第6話

 迎田茜ちゃんが運び込んだ黒髪の少女をベッドに寝かせた俺はとりあえず本人に尋ねてみる事にする。


「この子、何者なんだい?」

「知らない、けど。倒れてたから連れて来たの」

「ふむ」


 茜ちゃんが何かを隠そうとしている事は分かる。

 この子との間に何かあったのだろうか?

 知り合い――だとしたらこうしてここに連れてこずに間違いなく学園へと運び込む筈だ。

 訳アリ、つまり学園を頼れないとなると、もしかすると『アンノウン』関連の人物、だろうか。

 そう思うのは、微かに少女から『アンノウン』の気配を感じるからだ。


『ビンゴだ、岸波。こいつン中に一体、俺の同族がいるぜェ』

「……」


 ラプラスが言うのならば間違いない。

 彼女は自分と同じく体内に『アンノウン』を飼っている。

 だとしたら、何者だろうか。

 普通に考えるのならば『プレデター』の関係者、だろうか。

 しかしあそこは俺が潰したし、だとしたら残党?

 まったく別の組織の人間だとしたらもうどうしようもない。

 ただでさえ『プレデター』を潰すのにも面倒臭かったのに、これからまた新しい組織を潰すとなると正直もう手を出したくない。

 向風学園の連中に丸投げしたい気持ちでいっぱいだ。

 とはいえ、そうなると茜ちゃんみたいな女の子達が一杯駆り出されて犠牲になる可能性があるので、やっぱり俺が出るのが一番安全で手っ取り早いのだが。

 うーん、難儀難儀。

 

 ……そう思っていると、少女が小さく「うぅ」と唸ってから、うっすらと眼を開く。

 ゆるゆると開いた瞳は夢心地であり、どうやらまだ現実と夢との間を行き来しているみたいだ。

 しかしすぐに意識が現実に戻って来たらしく、俺と、そして茜ちゃんの方を見て困惑した表情を浮かべる。


「あな、た。達、は?」

「ん……やっぱり知り合いじゃないのか」

「拾ってきただけだから」

「との事だけど。君、名前は?」


 俺の問いに対し、彼女は何か答えようとして――固まる。


「名前……」

「答えられないのかい?」

「分かり、ません……分からない、どうして――思い出せない」


 見るからに狼狽える彼女を見、俺は「うーん」と腕を組んで唸る。

 どうやらその様子を見るに彼女は記憶喪失のようだ。

 嘘を吐いているようには見えないし、事実なのだろう。

 しかしそうなると困った。

 彼女が何者なのか、どこに所属しているのか分からないとなると、こちらも手の施しようがない。


「まあ、良いや。とりあえず名前とかそういうのは置いておこう――とりあえず、これ。飲んでくれ」


 俺はあらかじめ持ってきていた、既に少しだけ冷めている蜂蜜入りのミルクティーを彼女に渡す。

 それをおずおずと受け取った彼女は警戒しつつ口をつけ、それから「……甘い」と少しだけ頬を緩める。

 身体の強張りも少し弱まったみたいだし、リラックスしてくれたみたいだ。


「んで、だ。君――えーっと、なんて呼べば良いんだろ」

「A子ちゃんとか?」

「……恵美ちゃんと呼ぶ事にするけど、良いかな?」

「は、はい」


 俺の提案にひとまず了承してくれる少女――恵美ちゃん。


「恵美ちゃんは多分自分でも分かってる通り、記憶喪失みたいだ。だから現状帰る場所もないし、向かうべき場所もない。そうだね? 分かる事があったら、教えて欲しい」

「……はい、何も思い出せません」

「それなら、しばらくうちにいると良い。家賃とかは取らないから、しばらくはこの部屋を自由に使ってくれて良いからね」

「良いん、ですか? ……どうして?」

「困っている人がいたら、手を差し伸べる。それは当然の事だろう?」


 ウインクしようとも思ったが、しかし良い年した殿方がやる事ではないと思い、やめておく事にする。

 代わりに茜ちゃんに「それじゃあ、とりあえず俺達は部屋を出ようか」と提案し、一緒に部屋を出た。

 ぱたん、と扉が閉まった事を確認し、彼女に言う。


「という訳だから、彼女の事はひとまず気にしなくても大丈夫だから」

「その――良いの? 何も聞かなくて」

「大丈夫――と、根拠なしには言えないけどね。だけど、君達子供が困っているのだとしたら何かしてあげたいって思うのが大人なんだ」

「……一応、私も毎日顔を出す様にします」

「学校の方は、大丈夫なのかい? 君達学生の本業は学校なんだから、あまり無理はしないように」

「シフト以外でもこの店に来るって事だよ」


 くすくすと笑う彼女。

 それからちら、と恵美ちゃんのいる部屋の方を見、それから俺の方を見た。


「あの」彼女は少し躊躇した後、俺に尋ねてくる。「怪我をしている生き物を見つけた時、それが処分対象である外来種だった場合、店長はどうしますか?」


 これまた直接的な質問をしてきたな。

 俺は目をぱちくりさせてから、答える。


「この世に、間違いなく殺して良いと断言出来る生命体は、いないよ。その上で、その生き物をどうするか考える、かな?」

「そう、っか」

「理想論だとは思うけどね」

「ううん、きっとその答えはとても正しいと思う」


 ふー、と彼女は息を吐き。

 それからにこっと笑う。


「それじゃ、店長。私は一度、学園の方に帰るよ。何かあったら、メールして?」

「ああ、分かった」


 頷き、彼女が店の外に出るのを見送る。

 完全に見えなくなったところを見計らい、ラプラスに尋ねる。


「で、恵美ちゃんの体内にいる『アンノウン』は彼女に対して友好的なのか?」

『さぁな? 今のところ害するつもりはない、ていうか意識がないように見えるぜ?』

「そうか」

『狸寝入りを決め込んでいる可能性もなくはないけどなァ』

「その場合は、頼むぞ」

『あぁ』


 ひとまずラプラスとの会話を終え、それからもう一度恵美ちゃんのいる部屋に戻る。

 彼女は相変わらずベッドの上で手持無沙汰にしていた。

 まあ、やる事ないだろうししょうがないだろうな。


「その――」

「とりあえず、身体の方に異常はない、かな?」

「あ、はい。身体の方は、元気です」


 マッスルポーズを取って見せる彼女を見て苦笑する。


「それは良かった。それでこれからの事なんだけど、君にはこれからこの家の人間として活動をして貰う訳だが。とりあえず食事とかは一緒にして貰うとして、日中は一人でいて貰う事が多いと思う」

「それは、どうしてですか?」

「ここ、実は喫茶店なんだよ。まあ、いつも閑古鳥が鳴いているけど、だけど一応開けない訳にはいかないからな」

「それなら」


 彼女はおずおずと提案してくる。


「私も、アルバイトで良いですから働いても、良いですか? 流石に置いて貰っているのに、何もしないというのは申し訳ないです」

「んー。俺としては助かるけど、大丈夫なのかい?」

「はい、元気ですから」

「そう言う問題でもないんだけどな」


 再びマッスルポーズをする彼女。

 とはいえやる気は十分みたいなので、俺はしばし考えたのちに「じゃあ、ちょっと制服を見て貰おうか」と提案するのだった。


「それはそうと、当たり前だけどこの家には女ものの衣服というものがないから、買ってくる必要があるな。幸い明日は休日だし、茜ちゃん――さっきの子と一緒に買い物に行くと良い。お金の事については、余裕があるから安心してくれ」

「そんな、こんなに尽くして貰っているのに、その上お金も出してもらうなんて――」

「そこら辺は、今後働いて貰うから、前借りしているって事にしておいてくれ」


 ウインク。

 そしてやってしまったと思ったが、しかし彼女は「くすり」と笑ってくれたので、まあいっかと思う事にした。


「ウインク、出来てませんね」

「お、おう……」


 どうやら出来ていなかったらしい。

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