1-小咄



 僕はその理論を『思念の焼き付きと読み取り』と呼ぶ事にした。


 人間に限った話ではないのだが、ある程度の知能を持つ生物というものは知能と共に感情も併せ持っている場合がある。そしてその感情というものは光と同じく波であり波動、感情を抱いた瞬間から波紋のように周囲へ広がっていくのだ。

 トーマス・ベアデンが提唱したスカラー電磁波のように、方向という概念を持たず三六〇度に発せられながらも物体を貫通しないそれは、代わりにその表面に『傷』のようなものを付けるのではないかと僕は仮定した。

 感情が周囲に付けた『傷跡』は抱いた感情ごとに形状だとか深さだとかが異なっていて、大きな『傷跡』であれば完全な第三者でも知覚出来る場合がある。それが『思念の焼付き』だと僕は思う。

 それと同時に、人は周囲に焼き付いた『傷跡』を読み取る受信機のようなものも持っているのではと考える。

 ネガティブな話になってしまうのだが、例えば感情を持つ生物が特定の場所で大量に死んだ場合、その事実を知らされていない第三者がその場所に訪れた際に「何だか嫌な感じがする」とか「ここに着いてからいきなり気分が悪くなった」というような事を言う場合がある。しかしそれは別に霊能的なオカルトパワーがどうたらこうたらって話ではなく『焼き付いた思念』と『その傷跡』を、己が発している受信波で読み取った結果なのではないだろうかと推測した訳だ。

 大量の人がドカっと死んだら、大体そういう場所は忌地だとか言われて騒がれるようになる。それは一気に死んだ人々が発した感情がその地に大量の『傷跡』を遺したからであり、訪れた人がそれを読み取った結果、焼き付いたネガティブな感情を想起するのではないかと考えた。当然ながらポジティブな感情が物体に付けた『傷跡』を読み取った場合も同様に楽しくなっちゃう訳である。

 『傷跡』と表すると分かり難いかもしれないが、言ってしまえばそれはレコード盤の表面にあるザラザラした彫り込みと同じものだと思ってくれれば良い。レコード盤に刻まれている円状の『傷跡』は場所ごとに傷の深さが異なり、専用の針で引っ掻く事で様々な音を奏でる。

 ……もしかしなくても最初からレコード盤に例えて説明してた方が分かり易かった気がする。

 勘違いしないで欲しいのは、散々受信波だ何だとは言ってはいたが頭にアルミホイルや白い綿布を巻くようなオカルト話では無いし、まして霊能者とか心霊現象とかそんな胡散臭い話でも無い。どちらかといえば物理学───電磁気学の分野だろう。


 ……何だか難しい話みたいになってしまった。

 ここは敢えてオカルティックに説明し直してみよう。きっとその方が分かりやすい。


 そう、敢えてオカルティックに言うなら、人間は所構わず二種類の不思議な波動を発している。

 一つは『傷跡』を付ける波動。もう一つが『傷跡』を読み取る波動。通常その波動は周囲に何一つとして影響を及ぼさないが、その人間の感情が変化するに合わせて波長も変わり、ある一定の振れ幅を超えた波動は周囲の物体に『傷跡』を付けるようになる。

 その『傷跡』は如何なる手段を以てしても視認する事が出来ないのだが、不思議な波動でその『傷跡』を読み取る事で、『傷跡』が付けられた際の波長に対してある程度同調する事が出来る。

 ポジティブな場所では当然多くの人がポジティブな電波を発していた訳で、であれば周囲はポジティブな『傷跡』が沢山付けられている。そこが楽しい場所だと理解していない人間でも何故か楽しい気持ちになるのは、その『傷跡』を読み取り同調したから。その逆も然りという話。

 僕はこれを『思念の焼き付きと読み取り』と呼ぶ事にした。因みにどこかの丸パクリとかではなく、完全な僕理論だから安心して貰いたい。敢えて言うなら◯夢の後書きに書いてあったスカラー波の記述を見て浮かんだ、というぐらいだろう。


「という話なんたけど、どう?」

「いや、どう……と言われましても」

「分からんち◯ぽ」

「びっくりするぐらい理解出来なかったわァ」

「ボクは学の無さには自信がある、絶対の自信がね。絶対の信頼をもって安心してくれたまえ」

「おなかへった」

 いつになくクソ真面目な顔をしながら語った僕が締め括ると、僕の話を聞いていた四人と一匹は、僕と全く同じようなクソ真面目な表情をしながらそう答えた。

 その反応はわりかし予想出来ていたものではあったのだが、長々とペラ回した末にそういう反応をされればさしもの僕とてそこそこヘコむ。

 腰と胸の合間ぐらいを「このへんがかゆい」とか呻きながらぞりぞりと毛繕いしていた空色の猫、ラムネ・ザ・スプーキーキャットに関しては正直最初から無理だと分かっていた。ただの猫であるにも関わらずルーナティアに愚者として呼び出されたラムネは、その際に人語を解せるようになったが、知能

関しては生前も生後も変わらずその辺の猫と何ら変わらない。物理学だの量子力学だの、或いはオカルト話を生前も死後もずっと猫であるラムネにしたとしても理解しろという方が無茶な話だし、そうでなくともラムネは普段から寝る事かオヤツの事ばかり考えているタイプのアホ猫なのだから、そもそも理解の理の字す解せないないだろう。

 大き過ぎて若干垂れ気味な胸の下で腕を組んでいる橘光たちばなひかるに関しても、正直な所を言えば諦めの気持ちが強かった。

 僕ら『いつものメンツ』の中でも頭一つ飛び抜けてアホな女である橘光は、見た目だけならちょっと垢抜けた知的でナイスバデーなチャンネーという感じだが、腕を組みながら真顔で「分からんち◯ぽ」とか言う辺りから察せる通り相当なアホなのでどうしようもない。

 同時にパルヴェルト・パーヴァンシーに関しても無駄だと思っていた。何かに付けて鼻に掛けたお坊ちゃまのような口調で喋るパルヴェルトは、自称貴族の出だと豪語している割にはかなり頭が悪い。どれぐらい頭悪いかと問われれば、僕ら『いつものメンツ』のほぼ全員から「頭パッパラパルヴェルト」と呼ばれてしまうぐらいにはアホだった。だからこそ僕が語るようなインテリジェンスに満ち溢れた話題に付いて来れようはずは無い。

 身長三メートルに達するクソデカメイドであるトリカトリに関してはまあ置いておく。僕がルーナティアに呼び出されてからもうそこそこの期間が経つが、この娘は正直良く分からない。


 丸いテーブルの上で腰の辺りをんべんべと舐めて毛繕いをするラムネに「おいで」と言って抱き寄せると、ラムネは「んぉー」と返事をしながら為すがままで抱っこされる。そんなラムネの肩と腰の間を撫でながら、僕はジズに向かって口を開いた。

「光やパルヴェルトはさておくとして、ジズは分かってくれそうな気がしてたんだけどな。少し意外だ」

 僕がそう言うと、さておかれた二人がぶーぶーと不満げに文句を言い始めた。

「何でやさておくなや、さておかんでもええやんけ。なんやこれ噛みそう」

「ハニーの言う通りだよブラザー。確かにボクに学は無いけれどね、ボクはそれでも理解しようと努力したんだ。その努力ぐらいは褒め称えるべきだよ」

「…………ん? わたくしは? あれ?」

 ラムネの体を撫でる度、珍しい空色の体毛がふわふわと宙を舞う。一撫ですればふわりと舞い、もう一撫ですればまたふわり。

 くるくると宙を飛び回るように浮かび上がったラムネの抜け毛は、その全てが光の顔面へと向かっていく。まるで何かの呪いにでも掛かっているのかと思える程の吸引力でラムネの抜け毛を顔面に浴びた光は、女性がしてはいけない顔で「へぁ……ふぇ……」と喘いだ後、咄嗟に顔面を左に向けながら「べっひょォーイッ」と叫んで派手なクシャミをした。

 撒き散らされたラムネの抜け毛を浴びてクシャミと共に霧のような大量の唾を左側へと噴射したが、それらの飛沫は光の左隣りに座っていたパルヴェルトの顔面へと全て吹き付けられ、無慈悲にも片想いの相手から顔面にクシャミをされたパルヴェルトは、その瞬間小さな声で「ジーザスッ」と呻いた。

 どこかのシワシワピ◯チ◯ウのような顔でその仕打ちに耐えるパルヴェルトを余所に「ねえ私は? 私呼ばれませんでした。さっき名前挙がりませんでした」と僕の視界に何とかして入り込もうとする身長三メートルのクソデカメイドだったが、今の時点でちょっと情報量が多過ぎる気がしなくもないので彼女の事は一旦無視。僕はジズへと向き直り、その気怠げな半目と見詰め合った。

「あれか? ちょっと難しい話だからよく分からなかったとかか?」

「そもそも分かっても得しなさそうって分かった時点で分かる事をやめたわァ」

「ああ分かった……分かったから癖の強い答え方するのやめてくれ。訳が分からなくなる」

 頭がおかしくなりそうな返し方をしてくるジズから目を背ければ、僕の視界にはクソデカ女のクソデカい顔面がずいっと入り込んできて「タクト様? 私は? ねえ私。私は?」と無表情でせっついてくる。しかしトリカトリもやはり馬鹿である事を僕は既に知っていたので、撫でていたラムネの背中から手を離し、敢えて毛だらけになっている方の手のひらをトリカトリの頬にぶんにゅと当てて押し退けた。

 不満げに「混ぜてくださいよ! 私も! どうせ分かんないかもしれませんけど!」と騒ぐトリカトリから手を離した僕は、やはりそれを無視してラムネの背中を撫で直した。

「なぁに心配要らないさトリカ嬢。例えキミが馬鹿だったとしても、キミはひとりぼっちじゃあないんだ。ハッハッハ、当店はいつでもウェルカムだよ」

「せやでえ。一歩、たったの一歩踏み出すだけじゃて。ヤクと一緒や、不安なのは最初だけ。踏み込んじまえばガンギマリ。そして二度と戻れんようなんねんな」

「手招きしないでくださいませ! 私はバカゾーンなんかに行きたくありません! そんな訳の分からない空間にいざなわないでください!」

 馬鹿と馬鹿と馬鹿が馬鹿みたいな事で馬鹿騒ぎしている中、ジズはそれらを流し見ながら嘆息した。

「あァ……訳分かんねェっーかァ、何つーかァ。…………どっちかっちゃァ訳分かんねェのはタクトの方じゃねェ?」

 既に手の施しようがない三馬鹿を流しつつ力の入っていない気怠げな口調のジズは、その左耳に大量に着けているピアスをチャリチャリと指で弄ぶように鳴らしながらそう言った。僕らが来る少し前に新しくピアスを開けたばかりでまだ落ち着かないのだと言っていたが、余りにも数が多いのでどれが新しい奴なのか、或いは全部新しい奴なのか何も分からなかった。

「僕が? 何で僕が訳分かんないって事になるんだ?」

 僕がそう口にすると、ジズは「だってさァ」と溜息混じりでそれに答えた。

「結局『なんかそんな気がする』以上の確認が出来ない謎パワーについて語らう理由が訳分かンねェ、そンな話してるぐらいなまだうんこの話してる方が有意義だと思うわァ」

 いやうんこて。……え、僕の独自理論、そんなに酷かった? 我ながら結構信憑性のある理論だったと思うんだけど。うんこと比較されてそれに負けるような理論だった?

「何の話かと思えばスカトロジーだったんですね………如何にメイドとはいえ、私スカトロジーはご遠慮したいですわ。出すにしろ出されるにしろ、最終的にお掃除するのはどうせ私でしょうし」

「ウチもうんちっちは無理やで、そこまでプロやないもん。せめておしっこにせぇへん?」

「いやまず乙女同士で語らう内容では無い事に気付いてくれたまえ。キミ達には恥じらいというものが無いのかい?」

「いやうんこもしっこも変わんなくねェ? どっちにしろ排泄物じゃんさァ」

 嫌々感をありありと醸し出したトリカトリに、大した表情の変化も無くカスの代替としてゴミを提示する光。それに対して、馬鹿なれど数少ない常識人であるパルヴェルトが必死に抵抗するが、ジズにシカトされた彼は「ぐむむ」と少し悲しそうに黙り込んでしまった。

 鼻に掛けるような口調にイラッとする事は多いし真面目な話もまともに出来ないパルヴェルトではあるが、それでも『いつものメンツ』の中では貴重な常識人。そんなパルヴェルトが苦戦している様に僕が助け舟を出そうと口を開いた瞬間、ルーナティア国に於けるアホの子代表である橘光が「全然関係無いんけどさ」とその口を開いた。


「ふと思ってんけど、うんちとおしっこは排便排尿やんに、何で精液は排精って言わず射精、吐精なんやろな」


 パルヴェルトが小さな声で「オーマイ……」と呟きながら天を仰ぐ。それと同時に僕は眉間を指で押さえながら俯いてしまった。

 しかし品が無いのは光だけでは無いようで、寄りにも寄って光を含めた三人の女性陣が軽快な口調でそれに応じた。

「あァ確かにィ。なンなら卵子も排卵って言ってるしィ…………こういう所で女尊男卑ィ? 誰得だっつーのォ」

「ぴゅぴゅっと出る感じが発射感ありますから、もしかしたらそこから取って射精なのかもしれませんね」

「んー、そしたらおしっこは射尿って呼んで然るべきやない? 何ならお腹ゲリゲリピーの時なんか噴水かぁっ! ってぐらいうんこ勢い良く出えへん?」

「どっちかっつーとしっこの方が勢いある感じするしィ、超射尿……もしくは爆尿射というクソダセェ呼び名に一票入れるわァ」

「凄え爆導索みある言い方やなそれ。なんや強そうやけど、そんなノリでおしっこしたら便器に穴ぁ空くでよ」

「なら爆精波とかどーォ? もはや何だか分かんねェ感じしてっけどさァ」

「え、もしかして「爆精波ぁっ!」って言いながら射精するんですか? そんなノリで射精されたら子宮の奥に穴開きません? リョナは止めた方が宜しいですわよ、あれはマジで犯罪者予備軍って言われちゃいますし、何より言い訳出来ません」

「待ってくれみんな、待ってくれ。おかしいおかしい。こういう会話ってボク的にはもっとこっそりするものだと思っていたんだ。だってその方がドキドキするだろう?」

 完全に暴走し始めている三人の馬鹿女に対してパルヴェルトが少年のような心持ちを口にするが、僕は膝の上で丸くなって目を閉じている空色の猫を撫でながら、しかし助け舟を出す事はしなかった。

 こんなクソみたいな話題で盛り上がるような連中なのだから、今更静止を掛けた所で無意味なのは明白だ。………静止、静止を、掛ける────違う違うぞそういう意味じゃない。……クソが、僕まで馬鹿になってきている気がする。何だこれは。

「パルヴェルトお前そんな修学旅行のホテル先やなし。外でしようが中でしようがどっちもおんなじじゃろて」

「ふふ……ヒカル様の今の発言、なんかちょっとやらしかったですね。外でしようが中でしようがって。………………………ごめんなさい何でもありません聞かなかった事にしてくださいあっヤダもう許してください誰か助けてそっと私を殺して」

「ふと思うんだけどさァ……どっかのホテルとかいうのでこういう話するってェのはァ、要は野郎同士でするんでしょォ? ホモだのゲイだのならともかくノンケが男だけでちょっと踏み込んだ変態トークするって抵抗無ェのォ?」

「どういう場だろうが抵抗しかねーよ。お前ら変態かよ」

 耐え兼ねた僕が割って入ると、ジズは待ってましたとばかりにニヤリと口角を上げて僕を見た。

「あら変態……ねェ? ………タクトって変態の定義は知ってるゥ?」

 唐突に人を馬鹿にするかのようにも見えるにやにやとした笑みになったジズは、僕の方を見ながらそんな事を聞いてきた。それに対して「定義はさすがに知らないけど」と答えると、振り子時計のようにカクカクと頭を揺らしてピアスを鳴らしていたジズは、それまでのダウナー感の強い無表情から悪戯っぽいような表情を作って口を開いた。

「変態の定義は「周りから外れているもの」よォ。アタシとヒカルが変態トークをしてたとしてェ、その横でタクトがクソ真面目気取ってンなら多数決的に変態になるのはタクトの方よォ?」

「………いきなり何だよ。そんなの詭弁じゃないのか」

「実際詭弁だからねェ。………要はタクトもさっさと慣れろっつゥ話よォ」

 不満を隠さず眉間に皺を作った僕は、しかしそれ以上何か言うような事をせず、黙って膝の上のラムネを撫でさすった。

 正直、言い様のない嫌悪感がある。シモネタトークにではない……いやそれもそうなんだが、それよりも、何だか面と向かって『お前はいつまでも仲間外れだ』と言われたような気がして、僕は表現しにくい不満を感じた。苛立ちのような、寂しさのような、哀しさのような。言葉にしにくい、心のモヤモヤが沸き立つのを感じた。


「それはさておき、詭弁と聞いてうんちっちを想像したウチに対して何か一言」


 僕のそんなモヤモヤには気にも留めず、馬鹿女こと橘光がまた馬鹿な事を言い出していく。心が少し沈んでいた事もあり僕はそれに即応出来なかったが、代わりとばかりに「待ってくれ」とパルヴェルトがそれに応じてくれた。

「意味が分からないよハニー。いや本当にびっくりするほど意味が分からないよハニー。詭弁と聞いて何で排泄物を思い浮かべるんだい」

「もしかして詭弁の弁から便意とかの便に繋がったのでは? 鬼の便で鬼便、とかですか? 強そうですわね」

「想像力豊か過ぎかよ。どんだけシモネタ好きなんだお前」

 バカトークの流れを掴み始めた僕が割って入るように呟くと、それを聞いた光はケロッとした顔で「はぁ?」とこっちを見る。何か変な事でも言ったのかと少し不安になったが、


「ウチ別にシモネタ好きちゃうよ」

「「「「それは嘘。流石に分かる」」」」


 光以外の全員とハモった。だがどう考えても嘘だろうから仕方がない。

 百歩譲って嫌いではないとして、隙あらばシモネタばっか口にしてるんだからどう考えても好きな部類だろうが。

 すると光は「いやいやいや待ってぇや」と慌てて訂正し始める。

「ウチ別に意識してシモネタ言っとる訳ちゃうよ。ウチ頭に浮かんだ事を大して考える前に喋るタイプなんやけど、よく頭に浮かぶのがその手の事柄ってだけやで。特段好きやないけど取り敢えず思ったから口にしてるってだけやよ。歯磨き粉買う時に毎回ミント系の買うようなもんやで、別にミント好きやないけど商品棚ん中ミントばっかしやから取り敢えずこれ買っとこーみたいな」

 一気にまくし立てて言い訳する光だったが………それは要するにむっつりスケベ的な事で、結局シモネタ好きという事になるのではないだろうか。その手の単語や話題を連想しがちなタイプ……とはいえ思い浮かべたシモネタを臆面もなく口にする時点でむっつりではない。どちらかと言えばオープンスケベとでも言うべきか。

 何にせよ、シモネタばかり口にしているのならそれは結局シモネタ好きという事になるのではないだろうか。嫌いだったら言わないだろうし、好きでも嫌いでも無いというならそんなにポコスコ口から出ないだろう。

 ………いや待て、何で僕がこんなしょうもない事を考えてやらなくちゃいけないのか。

 そもそも僕は別に仲間外れで構わない。一人で居る事には慣れているし、孤独に対する抵抗感だって無い。……とか何か言うと、まるで学校の昼休みなんかを寝た振りでやり過ごすタイプのイキりキッズのような言い草だが、実際生前はそうだった訳だし、もう無理してこいつらのくだらないシモネタに付き合う必要は無いのかもしれない。

 そんな思いが湧き始めた頃、ジズが「あァ、もしかしたらあれかしらねェ」と頭を左右に揺らした。

「良く言う「本物の変態は白い紙に描かれた一本の線からでもエロスに繋げられる」っていうあれかしらァ」

「そんなものがあるんですか? 私初めて聞きましたわ」

「ボクもだよ。ウェルカムバカゾーン」

「気が早いですこの早漏っ!」

「なんつーかァ、想像力っつーかァ……妄想力ゥ? そういうのに長けてるからこそ変態ィ………みたいなァ? 本人の好みとか関係無く連想ゲームしちゃうゥ、みたいなァ?」

「まるで意味が分からんぞ、ジズ、つまりどういう事だってばよ。僕にも分かるように説明しろ」

 直前に仲間外れを許容するような事を考えていた癖に、いざ会話が始まると混ざりたくなるもので。僕が首を傾げながらそう言うと、ジズは先端がトライデントのような三叉に分かれた尻尾をぬるりと伸ばし、その特徴的な尻尾の先端で地面をカリカリと引っ掻いて線を描く。

 それをほんの少し待っていると、やがて直線ではなく少し湾曲した一本の線が描かれた。ジズが言うには真の紳士変態ならばこの緩く軽くカーブを描くような一本の先からでもエロへ繋ぐ事が出来るのだという。

 だが、しかし……ふむ、と頭をエロに切り替えて考えてみるが何も浮かばない。もう少し画数が増えればワンチャンおっぱいとか谷間とかに見えなくもないが………。

 何にせよこの歪曲線だけではエロに繋げられなかった僕は、少なくとも変態という名の紳士では無さそうだった。

「少し考えたがこれだけじゃただの線だろ。マジでこれだけですぐエロに繋がるのか?」

 うんうんと頭をひねる僕を無視して、ジズは光に流し目を送りながら問い掛ける。

「ヒカルはこの線見て何が思い浮かぶかしらァ」


「マ◯スジやろ」


「即答でそれは最低だよお前。えマジで言ってんのかお前」

「マ◯スジか閉じ◯ンかでむっちゃ悩んだ。正直今でも悩んどる」

「知らねえよ、どっちにしてもカスだよ恥を知れ」

「ねえブラザー、マ◯スジとか閉じ◯ンって何だい? なんかシモネタなのかい?」

「使い倒された縦割れア◯ルとか言わないだけマシよォ」

「お前もかよブルータス、二人揃って恥知らずか」

「ブラザー無視しないでくれよ寂しい。それともマ◯スジとか閉じ◯ンって余り口にしてはいけない単語なのかい?」

「確かにそう言われるとそれにしか見えませんね。ちょっとヨレてる辺りが凄いそれっぽく見えます」

「ぽくねーし見えねーよ」

「因みに意識してヨらしたんじゃなくて単にちょっとブレちゃっただけよォ」

「知らねーよ最悪だよお前ら」

「ねえブラザーマ◯スジ────」

「おめえはさっきからうるせえ殴るぞッ!」

「────べぇおっ!」

「殴るぞ言うてもう殴っとるがな」



 ───────



 小咄その二つ【何の話してたっけと聞かれれば「トイレットペーパーでク◯ト◯スもぎもぎフ◯ーツ」ぐらいしか思い出せない】


 立てば美人、疾走はしれば暴君、口を開けばイカレポンチ。橘光という女を何か小洒落た言葉で表現するのなら、僕にとってはそんな感じになるだろうか。

 ウェーブが掛かり横に広がったブロンドヘアー、スラリと伸びた長い脚、どうかしてんじゃねーかと思うレベルでデカい胸。どこかの事務所に所属しているモデルだとかグラドルだとかと言われたらテンション高い時のインコの如くヘドバンしながら同意してしまうだろう程に整った女である所の橘光だが、天は人に二物を与えずとはよく言ったもので、見た目にステータスを振った結果その他全てが色々な意味で壊滅的になってしまっているのだから、どこの世界でも二兎は追えないものなのかもしれない。


 ルーナティア国に愚者として呼び出される前、生前の事故で頭を強くぶつけてから脳のタガ・・が外れたという光は『最も幸せだった時の状態』でルーナティア国に呼び出された為、死後も脳のタガが外れたままの状態を維持している。だから良くあるようなチート能力なんてものは何も得ていないものの、僕ら『いつものメンツ』の中では最もおちゃらけている割に最も荒事に長けていた。

 脳のタガが外れたぐらいで何がどう変わるのかと思った時期もあったのだが、身長三メートルを超える大柄な種族であるトリカトリ・アラムとの腕相撲では軽々とトリカトリを圧倒していたし、身長百センチそこらの小柄な悪魔であるジズとも頻繁に殴り合いの喧嘩をしているが、そこでもやはり押されるような事もなく非常に良い勝負をしている程なのだから、僕が思う以上に人間の脳に掛けられているリミッターとやらの影響力は凄まじいのかもしれない。

 とはいえそれも良い事ばかりでは無かったらしい。

 今でこそ超怪力をモノにしている橘光という女だが、事故によって入院している間は幾度と無く病院の床を踏み抜いて看護師さんに白い目で見られ、ベッドから起きようと落下防止用の柵を掴めばもにゅりとそれを捻じ曲げ慌てて曲げ直し、トイレで用を足して股座またぐらをトイレットペーパーで拭こうとすれば力が制御出来ず「おしっこしてま◯こ拭こうとしただけなんにペーパーでク◯ト◯ス引きちぎるか思ったわ」なんて事態になるほどだったようで、聞いていた僕は理想の裏側にある苦難を見せ付けられたような気がして複雑だった。

 長いリハビリテーション期間を経てようやくそれを制御出来るようになったものの、そのリハビリは相当キツかったのか、今でもその話を振るとその場で唐突にゲロを吐くぐらいのトラウマになってしまっているようだった。

 しかし死後、異世界に転生してからは暴君さながらその才能を遺憾無く発揮していたのだから、光様々という感じは否めない。

 白魚のように、だなんて表現が似合う程に綺麗な指先は隙あらば相手の顎を掴んで引き千切るし、スラリと伸びた無意味に長いその足は何かに付けて相手の頭を踏み潰したがる。もはやエロいとかの下心すら湧かず「でけー」としか言えなくなるその大きな胸を使って戦闘中や戦闘後に何度もブラジャーを破壊するのも、恐らくかなりの勢いで動き回る際の遠心力によるものなのだろうと最近気付き始めた。

 普段の会話だけでなく、今この瞬間敵と睨み合っていたとしてもシモネタを欠かさない女。まだ出会って間もない頃は「小粋なジョークで場を和ませようとしてくれてるのかな」とも思ったが別にそういう訳ではなく、ただ息をするようにシモネタを口にする馬鹿な女というだけだった。

 口を開けば能天気にヘラヘラとシモネタを飛ばし、戦闘が始まれば理不尽な力で殺戮の限りを尽くし、戦闘が終われば困った顔をしながら「また壊れたぁ……直してぇ……」とホックが斜めに歪んでしまったブラジャーを僕に押し付けてくる。最初の方こそ些か汗ばんで温もりの残るブラジャーに「さっきまでこれに光のおっぱいが触れていたのかデュフフ、フォカヌポォ……」なんて事を思いながらドギマギしたものだが、人は順応性の高い生物。三〜四回目を過ぎる頃には「百均のバナナケースみたいに『スイカケース』っつって売り出そうぜこれ」だなんて思うようになっていた。夏期以外は色を変えてメロンケースにして、秋には『期間限定 カボチャケース』とでもしておけば限定品好きな日本人が相手ならそこそこ稼げるだろう。

 そんな悪徳商法みたいな手抜き商品を考えるぐらいに大きい胸のその重さと、怪力により動き回る事で発生する遠心力に負けて歪んだホックは最初の内こそ曲げ直す事で修理出来ていたのが、ある程度それを繰り返すと金属疲労でポッキリと折れてしまう。なまじ爆乳とよばれるだけあって壊れたからとすぐ買い直せるようなものではなくオーダーメイドで発注しないといけないのだが、かといってバカみたいにデカいブラジャーなだけあって買い溜めておくとめちゃくちゃ場所を食ってかなり邪魔臭い。いっそ爆乳向けで大きいカップの入ったスポーツブラか、或いはサラシで潰した方が楽だろうし毎回オーダーメイドしなくて済むと思ったのだが、光はそれを凄い顔をして嫌がった。

「えーウチスポブラ嫌い。なんか苦しい」

「ならせめてノーブラで歩き回るのをやめろ、お前薄着ばっかだから色々透けてて落ち着かねえ」

「ちんちん落ち着かんならウチが抜いたげよっか? タクト相手ならそんぐらいタダでしたるで」

「………………」

「ぁだだだだだだ的確にビーチクつねらんといてっ! どうせならもっと優しくねぶるるるぅぃ痛だだだだだだっ!」

 エロに過敏に反応する女というのは得てして面倒臭い女である事が多いが、ある程度まではエロに寛容な女性の方がよっぽど快適に過ごせると僕は思う。

 ほんのちょっとのシモネタにすら目ざとく反応してキャンキャン騒ぐ類いの委員長系バカ女や、或いはハンドバッグの奥にピンクローター入ってる癖に「私そういうの良く分かんないんですぅ」と知ったかぶりながら性病の蔓延に貢献するダルい系ビッチに比べたら、確かにある程度はエロに寛容な女の方が僕は良いと思う。

 正しい知識で、正しい場所でそれを行えるのであれば、エロというのは忌避されるようなものではないとは橘光の言葉だった。

「石から生まれた鬼◯郎やなし、キリストやブッダだって十ヶ月はま◯この奥ぅ秘密基地にしとった訳やん? 誰だって産まれてくる時はま◯肉掻き分けてハローワールドしてきたもんやで。んなら恥ずかしがる道理なんてあらすけえよ」

 橘光は良くそんな事を言う。宗教家が顔面をシワシワにして苦悶しそうな言い方に無神論者である僕ですら思わず眉間がシワシワになりそうになるが、けれど実際言ってる事自体は何も間違ってないのだから腹が立つ。

 言葉狩りではないが、昨今ではセックスセックスと口にした瞬間漏れなくピー音で伏せられる所だが、本来ならそれは新しい命を育む誇るべき行いであり、白昼堂々とか言われようものなら「命を育む行為なのに何故太陽に恥じる必要があるのか」と言いたくなるのもあながち分からなくはない。

 しかし時代の流れ、なのだろうか。だとしたらいずれきたる新たな時代はお先真っ暗なのかもしれないと僕は思わずには居られない。

 新しい世代をはぐくみ、そいつらに明日を託す行いが「恥ずかしい事」だなんて呼ばれる時代は、夢も希望も何も無い、本当に真っ暗な時代だと思ってしまう。子孫を残す事が本懐である生物として見れば末期的も良い所なのだが、僕が何よりも悲しく思えてしまうのは、それがどんどん曖昧になってしまっている事だった。

 思えば僕がまだピチピチプルンで生意気盛りなハナタレ小僧だったあの頃、保健体育の授業で性教育としてそれを教わった時、果たして先生はどんな事を言っていただろうか。


「男の人はおしっこの出る所からとろろのような白い液体が出て」

「キスをして愛し合ったら赤ちゃんが出来る」

「海綿体に血液を溜め込んで膨張したペニスが屹立して」


 と、思い返せばそんなような言葉ばかり羅列されていた気がする。

 具体性なんて欠片も無い曖昧模糊な言葉でボカすか、或いは小難しい専門用語を並べ立てた「お前それ相手が小学生って分かって言ってんのか?」とヤジを飛ばしたくなるような、それはそれは酷い内容だった気がする。

 この際、繁殖行為が本来誇るべきとかは台所の三角コーナーにポイするとして、しかし正しい知識を教えるべき立場の人間に正しい知識を教える意思がどこにも無いのだから、正しい意味としてそれを受け取る事が出来なくなり性犯罪が無くならないのも必然といえば必然なのかもしれない。

 だからといって「焦ってちんちん突っ込んでも女の人は痛いだけだから、自分で自分を焦らすぐらいゆっくり触れ合うんだよ」とか「取り敢えずク◯ト◯ス触っときゃ良いって訳じゃないよ、エッチなビデオの女の人は痛くても我慢してるだけなんだよ」なんて事を担任教師が口にしようものなら、次の全校集会では校長に「残念ながら◯◯先生はお引っ越しで別の学校に行く事になりました」なんて言われてしまうだろう。

「そんな事態になるってェのがまずおかしいのよォ」

 僕からすれば「普段着がビキニにパーカーって時点でお前の方がおかしかろうよ」と思うのだが、黒ビキニにグレーのパーカーを羽織っただけのジズベット・フラムベル・クランベリーは鼻で笑いながら続けて言った。

「例えばさァ、この世界からありとあらゆるエロを全部規制したらどうなると思うゥ?」

 例えばエロ本。例えばエロ画像。例えばエロ動画。明確にエロとは言われていないものの、所謂『レディコミ』や『少女漫画』だって昨今では性的描写が当たり前に出て来るというのだから当然規制の対象になるだろう。

 それら視覚的なものだけでなく、インターネット等で書き込む全ての語句が監視されて規制される。そんな世界になったらどうなるかとジズは聞いてきた。

「女性専用車両に乗りたがるデブったオバサン達が歓喜しそうな世界だね」

 僕がそういうとジズは「くっはは! 違いねェわァ!」と豪快に笑った。

「フェミニストに対して思う所がある訳じゃねェけどさァ、もし本当にフェミニストが思うような世界になっちまったらァ、この世の性犯罪率は数百倍ぐらいまでは余裕で伸びるとアタシは思うわねェ」

 ………性犯罪というのは基本的に「性欲が抑えきれなくなった場合に起こりやすい」のだという。金銭目当ての強盗等で抵抗出来なくなった相手に対する「ついでに犯す」や、倒錯してしまった性による「それでしか興奮出来ない」というようなパターンを除けば、性犯罪の多くは「我慢が出来なくなった」とか「妄想と現実が区別出来なくなった」というのが主なのだそうだ。

「んじゃァその『我慢』っつーのは今までどうして出来てたわけェ?」

「………アダルトコンテンツで発散してたから、なのか」

 僕がそう言うとジズは困ったようにも見える不敵な笑みを浮かべて「正解よォ」と返した。因みにその傍らで光が拳をしゅっしゅと繰り出し「せいけんづき! せいけんづき!」と連呼しながらパルヴェルトの顔面を殴っていたが、間違ってもそのハッ◯ンじゃ無いとここに断言しておく。

「エロが嫌いな奴からすりゃァエロを規制したくなるのは分からンでも無いわよォ? アタシだってゴーヤ嫌いだから販売規制掛けて欲しいもンねェ、あンなクソ苦いもンが食いものとして認められンのマァジで理解出来ないわァ」

 必要悪の典型例がアダルトコンテンツなのだと、ジズはそう語る。

 ………いつだか耳にした『平和とは生物にとって最も不自然な状態』という言葉はいったい何で耳にしたものだったか。生物とは生存競争する物の総称であり、生存競争の果てにあるのは種の繁栄であり繁殖なのだと、昔読んだ平和に関する哲学書に書いてあった気がする。人々が「醜い争い」と呼んで嫌う行為は、しかし生物にとって自然な行いであり当然のものなのだとその本では語られていた。

 僕はそれと少しだけ似ているような気がした。大多数が公然と口にする事を忌避するものこそ、選びたくないとする選択肢こそ正しい選択肢だっていうのは、何の言葉だったろうか。

「せやから言うとったやん、正しい知識を正しい場所でって。時代の流れがどうとかは知らんけど、大人が正しい知識を教えんようなったから、ガキンチョはしゃーなしに公園のトイレで蚊に刺されながら性病蔓延させるんやないの?」

 光の言葉に「そもそも」とトリカトリ・アラムが割って入る。

「泌尿器科は性病検査の医療費を無料にすれば良いのではないでしょうか。男性の性病はほぼ全て自覚症状がありますが女性の場合は自覚症状の出ない性病も多いと言いますから、自覚も無ければ面倒な上にお金も掛かる性病検査に女性が行きたがらないのも無理は無いのではありませんか?」

「これはボクも聞いた話でしかないが、病院には『治療を施さなくてはならない義務』があるらしくてね。例えお金が無かったとしても、病院に来た患者が金銭的事情によって無料での診断や治療を求めている場合は、タダでで治療してあげなくてはいけないらしい」

「ほんなら性病に関しちゃハナからゼロでええんちゃうの? 上手くいったら罹患率もむっちゃ下がるやろ」

「生憎、その治療の義務に関しては医療関係者を含めて知らない者が殆どらしい。………医師が医療に関する知識を持っていないというのは、全く嘆かわしい事この上無いね」

「そういやァ………アタシいつどうやって避妊に関する知識えたっけェ。生理用品の使い方に関しちゃァ、ガキの時分に懇切丁寧に教わったけどォ………コンドームとかピルがなンで大事なのかはビタイチ教わらなかったわァ」

「ボクはそもそもコンドームについて知らないまま死んだよ。ルーナティアに転生してから、ハニー達の会話で初めて聞いたね」

「ああ………私と二人きりの時にいきなり『コンドームを知っているかい』とか言われて思わずぶん殴ってしまった時の話ですね」

「左の奥歯が上下で二本ずつ抜けたよ。あの時ほど雑な性教育を憎んだ事は無かった」

「なんつーかアレやんな、『外に出してー』とか良い例やよな。そういう肝心な事ぼやかすから育てる金が無いのも合わさって子供堕ろす二十代が絶えんのとちゃうけ? 少子高齢化を憂う暇があったら子作りに関するガバガバな教育ぅどうにかする方が先決じゃろて」

「違い無ェわァ。エロ本の影響でカウパーだけは覚えてる癖に対語のバルトリン腺液がなンだか分かんねえ大人ばっかなのは、そりゃ歪んだ性教育の賜物だからってのに他ならねェだろうがねェ」

「ごめんウチもそのバルなんたら何か分からん。バル◯ン星人の亜種け?」

「アタシはむしろそのバル◯ン星人がなンだか分かんねェわァ。セミがモチーフの宇宙怪人だったりすんのォ?」

「知っとるやろお前それ」


「………………」

 何か言い返さなくてはいけない。何か言葉を返さなきゃいけないというのは分かっていたが、しかし僕は言葉が出なかった。

 確かにこいつらの言い分自体は間違っていないし、実際こいつらはエロ談義を頻繁にしながらもその辺で援助交際して性病の蔓延に貢献するような事は無い。まして出会い系アプリの話なんかはかなり批判的で、特にジズは、

「マトモに生きてて恋が実らなかった奴が出会いツールってェのに頼るんでしょォ? マトモに生きててマトモに恋が出来てなかったってそれそいつの性格とかがマトモじゃなかったって事じゃねェのォ? ンでェそんなマトモじゃねェ奴等が集まるのが出会い系っつーンでしょォ? マトモじゃない奴とハメ狂って何が楽しい訳ェ? その辺で買えるバイブやオ◯ホの方がDVしねェしギャンブルもしなけりゃ酒なんて一滴たりとも呑まねェしィ、言ったら販売保証書は持っててもヒステリックの診断書は絶対ェ持ってないわよォ?」

 不満を顕にしたような顔でそういうジズに、僕は思わず何も言えなくなってしまった。

 僕はどうでも良いと思っていた。ヤりたければヤれば良いし、僕に飛び火が無ければ何だって良いと思っていた。僕がヤれればそれは正解で、僕がヤれないならどうだって構わず関心すら持たなかった。

 日本は『性産業先進国』と呼ばれる裏で『性教育後進国』だと揶揄されているというのはありとあらゆる所で聞いた話だったが、実際僕のような自分以外の性に関しても無関心な人間が多いのは、確かに性教育が余りにも稚拙で遅れているからなのだろうと思う。

 その割にアダルトコンテンツに関する発展では群を抜いて先進しており、電マやバイブのような電動系グッズなんかの『秒間◯万回転』みたいな謳い文句は日に日に数値が増加していて「そんだけあっても既に人間の知覚じゃ認識出来ないんじゃね」と思った程には他国の追随を許していなかった。クリスマスの日に最もエロ単語の検索数が増える国として名高い割に、思い返せばこいつらが言う通り何一つとしてマトモな性教育を受けないまま僕は今に至っている。

 言葉が出なかった。だが言葉にしてはいけない気もした。こいつらの言い分は確かに間違っていないが、かといって世の中でフェミニストと呼ばれる思想の人達を否定するのも同じぐらい間違っていると思ったからだ。

 性教育に歪みが生じ性産業ばかりが進んでいる現状だからこそ、どちらも否定してはいけないのだと僕は思う。ジズや光のように公然とシモネタを言うのは良くないし認めたくないが、かといってそれを毛嫌いするのもまた良くない。清濁併せ呑むとか毒を食らわばではないが、どちらもしっかり認めた上で改善に向かうべきであると僕は思うのだ。

 だが僕には今更どうしようもない。それらの相反する『敵同士』を上手く混ぜ込み、正しい未来へ導く事など僕のような凡人一人には為し得ない。水と油を乳化させる為の卵黄にはなれないのだ。

「……………お前らの言い分は分かった」

「おーう、ええやん」

「だがそれと光の透け乳首に関しては話が別だろ。完全に話の流れ変わってるけど僕は忘れねえぞ、おらさっさと後ろ向け」

 僕が話を切り上げてそう言うと、光は「おほっ。ちんちん落ち着かんからって気が早いでぇ、まだウチ濡れとらんに突っ込んだらあかんでよ。まずはようさん濡らしてから──」等と減らず口を叩きつつ、ピチピチのデニムパンツを履いた尻を僕に向けて振りだした。それを見た僕は当然────、

「───ぅオルルァッ!」

 巻舌一喝。持っていたサラシで光のケツをぶっ叩いた。

「───ッでェぁッ!?」

 ニマニマと笑いながら尻を向けて振っていた光が鈍く響くバチィンッという冗談みたいにな音と共に、まるでコメツキバッタの如く飛び跳ねた。だがしかし僕は光が飛び退くのを許さず、その肩を掴んで力任せに引き寄せた。

「ガタガタ減らず口垂れやがって。僕とヤリてえならまずは一人でサラシ巻けるようになれアバズレ」

 真面目に怒鳴ってやるのも馬鹿馬鹿しかった僕だったが、その口調は自分が思う以上に苛立っているのが分かる荒れた口調だった。

 後ろから光を抱き寄せるような体勢で光の服に両手を突っ込む。端から見たら胸をまさぐっているように見えるだろうが、こんなバカ女の胸に欲情してると思われるのは至極心外なので言っておく、僕は今サラシの端を探しているだけだ。光のデカいケツに僕の股間が押し当てられていると考えるとまあちょっとムラっとしなくもないし、まして大きな胸がキライだという訳ではないのだが、正直そういうフェチズムを持っている訳じゃない僕からすれば汗で生暖かくヌメヌメしてる谷間はぶっちゃけウナギか何かがまとわり付いているかのような感覚で、正直かなり気持ち悪く全力で萎える。

 やがてサラシの一端を見つけた僕はそれを掴んだままズルリと両手を引き抜く。何度も手を突っ込むのも鬱陶しいので、一旦サラシの片方を肩に引っ掛けてつつ空いた手で光のシャツをたくし上げる。デカいだけあり簡単に引っ掛かって下がってこなくなったシャツを確認したら、そのデカ乳をサラシでぐるぐると巻いていく。

「────おらっ」

「────ぐえっ」

 元よりサラシはただ巻いていくだけではすぐにズレてしまうのだが、光は戦闘でかなり激しく動き回る。二回巻いたら光の背中に靴ごと足を当てて力強くサラシを引っ張り締めていき、そのまま引っ張りつつ再びグルングルンと巻いていく。何だか無性にイライラしているのもあってかなり力が入ってしまっているのか、足を当ててサラシを引く度に光が「うえっ──おえっ──」と苦しそうに呻く。

「……そんなデケェ肉ゥいっそぶっちぎっちまいなさいよォ。したら楽になるわよォ」

 横で見ていたジズが大量のピアスをチャリチャリいじりながらそう言った。

「それは同意だけどジズのは私怨混ざってね」

「────あァ?」

「ひいごめんなさい」

 元々眠たげで不機嫌そうな顔をしているジズだが、今のは不機嫌「そう」ではなく「不機嫌」な声だったので本気でビビってしまった。これを巻き終わったらおしっこ漏らしてないかちょっと確認しておこう。

 アニメやゲームのキャラクターがするような「ちっ」と声に出すのとは違う本気の舌打ちをしながら、ジズは椅子の背もたれに寄り掛かり天を仰ぐ。光の爆乳と対を成すような壁乳を惜しげもなく見せ付けるジズに、胸にコンプレックスがあるなら何で普段からビキニ着てんだよお前だなんてツッコミは口が裂けても出来なかった。

 そんな事を思いつつ何とかしてサラシを巻き終えた僕だったが「ゔぁーぐるじー」と呻いた光がまるでちょっと背中痒いからとでも言いたげな所作でサラシを解いているのを目の当たりにした僕は、しかしもう嫌気の極地に達していたので何も見なかった事にして諦めた。



 ───────



 小咄その三つ【泣く女の子は柑橘系の香りがした話】


 事の発端は何だっただろうか。森羅万象、ありとあらゆる事象には必ず原因があるとは何の言葉だったか。

「────おるるァっ!」

 およそヒロインの出したものとは思えないほど野太い巻舌の掛け声を発した橘光が長ドスを振り上げる。

 ………ドスというものは折れた刀を流用して作った廉価品であり、個々毎に長さが統一されていない。何せ元が折れた刀なのだから、どこから折れるか分からない都合上どうしたって同じ長さのドスは作りようがないのだ。刃先の方から折れた短いものは短ドスなどと呼ばれるし、根本からボキッと折れてしまったものは光が持つような長ドスと呼ばれるものへと流用される。

 まともに打ち直すのは金も手間も掛かるし、何より刀が現役バリバリだった時代はほぼ全ての物が素手で運ばれる。ガソリン駆動の重機など存在しないのであれば、根本から折れた長い刀身など取り回しも悪いし重いし場所も食うし、何より刃物なので扱いを間違えれば怪我をしかねない。よってドスはかなり安く作れる廉価品でありながら、長ドスは更に安いとされていた。らしい。光が言ってた。

「────っだオラァっ!」

「─────んぬわーっ!」

 およそヒロインとは思い難いドスの効いた声で長ドスを振り回す光と、見事な立ち回りでそれを避け続けるチルティ・ザ・ドッグ。首様のお側付きという名の愛玩動物でありながら強気にも「このニンゲン気に食わないのですよ!」と息巻いて我々に喧嘩を売ったチルティ・ザ・ドッグは、どういう理屈なのか残弾の尽きないマスケット銃を振り回して光を追い詰めている。

 少し追い詰められる度に光が力任せにドスを振り回し前に出て、チルティがそれを避ければ光はそこに踏み込み更に距離を詰める。しかしチルティも負けてはおらず、二丁のマスケット銃をリロードも無しにボゴンボゴンと撃ちまくりながら肉薄しようとする光を追い払う。まるで火を吹くようなバカみたいなマズルファイアを見ていると「マスケット銃ってそういう武器だっけ」と思ってしまうが、しっかり弾は出ているようで時折こちらにも流れ弾が飛んでくる。

「ちょわっ! とうっ! わちゃっ! とぁうっ!」

 即席の観覧席となった縁側に流れ弾が飛んでくる度、普段は寝てるか毛繕いをして空気と化しているラムネが伸びたり飛んだり縮んだり、まさしく縦横無尽に動き回っては猫パンチで弾をはじき落としている。今のラムネは法度ルールを適応していない状態なので僕から殆ど離れられないのだが、それでも僕の方向に飛んでくる流れ弾にのみ対象を絞ってデシデシと叩き落としてくれる。

 そんなラムネのおかげで四方八方に飛び散らかされた流れ弾に一発も被弾せずに済んでいるのだが、代わりに跳ね回るラムネの抜け毛がめちゃくちゃ顔周りに飛んできて顔中がむず痒い。猫は飼った事が無いのでよく分からないのだが、猫というのはこんなにも抜け毛が多い生物なのだろうか。それともラムネが特に抜け毛の多い個体なのだろうか。今度ジズ辺りに聞いてみるとしよう。

「というかマジで残弾とかどうなってるんだ。そういうチート能力とか? 僕もそういうの欲しい」

「あれはただの魔法銃じゃ。……ぼんは魔術に適性が無いのか? 多少なりとも心得があれば気の流れで分かると思うが」

 僕が素直な疑問を口にすると、隣で茶をシバいていた糸目のお婆ちゃん………首様くびさまがさも当然といった口調でそう答えた。

 言われてみれば仮に実弾であれば法度ルールを適応していないラムネでは触れられそうにないのだが………じゃあ精神的なエネルギー兵器なら触れられるのかと思うと「んーよぐわがんねべ」とべこを引くおいちゃんのような顔になって考えるのを放棄してしまいたくなる。

 因みに普段説明係になってくれているジズベット・フラムベル・クランベリーは色々あって僕の後ろで白目を剥いてぶっ倒れているし、クソデカメイドことトリカトリ・アラムは縁側の近くの地面に頭から腰までぶっ刺さっている。幸か不幸かパルヴェルトはお留守番で恥を晒さずに済んだというものだが、こいつらに何があったのかはいつかどこかで語るとしよう。

「生憎と魔法の存在しない世界から来たからね。言ったら剣だって大抵の人は持った事すらないような世界だった」

「まーたクソ不便な世界から来たのう」

 銅が産出されないこの世界よりはマシだと思う。

 ペール博士が言うには鉄すら僕らの世界のものとはだいぶ性質が違うらしいし、電化製品に慣れ切ってる現代っ子としてはスマホがどうのネットがどうの以前に扇風機すら無いのは大問題だった。

「魔法銃ってもっと小型なもんだと思ってた。ハンドガン的なさ」

「思ってたも何も普通は小銃程度の大きさじゃよ」

「……じゃあ何でチルティはあんなデカいの振り回してんの」

「わしの趣味じゃ」

「…………」

 余りにもあっけらかんと返す姿に返し返す言葉が無くなった僕を見て、首様は何も言わずに糸のような目元と口元を歪めながらちろりと舌を出した。見た目こそあざといロリババア以外の何者でもないけれど、この人も『しくじって死んだもの』であり愚者の一枠を担っている存在なのだから、ナメて掛かってはいけない。

 それというのも首様が着ているその白い和服、純白の生地に深い紫色であしらわれた数種の花に黒い帯。それらが持っている要素は、素人である僕でも分かる露骨な違和感を放っていたからである。

 まず帯の向きが逆だった。通常の帯は結び目が背中側に来るが、首様が巻いている帯は首様のお腹の辺りで留められているのだから露骨な違和感にはすぐに気が付ける。知識として僕が分かるのはこれだけではあるのだが、これが余りにも大き過ぎる不自然なのだから他の様々な要素もきっと何か意味があるのだろう。帯が縦結びである事とかももしかしたら関係しているのかもしれないし、もしかするとあしらわれている花の種類にもなにがしかロクでもない意味があるのかもしれないのだが、こんな見るからに死に装束だと分かるような和服の着方をしているような奴にその意味を問える程僕は無邪気ではない。

「マスケットはいぞお。言ったら火縄と変わらんが、だからこそ砲身に入る大きさであれば大体何でも発射出来る柔軟性の高さが良いな。弾が切れても最悪その辺の石ころや砂粒を入れればその時点で銃弾として代用出来る点は特筆すべきじゃが、何よりも見た目が良いな。超かっちょいいじゃろ」

「いやまあ。うん、かっちょいいとは思うな」

 本当に愚者の一枠なのか疑問に思うぐらいウキウキと興奮の伝わってくる口調で問い掛けられれば、僕はもう死に装束がどうとか関係無く素直に同意するしかない。「場合によっては金属棒を銃弾代わりにする事もあってなあ」とマスケット銃のかっちょよさを語る和服のロリババアなんて未だかつて首様ぐらいしか見た事がなかったし、この世界を全部くまなく探したとしても首様ぐらいしか存在しないのではないだろうか。いやそもそもロリババア自体、実物を見た事なんて無かったのだけれど。

「じゃあチルティの腰にある銃も魔法銃なんだ。四丁も持たせるのは流石に多くないか?」

「いやあっちは普通の銃じゃが、あれを使わせたら小娘を殺す事になるじゃろうから今回は禁じておる」

「なんで?」

「あれはつよつよ銃じゃからなぁ」

 ただでさえ細い糸目を更に細くしながらニヤリと笑う首様からは、愚者ならではの黒いもの云々とか殺すという単語がどうたらとかではない異質な雰囲気が感じられた。それは、そう。例えるなら「聞かれてもいない事を勝手に長々早口で語り出すダルい系のオタク」にそっくりなオーラというか、隙あらば自分語りを始めるインターネットの住人に近い空気というか、もしかしなくても藪蛇だったかもしれないと強く後悔出来るような雰囲気だった。

 だが時既にお寿司。「むふふ」と微笑んだ糸目のお婆ちゃんは、僕が何を言う間も無く勝手に喋り始めてしまった。

「チルが腰からぶら下げておる二丁の銃はわしお手製の四連装ショットガンじゃ、めいや型式はまだ決めてはおらん。通常ツインバレルと呼ばれる連装式ショットガンはデュアルトリガーじゃがあれはシングルトリガーでなあ、引き金を引く度に中でギアがズレて順繰りにシアが切り替わる構造になっておるんじゃ。造った当初はまあえらいぶっ壊れまくってお話にならなんだが、何度も改良を重ねてようやく実戦に持ち込めるぐらいにはなったんじゃ。グリップで相手をぶん殴るとかせん限りはそうそうシアとハンマーの動作不良は起こさんようなっテオる。因みにあれは中折式でフレシェットシェルを使用しておるがやはりこれもわしの趣味じゃ、フレシェットショットガンは浪漫じゃな。暇を持て余して造ったは良いがこれがまた大変でのう、ギアが切り替わる内部機構をハンドガンサイズの銃内部に組み込むのがクソ大変で苦労したわい。当初の構想段階では四連装の銃口の中央から緊急及び自決用のフルメタルジャケット弾を発射出来るようにするつもりじゃったが、先に言った通り内部機構を搭載するのでもう精一杯でな、これに関しては断腸の思いで諦めた。じゃがわしはただでは転ばん主義での、必然的にごんぶとになった銃身に合わせてぶっとくなったグリップ内部に二つまで予備のシェルを内包出来るようにしてみたんじゃ。三つ四つは流石に入らなんだ。マッチや釣り針だけでなく砥石などを入れられるようグリップ内部が空洞になっているフィックスブレードなんぞはわざわざ利便性を捨ててまでフォールディングナイフよりも高い耐久性を求めておるのに、それのグリップ内部を空洞にして根本から折れやすくしてたら本末転倒ではないかと揶揄される事も多いのじゃが、あのハンドショットは元より複雑な内部機構をしておる関係上どうしたって乱暴に扱えない代物じゃから仮にグリップ内部が中空であっても何の問題も無いというものじゃ。いや待てだからといって通常の銃は乱雑に扱って良いという訳ではないぞ? 単純構造のリボルバーや火縄銃とさして変わらんマスケットならばまだしも、自動小銃と呼ばれるようなタイプのスライド式ハンドガンなんかは本来であれば精密機器のカテゴリじゃからな。ちょっとした小砂ですらすぐ噛んでスライドが軋みやすくなるのじゃから銃床で顔面ぶん殴るなんて以ての外なんじゃ。言ってしまえばそもそもグリップ内部に弾倉を差し込むという構造に関しては弾薬保持に場所を取らないようにというデッドスペースを無駄無く使う的な意味合いもあるのじゃが────」

「………………」

 えらい早口でまくし立て始めた首様だったが正直何を言っているのか殆ど分からなかった。とはいえ勝手に好き放題ペラ回し始めるオタクや、それに準ずる何かの信者がどうして嫌われがちなのかは十二分に理解出来た。これはウゼえわ、嫌われて当然だと本気で思う。

「とりあえずあんたに銃の話を振っちゃいけないって事は良く分かったよ」

 まだ喋っている首様の言葉を遮って僕はそう言った。銃どころかナイフの話も振っちゃいけない感じがしたし、サバイバル系の話題は総じて振らない方が賢明なのかもしれない。自分が持っている知識を語りたくなる気持ちは分からんでもないのだが、聞いてもいない事柄をあーだのこーだの語られると余りにも鬱陶しい。

「──はあん? 何故じゃ、わしが銃好きって分かったならむしろ率先して話を振るべきじゃろうが。意識して好感度を上げに来んとわしのルートには入れんぞ」

「首様のルートなんか入る気無いから安心して良いよ」

 そう言われて不満を隠しもせず「なんでじゃ! ぷんすこー!」と意味不明な怒り方をする首様だったが、銃好きどうのこうのはさておいても首様だなんて不穏な名前の和服糸目のルートになんて入る気にならないだろう。愚者って時点で必ず闇を抱えているというのに死に装束に身を包みながら首様だなんて名乗っているのだから、それはもう確実にリョナいエンドに終わるだろう結果は見え見えだった。CG回収は人柱の動画から雑に眺めれば良いし、とりあえず次回作でトゥルーエンドが追加されるまで僕は未攻略で良い。

「こらー! そこのニンゲーン! なーにを首様に失礼な事をしてるですかー!」

 ぷんすこぷんすこと怒り続ける首様を無視していれば毛色も相まって犬より狐に見えるチルティ・ザ・ドッグが僕に向けてマスケットタイプの魔法銃を突き付けていた。何よりも主人を気に掛け優先するチルティの忠誠心には脱帽するが、まだ光と戦闘中なのにそんな余裕あるのかなと思ったのも束の間。そんな余裕なんてある訳もなく「こんダボがよぉっ!」と吠えた光に足払いを掛けられ、完全に意識が逸れていたチルティは為す術も無くズルリと横転する。

「ぬわっ!?」

 不意を打たれたチルティは慌てて地面に手を付き受け身を取ろうとするものの、戦闘狂と言っても何ら過言ではない橘光がそんな事を許す訳もなく、倒れかかったチルティの首へ流れるように足を回して固定。太ももとふくらはぎで首を挟みつつしゃがむように反対の膝を曲げれば体幹を奪われているチルティも一緒に地面に膝を付く。

「おお、あれが噂に聞くま◯こ固めじゃな」

「あんたもジズや光と同類なのかよ。勘弁してくれ」

 確かにチルティの頭部を股ぐらで挟む形にはなっているが男女共に行える技なんだからわざわざま◯こに絞る必要は無いだろう。というかなんでこいつらは息をするようにキツめのシモネタばっかり言うんだ、もう少し恥じらいを持て。

 とはいえ取り敢えず光の勝利は確定しただろうか。両手に持っていたマスケット銃はあらぬ方向へ銃口を向けており、光の……なんだ、えっと。ああもうクソビッチのせいで名前忘れちゃったじゃないか───いやもう何でも良いか。光のま◯こ固めによりチルティはまともに身動きが取れなくなった。

 対して光は両手がほぼフリーな状態なので、これが実戦であれば光は持ち前の怪力でチルティの首をへし折るか長ドスで首斬りするかしていただろうが、一応今回は組手のようなものなので光は高笑いするだけで他には何もしなかった。

「わーはははは! ウチの勝ち! 何で負けたか考えときやね!」

 …………それはさておき、言葉の世界には地雷という表現がある。上からの重さに反応して起爆する小型爆弾を地面に埋める火薬式の対人兵器なのだが、火薬の量が調節してあり踏み抜いても対象は死亡に至らず、基本的に両足を損傷するだけ。結構派手な爆発が起きるので即死しそうなイメージを抱くが、実際の対人地雷は負傷兵を増やし医療費を嵩ませる事が目的の非殺傷兵器である事が多く、対象の死を想定していないものが殆どだったりする。

 そんな見えない所にありながらも迂闊に踏み抜いたら面倒な結果に繋がる様を言葉の世界では「地雷を踏んだ」と言う事があるのだが、チルティは今まさしく地雷を踏み抜いたと言って良いだろう。

 光の太ももに頭を挟まれ、その股間に顔面を押し付けるような態勢になっていたチルティはムームーと唸りながら藻掻いている内に何とか頭だけま◯こ固めから外れる事に成功し、そのまま叫んだ。


「ぷへっ、くちゃっ!」


「─────────────」

 地雷を踏み抜く音が聞こえた気がした。

 ま◯こ固めから顔だけ抜け出したチルティがそう叫ぶと同時、直前まで勝利の笑顔で高笑いしていた光の顔から表情どころか感情すら消えた。直後隣にいた首様が「ぶふっ」と吹き出し、それに合わせるように光の顔が赤くなっていく。

 人の顔というのはああも見事に赤くなるものなのかとか場違いな事を考えていた僕だったが、僕の脳内に住む僕天使と僕悪魔はどっかで見たような二人組と同じ顔をしながら「オイオイオイ」「死んだわあいつ」と呟いていた。

「ぶふぃ〜、空気が美味しいのですよ」

「───────────ッ!」

 恥じらいから、怒りへ。光の表情の変化ははたから見ても明らかな怒気を孕んだものへと変わっていった。

「いやまあ」

 如何に普段からシモネタばかり言っている女であっても自分の股間に対して「くちゃっ!」とか言われたら流石にキレ散らかすだろう。あまつさえその後「空気が美味い」だなんて言われれば、慈悲が無くなるのに是非は無い。運動直後だから仕方がないとは思いつつも、仕方がないなんて言葉で誰もが納得出来たらこの世に争いなんて存在しないのだ。

 ギリリと歯噛みする音が僕の位置まで聞こえてくるのと同じタイミングで光がチルティの手首を掴む。自分が踏み抜いた地雷の大きさに気付かぬチルティは「おぁ?」などと間の抜けた声を出すが、直後チルティは腕を掴まれたままグルングルンとクロスするようにぶん回され、

「臭く無かぁぁあぁああああああ────ッ!」

「ぱぁぁあぁああああああ─────ッ!?」

 ぶいんぶいんと振り回される際に発生した遠心力によりチルティの手からマスケット銃がすっぽ抜けていく。そして光の周りをキリモミクロスで振り回されたチルティ本体が、まるでフリスビーの如く高速回転しながら僕らの方へと吹き飛んできた。切実過ぎる光の叫びに相反するように間抜けなチルティの叫び声がぶひょぉんというドップラー混じりの風切り音と共に僕と首様の上を飛び越えていくと、すぐ直後に僕らの後方でバリバキメキャァとかいう冗談みたいな効果音を織り交ぜながら「ぶぇあ」というチルティの断末魔が聞こえた。

「うわあ」

 愉快な効果音に振り返って見てみれば、完全にひしゃげた襖の向こうでチルティが壁に突き刺さっていた。光の怪力でぶん投げられたのだから死んでても何らおかしく無いのだが、まあギャグみたいな理由でそうなった訳だし、もしかしたらギャグ補正が掛かって生き延びているかもしれない。

「あぁ、わしのおうちが……」

 泣きそうな声で首様が呟く姿は正直哀れこの上なかったのだが、ここに来てそもそも論を展開させてもらうと、そもそもチルティが「気に食わないのですよー!」と騒ぎ出した時点で止めておかなかった首様が悪いと思う。



 ───────



 小咄その四つ【「何の話?」って聞かれたら「何の話だっけね」って言い返す】


「はいどーもー、ビッグスモールビッチーズやでー」

「え何アタシ入ってンの? いやまァ仮にアタシが入ってるとして器とか度量の大きさでアタシがビッグ枠よねェ。もし違ったら殺すわァ」

「パイオツと身長でのビッグスモールに決まっとるやがな」

「殺すわァ」

「ウチ前々から思ってんけどさぁ」

「おゥこらシカトぶっこいてんじゃねェぞォビッグビッチ」

 ガラゴロと車輪を鳴らす大きな荷馬車の中、何の脈絡も無く光とジズが漫才を始める。一応大きめの荷台ではあるが、僕とジズと光だけでなくパルヴェルトまでもが乗っていれば流石に些か狭苦しい。ラムネは僕の膝の上ですひすひと鼻息を鳴らしながら寝ているし、こいつらがこんな感じの漫才を始める事も今に限った話ではないのだがこうも狭苦しい場所で話されては聞いてやるしか選択肢は無く、取り敢えず僕は黙って目線だけ向けた。因みにトリカトリは馬上の騎手として荷馬車をっている。

「巨乳の女に対して『牛乳うしちち』とかよう言うやん?」

「その喧嘩買ったわァ」

「まだ大した事言うとらんやんか! 前振りしようとした段階で売ってすらない喧嘩買わんでぇや!」

 胸や身長といった体型の話になるとすぐに噛み付きたがるジズではあるが今回は特に早かった。なにせ巨乳通り越して爆乳レベルの女が、貧乳通り越して壁乳かべちちレベルの女の前で、出し抜けに胸に関する話題を振ってきたのだから爆速で噛み付くのも至極当然なのかもしれない。

「男が想う女の理想像ってさ、大体『胸がデカい』とか『包容力があって』とか『温和で』とかやん?」

「結局胸の話じゃないのよォ、やっぱ殺すわァ」

「まあそういうのはよく聞くね。フェミニストに吠えられるのを恐れず言うなら『女性的』ってイメージの中にそういうのは多く含まれてると思う」

「悪かったわねェ全部足りてなくてよォ」

「いやジズはジズで可愛いと思ががががががががが」

「タクト泡吹いとるよジズ。……ジズ? タクト赤い泡吹いとるって。それ首折れとんとちゃうけ」

「おちゃめな照れ隠しよォ」

「────死ぬかと思った」

「いやウチらもう死んどるねん。っつーかタクト血混じりのあぶく吹いといて何で生きとるん」

 僕に聞かれても困る。ところがどっこい生きてるんだからしょうがない、きっとギャグ時空なんだよ。

 というか可愛いとかには恥じらう癖にシモネタには一切恥じらいを持たないのはちょっとどうかと思う。いや逆は逆でただのダルい女じゃねーかとも思うけどさ。

 そんな事を思いながら普段見るのとは違ういやに明るい色の血を拭っているとジズが「んでェ? デカ乳が何だってェ?」と話の腰を戻した。

「んやそれウシじゃねって思ってん。牛柄ビキニやないけどさ、『温和で』『包容力あって』『胸がデカい』ってそれウシさんのイメージそのものやんなって」

「でもウシの胸って硬いわよォ? 筋肉質っつーかァ、なんか常に張ってるっつーかァ」

「小学生の頃に牧場行って乳搾り体験をした事がある僕から言わせてもらえば、ウシの乳首はぶにょぶにょしててちょっとキモかったな。ラムネの腹の肉の方がよっぽどたるんたるんで触り心地が良い」

「どうでもええけど豚は全身余す所無く使えるっちゅーて耳まで食うし骨もしこたま茹で倒すけど、なんでウシのビーチクって食品として市場に出回らんのやろな」

「乳牛は死ぬまで絞り続けるからじゃねェのォ?」

「けど競走馬とかは死ぬと普通に埋められるか馬主や騎手に食われるかの二択だし、そう考えると乳牛が死後に食肉として解体された時に、どうしてその辺だけ出回らないのかは、言われてみると僕も確かに謎だと思うな」

「ビーチクどころかパイオツすら出回ってないやん? シカのち◯ぽとかは珍味として人気なんに」

「一頭につき一本しか取れないんだぞォとかいって好きモノから希少扱いされてるわよねェ。そンなら雌牛のビーチクは一頭につき四つ取れるンだしもうちっとぐらい出回っても良いんじゃねェかとは思うわねェ」

「ちゅーても親の買い物に付いてったガキンチョがスーパーでパック詰めされてるウシの黒ずんだ長乳首見たら確実に性癖歪むやろうけどな」

「ラベルに『国産雌牛 乳首 四本入り』とか書かれるんだろうか。それ見て「おっ乳首 498よんきゅっぱじゃんお買い得!」とか思うんだろうか。なんか凄え嫌だなそれ」

「ウシのち◯ぽがスーパーに売られてるのはむしろ興奮しそうやな。リップとグロスを薄めに塗ったいかにも仕事帰り感あるOLが『国産牛 陰茎 二本入り 半額引き』とか書かれてる商品持ってレジに来たらバイトの高校生とか家帰って爆シコやろ」

「全体的に明るめの茶髪なんだけど頭頂部だけ黒い感じのOLなら尚更ソソるわねェ。仕事忙しくて染め直してる余裕無ェんだなァみたいな想像が捗るわァ」

「その割に服はピッチリアイロン掛けされてる感じやね。シワ伸ばしとかないと会社で色々言われるし他の女連中にナメられるから頻繁にクリーニング出しとってて、そのせいで手間とかクリーニング代とか嵩んでイライラしとんのをシカち◯ぽで発散するんかなぁみたいな」

「お前らに同調するようで非常に腹立たしいが、それは僕でもちょっとムラっとくる。某銀色の缶ビールとかが一緒にカゴに入ってたらもう勝てる気がしない。僕は負け犬で良い」

「まァでも実際は普通に食うだけでしょうけどねェ。わざわざシカち◯ぽなんざァ使わねェでも通販で安いバイブ買ってるだろうしィ」

「そういや一時いっとき馬バイブ流行ったけどあれマジで一時やったなぁ。あんなんまず入り口通過せえへんってバカでも気付くやろて」

「童貞の想像力は凄ェからねェ、お産でガキの頭ァ通すだけで大体のま◯こは裂けて何針か縫うっつーのに………高々オ◯ニー如きで馬ち◯ぽにま◯こ裂かれてたまるかってェの」

「いやほら、そこはエロ漫画的表現とインフレ商法による影響だから仕方が無いと思う。馬ち◯ぽを扱うエロ本やエロイラストは別に悪くない」

「なんやタクト嫌に庇護するやん。ひょっとして馬ファ◯クお好きなん?」

「そういう漫画的表現を許したら少女漫画だのレディコミだのの影響でセックスイコール絶対気持ちが良いみたいなイメージ抱く女が一生消えねェんだけどその辺はどうなわけェ?」

「ぐぬぬ」

「ちょっと待ってくれないか」

 僕が唸ると、それまで横でずっと黙っていたパルヴェルトが唐突に口を開く。

 目線を変えてパルヴェルトに向き直ると、彼は眉間をシワシワにしながら苦悶の表情をしていた。

「頼むから待ってくれブラザー。いやブラザーだけじゃなくてハニーやジズくんも待ってくれたまえよ」

「なんやパルヴェルト。つーか居たんかパルヴェルト、マジで忘れとったわ」

「いや百歩譲って忘れられてたのは良いさ、構うものか。それでもボクは諦めない。いや違うよハニー、そういう話じゃないんだ」

「何よ鬱陶しいわねェ、グダグダ言ってねェでさっさと本題に入れやァ」

「………君たち、いつもこんな下世話な会話をしているのかい? 特にハニー、君はまだ、その……し、処女だと言っていたのに、とてもそうとは思えないよ」

「え何ヒカル処女なのォ?」

「うん。あれ言っとらんかったっけ」

「聞いて無ェわァ、超初耳だわァ」

「ようオナっとるし戦場でも大股かっいて走り回っとるけえ膜はもう破れとるやろうけど、一応まだ未通女おぼこやでウチ」

「待ってくれハニー当たり前のようにオナってるとか言わないでくれたまえよ。例え何を言われたとしても僕は一生ハニーを愛し続けるけれど、流石にそんなあけすけに言われたら愛とかどうの関係無くどうして良いか分からなくなってしまうよ。………なあブラザーも何とか言ってくれ。君だってうら若き乙女がオナってるとか言ってるのは聞き苦しいだろう」

「今更感ある」

「負けないでくれブラザー」

「自慰なんて万人万国共通じゃんって最近良く思うようになってきた。オ◯ニーに国境は無いんだなって」

「共通じゃないよブラザー、そういう事しない人だっていっぱい居るんだよブラザー。人に限らず、テキサスでは男性の自慰を違法とする法案が提出された事例もあるし、旧約聖書では自慰の否定が明記されてる」

「僕キリスト教徒じゃないし、今後テキサスに住む予定も無い」

「何でだブラザー……出会って間も無い頃はもっと素敵なブラザーだった気がするのに………何でこんなに雑になってしまったんだブラザー」

「アホ共に付き合ってる内に慣れちゃった的な感じかな。やっぱり習慣には勝てなかったよみたいな」

「勝つの負けるの以前にそもそも淫語トークやシモネタ会話を習慣にしないでくれブラザー。それが習慣になったら多分もうお終いだよブラザー」

「それはさておき、パルヴェルト様的に想い人が処女ではなかったというのはどうなのでしょうか。私そこそこ気になります」

「うおトリカ。聞いてたのかお前、馬はいいのか?」

「荷馬車の操舵なんかより想い人の非処女に関する問題の方が重要です」

「なんかよりって言うな馬車が事故ったらどうするんだ」

「非処女ねェ……メインヒロインがヤリ◯ンとか終わってるわァ」

「待ってや何でウチヤリマン扱いされとんの。別にヤリ◯ンちゃうでよ、確かに膜は破れとるやろうけどおち◯ぽズボンヌした事は無いでよ」

「ズボンヌて。他に表現無かったのかよ酷過ぎるだろ」

「とはいえ膜はもうズタボロなのでしょう? この広い世界には処女厨とか居るぐらいですから、パルヴェルト様が処女厨であってもおかしくはありませんよ」

「おいおいトリカ嬢、何を言うかと思えば。ハッハッハ」

「おお、パルヴェルトは惚れた女の男性経験は気にしないクチか」

「当たり前じゃないかブラザー。あた……当たり前だよ……っブラザァー……っ!」

「あァこれ駄目な奴だわァ」

「やっぱり処女には勝てなかったようですね」

「マジかよパルヴェルト、お前処女厨だったのか。ちょっと見損なったわ、お前相手の経歴とか気にしないタイプだと勝手に思い込んでたわ」

「…だってよ…! ブラザー! ………………! ブラザァー…! 処女が!」

「やめろお前マジで。名台詞を汚すな怒られても知らねえぞ」

「安いもんやで。処女の一つくらい…無事でよかったで」

「………う………………! うう………!」

「お前もかよブルータス。何も無事じゃねえよ台無しだよ」



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 小咄その五つ【このスレッドは終了しました】


 異世界に来た僕らが常日頃何をどうしているのかと聞かれれば、ベビーカーの中身を無視して二時間ぐらい路肩で井戸端会議に興ずる新婚ママが如く『いつものメンツ』で駄弁ってると答えるしか無いのだが、そんなバカ女系新婚ママもかくやといった酷い惨状の僕らでも、それでも呼び出された愚者の中では比較的良い子ちゃんの部類なのだから時折魔王さんからサブクエストというかもはやミニゲームのような頼まれ事をされる時があるのも割と必然なのかもしれない。

 魔王というよりサキュバス感の果てしない魔王さんは実際元々サキュバス淫魔だったとは言うが、どことなくくたびれたラバー生地の衣服だったり隙あらば指で眉間を揉んでいたり何かある度にそれが良い事でも悪い事でも小さく溜息を漏らしてしまうといった日頃の所作からは、魔王というより「結構イケてる系のちょいギャルが新卒雇用で晴れてキャリアウーマンとなったものの慣れない事務仕事に追われ続けて完全に疲れ切ったみたいな感じのくたくたOL一年目お姉さん」と言った方がよっぽどしっくり来る。

 して、そんな政務に追われて苦労が耐えず同窓会にすら出る時間が無いほど忙しいOLみたいな魔王さんは、一癖とか二癖とか通り越してもはや癖の塊みたいな愚者たちの中でも、どちらかといえば良い子ちゃん側な僕らに対して割とちょこちょこ頼み事をしてくる。それに対し、まあ自らの意志とは関係無く呼び出された僕らだが、それでも一応衣食住の提供に関する恩返しを兼ねれるならという事もあってどんな依頼も快く受けていた。

 そんなある日の事なのだが、魔王さんとちょっとした世間話をした際に魔王さんから「呼び出しといてアレなんだけど、まだ愚者の名前誰一人として覚えてないのよね。多過ぎて意味分かんなくなるわ」とか言われてしまった。

 まあそこまでは百歩譲って仕方が無いとする。だって一気に十二人も現れた上にそこまで深く関わりもないのだから、本当に仕方が無いとしか言えない。

「だから内心ではアダ名で呼んでるのよね。君はクソ根暗クソナード、そこの貴方はもやし貴族、そっちの貴女はパイオツゴリラって呼んでるわ。中々センスあると思わない?」

 僕とパルヴェルトと光を順繰りに指差しながらそう言う魔王さんに対して、二秒ほど考えてから僕は叫んだ。

っちゃえ狂戦士バーサーカーっ!」

 橘光はブチ切れた。


 かくして名前の一つも覚えて貰えなかった上、不名誉極まりないが的確過ぎて否定出来ないアダ名が発覚した僕ら『いつものメンツ』は今更ながらも自己紹介の練習を始めるに至った。「あーでもないこーでもない」「だーかーらー」「ちがうちがうよーもー」とか言い合いつつ色々議論した末『新参ロックバンドが初ライブでやるアレ』みたいな形式で自己紹介をしてみようという事になった。

「イカれたメンバー紹介するで!」

「「「イェー!」」」

 橘光が肩からギターを下げてそう叫ぶと、集まった面々はホタルの明滅の如くそれに呼応して雄叫びをあげた。揃いも揃って個性の塊みたいな癖の強い僕ら『いつものメンツ』ではあるのだが、揃いも揃って波長が合うのか誰かからの唐突過ぎるネタ振りにも即興ながら対応出来るのだから、毎回毎回その柔軟さというか臨機応変さというものには驚きを隠せない。

 しかし何が一番驚きなのかって、生前は『ミスター・陰キャ』みたいなポジションだった僕が陽キャ揃いの『いつものメンツ』に混ざってわちゃわちゃと騒いでいるという事だろうか。もしあの頃の僕に未来の僕からちょっとした伝言が出来るとしたら「スカしてんじゃねーぞお前、後々割とアホなの発覚すっからな」と鼻で笑いながら言ってやりたい。

「あ待ってすまんマイク入っとらんかったわ。もっかい」

「「「ブゥー!」」」

「イカれたメンバー紹介するで!(エコー)」

「「「イェー!」」」

「あエコーうるっさ。やっぱ切るわ」

 余談ではあるが、これは既に二回目だったりする。一回目は開幕「包茎のパルヴェルト! 以上や!」で済ませたのでスレが終了してしまった。様式美に倣うのは良い事だと思うが、文字通りただの「イカれたメンバー紹介」で終わってしまい「イカれたメンバー」に関して何一つとして紹介出来ていなかったので流石にリテイクを出した。

「まずはウチ! 橘光ぅ! 担当楽器はハンドクラップ! ジョブは狂戦士バーサーカーや!」

「「「イェー!」」」

 センター張ってギターを担いではいるが直前になって「えウチ楽器なんも出来んよ」とか真顔で言い放ったので、担当楽器は手拍子ハンドクラップという事にしてその場を収めた。肩から下げたエレキギターはそもそもアンプに繋がっておらず言ってしまえばただのダミーだし、カラオケ等の経験も無いというからボーカルも担当していない。そもそも誰がボーカルをやるかという論争によりメンバー同士で数回喧嘩が起き「曲ごとにボーカル変えよう。みんなでそれぞれ好き勝手に歌う感じ」という話になったのだが、それもそれぞれびっくりするほど好みのジャンルが違い既に四回ほど「音楽性が違う」という理由で解散している。

「そしてジズぅ! 担当楽器はベース! ジョブは狂戦士バーサーカーや!」

「はァい、どうもォ」

「「「イェー!」」」

 気怠げに返事をしつつべウィーンべウィーンと弦を弾いてチョーキングするジズベット・フラムベル・クランベリー。この中では唯一楽器らしい楽器が弾けるというメンバーであり「あたしベースなら出来るわよォ」と自信満々で言っていたのだが、実際の所ジズが出来るのはチョークだけらしく他は何一つとして出来ないという事が一回目のリテイク直前に発覚した。何でもチョーキングだけは練習したというのだが、チョーキングが出来るようになった時点で満足してそれっきりベースは埃を被っていたらしい。事実さっきから延々べウィーンべウィーンとしか音を奏でていない。しかも埃だらけのベースを押入れから引っ張り出してくる際にピックを紛失していたらしく、器用にもピックを使用せず全て指弾きで奏でている。

「次はトリカぁ! 担当楽器はドラムぅ! ジョブは狂戦士バーサーカーやでぇ!」

「よろしくお願いいたしますわ」

「「「イェー!」」」

 テン テン シャーン ドム ドドム チッ テン

 四本指で身長三メートルで本職メイドとかいう情報量の多いトリカトリ・アラムが、人より本数が少ない分一本一本が太い指を使って恐る恐るスティックを振るう。全身くまなく全てのパーツが大きいトリカトリは、ステージ構成の時点で一段上げてあるスペースを作らないとボーカルやギターに隠れてしまいがちなドラムを「わたくしなら体が大きいのでスペース作らずとも目立てます! 隠れません!」とドヤ顔しながら声高に宣言したが、しかしまず椅子が小さくて座り難いらしく数回コケているし、スネアドラム用のペダルはマトモに踏もうとするとかなりはみ出るので爪先でしか踏めず、ドラムスティックに至っては指で抓んで振っているという意味の分からない有様となっている。因みに光に負けず劣らずな怪力なので既に三本のスティックを抓んだままへし折り、一つのスネアドラムを破いている。

 余談だがトリカトリは「なんか食虫植物みたいな感じしません?」という理由で自分の名前を非常に嫌っているので、例えこういう自己紹介の場であってもフルネームで呼ぶと不満が顕になり眉間がシワシワになる。

「次はパルヴェルトぉ! 担当楽器はピアノぉ! ジョブは狂戦士バーサーカーやでぇ!」

「はっはっはぁーっ! 下々の者共よっ! 今回はボクの名前だけでも覚えて帰ってくれたまえよーっ!」

「「「イェー!」」」

 鼻に掛けたような口調と絵に描いたようなコテコテの「全身からウザい感じを醸し出す貴族のボンボン感」を惜しげもなくムンムン振り撒くパルヴェルト・パーヴァンシーだが、実はかなり気配り上手なイイヤツだったりする。

 愚者として呼び出されている面々の中ではシモネタに割りかし弱かったり、悪しきを挫き正義の為に立ち回ろうとしたりなど数少ない常識人ではあるのだが、他のメンツと同じように「バカなので取り敢えずパワープレイで解決しようとする」という傾向がかなり強い。

 何にせよ実はただのイイヤツ説が僕の中で浮かび始めてるパルヴェルトだが、反して世の中はパルヴェルトのような善人に対して厳しく出来ているのか「一目惚れした! ハニーと呼ばせていただこう!」と必死に光へとアピールするも見向きもされず、それどころか先日の飲み会で全裸コールに負けてしまった結果想い人である光に短小包茎である事がバレてしまうという絶望的な状況に追い込まれてしまった。因みにマジでイイトコの坊っちゃん感があるものの楽器は出来ないらしく、声高々に「心配ご無用! ガッズィーラのテーマなら弾けるよ! 任せてくれたまえ!」と言っていたが、一回目のリテイク直前になって「そもそもドってどこだい? これかい? ボクの知ってるピアノより何か鍵盤多い気がするんだが」とゲームに負けたガキの言い訳みたいな事を言いながらソを連打するという体たらくだった。

 ………これは本当に余談だが、電子ピアノやシンセサイザーはこの世界に無いので、今回はわざわざグランドピアノを用意してきた。マジもんのグランドピアノはそれ一個で重さ数トンに達すると聞いていたが、それをトリカトリが肩に担いで持ってきた時は正直ビビって鼻水吹いた。

「最後はラムネぇ! 担当楽器はカスタネェーット! ジョブは狂戦士バーサーカーやでぇ!」

「このへんがかゆい」

「「「イェー!」」」

 ジズと光の間ぐらいの位置でぐふぐふという謎の音を鳴らしながら腰の辺りを噛んで毛繕いする空色の猫は、一応本名をラムネ・ザ・スプーキーキャットとしている。

 猫にも関わらず愚者として呼び出されているラムネは当初名前を持っていなかったのだが、それに僕が「空色が綺麗だから」という理由でラムネと名付けたものの、直後に首様から「いいや、ラムネ・ザ・スプーキーキャットじゃ。これがフルネームじゃ」とよく分からないダメ出しを受けて今に至っている。何かに付けて「◯◯・ザ・◯◯」というネーミングにしたがる首様のその拘りには首を傾げたくなるが、そもそも思い返せば空色だからラムネという理由で名付けたものの実際のラムネ飲料は無色透明だしもう何でも良い感が出ている。因みに光がメンバー紹介したいと言い出した時、当初ラムネにはマスコットキャラクターとしてグッズ化されて貰うつもりだったのだが「なんかすんのか! おれもまぜろ! おれも! おれ! おっ───へぃっぷし! んぁ……なんだっけ?」とくしゃみをしながら駄々を捏ねたので、取り敢えずその辺に置いてあったカスタネットを担当して貰った。

 最初こそ地面に直置きされたカスタネットを猫手でカチャカチャと鳴らしていてかなり可愛かったのだが、一分もしない内に飽きて毛繕いを始めてしまい、今では腰の辺りの抜け毛を宙に撒き散らすだけの存在となっている。

「以上! イカれたメンバー紹介やったで! ありがとーぅ!」

「「「イェー!」」」

「はい集合ー。しゅーごー、おら来い馬鹿共」

 今回はオーディエンス兼ジャッジを担当した僕が授業が始まるまで好き勝手に遊ぶ生徒をまとめる体育教師のようにみんなを呼び集めた。もはやカスタネットには見向きもせずやたらセクシーなポーズをしながら伸ばした足を一心不乱に毛繕いしていたラムネも「おやつ? おやつか?」と寄ってきて僕の膝の上へ飛び乗ってくる。

「まず狂戦士バーサーカー多過ぎ。某RPGの五作目じゃないんだから狂戦士バーサーカー減らそうよ」

 膝に乗ってきたラムネと共に付いてきた砂粒を払いつつ僕は言った。猫は顎の下を撫でられるのが好きだというのは知っていたが、ラムネは顎の下というより喉のど真ん中、もしくは喉と耳の間ぐらいの位置を撫でられるのがお好みだった。おやつに関しては変に「無いよ」とか返してしまうといきなり凄い不機嫌になるので敢えて何も言わず撫でくり回して意識を逸らすのがオススメだ。

「ではやはりボクが騎士ナイトになろう。盾持パラディンちでも構わないよ! 防御バフだけでなく回復魔法まで使える上に育つと魔法剣まで覚えれるかもしれないこのボクがみんなを守って差し上げよう! 今はまだ未修得だけどね! 今後に期待さ!」

「どっちにしても前衛職だから。ファイター派生ジョブが多過ぎるって話をしてんだよ」

「ならアタシが盗賊シーフとかになるわァ。前衛後衛どっちも出来るしそれっぽいでしょォ?」

「敵から命を奪うって意味で受け取って良いのならジズくんに盗賊シーフは似合っているかもしれないね、ボクはアリだと思うよ」

「どっかの三世みたいに相手の心臓ォ盗んでやるわァ」

「モノ◯ロスハートでも剥ぎ取るん?」

「では私がヒーラーを担当致しましょう。メイドですし適任かと」

「基本ヒーラーやけどライフコスト払って大ダメージ出せるスキルとか覚えそうやな。なんやお注◯天使リ◯ー思い出すわ」

「衛生兵マ◯スラーとかもあったわねェ」

「ボクはあのシリーズ結構好きだよ。カテゴリ化したら箱買い待った無しだね」

「ほなら消去法でウチがヒーラー行くしかないなあ。全くみんな好きモンなんやからなあ」

「「「それは無理がある」」」

「はぁー? なんでやねんド◯クエのエロ画像とかでちんちんに投げキッスして回復するのとかあるやろしウチヒーラーでも別にええやんか!」

「酷い所から持ち出した参考文献で討論しようとするヒーラーってのがまず嫌ねェ」

「そもそも戦闘中に投げキッスするな。舐めプしてないで真面目に戦え、こっちは命懸かってんだぞ」

「言って良いものか非常に悩むのですが、そも戦闘中にボロリンチョしたちんちんに投げキッスするぐらいなら草場にシケ込み投げキッス通り越しておしゃぶりでもしてあげた方がよろしいのでは?」

「そもそも乙女なんだから簡単にちんちんとか言わないでくれたまえ。なんか、こう……メンタルにクる」

「なんでウチだけ総叩き食らっとんねんクソが! やっぱこいつらとは音楽性が合わん! こんなん解散や解散!」

 バンドを結成してから一時間も経っていないにも関わらず、都合五回目の解散宣言。朝令暮改も良い所であった。



 ───────



 小咄その六つ【ポールダンスの才能だけは皆無で何度やっても尻からずでんと落下し続けその内キレてポールをねじ切る】


 意外と言われればまさしくめちゃくちゃ意外なのだが、橘光は基本的に何をやらせてもソツがない。書類仕事に関しては「………読めん」とルーナティアで使われている言語が解読出来ず真顔になるものの、それ以外であれば掃除も料理もソツ無くこなす。ついにはジズから魔法に関して教わろうしていて、これもかなり悪くない理解力ではあったものの「なんか趣味に合わんや」と魔道は自ら諦めた。

 代わりとばかり、最近の光はわざわざルーナティア城下の鍛冶屋に鍛造させた長ドスを置いて、両刃の剣や長い槍など様々な武器を使って一人で鍛錬している事が多い。光の持つ長ドスは頑丈さに極振りしている結果、刃で髪を撫でても全く斬れないぐらいのなまくら刀なのだが、重さで対象を割るように叩く・・斬鉄剣式なのでその辺りは問題にはならなかった。そして普段からそんなものを扱っているだけあり、ルーナティア城の武器庫にあった武器の中でも特になたや斧なんかはかなり使い慣れているように見える程ひょいひょいと手癖で振り回していた。

 今回はそんなソツの無い光がどれだけソツが無いのかが分かる『すげーなこいつエピソード』なのだが、「芸術的な形の鉄クズ」「実用性がマジでハナクソ」「槍で良い」とボロクソ言われがちなデスサイズこと大鎌ですら、何と橘光は使いこなす事が出来ていた。

「武器庫でオモロイもんみっけたから鍛冶屋のおいちゃんに改造して貰ってん」

 バカみたいにデケえ大鎌を肩に担ぎながら嬉々として語る光に「鍛冶屋で改造って……お前そんな金持ってたか?」と問い掛ければ「ウチ金無いよ?」とあっけらかんと答えた。

「おいちゃんの前で着衣ブラ脱ぎ見せつつおっぱいぽよぽよしたらタダで改造してくれる言うてくれてん」

「─────乳袋ォ死すべェし」

 自分の武器が何なのかを理解しているという事実と、鍛冶屋のおっちゃんが透け乳首に弱い巨乳好きだという二つの事実が判明すると同時、大鎌を装備した光の対戦相手も決まった。

 どこをどう改造したのだろうかと大鎌をマジマジ見てみれば、刃先はゲームなんかでよく見るままだったが、柄が刀のそれのような長方形に変えられていた。槍や斧のような丸棒の柄ではなくなった大鎌を振り回す光は最初の方こそ「あーそれでも先っちょブレよるなあ」とひと振りする都度、某か文句を言っていたが、それもすぐに無くなった。突っ込んで攻める事しか出来ない「どうも、前世ゴリラです」みたいなイメージがあった橘光だったが、いざ大鎌を使ってジズと手合わせしてみれば内向きに刃が付いている大鎌の特徴を完全に理解したようで、深めに踏み込んで鎌を振り上げてはすぐ下がりながら自身と共に大鎌を引き戻すという戦い方に変わっていった。ロマン武器らしくてカッコいい縦振りも最初に二回ほど行って以降一切しなくなり、その構えも始まって十秒もすれば常に柄が斜め下に向けられるような構えになった。

 結局その時はいつまで経っても決定打を与える事が出来ず「言われるほど悪うないけどびっくりするほど戦線上げれん! なんやこのクソ武器!」と叫んだ光が大鎌を放り投げる事でお開きとなったが、その後ジズが「ほぼ真下からから突きが飛んでくンのはマジでクッソだりィわねェ」と言っていた。それの何がそんなにだりィのかという疑問を口にすれば、パルヴェルト曰く、

「武人にとっての死角は背後では無いんだよブラザー。何せ背後には常に警戒しているからね、武人にとっての本当の死角は目前めまえの敵から目を逸らさないと絶対に見る事が出来ない自身の足元なんだ。そんな下段から、ただでさえ受け難い突きが来まくるというのはなかなかどうして発狂もののストレスだろうね」

 という事らしかった。目の前での戦闘を見ているしそこから更にしっかり説明された上で「なるほどわからん」となった僕ではあったが、とりあえず「ちょうど武器っぽい形をしてただけの廃材」とか「鉄パイプの方がまだマシ」とか言われる大鎌も、その立ち回りや戦術面でもっと突き詰める事が出来ればまだ可能性はあるというぐらいは理解出来た。


 普段からそんな感じでわちゃわちゃと騒ぐ僕らだが、かといってそんな僕らも常に一緒に居る訳ではなく、今日のように僕と光だけというような事も割とよくある。とはいえ僕が公然の場でシモネタを言いまくる奴が好きではないというのもあり、僕と光だけの時はあまり会話が弾まない。光もそれを分かっているのか無理に話を振ってくるような事はせず、僕ら二人の時は大体長ドス以外の武器を振り回す時間となっている。

「剣とか槍の達人だたとか五人張りの弓取り名人とか言いよんけどさ、ウチそいつらゴミだと思うんよね」

 そう言った橘光が地面に乱雑に置かれた十文字槍の刃先を右のつま先で叩くように踏むと、乾いた金属音と共に石突が跳ねて槍が宙に飛び上がる。それを右足の太ももとふくらはぎで器用に挟み、左足を軸としてケンケンでもするかのようにちょこちょこ跳ねつつ、まさかの足だけで槍を振り回して見せた。何か始める合図があった訳でもない一瞬の出来事だった上、まさか足槍術を始めるだなんて思わなかった僕は、しばし呆気に取られたままその舞踏を眺めていた。

 槍を挟んだまま足首を器用に使って刃先の向きを変えつつ、突き、払い、叩き、斬り上げる。一通り足で槍を振り回していた光は満足したのか左足で挟んでいた十文字槍を地面に落とした。…………うん? あれ最初に持ってたの右足じゃなかったっけ。もしかして持ち替えたのか? えいつの間に?

「ウチ踊り子になりたいねん」

 落とした槍の刃先を右足で踏み付けると、十文字槍は再び宙に跳ね上がった。今度は何をするのかと眺めていれば、落ちてきた十文字槍の石突を右足のカカトでピタリと止め、そのままバランスを取って体制をキープし始めた。生前の現代でもバスケットボールを指で回す芸があったし、言ってしまえば戦国時代とかでも武器を頭に乗せて歩き回る宴会芸が武将達の中であったというが、橘光は右のカカトに乗せた槍を器用に回し始めた。光がカカトをクっクっと揺らすと、乗っていた槍は右に左にくるくる回転する。

 やがて飽きたのか槍をカカトで蹴り上げると、落ちてきた槍の石突を頭で器用に受け止めて、そのまま戦国時代の宴会芸のようにバランスを取り始めた。それを見た僕は何故だかジャ◯キー・チ◯ンのNGシーン集を思い出し、石突ではなく槍の穂先が頭にぶっ刺さり「ほげえー!」と悲鳴を上げる光の姿が頭に浮かんでしまった。

「槍の達人は槍が無けりゃあただのマッチョ、孔明も周瑜も地図が無けりゃあただのイケオジ。せやからウチは踊り子になりたいねん。その身一つで功を稼いで、その身一つで生き続けるのが踊り子じゃろ? むっちゃたくましいやんなあ、かっくいーわ」

 槍を下ろした光はそれを手で掴み、ぶんぶんと振り回しながら語る。

「『一芸に熟達せよ。多芸を欲張るは巧みならず』っちゅーたのは確か長宗我部元親やったっけ? けど武器なんざ、どんだけメンテしとってもいつ壊れるか分からんのよ」

 やがて光は手に持っていた十文字槍を両手で掴んでギリギリと鳴らしながら捻じ曲げ始める。一瞬流行って秒で廃れた『曲がる鉛筆』のように金属製の槍をいとも容易くひん曲げていく光は、いつになく真面目な顔をしながら持論を語る。

「戦の最中さなかに武器が壊れりゃ、その辺に落ちとるもん拾って戦うしかないねんから、とりあえず武器は色々使えるようなっとった方がええんよ。槍が折れれば太刀を抜き、太刀が欠ければ刀を抜いて、刀を落とせば拳を振るい、拳が割れれば食らい付くっちゅーてな」

 僕の元に歩み寄りながらそう語る橘光は「でけた。題して『争いなんてうんちっち』や」と巻き糞よろしくぐるぐるうんこにされてしまった十文字槍を「タクトが被りゃあパーペキや」と僕の頭に被せた。誹謗中傷の『くそ』と漫画的表現の『巻きぐそ』とを掛けながら争いの象徴である武器を使った現代アートのような金属の帽子を、戦う為に呼び出した愚者なのに戦えないハズレ枠である僕の頭に被せた光は「ウマい事言ったやろ」と言いたげなのが伝わってくる果てしないほどに超ムカつくドヤ顔をしていた。

 かと思えば「……ん?」と真顔に戻って上半身を軽く揺すり、僕に背中を向けてきた。

「ブラ外れた。付けて」

「はあ」

 戦争に対する風刺というかアンチテーゼ的な現代アートを頭に乗せたまま、僕は光のワイシャツの裾に手を突っ込んでブラホックの両端を探す。

 何でもソツ無くこなす光は特に足を使った立ち回りが得意で、もしかしたら一時いっとき流行ったI字バランスとかも出来るんだろうけど、ただ一つ腕の可動域が狭く一人でブラを着けるのが非常に苦手だという不得手を持っていた。

 汗一つかかずに手足で槍を振り回せるぐらい運動が得意で、また戦国時代の武人である長宗我部元親の言葉がパッと言えるぐらいには地頭の良い橘光だが、しかしどこの世にも完璧な人間なんて居ないという通りに苦手な事も結構多い。

 橘光と出会って本当に間も無い頃、こいつは毎朝なかなか部屋から顔を出さなかった。てっきり朝が弱くて寝過ごしているのかと光に割り当てられている部屋に行ってみれば、光はふんぬふんぬぐぬぬくぬやろこんちきしょとか何とか色々喚きながら眉間をシワシワにしてブラジャーのホックと格闘していた。その時の僕はスポブラにしろよとかフロントホックタイプにしろよとか色々言ったのだが「そもブラ嫌いやねん」と光はそれらを聞き入れなかった。

 型崩れや垂れのリスクとかがあるにも関わらず寝る時ブラを外してしまう癖が治らない橘光は、ポリエステルみたいな材質のズボンや上着なんかも「あれ動く度にカショカショうるせえやん」と嫌うぐらい神経質であり、自らが着けるブラに関しても「金具ん所がかゆい。気になる」とかなり頻繁に肩や背中周りを気にしている。その度今のように僕へと背中を向けながら「タクト背中かいてえや」とか言ってくるのだから、もういっそアメリカのブロンドバカ女のように常日頃からノーブラで過ごさせた方が良いのかもしれないと思っていしまう。しかしそうなると十中八九クーパー靭帯がぶっちぎれて「昔は町のマドンナだったのよって良く言ってるうちのおばあちゃん」みたいなスーパー垂れ乳グランドGrandマザーmotherになってしまうのは火を見るよりも明らかなので我慢してもらうしかない。

 そんな事を考えている内に外れたブラホックを留め直した僕は、そのまま光の服の中から手を抜いた。人によっては「エロいだろそれ裏山過ぎる」とブチ切れるかもしれないのだが、生憎とブラを留め直している僕の視界の八割を占めているのはゆるふわパーマに対して「控えろ三下」と吐き捨てかねないほどのモッサリパツキンウネウネロングヘアーなのだから、びっくりするほどエロとは程遠い。

「うーい、てんきゅー」

 背中を向けながら肩を揺らして具合を確認をする光はそう言って再び槍の鍛錬に戻っていった。手足だけでなく物理的に頭を使って槍で演舞を披露する光を見ながら少し考え、僕は「ちょっと街まで出掛けてくる」と席を立った。それまで足元で丸くなって完全に空気と化していたラムネが宿主しゅくしゅの移動を察知し「んあ?」と起き、そのままふよふよと飛んで僕に追従する。

「んじゃまた後でな」

「うーい」

 そう言ってその場を離れた僕はルーナティアの城下町へ向かい服屋を探して歩き始めた。垂れ乳は垂れ乳で趣きがあり「悪くないよ。シコれる。余裕だわ」と思う僕であるが、ブラを嫌がる光にブラを着けさせているのは僕なのだから少しぐらいは何かしてやらねばという気持ちがあった。サラシは巻き終わってから数十秒後に流れるような動きでさり気なく外してポイしてしまうし、スポブラは頑なに嫌がるし、かといってよくあるブラは頻繁にホックが歪んで外れる上に三回も曲げ直すと金属疲労でホックが折れてそもそもブラジャーとして機能しなくなってしまう。ブラジャーというよりもはやスイカケースという方が適当なサイズである関係上オーダーメイドは避けて通れないんだし、いっそ店員さんに一から十どころからゼロから全て説明して専用の下着を考案してもらう方が良いのかもしれない。

 問題があるとすればRPGの隠しダンジョンよろしく今まで行った事どころかそもマトモに直視した事すら無いランジェリーショップなる特殊ステージに挑み『サブクエスト① : 女性店員さんから理解を得る』を達成する事が出来るのかという事だったが、困ったらピ◯ピ人形のようにラムネを使って店員さんの気を引いて逃げれば何とかなるだろうと甘い考えを抱いていた。

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