心を繋げるOne action 2/3
「この大都会で私はいったい何を成すのだろう、私に一体何が出来るのだろう」
そのセリフと共に東雲は空を仰ぎ憂いを帯びた表情を見せる。
そうここまではまだ彼女は何物にもなれていない、それを演出するシーンだった。
そこからゴミ捨て場に落ちていたギターを見つけ、それに自分を重ね合わせる。
「お前も私と同じか?私と同じ独りぼっちか?」
ギターを愛おしげに撫でる東雲の顔は仲間を見つけた喜びに満ちていた。
「ならさ、独りぼっち同士で進まないか?私にお前を頼らせてくれよ」
ともすれば今度は決意に満ちたまなざし、そのどれもが東雲でありながら普段の彼女であることを忘れさせる。
僕の経験の中にもいなかった、天部の際を持つ人物だった。
「カット!」
カチンコを鳴らし撮影の終了を告げる。
東雲の演技力ははっきり言って想定以上だった。
役になりきるというかもう少し上の、「自分が本人だと心から信じている」レベルだ。
思わぬ逸材の発見に心が躍る、これなら撮影も楽しくなりそうだ。
「すごいよ東雲、これが初めてとは思えない!!」
「ん、ありがと蓮」
僕の興奮とはよそに東雲は気だるげな表情で用意したタオルを受け取る。
その横顔には撮影時の横顔は無く、いつもの東雲が戻っていた。
一方で伊吹は伊吹で天を仰いでいた。
「お、俺の脚本が演じられてる……こんなに嬉しいことがあるかよ……」
その様子に思わず苦笑してしまう、伊吹も立派な創作者なんだ。
自分が作った脚本やシナリオを演じられて喜ばない人はいない。
その大本を作った僕自身も興奮が抑えられないでいた。
「それじゃ少し休憩しよう、お茶と塩分は持ってきたから」
出来ればこの調子のまま撮影を続けたいという気持ちもあったがあくまで主役は東雲だ。
加えて一人の人生を徹底的に描くという今回の話から倒れられると困る。
さらに言えば夏の熱気もある、水分補給は多くても困らない。
それらの判断からいったんここで休憩をはさむことにしたのだった。
「おーけー、ついでに今浮かんだ構想メモしとくぜ。後でチェックよろしく」
そう言うなり伊吹はスマホを取り出して素早くタップし始めた。
あぁなったらしばらくは戻ってこないかもしれない、脚本家の性だ。
「あのさ蓮、後でもう一回この部分撮影してもいいかな?」
東雲は脚本を取り出すとペンで一部分だけをなっていく。
「この部分だけなんか違う感じがしたからさ、それかセリフを変えてもいいかな」
「いいぞー、シノが演じやすいように変えてくれー」
伊吹にも聞こえていたのか目はスマホから離さないままでも答えてはくれた。
「……もしかしてシノって私の事?」
「おう、聞き取りやすいだろ」
確かに呼称とかあった方がいいのは分かるが2文字だけ減らしたそれを果たしてそう呼んでもいいのだろうか。
「はぁ、もういいよそれで」
議論するのもつかれるのか顔を覆いながら東雲は気だるげに答えた。
それから30分ほど休んだのち、定期的に休憩を入れながら撮影を繰り返したのだった。
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