幕間の夜噺 夜と昼 1/2

深夜、それは昼には見えないものが見える時間だ。

太陽の代わりに月が、日光の代わりに星明かりが代わりに街を照らす。

そんな昼間とは違う光景を俺は特に目的もなく街を闊歩していた。


(進捗は上々、後は明日以降目立った誤字とか不自然な展開を潰していけばいいか)


そう誤字だ、奴らは絶対に潰さなきゃならない。

原稿が出来上がるまでに何万回もチェックしようが画面に穴が開くほど見つめようが奴らは必ず現れる忌々しい敵だ。

だからこそ書き上げたそれをいったん休ませ見直す必要があった。

まぁそれでも出てくるときは出てくるが見直す前と後なら確実に効果は出るだろう。

もっとも、休みを入れるのはそれだけが理由じゃ無かったりするが。


(爺さんから言われてたのはこの辺だよな)


なんの変哲もない横断歩道で足を止め目を凝らす。

そうすれば電柱の陰に俺らよりは少し背の高いナニカが姿を現す。

そして電柱には張り紙が張られていた。


【このあたりで交通事故が発生しました。運転手の方は周囲の安全確認を重視しこのような……】


それだけ読めれば十分だったから目をナニカに向ける。


(影のない足元、生気のない肌。当たりか)


それを確認してからそいつの所へ歩いていく。

夜、それは昼には見えないものが見える時間だ。

それは何も日光や明かりだけじゃない、生と死さえも裏返る時間でもある。


「あの、どうしました?」


ソイツに近づいてから気さくに声をかけると少しずつ顔を向けてくれた。

見ればまだ若い、30行く前くらいだろうか?

こういうのは振り向けば恐ろしい顔をしていると思われがちだが、俺にはどれも普通の人間と同じに見えた。


「……もしかして、私ですか?」

「はい、視えるみえる人間なので」


そう聞くと彼女は両手を合わせて喜び始めた。


「やっと見つけてくれました!しばらく誰とも話せないと寂しくて悲しくて」

「そうでしょうね、貴女のような人をこのままここに縛っておくのは俺としても心苦しいですし、早めに済ませますか?」

「えぇお願いします。あの場所へ私を戻してくれますか?」


返答代わりに財布に入れておいたお札を取り出してその人の額へそっと張り付ける。


「罪なき魂よ煉獄に、無垢なる魂よ浄土へと」


指で刀を作ってから印を刻み、爺さんから教えられた言葉を唱えていく。

それに連動してお札が青白く輝き彼女の周囲に陣が出来上がっていく。


「ここは汝の住処に非ず、汝の在処へ帰るがいい」


印を完成させそれを指で断ち切るのと同時に少しずつ彼女の身体が解けていく。


「ありがとうございます、優しい祓い人はらいびとさん」


それを知りながらも最後まで笑顔を崩さずそれは消えたのだった。


「彼岸送り完了と、」


それを見送りほっと一息つく。

これが夜の俺の顔であり、しなくてはならない仕事だった。


(さてと、爺さんから言われた場所はあと何件あったかな)


スマホを確認して地図を開けば爺さん特製のアプリでいくつかピンが追加されていた。


(ここからだと交差点が近いか、ほんっと交通事故は絶えねぇな)


人生に嫌気がさす人が多いのかそれとも不注意が原因なのかは知らないがこういう幽霊が出る場所は最近では交差点や車道が多かった。

それは別に構いはしない、あくまで他人でありそいつの人生を知らない俺がとやかく言えるような立場でもない。

だけどここ最近はお盆ということを加味しても少し多すぎるような気がしてならない。


(悪いが手早く済ませなきゃな、彼らが人に害意を与える前に)


幸いマップに表示された人数は少ない、見つけ次第手早く送っていけば夜明け前には終わるだろう。

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