東雲宮子の都合・事情

 さて時間を見ればそろそろだ、スマホを部屋に置いてキッチンへと向かう。

 冷蔵庫の中にはこの前作った煮物が入っているし、少し温めればおかずとしては問題ない。

 少し奮発して買ったらしいお釜も、中身がちょうどこの時間に炊けるようセッティングしておいた。

 後は味噌汁が欲しいところだ、最近はアレのせいか少し疲れがたまりやすい。

 それにおばさんは最近歯が弱くなってるって言ってたし、そこも加味したら豆腐と玉ねぎが鉄板だろう。

 安いときに買いだめした豆腐を切って沸かした湯の中に入れて、そこに切った玉ねぎを一緒に煮れば時間もかからないしお手軽だ。

 そんな事をしながら同時に味噌を解いていると玄関が開く音が聞こえた。


 「あ、宮古ちゃーん。今日は何にしたの? 」


 キッチンに顔を覗かせたのはおばさんこと東雲千種しののめちくささん、私の親だった。

 五十を超えているのに未だに若々しいおばさんは元気に冷蔵庫へと歩を進めていく。


 「昨日の残りと味噌汁ですよ、おばさん」

 「あーこれね、宮古ちゃんの作るごはんは美味しいんだよね」

 「買いかぶりすぎですよ。私、先に用意してきますね」


 ご飯も釜を見れば程よく炊けている。

 それを茶碗に装って煮物の残りと作ったばかりの味噌汁をお盆と共に隣の部屋にもっていく。


 「お姉ちゃん、お腹すいてない? 」


 呼びかけても帰ってくる答えはない、それもそうだ当然だ。

 だってお姉ちゃんはもうこの世にいないのだから。

 開いたドアの向こうでは主を失った部屋が寂し気に迎えてくれる。

 部屋の隅に飾られた仏壇にお盆を添えて手を合わせる。

 お姉ちゃんが亡くなってから欠かさずに行っている習慣だ。


 「それじゃ、おばさんの所に戻るけどちゃんと食べてよ? 」


 そのままキッチンに戻ればおばさんはすでに用意万端のようだった。

 テーブルの上に並べられているのは人数分の茶碗とタッパーに入った煮物。

 それに小さなカップケーキが添えられていた。


 「宮古ちゃん、これパート先で貰ったんだ。一緒に食べよう? 」

 「ありがとうございます、おばさん」


 朗らかに笑顔を返して椅子に座ればおばさんはニコニコと笑っていた。

 それを見ながらなんでもない会話に花を咲かせ、その合間合間で明日の事を考えていた。


 (そう言えば連や伊吹の弁当も作らなきゃな、暑いだろうし鶏肉のレモン漬けでも持っていくか)


 少なくとも煮物は無くなるだろうからまた新しく作ろうか、冷蔵庫にもまだ食材は入っているし一品二品作る程度なら何も問題は無いだろう。

 そうやって明日の事を考えて、ふと目をあげればおばさんと目が合った。


 「ねぇ宮古ちゃん、最近楽しそうね」

 「そう見えます? 」

 「えぇとっても、私嬉しいわ」


 その顔が眩しいからか、思わず目をそらす。

 あまりそう言う表情を見せたことはないけどそう見えるものなのだろうか?

 それとも年の功という奴なのだろうか?

 その疑問と一緒に煮込んだ里芋を飲み込んだのだった。

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