観客のいないelegy 4/4

連絡を終えた後、即座にスマホをベッドに投げつけた。

伊吹はいつも馬鹿丸出しなのに、こんな時だけ妙に勘が冴えてくる。

おかげでなんともないのを装うのにも手間取ったくらいだ。


(伊吹、お前も忙しいんだろ?霊にシナリオにって、私なんかに構うなよ……)


履歴に残された伊吹の言葉が今も脳裏に焼き付いて離れない。

個人チャットまで使って連絡してきたのはきっと蓮にまで気を使わせたくなかったからだろう。

確かに二人の性格を考えたら今の私を知れば辞めにしようとか言いだしかねない。

私としても自由な時間が増えるのならそれに越したことも無い。


(蓮、本当はお前が演じたかったんだろ?そのくらい分からない私じゃないよ)


蓮が次の演技を教えてくれる中で、楽しげな表情と共に見えた寂しさ。

撮影中にそれが何度も顔を覗かせていたし、何か自分だけじゃ演じれない理由でもあるのかもしれない。

だからあれだけやりたがっていた蓮の映画作成をお釈迦にしたらそれこそ蓮に悪い。

彼がこの劇を望んでいるのなら私は「蓮の友達として」演じ切りたい。


(二人ともバカだ、バカばっかだ)


寝る時間まで削って話を作ろうとする伊吹も、本当は自分が演じたいだろうにそれを譲る蓮も、私にとっては何もかもが歪に見えて仕方ない。

人間なんてのはもっと我儘で自分勝手で、救いようのないものだというのに。

あの二人と一緒にいると私まで希望を信じてみたくなる。


(でもさ、やっぱり納得できないんだよ、お姉ちゃん……)


納得できない、それがいつだって私を今の私に引き戻していく。

二人には悪いけど私はそっち側に行けない。

だからお願い、これ以上私に踏み込んでこないで。

どうか私を、東雲宮子のままでいさせて。

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