熱が呼び覚ます Wish of Day 1/7
翌朝、予定より早く撮影場所へ向かうとそこには目の下に隈を作った伊吹の姿があった。
「よう、一番乗りだぜ」
「まさかと思うけどそれを言うためだけに徹夜でもしたの?」
「いんや、徹夜は別件だ。蓮が来るまで幾らかアイデア出してたんだよ」
そう言ってキメ顔をするが眠いのか2秒と持たずにあくびが出ていた。
「そうか、ありがとう。伊吹」
「よせやい、照れるぜ」
伊吹はまだまだ元気とはいえ夏の日差しも段々ときつくなってくる。
時計を見れば東雲が来るまでまだ時間はあるだろう、それまで仮眠でも取っておいてもらおう。
「ほい、これ飲んで少し目を休めといてよ」
「ありがてぇ、あぁぁぁキンッキンに冷えてやがる」
冷凍庫で凍らせたからとはいえ少々オーバーなリアクションだ。
まぁ枕代わりにもなるし持っておけば冷えピタ代わりにはなるだろう。
「ところでさぁ蓮、このあたりでなんか奇妙なうわさを聞いたりとかはしてねぇか?」
「うわさ?何の?」
「まぁそうだな、簡単に言えば霊が呼び出されたりとかよ」
なんだそれ、この前言ってた怪談の続きか?
訝しんではみるものの伊吹の表情はあまり見ないが真剣そのもので、とても冗談を言っているようには見えなかった。
「知らないな、第一幽霊が出てきても僕には見えないよ」
世の中には見える人や話をすることもできる人がいるらしい、伊吹もそう言う人間だ。
だけど少なくとも僕には見えないし話も出来ない。
まぁバレエのジゼルみたいに縁の深い人に見えるというのもあるのかもしれないけど。
「まぁそうだな、すまん忘れてくれ」
そう言うと伊吹は目にタオルを巻いて仮眠をとることにしたらしい。
(幽霊かぁ、死んでもなおここに留まるのってどんな気分なんだろうなぁ……)
そうまでして留まる人の気持ちは僕にはわからない。
だけど限られた人にしか見えなくて言葉も何も伝わらず、失意のままこの世界をさまようのだと考えたらそんなのは御免だ。
そうなってまでこの世界にとどまっていたくはない。
(伊吹は信じてるよな、東雲はどうなんだろ)
そんな風に考えていたら時間になったのか東雲がこちらに来るのが分かった。
「ごめん、待たせた?」
「大丈夫、僕らもさっき来たところだし」
静かに寝息を立てているがきっと伊吹もそう言うだろう。
鞄の中から冷やしておいた麦茶を取り出し東雲に渡すと少しだけ笑顔で受け取ってくれた。
「ん、ありがと蓮」
「どういたしまして」
ただお互いに口数が多い方じゃないからどうしても会話はそこで終ってしまう。
そんな時伊吹がさっきまで話していた幽霊の話が脳裏をよぎった。
丁度お盆も近づいてくるころだし話題としては丁度いいかもしれない。
「東雲はさ、幽霊とか信じる?」
「……なんでいきなり?」
「さっきまで伊吹と話してたんだけどさ、幽霊が呼び出されたりとかそんなのがあったんだって」
それを聞くと東雲は少しだけ怪訝な顔をしたような気がした。
「ふぅん、そんなもの好きもいたんだ」
「かも知れないね、それで東雲はそう言うのを信じるの?」
それを聞くと東雲は飲んでいた麦茶から口を離して少し考え込んだ。
僕としてはそんなの馬鹿馬鹿しいであっさり打ち切ると思っていただけに少しだけ予想外でもあった。
「まぁ信じてるかな、毎年お盆には精霊馬作ったりしてるし」
「もしかしてきゅうりとか那須とかのアレ?」
「そ、おばあちゃんが作ってくれたし私も合いたい人がいるからさ」
そういう東雲の表情は何処か浮かない顔をしていた。
そう言えばぼくも彼女のことについてはよく知らない。
自分から昔話とかをするような性格でもなかったし、常にどこかアンニュイな表情で一人でいることが多かった。
そもそも出会いからしてちょっと思い出したくないというか、自分から見てもかなり変な出会い方をしたからか伊吹も僕もお互いに詳しく語らないでいた。
たとえお互いの全てを知らなくても友達でいることはできたから。
「会いたい人?」
「うん、とっても大事な人。ずっと私を守ってくれた人だからさ」
となれば家族か恋人かだろうか、そしてそれがお盆で会いたいということはその人はもうすでに。
「ごめん、嫌なこと聞いたね」
「気にしないでよ、私が勝手に話してることなんだから」
東雲の表情はそれからしばらくの間浮かないままだった。
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