第8話
「……」
向風学園のパソコンルームにて、迎田茜はパソコンのキーボードを叩いていた。
彼女が調べているのは『プレデター』に関してのアーカイブ。
しかしどれだけ電子の海を潜ってみても、見つかるのは教科書に載っているような内容のみだった。
数十年前から設立され、『アンノウン』と呼ばれる生物兵器を開発、使役した組織。
そしてそれに対抗するために作られたのがこの学園。
「だけど……」
どうも、違和感がある。
向風学園のカリキュラムに関してだ。
向風学園は数年単位で計画を練り、それに従ってカリキュラムを作っている筈である。
そしてそもそもとして『プレデター』に対抗、解体するために存在しているこの学園が、今もなお存在しているのは何故だろうか。
いや、学園は今ではただの保安組織として生徒を育てている事は分かる。
『プレデター』の事も、あくまで過去の事象として紹介する事も分かる。
ただ、カリキュラムには『アンノウン』と対峙した時の戦闘方法、および座学も組み込まれている。
既に『プレデター』がなくなっているのにも拘らずだ。
『アンノウン』は今も存在しているのは間違いない。
それに関しては学園に確認しても「そうだ」という答えが返ってきた。
事実あの日、学園からの出撃要請を受け、『プライド』学科の生徒達数名で『アンノウン』討伐に当たった。
しかし、結果はというと。
「……」
いつの間にかなかった事にされた。
学園からは一方的に緘口令が言い渡され、見た事聞いた事をすべてなかった事にされた。
それに対し生徒達は不思議がりつつもいつもの事だと忘れようとしていて、そして茜もまたそのうちの一人だった。
だが、彼女は2度、遭遇してしまった。
恵美と名付けられた記憶喪失の少女。
彼女を襲っていた『アンノウン』。
一体どういう事だろう?
彼女はたまたま『アンノウン』に襲われていただけの――な訳がない。
だって彼女は『プレデター』のバッジを付けていた。
だから間違いなく『プレデター』の関係者なのは間違いない。
だとしたら――
「まだ、『プレデター』は」
残っている?
秘密裏にまだ行動をしている?
そしてそれを、学園は隠している?
どうして?
謎は尽きないが、しかしこれ以上調べてもしょうがないと思いパソコンを閉じようとした茜は――
「……ん?」
そこでふと、指が止まる。
パソコンに表示されていたのは1枚の写真。
衛星写真だろうか、真上から『アンノウン』が撮影されている。
どうやら複数人のヘイローが戦っているみたいだが――彼女が注目したのはそこではない。
近くのビルの屋上。
そこに、小さな黒い影が滲んでいる。
……滲んでいる。
何もないところに、黒い影がある。
なんだろう、これと彼女は首を傾げつつ目を凝らして正体を確かめようとする。
「これ――っ!」
次の瞬間だった。
写真が、消去された。
――上層部の管理権限を持つ者が操作したのは間違いない。
だが、逆に言うとだ。
いま、自分が目撃してしまった何かは重要な情報な筈だ。
見てはいけない情報だったとも言う。
そしてそれを上層部は何も言ってこないだろう。
むしろ、消してしまった事を後悔しているかもしれない。
だって、それをしたら「それが重要な情報だと伝える事と同義」なのだから。
「ふぅ……」
なんにせよ、この情報が何に繋がるかは今のところは定かではない。
だが、この学園は何かを隠している。
カリキュラムの不自然さ、潰滅しているか分からない『プレデター』。
そして――恵美という少女。
「恵美……」
彼女は一体、何者なのだろう。
あの綺麗な笑顔を浮かべる少女の正体を、自分は知らなくてはならない。
もし仮に、その先に非情な最期が待っていたとしても。
「……」
その場合、自分はその手段を取る事が出来るだろうか。
――不思議と「そうだ」と断言する事は、出来なかった。
◆
「それじゃあ、『プレデター』は」
左藤太郎とスマホで連絡をした俺は最低限の情報を彼から伝えられる。
『ああ、間違いなく残党が残っているな。向風学園の上層部もそのように動いているし、それ以外の下位組織も現状怖がって静まり返っているよ』
「そう、か」
『お前はどうする。見て見ぬ振りは、出来ないよな?』
「ああ、少なくとも知人が巻き込まれている可能性が高いからな」
あの日、迎田茜と遭遇した日。
少なくともあの『アンノウン』はハグレのような雰囲気ではなかった。
何者かの意思で現れ、彼女を襲った。
そもそも『アンノウン』のハグレというものが存在しているのか、俺には分からない。
少なくとも『プレデター』がわっしょいしていた時代はみな統率が取れていて、すべてを討伐したい俺にとってはとてもありがたかった。
「こうなると面倒になって来るな。完全にこっちとしては後手に回るしかない訳だし、虱潰しにしようとしても時間が掛かる」
『今のところ、奴らがどこに潜んでいるのかは不明だ。だから間違いなく残っている連中は少数なんだろうけどな』
「まあ、大人数なら間違いなくもっとハッスルしているだろうし、痕跡を残すだろう」
『ただ、お前の話した『プライド』学科のヘイローを襲った『アンノウン』が一体どういった意図で現れたのか、それについては何となく分かったぜ』
「分かったのか」
『その日、複数体の『アンノウン』が発生していて向風学園のヘイローが対処に当たっていたらしい。そしてお前が倒したのは、その指揮個体だったみたいだ』
「あー、道理で見覚えがあった筈だ。昔よく倒したよ」
『そしてその『アンノウン』の下位個体は、何かを探しているような仕草をしていたらしい。だから一般ヘイローでも対処できたとも言えるが』
「何かを探していた、ねぇ……?」
『心当たりがあるのか?』
「ないとは言えない」
現在俺の店にいるあの子か。
体内に『アンノウン』を飼っているという少女。
奴等は一体彼女で何をしようとしているのか。
あるいは、彼女は連中から逃げてきた?
記憶喪失だから分からないし、そしてその記憶喪失も何者かに仕込まれたものの可能性もある。
「……こうなると、やはり消耗戦だな」
『昔と違うんだ。『プレデター』の残党達も大人しく虎視眈々と機会を伺っているし、派手にドンパチする時代ではないんだろうよ』
「もう一度聞くけど、物流から探る事も無理か」
『ああ、完全にステルス状態。多分あらかじめ予備で貯めていた資材をやりくりしているんだろうが、その内無理になって飛び出してくる。ゴキブリみたいにな』
「こうして『アンノウン』が出没している以上、その時は案外近いかもな」
『それもまた、間違いない』
その時、この世界にヒーローは必要か。
どちらにせよ、俺は今するべき事をするまでだ。
店と、店に連なる人々を守る。
それだけの事。
「マスターっ!」
っと、そこで階下から声が聞こえてくる。
恵美ちゃんの声だ、何かあったのだろうか?
「――という訳だから、また何かあったら連絡するよ」
『ああ、俺もまた暇になったらカルボナーラ食いに行く』
「新しい献立を作るから、その試食に来てくれ」
『後ろ向きに善処する』
通話が切れ、俺はスマホをポケットにしまい階段を下りる。
「どうしたー?」
「ご、ゴキブリがいた気がするんですけどっ!」
「……」
衛生面はしっかりしている筈なのに、もしかしたらいるかもしれないゴキブリというのはとても恐ろしかった。
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