黄昏色の路地裏で 2/2

 (え? 女の人? )


 その人はこちらに気付くことも無く未だに泣いていた。

 僕からは後ろ姿しか見えないが肩までかかるその長い薄紫の髪と白いシャツ、長いジーンズの女性だった。

 こっちに気が付くことも無く延々とすすり泣くその人の姿は何処か酷く頼りなく、ともすれば消えてしまいそうな儚さがあった。


 「あの、大丈夫ですか? 」


 そのせいだろうか、僕は思わず声をかけ、それに気が付いたのかその人はこちらを振り向いた。


 「ごめんね、耳障りだったかな? 」


 未だに泣くのを堪えているのか、目の端に涙をためながらその人は僕を見据える。


 「いえあの、そうじゃなくてですね」


 さて困った、個人的にはここに何もなくてその事にオカルティズムでも感じれればよかったのだがそうではなく、今の状況を客観的に見れば僕は泣いている人にずけずけと近づく最低な男に他ならない。

 そう思うとなんだか自分の行いが酷く醜く思えてきた。


 「これ使ってください」


 それを振り払うべく自分の鞄から使っていないハンカチを取り出すとその人に差し出した。


 「いやいや大丈夫大丈夫。すぐ泣き止むし」

 「そう言わずに、袖だってだいぶ濡れてるじゃないですか」


 その様子から察するにだいぶ長い間ここにいたんだろう。

 人目につかない場所で泣きたいとなるとやっぱり色恋の関係だったりするんだろうか?

 僕には理由は分からないがともかく泣いている人を放っておくほど無情じゃない。


 「……じゃあ、使わせてもらうね」


 その人はしばらく考え込んだ後そっとハンカチを手に取って涙を拭いた。

 少し幼さを感じつつも整ったその顔立ちは画になるが写真を撮るのは自重した。


 「ありがとう、それからごめんね。ハンカチダメにしちゃって」

 「気にしないでください、洗えばまた使えますから」


 それを受け取ってもう一度鞄の中に仕舞いこむ。

 さて問題が解決してしまえばお互いを知らない人が二人いるだけだ、これといった会話も出てこない。


 (困ったな、ここは何か気の利いた会話でもするべきなんだろうけど)


 互いに何も知らない以上これ以上の会話はできそうにない、仮に「今日はいい天気ですね」なんて言ったところでもう日も沈みかけている今なら「はぁそうですね」で終ってしまうのがオチだ。


 「あの、どうしてここに来たの? 」


 頭を悩ませていると向こうから会話のパスを投げてくれた。


 「えっと、少し絵になる場所を探してまして」

 「絵になる?もしかしてイラストレーターさん? 」


 違う、全然違う。僕にそんな技量はないし仮にあっても絵で食っていきたいと思うほど情熱もない。

 とはいえこの状況は助かった、このまま会話を広げていけば少しはこの人が泣いている理由も薄くなるのかもしれない。


 「そうじゃなくて、映画を作るためにいろいろロケ地を探してたんですよ」


 そう言うと目の前の人は顔を輝かせて近づいてきた。


 「映画を個人で!? すごい! 今ってそう言うことも出来るんだね! 」


 キラキラという効果音が聞こえてきそうなほど輝かせたその顔に少しだけ気圧される。


 「いやえっと、個人じゃ無いですケド、その、共同制作と言いますか」


 そのせいか出てくる言葉もしどろもどろで要領を得ない、ここまで押しが強い人は初めてだ。

 そうして少し口籠もってたのが分かったのか、その人は少し距離を取ると照れくさそうに笑っていた。


 「ごめんね。興奮すると歯止めがきかなくて。妹にもよく怒られてたのに」

 「だ、大丈夫です。気にしてませんから」


 だけど本当にいろいろな顔を見せる人だ。

 初めて会った時の泣き顔、さっきの興奮気味の顔、そして今の笑顔。

 どれ一つとってもすごく絵になる、天性の逸材とはこういう人のことを言うのかもしれない。

 出来れば一緒に映画を撮りたいなどとも思ったがあくまで生徒が演じるからこそのエイケンだ。

 部外者である彼女の承諾を取れたところで生徒会や教師陣が納得するとも思えなかった。


 (……惜しいけど没案かな)


 仕方のないことだ、生きていく上で諦めは切り離せない。

 僕だってそうやってやり過ごしてきた、だからこそ今回だって同じだ。

 そんな風に思い悩んでいると彼女がまた声をかけてきた。


 「あのさ、映画を撮るってことはいろんな場所が必要なんだよね?」

 「え? そうですけど」

 「だったら私にも手伝わせてくれない? この近くには詳しいし君の言う絵になるところも見つけられるかもしれないし」


 それはありがたい、使う使わないは別にしてもそういう場所がある事を知れるのは助かる。

 それにたとえ撮影で使わなくても遊び場や団らんの場として使えるかもしれない。

 断る理由は何一つ見当たらなかった。


 「ならお願いします、僕は禊萩蓮みそぎはぎれんって言います」

 「こちらこそよろしくお願いします、浅井京子あさいきょうこです」


 京子さんも返してくれた後ジーンズのポケットから何かを取り出そうとして、その顔が真っ青に変わっていく。


 「あはは、どうしよう。スマホが無いや」

 「え? もしかして忘れてきたんですか」

 「そんな感じだね、うーんどうしようか」

 「なら都合がよくなったらここに掛けてください。俺の電話番号です」


 もしスマホを職場か何処かに忘れたなら連絡先だけ渡しておけば大丈夫だろう。

 メモ用紙に番号を書き込むとそれを彼女へと渡した。


 「ふふ、いいのかな? 実は持ってて悪用しちゃうかもしれないよ? 」

 「そんな人ならここで泣いてたりはしないでしょう」

 「うぐ、そう言われると弱いなぁ」


 何となくだけどこの人がそういうことをする人には思えなかったし、したならしたで自分の考えの甘さを反省するだけだ。


 「それじゃまたね、蓮くん」


 そう会釈だけしてその場を離れることにした。


 (浅井京子さんかぁ、なんだか楽しい人だったな)


 結局どうしてここにいたのかとかは聞き出せなかったがまぁ踏み込まなくてもいいことなんだろう。

 それよりも明日増えるだろうロケ地の事を考えると少しだけワクワクしていた。

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