を聞いた時は、三十分近く行われる名前読み上げの間ずっと「どんだけ歪んでんだ」とか「ストレス溜め過ぎだろお前ら」と、顔も名前も知らないコメント欄の住人たちを本気で心配してしまった。
けれど今なら気持ちが分かる気がする。
もう他に逃げ場が無いのだ。
温かくて、柔らかくて、呼吸すら必要無い。まるで溶け合うように一体化していたはずのその中から引き摺り出された僕たちは、寒くて、息苦しくて、艱難辛苦しか存在しない世界を前に泣き叫ぶ事しか出来なかったというのに、周りの連中はそれを「幸せ」と嘲笑いながら晒しものにして微笑んでいた。
喉が切れんばかりの力で、顔を真っ赤にしながら泣いている僕を取り上げた産婆は「産まれましたよ」と僕を晒しものにした。そして父と母は、そんな僕を笑いものにした。
………いつだか何故誰も革命を起こさないのか、どうして大人たちは行動しないのかと疑問に思った事がある。スマホを片手に「この国はもう駄目だ」と語り続ける大人たちに「取り敢えず布団から出ろよニート」と思った僕は、しかしいざ歳を重ねてみれば「布団から出たくない、もう何も見聞きしたくない」と、あの時嘲笑った大人たちに日に日に近付いてしまっていた。
何故革命家が生まれないのかと考えた時、僕はもう歪み切っているこの国では、仮に革命家が百人現れたとしても何も良い方向に持っていけないからだろうという結論に至った。
仮に僕が3Dプリンターで作ったおもちゃそっくりの銃を使用して総理大臣を射殺したとして、得られるのは三十分そこらの射幸心と無期限の懲役刑ぐらい。
革命家なんて現れるはずが無いのだ。自分たちが幸せになる為には、本当の幸福を掴み取る為には、革命如きでは何の意味も無い。
国家自体が歪み切っているのだから、起こすべきは革命では無く国家転覆規模の事変だろう。
しかしそんな事は数百人程度の人間では到底成し得ず、仮に成し遂げたとして二日後には「ウリたちはこの瞬間を待っていたニダッ!」と喜び勇んだ連中に食いものにされてしまうだろう。
誰も動けない。
動いた先に幸せが居ないのだから、
誰も彼も動けない。
どこにも逃げ場なんて無い。
子宮返りした気になって、仮初の安寧に包まれ目を閉じるぐらいしか行く先が無かった。
「───────んぐぇぇ」
昨日の夜は永遠に続くと思えた程の至福の時に、カエルのように足を広げてうつ伏せになって痙攣していたトリカトリ・アラムに乱雑に抱き締められた僕がまさしく潰れたカエルのような声を発すると、頭の上辺りから「んぁ……?」と間の抜けたトリカトリの呻き声が聞こえてくる。
「折れ───折れる………潰れ───ぐゔぇ」
最初はセックス依存症になる連中の気持ちなんて微塵も分からなかったし、そんな連中の気持ち分かりたくも無いと本気で思っていた。
けれどこうして抱き合ってみると、抱き締めてみると、抱き締められてみると、その気持ちが痛い程に良く分かる。
僕の逃げ場はここだったんだ、と何度も出たり入ったりを繰り返してしまう気持ちが良く分かる。
ようやく帰る場所を見付けられたんだと、温かく柔らかいその場所を目指して無心で突き進むと、トリカトリが嬉しそうな声で笑ってくれる。
鮭は大人になると生まれた川に戻って来る。
なるほど、さもありなん。僕は大人になったんだ。
「死、死ぬ………生まれ変わっちゃう───イクラになる………精子からやり直しになっちゃ─────でぇすぅぅ」
「………………は? ────あら失礼っ」
詩的かつセンチな事を考えている間流れ続ける走馬灯が「ふふふ御免遊ばせ」というふざけた謝罪によって霞のように掻き消えていく。
それと共に空気がしっかりと肺に流れて来るようになった僕は、まるでどこかの
そのまま寝袋のジッパーをジジジと下げ、トリカトリのやたらデカい胸をぎゅむぎゅむと押しながら必死にはい出せば、ようやく自分用の寝袋を自分だけで使えるようになったトリカトリがまるで朝チュン時の女の子が如く寝袋の端を掴んで胸元を隠し、
「さて…………レッツ二度寝。朝になったら起こしてください」
「もう朝なんだけど」
「明日の朝。今日の朝はもう終わりました」
「昨日みたいに乳首抓るぞ────」
「あらあら………いやですわタクト様ったらもうトリカお姉さんの体にメロメ───」
「────力いっぱい、全力で」
「やめてくださいまし、レディに乱暴は育ちの悪さが露呈しますわ。どうせ乳首責めするならせめて感じさせてくださいまし」
「感じてるじゃん、痛み」
「快感ですわ、トリカ被虐思考はありません。仮に避けられぬ
「なら起きろよ。もう朝だぞ、お風呂入りたい。行水でも良い」
「お風呂に入りたいのは同意ですが、トリカ朝起きても気持ち良くありませんのでその運命は避けたいですわ」
言いながら芋虫のようにクソデカ寝袋に包まっていくクソデカメイド(全裸)。そんな姿に僕が徐々に冷静になっていくと、まるで対になるかのようにトリカトリが「わ、分かりました分かりました」と慌て始める。
「でしたら……はい、起こしてください」
かと思えば、トリカトリは両手だけ寝袋から出し、寝転がったまま僕に向かって差し出してくる。
「………………え、何? どういう────」
「トリカ昨日の夜タクト様に散々お尻ほじられたせいで腰回りがバッキバキのボッキボキ───いやですわ腰ボッキボキとかタクト様のスケベっ、そういう話ではありませんっ」
「マジでぶん殴るぞ朝っぱらから一人で暴走すんな」
まるで横になった赤ん坊が如く両腕をふりふりと動かすトリカトリ。
………多分、引っ張って起こせという事なのだろう。仕方が無いので僕が「よいしょ」とタープベッドの枠組み、両サイドにある丸太の上に足を置き────、
「………大股おっ
「面白いですねじゃねーんだよ、お前が良く分からん要求するせいで僕はぶらぶらちんちんさせられてんだよ」
「…………………………………………おかしいです、勃ってません。朝立ちは?」
「昨日散々夜勃ちさせたからだよ。超過労働は良くない、定期休暇を寄越せ」
冷静に言いながらトリカトリの両手を掴むと、彼女も合わせて僕の手を掴んでくれる。寝起きなのもあってとても温かくて、少し幸せな気持ちになった。
そんな気持ちを振り払いつつ「よ──ッこいしょッ」とトリカトリを引っ張り起こし、僕がその手を離すとトリカトリも合わせて手を離し、
「………んあぁぁぁん」
そのままぐらりと後方に倒れ、再び寝転がってしまった。
「マジでぶん殴りたい。ぶん殴って良い?」
「タクト様がトリカのおてて離してしまったからですう~、まだトリカ腰が据わって無かったのにい~」
言いながらくねくねもじもじ。直前まで隠していた胸元を惜しげも無く揺らしながら本当に芋虫のように蠢くトリカトリだったが、不思議な事に謎の白い輝きと張り付いたかのように位置が変わらない長い髪によって乳首や乳輪は綺麗に隠され見えなかった。
そんなトリカトリに「チッ」と本気の舌打ちをしつつ、僕は「ほらっ、お前体格差のせいでクソ重いんだからっ」と言いながらぐいっと再び体を起こさせる。
そしてそのまま少し待ち、トリカトリがしっかり腰を起こすのを見てから手を離すと、彼女はようやく、
「はぁぁぁぁんっへぇん」
とか呻きながらまた背後に倒れ───、
「───あわっ!?」
「うおっ!?」
上下の揺れに極めて弱いタープベッドの枠組みがガコンと外れ、バランスを崩した僕がトリカトリの豊かな胸元に「へぶぉ」と呻きながら激突。どすんと腰を床に打って「あだっ」と悲鳴を上げながらも、しかししっかりと僕を抱き寄せてくれたトリカトリの胸に挟まれながら無言になった僕に、彼女は「………ふふっ」と笑い出し、
「………楽しいですね、楽しいでしょう?」
「…………正直あんまり」
「あら、どうしてですか? トリカのパイオツに挟まれるラッキースケベに巡り会えたというのに」
「寝起きで頭回ってないし、トリカ体温高いせいで昨日の夜クソ寝苦しかったし、そうでなくともこの胸昨日僕パイ射したよなって考えるとちょっと不か────
聞かれたから答えただけだというのに何故かでゅしっと頭を叩かれた僕が「何でだっ!」と不満を顕にすると、トリカトリは「当たり前ですわ」と僕と同じぐらい不満ありありという表情で、気持ち程度生臭さの残る胸でわざと僕の顔をぶにぶにと挟んで弄ぶ。
「お風呂に入れない状況でパイオツにぶっ掛けられて不快だったのは私の方ですよ、お陰でトリカのハンカチ栗の花みたいな臭いのするどぅるんどぅるんのハンカチになってしまいました。出し過ぎなんですよタクト様は」
「今はもうどぅるんどぅるんじゃないし。カピカピだし。栗の花の臭いも飛んでると思うし」
「しかもよりにもよってア◯ルでシたし………いや確かにタンポンにすら満たないサイズのものを前の穴に突っ込まれても困りますけど、だからといって何で後ろの穴に突っ込むんですか。お口で満足しなさい後ろ未洗浄ですよアホか」
「いやア◯ルだったら体格差とかあっても楽しめるだろうし、入り口付近の出たり入ったりなら未洗浄でも僕気にしないし」
「私が気にしますこのスカタンッ! しかもこのガキ中に出しやがってッ! お陰でトリカあの後お腹ギュルギュルしてしんどかったんですからッ!」
「未洗浄の後ろでシた後ぶっ掛けるって相当抵抗ある気がするから…………」
「そもそも未洗浄の後ろでするなッ! 童貞絵師かお前はッ!」
滅多に見られないギザギザの歯を惜しげも無く開いたトリカトリにグワッと吠えられれば、僕は小さく「童貞絵師の方がシコリティ高いもん……」と抵抗の意思を示しながらも、しかし普通に恐くなって縮こまってしまう。
思い返せば昨日の夜突っ込んだ瞬間もエロ動画だのエロ画像だのに良くあるエロい喘ぎ声なんて全く発さず、かなり野太い感じで「そつち違───んァオッ!?」とまるでホモビの男優のような喘ぎ方だった気がしなくもない。いざ前後運動が始まればこの世の天国出たり入ったりで順等にフィニッシュ、Oh My Godとはならずに愉しませる事が出来たものの………まあ、その、ちょっとトリカトリの尊厳とかを傷付けてしまった自覚はある。
「……………………………」
眉目秀麗とはまさにこの事、綺麗に整った目鼻立ちを真顔にしたトリカトリにちゃんと謝ろうと口を開き掛ければ「ふと思ったんですけど」と彼女の方が先に口を開いた。そんなトリカトリに抱き寄せられたままの僕が「ん?」と上を向くように見上げれば、
「何て呼ぶのか分かんないんですけど………あの、漫画とか絵で手足切り落とした女の子をずっとちんちん挿入しっぱでお腹の前辺りに紐とかで固定するやつあるじゃないですか。何か今のタクト様そんな感じですよね、固定されたタクト様がずっとトリカに挿入しっぱみたいな事も出来そうですね」
「─────────」
「トリカとタクト様の身長差だとちゅーしながらパ◯ズリ出来ますし、体格差も存外悪くないのかもしれません」
謝る気が失せた。こいつ多分尻穴掘られた事、そんなに気にしてない。
たまに居る怒った理由を忘れて過ごしてて、誰かに「この間はごめん!」って謝られた瞬間「………? ……あっ! そうだよ酷いよ!」みたいに怒りを思い出すタイプなのかもしれない………というか十中八九そうだろう。
結局僕は真面目な人間では無いのだから、時折真面目ぶった所で長続きしない。けれど心の弱さ故か、或いは頭がおかしい奴だからなのか変なスイッチが入ってしまう時がある。
どうにもこうにも全てに対して否定的で、自分の存在に関してすら否定したくなってしまう時がある。
聞こえないはずの声が聞こえてくる感覚。僕は黙っているはずなのに、もう一人の自分が頭の中で
多分、僕は自分の思考を自分で止める事が出来ない子なんだろう。普通の
ルーナティアという異世界の国に転生して来た時、僕は「最強チート能力で主人公無双」をする幾つものコンテンツを思い出した………要は期待したのである。
社会の歯車以前にそもそも
結果としてそんな事は全く無く絵空事は所詮絵空事、叶うはずが無いからこその夢物語に描かれるのだと気が付いた訳なのだが、それでも得られたものが一つだけある。
例えば僕が百個ぐらいチート能力を持っていたとしても、実際に使う能力は二つか三つが精々だろう。残った九十八や九十七のチート能力は「効率性」という言葉に圧し潰されて見向きもしないはずだ。
十個チート能力を持っていたとして、その十個の能力を駆使して活躍出来るような都合の良いシチュエーションなんてそうそう起こり得ない。実際の僕が使うのは十個の能力の内「使い易い能力」か「シンプルに強い能力」ぐらいだろうし、しっかり金を掛けてデバッガーを雇ったり入念なテストプレイでもしていない限り必ず「飛び抜けて強いバランスブレイカー」が存在する。それを見付けてしまった時、自分もなりたいと憧れを抱く程に面白かったはずの「最強」は一気に「作業」へと変貌してしまう。
だからといって「チート能力を得る代わりに、」というペナルティが与えられてしまえば、それはもう「最強でも無双でも無えじゃん、ペナルティに負けてんじゃんお前」と言えるようになってしまう。「姿が消えて、気配を完全に断ち切れるが寿命が一年縮む能力」だなんて「それチートでも何でも無いじゃん」となってしまうのだ。
「あー………お尻に違和感凄いです、歩き辛え」
「ごめんって。今度はちゃんとペール博士から浣腸器借りてくるから」
「洗浄した所で行為後のケツ穴の違和感は無くならないんですッ! 何で二度目のアナセがあると思ってるんですかこのボケナスッ!」
「だって……前は嫌って言うし、ならもう「トリカは尻穴枠」って思うしか無いじゃん」
「私をアナル要員扱いしないでくださいましッ! 」
僕が僕の力で無双する為には、僕の力は不完全で無くてはならないのだ。だからこそ僕は不完全な自分の力を全て駆使して愉快痛快に生きる事が出来るようになるのだ。
主人公無双を真に受けてはいけないのだと僕は学んだ。僕を形作る要素、僕が僕として生きていく為の力。僕は僕の人生を「作業ゲー」と呼ばれるようなものにしたいとは思っていなかったんだ。
チート能力なんて要らなかった。貰っていなくて本当に良かったとさえ思う。
だってチート能力があったら、僕はきっとそればかり使ってしまう。
それはもう僕である必要が無い。
僕の人生なはずなのに、僕は何も活躍していない。
活躍しているのはチート能力だ。
であれば僕は要らないだろう。
心を壊して、
僕はそれを学べた。神を名乗る誰ぞから百や二百のチート能力を貰って好き放題出来るようになっているはずなのに、自由度が高いはずなのに、何でも出来るようになっているはずなのに「特定の能力しか使っていない」という不自由さに縛られてしまう。
僕は死んだ事でようやくそれに気が付けた。
僕は死ぬまでそれに気が付けなかった。
「サドルの形が変わったのかって思うぐらい違和感あります………ほらタクト様、帰りますよ。乗ってくださいまし」
撤収準備を終え、重装甲戦車が如く雄々しき外観をした金属製タイヤの二輪バイク『メーちゃん』に乗ったトリカトリ・アラムが膝を開きながら僕を呼ぶ。最初こそ背後に大きな胸を押し当てられる事に対して強い気恥ずかしさがあった僕だったが、数時間の出来事とは言えどもその両胸に赤ん坊が如く吸い付いて「ふふふ……タクト様は甘えん坊さんですね、よしよし」だなんて言われながら頭を撫でられれば抵抗感なんて消し飛ぶというもの。「ん」と小さく呻きながらよじよじと『メーちゃん』をよじ登ると、トリカトリが「ほら、よいしょ」と僕の胴体に大きな手を回して優しく手助けしてくれる。
「ではタクト様、大自然に「ありがとーぅっ!」ってお礼をしてから帰りましょう」
「うん。………ありがとう、楽しかった───」
「ありが────」
「────また来るね」
「────────っ」
トリカトリが、ジズが、光が、パルヴェルトが、ポルカが、ペール博士が。
みんなが僕に付き合ってくれるのは、僕が不完全だからこそ。
みんなが僕と一緒に笑ってくれるのは、僕が
もしも僕が完全であったら、もしも僕が
「ねえトリカ、この後は
「え………あっ、はいっ。ひたすらお尻がもぞもぞするのでさっさとお風呂に向かいたいです」
「そっか」
「寄り道は致しませんよ、マジでさっさとお尻のぬるぬる何とかしたいですから」
「僕もちんちん綺麗にしたい。多分要所要所で茶色くなってるだろうから」
「言わ───言ッ、言わなくてよろしいですッ! そういうの言わなて良いのッ! いっちばんそれ気にしてるのトリカなんですからッ! もぐぞッ!」
無遠慮かつ明け透けな物言いに声を荒らげるトリカトリに思わず「ふふっ」とか笑ってしまうが、それはすぐ巨大な獣の吠え声のような重低音の嘘エンジン音に掻き消された。
立ち並ぶ倒木や小さな木々をメキメキと踏み割りながらぐいぐいと力強く進んでいく『メーちゃん』が山を抜けると、それまで木々の木陰に居た僕は眩しい陽光に照らされ視界が白く霞む。そのまま体感一秒もすると、収縮した瞳孔によって光量が制御され、明瞭な青空とだだっ広い大地が視界に入る。
その際の速度の低下に合わせて「ねえトリカ」と僕が背後のクソデカメイドの名を呼ぶと、トリカトリはアクセルを弱めて「はい?」とヘルメット越しに僕の後頭部を見下ろす。
「寄り道はしなくて良いんだけどさ、行きより少しだけゆっくり走ってくれないか?」
「……? 構いませんが……速度酔いですか?
「違う違う、行きで実は酔ってたとかじゃない」
「とすると……景色を楽しみたいとかですかね」
「ううん」
少しだけ、少しだけ恥ずかしかった。
はずだった。行きの僕だったら、きっと思っても口にする事は無かっただろう。
「………もう少しトリカと一緒に居たいなって思って」
けれど僕は口にした。
本当は「一緒に居てくれてありがとう」って言いたかったけれど、「僕と関わってくれてありがとう」って言いたかったけれど、それは流石に僕には早い。
「─────────」
…………そう、僕は不完全だから、出来損ないだから、そんな臭い台詞を堂々と言う勇気は持ち合わせていないんだって頭の中で言い訳していると─────アクセルから手を離したトリカトリが穏やかな声色で「……ええ」と答えて僕を抱き寄せる。
僕はそれに何一つ抵抗する事無く、その大きな胸に背中を預ける。
背中に当たるブラジャーのゴワゴワとした感触と、カップ部分の縁に通っているワイヤーの硬い感触の後ろで、聞こえるはずが無い微かな心音。
信頼と親愛の音が聞こえた気がした。
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