4-6話【こんにちは、久し振り】



「おおぉ〜トトやぁ〜おいは寂しかったんじゃあ〜完全に仲間外れだったんじゃあ〜」

 少し前の馬鹿騒ぎ。その間にした馬鹿話に全く付いて行けなかった村長は、ふ、と目を向ければ部屋の角ですみ◯コぐらしのように小さくなって膝を抱いていた。それに気付いた僕らが村長を会話に入れようと顔を見合わせれば、横から玉藻さんに「構うな。付け上がる」と言われてハブんちょ確定。さてみんなでひたすら馬鹿話でもしてやるかと思った矢先、部屋の扉を開けたトトが元気いっぱいな声色で「準備出来たのよ!」と乱入して来た。

 その声にスローモーション気味に振り向いた村長は、孤独な涙で潤んだ瞳をキラッキラに輝かせながらトトにしがみついた。

「…………? パパトト何で泣いて───ちょ……パパトト邪魔なのよっ!」

 小さなウエストポーチを腰に巻いた小さなトトに、大きなガタイをした村長ことパパトトがしがみつく。眉尻を垂らしておひおひとしゃくり上げる村長が「しゃびしい〜」と泣き喚くと、しかしトトは「パパトトうっといのよ。あっち行くのよ」とそれを乱雑にべりっと剥がす。

「ああぁ〜トトまでぇ〜トトまでおいを仲間外れにしよる〜おいはこのまま孤独死してハエに集られるんじゃあ〜そして床板に等身大の油染みを作るんじゃあ〜」

「見た事も無いのに見てきたように言うでない。………船出の時ぞ、しゃんとせい」

 おひおひと低くしゃくり上げる村長を玉藻さんが諌めると、村長は「おひーんっ!」と一層大きな声で泣き出し始めた。玉藻さんは「……はあ」と小さく溜息を漏らすがそれ以上言うような事はしなかった。

「トト準備出来たのよ! さっさと行くのよ!」

「…………どこに?」

 腰のウエストポーチをご機嫌に揺らしながら僕らに向き直るトトに僕が疑問を返すと、僕の側に居たポルカが何も言わずに前に出る。

「トトちゃんはぼくと入れ替わりなんだよお。ルーナティアから書状を持った使者が来るまで、ぼくがこの森に居る手はずになってるんだあ」

「………そうなのか?」

「うん。最初から魔王さんに言われてたんだあ。これがぼくのお役目って感じかなあ。……まあ数日あるか無いかなんだけどお、しばしの別れだねえ」

 僕がポルカを見やると、ポルカは寂しそうに目元を歪めながらも懸命に微笑み、軽薄そうな感じで手をひらひらと振るった。ポルカの性格を鑑みるにこの場で抱き着いたり別れのキスをねだったりしてもおかしくなかったものの、どうやら本人的に何か思う所があるようでそれは我慢しているみたいだった。

「んーで! トトがトラポルタの代わりにルーナティア行くのよ! トト親善大使なのよ!」

 びょんこびょんこと飛び跳ねながらウエストポーチを揺らすトトに「ルカ=ポルカだからねえ。ぼくダンスは踊ってたけど俳優じゃあ無いからさあ」と言うポルカだったが、しかしトトは何も聞いておらず「長いお泊りだから準備してきたのよ!」と高いテンションで飛び跳ね続ける。

「にいにトトの女のいろはっていうの教え込むのよ!」

「え? 僕にイロハ……え、イロハ? 女装子じょそこにほへと? メスイキ連打でちりぬるを?」

 唐突なトトの言葉に僕が疑問符を浮かべれば、横から玉藻さんが「韻を踏むな。恐らく色香じゃ」と注釈を入れてくれる。

 ………色香。ああそういう事。良かった。危うくメスアクメしまくって理性ちりぬるをしちゃうのかと思った。そしたら僕はもうデスアクメするしか無くなってしまう。

「それなんだがトト。昨日は言えなかったけどさ……本当に済まな─────」

「馬鹿にい馬鹿だから馬鹿なのよ! その馬鹿にいに馬鹿な事言われてトトはショックショッカーショッケストだったのよ! だから昨日パパと玉ねえに相談したのよ! んでトトが一緒に居てべろんべろんに女の子見せ付ける事にしたのよ!」

 謝罪を口にしようとした僕の言葉を遮って一気にまくし立てるトト。唐突過ぎる内容を理解出来ずに居た僕が玉藻さんに目線を向ければ、玉藻さんは凛とした表情のまま「言葉通りじゃ」と僕に返す。

「だが断るッ! おいはずっとトトと一緒に居たいッ!」

「るーなてぃあとの和睦の証として、トトを送り出す事にした。親善大使という奴じゃの、そういうのがおった方が何かと都合が良い」

おいは嫌じゃッ! 断固として断るッ! トト昔パパと結婚するのよって言ってくれちょったもんッ!」

「この阿呆なら無視せい。良い歳こいて餓鬼の戯言たわごとを本気にしよる、子離れ出来ん馬鹿親じゃからの」

 おひおひと泣きながら玉藻さんの足にしがみついた村長が「ああぁ〜お玉あ〜おい寂しい〜」と泣き喚くと、玉藻さんは妊娠によりぽっこりと押し出されたおへそを指先でくるくると撫でながら、今まで見た事も無いような穏やかな顔で「お前にはこの子がるじゃろう」と優しく諌め始めた。

「二人目が産まれれば、どうしたって一人目からは手を抜きがちになるもの。新たなやや子にかまけてトトに寂しい思いをさせるぐらいなら、我らが寂しさに耐えてトトを送り出す方が良いじゃろう」

「でもお〜お玉あ〜おい寂しい〜」

「子供は風の子、元気の子。三年も経てば寂しさなんぞ吹き飛ばす程、やや子が元気に走り回ってくれようて。であればトトにも、風のように世界を走らせてやらねば不公平じゃろう?」

 それは傾国でも無ければ妖怪でも無い、純然たる母の顔。ぽっこりと出っ張ったおへそをくるくると弄ぶ玉藻さんは、しくじって死んだ身ではあるが新たな世界で幸せを見付ける事が出来たようで。慈母のような穏やかな微笑みをたたえる玉藻さんに、子供の存在というものはこんなにも人を変えるものなのかと感慨深くなる。

「ああぁ〜お玉あ〜その言い方はズルい〜」

 返す言葉が無くなってしまった村長に玉藻さんがくいくいと手招きをする。条件反射のように村長が立ち上がると、玉藻さんは愛おしげに毛むくじゃらの頭を抱き寄せた。

「妾は何処にも行かん。例え一時いっとき何処いずこかに行った所で、必ずお前様の元へと帰ってくるよ。どんな場所よりお前様の元が一等心地良いと知ったからの。何も心配する必要は無い」

 切れ長の凛々しい目を細めて村長の頭を撫でる玉藻さんに、僕は先程の思いを改めた。

 子供が人を変えるのでは無い。恋が人を変えるのだ。時に人を盲目にし、時に人間関係を壊す恋は、時に悪を善に生まれ変わらせる。深い愛恋あいれんにより産まれた子供は目一杯の愛と善を享受して、トトのような元気な子になり広い世界を駆け回る。

 おっひおっひと激しく泣き出す村長と、困ったような笑顔でそれを撫でる玉藻さん。

 その姿に過去を思い出した僕は、少しだけ………そう、ほんの少しだけ。親子の愛に羨ましさを感じた。




「大丈夫だよお。タクトくんはなあんにも心配しなくて良いんからねえ。ぼく絶対数日も無い内に戻るからあ、すぐにタクトくんに会いに行くからねえ」

 獣人族の集まる森の入り口。少し悲しげな声色で諭すようにそう言うルカ=ポルカに、僕は小さく溜息を吐いて「それもう三回目だ。何度言うんだ」と答えを返した。するとポルカは「何だか死亡フラグみたいでさあ」と返す。

「ほっだらフラグ回収してはよ死ねや。要らんねんお前。『ウチの人生』というゲームに於いてお前お邪魔◯よ以下の価値しか無いねん。消してもスコアにすらならん」

「ちゃあんとタクトくんの元へ帰って来て元気な赤ちゃんいっぱい産むからねえ。二人で新国家作ってルーナティアと敵対しようねえ」

「どんだけぷりぷり産む気やねんカイコかお前。近親交配は奇形だの内臓疾患だのクソ増えるで。ペットショップの犬の九割がブリーダーの無茶な交配で疾患持ちなん何も考慮しとらんじゃろお前」

 隙あらば僕ににじり寄ろうとするポルカを片手で制する光は「はよ失せえや立つ鳥跡を濁さずって知らんかお前」と若干苛立ちを見せ始めている。……そのことわざは僕に当てはめるべき言葉なのだが、ある意味ではポルカに擦り寄られる事で僕が跡を濁す可能性を孕んで居る訳だし、あながち誤用でも無いのかもしれない。僕がここから綺麗に羽ばたくには、ポルカがスッと僕を見送らなければならない。

 であれば、

「じゃあそろそろ行くよ。………トト、忘れ物とかは無いか?」

 僕がスッとここから飛び立つ意思を見せなければいけない。僕がもぎもぎしてるからポルカも割り切れないで居るんだろう、僕の問い掛けに「無いのよ!」と元気に飛び跳ねたトトの頭を優しく撫でる

「またな、ポルカ」

 背中に突き刺さる視線と思いを振り切って、僕は森の道へと歩き始めた。




 行きで通った森の道は、行きとは違って至極落ち着いたものだった。鳥のさえずりや虫の鳴き声、風が吹けば木の葉の擦れる音が聞こえる。

 行きの道中ではトトのゲリラ戦法に完全に振り回され、こんな些細な環境音の一つにすら耳を貸す余裕が無かった。それ所かメンタルをやられ始める程に衰弱し、ゲリラ戦法のエグさを身を持って味わう事となっていたぐらいだった。

 けれど今は違う。青臭い草花の匂いにすら意識を向けられる程、僕の心は余裕に満ちていた。

「そういやトトは着替えとかええんか? そんなちんこいポーチが実はドラ◯もんレベルの四次元空間に繋がってるとかあらへんよな」

「お洋服とかはルーナティアで買えって言われたよのよ」

「買うだけのぜにはあるんけ? 一式ぐらいならええやろけど、しっかり住むってなったら中々値ぇ張るでよ」

「足りない分は魔王さまに駄々こねろって玉ねえが言ってたのよ」

「ちゅーこたぁ大して金持っとらんのやな。………ええで、向こう着いたらウチがおぜぜくれたるわ。支給された銭がなんぼも余っとるけえ、幾らかトトに分けたるよ」

「ほんとなのよ!? ヒカルねえ優しいのよ! ありがとうなのよ!」

 心に余裕が出来ると視野が広がる。普段は見向きもしないような草花の香りを楽しめるようにもなるし、僕の背後をてこてこと歩く二人の会話に耳を貸す事だって出来るようになる。

 僕の背後でトトと楽しげに会話をする光からは、今回の旅路でポルカとしていたようなツンケンとした態度は何一つ感じられない。…………人の事は言えないのかもしれないが、光は子供に甘いタイプなのだろう。ルーナティアに呼び出された愚者が共通して貰える支給金をトトに分け与える約束をしている光からは、普段見れないような少しお姉さんぶったような発言が散見されていてとても新鮮に感じる。

「トトは飯以外には何か興味持っとる事あるんか? 可愛いお洋服さんだとかアクセサリーがどうとか」

「トトね、ピアス気になってるのよ! お肉屋さんのトトがね、お耳にでっかいピアス着けてておしゃれだったのよ!」

「うっわよりにもよってピアスかいな。服だのヘアピンだのバレッタだのならなんぼでも店ぇ紹介出来たんに、こんな若い段階からピアスに興味示すとか幸先不安やな」

 トトのびっくり発言に気後れしたような声色になる光。それを見て「ヒカルねえはピアスしてないのよ?」と疑問を口にするトト。

「ウチはピアスとかせえへんな。何か妙に興味湧かん」

「ママトトから貰った体に穴開けちゃうのは嫌だけど、トトはピアス気になってるのよ。……でもやっぱりやめた方がいいのよ?」

「別にええんちゃう? そういうんは良う聞くけど、トトがそれで満足出来るんならバッチバチに開けたってりゃええねん。体に傷とか言うてたらブランコから滑り落ちたガキなんざ膝小僧に土下座もんの傷ぅ作った事になってまうやろ」

「そうなのよ? 玉ねえは好きにせいって言ってたけど、パパトトは泣いてたから悪い事なのかと思ってたのよ」

「そんなもんは個人の意見じゃろ、学生が校則破って開けるとか接客業なんにトーピに変えんとかしとったらぶん殴られて然るべきやけど………むやみやたらに開け倒して周りん二度見されなきゃ別にええじゃろってウチぁ思うけどな」

「二度見なのよ? ピアス着けてたらトト見ちゃうのよ? わあピアスだあって見ちゃうのよ?」

「んやそういうのやのうてな。……んー、ウチがこの世界来る前に入っとった刑務所っちゅー所でな、リスカし過ぎて手首ぶらんぶらんなっとった女がってんけどさ」

「リスカ? リスカって何なのよ?」

「リスカっちゅーんは手首切る事言うねん。リストカットっちゅーてな、自分の意思で自分の手首切るねん」

「手え切るのよっ!? 痛いのよっ!? そんな事したらすっごく痛いのよっ!?」

 悲鳴にも似た、今にも泣きそうな声色で驚くトトに「せやな、中々痛いらしいで」と返す光。


 ………リストカットに関しては難しい所があり、安易に否定するべき事では無い。何ならそもそも触れたくない話題だ。

 どうしてリストカットを行うのかを確実に究明してから、それぞれの理由に応じた適切な対応を取らなければリストカットは容易に首吊りへと形を変えてしまう。


 リストカットを行う理由には幾つかあるらしい。

 一つ。自身では制御出来ないネガティブやポジティブの昂り、躁鬱の落差によって暴れ狂う感情を痛みによりリセットしたいと思うタイプ。

 二つ。リストカットによって流れる血を見る事で、自分の心臓が動いている事を視覚的に実感するタイプ。

 三つ。下唇の薄皮を噛んだり爪等を噛んでしまう自食症に近い依存性が過剰気味に発展しているタイプ。

 四つ。リストカットをする事で心配して貰いたいというタイプ。

 五つ。本当に死にたいタイプ。


 一つ目に関しては絶対に否定してはいけない。これは何らかの理由によって心の病に苦しんでいるからこそ、リストカットという行為に縋っている可能性が高いからだ。安易に否定するような無責任極まりない行為はゴミの所業だろう。

 二つ目も難しい。このパターンは何らかの理由によって「自分が生きてる意味が分からない」というような場合に起こりやすい。ゼノフォビア自死恐怖症にも似た強い死への恐怖や、生きる理由を求めたがるタイプに多い傾向がある。メメント・モリ死を思えでは到底納得出来ない、その人の根底にある理念が原因である可能性が高く、無責任な言葉で改善を狙うより投薬での治療の方が何億倍だって効果的だろう。

 三つ目は比較的治療がしやすい部類に入る。自食症はストレス性である場合が多く、ストレス環境下からの脱出さえ出来れば自然と改善へ向かう場合が多い。とはいえ爪の噛み癖のように慢性化してしまえば治らない可能性も秘めており、やはり適切なメンタルケアによる根気強い治療が大事だろう。

 四つ目。恐らくこれが最も難しい。リストカットが「構ってちゃんかよ」と呼ばれて軽視されてしまう要因はこれだろうけど、実際にはこれが最も軽視してはいけない可能性が高い。それはひとえに「何で心配されたいのか」が分からない事が挙げられるからだ。

 動画配信サイトでクソ程あった炎上系だの煽り系だの嘘系だのといった類いの「手っ取り早く注目を浴びる為」であれば他に目立つ方法を教え込んでやれば自然と頻度は減るだろうが…………孤独や孤立に苦しむものであれば話は別。「目立ちたい」と「構って貰いたい」と「心配されたい」は何から何まで別なのだ。しっかり「リスカなんてしなくてもずっと横に居るから」という意思を伝え、それを形で見せて納得させてあげる必要があるかもしれない。

 五つ目はもう無理だと思う。僕には助ける術も適切な対応も浮かばない。死にたいと思っている内はまだ良いが、行動に移し始めたらもうどうにも出来ない。何か価値観の変わるような転機でも訪れない限り、絶対に自傷行為をやめないだろう。第三者が出来る事は投薬治療とカウンセリングを勧めながら、横切りではなく縦切りにならない事をただひたすら祈るだけ。僕にはこれ以外に浮かばない。誰が何を言った所で行動は止まらない。


 ああ、だってそもそも僕は─────。


「せやから周りが「うわ見苦しっ」って思わん範囲でならピアスもリスカもなんぼでもすりゃええんよ」

「はえ〜」

「あとあれか、ピアス開けた自慢。あれむちゃクソダサいねんから、トトはピアス開けても自慢なんかしいなや。周りから「おん? ピアス開けたん?」って言われるまで黙っとくんやで」

「ピアス着けても自慢しちゃ駄目なのよ? トト、ピアス着けるようになったらみんなに自慢したくなるのよ。見て見てーって言いたくなっちゃうのよ」

「こっちゃからすりゃ誰ぞ彼ぞがなんぼピアス開けようが興味無いねん。開けたよー言われても「だから何なん?」としか思えんねん。………背中で語るんとはちょっちちゃうけど、あの手の銀アクセは自分から見せびらかすもんとちゃうやろ。偶然見た人んに「おぉ、ええなあ」って思われる程度に留めるんがいっちゃんカッコええねん」

「はへ〜。ヒカルねえ詳しいのよ〜。トトすっごい勉強になったのよ! ありがとうなのよ!」

「因みにこれ全部ジズの受け売りな。………んへへ」

 最後を締め括るその言葉は、恐らく前方を歩く僕に向けられたものだろう。照れ臭そうに笑う光を見上げながら「ジズ?」と疑問符を浮かべるトトに、光が「ジズってピアス女がんねんよ」と答える。

「左耳だけバッチバチにピアス開けまくってんけど、あいつ絶対に自分からピアス談義とかせえへんのよ。言ったら目の前にピアス開けたジズが居るはずなんに、ジズがピアス女なん忘れてまうぐらい自然に振る舞っとるねん。何ならフード被ってピアスごと頭隠す時も多いしな」

「トト分かったのよ! そういうのがさりげなさってやつなのよ!? 意識しないと気付けない感じのがアクセサリーで、意識しちゃったらその人自身の事も意識しちゃうようになっちゃうのよ!」

「ええやん、良う分かっとるな。トトお前中々センスあるで。褒めたる、おいでや」

 ざくざくとした感触の地面を踏みながら歩く僕の背後で「えへへぇ」という声が聞こえる。恐らくトトが頭を撫でて貰っているのだろうが、光にそんな優しい一面があるなんて知らなかった。

 口は悪いし態度も悪いし性格もねじ曲がっているが、それでも人並みの優しい心があるじゃないかと言いたくなったが、流石に野暮な気がした僕は片腕を広げて足を止めた。


「二人とも、止まってくれ」


 唐突に足を止めた僕の言葉に「んあ?」「にいどうしたのよ?」という声が聞こえる。それを無視して「そこで少し待っててくれ」と呟いた僕が数メートル程一人で前進すると、


「───おなかへった───」


 僕の意図を汲み取ったラムネ・ザ・スプーキーキャットが法度ルールを適応させてスケアリー化する。それを見た光が怪訝そうに「あぁ?」と唸りながら僕の元へと近付いて来るが、光は僕の隣で止まるような事は無く、すぐに僕を通り越していった。

 そのまま僕に肩口を見せるよう僕らの前方から歩いてくる三つの人影を睨み付ける。

 目を凝らさなければ見えないような小さな人影。それを見てルーナティアからの使者が早めに来たと思える程、僕は楽観主義では無い。

 であればルーナティア以外の国に所属しているものを真っ先に疑うのが当然。前回僕はほぼ単騎で敵国に向かったが、それは僕が無能だったからこそ許された事。視界の奥に居る三人の中には派手な鎧や剣に見えるものを腰に携えているものも居る。前回の僕とは違う。荒事の気配に可能な限り備えねばならない。

「あーなるア◯ルやわ。剣抜いとる奴もおるなぁ…………3on3スリーオンスリーやけどタクトどうするよ。今ならポルカや金玉呼べるで?」

「呼ぶ訳にはいかないだろ。ポルカは法度ルールありきって言ってたから事故が怖いし、玉藻さんは身重だ。今から後退したら反転する頃にはあいつらが村に来る。そうなったら玉藻さんやポルカだけしゃなく村人さえ巻き込みかねないよ」

 僕が光を否定すると「ほんなら勝ち筋はあるんけ?」と光は咎めるような声色で僕に問う。

「トトは高機動戦特化、ラムネは回避特化、ウチは………ウチは────最高速度でタイヤ回せん、カタログスペックだけのポンコツ。そんなメンツで勝てるとか思っとるんか? 一人全力後退して援軍要請ってのも無くは無いけどな、それやったら援軍来るまでの間で確実に二人の内ん片方死ぬで。………人海戦術って言葉ぐらい、タクトも聞いた事あるやろ。ハナっからダダ下がりしてみんなで叩き潰すんが賢明じゃろが」

「…………………っ」

 光の言葉に歯噛みする。返す言葉が何も無かった。

「自力で出来ん時ゃ他力に頼りゃええねん。無理なら無理って向こうが言う。したらそこで初めて頼るのを諦めるんやで」

 ぐうの音も無く言葉を失った僕に光が「まあでも一応どうするかだけはちゃんと聞いたるで」と言うと、背後から駆け寄って来たトトが僕の前に飛び出す。


「トト戦えるのよっ! ナメちゃ駄目なのよっ!」


 初代仮面ラ◯ダーが変身する時にも似た不思議なポーズで片足立ちしたトトがそう叫ぶと、そのトトの手元が白く輝き始める。かと思えばその白い輝きは長方形のように形を変え、昨日の道中で散々見た大剣へと姿を変えた。

「トト、にいぐらいなら守れるのよ! にいが逃げまくって時々ちょっかい出してくれるなら、トト二人相手でもちゃんと戦えるのよ!」

「…………トト」

 刃先が折れた歪な形の大剣でがづんと地面を鳴らすトト。両手で引きずるような体勢で大剣を構える小さな獣人族の娘は、その小さな背中よりも遥かに大きく頼もしく、とても力強い空気を纏っていた。

「…………で? どうすんね? 身重とパンピー込みの多対三にするか、それとも一人回避特化の二対三にするか。どっちゃが事故りやすいかタクトの頭で良う考えや。ウチはタクトに従ったる。その結果何が起こっても何も言わん。けど代わりに何が起こっても後悔すんなや? 事が済んでから「もしもあの時」とかブタみたいな事ぉのたまったら奥歯折るで」

 光の言葉に歯を食い縛りながら前方を見る。幸いにも向こうの三人も足を止めているようで、こちらの進退を窺っている可能性がある。つまり、考える時間はまだある。

「………………………」

 正直言って、今すぐにでも逃げ出したい。

 獣人の村に? 違う。ここでは無い何処かに、泣き喚きながら走って逃げ出したい。全てを投げて、逃げ出したい。

 だってどっちを選んでも悲しい未来が付きまとって離れない。それでもどちらかを選ばなければならない。

 何で僕がと叫びたい。何で光は僕に判断を仰ぐんだと責め立てたい。お前の方が絶対に戦闘センスがあるんだから、お前が僕を導いてくれよと喚き散らしたい。

 それでも光は僕に判断を仰ぐ。その意図は分からないが、光が荒事にはストイックな女なのは既に知っているから、きっとなにがしかの意味があるのだろう。

 思えば魔王さんも似たような事を言っていた気がする。あの女性は僕を動かす理由があると言っていた。僕が動かしやすいという理由、捨て駒としてでは無い他の理由。

 ………考えても答えが出て来ない。魔王さんが僕を動かしたがる理由と、光が僕に判断を一任する理由はきっと同じものだと思うんだけど、けれどそれが何なのか考えても答えが出て来ない。

「……………トト」

 僕が名前を呼ぶと、トトは「任せるのよっ!」と言いながら刃先の折れた大剣をぐおんと振り回す。がづんと派手な音を鳴らしながら砂利を飛び散らせたトトを見ながら、僕は「そうじゃない」とそれを抑える。

「トトは最初僕らに先制攻撃を仕掛けた。あれは村を守る為の、警備の一環なんだろ?」

「んあ? ……うんなのよ。トトが見張りして追い払うのよ」

「それは村長や玉藻さんから頼まれた事だったのか?」

「うんなのよ。パパトトから言われたのよ。………にい、それがどうしたのよ?」

 トトの問いに僕が答えようとした時、僕より先に光が「あーね」と口を開いた。そして呆れるような声色で「いやタクトそれは流石にヘタレ過ぎんか?」と聞いてくる。

「別に良いだろ。……………上手くやる必要なんて何処にも無いんだ。しくじらなければそれで良い。こっちはクソみたいなしくじりで一度死んでるんだ。二度も三度もしくじってたまるか、そんなもんクソ食らえ」

 鼻で笑うような光の言葉に少し苛立ちが篭ってしまったからか、光はしょんぼりとした声色で「んやまあ、それはそうやけどな……」と返す。

「どういう事なのよ? トト分かんないのよ! 仲間外れなのよ!」

「………簡単なお話やで。タクトは勝ちを捨てて負けない事を優先しただけや」

 光の言葉に「トト分かんないのよ!」と不貞腐れるが、僕的にはトトの反応の方が普通だと思う。

 光が荒事に対してストイックなのは重々承知の上だったつもりだが、たったこれだけの言葉で僕の考えを読み取るとは思わなかった。一を語るだけで十が鳴る心地良さに、僕は背筋がゾクゾクするような快感を覚えて止まない。


 こいつが味方で、心底良かったと思う。


「トトが村長に命じられて警備を任されてたって言うなら、そのトトが村を出るってなったら代わりのやつが警備を任されるようにらなるはずだ」

「…………それが何なのよ? まだ分かんないのよ」

「三対三で戦う。けど勝ちには行かない。全員回避特化で戦いながら、でもやたらと派手に立ち回るんだ」

「すっとそれを聞き付けた新任の警備が村に報告に行く。したら増援が来る。ポルカは知らんが金玉は十中八九混ざっとらん、しっかりした戦闘部隊が来る。…………三対三で戦ってて中々ケリぃ付かん状態、そこに向こうさんにガチの援軍が来よったとして、トトならそん時どうするよ」

「そんなの逃げるのよ。人数差は覆せないのよ。だからトトはにい達にヒットアンドウェイでウェイウェイして────────あ」

 トトが得心したように口を開く。

 ………これは既に一度やった事のある戦法。あの時は我を忘れたペール博士が相手で、援軍役はサンスベロニアの警邏隊だった。だがまあ今回も似たようなものだ。村に近い状態で戦うのは良くない。いざ争うとなった時、向こうの戦い方次第では非戦闘員である村の住人にすら被害が出かねない。

 もしも今回もペール博士が相手であったら別の作戦を考える必要があったかもしれない。誰が相手であっても同じ手が通用すると思ってはいけない。僕がやられた側だったら二のてつは踏まないと警戒するはずで、僕が警戒出来るような事だったら大抵の相手も警戒する。

 しかし今回の相手はペール博士では無いから、通じる隙は大いにある。

「ハナっから多対三やったら「それでも」言うて挑むやろ。乱交する時ゃ雑魚から狙うんが鉄則やからな、パンピーや妊婦でも容赦無く犯すしボテ腹蹴り飛ばして流産させに行く。せやけど同数対戦で試合が長引いて焦れとる中、向こうさんだけジャックポット引いたら流石に下がるわ。イーブン崩されんのが分かっとるんに居座るんはただの死にたがりや。そん時ゃ勝手に死なせときゃええ。殺して欲しけりゃ殺したる」

「ヒカルねえお口悪いのよ?」

「ほんとマジで言い方は悪いんだが………まあ、実際そういう事だよ。こっちは確変入ってラッシュタイムが来るまで無心で銀玉を溶かし続ける。確変が来たら勝ちだが、閉店まで耐え続けてもそれは別に負けじゃない。惰性で銀玉ぎ込みながら、相手が 777さんなな揃えないよう煙草の吸い殻でも投げて妨害してれば良いんだ」

 血飛沫が舞い散る戦場に於いて『負け』とは即ち『死』を意味する。死ねばもう二度と挽回の時は訪れない。友が靖国で待っていると叫んだ所で、後に遺すのは辛く悲しい歴史だけ。

 死んではいけない。今がどれだけ辛くとも、死んでしまえばそこでリールの回転は止まって二度と動かなくなる。君の人生物語は「結局耐えられずに死んでしまいました」で締め括られてしまう。悲しむものも居るだろうが、多くは嘲笑わらうものばかりだろう。

 しくじらなければそれで良いんだ。死ななければそれで良い。自ら率先して派手に活躍、歴史に名を残す必要なんて無い。生きていればその内勝手に全部帳消しに出来るぐらいのチャンス引き分けが訪れる。そこで黒字に出来るかは分からないけれど、少なくとも赤字分は取り返せるだろう。その時笑うのは誰でも無い自分自身。誰も嘲笑わらう事なんて出来やしない。

「任せるのよ! トトそういうの得意なのよ! ヒットアンドウェイでウェイウェイするのよ!」

「ウチもだいぶ気ぃ楽やな。今までずっと殺さな殺されるばっかやってん、たまにはヘタレスタイルも悪う無いで」

「きまったか? いじめりぇばいいな? いじわりゅすりぇばいいんだな? おちょくりゅれりょろるろろろろんな?」

 トトが折れた大剣を担ぎ直し、光が長ドスを白鞘から抜く。僕もラムネによじ登り「言えてないよラムネ。可愛いね」と舌足らずな相棒の体毛を握り締める。

 生前に『大成した』という勇者さまには大変申し訳無いが、生憎僕はヘタレなんだ。

 だから死ぬのは怖い。もう二度と死にたくない。そう思うからこそ、僕は最初から泥試合を狙う。

 二の轍は踏ませられないだろうが、それでもせめて一の轍ぐらいは踏んで頂くとしよう。



 ───────



「………どうやらわたくしたちがハズレを引いた事になりますわね。ニカさんの方が無事で良かったと思うべきか悩み所ですわ」

 今日日ファビュラスな姉妹ですらしないであろう大きく派手な金髪縦ロールを揺らしながら、その女貴族はゆっくりと嘆息した。

「俺はアタリだと思うけど」

 病的なストレスが窺える痩せた顔付きの男がそう答えると、ありふれたような顔立ちの男が申し訳無さそうな顔をしながら「荒事をアタリとか言うなよソラ」とそれを諌めるが、ソラと呼ばれた痩せ男は「何でだ?」と小首を傾げるだけで何も気にした様子は無い。

「俺にとってはどう考えてもアタリだよクレッド。けどお前にとってはアタリじゃ無いってだけだろ? 俺にとっては、お前にとっては、って。互いに異なる意思や持論は押し付け合うもんじゃないと思うけどな。あいつはそうなんだって言いながら、クレッドも笑ってれば良いじゃないか」

 何処からいつの間に取り出したのか分からない調理用の包丁を右手に握った痩せ男に、クレッドと呼ばれた男が悲しげに眉尻を下げる。

「ソラ、何でお前はそんなのばっかりなんだ。人が死ぬんだぞ、血を流すんだぞ。ソラはそれを黙って見過ごせって言うのかよ」

「黙って見過せとは言ってないよクレッド、笑って受け入れてくれって言ってるんだ。酒とかギャンブルとかゲームとか、お洒落お喋り時にはお仕事ってさ、人はそれぞれ好きな事があるじゃないか。それを聞いたら「へえそうなんだ」って言いながら笑って終わりだろ? なら俺にも微笑み掛けても良いじゃないかって話だよ」

 ソラの言葉にクレッドが「笑える訳が──っ!」と強く声を荒らげるが、言葉はそこで止まりかぶりを振りながら言葉を飲み込む。

 …………この手の話をソラにするのは時間の無駄だと経験で分かっている。ソラは生まれながらにして、共感能力や自分の動きが他者にどういう影響を与えるかを全く理解出来ない病の持ち主なのだから、そんな人間相手に倫理を説いても意味が無い。

 二人のその様子を見た金髪縦ロールの女貴族が「クレッド」と彼の名を呼ぶと、クレッドは悲しげな目付きをしながら「キャス……?」と女貴族を見る。

「クレッド、一つ覚えておくと宜しいですわ。この世には『言っても聞かない人』というのが何万通り越して何億とおりますの。武器を捨て敵意が無い事を示し話し合いの場まで設けて、それでも机を蹴り上げる人というのは幾らでもいるんですわ。クレッド、貴方はそれでも両手もろてを挙げてハグしに行こうとおっしゃいますの?」

「俺は………俺は………。…………それでも俺は、戦争なんて─────」

 キャスと呼ばれた金髪縦ロールの言葉にクレッドが弱々しく言葉を返すと、金髪縦ロールの女貴族は落胆したように「あらあら」と肩をすくめた。

「それでもと平和を謳った所で、貴方が犬死して、そいつらがわらうだけ。人を呪うなら自分の墓穴も掘っておくべきですけど、人を祝うとしても穴を一つ掘っておくべきですのよ。「余計なお世話だ」と腹を刺されてしまいかねませんからね」

 その言葉にクレッドが歯噛みしながら俯くと、それまで黙っていた問題児が遂に「おもろい事言うやん縦ドリル」と口を開き始めてしまった。

 クレッドに向かってご機嫌な声色で「よう聞け無責任優男」と言った光は、長ドスを肩に担ぎながら口元だけで笑い掛ける。

「お前がなんぼ「Hug me」「No War」言うたかて膨れ上がるんはお前の腹とち◯ぽだけやねん。叫びゃあ叫ぶだけお前の自尊心だの承認欲求だのは満たされるやろけど、お前がなんぼち◯ぽ膨らました所でウチらは全くイケへんねん。ある程度騒いで満たされよったら他は割り切らな後々後悔しか生まんねんで。それは見せる相手なんか居らん癖に包茎ち◯ぽの見た目を嫌がった中学生が自力でズルムケにしようとひん剥いた結果、痛みで一週間は泣き続けるのと全く変わらんのよ。風呂ん入る度に「ここまでしなくても良かった」っちゅーて後悔するんよ。ある程度カタく出来ればそれでええんにね。…………それはさておきウチなんの話しとったっけ」

 一気にまくし立てた橘光に、金髪縦ロールの女貴族は眉間をシワッシワにしながら目を閉じて何も言わない。悲しげな表情をしていたクレッドも「凄い人が居る……」と呟くだけで何も心に響いていなかったようだった。

 完全に話の腰をへし折った馬鹿女が「あれぇ? ウチ途中までかっこええ事言うとった気ぃするんけどなぁ」と小首を傾げるのを無視して、僕は「とりあえず、」とその場の主導権を取りに行く。

「………あんたらサンスベロニアの人たちだろ? 一応聞くけど、ここはルーナティア領だろ。何しに来たんだ?」

 僕がそう聞けば三人はちらりと目線を流し合って黙り込む。帝国が関わっているなら軍事機密に分類されるだろうし、流石に答えなんて貰えないかと思っていると、縦ロールの女貴族が鼻を鳴らすように溜息を吐いてから口を開いた。

「………荒事、ですわね」

「荒事? ルーナティアにじゃなくて、獣人たちの森に?」

 僕の問い掛けにトトが「させないのよっ!」と大きく吠えると、縦ロールの女貴族は困ったようにトトを見ながら「実際の所は、のお話ですの」と小さく呟く。

「受けためい自体は『獣人族の動きを把握しろ』ですけれどね……………実際の所は────」

「同盟か和睦か停戦協定か、結べんかったら何人かブチ殺して分からせて来いっちゅー所やろな」

 身も蓋も無い光の言葉に、縦ロールの女貴族が唇を噛んだ。

 ………ルーナティア国とサンスベロニア帝国はどちらも一人の王が全てを統括する独裁国家だが、ルーナティア国は体面上独裁国家を名乗っているだけでその実はただの民主主義国家に近い。王の座こそ力で奪い取ったというが、魔王さんは民の言葉を最優先に考え、その言葉通りに出来るよう尽力しているからだ。

 しかしサンスベロニア帝国は違う。一から十まで全て王の意向に則らなければ国家反逆罪として裁かれる。完全監視体制ディストピアでこそ無いものの、それでも秘密警察のような存在は国中に点在しているというから、意にそぐわない相手に対してどうするかなんて答えは一つだけ。


 従わないのなら殺す。それしか無い。


「本当は私だって争いたくはありませんのよ。けれど勇者として呼び出されてしまった以上、背負うものが出来てしまった以上…………躊躇えば民が死にますの」

 苦しげな声色で呟く縦ロールの女貴族が嫌がるように頭を振る。豪奢な金髪縦ロールが大きく揺れて、悲しげな表情が見え隠れする。

「殺さなければ殺されますの。生かす為に殺す。大を生かす為に小を斬り捨てると思わなければいけませんの。思えなければいけませんの。理屈なんて関係無い、感情なんて関係無い、理念なんてクソ食らえ。……………そんなもので民草の生活は楽になってくれねえんですわ」

 柄の長い長剣を構え直した縦ロールの女貴族がお嬢様口調を乱すが、しかしその縦ロールの女は、先程までしていまような悲しげな表情では無くなっていた。

 アニメや漫画やゲームで見たような、強い決意に満ちた表情。


「出来る出来ないでは無い。やるかやらないかでも無い」


 誰もが憧れ背中を追い掛けたくなるような凛々しく気高い女貴族は───、


「やるしか無い。だからやる。それだけですの」


 ───悪しきを挫き弱きをたすく、少年少女が心を震わす冒険譚の主人公。


 まさしく伝説の勇者そのものだった。



 ───────



「キャサリン・スムーズ・ペッパーランチと申しますわ。どうぞお見知りおき下さいましね」

 柄の長い長剣を持ったまま、ちょこんと片足を出した縦ロールの女貴族が名を名乗って小さくお辞儀する。それに合わせて「タクトです」「おりぇラムネ!」と僕らが名乗り返すと、キャサリンさんは「何があろうと、お名前永劫忘れませんわ」と柔和に微笑んだ。その笑顔に僕は今の状況を忘れ掛ける。


「────────シッ!」


「──────にゅあァうッ!」


 しかしその毒気を抜かれたような気がしたのは僕だけだったようで。

 鉄靴てっかで地面を擦りながら膝を折ってダッキングするように肉薄してくるキャサリンさんに、ラムネは上半身を逸らすように動かしながら猫手を横に振るって薙ぎ払った。

「お退きなさいッ!」

 横から迫り来る巨大な猫パンチに向け、ぐるりと回転するようにキャサリンさんが長剣を動かす。一切の躊躇いを持たないラムネの攻撃を、その妙に長い柄の石突の部分を乗せるようにしながらぐるんと側転して回避したキャサリンさんは、

「御免ッ!」

 詫びの言葉を口にして、腕を返すようにラムネの手の甲に斬り掛かる。その動きにラムネが「にゅっ」と呻いて手を上げてそれを回避するが、

「下がれェッ!」

「───ッ! ちょうっ!」

 絶叫した僕に応じてラムネが飛び跳ねるように後退。するとそれまでラムネの胸があった部分を、キャサリンさんの長剣が横薙ぎに一閃していった。

 腕を持ち上げたラムネのその腕の下。ラムネの目線からはちょうど死角になる部分を通って入り込んで来たキャサリンさんは、そのまま柄の長い長剣の石突を向けて駆け抜けて来る。

る必要は無いっ! 避けに徹してっ!」

 僕の言葉にラムネが「んいっ」と力強く返事をすれば、少しずつ後退りしながらも要所要所で猫パンチを行うラムネに、しかしキャサリンさんも一切引く事無く見事にいなしながら前進し続けていく。

 まるでワルツでも踊っているかのようにくるくると回りながら長剣を振り回すキャサリンさんは、一見すると冗談みたいな戦い方にしか見えない。

 けれどラムネの鋭い爪を弾く際に伝わって来る重い衝撃を見るに、遠心力を乗せたその一撃は驚く程に重厚だった。

 加えてその妙に長い柄。最初は何の意味があるのだろうかと思いもしたが、その長い柄の先端を使った攻撃は盾持ちの剣士がゼロ距離時にするシールドバッシュと似た役割を担っているようで、

「にぇあっ!」

「くっ───つぁッ!」

 じりじりと下がるラムネが放つ猫パンチ………その猫手の手首の辺りを石突でどついたキャサリンさんは、そのままの流れで急接近する。それをラムネが反対の手でいなしながら再び距離を取って行く。

 …………キャサリンさんの持つ長剣は、回転している時以外は常に剣先が下段に向いている。それはつまり対角線にある石突の部分は斜め上に向いているという事になる。

 長剣の弱点はその長さだと言われている。おびに短したすきに長し。剣と言うには長く、槍と言うには短いその微妙過ぎる射程が長剣の弱点だが、その長さ故の取り回しの悪さ、剣なのに肉薄戦闘が苦手という欠点を長い柄の石突を駆使して誤魔化しているようだった。

 そして踊るように回転するその立ち回りも、長剣の駄目な所である半端な射程を誤魔化すのに一役買っていた。

「ずゥェェェァアア───ッ!」

 女貴族がして良いものとは思えない野太い雄叫びと共にぐるんぐるんと長剣を振り回すキャサリン・スムーズ・ペッパーランチ。右に回って左に回って、かと思えば上段から袈裟斬りが飛んで来ては再び左に回って、と思えば下段から斬り上げが振り抜かれ。半端に射程がある割に槍と違って『戻し』が遅い長剣の、その重さを活かす為だろう遠心力と慣性の法則を駆使した立ち回りは、一撃一撃が妙に重い。

 しかもかなり速いと来た。その場で片足立ちしながら「シェァァァァッ!」とか叫んで独楽のように超速回転する緑色の主人公程では無いものの、横回転のみではない縦横無尽な斬撃をリズミカルに繰り返すキャサリンさんは、鉄靴の爪先を使って器用に回転する度に僅かずつながら速度を増している。

 速度が増すという事は遠心力と慣性が乗って剣戟が重くなるという事であり────、

「───んにぁあうッ!」

 噛み付くか猫手で叩くぐらいしか攻撃手段を持っていないラムネが、噛み付く所か触れる事すら躊躇わられる状態になったキャサリンさんに、苛立ち混じりの呻きを上げる。猫じゃらしでおちょくり過ぎてラムネが不満を覚えてしまった時によくあるこの呻きは、目の前で動き回る獲物を中々捕まえられなくて派手にイライラし始めている時のもの。

「…………………くっ。……ラムネっ、下がろうっ」

 ラムネの背から僕が指示を飛ばすと、ラムネはすぐに大きく跳躍。後方へと下がる。

 ラムネは僕の言葉を信頼してくれている。僕からすれば大した事が出来るでも無い癖に口だけは達者な指示厨のようで嫌なのだが、そんな僕の言葉をラムネは全心から信頼してくれている。曰く「げぼくのがあたまいいからな」との事らしいが、


 ───だから下がってどうするんだよ、何も学んで無えなお前は。


 誰かの声が聞こえた気がした。僕の声とそっくりな、僕では無い誰かの声。この場に僕は僕一人しか居ないはずなのに、けれど僕の声は確かに僕の鼓膜を震わせた。

 …………どうも何も、どうする事も出来ない。手段が無い。手数が足りない。ああ何かしばらく前にもこんなような展開になっていた気がするな。

 下がった所で再び距離を詰められるだけ。それを繰り返せば、いつか獣人族の村まで押し込まれてしまう。或いは苛立ちに思考を飲まれ、判断力が欠如したラムネが傷を負う可能性もある。そうなったら蟻に巣を作られたつつみの如く一気に決壊する。少しずつ押されながらも何とか耐え続けているという今の現状は、ラムネが無傷であるからこそのもの。ふらふらと安定しない天秤を指で突かれたら大きく揺れるのは馬鹿でも分かる話。

 ────厳密には止める手段はある。キャサリンさんの攻撃を止め、ラムネが攻撃に回る隙を作る手段は、一つだけ浮かんでいる。

 踊るように回転しながら繰り出す斬撃。回る度に威力を増していく攻撃手段は、一度軌道に乗ったら止まらないのかもしれない。しかしそれは単純過ぎる手段で瓦解する。

 動力を断つ以外の手段で回転する歯車を止める方法なんて単純。馬鹿でも分かる。回転するギアに何かを引っ掛けて噛ませてしまえば良い。

 くるくると踊る度に威力と速度が増していくとしても、長剣に何かを引っ掛ければ回転は止まる。

 けれどそれが出来ないんだ。ラムネの爪を引っ掛けて止めようとしたとして、少しでも剣先が滑ればその瞬間ラムネの爪は指から斬り落とされて吹き飛ぶだろう。これが剣の達人とかだったら上手く指削ぎを阻止出来るような感じで戦えるのかもしれないけれど、ベースが猫であるラムネにそんな事を願うのは無茶が過ぎる。

 相手が悪い。……いや、そもそも相手もクソも無い。ラムネは直接戦闘に向かない。機動力を活かしたゲリラ戦法ならともかく、正面衝突には一切向かない。


 ────馬鹿かお前は。なら何で光の言葉を素直に飲まなかった。


 間抜けも良い所だ、あの時素直に下がっておけば、と思った所で僕は大きくかぶりを振る。

 危うく後悔しそうになった。

 いや後悔なんて無い。これで良いんだ。ここで僕らが派手に防衛を続ける事で、それを見た獣人族の警備員が状況を村に伝えてくれるはず。根拠なんて何一つ無いが、ケツをまくって下がって玉藻さんやポルカ、無関係な非戦闘員に飛び火するリスクを背負うぐらいならここで僕らが耐えている方が絶対に良いだろう。

 良い。その方が良い。信じろ。信じるしか無い。お前に出来る事なんてその程度だろう。

「……………埒が明きませんわね」

 と、呆れたような声色でキャサリンさんが小さく呟いた。

 それまではラムネが距離を取ろうとする度、即座に追撃を仕掛けて来ていたのだが今回はそうでは無かった。

「………呼び出されてからこっち、思い返せばこんなのばっかりですわね。クソのソラ然りゴミジェヴォ然り貴方然り、一思いに取る手段があるでしょうに何故か半端に生かそうとする。全く腹が立ちますわ」

 下げた長剣に惑わされてはいけない。苛立たしげに鉄靴の爪先で地面を叩くキャサリンさんは、いつだって攻撃に転ずる事が出来る。二本の足が地面に付いている限り、自分が地面を蹴れる状況である限り、この人にとって棒立ちは棒立ちでは無い。

「どうしてらないんですの? どうして変に生かそうとするんですの? ひょっとして貴方『暗殺や毒殺は卑怯だ』とか言っちゃうタイプですの?」

 不機嫌そうに眉根を寄せながら早口で言うキャサリンさん。こっちは攻め手が足りないから防戦一方だったつもりだったのだが、キャサリンさんにそんなものは関係無い。僕はラムネの背に乗っているから忘れがちだが、正面から見たラムネの顔はスプーキーほんのり怖いでは無くスケアリーマジ怖いなのだ。パッと見だけなら攻撃性の塊に見えるラムネが、しかし攻撃に回って来ない事を訝しみ苛立っているのだろう。

 だからって「いやぁ実はこっち出来る事無いんすよねぇ」とか言える訳が無いが……………そうだな、そうだ。決めた。


 ………こういう時は喋るに限る。相手が剣先を振り回すなら、僕は口先を振り回してやろう。僕の武器はこれしか無いんだ、これを使って時間を稼ごう。勝ちに行く必要なんて無いってのは他でも無い僕の言葉じゃないか。


「………上杉長尾謙信だっけ。火縄で撃っても矢で射抜いても小太刀で斬っても相手が死ねば死だから好きな武器で戦え、っていうやつ」

 僕の言葉にキャサリンさんの眉がぴくりと動く。しかしキャサリンさんは黙ったままで何も言わず、攻めて来るような事も無い。それを「喋っていて構わない」という意味だと受け取った僕は「あれ至言だと思うんだ」と言葉を紡いでペラ回し続ける。

「剣で斬っても槍で突いても弓で射抜いても同じなら、毒を盛っても首を絞めても嘘を吐いても同じだと思うんだ。正面からでも背後を取っても寝込みを襲っても、勝てば勝ちじゃんって。戦の基本とか言って夜討ち朝駆けしておきながら毒は盛らない、とかさ。そんな理屈は通らないよね。一度殺してるなら二度殺す事に躊躇いなんて覚える必要無いよなって思うんだ」

「………ええ、まさしく。だったら最初から殺すなというお話ですものね。戦だ何だと言いつつも、やっている事は規模の大きな殺し合い。その人その人に流儀がある事は存じておりますが、流儀に酔って出す手を惜しんでいる間にも民草は飢えと税に苦しんでおりますのよ。戦争条約なんてクソの価値もありません、如何なる手段を用いてでも世界から『敵』を消さねば本当の平和なんて絶対に訪れませんの。今日の平和は今日の平和でしかありませんからね、『今日が平和だから明日も平和』だなんて夢物語で民の暮らしは楽になりませんのよ」

「あぁそれ耳が痛いな。僕も生前……死ぬ直前ぐらいかな。根絶したはずの流行り病が到底納得出来ない下らなさ過ぎる理由で再流行してね。デーモン小◯閣下の『戦慄のド◯ドナ』を思い出したよ。流石は早稲田出てるだけあるよ………唐突に世を忍ぶ仮の姿を取り去ってお母さんガチで泣かせたらしいけど、その先見の明には感嘆するよ。流石はデ◯モン閣下だ」


「なら真面目に戦えクソガキ」


 低くドスの効いた声色に、僕は思わず指が震えた。無表情だけは何とか維持出来たが、針よりも細く僕を射貫いぬくその眼光の鋭さに背筋がゾワついた。

「時間稼ぎなんか要らねえんですのよ。殺すならさっさと殺す、殺されるならさっさと殺される。どちらも出来ないっつーなら黙って震えてろですわ」

 攻撃性の塊のような言い分だったが、しかしそれもまた至言。出来ないのなら黙っていろ、というのは世界各国ありとあらゆる事柄に言える話だった。

 ラムネの背から降りていたら今頃喉笛を噛み切られていただろうと思える程に苛立つキャサリンさんに、僕は負けじと口を回し続ける。

「何かに付けて「クソゲー」としか言えない脳足りんに「じゃあお前が作れ」って言うような感じかな。作れねえなら黙って指咥えてろってやつ、たまにあるもんな」


「分かってんなら────」


「二つ気に食わない事があるんだよ」


 鋭い犬歯を剥いて吠えんとするキャサリンさんの言葉を遮って、僕は堂々とした口調を意識しながら言い放つ。

 これはこの女性に言いたい事。この人の言い分を聞いて、納得出来なかった部分。時間稼ぎも兼ねてるが、言わねば気が済まない。納得出来ない。

 激昂を遮られた事でキャサリンさんの眉間にシワが寄る。真正面から鋭い目付きを見ていればビビってオシッコ漏らしてしまいそうな僕は、そのシワを見詰めるように意識しながら喋り出す。

「まず一つなんだけど…………お前いつ僕の年齢知ったんだよ。愚者や勇者は『最も幸せだった時期』を参照してこの世界に呼び出されるって聞いたぞ。越した冬の数が年齢だったら今の外見イコール年齢じゃ無えだろ。憶測で人様にクソガキとか垂れてんじゃねえぞクソババア」

「──────────ッ」

 歯噛みする音が聞こえる。ちりちりと肌を焦がすようなその怒りは、図星を指摘された事へかクソババアと謗られた事へか、或いはそのどちらもなのか。

 気を抜けばオシッコ所かうんこすら漏らしかねない強い殺気を、ラムネの首元の毛を握る事でグッと堪える。何かあってもラムネが即応してくれる。ラムネ頼りになる事はいつまで経っても不甲斐無いと思うが………ああ、うん。頼っていて断られていないなら、存分に頼らせて貰おう。断られたその時初めて、頼るのをやめれば良い。

「もう一つ。…………あんた戦争は好きか?」

 僕の問い掛けにキャサリンさんが「あぁ?」と低く呻く。その声だけでキャサリンさんの気持ちは察せたが、僕は煽るように「民が死にまくるのは好きか? 開戦に伴った増税と徴兵でどんどん飢えて苦しむ姿は好きか?」と続けると、キャサリンさんは「ハッ」と鼻で笑う。

「好きな訳がありませんわね。……………で? それが何だとおっしゃいますの?」

「僕の座右の銘みたいなもんでさ。理念の一つなんだけど、『上善水の如し』って言葉があるんだよ。孫子だか孔子だか老子だか忘れたけど、どんな大岩でも波を分けて流れ行く水こそ最も尊敬すべきだって言葉でさ」

「だからどうしたんですの」

「勝ちを捨てて引き分けを狙うような立ち回りが僕の理念だっつってんだよ。けどあんた僕に何て言った? 真面目に戦えクソガキ、だったっけ? 僕の理念ガン無視して自分の理念押し通そうってか。笑えるじゃん────」

 少し躊躇った。けれどその躊躇いはほんの少し。僕はもうこの女性に遠慮しない。

 する必要が無いって、喋りながら僕はそれに気付いたんだ。


「────だから戦争が無くならねえんだよ。あんたみたいなのが力任せに押し通ろうとするから、ぶつかり合って周りに飛び火するんだよ。取れるのに取らねえとか言ってんじゃねえ、民の命を背負わない選択肢だってあったのに、それでも背負ったのはお前の意思じゃないか」


「─────────────」

「設けられた話し合いの場。用意された机と椅子。相手の意見を聞かず「真面目に話し合え」って相手を脅しながら蹴り飛ばしてんのはお前だよ。お前みたいなのが居なくならねえから、割れたコップの片付けで周りの人が怪我するんじゃないのか」


 そこまで言って、僕は鼻から長く息を吐いた。ここまで誰かにイキり散らしたのは初めてだったから、流石に少し息が苦しかった。けれど言いたい事は全て言えた。気に食わない部分は吐き出せた。

 目だけで周りをチラりと見渡せば、そこそこ距離の離れた位置に居るトトも光もまだまだ戦闘中のようで。あの二人が相手に勝てれば僕とキャサリンさんの拮抗も崩し得る。それまで僕は適当にペラ回したり逃げ回ったりしながら時間を稼げば良いし、あの二人が勝てずとも負けさえしなければいずれ騒ぎを聞き付けた獣人族の誰かしらが村長に報告をするはずだ。そうでなければ困るが、自分が住む村の近くでドンパチが行われていれば流石に報告の一つ二つはするだろう。

 まだまだ口を回せそうな雰囲気にキャサリンさんを見直せば、彼女は「……なるほど」と呟き纏っていた殺気を一気に解いた。

 それまで焼き焦がすように皮膚を刺していた殺意が一気に消え失せ、肩の荷が下りるような感覚がする。

 しかし戦意喪失を疑うには至らない。彼女はまだ長剣を鞘に戻していない。その証拠に、毅然とした強い目付きで僕を見たキャサリンさんは「これはただの偶然なんですけれども、」と口を開く。

「クレッドと、ソラと、私。ちょうど三人、善悪偽善で三拍子揃っておりますの。どれだけ行っても優しさを捨てられない善人のクレッドと、自分にとっての善しか考えられない根っからの悪であるソラに、何だかんだと綺麗事を言いつつ結局殺す事しか選べない偽善者の私。…………最初は何でこんな二人と組まなければならないのかとキレ散らかしたものですけれど、思い返せば面白いトリオになったものですわね」

 長剣を下げたままで呆れたように肩をすくめるキャサリンさん。目を閉じ少しだけおどけるようにしながら言葉を紡ぐその姿は、しかし妙な緊迫感がまとわり付いていて気を抜く気にはなれなかった。

「下手な悪より偽善が一番面倒臭いんですのよ。善を謡う偽善者は、自身が偽善だと知った途端に悪へ堕ちる事を躊躇わなくなる。加え、元から悪だった悪人より、元は偽善だった悪人の方が半端に善を知ってる分よっぽど厄介ですの」

「…………割り切って今から悪に堕ちるって?」

「少し違いますわね。だけど吹っ切れましたわ。………思いは揺るがない、願いも変わらない。けれどそれに向かって進む立ち居振る舞い方を変えますわ」

 凛々しい顔付きになったキャサリンさんが長剣を固く握り直す。と思えば肩の力を抜いたように目を細めて微笑みながら、


「───もう一人わたしが居たら良いのにね───」


 お嬢様口調なんて何処にも無い、心底からの本心。自らの思いをを世界に向けて宣言したキャサリンさんは輪郭がブレるようにぐにゃりと歪む。ブレた輪郭はすぐにもう一人のキャサリンさんを形作り、二対の双眸で僕を睨み付け────、


「「私はもう、独善である事すら躊躇いませんわ」」


 傾き掛けていた天秤戦況を、彼女たちは容赦無く蹴り飛ばしに来た。





 ────── キャサリン・スムーズ・ペッパーランチ ──────



 彼女は元々名家の貴族として産まれ、非常に厳しい躾を受けながらペッパーランチ家の次期当主として育てられた。

 遊ぶ時間があったら少しでも寝て疲れを癒やしたいと思える程に厳しい躾に、幼い頃のキャサリンは幾度と無く涙を流した。しかしキャサリンの父は実の娘がどれだけ涙を流したとしても手を緩める事は無く、現代では性的虐待に当たるような行為ですら『躾』や『罰』と称して躊躇い無く行った。

 その甲斐があったのかは定かでは無いが、成長したキャサリンは国内でも有数の実力者としてその頭角を顕にし始めた。元々ペッパーランチ家の立場は小爵Viscountだったが、当主を継いでからのキャサリンが成し遂げた様々な配慮、政策、戦果によって、晩年のペッパーランチ家は異例の候爵Marquisまでのし上がるに至った。

 それだけを聞けば幼少期に受けた地獄のような期間が功を奏したのかと思えるが、実際にはそういう話では無い。キャサリンが心身共に強くなった切っ掛けは───国王陛下や女王陛下の目に留まるに至った理由は別にある。

 それはキャサリンが十八になる誕生日の事。舞踊のように舞踏のように、まるで踊るように見せながらも力任せに長剣を振り回すキャサリンの話を聞いた女王陛下は、彼女の生誕を祝うと共に、その剣舞を一目見たいと城へ招待した。キャサリンは決して野心家という訳では無かったが、女王陛下並びに国王陛下の目に留まって権力を得る事が出来れば、もっと多くの民を助ける事が出来るようになるとしてその招待を二つ返事で受けるに至った。

 特に気負うような事もせず馬車に揺られて領地を離れたキャサリンが、後は女王陛下の待つ城の扉を開くだけというその瞬間。早馬が火急の報せを持ってキャサリンの元へとやって来た。

「小爵様ッ! おっ────お父君がッ!」

 城の扉を今押し開かんとしていたキャサリンに泣き叫ぶように言ったその者の言葉に、キャサリンは愕然としてしまった。

 早馬から降りた伝令の言葉を要約するなら、以前からペッパーランチ家と関係の悪かった近隣の男爵Baronが、キャサリンが領地を出たその隙を突き、キャサリンの父を人質にキャサリンの首を要求してきたという。

 その男爵は昔からその一帯を治めていた豪族のような立ち位置だったのだが、年々税率を上げて一帯の村々に飢えを強いていた。それが気に食わなかったキャサリンは過去にその豪族の当主の顔面をついカッとなってぶん殴ってしまった事があったのだが、それが因縁となったのか豪族はキャサリンの父を人質としてキャサリンへの復讐を図った。

 首が取れれば小生意気な小娘は居なくなるし、場合によっては自身の成り上がりにも繋がる。仮にキャサリンの首が取れずとも人質を使えば何らかの利益やアドバンテージを得る事が出来ると暴挙に至ったのだろう。

「………………………っ」

 キャサリンは悩んだ。父の事は好きでは無い。まだ幼い自分を、躾と称した性的虐待で散々弄んだのだ。鞭だの蝋燭ろうそくだのとで痛め付けられた体は、思い返すだけで全身がヒリヒリと痛むぐらい心に大きな傷を作った。幼かった自分の処女を、暇潰し感覚で破り捨てるようなクソ野郎が死んだ所で何のダメージにもならないし、自身の立場が変わる訳でも無ければ、むしろその男爵に悪評が付き纏うだけでしか無いだろう。殺したければ殺せば良いだけの話だ。

 けれどキャサリンは悩んだ。悩んでしまった。

 見捨て切れなかった。それでも父は父だと思ってしまった。

 当主を継いでからの父はまるで牙が抜けたかのように穏やかに過ごし、口を開けば「済まなかった」と詫びるような老人になっていたのだ。もはや父に裸を見せる事すら躊躇わなくなっていたキャサリンは、十九の誕生日を迎える直前になっても時々父と一緒に風呂に入る事があるが、キャサリンは痩せこけて骨の浮いた丸い背中を洗う度に「……父様、昔と比べてお体が小さくなりましたわね」と呟いていた。父がお返しにとキャサリンの体を洗う際、その乳房や秘処に近い場所に指が触れる事があっても、父は申し訳無さそうに「痛かったろう、キャス。済まなかった、もう二度とする事は無いから、どうか………どうか安心しておくれ」と涙を流すだけでそれ以上の事は絶対にして来なかった。

 …………かつて父が自分に押し付けた恥辱の限りを赦す気は無い。どれだけ謝罪した所で「初めてを父に奪われた女」というレッテルは自分の中から消えないのだから、その怒りが消える事だって無い。

 けれどキャサリンは優しい娘だった。尊大な口調や豪奢な縦ロールから勘違いされやすいが、キャサリンは本当に心優しい、本物の女貴族だった。その優しさは「捨て猫や捨て犬を見捨てられず、自身の小城の中に七十二匹の猫と三十四匹の犬を飼っている」程である。過去に酷い性的虐待を受けたからこそ、同じような苦境に喘ぐ万物を見捨てる事が出来ないのがキャサリン・スムーズ・ペッパーランチという女貴族であり、だからこそかつて自らを恥辱と汚辱の底に沈めたような男であっても────彼女は見捨てる事を躊躇った。

 だが父を人質に取った豪族かぶれの男爵に対してキャサリンが苛立ったのはそれだけではない。


「またあのブタか…………気に食わねえですわね」


 キャサリンは負けず嫌いと呼ばれる部類の女だった。…………厳密に負けず嫌いというと少し語弊があるのだが、キャサリン・スムーズ・ペッパーランチという女は、言ってしまえばやられたら絶対にやり返すタイプの女貴族だったのだ。

 十回殴られたら十一回殴り返す。殴っている途中で指の骨が折れようとも殴る事を止めない、まさしく鞭のように鋭く拷問のように熱い女。それがキャサリンだった。


 しかし、である。


 しかし今のキャサリンの眼前に立ち塞がる大きな扉の先には、自身に興味を持っている最高権力者が待っているに。

 最初こそ女王陛下は怒るかもしれない。直々の招待をドタキャンしやがったと怒り狂うかもしれない。けれどその背後にある理由を知ったら、土壇場で領地へ帰るに至った理由を知ったらその日にでも許されるだろう。だから父を救うついでにアホタレの顎をぶち砕いてやっても大した問題にはならないはずだ。


 けれどキャサリンは父を見捨てた。


 早馬からの伝令を聞かなかった事にした。早馬に再三呼び止められたが、キャサリンは陛下たちを前に他に優先する事など無いと突っぱねたと、そういう事にした。


 結局、父は死んだ。田舎のローカルスーパーの社長のような偉いんだか偉くねえんだか良く分からない立場の男爵によって、その首を斬り落とされて死んだ。

 後々その話は女王陛下の耳に入り、女王陛下はいたく悲しんだ。自分が権力者だという事を忘れていたと、書状に「必ずしも私の事を優先すべきではありません」と書き記す事を忘れていたと、女王陛下はいたく悲しんだ。自分の権力のせいで、キャサリンは父を救う勇気が出なかったのだと嗚咽を噛んで涙を流した。

 そんな女王陛下の涙を見て、国王陛下はキャサリンに命じた。その男爵に、それ相応の報いを与えよと。

要するに「ぶっ殺して来い」という勅命だった。

 しかし陛下に言われるまでも無く、キャサリンは既に行動に移していた。破城槌で男爵が居る城門を粉砕したキャサリンは単騎で城内に突撃。返り血を浴びる事なんて何も厭わず、立ち塞がる全てを鎧ごと力任せに斬り殺していった。

 その後、城内にあった食料品は全て近隣の村々に分配し、調度品等の金になるものは全て行商人に売り払った。残ったのは金にならない金・・・・・・・だけだったが、その金を使って食品や農具、雌牛や雌鳥を買ったキャサリンは同じように近隣の村々にそれを分配し、少しでも早く無辜むこの民が笑顔になれるようにと手配した。

 それを聞いた女王陛下は、今度はキャサリンの住むペッパーランチ家まで自ら赴いた。一切のアポイントメントも無くやって来た女王陛下にキャサリンは驚きの余り鼻水を吹き出してむせ込んだが、女王陛下は「次は自分から行くと決めていた」と純白のハンカチでハナタレキャサリンの顔を吹いた。

 かくして、当時小爵だったキャサリンは一段飛ばしで候爵まで爵位を昇格するに至ったのだ。


 けれどキャサリンには分からなかった。何が正しかったのか、どういう選択をしていれば良かったのかが未だに分からなかった。

 キャサリンにとって優先すべきは高々肉親の一人では無く、国を統べる最高権力者の言葉だと、誰あろう肉親からそう教え込まれていたのだ。キャサリンはそれを教わった通りに実行したまでである。

 けれど父の教えが本当に正しかったのかが分からなかった。最高権力者を前に「それでも」と意地を見せ付けて反転し、父親を救い出す感動ストーリーにでもしておくべきだったのかとも思った。

 だが女王陛下がどう思うかは誰にも分からない。結果的に女王陛下はキャサリンに心を傾けてくれたものの、それはあくまで結果の話………父を助けに反転したキャサリンに憤慨して兵を動かす事だって十二分に有り得た話である。

 その疑問と後悔はキャサリンが死ぬその日までキャサリンの頭から離れなかった。


「───もう一人わたしが居たら良いのにね───」


 布団に入り、さあ寝ようと目を閉じる度に頭を巡るその言葉。晩年のキャサリンが病に倒れて伏すその時まで、キャサリンは毎晩そんな事を呟きながら眠っていた。

 持病の閃輝暗点から頭痛が無くなったと医者に話したその日の内に、キャサリン・スムーズ・ペッパーランチは寝室の中で倒れて動かなくなった。もう少し発見が早ければ或いは助かったかもしれないが、就寝を告げた直後の事だった故に発見が遅れてしまった。享年七二歳。死因は脳梗塞だった。




 ───────



「げぼくっ! ちゅかまってろっ! じぇったいはなしゅなよっ!」

 縦横無尽に飛び回るラムネが舌足らずな声でそう叫ぶ。けれど僕には返事をする余裕なんて無く、未だかつて経験した事も無いような程に体を動かして逃げ回るラムネの背にしがみつくので必死だった。

 法度ルールを適応させて二人に増えたキャサリンの内、片方を僕が見てもう片方をラムネが見る────そんな事すらしている余裕が無い。その空色の背中にしがみつくだけで精一杯であり、体を起こして相手を見るなんて言語道断。そんな事すれば飛び回るラムネの勢いに振り落とされ、二人居るキャサリンさんの内のどちらかに斬り殺されるだろう。


 ───よう、調子に乗ったなお前。


 口を回す事が役目だと勝手に勘違いしていた。魔王さんから獣人族の村長との対談を命じられ、その対談でちょっとイキる事に成功したからと付け上がっていた。

 調子に乗った。図に乗った。馬鹿だった。浮付いていた。そのせいでキャサリンさんの逆鱗に触れ、ジリ貧だった僕とラムネは一気に窮地に陥った。

「ぐにゅ………っ! にゅぁっ! ちょわぅっ!」

 苦しげな声でラムネが飛び回る。縦横無尽、時には木々を蹴って、時にはキャサリンさんを飛び越えて必死に逃げ回るラムネは………少しずつ、少しずつ息が乱れて来ている。今の時点でこそラムネは負傷していないが、いつ何が起こってもおかしくは無い。一切の声を発さず無心で僕らを殺しに来るキャサリンさんに、いつ斬り捨てられてもおかしくは無い。


 ───お前のせいだな。


 僕のせいだ。僕が余計な事を言ったから。気が済まないからとかいう下らねえ理由で相手の尊厳を土足で踏みにじったから。そのせいでラムネが息を乱して逃げ回らなければいけなくなっている。

 僕のせいだ。ラムネは悪くない。僕のせいだ。僕が調子に乗ったから。ラムネは何も悪くない。ラムネは何も悪くないのに。何も悪くないのにこんな目に遭ってしまっている。

「────────ラムネ…………ごめん………」

 スケアリー化してゴワゴワになったその体毛に顔面をうずめた僕は思わず謝った。そして直後、強い吐き気に襲われる。舌の付け根から塩味のする唾液がとめどなく溢れてきた。

 何度も何度もそれを嚥下しても、唾液は際限無く染み出し続けて僕の胃袋を痙攣させる。

 久しく感じていなかったストレス性の嘔吐感。胃の中なんて胃液ぐらいしか無いだろうに、それでも吐きたくて仕方が無い。


 ───ああ本当に反吐が出そうだ。何を謝ってるんだお前は。謝ったら許されるとでも思っているのか? 人の犯した罪は死んでも尚消えやしない。罪を犯したという事実は永劫誰かの記憶に残り続けるというのに、それを謝った如きで許されるとでも思っているのか? 甘ったれも良い所じゃないか。


 このウスノロ野郎が。謝った事で、一人勝手に赦された気になってやがる。

 赦されたければ、転がり落ちて殺されろ。

 死んで詫びろ。死んで初めて、お前の謝罪は形を持つ。

 死を伴わない詫びなんてクソにたかはえほどの価値も無い。


 ───やあ鬱くん、久し振り。最近見なかったね、調子はどうだい。

 ───よう躁くん。入れ替わりのお時間だ。だいぶ期間が空いてしまったね。


 誰かの声が聞こえる。僕と同じ声をした僕の声が聞こえる。僕と同じ声をした僕の声が、僕の鼓膜を震わせる。

 僕の隣には誰も居ないはずなのに、僕の声をした誰かが僕の鼓膜を震わせる。聞き慣れた声。

 それは見知った相棒病気の声。気付けば僕の心に住み着いた心の病。生前は毎日聞いていたその声に、僕は両手を挙げて挨拶したくなった。

 

「だいじょぶっ! おりぇにまかしぇろっ! しんぱいいりゃないっ!」


 無責任に両手を挙げるその瞬間、僕の鼓膜を本物の声が震わせた。僕の代わりに命懸けで戦う羽目になっているのに、いつもと変わらないような可愛い声をした幽霊猫が僕の鼓膜を震わせる。

 聞き慣れた声。それは見知った相棒子猫の声。気付けば僕の体に取り憑いた空色の猫。死後の世界で毎日聞いていたその声に、僕はの瞳は勝手に涙を流し出していた。


「おりぇちゅよいからっ! げぼくまもってやりゅかりゃっ! だからだまっておりぇにまかしぇてりょっ! しんぴゃいいりゃにゃいっ!」

「────────ラムネ…………ありがとう」

 力強いその言葉に、僕は迫り来る躁鬱の影を振り払う。

 何が「しくじらなければそれで良い」だ。笑わせてくれるじゃねーか厨二野郎が。自らの感情すらもコントロール出来ない僕がしくじらずに生きていける訳がねーだろ。どれたけ慎重に生きていたって、しくじりミスは誰にも起こり得る。体調管理を徹底していても風邪を引く時は引いてしまうのと同じく、それは災害のように避けられない事なのだ。

 それを「しくじらなければ」だなんて、よくもまあそんな事が言えたもんだ。

 ミスをするかしないどうか何て考えるだけ無駄だ。大事なのはそこじゃない。

 ミスをする、ミスをした。問題点はそこじゃない。

 ミスが理由で生きるか死ぬか。下らねえ。そんなもの誰にも分からねえだろうが。


 大事なのは─────大事なのはミスをしても、それでも大事な何かを守り抜けるかどうかでしか無いんだ。


 どうせ出来ないからと挑む事を諦めるな。上手く出来るか分からないからと挑戦する事を止めるな。ミス失敗が無ければ成長も無い。分からないからと挑まなければ死ぬまで分からないままで終わってしまう。

 ミス失敗に怯えるな。ミス失敗しない者になろうとするな。ミス失敗せずに成功させようだなんて自惚れも大概にしろ。

 格好悪くても別に良い。最高にダサくても構いやしない。雨の日のマンホールで派手にスリップしたとしても、その時車に轢かれなければそれで良いじゃないか。

 その時死にさえしなければ、その内どっかで全部取り返せる。尻が濡れてもすぐ乾く。擦り傷が出来てもいつか治る。

 生きろ。生き抜け。糞溜めみたいなこの世界で、それでも生き続けろ。

 十年後に「昔チャリ乗ってる時にマンホールでずっこけてさ」と笑い話にする為に。


 その為ならば、形振なりふりに構うな。


「───────光ゥッ! トトォッ! ラムネェッ!」


 空色の相棒の背中にしがみついたまま、僕は力の限り叫び上げる。

 大きく息を吸って肺を膨らませる。肺よいっそ弾けてしまえと、喉よいっそ千切れてしまえと思いながら、僕は仲間に向けて『お遊び』の提案をした。


「─────乱パすんぞォッ! 集まれェッ!」


 素直に『助けて』と言えない不器用な僕に、ラムネの体が一際大きく動く。ぐおんと大きく体が揺れて、視界の端でチラチラしていた豪奢な縦ロールが一気に遠ざかって行く。


 少し離れた場所から、仲間が鼻で笑う音が聞こえた気がした。

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