第7話

 そんな訳で気づけば二人の美少女アルバイトが働くようになった訳だが。


「全然人、来ませんね」


 恵美ちゃんがそう呟くように、いつも通りお店に人は来なかった。

 閑古鳥がカーカー鳴いている。

 俺としてはいつも通りなので別に何とも思わないのだが、しかし恵美ちゃん的にはやはり困惑と危機感を覚えたらしい。


「……大丈夫なんですか、これ。立地とか、悪いんでしょうか」

「立地に関しては、まあ、悪いみたいだな。穴場スポットになっているとも言う」

「ひ、人が来ないと不味いんじゃないですか売上げ的に」

「そうだなー。まあ、そこら辺は気にしなくても大丈夫、アルバイト代はちゃんと出せるから」

「一体どこから出てるんですかそれは……」

「不思議だよねー、本当に」


 うんうんと頷いて見せる茜ちゃん。


「こんな売れない喫茶店なのに提供する料理は一級品だし、手を抜いていない。だからリピーターは確かにいるっちゃあいるけど、だけど常に来ている訳ではない、と」

「確かに料理は美味しいですよね。カルボナーラ、大好きです」

「カロリー爆弾だけどねー。ヘルシーなカルボナーラが食べたい」

「それはもはやカルボナーラじゃない。カルボナーラはカロリーをこれでもかってブチ込んでこそカルボナーラなのだよ、君達」

「……ヘルシーなスパゲティも献立に入れてください」

「映えるなら私は何でもいいかなー」

「……女性が好みそうなパスタに関しては、今後考えておくよ」


 フルーツトマトとか使った冷製のスイーツスパとか、良いかもな。

 爽やかな甘さがするスパゲティとか珍しいだろうし、色合いも綺麗だから『映え』る。

 ただ、そうなるとやはりどこで仕入れるのかってのが問題になって来るだろう。

 ちゃんと、持ってきてくれるだろうか。


 からん、ころん。


 と、そう思っているとタイミング良く、あるいは珍しく店の扉が開かれ客が入って来る。


「「いらっしゃいませ」」

「お、お~。話しに聞いた通り、可愛らしいアルバイトの子が入ったじゃないか、岸波」

「なんだお前か」


 入って来たのは知り合いだった。

 頭が若干可哀そうな事になっている男性、名前は左藤太郎。

 偽名じゃないかと思われるかもしれないが、一応本名である。


「何しに来た」

「飯ぃ食いに来たんだよ。ここ、喫茶店だろうが」

「冷やかしじゃないなら、良い。いつも通り、ナポリタンで良いのか?」

「いや、たまにはカルボナーラ食いたいかなって」

「……デブるぞ?」

「運動すれば問題ないさ」


 そう言う割に彼の腹は年相応に出てきている。

 

「まあ、俺は別に良いんだけどさ」


 俺は厨房の方に引き籠り、それからパスタをゆで始める。

 カルボナーラは結構簡単に作れるから好きだ。

 茹でて、ベーコンを炒めて、卵や複数のチーズと絡めれば完成、それでおしまいなのだから。

 滑らかな味わいにする為に日本人は生クリームを入れる場合が多いが、俺は基本的に入れない。

 そっちの方が美味しい気がするからだ。

 ……肉の脂が透き通った飴色になったのを確認しつつ、それをボウルに投入。

 くるっと絡め始めよう。


 そして、そんな様子を恵美ちゃんがぼけーっと見ていた。

 

「上手ですね」

「慣れてるからな」

「……あの人とは、どのような関係なんですか? 知り合い、みたいですけど」

「腐れ縁の友人、かな?」


 正確に言うのならば『協力者』と表現するのが正しいのだろうけど。

 そこら辺は彼女に伝えるべき情報ではない。

 あんな見た目でもかつては『狂犬』と恐れられていた傭兵だったなんて事も、知る必要はない。


「よし、出来た。それじゃあ、持って行ってくれ」

「はい」


 お盆にカルボナーラを載せ、それを持っていく姿を俺――そして茜ちゃんは見守る。

 しっかりしたものでまだアルバイトを始めてから数日しか経っていないのに熟練のアルバイターみたいな貫禄が出ている。

 もしかして記憶を失う前は名高いアルバイターだったのだろうか?

 いや、名高いアルバイターってなんだ?


「どうぞ、ご注文のカルボナーラになります」

「おう、ありがとうなお嬢ちゃん」


 一礼し、こちらに戻って来る。


「……久しぶりに仕事した気がします」

「それは重畳」

「ていうか、気づいたんですけど、茜、スマートフォンを弄っているんですけど大丈夫なんですか?」

「ああ、うん問題ない。一応死角の場所で見えないところで弄っているから――恵美ちゃんにもスマホ渡したんだから、それ使って隠れて遊んでても良いぞ?」

「……仕事中は止めておきます」


 真面目だなー。

 俺としては茜ちゃんくらいゆるっとした感じなのが良いのだが。


「……」


 なの、だが。

 恵美ちゃんは何やら茜ちゃんの姿を見て何かを気づいたらしい。

 首を傾げ、それから「ちょっと、茜?」と割かし軽い感じで尋ねに行った。


「茜、暇なら机とか拭きにいったりしたらどうですか?」

「……え、今スマホ弄るのに忙しいんだけど」

「いや……でも。弄ってないじゃないですか」

「……」


 一瞬。

 茜ちゃんの表情が固まったような気がした。

 ……すぐにいつも通りの笑顔に戻り、それから「いやだなー」と茶化す様に言う。


「ソシャゲの周回で脳みそ死んでたからそう見えただけだよ、恵美」

「……人が見ていないんですから、無理に笑う必要はないと思いますよ?」

「い、いやぁ」


 表情が引き攣っている。

 明らかに笑顔が変な感じになっている。


「わ、私はいつも笑顔花丸子ちゃんだから、笑顔でいるのが好きなの」

「……?」

「と、兎に角机だねっ! 拭いて来ようかなっ!」


 慌てたように台拭きを手に取り、宣言通り机を拭きに行く茜ちゃん。

 その姿をキョトンとした表情で恵美ちゃんは見つめるのだった。

 俺ははーと溜息を吐き、それからさりげなく恵美ちゃんに言う。


「恵美ちゃん」

「あ、はい。なんでしょうか」

「……その、な。人間誰しも意味のない行動を取るって事はないんだ。意味がないって思えても、本人には何か意味がある事がほとんどなんだよ」

「ふ、ぅん?」

「だから、意味がなさそうって思っても本人にとっては重要な意味がある場合があるので、そこを突っ込んでやるのは野暮ってものだから、出来るだけ止めておくように」

「はぁ……?」


 よく分かっているような分かっていないような、そんな相槌。

 そんな彼女の様子に俺はどうしたもんかと内心頭を抱えるのだった。

 もしかしてこの子、鈍感キャラか?

 

「おう、岸波。美味かったぞー」


 と、そこでしっかりとカルボナーラを食べていた左藤がこちらに声を掛けてくる。

 

「おう、どうだった?」

「美味かったよ、いつも通り」

「そりゃあ良かった――と、それでだな。これからちょっとメニューに女性が好みそうなものを追加しようと思っているから」

「ああ、仕入れの相談だな」

「頼むぞ、出来るだけ安く仕入れたいから」

「それじゃ、今度改めて話し合おうか」


 じゃあな。

 手を振り踵を返し、からんころんと扉を押し開き姿を消す。

 そして再び客のいなくなった店内で、気づけばアルバイトの二人の姿がなくなっていた。


「……あれ?」



  ◆



「その、ごめんなさい」


 恵美は茜にそう謝る為に一度店内の奥へと本人を連れてきた。

 そうやって頭を下げ謝罪をする恵美に茜は「はぁ」と嘆息する。


「良いよ、別に。実際私もソシャゲにやりがいを感じている訳じゃあないし、所詮暇潰しだったから」

「そう、ですか?」

「だけど、笑顔に関してはちょっとあれかな。笑顔は、人に見られているのならば浮かべておくべきだと思うし」

「疲れませんか?」

「疲れるかどうかは問題じゃないよ」

「そういう問題だと思います、けど。それに笑顔って、そんな義務感で浮かべるものですかね」

「……それも、そうだね」


 どうやら自分と彼女では価値観が違うらしい。

 いや、この場合素直に笑顔を浮かべられない自分の方が問題なのだろう。

 恵美の疑問と提案は多分正しい。

 だけど、それでも。


「笑顔を浮かべたいって思ってないと、私はちゃんと笑えないから」

「……なら、私の前では別に笑ってなくても良いですよ。疲れるでしょうし、疲れる事をしているのを見ていると私も疲れますから」

「どうして?」

「どうして、と言われましても」


 困ったような表情をする恵美を見、「ああこの人はこういう人なんだな」と理解を深める茜は一度、表情を消す。

 人には見せない、無表情な顔を。

 それを見、恵美は「ふむ」と深く頷いた。


「別に、無表情でもカワイイじゃないですか」

「な……っ」

「大丈夫です、そのままでもみんな、嫌ったりしませんよ。マスターだってきっとカワイイって言ってくれます」

「て、店長は関係ないでしょっ!」


 顔を真っ赤にする彼女にますます「可愛いのになぁ」と呟く恵美。


「も、もう良い。私店の方に行くからっ!」

「あ、待ってください~!」


 どすどすと歩いていく茜を追う恵美。

 傍から見ればとても仲の良い友達同士だった。

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