6-閑話・前【うにくとメイドと舌出しおねだり】



「たっタクト様ッ! 出るっ、出ちゃうッ! もう出ちゃいますッ! ───やぁッ! やだっ、やだやだやだぁーッ!」

「────くっ……もう無理だっ、もう出るっ! 出るぞトリカっ!」

「───あっ……、あっ、あっあっあっ駄目っ駄目ですタクト様っ! 出るのだめッ! やだッ、やだやだ嫌ですぅッ!」

「いつまでも喚いてんじゃねえっ! もう諦めろっ、もう無理なんだよっ! ──────もう出るっ! 出るぞトリカぁっ!」

「やぁ───ッ! やだァ────ッ! …………あ、あっあっ、はあァァ──────ッ!」

 甲高い声でトリカトリ・アラムが喚き散らす。身長三メートルの大柄な種族であるトリカトリのふくよかな二つの胸に体を挟んだ僕が叫ぶと、トリカトリは感極まった声で叫ぶだけになる。

 そして僕らは遂に────、


「おっ──────びゃぁぁぁぁぁあああああああ超さびいぃぃぃいいいいいい─────ッ! トンネルの中戻りたいですぅぅぅぅぅぅうううううう─────ッ!」


 ────温かい空気が篭ったトンネルを抜け出す。灯りが殆ど無い坑道のようなそこから出ると、白い空の眩しい光に視野が一瞬狭くなる。その直後、肌を突き刺す程に冷え切った風が全身にぶつかってきた。

「んんー………思った程ぉ、では無いかなぁ。まあ顔面はクソ冷たいけど、トリカが体当ててくれてるおかげで背中周りは凄いあったかいから……うん。警戒してた程気にならないかな」

 狂乱し続けるトリカトリを背後に、僕は割と冷静だった。むしろ寒さに体を縮めたトリカトリに大きな胸を押し付けられている方がよっぽど冷静さを失いそうになる。

 と、そこでトリカトリのる『メーちゃん』がギュゥぅンと変な異音を鳴らし、即座に「あをぇっ!?」と変な悲鳴が聞こえる。

「ほびぇぇぇぇええええぇぇぇぇええええぇぇぇぇええええぇぇぇぇ────ッ!」

「…………え? いきなり何トリ───おぅっ? お、おっ? おっおっ、何これっ、何だこれトリカ揺れるぞっ、何これっ、何これガックンガックン揺れるぞ何これっ!? カーセクっ!? もしかしてカーセクなのっ!? バイク乗りながらカーセックスしてんのっ!? このバイク実はカーだったのっ!? 何が起きてんのっ!? 大丈夫なのっ!? トリカっ!? ねえトリカ大丈夫なのっ!? 爆発しないよねっ!? ドリフの爆発ヘアーみたいにならないよねっ!?」

「手がぁぁぁぁぁ───ッ! トリカおててかじかんで上手く半クラ出来ないぃぃぃぃいいい────ッ! 手袋忘れたのやっぱ辛いぃぃぃぃいいいいい─────ッ!」

「半クラっ!? 半クラって何────痛いっ! 痛いんだけどっ! めっちゃガクガクするせいで金玉超痛いんだけどっ! トリカっ!? ねえトリカぁっ!?」

「あえぇぁああ何か六速入ってるぅぅぅぅううううう─────ッ!? 何でぇぇぇぇえええええッ!? 戻したいのに手足が震えるぅぅぅぅぅぅぅっぴょぉぉおおおお─────ッ!」

「死にたいッ! 穏やかに死にたいッ! 死ぬならせめて穏やかに死にたいッ! 何でも良いから穏やかに死にたいッ! こんな意味不明な死に方したくないッ! 何が起きてるか分からないまま死にたくないッ! せめて自分が死ぬ理由ぐらい知ってから死にたいッ!」

「分かるのにィッ! トリカ髪の流れ具合で速度と回転数分かる子なのにィッ! 自慢だったのにィッ! 出来ないィッ! 上手くエンブレ出来ないィッ!」

「エムブレなッ!? エンブレじゃなくてエムブレなッ!? フ◯イアーエム◯レムだからなッ!? ガチ勢キレるぞお前ッ!」

「ほぎゃああああああああああ──────ッ! パーツが痛むううううううううう─────ッ! パッド擦れるのやだああああああああ─────ッ!」

「僕はさっきから金玉が痛えんだよッ! 騒いでないで一人カーセックスやめろッ! 金玉とケツ穴の間めっちゃ擦れてクソ痛えんでゅ──ッ………クッソがぁ舌噛んだ………ッ! クソ痛ぇぇぇ………ッこのボケメイドがよぉぉぉッ!」

「トリカも振動でお豆痛いですうううううううう─────ッ! でも耳たぶが一番痛いいいいいいいいいい─────ッ!」

 特徴的な太い四本指でハンドルを握るトリカトリが甲高い声で騒ぎ続ける。良く分からないハイテンションと良く分からない振動に苛立った僕が後ろを振り返ってみれば、日本語で『安全☆二ノ次』と書かれたクソダサい半ヘルを被るトリカトリが、普段は滅多に見れないギザギザとした歯を見せながら「こんな目立ち方嫌ですぅぅぅぅ………ぇひぃぃぃんっ」とへにょへにょ泣いている。

 バイクに関しては全くの無知である故さっき何が起こっていたのかは全く分からないが、何とか一難去ったのか遥かに揺れはマシになった。

 とはいえ相変わらずかなり揺れる事に変わりは無く、アホ面しながらひんひんと泣く背後のクソデカメイドバイカーを眺めていると普通に酔う。

 真後ろを向いた事で少しズレた『速度☆第一』と書かれたクソダサヘルメットの位置を調整しつつ真正面を向けば、

「……………おぉぉ」

 ルーナティア国では滅多に見れない山林地帯が視界に入る。

 背の高い緑色の針葉樹が立ち並び、少し奥に湖も見える。もはや距離の読めないぐらい更に奥の奥には白い雪を被った山もある…………今回はあそこまでは行かないだろうが、あの雪山を超えると樹木が殆ど見当たらない広大な草原地帯が広がり、そこにトリカトリのご実家である牧場まきばがあるのだという。


 ………いつかきっと行く事になるかもしれない。


 戦時中とは思えない程の能天気さで遊び歩いている僕らが、いつか本当に何も考えず遊び回れる程に平和になったら、きっと遊びに行く事になるのだろう。

「…………良いな、こういうの」

 誰にとも無く呟いてみる。顔に当たる冷たい空気は呼吸する度に喉を乾かし冷やしていく。口の中がペタペタする煩わしさに鼻呼吸に切り替えれば、鼻腔の奥に冷えた空気が突き刺さり目が覚めるような気分になった。

「…………こういうのも悪くな───痛っでぇッ!? 何か足に飛んできたッ! ──あぁっ飛び石ぃッ!? メチャクソ痛かったんだけど───ちくしょうがッ!」



 ───────



「見せ場がありませんッ! わたくしの見せ場がありませんッ! ステータス自体は別に悪くないのにとにかく活躍の場がありませんッ! 私もっと目立ちたいッ! トリカ主要キャラですよしゅよーキャラッ!」

 いつものルーナティア城の、いつもの中庭の、いつもの東屋あずまやに集まった『いつものメンツ』の一人。我らがルーナティアが誇るクソデカポンコツメイドことトリカトリ・アラムが「ぷんすこぷんすこッ!」とわざわざ口に出しながら憤慨していた。

 それを聞いた僕らが何か返そうと口を開けば、僕らが声を出すより遥かに早く「そうなのよッ!」とトトが鼻息荒く同意する。

「トトせっかくにいの為にお部屋で待ってたのに、にいすっぽかしたのよッ! しかもトトがそれでブチ切れてやろうと思ってたら次の日にいきなり波乱万丈気炎万丈なのよッ! しかもトト今の所サブキャラ扱いでしか無いとかわっだふァアッ! なのよォッ!」

 最近僕から離れて色々な人に取り憑く事を覚えたラムネ・ザ・スプーキーキャットをまとわり付かせたトトが騒ぎ、それに対して僕が「いやね……?」と理由を説明しようとする。

 けれどトトはそれより先に「しかもしかもッ!」と怒り続けた。

「つよつよパワータイプはトトの敏俊性びんしゅんせいを活かして翻弄するのが一番王道なのよッ!? なのにトトのちょっぱやあんよ博士呼びに行くとかいうその辺の兵士さんに言えば済むようなへチョい役目に使わされたのよッ!」

 トリカトリと似たように「ぷんすこぷんなのよッ!」とキレ散らかすトトに「俊敏性しゅんびんせいな? しれっと言うとるけんど俊敏性やかんな? シ◯ンガレオンやのうてシ◯ンガオレンやからな?」と光は冷静に言い間違いを指摘、何故か全く関係無いはずの位置に居た僕が「うわその言い間違いしてたわ……嫌なの思い出した」と飛び火でダメージを受けた。

 そんな僕を完全にスルーしたトリカトリがクワッと目を見開き、四本指の太い一本を光に向けてじゅびしっと突き出し「ファッキューアルハラビッチメェーンッ!」と声を荒らげる。

「サプライズの日ィッ! トリカは忘れられる所か唐突なお酒の強要で死に掛けたのを忘れておりませんよォッ!?」

「忘れろや。あとウチはメンMenやのうてウーメンWomanや」

 しかしあくまでも冷静さを貫く光。誰かを喜ばせる為のサプライズがおジャンになり、その過程で急性アルコール中毒が口からおしっこ漏らしながら逃げ出すような異次元級の嘔吐に苦しみ、あまつさえその状態で放置されたとあればトリカトリがブチ切れるのも何ら無理は無い。

 けれど光は「……何やラーメンNoodlesみたいやな、出汁の効いた生涯を細く長く生きたるで」と全くそれを気にしていない。

 ……と、そんなような言い方をするとまるで光がただのクズ女だと思えてしまうだろうから、僕はこの場を借りて一応言っておく。


「つかそもそもウチの酒ぇ断わりゃ良かっただけの話やろがい。酒の席でノー言えなんだお前がアホなだけや」


 橘光という女は基本的にただのクズ女である。

 女らしいを通り越して歩くエロスみたいな外観をしている光は、口さえ開かなければ本当に見惚れてしまう程に眉目秀麗。男女を問わず大抵の人であれば二度見してしまうぐらいには美人である。ヘラヘラと軽薄そうに笑っているそのムカつく面も、無表情になると途端に映える。

 だからこそ橘光は人嫌いになってしまった。

 自らの事を性的な目でしか見て来ない男性を嫌悪し、男性人気を掻っ攫ってしまう事で僻んでくる女性も嫌悪し、次第に医師すら嫌悪し何もかもが信じられなくなってしまった橘光は、学生時代は常に猫背で下ばかり向いて歩く内気な女の子として生き続けて来た。

 だからこそ死後ルーナティアに呼び出された橘光は「周りに気を遣った事で一度も得してない」事を思い返し「何にも気を遣わず自由に生きてみる」という事をこの世界で試しているのだそうだ。

 とはいえ実際はそんな簡単に割り切れる訳も無く、口汚く実な喋りに隠れながらも行動に関しては周りに遠慮して一歩引いてしまう事も多い。

「ウチは相手がノーっちゅーたら「さよか済まんな」っちゅーてすぐに強要はやめる子や。やのにお前まるでウチん事クズ女みたいに言いよってからに尿道に長ドス突っ込んだろかワレ」

 ………最近ではその傾向もだいぶ減って来たが。少しだけ前にそれが理由で僕と肌を重ねた結果、以降光は殆ど遠慮しなくなった。それはきっと光にとってはとても良い事なのだろうけれど、誰かにとっての良い事が周りにとっての良い事であるとは限らない。

「まあ光が悪ノリしたのも事実だが………それでもトリカやトトの気持ちは伝わったから。おかげで僕は元気になれたんだ。ありがとう、みんなのおかげで助かったよ」

 だけど僕は光を否定しない。「彼女は僕の事を〜」とかそんな下らない理由では無い。


 光は今とても光り輝いている。


 生前に起きた事や死因を聞いた時とは、どう考えても光り方が違うはずだから。

 ちょっと調子に乗る癖があるから、そういう時だけ軌道修正して喧嘩にならないようにしてやれば良いんだ。仮に喧嘩になってしまっても禍根を残さないように上手くやってやれば良い。

 朝の来ない日は無い。夜の来ない日も無い。

 生前の光は夜だったんだろう。

 死後の光は朝なんだろう。

 仲裁に入る僕の言葉に「……ふん」と鼻を鳴らしながらも、春の陽光のような穏やかな表情で僕を見守る光を、僕が否定出来るはずが無いのだ。

「ぐむむむむむ………」

 しかしトリカトリは唸る。特徴的な四本指を口元に当て、厚い訳では無いはずなのにぷるっとしている艶やかな唇を指でぷにぷにと弄りながら唸ったトリカトリは────、

「…………ジズ様ッ!」

 ───それまでタバコを吸いながらうとうとしていた悪魔の少女の名を呼んだ。寝タバコでこそ無いものの確実に意識が飛んでいたジズが「───をァっ!?」と飛び起き「……んっだァ五月蝿ェなァ」と生半可なヤンキーではおしっこ漏らしながら縦回転で脱糞するぐらい凶悪な顔でトリカトリを睨む。

 ………ジズの機嫌の良し悪しは巻舌の強さで変わる。通常時は中年のおっさんみたいな巻舌だが、真面目な時は巻舌の頻度が減るし、声の間延びに関しては一切無くなる。

「喚いてっとスっ殺すぞ豚が………叉焼チャーシューになりてェなら一言でそう言えっつーんだボケが。おう焼き殺してやンよ、オラそこ立て脂身────誰が胸無い胸肉だコラ淡白な味が良いんだろうがぶち転がすぞテメェ」

 しかし機嫌が悪い時はめちゃくちゃ舌を巻き、暴言がガンガン飛び回るし、目付きも悪いし口も悪いし声も低いしドスも効く。………つまり今のジズは「真面目に機嫌悪い」という事であり、そんなジズの余りの怖さに「ぁぇ……いや、あの、その」とトリカトリが負け始める。

 しかしトリカトリはすぐに「………いえっ」と気を強く持ち直し、


「今日から二日か三日程、タクト様をお借りしますねッ! 異論は認めませんッ! トリカもう決めましたッ!」


 唐突に謎の宣言をしたトリカトリが僕の体を胡瓜を握り締めるが如くワッシと掴む。「え僕の意思は?」と困惑すれば、ジズは今の言葉にどういう意味が込められているのかを理解しているのか「あァ……ねェ」と大きな欠伸をし、最後の一口を終わらせたタバコを灰皿に押し付けて消す。

 それに「どういう事? ジズとトリカ何か分かり合ってる? でも僕とジズは分かり合える関係になったはず。でもジズと分かり合えてるトリカの意図が僕は分からない」と僕は困惑するが、ジズはおろかトリカトリすら完全に無視。

「壊したら弁償しなさいよォ? そいつ中々手に入ンねェんだからァ」

「おい僕の事をレアなCDみたいな感覚で誰かに貸すな」

「中の握手券は捨てちゃ駄目ですよね?」

「ねーよ握手券なんて。つーか握手券入ってるようなCDってレアリティ鬼低そうなイメージあるんだけど。間違っても山の中に不法投棄すんなよ」

「捨てて良いわよォ? アタシ握手狙いで買ってねェからァ」

「やめろよ僕自身よりレアなものを捨てるな。……いや僕の方がレアだわ一点物だぞナメんな誰がCDだ」

「………トトみんなのお話良く分かんないのよ。……ねえにい! みんなが何話してるのか、にいトトに教えて欲しいのよ!」

「心配せずとも僕が一番分かってないッ! セェックスッ!」

「にいが元気になってくれてトトほんとに嬉しいのよ。でもおっきな声でセックスって叫ぶにいは流石に馬鹿だなってトト思うのよ」

「ほんまそういう所やねんタクトな、園児レベルのガキが握り締めたソフビみたいな状態なって叫ぶ事んそれって、タクト時々マジ最高やねん。ウチそういうのがええねん」

 大きく溜息を吐きながら呆れ果てるトトの隣、にこにこと微笑む光が笑いを堪えるように口元に手を当てながら言うと、トリカトリは「ブーンドゥドゥドゥドゥドゥ〜ん」と僕を握ったまま飛行機のようにブンドドを始める。それをまさしく親のように眺めながら「アタシの旦那は今日も元気よォ」とジズに言われ、彼氏では無く旦那と呼ばれた事に胸がキュンと締め付けられる。

 ………今度何かでお金貯めて指輪を買いに行こう。ロマンチックに浸りながら僕がそんなような事を思った瞬間、


「アンタらも使いたかったらタクトのちんちん使っても良いからねェ」


 ジズの言葉に頭が処理落ちを起こしてしまった。

 あっけらかんとした声色で意味不明な事を言い出したジズに、やはりあっけらかんとした声色で「……ええんか? いや駄目ぇ言われてもヤると思うけど」と光が問い掛け、僕の脳内はべボンっという親の声より聞き慣れたウザい効果音と共にブルスクを表示。フゥゥォォォーンというファンが唸りを上げる音がしたような気がした瞬間プヒュゥゥン……とファンが回転を停止、僕の思考は強制終了する。

「………にいはジズねえのお婿さんなのよ? トトたちがお手付きしちゃ駄目なのよ? にいも浮気嫌いって言ってたのよ」

「いや放っておいてもどうせこっそり使われンだしィ? だったら堂々としてた方が気分良いでしょォ。それにこれは浮気には含まれないと思うわァ、シェアち◯ぽよシェアち◯ぽォ、互いの生活を安定化する為に資産を共有するってェのは浮気じゃないわよォ? …………………多分」

「……まあ、ジズ様の言わんとしている事は理解出来ますが………本当に良いのですか? 穴兄弟ならぬ竿姉妹ですよ? 誰かが性病貰ったら漏れなくみんなで泌尿器科、タクト様はちんちんの先っちょから白く濁った膿が出るんですよ?」

「バンドが活動休止の解散のってする一番の理由メンバー内での男女関係のもつれからやで? ………まあ、それを抑止するっちゅー意味じゃあ最善手なんかもしれんけどさ………ほんまにええんか? ジズより先に赤んこさえても知らんでよ?」

「……………トト、ね。………産んでも良いなら、玉ねえみたいにトトが赤ちゃん産むなら………にいの赤ちゃんが良いなって良く思うのよ。にいの事一目惚れみたいに感じてたけど、最近にいの事どんどん好きになってくのよ。でもそれはトトのワガママだと思うのよ、ワガママは駄目なのよ」

 …………………フゥゥゥィィィィィーンとファンが回り出し、僕の脳内が再起動を開始する。真っ黒な画面にデカデカとTAKUTOというロゴマークが表示されると、ウイルスでも拾っているのかディスクトレイ内に何も乗っていないにも関わらずウィーンガリガリガリという音が鳴り続ける。いっそこのままNyan CatかYour an Idiot辺りが流れてくれればネタになるかなぁとか考えていると、無事に再起動を終えてログオン画面に辿り着いた僕の耳に「ッハハ、揃いも揃ってアホ揃いねェ」とジズが嘲笑うような声が聞こえる。


「……最終的にアタシん所に戻ってくるって信じてっから大丈夫よォ。だからこそ愛してるのよォ? ……信じて無けりゃァ愛さねェしィ、愛してなきゃァ信じねェっつーのよォ」


 愛はイコール信であり、心の底から信じるという事は愛と何ら遜色無いと、ジズは物凄いドヤ顔をしながらそう言った。

「………なるほどな」

 光が吐息のように呟く。何に対しての納得なのかと頭をひねってみるが、そもそも今の僕はパスワードを忘れてログオン出来なくなっている状態。驚く程に頭が回らず、ブンドドされている途中の体勢で唖然としたまま開きっぱなしの口を閉じる事すら出来ないで居る。

 それでも何とか目を向ければ光とジズが向き合っており、トリカトリとトトがそれを不安げに見守っていた。

「んふふ………寝取ってみるゥ?」

「ウチその手のドロドロ展開嫌いやねん。ウチは純愛派、寝取るも寝取られるもわだかまり無くスカッといくで」

「あら柄じゃないわねェ。……………思い返せばヒカルとガチでり合った事無ェし今後も無ェだろうからさァ、ここらでいっちょォ圧勝してやろっかなァって思ってたんだけどォ」

「圧勝……圧勝な、ええ響きやん。けどタクトの事を把握し切っとらんな、まだまだへなちょこちんや」

「………へェ? 言ってご覧なさいよォ、耳の穴ァかっぽじって聞いてやるわァ」

 纏っている雰囲気や空気は決して険悪で剣呑なものでも無い。どちらかと言えばかなり穏やかなものであり、ともすれば今日食うご飯で言い争いをしているぐらいの気安さに感じてしまう。ジズの口調だっていつもと何ら変わらない。

 しかしトリカトリは少しだけあわあわと落ち着きが無く、トトに至ってはどっかのプリプリなペンギンのように慌て始めている。トトは二人の荒事に慣れていないから慌てるのは分かるのだが…………トリカトリの慌て方はトトのそれとは少しだけ違っていた。

 ………恐らく自分が僕を借りると言った事からこの二人が言い争ってしまったのではと思っているのだろう。


 だけどトリカ、実際には違うんだ。

 この二人が言い争っている理由は、


「タクトはおセッセしとる間、その相手の事を本気で愛してまうタイプや。つまり普段はジズが圧勝やったとしても、ウチと寝とる間はウチが勝つ」

「つまりトントンだとォ? お互いにイーブンだって言いたい訳ェ?」

「はっ、ナマ言いなや。ジズはウチとタクトのおセッセ中のみタクトん独占に失敗しとる。おセッセ中のみ、ウチはタクトの寝取りに成功しとる。……つまり普段は余裕負けしとるけど、おセッセ中のウチは圧倒的勝利を越した完封勝ちしとるっちゅーこった」


 節操の無い僕の股間が理由なんだ。

 トリカは悪くないんだよ。

 実際には悪くないんだ。

 この二人が言い争っている理由は、

 誰あろう僕にあるんだ。


 謎理論を展開した光が「ヴぃーえコロンビアぁーまあ最近ヤッとらんけどぉー」とドヤ顔をしながら絶妙な角度で両手を上げる。それを見たトリカトリが本格的に落ち着きを無くしあわあわと慌て始めるが、トリカトリは実力的にジズにも光にも勝てない。

 荒事が始まると爆速で理性が消し飛び、対象を撲殺する事しか考えられなくなるトリカトリ・アラムだが、その上でトリカトリはジズにも光にも勝てないのだ。二人の言い争いを何とかして止めたいという気持ちは伝わって来るが、今の二人は程々に暖まっている状態。

 ………サラダ油は火に注いでも燃えやしない。虚しい音と共に火が消えるだけ。それは発火の三原則、可燃物、酸素、熱の内、サラダ油が熱を全て奪ってしまうからだ。

 けれど今の二人は熱を持った油である。下手な事をしてはフライパンの上に乗った料理を全て焼き焦がし、それ所か天井を焼いて家を倒壊させる可能性すらある。

 トリカトリはそれを良く分かっているからこそ、何とかしたいのに何も出来ず僕を握り締めたままでわたわたと慌てているのだ。おかげで僕は少し酔って気分が悪い。

 けれどトリカトリやトトの不安は杞憂に終わる。光の珍理論を聞き終えたジズは「ハッ」と再び嘲笑い、しかしすぐ満足げに目尻を下げた。

「…………お前ェが塩ならアタシは砂糖って所かァ。お互い上手くアド取って相手より良い料理が作りたいもンだわァ」

「下らん隠し味で飯ぶっ壊さなきゃ何でもええんよ。腹に入りゃあ大トロもカミキリの幼虫も大して変わらん、どっちゃも貴重なタンパク源ってエドやベアも言うやろ」

「塩と砂糖の入れ間違いとかいう嘘臭えミスすンじゃねェぞォ?」

「初めて菓子作った箱入り娘かい、抜けた事言いなや。塩と砂糖の質感は目ぇ閉じたガキでも分かるぐらい違うでよ」

 穏やかに微笑むジズと同じぐらい穏やかに笑う光に「ッハハハ違いねェッ!」とジズは満足げに笑う。そのまま僕を握るトリカトリに向き直れば、トリカトリが緊張したように体を強張らせるのが僕にも伝わって来る。

「だからトリカも遊んでくれば良いわァ。最近忙しくなって乗ってなかったんでしょォ? 爆睡するだけじゃァ休むこたァ出来ても羽根ァ伸びねェぞォ?」

「ベーゴマは屋外で火花飛ばしながら遊ぶもん、ベ◯ブレードは屋内でガシャガシャ組み替えながら遊ぶもん。………家ん中でベーゴマ回しゃあ秒でオカンが飛んできて没収される、公園でベ◯ブレード回しゃあ秒で砂粒噛んで二度とゴーシュート出来んなる。上向きに撃ったトラ◯ピオクソザコフリスビーが予想以上に飛んで木に引っ掛かるまでがお約束や」

「遊び方さえ間違えなければ何も問題無いのよォ。酒も博打も──────男も女も。………でしょォ?」



 ───────



 類は友を呼ぶとは良く聞く言葉だが、だとすればジズと光は性質が極めて近い位置にある類友なのだろうと僕は思えて止まない。

 女性的過ぎる自分の体を嫌う光と、女性的では無い自分の体を嫌うジズ。

 明朗快活で自由奔放で天真爛漫な光と、怠惰的で排他的で母性的なジズ。

 人間ヒトである光と、悪魔人外であるジズ。

 比べれば比べる程に正反対だというのに、にも関わらずジズと光はまるでバリエーション商法のように中身が殆ど変わらないのだから不思議だ。

 光が赤ならジズは緑、光が金ならジズは銀、光がルビーならジズがサファイア、光がダイヤモンドならジズはパール。

 では青は? クリスタルは? エメラルドは? プラチナは?


 その位置はきっと僕では無い。

 僕は売れない。僕は面白くない。

 僕では利益にならない。

 僕では───僕では誰も得をしない。


「………えー、っと。寝袋はある、テントは要らない、でもタープは要る…………ペグはすぐ失くすからもう要らない。んーでナイフがぁ……………………………無い、ふ」

 まるで装甲車のように巨大な二輪バイクの後部に何やら積み込んだトリカトリがゴミみたいな駄洒落を垂れ流し「……そうだ研いでそのままでした。いっけねテヘペロ」と大きな体をとてとてと妙に可愛らしく動かしながらガレージ内に戻っていく。

 そしてその後、どう見てもトリカトリのサイズに合わない小さなサバイバルナイフを大きな指先でくるくると器用に弄びながら「プロテクターはこないだぶち割れたから無くて、後は……」とシレッととんでも無い事を呟きながら、再び嘘みたいな外観の二輪バイクの元へと戻ってくる。

 そして────


「あ斧忘れた、オーノー」


 ───カスみたいな駄洒落を再び垂れ流したトリカトリがつんのめるように片足で爪先立ち、と思えば浮かばせていた反対の足を上手く使って重心操作、くるりと反転して再びガレージ内に戻っていく。

 トトにラムネを預けているが故に暇潰しすら出来ない僕がそれを棒立ちで待っていると、やがてどう考えても斧では無く柄の短い戦斧にしか見えないハンドアックスを握りながら現れる。

 ………ナイフは人間サイズなのに斧だけトリカサイズな事にツッコむべきか悩んでいると、トリカトリはそれを戦車にしか見えないバイクの後部にサクサクと積み、パラコードのような見た目の紐で縛ってから小さな自在金具でがっしりと固定。「Zカップの超爆乳がついにフルヌード!」とか書かれたエロ雑誌の袋綴ふくろとじを開いた時に現れるクソデブ垂れ乳B系女を「テメェの名前は今日からチャーシューだこの豚がァッ!」とキツめに緊縛した時のような見た目になってしまったデカいリュックサックを、今度は自在結びでリア部の辺りに縛り付けた。

 …………何に使うのか分からないが取り敢えず剥き身で斧なんてバイクに縛り付けて大丈夫なのかとも思ったが、良く見ればその斧は刃先に革で作られた自作のカバーみたいな乱雑に作られたものが被せられており、メイドらしく安全面には割と配慮がされているようだ。

「……うし。…………オッケーですね」

 荷物が揃ったのかバカみたいにデカいトリカサイズまでチューンナップされたバイクに跨り、彼女は何やら手元を動かす。その後右足の部分にある足置きに見える部分をガコンと力強く踏み込むと、キュル……という機械的な回転音がほんの一瞬だけ鳴り、即座にボゥルルルンッ! と戦車のようなバイクが大きく吼えた。それはすぐにドゥルルル……と大人しくなって、まさしく獣の唸り声のように再び吠え猛る時を静かに待ち始める。

「さて……………ではタクト様、トリカと一緒にキャンーデートですわ。おいでくださいまし、もう出ますよ」

 ゲームですら見た事も無いようなバカデカい二輪バイクに乗った身長三メートルを超えるバカデカいメイドが、ルーナティア語では無く日本語で『安全☆二ノ次』と書かれたクソダサヘルメットを被りながら「はいこれ、タクト様のメットです」と、同じく日本語で『速度☆第一』と書かれたゴミダサヘルメットを差し出してくる。

 もはや何を言えば良いのかも分からない状況に脳は再び処理落ちをしたがるが、恐らく次にフリーズしてしまえばブルスクを通り越して遂に赤スクが出てしまうような気がした僕は「ん、ありがと」と我ながらビビる程に感情の篭っていない礼を返し、戦車のようなバイクの後部によじ登る。

 しかし、

「………タクト様? そっちじゃありません、こっちですこっち」

 トリカトリは後部に座ろうとする僕を諌めるような声色で静止、スカートで隠れた太ももを爆速でペシペシと叩きながら「おいでおいで」と呼び掛ける。

「…………え、前なの? トリカの膝に座るみたいな感じなの?」

「膝ではありません、シートの上です。トリカに抱き締められ、ぬいぐるみになったような感じを味わってくださいまし」

「…………………………………後ろじゃ駄目なのか? タンデム……二ケツって普通運転しない奴は後ろじゃない?」

「別に後ろでトリカにぎゅってしてくださっても割と愛らしいので構いませんが…………途中で落っこちてもトリカ振り向きませんよ? タクト様が落ちながら絶叫すれば気が付きますが、あっという間も無く落ちて後頭部を強打………メットで頭蓋骨陥没は防げても衝撃による脳震盪で鼻からピンク色の液体を垂れ流す事態は恐らく防げません。中出しレ◯プ後が如く虚ろな目になりながらカエル体位になってしまえば、十中八九そのままそこに置いてけぼりっちょですよ? アホ程久々のおバイク様ですもの、トリカ絶対テンション上がって超はしゃぎながらカッ飛ばしてるはずですから」

「…………これが次期メイド長候補として名が挙がっている女の発言だ。ようおめえら、ここは笑う所だ。笑えよ。笑え」

 誰にともなく言う僕を無言で見詰めながらスぺぺぺぺぺっと爆速でスカート越しに自身の膝を叩くトリカトリに、全てを諦めた僕は「笑い過ぎてゲロっちまえよぉ、くちょがよぉ」と文句を言いながら位置を変える。ここは素直に従うしかあるまい。


 ………少し前、ルーナティア城の屋根の上からジズに放り投げられた際、僕は悲鳴なんて全く上げられなかった。パルヴェルトにフライングキャッチされた瞬間も、その後あいつが格好良くヒーロー着地して少し膝を痛めた瞬間も、僕は終始無言で声なんて上げられなかった。

 にこにこと妙にご機嫌なトリカトリの太ももに手を置きつつどう登ったものかと頭を回せば、トリカトリはすぐに片手を使って僕を掴むようにしながら抱き上げる。

「タクト様は小柄ですねえ。………トリカのお胸でバ◯サー・デス出来そうですわ」

 言いながら四本の太い指で僕の胴体を撫で撫でとさするトリカトリに「………落ち着かねえ」と何やら背筋がもにょもにょする感覚に陥る。

「というか僕は身長百六十ぐらいだから小柄では無い、平均値だ。多分」

「トリカからしてみればセンチとか言ってる時点で全部小柄です。タクト様はもっといっぱいご飯を食べて、メートル単位で身長を言えるようになってくださいまし」

「何食ったらそんなになるんだよ」

「キノコですわキノコ、赤と白のまだら模様なキノコ。食べるとぼびぼびぼびって唐突に巨大化、一回までどんな攻撃も無効化出来るすっごいキノコ。でも落下したら無慈悲に死にますわ」

「ベニテングでも食ってろ」

 バイクに乗ったトリカトリの前面、まさしく抱き寄せられるぬいぐるみのような状態になった僕が、首の後にある大きな肉塊に遠慮して前のめりになると「あ、それは駄目ですわ。マジで危ないです」とすぐトリカトリに押さえ付けられ、否が応にも大きな胸の感触を背中に感じる。………とはいえブラジャーのカップのゴワゴワとした硬い感触やワイヤー部分の感触も中々あるので、実際にはそこまでハッピーでは無い。仮にノーブラだったとしても、僕はきっと垂れや型崩れを心配してハッピーにはなれないだろう。

「この状態でタクト様が前傾姿勢になられると、予期せぬ揺れが起こった際、反射的に前部のハンドルに手を付きやすくなるので大変危険です。感覚としては………そうですね、玉座に座る王様のような感じでトリカの両腕を掴んで、なるべく背中を反らしてください」

「………背中を反らすの? 両手で何か掴んでるなら背中反らす意味無くない? 僕の性癖が歪むだけだろ」

「それはそれで僥倖ですわ。既に歪み切っている金属棒を更にねじり続ければ、いずれは螺旋状のかっちょいい棒になりますから。ただの鉄棒より上手い事螺旋状にねじれた形状の方が滑り止めになりますし、槍としては割と優れます」

 僕の言葉を平然と流し、完璧な理屈で論破してくるトリカトリに「豚ち◯ぽの話?」とボケで誤魔化そうとすれば、シレッとした顔で「豚さんのドリルち◯ぽは好みではありません、細過ぎます。トリカにしてみれば鉛筆と変わりません」と真顔で返される。

 …………今日のトリカは何だか強い。

「………二輪は深めのカーブに入る時、乗り手の角度が物凄い大事な要素になります………重心操作ですわね。トリカは慣れておりますが、慣れていないタクト様に変な体の傾け方をされてしまうとカーブで上手く曲がれずそのまま足を擦って横転。もしトリカがパニックにでもなって体が強張りアクセルを手放せなければ、そのまま後輪は回り続けるので擦り傷所では済まない事態に成り得ます」

 ずぶの素人である僕にも分かりやすい言い方でトリカトリが説明をしてくれる。

「まあトリカ何度もコケてるので、ほぎゃーと騒ぎこそすれ即座に両手を離して後ろに背中を反らしますけれどね。その際タクト様が私に全身を預けてくださっていれば、私が体を曲げると同時にお胸に挟まれたタクト様も一緒に体を曲げられます」

「……意外と意味あったんだな、完全にネタだとばかり思ってた」

「まあ気休め程度ではありますが、少しでも体を反らせておいて欲しいのです。そうすればお互いの身の安全に繋がりますわ」

 ゆっくりと、焦らず、専門用語を羅列するような事も無く僕に理由を説明するトリカトリの声を聞いていると、僕は次第に頭が冷え始め「なるほど……」と落ち着きを取り戻していく。

「それに半端な前傾姿勢だと上半身の筋肉が常に突っ張るのですぐ肩が痛くなって辛いですよ? ………ほぼうつ伏せになって、バイクに種付けプレスするぐらい車体に抱き着ければ違いますが、タクト様の体格とメーちゃんのサイズだとそれは難しいですし、何よりメーちゃんはトリカの嫁です。トリカNTRは否定派です」

 ………ルーナティア城のメイド棟、その端っこの方にあるデカい車庫から手押しで引かれて現れたこのバイク。初めて見た時は「えっ!? この世界バイクあんのッ!?」と本気で驚いたのだが、実際トリカトリから色々と話を聞いてみれば僕の知るバイクとは全く性質が異なる事が分かった。

 バイクMotorcycleである事には変わりないのだが、これはサンスベロニア帝国に魔王さんが放っているスパイが盗んできたものの一つらしい。何でも相当な変態博士が過去に呼び出した異世界人から情報を得て、それを元に開発したものだという。故、当然のようにガソリン駆動では無く携帯型魔力導炉とかいう便利アイテムで動くのだが、本来であれば魔法機械は駆動系の稼動音以外には一切音がしない。

 しかしそこは相当な変態博士のようで、わざわざ僕の知るバイクのような野太いエンジン音を再現して鳴らすようにしたというのだから「一体どんな変態なんだろ……ペール博士ぐらいかな。どっちの方が変態なんだろ」と少し興味が湧いてくる。

「メーちゃんはどっしり構えて万物を薙ぎ倒しながら走るタイプですから、恐らくタクト様が思っている程ちょっぱやでは無いと思います。それにいざという時、背筋を伸ばしている方がトリカが反射的に掴みやすくなるので安全度は高まりますよ」

 そんな盗品バイクのような二輪戦車。厳密にはTemporary Army Motorcycle-Amaryllisとかいうクソ長い名前があったらしいのだが、トリカトリはメーちゃんと呼んで非常に可愛がっている。

 曰くこの機体は二号機らしく、パクって来たまんまの一号機に関しては「トリカ本当にすっごく楽しくて、貰った当初乗り回して遊びまくってたら冷却パイプ飛び石で穴空いて魔力導炉が炉心融解しちゃいました……」と日本人だった僕にとっては冷や汗ものな事を言っていた。

 しかしトリカトリは二輪戦車のようなこのバイクをいたく気に入ったようで、何とか直してもう一度乗り回そうと懸命になった。時にはサンスベロニア帝国に密偵を再び送り込んだり、時には開発者である相当な変態博士に直談判しに行ったりしたものだが、前者は当然迎撃されて帰らぬものとなり、後者は「何か「お前見込みあるんだけどなあ、オレの一存でアレコレくれてやるとオレが怒られちまうんだ。彼岸花Amaryllisは返さなくて良いから、代わりに許せ」って言われて駄目でした……」と「まあそうだよな」といった残念な結果に終わった。

 しかしみんなのトリカはめげない子。まさかの一号機を分解、パーツを自作し自力で組み直す事に成功する。

 その過程でルーナティア領内での運転やトリカトリ自身の使い方、乗り方、そもそもの体格に合わせてチューンナップという名の魔改造を施した結果、もはや一号機とは外観と性能も全く異なるものになってしまった。具体的な魔改造の例を挙げるとすれば、衝撃吸収用のマスダンパーの改造が自慢の一つらしい。

 ………マスダンパー。それは分銅のような重りを粘りの強い棒の両端に付ける事で、落下や着地時の衝撃を分銅の揺れによって分散緩和するというパーツであり、通常は金属の重りを使用する……のだが、トリカトリは金属の重りでは無く、薄い金属製のケース内に目の細かい砂粒を入れたオリジナルのマスダンパーを使用しているのだという。

 何でも通常のマスダンパーでは衝撃を吸収した直後の『戻り』で結局車体を上方向に振ってしまうらしく、トリカトリはそれを緩和する為、ケース状のマスダンパー内に砂粒を入れる事で衝撃緩和後には砂粒同士が互いにぶつかり合い「戻り」時には上に車体を降る程の勢いが残っていない、という状態を作り出す事に成功、悪路でも極めて安定した接地が出来るようになったのだという。

 本人は「いや口では簡単に言いますけど、砂の材質とか量とか試行錯誤めちゃくちゃ大変でしたからね?」と溜息混じりだったが、トリカトリはそんな艱難辛苦の結果むしろ愛着が湧いたのか「メーちゃんって名付けました。限界まで回転数上げるとヒツジみたいに鳴くのが由来です。ヤギは顔が可愛くありません」と二輪戦車が如き二輪バイクをとても大事に扱うようになった。

「これから向かう所は盆地になっているのでとても冷えます。ですからタクト様は約得だと思って、トリカのおっきいお胸に挟まれてぬくぬくしていてください」

 ご機嫌な声色のトリカトリが僕の上半身をぐっと自身に向けて押し付ける。それを受けて「……はぁ」と溜息を吐いた僕は、素直に「分かった」と抵抗を諦めトリカトリに背中を預けた。

「ええ、それが一番です。では参りますよ────メーちゃんっ、ゴーゥッ!」

 トリカトリがそう叫びながら右手首をグイッとひねり、即座に左手首をキュッと痙攣させるように動かす。するとそれまで静かに唸り続けていたメーちゃんが、耳を裂きそうな程の嘘エンジン音を鳴らしながらのろのろと前進し始めた。


 銅が産出されず、また化石燃料を加工する技術も無いので当然タイヤはキャタピラ状かつ金属製とかいう本当に戦車のようなメーちゃん。その雄々しくも攻撃的な姿を見た時は「……本当に走るのか?」と不安に駆られたものだが、いざ走ってみると驚く程に力強い走り方をしていて笑ってしまう。

 まるでメタルスラ◯グType-Rのキャタピラのような『地面に刺さって食らい付く』形状のタイヤは、しかし全ての道が一切舗装されていないこの世界においては、リンゴに齧り付く時の前歯のような感覚で大地に深く突き刺さり、そのまま犬掻きの要領でグイグイと地面を引っ掛け前に進んでいく。

 意外と鈍重に思えたその速度も初速だけであり、トリカトリが左手首をクイッと動かす度にどんどん加速。気付けば僕が生前見た事のあるバイクたちと全く遜色無い速度で走っていた。

 …………きっとこの速度は道が一切舗装されていない完全な地面、オフロードだからこそ成り立つものなのだろう。これが生前の日本のようなコンクリートで完全に塗り固められているオンロードであればまともに前に進めないだろうし、進むだけでムチウチになる程揺れるだろう。しかし齧歯類のそれみたく並び立っている前歯のようなタイヤも、先端が相当鋭研磨されているのか地面に突き刺さる特徴的な音こそ目立つが殆ど揺れは無かった。


「いいぃぃぃぃぃ───────ッえええええええいッ! たあああああああのしいいいいいいい─────ッ!」


 僕の背後でトリカトリが絶叫する。バックミラー越しにちらりと目を向ければ、見た事も無いような大輪の笑顔でギザギザとした歯を輝かせるトリカトリがそこに居た。

 子供のように………いや、子供よりも遥かに無邪気なトリカトリ・アラムの姿に、不覚にも僕は胸が少しだけきゅんとなる。

 普段のトリカトリは不器用かつポンコツな面が目立つが、基本的には本職メイドなので一歩引いた位置から周りを傍観する。だから余り派手に笑うような事は無いし、仮に笑っても静かに微笑む程度で終わってしまう。

 だから…………だから、こんなに可愛い笑顔で笑うトリカは初めて見た。この娘にバイク趣味があるとは気付きもしなかったし、この娘がこんなにはしゃぐタイプだなんて知りもしなかったし、この娘がこんなに素敵な笑顔を持っているなんて思いもよらなかった。


 その笑顔を見ているだけで、僕も一緒になって笑ってしまいそうになる。


「タクト様っ! ほらタクト様もっ!」

 僕の右太ももをトリカトリの大きな右手の指がペシペシと叩く。どういう意図で声を掛けられているのかが分からず「えぇっ!?」と声を出しながらバックミラー越しにトリカトリを見れば、

「タクト様も大っきい声出しましょっ! こういう時ぐらいでしか本気で絶叫出来ませんものっ!」

「いや今の時点で結構大きい声出してるぞっ!? あと僕結構死に掛けて絶叫してるからねっ!?」

 トリカトリのメーちゃんがそうなのか、それともバイクというもの全てがそうなのかは分からないが、兎にも角にも嘘エンジン音がうるさくて仕方が無い。自分の呼吸音すらかき消されてしまうそのその音…………流石に多少は耳が慣れたが、それでもトリカトリと会話をする際にはかなり大きな声を出さなければいけない。

「いけませんよっ! タクト様まだ緊張しているでしょうっ!? 強張った筋肉をほぐす最高かつ最速の手段は絶叫する事ですよっ! ほらっ! Let'sさあ Say一緒に!」

 言うが早いか、力強く右手首をひねったトリカトリがメーちゃんの甲高い唸り声に負けない程の大きな声で「風がぁぁぁぁぁあああッ! きぃぃぃぃぃいいいいいいもちいいいいいい─────ッ!」と絶叫。


 悩んだ。

 迷った。

 恥ずかしかった。

 照れ臭かった。

 けれど思い直すのには一秒も掛からなかった。

 恥ずかしいし照れ臭い。

 そういう感情が人を停滞させ、僕を駄目にするような気がしてならなかったから。


「………ッ」


 トリカトリに負けない程の大きさで、

 トリカトリに負けない程の笑顔で、


「セェェェェェエエエエエエエ───────ッッックゥゥゥゥッスッッッ!!!」


 僕は叫んだ。


 下品だとは思わなかった。

 酷いとも思わなかった。

 最低だとも思わなかった。

 むしろ最高だった。


 馬鹿みたいに自由で何にも縛られない片翼。


 こうして叫んでみた事で、僕の大好きな女の子に、何だか少しだけ近付けたような気がしたから。

 最高だった。


「ファックミィィィィイイイイイイイイ────ッ!」

 IQの低い僕の絶叫に、トリカトリがIQの低い言葉で呼応する。ミラーを見なくてもすぐに分かる。彼女は今、夏の向日葵よりも大輪の笑顔で笑っている。声を聞くだけでそれが分かる。

 トリカトリは現在現在いまを楽しむ事しか頭に無い。

「もっとヤらせろぉぉぉおおおおおおおおお──────ッ!」

 だから僕も応じる。僕も一緒に馬鹿になる。

 もっともっと馬鹿になる。

 足りない。足りない。まだまだ到底足りやしない。

 小賢しい事をかなぐり捨てろ。

 浅知恵なんて捨て去ってしまえ。

 小さな悩みも、大きな悩みも、全てを今ここで吐き出して捨ててしまおうと。

「避妊はしてくださいねえええええええええええ───────ッ!」

「結婚してくれえええええええええええええええ───────ッ!」

「神父役はやらせてくださいねええええええええ───────ッ!」

「僕の子供を産んでくれえええええええええええ───────ッ!」

「赤ちゃん出来たら抱っこさせてえええええええ───────ッ!」


 馬鹿になる。もっともっと馬鹿になる。


「ジズううううううううううううううううううう────────ッ!」


「届きますよおおおおおおおおおおおおおおおお────────ッ!」


「────────────────」


「その想いいいいいいいいいいいいいいいいいい────────ッ!」


 嬉しかった。

 楽しかった。

 幸せだった。

 死んで良かった。

 生きて良かった。


「好きだああああああああああああああああああ─────────ッッッ!!!」


 貴女に逢えて、僕は幸せです。


「……はぁ………はぁ………はぁ……────ゲホッ、ゲッホゲホッ」

 慣れない絶叫の連続に喉が痛む。咳き込んでみれば少しだけ鉄錆のような味が広がり、喉の奥がれてしまっている事を舌の根で理解した僕は「んっンンッ!」と喉を鳴らしながらそれを嚥下した。

 体が楽だった。背負っていた、背負わなくても良いものを、何もかも全て放り投げた時のように体が軽かった。自分の体がどれだけ強張っていて、緊張していて、疲れていたのかを、自分の体そのもので感じられる。

「……………………今、楽しいですか?」

 僕の上半身を右手で支えたトリカトリの声が聞こえる。穏やかな声だったのに、その声ははっきりと僕の耳を通って脳に伝わる。

「……………こんなに楽しいの、生まれて初めてかもしれない」

「………それで良いのですよ」

 トリカトリの声が近くに聞こえる。ちらりとミラーを見やれば、僕の頭に顔を近付けたトリカトリが僕の進む先を見詰めながら微笑んでいた。

「今が楽しければそれで良いのです。明日の事を考えるのは寝る前の数分間だけで良いのです」

「……………………………そうだね」

 今出来る事は今しか出来ない。

 けれど明日出来る事は明日でも出来る。

「…………元気、出ましたか?」

「ああ。…………ありがとう、トリカ」

 僕の言葉にミラー越しのトリカトリが艶やかな唇をにぃっと歪めて嬉しそうに笑う。

 最高の気分だった。こんなに晴れやかな気分になったのは生まれて初めてだった。


 大輪の向日葵は前を向いている。

 向日葵は太陽を追い掛ける。

 だから僕は晴れやかなんだろう。

 大輪の向日葵と同じ方向を向いているから。

 僕の顔は太陽に照らされて明るい。


 青臭い春なんて要らない。青春なんてクソ食らえ。

 僕の好きなあの娘は、まるで猫のように夏の扉を探し求めている。

 だから青い春は要らない。夏を求める。

 大輪の向日葵が咲き乱れるような最高の夏を、僕は求めて止まない。



 ───────



 けれど僕らは真面目なままでは居られない。

 だって普段の僕らは馬鹿だから。

 僕らはどこででも変わらない。

「─────へェっぶひょォッ!」

 結論から言えば夏の扉がどうとか以前に、そもそも夏がどこにも無かった。いやむしろ限り無く冬に近いぐらい寒かった。

 トンネルを抜けた先、盆地になっているというそこの異様な寒さに負けた大輪の向日葵は全力で萎み、クシャミをする度に大量のを僕の後頭部に吹き付ける。ヘルメットが無ければ今頃発狂していた事だろう。

 直前まで自分探しの旅に出ちゃうタイプの厨二病のように好きだ好きだと叫んで笑っていた僕も、トンネルを抜けて吹き付けられる冷た過ぎる風に頭を冷やされ賢者タイムがはいスタート。僕の後ろで僕を見守っているのは全く別の女だし、そもそも僕が愛を叫んだ女はここに居ないし、仮に居てもあいつ「喧嘩NTR上等ォ」とか言っちゃう「お前はレディースの特攻隊長か?」と真面目に聞きたくなっちゃうような女だしで何かもう色々嫌になる。

 甲高い唸り声を止め、ドコドコという低い嘘エンジン音を鳴らすメーちゃん。こんな巨大で重い二輪戦車が如きバイクで舗装されてない山道を走れるのかとも思ったが、いざ走ってみればメーちゃんは足元の倒木や立ち枯れした木々をメキメキと圧砕しながら山道を突き進んでいく。その様はまさに圧巻の極みで、少しだけ鼻を垂らしたトリカトリは「平坦な道を六速でブッ放すのも楽しいですが、急勾配を一速でズンドコ行くのも最高ですよ。全身でトルクを感じられてとてもオツです」と本当に楽しそうに鼻水を垂らしていた。何せこいつメイド服で冷気の溜まり込む盆地にキャンプしに来ているのだ、僕が前部に座っていなければエブリデイスカートおっぴろげ、もうただのアホとしか思えない。

 中々どうして入り組んだ山道に特徴的な金属製のタイヤを文字通り食い込ませながらゆっくりと突き進んでいくと、やがてほんの少しだけ開けた場所にボロボロの小屋が建っているのが見えてくる。

「あれが目的地ですよ、今日はあそこで寝泊まりしま───べょッほォいッ!」

 喋っている途中でトリカトリが盛大にクシャミをし、直後ヘルメット越しの後頭部に再び何かが吹き付けられる感覚がする。やられてみると分かるが最高に不快である。このヘルメットは僕の所有物では無いので別に心は痛まないのだが、そういう事を抜きにして、単に後頭部にクシャミぶっ掛けられているという事実ががそもそも最高に不快であり不愉快なのだ。

 ドコドコという緩やかながらも力強く妙に耳に残る嘘エンジン音が一際穏やかなものへと変わると、トリカトリは二輪戦車のメーちゃんのエンジンを切り、ハンドル近くにある鍵を引き抜き自身の胸元へナチュラルに突っ込んだ。

「その内絶対失くすよそれ」

「下着の中に入れるよりはマシですよ、あっちは歩いてる途中でお豆に引っ掛かるとブチ切れたくなる程痛いですから。トリカ経験済みです」

「いやポッケに入れろよっ! スカートにもポケットあるだろっ! 唐突に峰不◯子みたいなお色気キャラ感出さなくて良いだろっ!」

「ふふふ………とするとタクト様は心の鍵を一刀両断、トリカのハートを撃ち抜いて、堅固に守られた宝の在り処に忍び込むんですね」

「………斬鉄剣で斬って拳銃で撃ち抜くのは分かるけど、宝の在り処って何? というかそもそも宝って何? ル◯ン枠なのは分かるけどどこに忍び込んで何を盗むのさ」

「トリカの赤ちゃんのお部屋ですっ! 奥の卵子をラブゲッチュぅっ!」

「最悪だし最低だよお前、大事な倫理観ものル◯ンに奪われてるよ。徹夜明けの深夜テンションかよ」

 ズビビと鼻を鳴らしながらボケるトリカトリに冷静にツッコミを入れる僕。それを「それはさておき」と雑に流したトリカトリが、リア部に固定していたクソデカリュックの固定を解いて肩に担ぐ。


「さあ……ここがトリカとタクト様の愛の巣ですよっ!」


 恐らくトリカトリが個人的に建てたのだろう。バリアフリーならぬトリカフリーの思想が広がっているルーナティア城から離れているにも関わらず、森の中にある小屋の扉はトリカトリが簡単に潜れるぐらい大きかった。

 それを背景に鼻を垂らしたトリカトリが自信満々に言う……が、僕はそれを一旦無視。トリカトリが担いでいるリュックに「よい、っしょ」と手を伸ばし、そこから少しだけ顔を覗かせているハンカチを手に取る。

「お鼻出てるよ。はいちーんしようね、ちーん」

 パッキングの際に一瞬だけ見えたハンカチ。意識して覚えていた訳ではないが、ふと思い出したそれを軽く広げてトリカトリの方へと持ち上げれば、彼女は「おぅふ……えへへ」と照れ臭そうに微笑みながら僕にキュッキュッと鼻を拭かれる。

 それを再び畳み直してリュックに戻し、「……で?」と僕は向き直る。わざわざテイクツーの機会を与えるなんて、我ながら良い奴だと思う。

「愛の巣ですっ!」(ドヤ顔)

「ボロいね。蜘蛛の巣凄いし……まあそういう意味では愛の巣に間違いは無いけど」(小屋を眺めながら)

「お手入れしてませんからねっ! 完全放置ですっ!」(小屋を眺めながら)

「陰毛の話?」(小屋の脇をチェック)

「そっちはお風呂の度にお手入れしてます。トリカ基本スカートですから、ラッキースケベの時にハミ毛しない程度には剃っております。当然、ワキもしっかり手入れしてますよ」(自分の脇をチェック)

「………汚いね」(小屋の中に入り)

「そう、ですかね……。………うーん、念の為に新しいの買って来たんですけど、タクト様の好みは存じてなかったので………」(下着の見た目を思い出しながら)

「…………新しいの? どう見ても中古物件なんだけど」(小屋の中を見渡しながら)

「あ酷いっ! トリカ傷付きましたっ! トリカ結局一度も使ってませんから綺麗なはずですよっ!」(自分の下腹部に手を当てながら)

「使用頻度に関係無く手入れが足りなさ過ぎるんだよ。日々のメンテナンスがどれだけ大事かは、バイク乗りなら分かると思うけど」(小屋の中をうろうろ)

「ふぐ……っ、………むむむ、何か突き刺さりました。………小生意気な」(自分の股間の見た目を思い返しながら)

「突き刺さるって…………おい大丈夫か? 割れたガラスとかそこら辺に落ちてるから気を付けてくれよ。僕は怪我してもどうにでもなるけど、トリカが怪我したら大変なんだ」(スクーターの運転方法を思い出しつつ)

「そんな事はありませんよ。タクト様がお怪我をなさる方がよっぽど大変です」(ジズとヒカルを思い出しつつ)

「僕が怪我するのは何も大変じゃないよ、トリカが居るもん。でもトリカが怪我したらどうしようも無い。トリカの代わりは居ないよ」(ジズや光の運転技術を想像しつつ)

「おおぅふ、いつの間にこんな進展していたのでしょう。……………溢れ出るメイドパワー、やはり今日ヤるしか無いようですね」(腰をくねくね動かしつつ)

「メイドパワーは知らないけど、取り敢えず軽く掃除とか設営とかしないと日が落ちちゃうな」(肩をぐるぐる回しつつ)

 そんなような事を話して、ふと僕は「……ん?」と会話の違和感に小首を傾げる。噛み合っているようで……なんか致命的に噛み合っていなかった気がしなくもない。何というか、普通の会話をしていたはずなのに凄い頭悪い会話をしていたように感じる。

 そう、それは例えるなら恋愛ゲームによくある「主人公別に大した事言ってないのに何故かヒロインの好感度爆上がりしてる」みたいな感じというか………コテコテの茶番をしてしまったというか………。

 ………まあ良いか。今日の僕は馬鹿になると決めたんだ。深く考えず、僕は僕がやるべき事を済ませよう。

 自分の使いやすいサイズに合わせられたかなり大きい机の上に置かれたリュックを開封しようとしているトリカトリに「ちょっと出て来る」と一声掛け、僕はさっさと小汚い愛の巣から退散。背後から聞こえる「……どちらへ? 熊が出るので遠出は危険ですよ」という声に「四十秒で済む」とだけ返せば、即座に「はっや。早漏さんですか?」とか聞こえてくる。

 しかし僕は完全に無視。今は僕とトリカトリしか居ないのだ、僕がツッコミを入れればあいつはひたすらボケ続けるだろうが、ツッコミが居なければその内静かになるだろう。

 流石のトリカトリでも一人ではボケ続けられないはずだ。

 小屋の外に出た僕は空を見て陽の位置を見る。………まだ太陽は高い、雲も無い。………けど山の天候はすぐに変わるから急いで事を済ませなくてはならない。あれは………確か登山の鉄則だったか。「荷物が余る分には舌打ちで済む。けれど荷物が足りないと舌打ちでは済まない」というのはまさしく真理だと思う。登山に限らず、時間が余る分にはどうにでもなるが、時間が足りないとどうなってしまうか分かったものでは無い。

 小屋の脇に生えている腰ぐらいの丈まで伸びた雑木を根本の辺りからぐねぐねと曲げてへし折り、それをずるずると引き摺りながら小屋へと戻る。

「わ……本当に早い。………………む?」

 ボケ続けようとしていたトリカトリが僕の手に持った雑木を見て眉をひそめる。その後僕の右手を取って匂いを嗅ぎ、

「…………………手がイカ臭く無い。………身奇麗になさっているんですか? それともまさか床オナですか? 腰悪くしますし、足ピン同様パブロフ理論で遅漏になりますし良くないですよ。というかまさか父なる大地に穴掘って床オナなさったんですか? ナントカって民族じゃあるまいし、大地に突っ込むのはツッコミ所が多過ぎますよ」

「…………………………………」

 耐える。耐え続ける。死んでもツッコんで溜まるかクソボケが。負けんぞ。今日は絶対に負けんぞ。今日の僕は珍しく躁にも鬱にも傾いていないんだ、くだらないツッコミで疲弊して溜まるか。

 身長三メートルを超えるアホメイドを無視して部屋の隅に向かった僕は、さっきへし折ったそれを箒の代わりにして足元に散らばるガラス片や釘を掃いていく。右隅から初めて、左に向かって、その後また右に向かっていく。背後のものに気を配りながら折り返す都度、後ろ歩きでゴミを掃ていく。

「トリカ、火起こしとかどうするの? 魔法で全部何とかしちゃう?」

 毛先が整っていないのでゴミを逃しやすい即席箒を使い、何度も履きながら小屋の中を少しずつ綺麗にしていく僕が「ファイアスターターとかでやる方が味はあるけど……」と続ければ、トリカトリは「まだ火は起こしませんよ、ご飯ありませんから薪が無駄になります」と答え─────、

「え………ご飯無いの? 狩り? 山狩りなの? 猪……いやさっき言った熊ボコりに行くの?」

「猪や鹿狩りはジズ様の分野です、トリカすぐに気付かれちゃって狩りが成り立ちません。一応熊は狙いますけどね、トリカお肉も食べたいですから」

「………じゃあ何食うの? かすみ? 仙人目指すの?」

「キャンーデートなんですから食べるものなんて決まってますよ、お魚です」

 僕が箒掛けして綺麗になった場所に、リュックに結び付けられていた寝袋のようなものをポイポイと放っていくトリカトリの言葉に、僕が困惑する。

 ………キャンツーデート。デートはトリカトリのお茶目心だろうからさておくとして、キャンツーっていうのはキャンプとツーリングを合わせた略語のはずだ。知識は全く無いが、単語を聞いただけで想像ぐらいは出来る。

 それで何で魚と決まっているのかが僕には分からなかった。素直に「何で魚って決まってんの?」と問い掛ければ、トリカトリは一瞬馬鹿を見る目で僕を見た後、すぐに「あぁ」と何か納得。

「キャンツーデートっていうのは『キャンプ』と『釣り』と『ツーリング』を合わせたゴリゴリのアウトドア『デート』の事ですよ。イケイケパリピですね」

 一部の単語を妙に強調して言うトリカトリに、僕は少しだけ思案してから「…………そうか」と頷いた。

 …………こいつは本当にメイドか? ご主人様に気を配るメイドさんなのか? お前バイクに関して語る時は凄い分かりやすくて丁寧だったろうが、何でここに来てガバガバなんだよ。数少ない友達に「お前もこのゲーム始めようぜ」って言い出したクソ陰キャみたいに早口で説明し続けて胸焼けされて「最終ログイン◯日前」とか出るぐらい語れよ。

 しかも何だその絶妙にダサい略し方。お前まさかザギンでシースーとか言っちゃうおっさんか? 当て字が雑過ぎるだろ夜露死苦よろしくぐらい感覚で分かる当て方を見習えよ。

 あとデートに関して強調する必要性あったか? イケイケパリピはバイクでキャンプなんてしなさそうなイメージあるんだが。十万近くするテント買って「それキャンプじゃなくてグランピングじゃね」というツッコミをされつつヴ◯クシー辺りに荷物全部積み込んでカーセクしてるイメージしか無いぞ。偏見だって? 偏見だよ。

「じゃあ近くに水辺があるんだ」

 しかし僕は思った事を一切口にしなかった。少なくとも今日はもうツッコまないと誓っていた。

「そうですね、かなり近くに川がありますし、少し行けば海……というか海と繋がった湖もありますから」

 長く放置されてボロボロになった机に、巨大なリュックの中身を一つずつ取り出して広げていくトリカトリが「地元民の言う「すぐ近く」はクソ程アテに出来ませんが、本当に近くなのでご安心してください」と微笑む。

「なるほど。…………で、トリカはそれ何してるんだ? 荷物確認?」

 それに僕が問い掛ければ「正解です。……が、大正解ではありませんね」と空っぽになったリュックをひっくり返して軽く揺する。

「食材やら資材やらを探しに山林に散策する際、こういう荷物入れはあった方が良いんですよ。……テントを張る通常のキャンプでは場所が少ないので大変ですが」

 螺旋式で折り畳まれた魚籠びくのような竹籠を持ったトリカトリが「まあ片付けクソ面倒ですけど、どうせ食後はガチで暇ですから。その時に片付ければ良いのです」とそれをリュックにパラコードのような見た目の紐を使って結んでいく。

「当然ながら荷物確認の意味もありますよ。というか本来はそれがメインです。………トリカは大体何かしら忘れてしまうので、それを現地で確認するようにしているのですよ」

「………忘れないよう出発前に入念なチェックするもんじゃないの? 何だっけ………パッキング? だっけ」

 即席箒を動かす手を止めて聞くと、トリカトリは「それは邪道だと思います。確かにチェックはしますが、トリカは本当に少ししかチェックしません」と不満げに鼻を鳴らした。

「キャンプの醍醐味は『不足を楽しむ』です。お皿を忘れれば木の樹皮を丸っと剥がしてお皿を自作し「横から漏れるっ!」って騒ぐ。お箸やを忘れればその辺の木材を使ってお箸を作り、フォークを忘れればあちちって言いながら手で食べる。食材を忘れれば自生しているキノコを探して「……やっぱやめとこ、毒キノコ怖い」と怯える。………キャンプにバトニングナイフまで持ち込む人とか、トリカ有り得ないと思います。刃物は使い難いサバイバルナイフ、切れ味ゴミなワイヤーソー、やたら重い手斧で全て賄うのです。キャンプとグランピングは違うんですよ」

 机の上に広げられた品々の内、大きめのコップのようなものを手に取ったトリカトリが「例えばこれ。これはシェラカップと呼ばれる小さな片手鍋みたいなものです。トリカ用なので通常よりは大きいでしょうが」と僕に向ける。

「もしタクト様がキャンプに行くとして、シェラカップを使う前提のスープ系の食材を持ち込んだとします。しかしタクト様は、肝心のシェラカップ本体を忘れてしまった。………さて、どうなさいますか?」

 トリカトリの質問に「……ふむ」と頭をひねる。キャンプで使う用の鍋を忘れた場合、か。

 ………鍋を使わない焼き料理に変える、っていうのは多分無しだろう。だってトリカトリはわざわざ「スープ系の食材を持ち込んだ」と言っていた、つまり持ち込んだ食材は串に焼いて食うのが難しいものばかりだと仮定している可能性が高い。

 だとすると食べるつもりで持ってきたものが食べられない。火を通さず食べられるものなら良いが………。

「………現地で食材を探す? 野草とか、今回みたいに魚とか」

「それも大いにアリですが今回は全く違います。………現地で探すのは竹ですよ」

「…………竹?」

 トリカトリが良い笑顔で「はい」と答える。

「竹は地下で、横向きにどんどん根を拡大する植生です。なので山林キャンプであれば地面が繋がっている限り大体どこかに群生地があり、竹は簡単に見付かるんです」

「もしかしてタケノコか? ……でもあれ米ぬか使ってアク抜きしないとキツいし、アク抜きする鍋が無いんだろ? 無理じゃないか?」

「竹を見付けたら、太めのものを見繕いながら左右に節を残して切る。………お鍋にするんですよ」

 ようやく正解を提示してくれたトリカトリに頭が冴えるような感覚がすると共に、生前に住んでいたあの国のとある地方────宮崎県を思い出す。

 ………宮崎の地料理であるかっぽ鶏、あれは何もネタで作られている訳では無いのだ。地料理はその地域に遥か昔から伝わる、いわば伝統料理。

 そして……いつだかペール博士が言っていた小話、昆虫食が何故そこに定着しているのかという話を思い出す。手に取ったシェラカップとやらを机に戻し、食器類、道具類、布類と選り分けてくトリカトリが僕をちらりと見て「察しが早いですね」と笑う。

「竹の内部は節状になっているので水を汲んでも溢れません。そして竹は繊維が硬いので火に強く、直火で焼いても簡単には消し炭にならないのです。………適当に左右に切れ込みを入れて、その両端を結ぶようにナイフを叩いて差し込めば繊維に沿ってパコっと綺麗に割れますよ」

「……………それを鍋代わりにして、事無きを得る」

「それだけで無く「竹の薫りが移ってる! 意外と悪くないなこれ!」と騒ぐのを忘れてはいけません。キャンプとサバイバルは別物ですからね、サバイバルは不足の先にある「生き残った達成感」を楽しみ、キャンプは不足の過程や「不足そのもの」と「それを補った際の充足感」を楽しむ。…………ごっちゃにして醍醐味を見失ってしまえば、そこにはもう価値なんて無くなってしまいます」

 特に自信満々という訳では無い。何か諭すような声色でも無い。間違っても何かをひけらかすようなものでも無い。

「だからトリカは現地に来てから荷物を確認するのです。そうして現地で「何でどうやって何を代用するか」を考える………それがトリカは楽しいのです。………これはお城に居ては絶対味わえない、アウトドアならではの楽しさですよ」

 本当に拘りを持っている人特有の穏やかな表情と声色でそう語るトリカトリに、僕は驚きを隠せなかった。

 素直に見直した。ただ元気な娘かと思っていた。ちょっと抜けてて、やたらデカい元気な娘だと思っていた。

 ………今日は色々な発見が多い。トリカトリの事を沢山知れて楽しい。この娘の事は嫌いでは無かったが、今日この一日で大好きになった。愛でこそ無いが、自分に対するこだわりを持っている人は魅力的に見えるものだ。

 しかしそんな事を素直に言う訳にもいかないので、僕は「タケノコ食うのかと思った」とお茶を濁す。するとトリカトリは「タケノコは食べられませんよ」と予想外な答えを返してきた。

「この世界のタケノコは食えないのか? ……いや、いつだか城下で炒めもの食べた時に「タケノコ美味え」って言った気がする」


「えと……………メタルマッチ……あの、着火道具を忘れました。タケノコには生で齧り付きましょう」


「台無しだよ馬鹿じゃねーの。………………魔法は? ファイアスターター無しでも魔法で火種が用意出来ればどうにでもなるだろ」

「ふむ………もしかするとインテリジェンスに満ち溢れるトリカのイメージとは異なるかもしれません。ですが誰しも得手不得手があり、表に出す出さない───あ違いますよ中出し外出しや顔射ゴックンとかいう話では無くて────」

「早く言えスカタン」

「ごめんなさい意外な事にトリカは魔法の適性皆無ですっ! あとタクト様最近お口が悪いですっ! 誰の影響ですかっ!」

「意外でも何でもねーよこのスットコメイドっ! 口の悪さは彼女譲りだっ!」

 良い話を全て台無しにしたトリカトリが「メイン張るギア忘れると辛いんですよねぇ……」と他人事のように呟く。

 急いで頭をひねらせて「………ナイフのグリップとかは? あれ釣り針とか入れれるんじゃないのか?」と聞いてみれば、トリカトリは即座に「全く……トリカの力で中空グリップなんか振り回したら即日で壊せる自信ありますよ? フォールディングなんか一振りですよ一振り」とドヤ顔。しかしすぐに僕に睨まれ「へぃん……」とへにょけた顔になった。

 ………手に持った即席箒を眺めながら考える。恐らく悠長に掃除なんてしている場合では無い。

 んふーと鼻から大きく息を吐きながら、僕は即席箒を壁に立て掛け、割れたガラスが目立つ窓を全開にした。

「…………トリカ、食材探しに行ってきて。火は僕が何とかしてみるから、早めにデカい獲物釣ってきてくれ。僕マグロ食べたい」

「………………良いお知らせと悪いお知らせ、タクト様はどっちから聞きたいですか?」

「お前マジで怒るぞ。………………………ああクソ………心理学の統計で、ポジティブな事を後に聞いた方がその後の心理状況がポジティブ寄りになるって話を何かで聞いた。悪い事から言ってくれ」


「釣り竿も忘れました」


 思わず両手で自分の顔を覆う。気を抜けばその場にしゃがみ込んでしまいそうな程に頭が重くなる。

 何しに来たんだ? 釣りしに来たんじゃねーのか?

 溜息が止まらない。目眩がする。それでも僕は懸命に口を開いて「じゃあ…………良い話は?」とトリカトリに問う。


「ふふふ…………今夜はトリカがえっちな事して差し上げます」


「もうバイク乗ってさっさと帰ろうぜ? あれまだ動くんだろ?」

「えぇーっ!? せっかくキャンプしに来たんですからキャンプしましょうよおっ! デートですよデートっ! えちえちな青姦ですよっ!? タクト様は食い気が足りませんっ!」

「キャンプじゃねーのっ! 今の状況はもうキャンプじゃねーのっ! 遭難って言うのっ! キャンプデートするって聞いてたから僕は来たのっ! 遭難デートするって聞いてたら鼻で笑って拒否ってるはずなのっ! したら今頃ジズと濃厚セックスしてるはずなのっ!」

「………イチャイチャこそすれ濃厚おセッセは無理じゃありませんか? ジズ様ってご自身に関しては貞操観念かなりカッチリしてる方ですよ?」

 まあ、それはそう。あの日僕が誘われたという事実がまるで嘘みたいに思える程、ジズはガードが硬い。その硬さたるや白い鎧に白面はくめんを着けたカウンター特化のキャラのように何をしても即座に反撃、無効化してしまう。

 相手が光やポルカ、ペール博士とかならまだ分からないが、ことジズが相手となると安い抜きゲーのように「ヤラせてっ!」「いーよっ! んほぉっ!」というような展開は一切有り得ない。相当時間を掛けて確実にムードを作り、良い感じに甘ったるい雰囲気になって初めて少しだけ乗り気になってくれる。ジズに限らず、本来誰もがそのぐらいの性的倫理観であるべきなんだけど。

 ………健全な青少年には中々どうして辛いものだが、そもそも性行為というのは基本的に女性側の負担の方が大きい。そうでなくとも僕の股間のアロンダイトとジズの小柄な体的に、ジズは性行為で得られる快感より挿入時の圧迫感の方が強いと言っていたのだ。無理は言えないだろう。

「そこへ行くとほら、ここにトリカが居りますよ? 雑にエッチさせてくれると言っているメイドさんがここに居りますよ? ………まあ体格差的にハメてもトリカはモヤっとするので、一方的にご奉仕して終わりのつもりなんですけど。タクト様が身長四メートルぐらいあれば良かったんですけれどね」

「もし遭難デートを楽しむっていうなら精液……タンパク質の無意味な消費は減らすべきだ。汗を流すのもナトリウムの無意味な消費だし、疲れるのもカロリーの消費に繋がる」

「うわタクト様が時々しか見せない真面目な顔してる………タクト様って目の前にぶら下がったお胸を前に冷静に「ふむ……乳輪のサイズが好みじゃないな」とか分析しちゃうタイプだったんですか? いけませんよそれ、ヤれる時にヤらないと彼女出来ませんよ」

「そしてトリカは体の大きさに伴って必要栄養量も多い。………食材の確保がままならない現状で「うわぁい巨乳メイドさんとのエロシーンだぁ」とか喜べる程僕は夢見がちじゃない。あと僕もう彼女居る、これ以上彼女増やしてレアリティ高い「ピーピー鳴るヤカン」の音に合わせて哀しみの向こうに行くのは御免被る」

 現実は無慈悲である。クソみたいな死に方をして、夢に見た異世界転生、と思えばこの世界は不条理に満ち溢れていて、最強系彼女が出来て手を取り合って喜ぶのも束の間に今度は遭難デート。全くロクでも無しの助だ、ふざけんな。

 呆れ果てながらも頭の中でどうしたものかと必死に知恵を振り絞っていると「でしたら」と両手を合わせたトリカトリが「取り敢えずは食料問題を解決してきましょう」と空になったリュックを背負って動き始める。

「釣りしに来て釣り竿忘れるサ◯エさんなんだろ? 狩りも体格的に現実的じゃないっつーし…………野草探しか? ちゃんと知識あるんだろうな」

 キノコ程では無いものの、野草というのは基本的に生では食べられないものが過半数を占める。ツワブキやウワバミソウ、もはや浜だけで無くその辺に自生し始めたハマダイコンなんかはシュウ酸を多く含み、少しでもアク抜きが甘いと下痢になりやすい。シロツメクサに至っては感謝祭かと思う程にシュウ酸祭りだ。

「大丈夫ですよ。どうにでも出来ます」

「……………………」

 堂々と微笑みながら言うトリカトリに言葉を失う。何とかして「……ほんとかよ」と声を絞れば、彼女は「大丈夫です」と繰り返す。

 そしてそのまま小屋から出て、

「トリカこれでも経験豊富なお姉さん系メイドですよ? パッキングしたリュック丸々忘れても何だかんだ三日キャンプを楽しんだ事があるぐらいですからね」

 にこにこと笑いながら「危ないから小屋に居てくださいねー」と遠ざかっていく声に「キャンプしようとしてキャンプ道具丸々忘れるって、それはひょっとしてギャグで言っているのか?」と言う暇すら無かった。そこまでいったらキャンプでは無く普通にサバイバルだろうに。

 けれど何か意図があるのかバイクに乗らず徒歩で散策に向かったトリカトリに、しかし僕は「ああまで言うなら乗ってやるか」と不思議と前向きになれた。

 ………いつだか「苦境においてこそ人は強くなる」というような言葉を聞いた時、僕は「お前に強くなれる才能があっただけだろ」と本気で思った。苦境に際して強くなれない人の方が圧倒的に多いんだと、心の底から叫んでやりたくなった。

 けれどそれはどっちも厳密には違っていて、強くなれる才能があるかどうかでは無く「横に手を取り合える誰かが居るか」が大事なのだと、僕は死後になってようやく気が付いた。

 才能の種というものはどんな分野でもどんな人にも存在する。必ず、絶対に存在する。

 けれどその種はどこに埋まっているかが分からず、必要な水の量も地質も、発芽時期すら分からない。漬け水で育つ種もあれば週に一度の霧吹き程度でなければ根腐れしてしまうものもある。

 それは自分だけでは気が付けない。家族でも、友人でも、知り合いでも、見ず知らずの他人でも、誰かが横に居て初めて気が付けるものだと今では思う。

 そして今、僕はトリカトリと一緒に居て、トリカトリは僕と一緒に居る。さっきのトリカトリの語り具合を見るに、恐らく過去に似たような事例を乗り切った事があるから大丈夫なのだとタカを括っている訳では無いだろう。過去の安全が明日の安全では無いように、過去の成功がイコール明日の成功でも無いのだ。

 それでもトリカトリが「大丈夫ですよ」と微笑んだのは、僕と二人で居るからだと思えてやまない。きっと彼女は、自分は一人では無いという事を僕に伝えたいんだと思う。でなければわざわざこんな遠出をしてまで僕を連れ出そうとは思わない。幾ら趣味として楽しんでいるとはいえ、僕が足を引っ張るリスクを負ってまで山の中に泊まりで遊びに行こうとは思わないだろう。

「……………さて」

 トリカトリが机の上に広げたままのキャンプ道具たちの中からパラコードのような紐とサバイバルナイフを手に取る。……念の為にとチャークロスか麻綿が無いか見渡したがアルコールランプすら無いのでもう逃げ道は無い。というかトリカトリのこだわり方を聞くにアルコールランプは風情に欠けるとか言いそうだし、基本不器用なトリカトリでは麻綿を作り置きしておくなんて事も無いだろう。そしてチャークロスはそもそも作る手間で五〜六回は着火出来る本末転倒みたいな代物、ガチの緊急時に使う避難袋に入れるならまだしも、キャンプ用としてわざわざ作っておくとは思えない。

 さっさと諦めて小屋から出た僕は、そのままその辺に生えている生木から良い感じに反った枝を力任せにへし折り、その後落ちている太めの枯れ枝を二本と乾いた葉を拾い集める。そのまま適当に細い枯れ枝を集めた僕は、太めの枯れ枝にナイフで切り込みを入れ、もう一本を合わせながら気持ち程度にハマるよう切り込みを調節。

 無慈悲にへし折った枝の端にパラコードを結び付け、まるで弓のようにしたら弦に枯れ枝を回す。これで即席の弓切り式火起こし器の完成。……コツは弓に使う木で良くしなるものを選ぶ事だと聞いていたが、しなり易過ぎても弦に張りが出なくなるのでさてどうなるやらと言った所。壊れたり回転が悪かったりすればすぐ割り切って作り直すぐらいの気持ちでいた方が良い。

 ………余ったパラコードがぴろぴろと煩わしいが、これはトリカトリの道具。勝手にぶった切るような真似は出来ないので我慢しようか。

「………うーっし」

 準備が整ったら無心で弓を引く。………コツはとにかく焦らない事。早く回そうと遅く回そうと実際は殆ど関係無く、とにかく一定の速度を維持しながら引き続けるのが非常に大事。やがて白い煙が見え始めたら引くのを止めて、火種をゆっくりと火口ほくちに落とす。それれを両手で優しく包み込みながら、慎重に持ち上げて下から空気を送り込む。こういう時の火口は鳥の巣が良いとされるが理想の火口はススキの先端辺りだろうか。

 ………本当は麻紐を解して作った、ブロンド系外人の陰毛そっくりな麻綿があれば息を吹き込まずとも抓んで軽くフリフリすれば一気にボワッと発火してくれて楽なのだが………今回はどちらも無かったので、よく分からない竹に似た枯れ木の幹の中をほじって出て来たふわふわの木屑を火口にした。

 因みに火種を乗せた火口に火吹き棒無しで息を吹きかける時は、絶対持ち上げて下側から吹き掛ける事。横からでも危ないし、上の方からなんて言語道断。物体が燃えた際に上がる煙は吸い過ぎると一酸化炭素中毒を引き起こし、手足の痺れや意識喪失、場合によっては普通に死ぬ。

 しかし一酸化炭素は比重の関係で空気より軽い……要は上に進むので、息を吹き掛けて火種を大きくする時は必ずそれより低い位置から送り込む事。

 とはいえ火種が出来るまではひたすら根気が居るし、火種が出来ても火口に燃え移るかどうかも定かでは無い。運が悪ければ弓を引いている手のひらに水膨れが出来ても尚着火に成功しない事もある。

 ………こういう原始的な火起こしをしていると必ず考えしまう。どうして人は初めての挑戦で失敗した時、そのまま諦めてしまうのだろうか。まさか自分が初めての挑戦で成功出来るとでも思っているのだろうか。だとすればどれだけ自惚れているんだと僕は思ってしまう。お前が本当に『出来る奴』なのだとすれば、今頃そんな所で初めての挑戦なんかしていないはずだろうと。今頃大成功して、周りの人間に『初めての挑戦』をさせている側になっているはずだろうと、僕は必ず思ってしまう。

「……………………………………」

 無心で引く。何も考えず引き続ける。考えるのは失敗した瞬間だけ。どうして失敗したのか、次成功させるにはどうすれば良いのかだけ考えたら、再び無心で引き続ける。回転する枝の引っ掛かりが無くなりスムーズに回るようになれば、やがて手の痛みが無くなり、時間の流れが遅く感じるようになる。

 後は待つだけ。火が灯るのを、仲間が帰ってくるのを、僕が成功するのを、後は待つだけ。




 …………それから一体どれだけの時間が経ったかは分からない。二時間か三時間ぐらいだろうかと思うが、何か作業している時の体感時間は正直全くアテにならない。学生時代に年齢を詐称してアルバイトをしていた友人が言うには「俺のバ先には時間操作系の能力者が居る」そうで、仕事中は「まだ十分しか経ってないの?」と驚く割に、休憩中は「もう四十分経ったの?」とかなるらしい。

 ぱちぱちと爆ぜる子気味の良い音を背景に、僕は扉を開けたままの小屋の中でひたすらうとうとしていた。………遭難時や被災時、やる事が無くてもすぐに寝てしまうのは正直良くない。睡眠は脳を休める代わりに体力を消耗するので、一番理想なのは「うとうとし続け、脳も体も使わない」という状態を作り出す事。眠くなったら素直に寝るが、大して眠くも無い状態で無理に寝るのは逆に体が疲れてしまう。

 ある程度うとうとしたら気紛れで起き上がり、扉の近くに配置した焚き火に薪を足す。目視で焚き火が消えていないか確認する為に小屋の近くに置いたが、さっき窓を開けておいたので煙は小屋の中に篭もらない。肩に乗せるだけで天気の変化が予測出来るペットでも居ればもっと小屋から離した位置に焚き火を置いていたが、そんな生き物テイムしていない僕は、どうしたって雨が降った際に可能な限り早く火種を小屋の中に運べるようにしておく必要がある。

「……………………」

 焚き火が鳴る。ぱちぱちという音が不規則ながらも僕の耳を癒やすのを聞いていると、やがて小屋の外からザクザクという足音が聞こえてくる。

 もしかしたら熊や他の生物かもしれないと思った僕が耳を澄ませてみると「……………やっどいだぁ」というくたびれ切ったクソデカメイドの声が聞こえる。

 想い人の帰りを待つ同棲中のヒロインのようにうきうきとした足取りで小屋から出た僕は、

「…………………馬鹿じゃん」

 身長三メートルのメイドが肩に担いだ茶色い毛の塊を見て、思わずそんな事を呟いてしまった。

「ゔぁぁぁ…………おっもぉ………ぐっうぅ、ふくらはぎが爆発するぅ………」

 どすんと鳴らしてそれを置いたトリカトリが「ぶぁぁぁー」と呻きながら肩をぐるぐると回し「……すぐバラすので待っててくださいねー」と斧とナイフを手に取り腕まくりをする。

「じゃなくて。………………え、熊? マジで熊狩ってきたの?」

 呆気に取られた僕に「そうですよ」とトリカトリが頷き、そいつの腹部に容赦無くナイフを突き立てる。

 その後ナイフの背に指を添え、切り込みの中に手ごと丸々突っ込むようにしながら逆向きに皮を切って解体。手慣れた様子で内臓を取り外し、関節を狙って斧を叩き付けて分解していく。

「お魚捕まえに行ったら全然居なくて……仕方無いからちょっと走って湖の方まで行ったんですよ。けどやっぱりボウズで、タクト様への言い訳を考えながら帰ってる途中で手足の生えたご飯が歩いてたんでぶん殴りました。ワンパンでしたよ。顎殴ったつもりがそのまま首折れたみたいで」

 その言葉に唖然とする。トリカトリが解体作業を進める度にがくんがくんとどっかの糸目のお婆ちゃんのように揺れ動く熊の頭は、どう考えても首をへし折られている。それを眺めながら僕は思う。

 ……………この世界の女連中、みんな強過ぎじゃね? 光とジズは論外だし、ポルカは身体能力こそだがメンタルが異様に強いし、トトは高機動だし、ペール博士は理不尽だし、魔王さんはマジ魔王。

「タクト様、火起こしありがとうございます」

 そんな中、心身共に強いメイドが呟いた。どれだけ慣れているのかと思う程に手早く解体を終えたトリカトリが、力任せに熊の皮を引っ張るとベリベリと音を鳴らしながら肉からそれが剥がされていく。

「原始的な火起こしですよね、あれ大変なのトリカ知ってます」

 トリカトリが向き直る。少し前まで熊だったものは気付けば肉塊に変わり、今ではただの食材になっている。

「良く出来ましたね。良い子です、なでなでして差し上げましょう」

 まるで先生のように僕を褒めたトリカトリが僕の頭に手を伸ばすが、僕はそれを「良いよ、大丈夫」と避ける。

「……………………トリカになでなでされるの、お嫌でしたか?」

「……………………」

 悲しげな声と表情になったトリカトリに、僕は「違うよ」と否定する。


「肉解体した直後のぬるぬるな手で撫でられたくないだけ。今日どうせ風呂無しなんでしょ?」


「バレましたか。タクト様の髪からキューティクルを奪ってやろうと思ったんですが、失敗ですね」


 悪戯っぽく舌を出したメイドが遂に熊の解体を終わらせる。本当に慣れているのか、ひらひらとしたメイド服に血の一滴すら付けなかったのは感嘆してしまう。

 内臓が入っていた部分を皿のようにしながら解体した肉たちを乱雑に並べつつ、トリカトリはリュックに取り付けていた魚籠の口を開く。

「タクト様、適当な枝を使ってお肉焼いてくださいまし」

 そう言いながら魚籠の中を漁り、濃い紫色のボールのようなものを「いでで」と取り出す。言われるまま肉を木の枝に刺し、石を使ってどうにか固定。余りにも勝手が悪過ぎるのでその辺の平らな石を使ってステーキのように焼けるよう整える。

「…………それは何? もしかしてウニ?」

 ナイフをガキガキと鳴らしながら手早くウニを割り、慎重に茶色の中身を取り出すトリカトリに僕が問い掛けると、トリカトリは「浅瀬にも関わらずめちゃくちゃ居たので、魚の代わりに乱獲してきました」と取り出した卵を熊の皮の上に並べる。

「…………ウニって勝手に獲っちゃ駄目なんじゃないの?」

 僕が生前居た国では、ウニ等の勝手な捕獲は水産業に関わる人たちの生活に直結するから、ウニは拾った瞬間密漁になってしまうと聞いていた。この世界でもそうだとは限らないが、それでも漁師が存在する以上ウニなんて勝手に獲ったら迷惑になるだろう。

 そんな不安を他所に、トリカトリはウニを手早く解体しながら「よくご存知ですね」と穏やかに答える。

「ケースバイケースという言葉がありましてね。………タクト様の世界にはガンガゼというウニ、居ませんでしたか?」

「………名前と見た目ぐらいは。子供の頃、生き物図鑑に書いてあった。確か毒あるんだろ?」

 トリカトリが「トリカからすれば、タクト様は今も子供のようなものですけどね」と笑う。

「まあ仰る通り、ガンガゼは棘に毒があるので外敵に狙われ難いです。そして全身の棘すら移動に使うので他のウニ類に比べて移動速度が桁違いに速く、加えて暴食なので磯辺の海藻を根こそぎ食べ尽くし『磯焼け』と呼ばれる現象を引き起こしてしまうのです」

「だから獲っても良いのか」

「良くありません。しっかり漁業権が設定されている場合もあるので、タクト様が下手に捕獲すれば即座に密漁です。………が、この辺りでのキャンプが好きなトリカは半年に一回、必ず近隣の漁師に漁業権と減らして欲しい生物を聞いています。その際、漁師のおじさまから毎回「ぶっ殺してくれ」と頼まれておりましてね。早い話、トリカはルーナティアの漁業組合そのものから許可を得ているという事です」

 どれだけ嫌われている生物でも、無許可で捕獲するような事は断じて許されない。

 飼育に関しては更に厳しく、生前に居た世界で問題になっていた特定外来生物も、自治体にしっかりとした書類を見せて初めて「研究目的として◯匹まで飼育出来る」という許可が降りる。並大抵の理由では飼育は当然ながら食事目的であっても「生きたまま持ち運ぶ事」は禁止されている。大学院クラスの研究機関が長い時間を掛けて作った申請書を、再び長い時間を掛けて審議し、ようやく許可が降りるかどうか正直怪しい、というぐらいなのだ。

 だからこそ僕は思う。

「食えるのか? それって」

 基本的に特定外来生物に指定されるような奴は食えない個体が多い。もし食えても、捕獲量と解体コストや手間に対して得られる可食部が少ないという事も多い。アサリを食い尽くすツメタガイは捕獲こそ簡単だが時間を掛けて適切な調理をしないとクソ不味いし、ジャンボタニシことスクミリンゴガイは大量に捕まえられるが寄生虫のリスクがとんでもない。ウチダザリガニはとにかく歩留まりが悪いし、ナガエツルノゲイトウに至ってはそもそも食えたもんじゃない。

 だからこそ人間ヒトという最強の捕食者に食われず、繁殖という生物最大の悲願を達成出来ているのだ。

「抱卵期であれば余裕で食べられますよ。味は……まあ、かなり薄めです。けど個体数が多い割に捕獲自体はクソ楽なので、トリカみたいな『質より量』という方向けですかね」

 ぽきぽきとへし折った棘を焚き火の中に放り込みながら「やろうと思えばウニ丼用のどんぶりの横に剥きウニが入ったバケツが置けるぐらい獲れますよ。何時間掛かるかはさておくとして」と笑う。

「毒は?」

「棘が刺さるとバチクソ腫れて超痛いです。棘は『返し』が付いているので素人では除去にモタつき、場合によっては高熱が出る事もありますね。しかし無駄に派手なこの棘、実は非常に折れやすいので入れ物に入れて軽く振れば丸ハゲに出来ます。魚籠のような引っ掛かりが多い入れ物なら最高ですね」

 僕の質問にすいすいと答えていくトリカトリに、僕は素直に感心する。

 ……けれど正直な話、僕はこの知識を持ったまま生前の世界に戻れたとしてもやろうとは思わないし、知識をひけらかして誰かにやらせようとも思わない。何なら似たような事を言いながらやっている奴が居たら「やめとけ」と静止したくなる。

「それと毒は蛋白毒なので六十度以上の熱で加熱、無毒化してください。逆に六十度に満たないお湯だと蛋白質が活性化するリスクも多いので気を付けましょう。………クラゲの毒もそうですが、おしっこ掛けるとどうのこうのは活性化のリスクが高いので、トリカ的にはやめた方が良い気がします」

 何せ素人知識で手を付けて良いものだとは到底思えないからだ。毒キノコを前に「◯◯すれば無毒化出来る」という言葉を信じたものがどうなるかは考える必要すら無い。生物系の学校を出ているとか、幼い頃から漁業関係者と深い関わりがあるとかでも無い聞き齧っただけの素人が、ヘラヘラ笑ってひけらかしながらして良い事だとは思えないのだ。

 今のトリカトリのように漁業組合と関わりがあり、僕に聞かれても躊躇い一つ無く説明出来る程にしっかりとした知識が無い奴は、飲み会で語る雑学程度で留めておくべきだろう。

「因みにガンガゼ自体に漁業権が掛かっている事はレアケースですが、釣り餌として乱獲されるのを防ぐ為に『ウニ類』として一纏めにされている事は割と多いです。毒のせいで漁師に嫌われてますし生態系に影響も与えてますが、だからといってガンガゼを絶滅させて良い訳ではありませんからね。タンクメイトの居ない水槽は三日もすれば濁り始めます。………タクト様も水辺でキャンプしたくなったらトリカに漁業権聞きに来てくださいね。タイミングによってガンガゼに限らず、色々な生物に獲って良い時期と駄目な時期がありますから」

 一通りガンガゼを剥き終えたトリカトリの言葉に、僕は内心で「ほらみろ」と思ってしまった。やはり素人知識でイキるものでは無いのだ。今回はプロ級のトリカトリに全て任せ、今後僕からキャンプを楽しみたいと思う事があれば必ずトリカトリ分かる奴を誘う事にしようと、僕はそう決めた。



「そろそろでしょう」

 肉を焼き始めてから何分か経った頃、手洗いを兼ねた水汲みから戻って来たトリカトリが────、

「よだれ垂れてる」

「そろそろです、そろそろなんですよ」

「拭け拭け、よどまみれだぞ。…………さっきのハンケチーフどこだっけ、ハンケティーフハンケティーフ……えーっと」

「そろそろォーッ! そろそろなのォーッ! ぎょぴぃぃぃ────ッ!」

 二つ持っていった水筒と洗ったナイフをすぽーんと放りながら狂乱するトリカトリ。それを「どうどうステイステイ。エビバーデ、エビバーデ」となだめつつ小屋の中に戻る。広げられたままのキャンプ用品たちの中から、どう見ても鍋にしか見えないシェラカップとハンカチを持って焚き火へと戻ると、


「おいひー!」


 もう既に食べ出していた。

 しかも素手だよ、笑えるぜ。熱くねえのかよ。

 身長三メートルのハラペコ系二輪キャンプ好き不器用異種族メイドとかいう意味不明過ぎる属性のトリカトリが、マンガ肉にしか見えない熊の山賊焼き(味付け無し)に力強く齧り付き、むぐむぐと咀嚼しながら笑顔で僕を出迎える。それに対して僕は反射的に「良かったね、いっぱいお食べ」とまるで実家のお婆ちゃんのような事を言いつつ微笑んだ。それを横目に見ながら水筒の中身をトリカ仕様のシェラカップに移し、火に掛け煮沸消毒を始める。

「おいひーっ! ヨシッ!」

「大事な事だから二度言ったの? それとも安全確認は二回するべきだっていう現場猫に対する皮肉なの?」

「んふぅぅううんっ! んまーひっ! おいひーっ!」

「どっちでも無さそうだね」

 僕の言葉なんて完全に無視したトリカトリが大きな骨に付いた肉に齧り付き、手を引いてメリメリと鳴らしながら肉を剥がし始める。ふんぐふんぐと四苦八苦しながら何とか剥がし、舌や唇を使って草を食い続けるウサギのように肉を口の中へと送り込む。普段は余り見えない特徴的なギザ歯故、臼歯の無いトリカトリがガフガフと唸りながら驚きの速度で『骨付き肉』を『肉付いてた骨』へと変えていく様は圧巻だった。

 やがてステーキ状に切り分けられた熊肉を特徴的な太い四本指で抓み上げれば、僕はすかさず「トリカトリカ、うにうに」とサバイバルナイフを使ってガンガゼの卵をトリカトリに向ける。

「おおタクト様、大儀にございます。朕はとてもご機嫌ですよ」

「…………何かムカつく。僕が食うか」

 テンションが上がり過ぎて調子に乗り出したトリカトリにイラッとした僕は即座にうにナイフを反転、鋭利な刃で怪我をしないように口の中に放り込む。

 途端「あーッ! トリカのうにーッ!」という悲鳴が山に響き、トリカトリが異様にショックを受けた顔で僕を見る。

 ………トリカトリは「かなり薄め」と言っていたが、正直僕には気にならない。回転寿司にあるような冷凍されたウニを食べて心から美味しいと思える舌を持っている僕からすれば、むしろそういう所のウニと比べてかなり大きいこっちは食べ応えがあって満足感が強い。

 通常のウニは口の中でとろける濃ゆい感覚が長所であるが、しかし逆に短所でもあり、あの濃厚過ぎる味を受け容れられず「ウニ無理なんだよねー」という人も多い。けれどこれはそういう人でも、もしかしたら食べられるかもしれない。確約は出来ないが、舌の上で溶ける味を楽しんでいると確かに少しだけ薄いような気がする。

「………はいトリカ、乗せるよ。肉でお皿作って」

 しょぼくれた顔で「うにうに……」と硬質な感じのする熊肉をむぐむぐと咀嚼していたトリカトリに、再びウニを乗せたナイフを向けると、途端にパッと煌めいたような笑顔になったトリカトリが熱々だろう熊肉を太い指で抓み、僕の方へと差し出してくる。

 …………退屈でうとうとしていた犬が「散歩」という単語を聞いた瞬間みたいだ。一気に元気になってはしゃぎ始める姿がそっくりで………今後ご飯待ちのトリカトリはイヌカトリとでも呼ぼうか。

「………よ、………っと」

 皿のように差し出された熊肉のステーキにウニを乗せた僕はすぐに「まだ乗せれる。待って」とイヌカトリに待てを命ずる。今にも口の中に放り込もうとがっついていたイヌカトリが「ぬぐっ……ぐうぅぬぬぬ……っ」と不機嫌な犬のように唸り始めるが、それでも『山盛りうにく』の誘惑には勝てないのか犬歯を食い縛ってじっと我慢の子。

 やがて大体三匹分のウニを乗せ、僕が「はい、良し」と遂にイヌカトリを解き放つ。するとトリカトリはかなり大きく厚切りになった熊肉のステーキを出来損ないのブリトーのように丸め、それを一口で口の中に放り込んで咀嚼する。

「……………んんんむうううう〜ッ! ────んっ、んふ……っんん………ッ!」

 海の味と山の味、それらを一気に頬張ったトリカトリは、しかしすぐに笑顔を崩して真顔になり肩を震えさせる。………ウニの卵胞を取り除いた際、水でゆすいでいなかったから棘の残滓でもあったのだろうかと僕が少し不安になれば、やがてゴッキュと大きく喉を鳴らして『山盛りうにく』を嚥下したトリカトリが────、


「………………美味し過ぎて脳イキしちゃいました。えへへ、今ちょっと賢者タイムです。お股濡れちゃったかもしれません」


 ────風情もクソもあったもんじゃない酷過ぎる感想を口にしてくれた。さっきまで食べ盛りの孫に「うんとこ食べり〜」とご飯をあげるジジババのような気分だったのに一気にそれをぶち壊された僕は「感じやすいんだね」と他人事のように言いつつ、良い感じに沸騰していたシェラカップを火から退けておく。

「タクト様も食べましょ、お腹減ってるでしょう?」

 にこにこと笑いながら「ほら早く早く」とせっつくトリカトリ。メイドだからどうのこうのとかでは無く、単純に僕の感想が聞きたくて仕方が無いのだろう、まるでお父さんに初めての手料理を振る舞う娘のように僕を急かすトリカトリに「今から食うよ」と笑いながら、自分も焼かれた熊肉を食べてみる。

「……………………ふごいなれ」

 いわゆるジビエ料理としてはかなりレアな部類に入る熊肉だが、食べた人の意見では「超獣臭いし生臭い」というような感想がかなり多い。

 なので非常に人を選ぶらしく、それを聞いていた僕はかなり警戒していたのだが………実際食べてみれば物凄い筋肉質で硬いものの、生臭さは殆ど無い。

 ………この手の肉類の生臭さや獣臭さは、思うに屠殺から口に入るまでの間にどれだけ時間が掛かったかによるのでは無いかと僕は思う。

 大体の生物の血液には大量の栄養素が入っており、天然の栄養ドリンクみたいな認識をされる事が多い。有名所であればすっぽんの生き血を濃い目の日本酒で割って消毒しつつ飲むのは有名過ぎるだろう。

 しかしあれは「生き血だから出来る事」でしか無いという事実を忘れてはいけない。

 人間にとって栄養価が高いという事は、当然ながら雑菌にとっても栄養満点。通常はマクロファージやら何やらが入り込んだ雑菌をおシバキするので繁殖はほぼ不可能だが、生物が死んでしまうと血液中に酸素が行き渡らなくなり防衛機能は即座に停止、体の中に居た雑菌たちが一気に繁殖を始めてしまうのだ。

 それが生臭さの理由。「肉だから生臭い」のでは無く「肉に付いている雑菌だらけの血液が生臭い」のだ。本当に鮮度を求める場合、対象が死んでからその場で即座に解体し、念入りかつ素早い血抜きを行ってから、よく冷えた流水で流し続ける事で雑菌が最も繁殖しやすい「生温い」状態を最短で切り抜ける必要があるという。

「おいひいれふか?」

 もしくは今回のように爆速で仕留めて爆速で解体、その場でさっさと調理しなくてはならない。

「……美味しいよ。こんなに豪快に肉食べるなんて久し振りだ、ありがとうトリカ」

 僕の言葉に口周りを肉汁でベタベタにしたトリカトリがんふーと鼻を鳴らして柔和に微笑む。

 実際、世辞でも何でも無く美味しかった。筋肉質だからなのか滅茶苦茶硬いものの、奥歯で一噛みする度に濃厚な肉汁がじゅわりと染み出し、それは押し寄せる波のように舌の根の辺りから一気に口内に広がってくる。

 きっとこれは生前では味わえない。熊のような大型生物を狩れたとして、調理場まで持ち運ぶのに時間が掛かるし、解体作業なんかは慣れた人が行ったとしても相当掛かる。バラすのにはチェーンソーやエアーソーが必要な事も多く、そこから料理店に持っていく為に冷凍車に積み込んで冷凍。凍らせる事で微量ながらも更に状態が悪くなり………という様々な過程の末に食べるのだから、人外の力で熊をボコり、軽々と振り下ろした戦斧のような斧でガスンガスンと手際良く解体、その場でさっさと焼くなんて出来る訳が無い。熊と大差無いトリカトリだからこそ、生臭くなる前の熊肉が食えるのだろう。

 ………というかそもそも熊を簡単に仕留める事が難易度高過ぎるのだ。

 例えば熊を銃で撃ったとする。ヘッドショットには失敗したが、心臓を的確にライフルで撃ち抜いた。

 けれど熊は死なない。そんな事で熊は死なない。ゲームでは無いのだ、熊は心臓が動かなくなったとしても意識が無くなる最期の最期まで動き続け、何としてでもスナイパーを道連れにせんと、まさしく死にもの狂いで動き続ける。体力ゲージが端に到達した瞬間まるで電池が切れた玩具のように動かなくなるなんて普通に考えて有り得ない。頭か背骨を大きく損傷させない限り、熊は必死に動き回り、必死にこちらを殺そうとしてくる。ああ、文字通り必死なのだから当然だ。

「タクト様も『うにく』食べましょ『うにく』、頭馬鹿になりますよ。トリカはもう馬鹿なので何も気になりませんが、妙に小賢しいタクト様はこういう時ぐらい馬鹿になった方が良いですよ」

 僕向けにかなり小さく切られた熊肉のステーキをトリカトリが差し出す。それを見た僕は………ほんの少しだけ思案してから、すぐに意図を察する。

 ナイフを使って一匹分のウニをそこに乗せた僕は、目一杯に口を開いて「………あー」と呻いた。僕のそんな間抜けな姿に、トリカトリは日中に見たような満面の笑みで「あーん」とウニの熊肉巻きを僕の口に突っ込んだ。

 ズボンヌっと音が聞こえそうな感覚と共に口内にねじ込まれたかなり熱いそれを必死にぐむぐむと咀嚼すると、トリカトリが言っていた通り、とてもIQの低い味が口の中に一気に広がった。

 まず肉の味が頭悪い。塩すら振っていない大自然そのまま、獣感が果てしなく強い野性味溢れる……というか野性味しか無いその味に、僕の脳内からミニパルヴェルトが緊急出動、甲高い声で「胸焼け注意報だよブラザー!」と注意喚起を行うと共にけたたましいアラートを鳴らし始めた。かと思えば直後にウニの濃ゆい苦味と僅かな甘味がそれらを一気に払拭、バフンウニ等と比べて薄味だというはずなのに凄く濃く感じるその味に脳内のミニパルヴェルトが「ウワァーッ! ブラザァァーッ!」と叫びながらボシュゥゥゥゥ……と日光に焼かれる吸血鬼の如く消し飛んでいった。

 やがて辿り着くのは、肉の旨味とウニの旨味がミックスした完全なる大人の味。濃ゆい味と濃ゆい味とは大体喧嘩してしまうものだが、ふと頭を上げれば満点の星空をバックにミニパルヴェルトがキラリと歯を輝かせて笑っていた。………終わったよ、ミニパルヴェルト。勝ったよ。

「………どうです? 美味しい? お口に合いますか?」

 少しだけ不安そうに僕を見下ろすトリカトリ。いわゆるジビエ料理はかなり人を選ぶので、食べる事が好きなこのメイドは僕の舌に熊肉が合うかどうか心配なのだろう。

 だから僕は堂々とした真顔で言い放った。


「食い終わったらセックスしよう」


「頭悪くなり過ぎてません?」

 元よりどんな料理が出て来ても口を合わせるつもりでいた。

 何せトリカトリは身長三メートルを超える大柄な種族故、人間サイズに合わせられた台所ではまともに料理が出来ないと聞いていたのだ。それに加えてこの娘は基本が不器用だから、大方「ふわぁー焦がしましたぁーっ!」とか「焦げ過ぎて火事になって山小屋が燃え尽きましたぁーっ!」とかって辺りのギャグエンド一直線だと思っていた。何なら何もかもを焼き過ぎて山を丸々ツルッパゲにしてしまい後々魔王さんに説教食らうぐらいまで予想していた。

「………何だこれ超美味いな、マジで何だこれ。夢か? そうだな、夢かもしれない。オーケーミニパルヴェルト、出陣の法螺を鳴らせ。ズンドコズンドコ、ぷぉぷぉぷぉ〜」

「ああ………本格的に馬鹿になってしまいました。トリカがヌキヌキして差し上げる前に息を抜き過ぎてしまったようです」

 本来は牛肉のステーキと合わせるのが『うにく』の基本。適当にバターを引いたフライパンに一滴だけオリーブオイルを入れて良く広げる。そこに牛肉ステーキを乱雑に入れて焼き倒し、最終的にウニを乗せて食べるのが『うにく』の基本なのだ。

 しかしまさか熊肉でここまで合うとは思わなかった。というか言ったらトリカトリが熊をボコって来るとすら思わなかった。こいつ途中まで釣りって言ってたもん、完全に魚の気分だった。

「夢のような美味しさの後は、夢のようなおセッセにうつつを抜かし、疲れ切って夢の世界に飛び込むと、つまりそういう事だな」

「別に上手い事言えてませんからね? 何かそれっぽく言ってますけど別に上手くありませんからね? あとご奉仕は致しますがおセッセは致しませんからね? タクト様がそこの丸太ぐらいの巨根になったら求婚致します」

 少しだけハイになり始めている僕に「というかトリカもっと食べたいです、うにくださいうに」と冷静に言うトリカをガン無視、火が通って熱源から少し距離を取っていた小さめの肉を見繕い手早くウニを乗せ、

「うに、うに………うめ、うめ」

 数分後に「毒ガス訓練を始める!」とか言われそうな事を呟きながら貪り食う。味付けが無いはずなのに全然胃がもたれないのがマジで不思議だ。幾らでも食える気がする。

 熊肉だけだったらどんな味付けでも多分すぐに胃が死んでいただろうし、ウニだけでも飽きていたはず。つまり………あー米ほしー……。………帰ったらジズに『うにく』作れないか話してみよう。今度は熊じゃなくて普通の牛肉、ご飯山盛りで。

「……………………………この私を前にその態度、大変良い度胸にございます」

 微笑んでこそいるが一切の感情が感じられないマジの営業スマイル。僕は行った事が無いが、メイド喫茶のメイドさんはこんな感じでキモ陰キャを相手にするんだろうか。でもきっとキモ陰キャは気が付かない、楽しむ事に夢中なのだから相手の気持ちに気付くはずも無い。でなければ早口陰キャなんて存在していないはずなのだ。

「…………………………………」

 そんなような事を思いつつハラペコトリカを無視した僕が再び『うにく』をセットする。ちらりとトリカトリに目をやれば、冷徹な目で僕を見ているように思えて目線は完全に『うにく』に釘付け。試しに指で抓んだ『うにく』を八の字に動かしてみれば、トリカトリはよだれを垂らしながら八の字に目を動かす。

「あ、あ、……あっ、あっあっあっ」

 背部に乗せた貨物を落とさないよう低速飛行をする『うにく』をトリカトリの口元に近付けると、トリカトリは可愛い声で悶ながら小さく口を開く。

 ………食べもので遊ぶな? 馬鹿言ってんなよ僕はトリカで遊んでるんだ。

「滑走路に壁があり着陸不可。このまま旋回して待機する。………ぶーんぶーん」

「あー………。……………あっ、あーっ、あーっ!」

 僕の言葉にしょんぼりしたトリカトリが即座に言葉の意味を理解。両手を受け皿のようにしながら大きく口を開いて『うにく』を強く求めた。

 ………完全に『うにく』の事しか頭に無いトリカトリを前に、僕は少しだけ嗜虐心が沸き立つのを感じる。

 少しだけなら意地悪も許されるだろう。過度にならなければ友愛なのだ。

「………舌出して、トリカ」

「あーぇ………んぇあ」

「もう少し出して。…………舌の先を伸ばすんじゃなくて、舌の腹を押し出すイメージ」

「あぇ………んぉぇ………」

「おねだり出来る?」

「ぇぇあ、………くあはい、ひぉえくあはい」

 目一杯に舌を広げて『お口待ち』のようにおねだりをするトリカトリに最高にムラっと来た僕だったが、これ以上焦らすとどうなったものか分からない。「良い子だね、ご褒美あげる」とトリカトリの舌の上に優しく『うにく』を乗せれば、彼女は舌先を丸めるように使って『うにく』を口の中に運び込む。

「……………………」

 むぐむぐとそれを噛むトリカトリだったが、しかしどうした事か先程のような「んまーいっ!」という笑顔は見せなかった。一応ナイフを使ってウニの卵胞から棘の残滓を綺麗に取り除いていたのだが……と思考に入る僕の事を、彼女が「…………タクト様」と呼び止める。

「………………………スケベ」

 賢者タイムに入って自分が何をされたのか理解したのだろう。少し不貞腐れたような表情をしたトリカトリに、僕は反射的に「サーセン」と謝ってしまった。

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