2-2話【町医者】



 魔法だの魔力だのといった大自然のエネルギーと共に生きるのがルーナティアの国民性であるとすれば、サンスベロニア帝国は魔導機械や軍事的な統率力のある国だと言って差し支えない。

 けれどだからといって「それオンリー」という訳では無く、ルーナティアにも機械は存在するし、同様にサンスベロニア帝国でも魔法の概念は深く浸透している事を間違えてはいけない。どちらかしか扱わないというような極端な傾向ではなく、要するにどちらに重きを寄せたかという話である。

 しかし当然ながらどちらに対しても、批判者は存在していた。

 例えば魔法や魔力というものに重きを置いたルーナティアでは機械に関しては「大自然に於いて不自然な形である存在に頼るな」だとか「いつ壊れるか予測し難い鉄屑は信用ならない」という意見が根強く、また機械工学で発展しているサンスベロニア帝国は機械の動力部で使用されている燃料及び動力源を魔力に頼っている事から「いつまで胡散臭いオカルトに頼らなくてはならないのか」といった批判的な思想が、今でも根強く残っている。

 その国民性にそぐわない場合もさる事ながら、そもそもどんな世界だとしても批判を受けないものなんて存在しないと言って差し支えないのだ。ありとあらゆるコンテンツは当然として、感情を持たぬとされる大自然の植物同士ですら激しい勢力争いを今この時も続けているのだから、争う事こそ本質だなんて言われる人間ともなれば争わずには居られないというものなのかもしれない。

 遥か昔から現代まで、現世界から異世界まで。時間や場所どころか存在する次元や時空すら違ったとしても批判というものは消えないし、であれば批判を無くそうと考えた所で時間の無駄である。何かを語ったり、何かをしてみせたりするだけで第三者から理解が得られるのであれば、それこそ戦争の道具である勇者だの愚者だのなんて呼び出される訳が無いというものだった。

 例えば医療の分野だとして、後の世の発展に多大な影響を与え貢献した解体新書と呼ばれる書物があるが、著者である杉田玄白が当時どれほどの批難や批判を受けたかは後の世になっても殆ど語られなかった。数百年前までは日本でも開腹医は切り裂き魔だと言われ続けていたし、何だったら僕がルーナティアに呼び出される前も流行り病のワクチンに関する意見の相違で、それこそ僕が死ぬ直前まで見苦しく争っていた。

 どっちが正しいかだなんてどっちにも分からないというのに、どうした事か不思議とフォールス認知コンセンサスバイアスに脳を支配されてしまうのはそれが人の本質なのだという事の現れなのかもしれない。

 人の生き死にに直結する医療の分野ですら批判だらけなのだから、命に直接関わらない宗教や錬金術といった分野では更に根深い。何せオカルティズムと言われ続け、それが完全に定着してしまっているのだからもうどうしようもない程かもしれない。

 宗教に関しては昨今になってようやく風当たりがマシになってきているものの、それでも金目当てだったりお山の大将になろうとしたり馬鹿をやらかす新興宗教が絶えない関係から、遥か前から存在するキリスト教や仏教、神道しんとうですら今も十全の理解を得ているとは言い難い。それどころか自らが産まれた国に深く関わっている宗派であるにも関わらず、日本人の九割以上が神道と修験道の違いが分からない程なのだから、途中で一度しくじってしまっている錬金術の分野なんてもはや目も当てられない。

 とはいえ散々迫害を受け、場合によっては今も尚酷い扱いを受けている宗教という分野に比べれば、数多ある娯楽コンテンツの題材として使われているだけ医学や錬金術の分野はまだ救われている方なのかもしれない。


 メルヴィナ・ハル・マリアムネはそれらを感覚的に深く理解していたからこそ、ありとあらゆる意見に対して何一つとして耳を貸さなかった。

 過去に二度ほど弟子を取っている老医であるメルヴィナは、幼い頃に魔法医師になる事を決意した瞬間から今に至るまで批難や誹謗は当然として、賞賛の言葉にすら耳を傾けようとはしなかった。

 言ってしまえば黒人差別と同じである。どちらにも偏ってはいけない、どちらかに傾いてはいけない。白人に肩を寄せれば黒人に殺され、黒人に肩を寄せれば白人に殺される。この辺りは1979年から1981年に掛けて起こった『ウェイン・ウィリアムズ』と当時のアトランタ市が示しているように、どんな内容であっても、どちらかに傾けばどちらかを敵に回してしまう事になる事を、サンスベロニア人であるメルヴィナは感覚で理解していたようだった。

 今でこそ齢七十を超えた老医として人心を得ているが、まだまだ若々しい頃のメルヴィナは当時から誰のどんな言葉であっても頑なに無反応を貫いた。彼女がまともに言葉を交わすのは患者と同業者だけだったが、それは結果的に彼女の立場を盤石なものとした。彼女の事を信奉する者達は「医療の事しか考えていない熱心な方だ」と崇めたし、逆に批判者は「やましい気持ちがあるに違いない、ボロを出さないよう黙っているだけだ」と心無い言葉で中傷した。

 しかしそれは完全なる拮抗を生む事となった。メルヴィナがどちらにも傾かなかった事で、確かに批判する者は居なくならなかったが肯定し賛同する者達も居なくならず、それに伴ってメルヴィナ・ハル・マリアムネはサンスベロニア帝国お抱えの魔法医としての立場を完全に確立したのだから、まさしく桃李物言わずといった所だろう。

 そんなメルヴィナがまだ若い町医者であった頃、通算二度ほど弟子を取った事がある。一人は喋り方すら微妙にたどたどしい女の子で、医療の分野に深い関心があるという訳ではなかったのだが、その類稀たぐいまれな強い探究心に心を動かされてしまい師事する事にした。

 初めて弟子を取ったという事もあり幾ばくかの優越感があったのは否定出来ない事実だったが、しかしその弟子は数年でメルヴィナの元を離れていった。医療の世界に入り込みたいという訳では無く、弟子入りを志願した時も「しょうじょうとやくひんが、たいないでどういうさようをおこし、どういうりくつでちりょうにいたるのかがきになるだけだ」と言っていただけだった事もあり、ある程度それらを把握するとさっさとメルヴィナの元から巣立っていってしまった。

 確かに一時いっときだったとはいえ、それでも寝食を共にした娘のような存在が自らの元を離れる寂しさや、医療に従ずる事の素晴らしさを伝え切れなかった不甲斐無さも確かにあったが、自らの弟子が巣立ちするその日を向かえたメルヴィナはただひたすら安堵した。無事に弟子を育てる事が出来たという話ではなく、ようやくこいつが出ていってくれるのかという方向で安堵だった。

 何せこのクソ弟子、師匠であるメルヴィナの言う事をマトモに聞かないのだ。医療に関する手伝いを何一つせず、何をしているかと思えば黙々とマウスやモルモットを使って実験を続けている。魔法生物の製作を始めた頃になれば流石のメルヴィナとて「弟子という立場を利用して研究したかっただけかしらね」と気付き始めるものだったが、しかしメルヴィナは敢えて何も言わなかった。年齢が年齢なのでロクな働き先も無く、かといってどんな分野であってもその探求は多大な時間と金が掛かる。実際自分だって生まれてから三十年ぐらいの間は相当大変だったし、そこから店を構えるまでの苦労なんて思い出したくもないものばかりだったのだから、むしろ自分には思い浮かびもしなかった立場を利用するというテクニックをまだ若いながらも行えている点は素直に評価すべきだと思った。

 師事所か成長を見守る間も無く出ていってしまった弟子だったが、それでも居ると居ないではだいぶ心に違和感を覚えるもの。メルヴィナが無理矢理にでも連れていかなければ風呂にすら入らず研究に没頭するような娘であり、それ所か自身の空腹すら忘れて研究し続け過労と栄養失調でぶっ倒れるような弟子だったのだから、女二人での生活としては異例のベクトルで苦労したものだった。

 因みに過労と栄養失調で倒れた弟子は散々メルヴィナに叱られた事でしっかり学んだようで、それ以降から左腕に点滴針を刺したままで診療所内を歩き回るようになったのだから、メルヴィナは「あらあらこの馬鹿弟子は」と呆れ果てる事しか出来なかった。

 そんな弟子であっても何年か共に過ごせば情の一つや二つは湧くもので、

「良いからほらペロちゃん騒がないのっ! 暴れてないで早く諦めなさいっ! ペロちゃんもうソーセージみたいな臭いするんだから良い加減お風呂入るわよっ!」

「うるさいいらないはなれろばばあっ! ばばあとおなじにじるにつかるとかれいしゅうがうつるっ! だしがほしいならとんこつといっしょにふろにはいってろっ!」

「あらあらあらあらあらあら言うわねこのクソガキ良いわ決めたわ今日はペロちゃんのお股すら私が洗うわ下心なんて無いわよただ徹底的に洗い倒すだけよ覚悟なさいッ!」

「うわっ───ぬゅおっ!? なにするんだかおちかいっ! よるなはなれろっ! いきくさいぞいきおくればばあっ!」

「わたし強いから効かないわッ! わたしはメンタル強いからそんな言葉効かないわッ! それでも出てくるこの涙は嫌がるペロちゃんを無理矢理押し倒してしまう事に対する苦渋の涙よこのクソ弟子ぃッ!」

「おしたおすなへんたいばばあっ! あほかっ! さてはおまえはあほなんだなっ!?」

「分からせてあげるわッ! わたしに分からせスティックは無いけど分からせフィンガーでペロちゃんの事分からせてあげるわッ!」

「ちょなっ…………ひんっ!? ……………ぬれてもいないのにいきなりさわるなどけくそばばあッ! ────あァグッ!」

「────痛っでぇこの弟子噛みやがったッ! メンタル強い私よりメンタル強いわこのクソ弟子ぃッ!」

 …………と、風呂に入る度に起こるそんなような日常を思い返してしまうメルヴィナの心が、何だかポッカリと穴でも空いたような気持ちになるのも仕方が無い事なのかもしれなかった。

 そんな一人目のクソ弟子が巣から勝手に旅立ってからしばらくして、ペットロスのような虚無感にも少しだけ慣れ始めた頃にやってきたのが二人目の弟子である。

 閉店時間のスレスレになって病院の戸を叩いてきたその少年はまだ十代になったばかりという程度だったが、緊張したような表情をしたまま持っていた小さな樹の枝を差し出しながら、何事かと困惑するメルヴィナを潤んだ瞳で見詰め続けた。

 片手で持てる程の大きさをした樹木の枝は根本が紙で覆われており、その枝先には最近見ていなかった小さな桃色の桜が点々と咲いていた。

「メルヴィナ先生の事が好きです。メルヴィナ先生の役に立ちたいです」

 予想だにしなかったいきなりの展開に対して、しかしメルヴィナは「あらあら」としか言葉を返せなかった。何せ全てを医療に捧げてきたし今後もその予定だった仕事一徹の女なのだから、いきなり告白などされた所で頬に手を当てつつ「あらあらあらあら」と言うぐらいしか出来ず、五十に触れた自身の年齢を考えればとんでもない歳の差であり下手をすれば法律に抵触しかねないが、だからといって小動物のようにぷるぷると震えながら告白を行ってきた幼子の思いを無碍むげに断つのも心苦しかったメルヴィナは、前例の馬鹿弟子が馬鹿だっただけでこの少年は問題無いだろうと弟子入りを受けようと思った。

 しかしメルヴィナはそこで電流が走ったかのように考え至ってしまった。

 …………あの馬鹿弟子は筋金入りの馬鹿だったが、それでも女の子であり、メルヴィナも女だから何事も無く巣立ちに至っている。

 しかしこの少年は男の子である。幾ら自身の年齢が既に五十に達しているとはいえ異性であるし………いや待て。この子さっき「好きです」って言っていた気がする。好き? ラブ? ライク? いやどう考えてもラブだろう、真っ赤に震えながら桜の枝を異性に贈るなどラブコール以外の何物でもないだろう。

 今はまだ幼い少年かもしれないが、いずれは必ず青年になる。男という生物は十代から三十代辺りまでが性欲の強まる山であり、逆に女という生物は三十代から六十代辺りまでが性欲の強まる山。今この子は多分十代そこらで、自分は五十ちょっと………という事はどこかで必ず互いの性欲が重なりぶつかり合うという事。

 そんな生物としての本質的な考えに至ったメルヴィナは頬に手を当てながら「あらあらあらあらあらあらあらあら」とひたすら動揺する事ぐらいしか出来なかった。

 しかしいつまでも花束を突き出させているのも手が疲れるだろうからとりあえず花だけは受け取ろうかしらと手を伸ばせば、少年はメルヴィナのその手をがしりと掴み「メルヴィナ先生の弟子にしてください!」と叫んだ。

 患者の中には「三十は余裕でお姉さんだ。異論は認めない」とか「馬鹿野郎、女は死ぬまでお姉さんだ。俺は百歳を超えてもお姉さんだと崇め続けるぜ」とか豪語する者も居た。中には「俺は卵子から骨壷までイケるけど」と真顔で言っていた患者も居たが、彼は論外とする。

 そんな野郎共に何と言われようとも、メルヴィナに限らず人というものは卑屈に考えてしまいがち。「五十はもうおばちゃんよ」とネガティブに捉えてしまうメルヴィナなのだから、そんな自分が十歳になったかどうか怪しい少年からこんな熱視線を送られるだなんて「まさか」とすら思いもしなかった。なので当然の如くメルヴィナは少年の想いに対してひたすら「あらあらあらあらあらあらあらあらあらあらあら」と狼狽うろたえ続ける事しか出来なかった。

 …………結局少年の熱意に負けたメルヴィナだったが、一番目の弟子と違って二番目の弟子はただひたすらに従順だった。治療の手伝いはしっかりするし、言わなくても器具の洗浄を進んで行う。食事すら作ろうとするし、風呂に至ってはそろそろお風呂に入りたいなとメルヴィナが椅子から立ち上がった瞬間を狙ったかのように「先生、お風呂沸きましたよ。一番風呂、どうぞ」と声を掛けてくれるのだから、最初のあの馬鹿弟子がどれほどぶっ飛んだ馬鹿弟子だったのかを噛み締めると共に、新たな弟子に対して心を許すのは時間の問題。

 だからこそ、そういう関係になってしまうのは時間の問題だったのかもしれない。

 それは特に何もないある日の事。メルヴィナが風呂から出ると、脱衣所に用意していたはずの着替えの中に下着が無かった。最初は持ってくるのを忘れたかとも思ったが、それが幾度と無く繰り返されれば男性経験なんて数えるほどすらないメルヴィナとて違和感にも気が付くというもので、青少年の性的行為やそれに伴う正しい知識の教育に関してどうするべきか悩んだメルヴィナは今まで通り何も言わないという事を選んだが、代わりに一番目の弟子では出来なかった事を二番目の弟子に頼む事にした。

 一番目の弟子に出来なかった事………それは医薬品に関する試薬や新薬のテスターとしての役割だった。

 一番初めの弟子は女性だったから、どうしたって試薬の実験がしにくかった。何せ自分も女性なのだから、わざわざその弟子に対して行わずとも自分で試薬を飲めば良い。何ならどんな反応が出ているかは誰かに飲ませるよりもよっぽどしっかり分かる。

 しかし男性向けの試薬投与に関しては行き詰まっていた。何せ夫はおろか彼氏も出来た事のない女性の身なのだから、その手の医薬品に関しては飲んだ所で効果が出ているかが何も分からなかったのだ。

 けれど患者の中には勃起不全や包茎治療の相談などといった性の悩みに直結するものを持ち込む者も多く、弟子が師匠を都合良く使って性欲を発散しているのなら、師匠側だって弟子を利用して試薬のテスターにさせたとしてもバチは当たらないだろうという考えだった。



 ───────



 体の中にあった途方も無い程の異物感がずるりと抜けると、自らの体から溢れ出た液体が太ももを伝う熱を感じ、直後にそれは空気で冷やかされ氷のような冷たさへと変わっていく。

 真正面から覆い被さるような体勢になっていた青年は、息が乱れたままメルヴィナに力強く抱き付いた。

「こんなお婆ちゃんの何が良いのかしらね」

 齢七十を超える自分にこうまで性的興奮出来る理由が分からなかったメルヴィナ・ハル・マリアムネは、青年同様荒い呼吸のままぼんやりと呟いた。十何年前までは小ジワだったそれはもう大ジワと呼ぶ方が適切だし、中々悪くないと思っていた胸も仕事に追われている間に垂れ切ってしまった。患者には「運動不足ですよ」だなんて言う癖に青年が自分を求めてくる時以外はまともに運動しなかった結果お腹は見苦しく弛んでしまったし、一日一回の頻度で求めてくる青年に付き合っている内に締まりだって悪くなってきているのが実感出来るほど。白髪に関してはもう触れたくも無い。

「特殊性癖よ、ロレンス。性倒錯は立派な病気………心の病なのよ?」

 もうおばさんではなくお婆ちゃんという方が適解だろうに、それでも青年は一日一回の頻度で自分の事を求めてくるのだから、メルヴィナは自分の何が良いのか分からなくて困惑してしまう。

 弟子入りしに来た時点から将来有望な顔付きをしていた少年だったが、メルヴィナの予想通り青年はサンスベロニア帝国の中でもイケメン軍医としてかなり知れ渡る程に女性から人気だった。にも関わらずどんな女性からの誘いにも耳を貸さず、頑なに「自分はメルヴィナ先生の事を愛していますから」と断り続けた。

「あれかしらね、オバコンって言ったかしら。おっぱいだってこんなだし、老女性愛なのかしらね」

 自らに覆い被さったまま荒く息を吐き続ける青年の頭を右手で撫でながら自嘲するようにメルヴィナが言うと、青年はみすぼらしく垂れた自分の胸に顔をうずめたままメルヴィナの左手を握ってきた。無意識で指を絡めたメルヴィナに、青年は少しだけ顔を上げて返事を返した。

「自分はメルヴィナ先生が好きなんです。メルヴィナ・ハル・マリアムネという存在が好きなんです。年齢だとか体型だとか、過去に何があって今何をして未来では何をするとか………そんな下らない事、何もかもどうでも良いんです。自分はメルヴィナ先生が好きで、これからもメルヴィナ先生が好きです。ただそれだけの話です」

 シワだらけの指が少年の金髪を撫でると、その金髪は絡まる事も無く指の隙間を滑っていく。サラサラとした感触。年老いて皮脂が減った指で撫でているからというのもあるが、そうで無くとも青年の髪はとても艶が良くなめらかだったから、メルヴィナはついつい撫で続けてしまった。

 弟子の性欲に付け込んで薬品の実験台に使うような自分には全くもって惜しいような青年の愛の言葉に、直前まで自嘲するように卑屈な事を言っていたのが恥ずかしくなったメルヴィナが「あらあら」と返すと、青年は「もう一回、良いです」と言ってきた。それに返事を返そうと口を開いたメルヴィナだったが、言葉を出そうとしたその口は返事を待たずして奥まで挿入してきた青年のせいで淫らな声に変わってしまった。

 喋りたかった言葉を獣のような酷い喘ぎ声に変えられた事による恥ずかしさにメルヴィナが青年を非難するようにムッとしてみせると、青年は申し訳無さそうな顔と声で謝ってきた。

「お返事、待てませんでした。ごめんなさい」

「あらあら、全く」

 初心な生娘では無いのだから、この後どうすれば良いかはもう分かっている。メルヴィナは痩せて細くなった両足を交差させて、自分に跨るようにしている青年の腰を掴んで離さなかった。




 立場こそ軍医ではあるものの、メルヴィナはサンスベロニア城に自室を持っていない。そもそもサンスベロニア城内にある医務室にすらメルヴィナは滅多に居ないのだから、訓練中の怪我などで治療が必要になったサンスベロニア兵は城下まで向かってハル診療所の待合室で順番待ちをしなくてはならない。

 軍医という立場でありそれ相応の特権を得てはいるものの、平時は今まで通りの町医者と変わらない。診察が必要だというなら兵士であっても市民と同じように順番待ちをしなくてはならないし、従業員割引のような特別価格になるという訳でも無い。

 メルヴィナ・ハル・マリアムネが名実共に軍医として立ち上がるのは戦時中のみに限られている。一応は今も戦時中に分類されるものの、直接戦闘が起こっている訳では無いので、今日も今日とてハル診療所は通常勤務という訳である。

「ロレンス」

 忙しくも充実した繰り返しの終わり。白衣のポケットに両手を入れたメルヴィナが中庭に植えられてある大きな桜を見やりながら青年の名を呼ぶと、間を置かずに背後から「はい」と力強い返事が聞こえる。

「わたしが死んだら、この桜をわたしだとでも思って管理して頂戴ね」

 まんまるではあるがまだ微妙に満月ではない月明かりに輝く薄桃色の花弁は、生まれて初めて本気のプロポーズを受けた時に貰った桜の枝だった。時期が合っているか心配ではあったものの、鉢植えに挿し木した桜の枝は力強くしっかりと根付いてくれた。すくすくというよりぐんぐんと成長する桜に、何度鉢を変えても根詰まりしていないか気になってしまう程の育ち具合を見せ付けられると、思わず頬に手を当てながら「あらあら」と困ってしまう程だったが、今にして思えばもしかしたらこの桜は少年の恋心に同調して育っていたのかもしれないだなんて考えるメルヴィナは、だからこそしっかり手を掛けてやれなかったこの桜の事が心残りだった。春先から夏の終わりに掛けて大量に湧く毛虫に対する防虫薬やの開発だけは必死にしたが、してやれた事といえばそれぐらいだった。

 自分はもう長くない。人は大体ポックリと死ぬ。病にせれば歩く事すら大変になるし、歩き回れる元気があるなら最期の最後まで医者として生きていたい。となるとどうしたって後回しにされてしまうこの桜が、メルヴィナには不憫で仕方がなかった。

 桜の木に歩み寄って指で触れると、その樹皮はとてもガサガサとしていた。あの時開発した防虫薬がしっかり効いているのかイラガの繭殻一つないその幹からは、えもいわれぬ不思議な力強さが感じられた。

「この子は、わたしにとっての貴方のようなもの。だからわたしが居なくなったら、この子を貴方にとってのわたしだと思ってあげて頂戴ね」

「メルヴィナ先生」

 メルヴィナがしわがれた声でそう言うと、背後からロレンスの声と足音が聞こえてくる。この桜の木のような力強い足音は弟子の心に迷いが無い事を証明していた。まだ死ぬ気はなかったものの遺言のようになってしまった自分の気持ちにロレンスはどう答えてくれるだろうかと思うと幾らかの不安も浮かんできた。

 しかしメルヴィナの不安は青年の前には何の意味も無ないものだった。

「あらっ? あ、あらあらあらっ?」

 腕の下を通るように手を伸ばしてきたロレンスはそのままメルヴィナに抱き着いてくる。するりと伸ばされた右手は手慣れた仕草で胸元まで伸びてきて、反対の左手は既にメルヴィナの痩せた尻に添えられていた。

「あらあらあらあら……っ? どっ、どうしたのロレンスっ、今そういう雰囲気だったかしらっ?」

 完全に知り尽くした体だったからか、的確に良い所を撫でてくる両手の指に声を抑えながらもそう聞くが、メルヴィナがどんな言葉を掛けてもロレンスの指は全く止まらない。人間というのは不思議なもので、声や言葉では幾らでも我慢出来るのに、触れられている事で熱くなる体に関してはどうしても止められない。

「ロレンス? ロレン……あぅっ。……………こらロレンスっ」

 普段は優しくて気が回る男の子なのに、そういう子に限っていざという時は意地悪なのはどうしてなのだろうか。メルヴィナが口を開こうとするのに合わせ小さな口付けで反論を封じ、それに応じようとメルヴィナが舌を動かせば、見計らったかのように唇を離してうなじ・・・へ頭を滑らせる。そんな意地悪をされてしまえば、幾ら白衣の天使とて思わずムッとしてしまうものだった。

「これが自分の答えです」

 自身の心や気持ちとは裏腹に、行為を予知した体はその準備を整える。

「自分は貴方を愛しています。好きです。愛しています」

「……あらあら」

 弟子に使い倒され真っ黒に色素沈着してしまった自分の下半身。中の形すらも弟子のものと同じように整えられ、数回突かれただけで弟子の気持ちを受け止めようと子宮が降りてくる程にまで育てられた自分の体に、今まさに入り込まんとしているロレンスは、しかしいつまでも黙ったままで動かなかった。

 それに対して少し焦れたメルヴィナが腰を振るように押し付けながら「………ロレンス? 挿入いれないの?」と問い掛ければ、ロレンスは力強い眼差しでメルヴィナを見詰めた。

「メルヴィナ先生はどうですか」

「ロレンス?」

「自分は貴方を愛しています。好きです。愛しています。………メルヴィナ先生は、どうですか」

 気が利くし、頭も良いし、顔も良いし、何なら床上手ですらある青年が不安を隠しもしない声色でそう言うと、メルヴィナは思わず「あらあら………言わないと分からない?」と呟いた。

「いえ、言わなくても分かります。でも言って欲しいんです。言って欲しくて、仕方が無いんです」

「あらあら」

 押し付けるようにしていた自分の腰を少しだけ引いたメルヴィナは、それまで後ろ手で付いていた両手を桜の幹から離す。代わりに自分の頬を桜の幹に押し付けるようにして体重を掛けると、空いた両手を自分の尻にあてがい、指先を力いっぱい伸ばすようにして広げた。

「好きよ、ロレンス。貴方の事が大好きよ。愛おしくて仕方が無い。もっと愛して欲しいし、もっと愛したいし、でもきっと、どれだけ愛し合っても満足出来ないでしょうね」


 恋とは、愛とは、そういうものだから。


 何も心配して欲しくなかった。何も心配していないのだから。ずっと繋がっていたいと、ずっと思える程に。

 種が悪いか畑が悪いか、或いは運が悪いのか。子宝にこそ恵まれはしなかったけれど、それでもメルヴィナは彼との行為が幸せで仕方が無かった。

 それが根本まで突き立てられる度に嬌声を上げるメルヴィナだったが、自分の建てた診療所の庭先とはいえ自分が今屋外に居る事を思い出せば、恥ずかしさで真っ赤になってしゃがみ込んでしまいかねなかった。

 青年の想いの丈を、ついぞ使う事の無かった最奥の小部屋に力任せに吐き付けられたメルヴィナは腰が抜けてしゃがみ込んでしまったが、数秒もすれば地面の冷たさに今自分がどこで何をしていたかを思い出し「あらあらあらあらあらあら」と言いながら両手で顔を隠しながら耳を真っ赤にしてしまった。

 けれどメルヴィナは嬉しかった。齢七十になっても尚愛され愛し求め求められる事が。

 当然、誰でも良い訳では無い。

 無論、都合の良い肉穴としてでも無い。

 まともに買い物に出る時間すら無く、食料品の買い出しすらサンスベロニア帝国の兵士に頼むぐらいなのだから、ロレンスが別の女と抱き合っていない事は知っていた。

 だがそんな事は関係無く、誰かに愛され求められる事がこれ程まで嬉しい事だとは思いもしなかった。

「……………………………」

 自分の下腹部に手を当て、その中で動き回る何億の命の卵を感じたメルヴィナは、そのまま黙って自分の胸元に手を当てる。

 まるで干した大根が如く萎んで垂れた胸の、肋骨が浮き出た胸元の奥で流れる血潮の鼓動を感じながら、ほんの僅かながらも満月になり切っていない月を見るメルヴィナ。

 月。そう、月。今の自分は、まるであの月のよう。

 良く見ると満月では無いその月は、あとどれぐらいの時間で満月になるのだろうか。


 一日? 一週間? 一ヶ月? 一年?

 

 あとどれぐらいの時間で、自分は起き上がる力を失うのだろうか。


 自分に残された時間なんて誰にも分からないし、今後ルーナティア国との戦況もどうなるか分からない。或いは今日この後眠ったきり目覚めないかも知れないし、或いは明日ルーナティア国が攻め込んでくるかもしれない。

 齢七十なんてまだまだ花盛り。自分が思う程老いぼれては居ないのかもしれないけれど、


 それでももう長くは無い。

 若い頃に自分を被験体にしてしまうような無理を重ねて来たのだから、そろそろツケが回ってくる頃合いだ。

 それは決して揺るがない。


 ────であれば、これからきたる毎日全てを彼の為に尽くしてあげましょうか。


「………………………そうね、それが良いわ」

「………先生?」

 思い返せば、これまでは全てを自分の為に費やしてきた。時折気紛れで彼の為に時間を使う事もあったが、それすらひいては自分の為。

 きっともう長くはないけれど、多分そう遠くない内にわたしは眠ってしまうけれど、それでも彼は長い間わたしに尽くしてきてくれたのだから、少なくとも眠くなるまでは尽くし返してあげましょう。

 自分にとって何も見返りの無い慈しみを、

 何一つの利も無い、本物の愛を、


 愛してくれた者へ、愛を返してあげましょう。


「───せめて死ぬまで、ずっとあなたと共に───」


 しわがれた声でそう呟くと、何だか不思議と胸の奥が暖かくなる気がした。

 胸の奥の更に奥。さながら魂が熱を持ったような感覚がして、それがなんだかとても幸せであり、幸せに包まれたままメルヴィナは目を閉じ、すうすうと穏やかな寝息を立てて眠りに落ちた。



 ───────



 ハル診療所の朝は早い。

 ………いや、ハル診療所がというよりは、そもそもの医療機関というものはかなり早くから動き回らなければならない。 

 ハル診療所は入院患者を受け入れていない診察と往診のみの個人医療施設ではあるものの、それを踏まえた上でメルヴィナ・ハル・マリアムネが院長を務めるハル診療所はかなり朝が早い部類に入るだろう。

 何しろ従業員がメルヴィナを含めてたった二人しか居ない上、院長であるメルヴィナも御歳七十を越えるご老体なのだから、その補佐が出来る唯一の看護師であるロレンスはかなりの早起きをする必要がある。

 そう考えるとハル診療所の朝というより単にロレンスの朝が早いだけなのかもしれないが、それでもロレンスは何一つ不満を抱いてはいなかった。むしろ愛すべき先生の負担を少しでも減らせるのなら、早朝を通り越して最早明け方近くから起きる事すら訳無い話。医薬品の個数チェックや器具の点検、金庫からレジスターへの金銭の移し替え等といった営業準備如き、ええどうぞ喜んでという気概すらあった。

「よし。………大丈夫だな」

 指差し確認こそ行わないが、ロレンスは必ず二回のチェックを行う。まずは通常通りに準備を済ませ、その後敢えてゆっくりと歩きながら順繰りに一周回ってチェックをしたら、もう一度ゆっくりと歩きながら焦らず確実に、目視で一つずつ再チェックを行うのがロレンスのやり方。

 そしてそれを済ませたら、うとうとしているメルヴィナを本格的に起こしに向かうのが、彼の日々の日課となっていた。

「ロレンス! ロレンス見て! ロレ────あれ居ないわ、こっちかしら………ロレーンスっ! ローレーンス───えローレンス? 違うわローレンスじゃないわロレンスよ。ローレーっ………いやだわ何でかしら大きな声で呼ぼうとするとどうしても別の人を呼んでしまうわ」

 しかしその日は違った。

 カウンターの奥にある扉の向こうから、パタパタとスリッパを鳴らす音と共に妙にテンションが空回りしている女性の声が聞こえてくる。その喋り方はメルヴィナのものではあったが、普段の声色とは物理的に違う音だった。

「…………先生?」

 扉を開けて彼女の元へと急ごうとしたロレンスが踵を返すと、直後バタンと大きな音を立ててその扉が開かれた。

 そこに立っていたのは────、

「な……………っ!?」

何の事は無い。誰でもないその人。ハル診療所の院長、メルヴィナ・ハル・マリアムネその人だった。


「見て見てロレンス! おっぱいぼよんぼよんになったわ! たくわんおっぱいじゃなくなってるわ!」


 ただし、誰がどう見ても御歳七十を越える者とは思えない風貌。あの日あの時、まだ幼き少年だったロレンスが想いを抱いたメルヴィナ・ハル・マリアムネ。

「…………………」

 何故、と口に出したかったロレンスだったが、余りの光景に言葉を全く発せない。さながら酸欠になった魚のように口をパクパクとさせながら鼻上げをするよう上から下まで何度もその姿を見直す。

「しかもウエスト凄いわよ! 見てほらこのくびれ! きゅっきゅっきゅーだわきゅっきゅっきゅー!」

 前日に愛し合ったメルヴィナではあったが、その姿は完全に若かりし頃のメルヴィナ。昨日の夜乱れ狂ったまま気を失うように寝てしまった愛しの人は、その時と全く変わらないほぼ全裸と言って差し支えない姿のままだった。

 だがまるで干し大根のようにシワシワに垂れていたはずの両胸は大きくふくよかに膨らんでおり、基礎体力の低下に伴った運動不足によりぽてっと膨れていたはずの腹部は縦型のへそが眩しい程にくびれていた。

 その両胸を下からぽよぽよと揺らしながら「おっぱい超ぼよんぼよんになってるわ! 懐かしいわねえ肩にのし掛かるこの感覚!」と笑顔ではしゃぐその人は、誰あろうメルヴィナ・ハル・マリアムネであり、ロレンスの初恋の人であった。

 白髪など一本も無い茶色の髪を揺らしたメルヴィナは、呆気に取られて何も言えずまるで指差し確認でも行うように人差し指を向けて呆然とするロレンスに向け、思い出したように立ったままがに股をして叫んだ。

「あと見てロレンス! おま◯こ綺麗になってるわ! 真っ黒ビラビラじゃ無くなってるわ! 多分締まりも良くなってると思うわ! 後で早速試しましょうね!」

「………………………………」

 ロレンスの初恋の人。愛しの想い人であるメルヴィナ・ハル・マリアムネは、謎の若返りに伴い少し品が無くなっていたようだった。




 ───────




「あぁ……良いよ…………堪らないね………あぁぁ、イキそうだよ……っ! …………背筋がゾクゾクするよっ!」

 ルーナティア国きっての超変人であるペール博士こそペール・ローニーが声を荒らげると、僕らの体はそれに呼応するかのように激しく上下に揺れ動く。

 ペール博士の頬は薄く紅潮しており、幾らか控え目ではあるものの中々悪くないその胸が揺れるのに合わせて、薄く開かれたその唇から熱い吐息が漏れる。

「もう駄目そうだよっ……我慢は体に毒さ……あぁイこうよ……もうイこうよっ」

 リップはおろかグロスも塗ってない唇から熱情が溢れ出す。感情の昂りに合わせるように呼吸も乱れ始め、その動きは徐々に激しくなっていく。

「良いだろうっ、もう良いだろうっ? もうイッていいだろうっ? 二人でイこうよっ! ほらっ! ほらっ! さあイくよっ!」

「行かねーよお前そういうベクトルであいつらと同類かよ」

 僕がそう言うとペール博士は不満げに「ええー」と口を尖らせ、少しだけ冷静さを取り戻す。

 ………エロシーンだと思った? 残念! トチ狂った馬鹿博士のトチ狂った馬鹿シーンでした!

「げぼっ! げぼくっ! げぼ───オェッ! ………ちゅかれたっ! ちゅっ! ちゅかれてきたっ! げぼくっ! かわりぇっ! おりぇとかわりぇっ!」

 背中を激しく動かしながら駆け抜けるラムネの切望が通じたのか、ペール博士は「あぁ分かった分かったよ全く」とにょろ吉の胴に足をぽんぽんと当てれば、意図を察したにょろ吉くんは移動速度を徐々に下げ、やがて歩くまでに遅くなっていった。それに合わせ、それまで結構な速度で駆け抜けていたラムネも徐々に歩きへと変わっていく。

 ………知らない者も多いかもしれないが、ネコ科の生き物というものは瞬発力に長ける代わりに持久力には乏しい。ラムネは法度ルールを適応する事により僕から多大な生命力を奪っている為、馬でいう所の速歩はやあしぐらいまでならそこそこ維持出来るが駈歩かけあしになると一気に限界が早まる。幽霊猫だし喋れるし法度ルール持ちでもあるのだが、それでもどこまでいってもネコ科である事は揺らがない。つまりラムネはスプリンター短距離走者なのだ。

 対してペール博士が乗っているユキオオトカゲのにょろ吉くん(メス)は、トカゲだというにも関わらず非常に持久力のあるランナー長距離走者である。

 通常トカゲという生物は持久力に乏しい種が多い。そもそも爬虫類自体が変温動物である分どうしても代謝が低く、種によっては『走りながら呼吸出来ない』というトカゲもいる程なのだが、ペール博士が研究室の防衛用として飼っているユキオオトカゲのにょろ吉くんは有り得ない程スタミナがある。ペールマッドローニーサイエンティストにより魔改造されているという点もまあ十中八九あるのだが、そうでなくともルーナティア北部の寒冷地に生息する爬虫類変温動物であるユキオオトカゲとかいう種は、寒さに適応する為か持久力に長けるという。血圧を上げる為なのか筋繊維の摩擦で体温を上げる為なのか分からないが体を大きく振り回すように移動する習性があり、それに伴うように気性めかなり荒い。ベルクマンの法則に従って非常に大型化するようだが、体が小さい幼体の頃は母個体に付きまとって食事を得る。その際に母個体は獲物に不必要な傷を付けず手足だけ的確に折るようにして対象を捕縛し、幼体は動けなくなった獲物の穴という穴から体内に侵入。獲物の体温により自身の体を温めながら少しずつ捕食し、死が近付くに伴って体温が低下したら一気に宿主を殺して再び獲物を探しに出るという「それなんてリョナゲ?」というような生態をしているらしいのだが、まあ今回は別にどうでも良い。

 兎にも角にも、通常のユキオオトカゲは寒冷地に完全に適応している分、常温下や高温下では狩りを行う余裕が無くなり、一般的な爬虫類と同様に涼しい場所を求めて徘徊するという。

 だが研究大好きイカれポンチことペール博士によって魔改造された結果ユキオオトカゲのにょろ吉くんは、繁殖能力と引き換えにある程度までの高温下でも通常通りに行動出来るだけの生命力を得たのだという。

 ………それにしても湯気子然りにょろ吉くん然り、ペール博士のネーミングセンスはちょっと良く分からない。何かに付けて「◯◯・ザ・◯◯」という名前を付けたがるどっかの首がポキって折れる糸目のお婆ちゃんよりはマシに思えなくもないが、どっちにしても正直あんましセンスが良いとは言い難い。

 そもそもこの個体はメスだというし、であれば……そうだな、「バシリス子」とかどうだろうか。……うん、良いな。我ながら良いセンスだ。

「………………………」

 ラムネがへひへひと口を開けて荒く呼吸している横で、ユキオオトカゲのにょろ吉くんはラムネが追い付くので必死になるぐらいの速度で駆け抜けていたにも関わらず口を閉じたままコルルルと喉を鳴らしながら虚空を見詰めている。

 ………ヘビやトカゲを気持ち悪いと嫌う人は多いが、爬虫類という生物は大体総じてつぶらな瞳で、良く見ると非常に愛らしい顔をしている。瞳孔も「蛇といえば縦長」というイメージがあるものの、例えば日本固有の蛇であるアオダイショウなんかは我々人間と同じように丸い瞳孔をしているし、実はライオンやトラなんかは猫なのに縦長では無く丸い瞳孔だったりするという。この辺に関しては専門ではないので僕には分からないが、なんか捕食と被捕食の生態に強く影響しているとかどうとか。

「………………………………」

 一点を見詰め続けたかと思えば時々頭を振るようにキュッと別の方向を見詰め直す姿は中々どうして可愛いのだが…………ここで僕が前述している説明を思い出して貰いたい。

 にょろ吉くんことユキオオトカゲは気性がかなり荒いのだ。ほんの少しでも危害を加えられると簡単にブチ切れ、対象がピクリとすら動かなくなるまでボコるのをやめないというから「お前もかよブルータス、ゴリラ多過ぎだろ」と思わざるを得ない。ペール博士の事は完全に格上だと認識しているようで彼女以外の命令はしっかり聞くらしいのだが、それは言い換えればペール博士以外の命令はマトモに聞かないという事であり、普段からにょろ吉くんの近くにいる湯気子ですらその扱いには苦労しているという。

 …………そんな話を聞いていると、なんだか某巨大掲示板に立てられるスレッドタイトルを脳死でパクったエロ広告のように「俺の転生先が狂戦士バーサーカーだらけな件についてwww」とか言いたくなってくる。

「かわっ、かわりぇ! げぼく! おりぇとかわりぇ! げぼくがはしりぇ!」

 のんびりと歩きながらも、しかしふひふひと息を乱れた呼吸でそう言ってくるラムネだが………僕がセカンドバッグのようにラムネを抱いて走るぐらいなら、ペール博士に頼んでにょろ吉くんに二人乗りさせて貰った方が良いだろうとは言わないでおく。

 ……言わない。それは言いたくない。ペール博士は二つ返事で許可をくれるだろうけど、それでも僕は割とマジで嫌だった。

 何せペール博士は研究熱心な探求者。どれだけ研究熱心かといえば「風呂に入らなさ過ぎて何かいつもソーセージみたいな臭いがする」ほどに研究熱心なのだから、くさフェチではない僕にとってそんな女性として確実に終わっている女性に抱き付きながら猫セカンドバッグを小脇にバカデカトカゲの二人乗りタンデムとは洒落込みたくはない。どういう状況だよ、情報量が多過ぎるわ。

 ………人間は哺乳類の中でも群を抜いて知能が高いが、反面で他のステータスはカスも良い所なのは「ヒトカスさん」と揶揄される事からも知ってる人が多いかもしれないが、その中でも人間ヒトの嗅覚のクソザコ具合は特に顕著であり、例えどれだけ臭いの強い場所に居たとしても人間の嗅覚は二分以内に麻痺して臭いを感じなくなってしまう。

 だからぶっちゃけ臭いフェチでも鼻血を吹きながら縦回転しそうなペール博士が相手でもすぐに麻痺するとは思うのだが……何かもう、この人に関しては「その二分が耐えられんのじゃいボケカス」といったレベルで強烈。

 湯気子に口煩く言われた事もあって最近ではマシになったらしいが、一時いっときのペール博士はとんでもなかったようで、何と全身が霧や水蒸気といったダスト構成されている湯気子にすら「目にクるレベルのグレートスメルだったですう」と言わしめる程だったという。

「ありがとうねラムネ。ちょっと休もうね」

 素直な感謝の言葉を口にしながら頭を撫でればラムネは不満げに「むぅ〜」と唸りながらも落ち着いてくれた。一見可愛いようにも思えるかもしれないが、生憎と今のラムネはスプーキーほんのり不気味ではなくスケアリーマジ怖いなので正直不機嫌な顔で睨まれるとおしっこ漏れそうになる。

 大型化に伴い舌が回らず喋りにくくなる関係から口調は可愛いし声色も通常のラムネのままだから背中にしがみついている時は僕でも勘違いしそうになるのだが、どういう理屈なのか外側に飛び出た大量の牙は個別にうねうね動くし、スプーキーキャットの時は黄色だった瞳も法度ルールを適応させてスケアリー化するに伴ってメラニン色素が増加するのか橙色に代わり、その瞳のサイズは僕の頭よりも大きくなる。光の強い日中で縮まった縦長のクソデカ猫目に睨まれようものなら「美味しくないです! 僕は美味しくないです!」と泣きながら叫びたい衝動に駆られる。



 ………して。僕らが今何をしているのかという話なのだが、別に魔王さんから何かお使いを頼まれたとかそういう話ではない。

 むしろ雨の悪夢の一件もあり、魔王さんは僕ら『いつものメンツ』をそこまで派手に動かせなくなったらしいから、ますますもってどうして僕が化猫スケアリーなラムネの背にしがみついているのかと思うかもしれない。

 結論から言ってしまえば、僕はペール博士に無理矢理連れてこられた。

 この辺は認識が甘かった所の一つでもあるのだが、愚者や勇者はいわゆる異世界人を指す単語である。僕からすればここは異世界だし、この世界の住人からすれば僕は異世界人な訳だ。

 となると当然、免疫力や未知の病原菌だの感染症だのといったものに色々とお世話になってしまう可能性が見え隠れしてくる訳だ。

 僕はこの世界の病原菌に対しての免疫力だの抗体だのは何一つ持っていないので、呼び出されて数日で「グエー死ぬンゴ」となってしまうかもしれない。逆も然りで、僕が持っていた「僕自身には耐性があるけど、ルーナティア人には何も耐性が無いウィルスやら何やら」をこの世界に持ち込んでしまい、とんでもないパンデミックを引き起こす可能性も高い。

 そしてそれは僕だけでは無い。僕は日本からやって来たが、橘光光は僕の居た日本とは・・・・・・・・少し違う別の日本・・・・・・・・からやって来ている。パルヴェルトやラムネ、他の愚者や勇者も同様らしく、本当に時々だが光とすら話が噛み合わない時がある。

 となると当然、病だの何だのに関する認識の違いも出てくる可能性が高い。極端な例を挙げるならば、例えば僕が「咳が出るとか熱が出るとか鼻水ズビズビとか、それが風邪」と言ったとしても、もしかしたら「は? 風邪っちゅーたら心臓三つに分裂して爆裂する致死性の病気やろ」とか言われてしまう可能性だってある訳だ。

 そういった事もあり、尚更未知の病気に対して警戒しなくてはならない呼び出したやつら・・・・・・・・僕ら愚者に対して定期検診を強制している。

 今回の一件はそんな定期検診でペール博士の居る医務室を訪れた際、多分サンスベロニア帝国の情報っぽい感じの話を湯気子としていたペール博士が「はっはっはっ! これはイクしかないだろう!」叫んだかと思えば、そのまま僕とラムネを連れ出し軽やかにルーナティア領土を離れた。

「定期検診なんざいつだって出来るだろう!」

と言っていたペール博士だが、個人的に定期検診というものは定期で行うからこそきちんとした経過観察が出来るのであって、不定期で検診を行った所でそれは「何となく気紛れで健康診断しに来た中年」と何も変わらないんじゃねと思うのだが、バカデカトカゲに乗りながらトロ顔を晒しているマッドサイエンティストにそんな事を言ったとしても馬の耳に念仏、ラムネに相対性理論という所だろう。

 余りにも急に決まった話し過ぎてジズや光、パルヴェルトやトリカトリは追い付く事すら出来ずにお留守番であり、それと同時に湯気子も留守番である。何でもペール博士の研究室にある資料やら実験結果のレポートやらはある程度の知識がある者なら喉から手が出るほど欲しいような物ばかりらしく、湯気子はペール博士が不在の間それらを守る役目として研究室で待機となった。

 ………というか、そもそも湯気子は屋外に出られない。彼女は『湯気子』という名前が示す通り、全身が霧状の粉塵ダストで構成されている魔法生物だか何だかなので、屋外に出た瞬間風で体が吹き飛ばされてしまう。魂自体は別枠でしっかりと確立されてているらしく、仮に体が吹き飛んでしまっても別に死にはしないようなのだが、その湯気にも見える霧やダストのようなその体が吹き飛ばされると、目も見えなくなるし喋る事も出来なくなってパニックになってしまうらしく………屋外は元より例え屋内であっても誰かが小走りで湯気子の隣を通り過ぎる程度の風圧ですら「ほわーッ!?」と悲鳴を上げながら吹き飛んでしまう。放っておけば数秒後には体を再形成し始めるのだが、その間は一切コミュニケーションが取れなくなるので、やはり屋外には出られないようなものである。そんな湯気子に「目にクる」とまで言わせるペール博士の臭いは一体どれだけやべーものだったのか少し気になる。何せ「湯気子って目ぇあるの? 物理的には無くない?」と返した僕に対して「それなのに目にキたですう……あれマジでビビったですう……」と言ってきたのだから、恐らく抽出して香水にでもした日には香水という名で合法所持可能な催涙スプレーが出来上がるかもしれない。

 そんなこんなの消去法で僕とラムネに白羽の矢が立った訳なのだが、ぶっちゃけ何で連れられたのかはよく分かっていない。ペール博士が言うには古い知り合いが何か前例の無いタイプの法度ルールを獲得したとかで居ても立ってもいられなくなったとかだったのだが、正直クソ程どうでも良かった。

 しかしジズとは違うベクトルで気怠げなペール博士にちょっと狂気を感じさせるニッコニコの笑顔で僕の胸倉をガクガクと揺らしながらイクよイクよと連呼されれば「わぁかったわかぁかったわぁあぁあぁ」と頷く他に無かった。

 とはいえ一抹の不安も当然あった。法度ルールを適応したラムネは見た目通り機動力と破壊力には長けるのだが、実際の所ジズや光と比べると戦闘力的にはかなり低い位置に居るし、何なら我らが愛すべきパルヴェルトよりも弱い部類に入ってしまうからだ。

 動物的な直感にほぼ全てを任せて行動するラムネ・ザ・スプーキーキャットは、それこそ野生の勘で上空から降ってくる大量のフレシェット弾を全て避けるぐらいの機動力はあるのだが、法度ルールの適応に伴って大型化する関係上どうしても基本の当たり判定が大きくなる。たかだか猫パンチ程度であっても普通に即死級ではあるものの、そもそも持久力に乏しい関係上ジリ貧になりやすいし、攻撃手段も猫パンチと噛み付きぐらい。

 通常通りの『いつものメンツ』であれば、割と気が利くビッグスモールビッチーズであるジズと光が勝手に最前線に突っ込んで引っ掻き回してくれるのだが、今回はそれら友軍の援護が何も期待出来ない。

 しかもペール博士ことペール・ローニーに関する戦闘能力の情報を、僕は殆ど持っていなかった。知っている事といえばなんか法度ルール持ちだという事ぐらいしか無く、普段の所作を見る限りでは睡眠不足も相まって足取りも怪しいので、正直言って一抹どころか三抹ぐらい不安である。



 さながら「今週の土曜に遊園地行こうね」みたいな事を言われた小学二年生のような感じのウザ過ぎるタイプのハイテンションを維持し続けるペール博士に「何をしているんだい早く早く! ほらほら! イクよ! イケるよ! 一緒に! ほら!」とか急かされまくった僕とラムネだったが、余りにも鬱陶しい系のそのテンションにそろそろイラついてくる頃、視界の先にようやくサンスベロニア帝国の城門が見え始めた。

「ラムネ、もう着くよ。もうすぐ終わりだよ」

「………ヴヴゥゥ─────フシュッ」

 ダル絡みしてくるタイプのギャルやヤンキーのようなペール博士に対して比較的温厚な部類の僕ですらちょっと苛立ち始めているのだから、キレ症持ちのトリカトリにも負けず劣らず直情的な獣であるラムネなんかは既にかなりキていた。

 ラムネが唸る事自体は割とそこそこある。法度ルールを適応していない時でも「おやつを〜? あげ〜? あげ〜? あ〜げ〜?」とかいう感じで僕におちょくられた時なんかに細く鋭い犬歯を剥き出しにして唸ってくる事は結構あるのだが、今回のように唸ってからフシュッフシュッと息を吐くタイプの威嚇は相当レアケースである。

 光に対して散々イキっていた割に三秒掛からず分からせられてそのままイッてしまったいつぞやの鎧武者の戦勝会で魔王さんからご褒美で焼肉をご馳走になった事があったのだが、何せ裕福でもない一般家庭に生まれ育った僕なのだからナイフとフォークでステーキを食べる事にかなり苦労してしまった。目の前では光がどこかの海賊漫画の主人公のようにフォークをぶっ刺して丸かじりしていたり、その大きな四本指の二本を使ってステーキをつまんだかと思えばそのまま一口で丸々食ってるトリカトリがいたりと「えぇ……?」となってしまうような惨状が繰り広げられていたのだから、今更ここで上手くステーキを切れない奴がいた所でどうという事も無いのは分かっていた。分かってはいたが、凄え手慣れた所作でステーキを食べるパルヴェルトと、意外な事に超お上品にステーキを食べるジズに負けた気がして、腹が立った僕は必死になってナイフで肉をギコギコ切っていた。

「あっ」

 一口サイズに切ったステーキをフォークで刺して口に運ぼうとした時、刺し方が甘かったのかステーキはポロリとフォークから離れて床に落ちてしまった。無作法だとかお行儀がどうとかではなく「うわ勿体無えコレきっと超高え肉なのに」とか思ってしまう辺りに育ってきた環境が伺えるが、三秒ルールと叫ぶ勇気が無かった僕はそれを指で抓んで皿の縁に置こうと思った訳だ。

「────おにくッ!」

 ………そう思った訳なのだが、肉を抓んだ瞬間ラムネに爆速で強奪された。抓んでいる指ごと持っていかんばかりに噛み付いてきたラムネは僕の親指に犬歯を掠らせつつステーキ肉を奪取、そのまま肉を地面に押し付けるように頭を低く下げた。

 愚者は既に一度死んでいる者であり、ラムネもその愚者の一枠なのでソースの塩分がどうとかは関係無いのだが、それでも何となく犬や猫に味の濃いステーキソースが掛かった肉を食べさせる事に抵抗を覚えた僕がその肉を取り返そうと手を伸ばすと、ラムネはまるで親の仇が如く僕を睨み付けながら低く太い声で「ヴヴゥゥ───」と唸り、フシュッフシュッと息を吐きながら器用に頭だけ動かしてステーキ肉を咥え直した。何せ法度ルールを適応する際に「───おなかへった───」だなんて宣言するような子なのだから、大なり小なり食べ物に執着心を見せるだろう事は分かっていたが、だがまさかここまで必死の形相で睨まれる程だとは思わなかった僕は「わ、分かった分かった。取らない取らない。取らないからゆっくり食べな」と取り返す事を諦めてしまった。

 …………その時と全く同じ現象がお肉抜きで今起きているのだから、ラムネの苛立ちは尋常ではない。

 しかし今更どうする事も出来ない故、ラムネには我慢してもらう他に無いのだが…………。

「…………あ、あの、えっと、その」

 サンスベロニア帝国の城門前に立っている門衛が呻くように呟いた。まるで今目の前で起こっている事が理解出来ていないようなその呟きと表情で呆然としている門衛さんだったが、それもそのはず。

「ヴヴヴゥゥゥゥゥゥゥ─────フシッ」

「ほらほらほら! 早く! 早くイこうよ! 一緒に! ほらイクよ! イク! ああっ! ─────っうゥン……あ、っはァ、っ…………ぁっ、イイねぇ……この感覚だよ………っ」

「………………」

 門衛さんの前に居るのは、ブチギレ一歩手前まで苛立ってる超巨大な化猫と、無言で喉を鳴らすクソデカトカゲと、そのトカゲに乗りながら何故か甘イキ晒してとろけている白衣のハイテンション女と、ブチギレ直前の猫に乗ってる疲れ目の僕。一般人である門衛さんが困惑するのも無理はないだろう。これが逆の立場だったら降霊に失敗したイタコの如く「お帰り下されェェエエエッ!」とか叫びながら職務放棄して帰宅している所だ。



 けれど門衛さんの説得には対して時間は掛からなかった。甘イキしてしまった事でタガが吹き飛んだのかにょろ吉くんに乗りながら左手で股間を弄り始めるペール博士を指差しながら「これ医者です。これでも。でもこれ馬鹿だから僕はこれの見張り役で、この子達は移動手段兼ペット兼用心棒です」と説明する僕を見た門衛さんは「え、あ、そ、そうですか……」とだけで済まし、それ以上の言及はしてこなかった。

 とはいえ門衛としての仕事はしっかり果たせているようで、入国に際して必要となる書類へのサインと指紋採取をする事になった。ルーナティア国と同様にサンスベロニア帝国で使用されている言語は異世界人である僕にとって完全に未知の存在。しかし言語が読めないという事がバレたらヤバそうだったので何となく「んーハイハイなるほどねー」とか言いながらドヤ顔でチェックボックスにレ点を付けていき、自分の名前を記入する所で詰んだ。もたもたしていると怪しまれそうだった為、急場で頭をフル回転させた僕はいつだかルーナティアで見たジズの名前をそれっぽく書き、その場を凌ぐ事に成功した。

 その後名前の横に左手の人差し指を使って捺印を押すと、門衛さんが取り出したデカいハンコを書類の右上の方へと押してくれる。これにて入国書類の記入は終わりであり、この書類は捺印が使用されている関係からこの場で門衛さんに渡すような事はせず、記入者が国を出るまで自身で保管し、国を出る際に再びここで門衛さんに見せるのだという。見せた後も門衛さんに渡すような事はせず、記入者自身の判断で保管するなり処分するなり、といった流れになっているようだった。左手人差し指の指紋を取る所や朱肉が赤ではなく黒だという点では「日本の警察みてーだな」とも思ったが、指紋での捺印がされている書類だろうと容赦無く相互保管という事になる日本の意味不明なセキュリティとはだいぶ異なっているようで、何だか少しだけ安心した。

 書類を書き終えた僕はそれまで門衛さんと共に敢えて見ないフリをしていたマ◯ズリ博士へと目線を向けるが、まだお済みではないようだった。いや実は書類の説明を聞いている時や実際に書いてる時とかも後ろから喘ぎ声が聞こえてたから、向き直らなくても完全にスイッチが入ってしまってまだまだ終わってない事は分かっていたんだけどさ。

 ……でも凄いな、不思議だ。真横で異性がオ◯ニーしてるのにピクリとも興奮しないや。もしかして僕はインポテンツだったのか? いやそれは困るな、帰ったらジズに「インポかもしれないから! だからお願いちょっと脱いでくれないか!」って直談判してみる事にしよう。物分りの良いジズの事だ、きっと快く受けてくれるに違いない。

「…………あー、本当は駄目なんですけど、ちょっと状況が状況っぽい感じがするんで……」

 立ったまま一心不乱にお楽しみを続けるペール博士を見た門衛さんは、そう言って未記載の書類の右上にさっき使ったデカいハンコをぼんと押して、そのまま僕へと渡してくれた。

「事が済んでからで宜しいので、後々記入欄へ書き込んでおいてください」

「良いんですか? ありがとうございます、マジで助かります」

「いや本当は書類がどうとかではなく淫行罪で引っ張る……あー、現行犯逮捕出来ちゃうんですけどね……………何かビックリする程見て見ぬふりをしたくなるんで……」

「分かるぅ、超分かるぅそれぇ」

「緊急逮捕も正直色々面倒ですし、何よりここで逮捕するのとしないのとで、何となく逮捕した方が遥かに面倒な事になりそうな気がするんですよね」

「それも分かるぅ、何故か超分かるぅそれぇ」

「という訳で、必ず記入しておいてくださいね」

 そう言った門衛さんは僕の横にいる痴女から目を逸らし、兜を直してから「それでは。ようこそ、サンスベロニア帝国へ」と言ってくれた。




 帝国と名乗っている関係や自由人が多いルーナティア国と対立している関係から、僕はサンスベロニア帝国はそれこそディストピアさながらの統治国家なのだと勝手に思っていた訳なのだが、けれど実際サンスベロニア帝国に来てみるとその想像は全くの見当違いであったとすぐに見識を改めた。

 某フードを着ているネズミの妖怪のようなビビビビンという数回に渡る往復ビンタ程ではなかったものの、それにかなり近いレベルの連続ビンタを行った結果ようやく理性を取り戻したペール博士と共に歩くサンスベロニア帝国の下町は、様々な人種、種族の人々が様々な表情をしながら歩き回っている賑わった場所だった。客引きの声に目向ければ彩り豊かなアクセサリーや織物、野菜や果物が所狭しと売られており、その様は警戒しまくっていたのが何だか馬鹿らしくなってしまう程。

 クソデカトカゲであるユキオオトカゲのにょろ吉くんも普通に城下町へと入ってのっしのっしと大通りを歩いているのだが、多少奇異の目を向けられこそすれ騒がれるような事が無い辺り、この世界の生態系というか生物的な認識、見識というものが何となく窺い知れる。

 因みにラムネは法度ルールを解除して僕の上に乗っている。法度を解除したラムネはすぐに「のせろ! こんどはおれがげぼくにのる! のせろ! はやく!」とキレ散らかし、断る理由やメリットが特に浮かびなかった僕は肩車のようにラムネを背中に乗せた。僕の肩に両足を乗せ、僕の後頭部にラムネのお腹が当たるような体制になったラムネはちょっとだけ高い位置に居る事で機嫌を良くしたのか、もふもふとした猫手を使って僕の頭にしがみつきながらも先程から「げぼく! あっちおにくある! おにく! んわっ!? あっちにもある! おにく! ちょーおにく! ぴょぉー!」とずっとテンションが高い。

 幽霊猫である関係から何も食べずとも飢える事も無ければ、何を食べても満たされる事の無いラムネ・ザ・スプーキーキャットの言う事を何から何まで聞いていたら僕が素寒貧すかんぴんになってしまうので、ラムネが騒ぐ都度まるで年末年始の初詣で騒ぐ子供をなだめる親のように「はいはい後でね。まずは用を済ませてからね」と騙し騙しで通りを進んでいた。余談だがラムネが「あっちあっち! あっちだぞげぼく!」と騒ぐ度にしがみついているその猫手を使って僕のおでこ辺りをぺひぺひと叩くのだが、猫肩車とかいう不安定な体勢である事も相まってガッツリ爪が出ていてスゲー痛い。人によっては肉球がどうとかで幸せでどうとか騒ぐかもしれやいが、ぶっちゃけ猫手が僕のおでこを叩く度にプスプスと爪が刺さるし、仮にそれから目を逸らして肉球に目を向けたとしても興奮している事もあってか肉球は汗ばんでいてぺとぺとしているので余りぷにぷに感を感じられない。そうでなくとも猫は人間より基礎体温が約一度程高いので後頭部がめっちゃ暑い。

「ああ、そこだ。そこだよ………本当に何も変わってないな」

 そんなラムネをいなしつつ歩みを進めていけば、やがては大通りから街外れ。どこか閑散とした雰囲気を醸し出す細めの通りには少し大きな建物があり、にょろ吉くんに乗ったままのペール博士は感慨深そうな口調で「意外と変わらないものだ、懐かしいね」と言いつつ、軽くそこを指差した。

 周りが小さな戸建ての家屋ばかりな通りの中でその建物は他より幾らか大きく目立っていたが、出入り口と思しき場所の上部に掲げられた看板から、そこが何かしらを扱う店舗である事はすぐに想像出来た。………が、ルーナティア国とサンスベロニア帝国はとでは使用している言語が違っているようで、異世界人である僕には相変わらずどちらも何一つ読めやしなかった。

 店先ににょろ吉くんを待機させたペール博士は、そのまま「ほら行くよ」と言い、僕を待たずに入り口の引き戸を開けて中へと入っていった。




 建物が病院だという事はすぐに分かった。

 入り口を通り抜けた建物の中は待合室のようになっており、それだけでは何か分からなかったが………それでも強く漂う消毒薬の匂いを嗅げば、さしもの僕とて気が付くというもの。

 けれど待合室には誰もおらず、受付のような場所にも誰もいなかった。

 だがペール博士は受付の横にある扉を勝手に開けたかと思えば、そのままずんずんと中へと進んでいってしまう。待っているべきか悩んだ僕だったが、誰もいない病院で待たされるというのも何だか不気味に感じたので、少し遅れながらもペール博士に付いていく事にした。

「……………………………」

 コツコツと靴音を鳴らしながら板張りの廊下を歩んでいくと、やがてガラス窓がはめられた回転ノブ式のドアに突き当たる。ペール博士がそのドアを慣れた手付きで開ければ、開いたドアから風が入り込み、そこが外に通じているドアだと分かる。

「………おお、やはり……ふふ、ふははは、驚きを隠せないね」

 ドアの向こうは円形の中庭になっており、ベンチや椅子が備え付けられた小さめの東屋あずまやの向こうには、一際目を引く大きな桜の樹が生えていた。まだシーズンでは無いからか花こそ咲いてはいないが、その深緑の葉や太い幹は、前世でもよく見た桜の樹そのものだった。その傍らに佇む二人の男女を見たペール博士は、まるで思い出したかのようにヤバめのテンションで笑い出すと足早に歩み寄っていく。

「世界には『随分と老けたねえ』なんて言い回しがあるが、まさかそれとは真逆の言葉を言う事になるとは思いもよらなかったよ。…………ああ全く、懐かしいじゃないか先生。『随分と若くなったねえ』」

「………………ペロちゃん?」

 イカれポンチのイカれた言葉に二人の男女が振り向く。最初は怪訝な表情をしていた女性だったが、やがて口を開き、まるで犬に付けるような名前を口にした。かと思えばペール博士が「その名前はやめろと何度言えば分かるんだい」と不満げに返す。

 すると女性はぱちんと両手を合わせて「あらあらあらあら!」とどことなくババア臭い反応をしながら笑顔になり、せかせかとペール博士へ駆け寄り、いきなりハグをしたかと思えばその頭を撫でくり回した。

「懐かしいわねペロちゃ────あらやだ超臭いわ! ペロちゃんまたお風呂入ってないでしょう!」

「何を言うか、これでも前よりは遥かに入浴頻度は増えたんだぞ。あとペロちゃんって呼ぶな」

「ちゃんと毎日入ってるの? 一年に一回風呂に入った程度は「ちゃんとお風呂に入った」とは言わないのよ? ペロちゃん、本当にちゃんと毎日お風呂入ってる?」

「はあ? 毎日だと? 馬鹿を言うな、ふざけないでくれ、そんな時間がある訳無いだろうが。研究にしろ公務にしろ基本的にクソ忙しい身だぞ。あとペロちゃんって呼ぶな」

「まあっ! それはダメよペロちゃん! ちゃんと毎日入らないと! シャワーだけじゃダメよ? お湯にもしっかり浸かるのよ? じゃないとハゲちゃうわ」

「風呂なんぞ月一ペースでも過剰なぐらいだろう。体が痒みを覚えないならわざわざ入浴する必要なんて無い、それはただの資源の無駄だ。あとペロちゃんって呼ぶな」

 そんな別次元の違う会話をしているペール博士と女性を他所に、ふと気付けばもう一人居た男性が僕の真横へと近付いていた。

「………………………………」

 長いとも短いとも言えない長さの金髪を揺らしたその男は、正直見ててムカつくぐらいのイケメンだった。背も高く、目鼻立ちも整ったそのイケメンは女性陣には見向きもせず僕の元まで一直線に近付いてくるが、しかし彼は何を言うでもするでもなく、血走ったような目付きで顎をシャクれさせながら僕に顔を近付けてくるだけ──近付かせ、近付…………。

「いや………ちょ近、近い。近い近い近い。なになにこの人キモっ」

 それこそキスでも出来てしまう程の距離まで近付いてくる男に思わず顔を背けるが、しかし男はそれでも止まらず僕の額に自分の額をゴツンとぶつけてくる。

「テメエ先生に色目使ったらどうなるか分かってんな? お? 先生に色目使った瞬間テメエのち◯こ輪切りにしてオニオンリングみてえにカラッと揚げっからなコラ」

「痛、ちょ、なにこの人いきなりキモいんだけど………痛えって。普通に痛えってやめろお前デコぶつけてくんな。なんなんだこいつ普通にウゼえ」

「どいつもこいつも先生が若返った瞬間色目使いやがってよお。ナメてんのか? あ? 何が「ちんちんの調子が悪いんで診てください」だコラ。全部オレが診てやるわ。「ある日突然射精出来なくなりました」だ? 心配すんなオレが触診して抜いてやるわボケコラ。テメエがイクまでオレがシコってやるわ。総合医師ナメんな、男性相手の泌尿器触診如き気にも留めねえわ。絶対ぜってえ先生に手コキなんかさせねえからな」

 血走った目付きのままゴツンゴツンと僕の頭にデコをぶつけ恨み言を連ねていく男は完全にケンカ一歩手前のヤンキーのそれだったが、正直何で僕が因縁吹っ掛けられているのかは全く分からず………喧嘩っ早い仲間たちに囲まれているのもあってか徐々に僕まで苛立ってきてしまう。

「いや知らねえよタンカス野郎が。というかそもそも若返ったってどういう事だよ」

 謂れの無い因縁や難癖に対して苛立ちを隠さずに言い返してしまうのは若さ故という奴なのだろうか。よく分からない内にキレ掛かっているイケメンに対してキレ返すスレスレの口調で僕がそう返すと、それまで女性と会話していたペール博士が僕らの方へと向き直って「ああそうだ、それそれ」と口を開いた。

「それが今回の本題だよ。言い忘れていたね」

「言い忘れるな。言え。ちゃんと言ってから僕を連れ出せ」

「あらあらなあに? もしかしてペロちゃん、何も言わずに彼を連れ出したの? ダメよペロちゃん、そういうのは良くないわよ。イカせれば和姦とか信じちゃ駄目なんだからね?」

「はっはっは、済まない。あの時は些か興奮していてね、説明するその一秒すら惜しかったんだ。あとペロちゃんって呼ぶな」

 そう言ったペール博士は女性へと手をやる。

「紹介しよう。彼女はメルヴィナ先生、フルネームは忘れたが、過去に私の師だった事は今もしっかり覚えているよ」

「どうも〜。総合魔法医をやってる、メルヴィナ・ハル・マリアムネです。よろしくね」

 弟子にフルネームを忘れられたメルヴィナさんは、自己紹介を済ませると柔和な微笑みのまま手を出してくる。それに「あ、どうも。タクトです」と返しながら握手に応じようとするが、僕のその手は真横に居たイケメン野郎にパシンと弾かれた。

 その無造作かつ失礼極まりない行動に本気でイラッとした僕が「あ?」とイケメン男に目をやれば、男は僕以上に苛立ちながら目を剥いて「先生に色目使うなっつったろうがクソガキ」と、再び僕に額をぶつけようと接近してくる。

「…………………………………」

 生前は温厚で遠慮がちな陰キャだった僕も、あれだけ喧嘩っ早い『いつものメンツ』に囲まれていれば色々と学びもする。人は簡単には変わらないというのは僕の理念というか思想の一つだが、変わらずとも少なからず影響ぐらいは受けるものなのだと、今この瞬間実感した。

 デコをぶつけようと再び接近してきたイケメンに対し、僕は自身の背を反らすように頭を後ろへ下げながら、両手を上げてイケメンの側頭部へと手を伸ばす。

 そのままイケメンの頭をガッシリと掴んで反らしていた自分の頭を力任せに振ってイケメンの整った鼻先へと力いっぱい頭突きをかました。

「─────ぶふっ」

 誰かに対してガキガキと言ってくるやつは特にそうだが、こういう手合いは相手をナメ切っているせいで反撃されるとは露ほども思っていない事が多い。

 今回もその例に漏れなかったのか、イケメンは鼻を押さえながら数歩後退りするが、それを追い掛けるように同じだけ足を進めた僕は再度頭を掴んで鼻っ柱へと頭突きをする。サラサラとしたイケメンの髪の毛を力任せに使んで逃さないようにしながら何度か頭突きを繰り返す内に、イケメンは自身の顔へと手を当てて頭突きの威力を緩和しようとする。しかし僕はそれでもお構いなしに、ひたすら頭突きを繰り返す。

 普通に額が痛む中、メルヴィナ先生とペール博士、ラムネの「ほう」「あらあらあらあら」「おーげぼくやりかえした」という声が聞こえたような気がしたが、特に気にせずひたすら頭突きをし続けた。

「───────テメエこのガキ……ッ!」

 とはいえ誰も彼もやられっぱなしでは居られない。顔に当てていた手を動かしたと思えば即座に僕の頭へと両手を伸ばし、自身がされているのと同じように僕の髪を掴んで頭突きをやり返そうと頭を振ってきた。

 クロスカウンターのように頭突き合おうとしているのは一瞬で理解したが……………町医者がどんな仕事かは知らないが、少なくとも僕とは違って平和な仕事のはずだ。間違っても全力で殺気を放つ悪魔っ娘や、相手の頭を踏み潰す事に躊躇いを持たない怪力女、或いは邪神か祟り神との死合を間近で見るような仕事では無いだろう。

 温厚で遠慮がち陰キャだった僕とて、普段からそんな連中に囲まれていれば良い加減に学びもする。

 素人と比べればだが、少なくとも僕の方が遥かに場馴れしているという事実を、僕は学ぶ事が出来ていた。

 頭突きに対して頭突きで応じようとしていたイケメン男に、僕は頭突きをせずいきなり左足を使ってぴょんと飛び跳ねた。爪先立ちをするように左の足首が伸びたのに合わせて伸びていた右足を全力で曲げると、既に頭を振っていた男の顎へ向かって吸い込まれるように僕の膝蹴りが命中してくれた。

「───が、っ」

 ………これはいつだか光がパルヴェルトにやっていた事。わざとなのか、それとも本当に不注意だったのか。唐突に足をもつれさせたパルヴェルトが光の爆乳にル◯ンダイブしそうになった時、光は「ぃょいっ」とか軽く言いながらパルヴェルトの顎を蹴り割り、脳震盪で鼻からピンク色の液体を垂らすパルヴェルトに「次はケツアゴにするで」と吐き捨てていた事があった。

 今回はそれを見様見真似でパクっただけなのだが…………。

「──────」

 時間が遅くなったような感じがした。ノルアドレナリンだかベータエンドルフィンだか正直良く分からないが、頭突きを繰り返した事で脳内物質が出まくっているのだろう。顎に膝蹴りを受けた男がスローモーションのように仰け反り倒れると、ペール博士がぱちぱちと拍手をしながら「やるじゃないか」と口にした。法度ルールを使わず見守っていてくれたラムネも「げぼくかったな! やるな! おれのほうがつよいけどな!」と褒めてるんだかよく分からない歓声を送ってくれた。そしてそこで僕の感覚は通常通りのものに戻り、

「おぉ……おっほっふ……い、いけた……ふふっ……はははっ、やれたぞ……意外とやれるもんだな……ぅはは」

 爆発するんじゃないかと思う程に心臓が跳ねまくる中、そんな素人丸出しのダサい事を口にしてしまったが、実際素人なのだからどうしようもない。変に見栄を張る方がよっぽどカッコ悪いだろう。

 仰向けで倒れたまま動かないイケメン男に対して勝ち煽りの一つでもしたくなったが、流石にそれはダサ過ぎる気がした僕は暴れ狂う心臓に手を当てて深呼吸する。

「いやはや、カッコ良かったじゃないか。個人的に、キミはやられるままでそのまま潰れるタイプの子だと思っていたんだがね。まさかやり返すとは思いもよらなかったよ」

 妙にご機嫌な口調でそう言うペール博士に鼻で呼吸をしながら「あいつらと連れ合ってれば、流石に学びもします」と答えればペール博士は「ほう?」と小首を傾げる。

 そんなペール博士に向け、心拍数を戻した僕はキメッキメのキメ顔で、

「たまには暴力に訴えても、割と何とかなる」

「あらあらあら。暴力は良くないわよ? ダメよ、そういう事は」

「だそうだが、如何するねタクトくん」

 けれど直後、博士の横にいたメルヴィナさんからお叱りを受けてしまい、僕は思わず「す、すみません。もうやめます、僕には向いてない」と謝ってしまった。

 何だか少し情けないと思う反面、けれど僕はこのままで良いような気もしていて………これは今後の課題かもしれないな。

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