3-6話【帰れる場所】



「速くっ! もっと速くだっ! そうだそうだよイケっ! そのままイケぇっ!」

 サンスベロニア帝国を出てもうそろルーナティア国に着くかなーという頃になると、ペール博士は誰の目にも明らかな程露骨に落ち着きを無くし始めた。

 最初こそ「魔王さんに無断で来たから、それで怒られるの嫌がってんのかなー」とか思っていた僕だったが、ペール博士ことペール・ローニーという女にも最早慣れたもので、すぐに「そりゃ無えか」とか考えを改めた。

 ………ロシアだかドイツだか何だか忘れたが、北の方の国では婚前行為が普通だという。結婚というものは基本的にアホみたいな額の金が掛かるものだから、結婚してから体の相性悪かったんで離婚しまーすとかいう酷い事態にならないよう、結婚の前にこそ肌を重ね『本当にこの人で良いのか』を決めるのだという。

 そんな風習に対して同意も否定も示すつもりは無いけれど、しかし実際に肌の一つ二つを重ねればその人がどういう性格なのかは大体ながらも分かってくるのは揺るがぬ事実。

 ペール博士がこんな状態になるのはサンスベロニア帝国を出る前から何となく分かっていたので、今回の僕はラムネの背中には乗らず、ペール博士と共にユキオオトカゲのにょろ吉くんとタンデムツーリングと洒落込んでいた。

 ……というかそもそも、前回僕がにょろ吉くんに二ケツする事を嫌がったのは何よりも研究を優先して殆ど風呂に入らないやべー女に抱き着かなければいけないのが嫌だったからなのだが、今回はそういう訳では無い。悲しくも遺言となってしまった恩師の言葉から毎日風呂に入る習慣を付けると言った今のペール博士は凄いフローラルな香りに包まれているのでとても抱き心地が良い。宿に居る間は僕も同じ洗剤を使用したから匂いに違いは無く、じゃあ何でこんなに興奮するんだろうと首を傾げれば、ペール博士は「女性ホルモンの香りだろう。本能的に嗅ぎ分けて性的興奮を誘発するんだよ」と無知な僕に教えてくれた。

「……もう少しっ、もう少しで辿り着くっ! ふふふ………ふふふははははっ!」

「おっぱい柔らかいナリ。………やわ、柔らかいナリ………柔らか稲荷? お腹減ってきたなぁ」

 ユキオオトカゲのにょろ吉くんは馬やラマ、ラクダに乗るのとは訳が違って鞍等は装備されていない。なのでバイクのように後ろに乗った人がサドルに付いているベルトを掴んだり、後ろに手を回してカウルを支えにしたりといった事は中々出来ない。

 そんな訳で僕はペール博士に抱き着いているのだが、体臭から伝わってくる女性ホルモンをどうやったって嗅いでしまう関係から、特別のお許しを得てにょろ吉くんと二人乗りしている間だけ後ろから届く部位だけなら触っていても良いという事にして貰えた。…………まあ最初こそペール博士を愉しませれるよう色々弄っていたのだが、すぐに飽きて途中からもみもみするだけになり始めたという事までは別に言う必要なんて無いか。

 スポーツブラ越しに感じる乳頭の硬いんだか柔らかいんだか良く分からない不思議な感覚を楽しみつつ彼女の股間を弄って楽しんでいると、やがてにょろ吉くんに抱き着くようにうつ伏せになったペール博士はお尻を突き出すように何度も跳ねさせながら派手に痙攣────その瞬間ペール博士の制御を失ったにょろ吉くんがグルルと低い唸り声を上げて小さく暴れ、僕は「気持ち良かったでっすぉおおっほあ──ッ!?」と無様に叫んで転がり落ちてしまった。……どうにもこうにも、何だか僕はエロに恵まれているはずなのに、何故かエロで貫き通す事が出来ない気がする……。

 僕に取り憑いてる関係から一定以上離れる事が出来ない幽霊猫のラムネ・ザ・スプーキーキャットの「むわーっ!?」と叫ぶ声が聞こえ、とか思っていたら背中の辺りから地面に激突し、ゴロゴロと無様にすっ転がった僕はまるで運転中に助手席に座る愛人にフ◯ラをさせてた結果イッた瞬間ハンドルがブレて事故って逝ってしまう外人のように、危うく命と常識を失い掛けた。

「あー……んぅー……めーまわる……めー……げーでちゃう………ラムネげーでちゃう……」

 僕と一緒にゴロゴロ回転しながら吹き飛んだラムネが僕の横で体を大きく揺らしながら「ゲッ──ゲッ──」と嘔吐えずいてゲロを吐く音が聞こえる中、僕は運転中の性行為は今後何があってもやらないと神に誓った。

 ………確かに僕の愛撫を愉しんでくれているペール博士は可愛かった。

 勘違いしてる者が居るかもしれないから言っておくと、別にペール博士はスタイル抜群グンバツでナイスバデーなチャンネーという訳では無い。貧乳とは言わないものの胸はかなり控え目だし、お尻は小ケツの部類に入る。研究にかまけて運動不足になった結果お腹は少しだけぽっこりしてるのだが………不思議な事にそれらが妙にエロく感じるのだ。

 何と言うべきか難しい所ではあるのだが……そう、言うならばリアリティだろうか。ペール博士は日常の何気無い仕草にやたらリアリティがあり、それが妙にエロティックに見えるのだ。

 ブラジャーを着ける時も着けてハイ終わりではなく、その後指で抓んで位置を整える。パンツを履いた時もクロッチ部分を動かして食い込みを直し、はみ出た陰毛を整え下着の中に収まるようにする仕草は言葉にし難いリアリティがある。脱ぐ時もそうで、脱いだパンツがくるくると絡まっているのを元に戻し軽く折り畳んで横に退けてから僕に向き直ってくれていた。

 そんなペール博士は普段の慇懃無礼というかやたらと尊大な様子からは似ても似つかない程、実際には丁寧で心優しい。何がとは言わないけれど。

 そう、何がとは言わないけれど、ゲームや動画にあるような下品な音は殆ど鳴らさないし、唇をぺったりと張り付けるように押し付けながらも舌の腹を使ってしっかりと刺激をくれる。何にとは言わないけれど。

 何がとは言わないけれど奥まで咥え込んでくれと頼めば、「えーマジで言ってんのお前」とでも言いたげな嫌そうな顔で僕を見上げながらも少しずつ奥まで進んでいくし、何がとは言わないけれど激しくしてくれとか要求すれば「激しく頭を振ると脳が揺れてダルい。強めに吸ってあげるからそれで我慢したまえ」と僕を世界の果てへと連れて行ってくれるのだから、何というか凄い親近感が湧いて愛おしくなる。もしも僕がジズに惚れていなければ、或いは【どこででも変わらない僕ら】では無く【異世界に転生した僕が博士とエロい研究をしている件】とかいうような、タイトルを見た時点で内容が全部分かって読む理由が無くなるようなものになってたかもしれないが、生憎とその予定は無い。

 だからこそ、きっと僕は「今回だけ」とか言いながらも何度も彼女を求めたのかもしれない………パッと見は頭おかしい人だし良く見ても大概頭おかしい人だが、根は本当に優しい。僕が「博士って前戯凄いねちっこいですよね。性欲強いとかそういうのなんですか?」とか無遠慮極まりない事を聞けば、ペール博士は興味無さげな声色で「性欲はあるが別に強くは無いよ」と言ってから、

「私は誰かの想いに応えようと思うタイプだ。キミが丹念に私を可愛がってくれるから、私は丹念にキミを可愛がったというだけの事だ。これが援助交際や売春行為のような即尺即抜き、ただ性欲を吐き出すだけというようなシチュエーションであれば私はさっさと終わらせてさっさと帰るよ。愛の無いセックスに価値なんて無いからね」

 何でも無いかのようにそう言ってから、何がとは言わないけれど何かの先端に優しくキスをしてくれる。

 そんなペール博士を見れば、嬉しくなる反面で少しだけ悲しくもなってしまうというものだろう。

 だってこんなに優しい人なのに、こんなに素敵な人なのに、ペール・ローニーという女はルーナティア国でイカレ博士だなんて呼ばれている。ガワだけ見て、少し喋っただけで全てを知った気になるような連中にくだらないレッテルを貼られているペール博士が─────、


「待ってろ私の研究成果ァァァァッ! すぐに調べ尽くしてくれるからなァァァァアアアアハハハハハハァァァァアアアアアアアアアッ!」


「やっぱこいつイカレポンチだわ」

 散々と言えるレベルで魔改造されてワイルド野生個体の六倍程度の体格と寿命を得たユキオオトカゲのにょろ吉くんに乗ったペール博士は、サンスベロニア帝国の国境を越えルーナティア領内に入った辺りから完全にテンションがおかしくなった。

 やがてルーナティア国の大きなお城が見えてくる頃、ペール博士は馬を駈歩かけあしで走らせる競馬騎手のような前傾姿勢で腰を突き上げ「進め進めェッ!」と雄叫びを上げる。博士の後ろでタンデム中の僕は顔面に押し付けられる博士の股間の匂いを楽しもうとしたのだが、三秒後には本気で嫌になった。臭かったとかでは無い。むしろ凄い良い匂いだった。じゃあ何なのお前と問われれば、視界を奪われた状態でがくんがくん体を横に動かしながら疾走するにょろ吉くんに揺られ秒で酔ったからだと答えよう。やはり僕にエロは向いていない。

「…………ようやくかぁ」

 ペール博士のお股にデコを押し付け、服越しながらも小さく揺れる博士の下乳を眺めた僕は、感慨深げに言いながら片手をその胸に当ててぽにぽにと揉む。

 ブラ越しではあるものの、今ペール博士が着用しているのはスポーツ用でカップの無いタイプなので、ブラ越し所か服越しであっても指先にぽっちりとした膨らみを感じれるられれ揺れるれ揺れあげー出そうもう駄目死ぬ─────、

「立ち塞がるなそこを退けェェェエエエエエッッ!」

「…………む? ───ペール様っ!? ………おいお前ら! ペール様がお帰りになられ────ペール様っ!? ペール様お待ち下さい開けます開けます今開け───────対爆姿勢用意よォーいッ!」

「退け退け退けェェェェェェエエエエエエエエエッッ!」

 びっくりする程の速度で疾走するにょろ吉くんに、まるで競馬の騎手のような姿勢になって乗っているペール博士が右手を横に広げる。まるでペール博士のおっぱいを揉んでいた僕の手のように開かれたその手は、博士の雄叫びに合わせて呼応するかのように赤く輝き始める。それが何を意味するのか僕は全く分からないが、閉じられた大きな門に向かって疾走するにょろ吉くんは激突するぐらいの速度を維持しており、ルーナティアの門衛さんは絶叫したかと思うと両耳に指を突っ込み大きく口を開いて飛び退った。

 …………攻撃魔法ってやつなのだろうか。異世界に転生してもうかなりの日が経つが、実際に見るのは初めてだった。

「へー博士そんな派手な魔法も使えろるれあ吐気そおぶ………ンッグ…………っあーやべちょっと出ちゃ────」

「邪魔だァァァァァァァアアアアアアアアア─────ッッ!」



 ───────



「………………何をどうしたらそうなンのォ?」

 ルーナティア城に割り当てられた自室で横になる僕に、完全に呆れ果てた声色をしたジズが問い掛ける。全身の至る所に包帯をぐるぐる巻かれた僕は左足を器具で吊り、右腕は石膏で固定され、さながら白いロ◯クバスターのようになっていたからだ。

「そう言うジズも怪我だらけじゃんか。大丈夫なのか?」

 しかしジズも同じぐらい包帯だらけになっており、僕が居ない間に何が起こったのか心配で仕方が無かった。

 何せ僕が知っているジズベット・フラムベル・クランベリーという悪魔の女の子は、気怠げで眠たげな割にその実フィジカルやばい系悪魔っ娘なのだ。…………フィジカルだけでは無い。メンタルやテクニック面も尋常では無く、仮にジズの心技体を数値化したとすればどれも確実に画面外にハミ出るだろう。その強さは人では無いからとかそう言ったレベルを超えており、むしろこっちが「何をどうしたらそうなんの?」と聞きたい程だ。

 そんなジズが何ヶ所も包帯を巻いているだなんて余程の事が無い限りは有り得ない。

「絶対何かあったろ、何があったんだよ」

 僕の言葉にジズは「あァこれェ?」と自身の体を見回した。

「見た目はやべーけど中身は大した事無いわよォ。実際ちょっと蚊に刺されまくっただけだしねェ」

「そのレベルまで行ったら蚊じゃなくてブヨじゃね」

 飽くまでも飄々とした様子のジズに僕がそう言えば、ジズは「アタシブヨじゃなくてブユって呼ぶ派ァ」と話を逸らそうとする。

「ジズ」

 真面目な声色で呼び掛ける。するとジズは一瞬だけ鬱陶しそうに眉根を寄せたが、すぐにいつもの眠そうな顔になり、と思うと穏やかに微笑みながら鼻を鳴らした。

「…………心配要らねェっつーのォ。内臓は一つも傷付いて無いしィ、そうで無くともお前ェら人間と違ってアタシら人外は色々強ェのよォ?」

 笑いながらそう言うジズに「なら良いけど」と言った僕は、けれど当然納得なんてしていなかった。

 色々強いと言っていたジズの言葉は既に全部分かっている。体力も筋力も、自己治癒力だって人を遥かに凌駕している。人間であれば治るまでに何日も掛かり、治ってもつるつるとした粘膜状の傷痕が一生残るような怪我であっても、ジズやトリカトリは一日で何事も無かったかのように治してしまえる。にも関わらずジズが包帯を巻いているから僕は心配だったのだが、

「それよりお前ェはどうなの、っよォ!」

 言いながら腕を動かしたジズは石膏で固定されている僕の右腕をぺしぃんと叩いた。

「アァオッ! ─────ばっ、馬鹿お前ジズっ、ヒビ入ってんのっ! この腕ヒビ入ってんのっ! 僕今ホネオレーノ・チャンプなのっ! 骨折ったまま格ゲーで世界大会目指しちゃえるのっ!」

 爆速で疾走するユキオオトカゲのにょろ吉くんから落馬ならぬ落トカゲした、僕はその時に右腕を強打し骨にヒビが入ってしまった。これが普段の事であればペール博士はすぐに魔法薬を使って早期の治療を促してくれるのだが、ルーナティア国を囲む壁に配置された大きな門をぶち壊したペール博士はそのまま暴走族のように叫びながらにょろ吉くんと共に中央通りを爆速。ルーナティア城の城門すらもぶち壊した彼女は研究室まで一直線で…………流石に慌てた魔王さんから「ちょっちょっとペロちゃん貴女一体何を──」と呼び止められるが、ペール博士はただ一言「研究ゥッ!」とだけ叫び、それを聞いた魔王さんは「Oopsマジかよ...」と呟いて全てを察して全てを諦めてしまった。

 そして道中の扉をヤンキーキックで蹴り開けながら研究に向かって行ったペール博士は、それ以降そこから出て来なくなってしまった。痛みで呻く僕が数分後に医務室に運び込まれても治療に出向いてくれたのは湯気子一人だけであり、研究室と医務室とを繋ぐ扉越しでも聞こえる彼女の高笑いから察するに、当分の間は公務ですらまともに動く事は無いだろう。

 だからこそ今の僕は石膏で防護しているのだが、ジズはそんな僕の右腕をそこそこの力で引っぱたきやがった。それ所かガチで痛がる僕を見ながら「ヒビで済んだならホネオレーノじゃなくねェ? 予選落ちしても知らないわよォ?」と悪びれもしない。

「………覚えてろよお前………いつかペール博士が媚薬作ってくれる手はずになってっから、それが出来たら楽しみにしとけよ」

「はーァ? 媚薬ゥ? 手はずゥ? あの人そンなの作るって約束したのォ?」

「おう。余裕があったらとは言われたけど、それでも余裕が出来たらちゃんと作るって言ってくれた」

「マジィ? いつの事よそれェ」

「んー………ルーナティアに呼び出されて一ヶ月ぐらいの頃だったかな。わー異世界の博士だぁ、魔法の研究に若い子の精液が必要でぇとか言われたりしないかなーって思ってたぐらいの頃かな」

「………そっからどンだけ経ってると思ってンのよォ。あの人の事だから実際余裕が出来りゃァマジで作るとは思うけどさァ。………それあの人が森羅万象を知り尽くすまで無理じゃねェ? つかあの人基本的にクソ忙しい人よォ?」

「………僕もそう思う。…………けどお前マジで出来たら覚えとけよ。僕は根に持つぞ」

「んー……媚薬使われたとしてもイカされるとは思えないのよねェ。童貞じゃアタシがイくより先に一人でイッて終わりでしょォ」

 小首を傾げながらそんな事を言うジズに、僕は意味深に「ふふふ……」と笑う。そして大きな声でマッドサイエンティストのように高笑いした。

「…………何だこのイカレチ◯ポォ。頭イカれてチ◯ポったかしらァ?」

「チ◯ポったって何だお前このイカレマ◯コ。…………僕はもうジズとおセッセしたとしても三分は耐えれる自信がある! ──────何せ僕は童貞を捨てたッ!」

 声高らかにドヤ顔する僕の言葉を聞いたジズは目を見開き、蚊が鳴くより小さな声で「……ぇ」と呻く。

 てっきり嘘だと言われたり馬鹿にされたりするだろうと思っていた僕は、予想外なその反応に思わず狼狽えてしまう。

「………本当ほんとォ?」

「う、うん。夢とかじゃ無ければ、中出しまでした」

「………ペール博士とォ?」

「そう。うん」

「…………それは───それはァ……タクトからシよって言ったのォ? それとも博士から言い寄られたァ?」

「それは───」

 いつに無く真面目な声色で問い続けるジズに、僕はルーナティアを出てからの事を話し始めた。何でペール博士に連れ出されたのか。そこで誰と出会って、誰が死んで、誰を殺して、何の為にセックスをしたのか。一からでは無くゼロから十まで、懇切丁寧に全てを話した。途中で多少の質問こそしてきたものの、最後まで静かに聞いていたジズに「それで今に至る」と締め括れば、ジズは「……そォ」と言いながらゆっくりと目を閉じていく。

「………………………」

 そのまま黙り込むジズに、僕は量産型主人公のように「僕、何かやっちゃったか? やっぱり不味かったかな」と問い掛ける。

「………んーやァ。そういう事情だったら許してあげるゥ。タクトから言い寄ったとか押し倒したとかァ、もしくはお色気キャラに言い寄られるやっすいエロ本みてェに軽々しくヤッたとかなら竿だけ残して亀頭もぎ取ってたかなァって感じねェ」

「…………許すって事は、やっぱ何かやってんじゃないか。何が悪かったんだ、教えてくれよ。僕は頭良くないから、言われないと気付けない。…………気付けないと直せないよ」

 僕がそう言うと、ジズは人差し指で自身の口周りを不規則になぞりながら「んー」と唸って考え始める。やがて何か思い付いたのか、ジズは「じゃァ二つだけ教えて欲しい事があンだけどさァ」と言って立ち上がる。

「二つ? 何だ? 僕が知ってる事なら教えるよ」

「……タクトってさァ、喘ぎ声大きい女ってどーォ?」

「は?」

「低い系の喘ぎ声ェ……オホ声系っつーのォ? そういう女の子って嫌いィ?」

「シコい。───あ違う悪くないと思う。あいや、その……あれだ、人それぞれだよ、うん。個性だよ個性」

「ふゥん、そーォ…………ふふふ」

 真面目な顔をしていたジズは僕の解答を聞くとニヤニヤと笑い始める。そして先端が三叉に分かれた特徴的な尻尾を動かし、横になっている僕の股間をずいずいとつつきながら「じゃァ二つ目ェ」と口を開いた。

「アンタさっき三分は耐えれるっつってたけどさァ、タクト女性の平均絶頂時間が前戯無しで十二分なの知ってっかァ?」

「……………………………………マジで言ってる?」

 何をやらかしてしまったんだろうかと不安に怯えていた僕が真顔になれば、ジズはにこにこと口角を上げながら「んふふふふふふ」と笑い出す。するとトレードマークのようにいつも着ているグレーのパーカーをするりと脱ぎ、それの袖を縛って自身の腰に巻く。その結び目は前では無く右側で結ばれている、なんだか少しカッコ良い巻き方だった。

「ちょっと後ろ向いててェ? オッケー出すまでこっち見ちゃ駄目よォ」

「は? ……おう、うん。分かった。後ろ向けないから目え閉じるのでも良いか?」

「薄目で開いたら殺すわよォ? ………まァ見られて困るもンでもねェけどォ、見られっとその後の結果が面白く無ェからさァ」

 ニヤニヤと悪戯げに笑うジズはまさしく文字通りの小悪魔のよう。

 ギュッと目を閉じて待っていれば、やがて聞こえてくるのは………聞こえてくるのはぁ………何だ? 何の音だこれ。ジズが足を動かしてるだろう靴の音は聞こえるが、他には殆ど何も聞こえて来ない。唯一聞こえてくる靴の音だってコツコツと数回鳴らしたきりで以降全く鳴らなくなった。何だ? 何をしてて何が起こるんだ?

「オッケー。もう目ェ開いて良いわよォ」

 その言葉に恐る恐る目を開けば………やはり何も起こっていない。グレーのパーカーを横向きに巻いたジズがめちゃくちゃニヤニヤしながら立っているだけで他には何も変わっていない。………あ、これはあれか? 何かすると思わせておきながら実は何もしてない的なやつか?

 困惑して訝しみまくる僕がきょろきょろと周りを見渡せば、ジズはサイドスローのように腕を振って僕に何かを投げ付ける。

 飛翔物は目で追えたが怪我だらけで避けれなかった僕が反射的に目を閉じれば、僕の顔面に何かがぺふっと力無く叩き付けられる。

 胸の近くに落ちたそれを無事な左手で手に取れば、それは………その黒い布───────それは、それはッ、

Surprise楽しめよ Motherfuckerクソ野郎

「この………この見慣れた黒い布────」

「アタシの脱ぎたておパンツよォ。タクト前にアタシのパンツパクろうとしてたでしょォ? あン時は機嫌悪かったけどォ…………んふふふ、今日は色々あって超機嫌良いから特別にあげるわァ」

「───────────」

「ぬくぬくおパンツでヌキヌキしまくっときゃァ良いんじゃないかしらァ? あでもブッカケたりそれで包んだりすンのはやめてよォ? 色落ちとかして欲しくないから嗅ぐだけで留んのよォ。………二〜三回ぐらい使ったらアタシの匂いも飛ぶだろうからァ、したら返しに来てねェ」

 矢継ぎ早に言ったジズは腰に巻いたグレーのパーカー、その結び目がある方の裾をきゅっと握って腰巻きのように下半身を隠す。………腰巻き?

「───あァッ!? もしかしてジズ今ノーパンッ!?」

「いや当たり前でしょォ。脱ぎたておパンツっつったじゃなァい」

 そこまで言ったジズは僕の心情が想像出来たのか裂けんばかりに口角を吊り上げ、ハワイアンのように腰をゆらゆら揺らしながら「見たァいィ?」と聞いてくる。しかし僕が答えようとするのに合わせ、腰を後ろに引いて「だァめェ。見せなァい」とにやにや笑う。

 かと思えば「んじゃアタシ帰るからァ。さっさと怪我ァ治しなさいよォ人間にんげェん」と言って、そのまま部屋から出て行ってしまう。

「……………………」

 何が起きたのか良く分からないし、何で起きたのかも良く分からない。何でジズが超機嫌が良いのか、何で脱ぎたてビキニおパンツを貰えたのか…………全て、何一つとして理由が想像出来ない。

 サンスベロニア帝国で色々とあった僕に対する同情心的な奴なのだろうか。それとも怪我をした事に対するお見舞いのフルーツセット的なノリなのか、或いは右腕が石膏で動かしにくくなって上手くシコれない状態な僕に対する当て付けか?

「とりあえず嗅いどこ」

 顔面に押し付けて深呼吸をすれば、久しく嗅いでいなかった懐かしい匂いが脳髄に染み渡るような気がした。

 苦味のある柑橘系───柚子の香りの奥の奥、ともすれば気付かず通り過ぎてしまいそうな程うっすらと鼻腔を通る柚子とは別のその香りは、どこかの手刀の人のように僕じゃなきゃ見逃しちゃうような薄い芳香。

 香りを嗅いだ僕は、生前には聞いた事が無かった音を聞いた気がした。


 ちんちんが一際強く跳ねる音。


 その音を聞いて、僕は得心した。


 ははあ、なるほど。


「……………………………おしっこの臭いがする」

 

 これが所謂『性癖が歪む音』ってやつか。

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